(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材相互の摺動面に対応する摺動面モデルを用いて取得された摩擦係数と、前記摺動面モデルでの表面粗さを表すパラメータとしてコア部レベル差またはコア部レベル差と突出山部高さとの和を用いて計算された油膜パラメータと、の相関に基づいて、製品として管理すべき前記二つの摺動部材相互の摺動面の表面粗さの目標値を設定することを特徴とする摺動部材の摩擦設計方法。
前記加工する際の粗さの合格基準として、更に、前記製品として管理すべき摺動面における表面凹凸の谷部の割合を代表する値Svrが、下記(式)を満たすか否かにより管理する請求項5に記載の摺動部材の表面粗さ管理方法。
Svr≦所定値 ・・・・・(式)
前記摺動部材として、円すいころ軸受のころ頭部および大つば部を対象とし、前記ころ頭部および大つば部相互の対向面の表面粗さが、前記定める表面粗さRkもくしはRk+Rpkの粗さ以下に管理されたものを用いる請求項10に記載の摺動機構の製造方法。
前記製品として管理すべき摺動面のモデルとして、溝付きボールを用いた転がりすべり条件下で摩擦を測定し、その測定結果に基づいて、所望する表面粗さの管理条件を満たすように、溝の溝面積率を所定以下に管理する請求項5または6に記載の摺動部材の表面粗さ管理方法。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態(含む実施例)について、図面を適宜参照しつつ説明する。なお、図面は模式的なものである。そのため、厚みと平面寸法との関係、比率等は現実のものとは異なることに留意すべきであり、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている。
また、以下に示す実施形態(含む実施例)は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記の実施形態に特定するものではない。
例えば、摩擦係数と油膜パラメータの相関関係を得るのに、
図2のような摩擦試験装置でなく、円すいころ軸受自体を回転させ、その際発生するトルクから得てもよい。
【0022】
[本実施形態の摩擦設計方法およびこれを用いた粗さ管理方法並びに摺動機構の製造方法]
以下、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材相互の摺動面に対応する摺動面モデルを用い、実験によって摩擦係数μおよび油膜パラメータΛの関係を実測することにより得たμとΛとの関係に基づき、製品となる二つの摺動部材の表面粗さを設計・管理・製造する方法について説明する。
【0023】
特に、本実施形態の摺動部材の摩擦設計方法および表面粗さ管理方法並びに摺動機構の製造方法は、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面の粗さを表現するパラメータとして、コア部のレベル差RkまたはRk+Rpkを用いて油膜パラメータΛ(Rk)またはΛ(Rk+Rpk)を求めて、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面間で発生するすべり摩擦を、目標とする摩擦係数μを達成するように制御して、対象とする二つの摺動部材相互の摺動面の表面粗さを設計・管理するとともに、その二つの摺動部材により摺動機構を製造するものである。なお、本明細書で摺動機構とは、二つの摺動部材相互の摺動面と、その二つの摺動部材相互の摺動面間を潤滑する潤滑剤と、で構成される摺動機構を有する機械構造をいう。例えば、この種の摺動機構として、円すいころ軸受のころ頭部および大つば部相互の対向面を対象とすることができる。
【0024】
詳しくは、
図1に処理工程のフローを示すように、ステップS1では、製品として管理すべき運転条件(転がり速度、荷重、温度、潤滑油粘度等)と、目標とする摩擦係数μとを設定する[工程1]。本実施形態の例では、
図2に示す摩擦試験装置10を用いたときに、摺動面モデルによる摩擦試験での所定の運転条件A下において、目標とする摩擦係数μを、μ≦0.05と設定する。
【0025】
試験装置10は、
図2に示すように、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材相互の摺動面に対応する摺動面モデルを構成している。つまり、この試験装置10は、軸線が垂直に配置された駆動軸1を有し、駆動軸1の上端に、一方の摺動部材に対応する鋼製のディスク(直径φ100mm)2が水平姿勢で支持されている。鋼製のディスク2の下面には、他方の摺動部材に対応する鋼製のボール(直径φ25.4mm)3が所定の面圧Lで押圧されている。鋼製のボール3は、水平な回転軸4により、回転軸4まわりに回転可能に支持されている。
なお、本実施形態において、試験装置10での「所定の運転条件A」は、試験油:デュラシン166(31cSt@40℃)、試験温度:25℃(室温)、すべり率:15%、転がり速度:0.1m/s、荷重:9.8N、面圧:0.5GPa、である。
【0026】
次に、
図1に示すように、続くステップS2では、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材2,3相互の摺動面に対応する摺動面モデルに対し、摩擦試験装置10を用いた実験によって、摩擦係数μと油膜パラメータΛとの関係を測定する[工程2]。
本実施形態では、広範囲(0<Λ<3以上)にわたって油膜パラメータΛと摩擦係数μの関係を測定するために、
図2に示した摩擦試験装置10による摩擦試験で,所定の運転条件B下で、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材2,3相互の摺動面に対応する摺動面モデルとして、表面粗さの大きさが異なる複数の表面1〜6を用いて実験を行った。摺動面モデルとして使用した表面の粗さを表1および
図6に示す。
所定運転条件Bとは、
試験油:デュラシン166(31cSt@40℃)、試験温度:25℃(室温)、すべり率:15%、転がり速度:0.01m/s〜0.5m/s、荷重:9.8N、面圧:0.5GPa、である。
【0028】
また、表1および
図6に示す複数の摺動面モデルの表面1〜6について、それぞれ転がり速度を変えて摩擦係数を測定した結果を
図11に示す。なお,
図11は各条件における油膜厚さhを、Hamrock−Dowsonの油膜式から算出し、表1に示した表面粗さから、各試験点における油膜パラメータΛを算出して,グラフの横軸に用いている。
ここで、本実施形態では、表面の粗さσを二乗平均平方根粗さRqでなく、コア部のレベル差Rkもしくはコア部のレベル差Rkと突出山部高さRpkの和であるRk+Rpkで表現して、合成粗さσ
*を算出する。なお、本実施形態では、油膜パラメータΛにより相関関係を整理する際に必要となる合成粗さσ*は、各粗さの二乗和の平方根(σ
12+σ
22)
0.5から算出している。
【0029】
但し、合成粗さσ
*を各粗さの和(σ
1+σ
2)で表した方が、油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)と摩擦係数μとの関係が良く整理できるのであれば、合成粗さσ
*を二乗和の平方根(σ
12+σ
22)
0.5でなく、(σ
1+σ
2)で表してもよい。ここでは、表面の粗さとしてRk+Rpkを用い、合成粗さσ
*を各粗さの二乗和の平方根(σ
12+σ
22)
0.5から算出した例を示す。
【0030】
次いで、
図1のステップS3では、ステップS2で得られた油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)と摩擦係数μとの関係から、製品として管理すべき、目標を満たす目標油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)の値を算出する[工程3]。
具体的には、上記目標値であるμ=0.05近辺でのデータを使用して、摩擦係数μと油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)との相関をあらわす近似曲線を求め、その近似曲線がμ=0.05を示すときの油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)の値を、目標油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)の値とする。その結果、目標油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)の値として、Λ(Rk+Rpk)=0.49を得ることができる。
【0031】
続くステップS4では、ステップS1での、摩擦試験装置10による所定の運転条件A下で二つの摺動部材2,3相互の摺動面間にできる油膜厚さhを、非特許文献2の、Hamrock−Dowsonの点接触EHLにおける油膜式から算出する[工程4]。その結果、油膜厚さhは0.063μmとなる。なお、本実施形態で用いる油膜厚さhを算出する油膜式については後述する。
次いで、ステップS5では、上記工程3と工程4とで得られた油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)と油膜厚さhとから、目標を満たす合成粗さσ
*を算出する[工程5]。本実施形態の例では、Λ(Rk+Rpk)=0.49、h=0.063μmより、σ(Rk+Rpk)
*は、0.129μmとなる。
【0032】
次いで、ステップS6では、上記工程5でもとめた、σ
*〔=(σ
12+σ
22)
0.5〕を満たすような表面粗さを、製品として管理すべき目標値とする[工程6]。二つの摺動部材2,3相互の固体表面の粗さが同じ場合、その表面粗さはσ
*を√2で除した値となる。本実施形態の例では、σ(Rk+Rpk)
*=0.129μmなので、二つの摺動部材2,3が同じ表面粗さの場合には、Rk+Rpk=0.091μmとなる。
次いで、ステップS7では、所望の製品とすべく、二つの摺動部材2,3相互の摺動面に加工を施した後に、その加工後の摺動面の表面粗さを測定して、コア部のレベル差Rk、突出山部高さRpk、コア部の負荷長さ率Mr2を求める[工程7]。
【0033】
この工程7での測定は、JIS B0633に基本的にはならうが、測定する場所は摺動面のどこでも良いわけではなく、二つの摺動部材2,3相互が接触する場所を測定する。
ここで、
図3に円すいころ軸受を示す。同図に示すように、円すいころ軸受20は、外輪11と内輪12との間に、複数の円すいころ13が転動自在に介装される。内輪12の一側部には、円すいころ13のころ頭部13tが接触する大つば部14が形成されている。大つば部14と軌道面との境界部には、逃げ溝15が形成されている。なお、同図中の符号Rは、ころ頭部半径、符号Hは、大つば部の対向面14tところ頭部13tとの接触点高さである。
【0034】
円すいころ軸受20に作用するアキシアル荷重は、主として、大つば部14の対向面14tと円すいころ3のころ頭部13tとにより支持される。また、大つば部14の対向面14tところ頭部13tとの接触箇所には、ヘルツ接触理論から計算される接触楕円dが形成される。接触楕円dは、大つば部14の対向面14tところ頭部13tとの幾何形状および大つば部14に作用するつば荷重に対応して変化する。
【0035】
そのため、例えば、製品がこの円すいころ軸受20であって、円すいころ軸受20のころ頭部13tと大つば部14の対向面14tに本発明を適用する場合、二つの摺動部材2,3に対応する箇所として、ころ頭部13tと大つば14の対向面14tとの接触点高さHの位置における粗さをそれぞれ測定する。
なお、評価長さは接触楕円d内におさまることが好ましい。また、測定方向は、粗さに方向性が決まっている場合には、その筋目に対して垂直に測定し、複数の方向に方向性がある場合や、特定の決まった方向性がない場合には、最も大きな値を取る方向に粗さを測定する。パラメータの算出はJIS B0671−2(ISOでは“ISO 13565−2”)にならう。
【0036】
そして、
図1のステップS8において、所望の製品とすべく加工した摺動面の表面の粗さが、上記工程6で求めた製品として管理すべき目標値を満たす粗さ、及び、表面凹凸の谷部の割合が所定の値以下であれば、目標とする摩擦係数以下の合格品となる[工程8⇒完成]。
一方、所望の製品とすべく加工した摺動面の表面の粗さが、上記工程6で求めた製品として管理すべき目標値を満たす粗さ、または、表面凹凸の谷部の割合が所定の値を満たさない場合には、その摺動面の表面を再加工して[工程8⇒再加工]、ステップS7に戻ることになる。
【0037】
これにより、本実施形態に係る摺動部材の摩擦設計方法および表面粗さ管理方法並びに摺動機構の製造方法によれば、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦を精度良く推定できる。
そのため、例えば、円すいころ軸受のころ頭部および大つば部相互の対向面を対象とし、ころ頭部および大つば部相互の摩擦を精度良く設計可能であり、また、これにより定められる表面粗さRkもくしはRk+Rpkの粗さ以下に管理可能である。
【0038】
さらに、その表面粗さ管理方法によって合格品とされた摺動部材を用いて、例えば円すいころ軸受の摺動機構(ころ頭部および大つば部相互の対向面の部分)を製造できる。これにより、円すいころ軸受の例であれば、円すいころ軸受のころ頭部や大つば部の粗さ管理の工程能力の向上や生産効率の向上が期待できる。
【0039】
[油膜パラメータΛについて]
次に、上述した実施形態に係る、摺動部材の摩擦設計方法および管理方法並びに摺動機構の製造方法について、以下、検証例等を示しつつより詳しく説明する。
まず、油膜パラメータΛについて詳しく説明する。ここで、従来から、潤滑下での二つの摺動部材相互の摺動面の接触部における、粗さの突起間の干渉の程度を示すパラメータとして、下記の(式1)から求まる膜厚比(油膜パラメータ)Λが使用されている。
Λ=h/σ
* ・・・・・(式1)
【0040】
但し、hは、二つの摺動部材相互の摺動面での潤滑剤の油膜厚さ、σ
*は、摺動部材相互の摺動面の合成粗さである。σ
*は下記の(式2)によって与えられる。
σ
*=√(σ
12+σ
22) ・・・・・(式2)
従来、σ
1およびσ
2には、摺動部材相互の摺動面の粗さの標準偏差を表す二乗平均平方根粗さRqや、算術平均粗さRa(JIS B0601)が用いられている。なお、下記の式において、lは基準長さ、Z(x)は表面の任意位置xにおける高さである。
【0042】
[従来の摩擦設計・管理方法での課題]
ここで、上述した油膜パラメータΛは、摺動部材間の突起干渉の程度を表すことから、摩擦との間に有意な相関があることが知られている。
しかし、本発明者らの検討によれば、表面の粗さを表現するパラメータとして、二乗平均平方根粗さRqや算術平均粗さRaを用いて計算された油膜パラメータΛ(Rq)ないしΛ(Ra)であると、粗さの高さ分布に偏りのある形状(平滑な面に凹溝や穴があるプラトー表面)においては、潤滑下での二つの摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦を必ずしも有意に整理できないケースがあることが検証により判明した。
【0043】
図4に、ほぼ同じ算術平均粗さRaを持つ二つの表面の例(a)、(b)を示す。この検証例では、
図4に示す、ほぼ同じ算術平均粗さRaを持つ二つの表面に対し、
図2に示した試験装置10により、上記所定Aの運転条件下での摩擦試験を行った。
二つの表面の例(a)、(b)に対し、試験装置10による摩擦試験での測定の結果、
図5に示すように、ランダム面(図同(a))よりもプラトー面(同図(b))の方が、すべり摩擦が小さいことが分かった。このことは、算術平均粗さRaでは、すべり摩擦を予測したり、管理したりできないことを示している。
【0044】
この点について検証するため,上記表1に示した摺動面モデルについて,試験装置10を用い,上記所定Bの運転条件下で摩擦試験を行い、油膜パラメータΛと摩擦係数μとの関係を求め、油膜パラメータΛと摩擦係数μとの相関性について検証した。この摩擦試験に摺動面モデルとして使用した表面の粗さプロファイルが、
図6に示す(a)〜(g)のグラフである。
【0045】
また、各摺動面モデル表面の凹凸分布が分かるように、各摺動面モデル表面のヒストグラムも
図6(a)〜(g)の各図の右側に併せて示している。同図に示す各摺動面モデル表面のヒストグラムから、表面1〜3が、表面の凹凸分布が正規分布に近いランダム表面であり、表面4〜6が、表面の凹凸分布に偏りがあるプラトー面であることが分かる。
また、上述の、表1に各摺動面モデル表面の粗さパラメータを示している。なお、表面粗さは、測る場所によってある程度のばらつきが存在するため、表1では、各摺動面モデル表面の複数個所を測定した平均値を示している。
【0046】
油膜パラメータΛと摩擦係数μの関係を得るために,各実験点における油膜厚さhを、Hamrock−Dowsonの油膜式(※非特許文献2)から算出し、表1に示す表面粗さから、各試験点における油膜パラメータΛを算出する。なお、油膜パラメータΛで整理する際に必要な合成粗さσ
*は、各粗さの二乗和の平方根(σ
12+σ
22)
0.5から算出し、表面の粗さσには、二乗平均平方根粗さRqを用いた。
【0047】
非特許文献2の、Hamrock−Dowsonの点接触EHLにおける油膜式を下記に示す。
H=h/Rx ・・・・・(式3)
ここで、h:油膜厚さ、H:線厚、Rx:x軸(運動方向)を含む面の等価半径である。油膜厚さhは、中央膜厚および最小膜厚のどちらでもよいが、表1では中央膜厚を用いて算出した。下記の線厚Hを求め、(式3)に代入することで油膜厚さを求める。
【0048】
中央膜厚の場合:Hc=2.69U
0.67・G
0.53・W
−0.067{1−0.61exp(−0.73k)}
最小膜厚の場合:Hmin=3.63U
0.68・G
0.49・W
−0.073{1−exp(−0.68k)}
但し、W,G,U,kは、下記式から与えられる無次元表示量である。
W=w/(ERx
2)
G=αE
U=(η
0u)/(ERx)
k=a/b=1.03(Ry/Rx)
0.64
但し、u:転がり速度、η
0:大気圧での粘度、α:圧力粘度係数、w:荷重、E:等価弾性係数、a,b:運動方向x、それと直角方向yの接触楕円半径である。
【0049】
なお、本実施形態の検証例では、油膜厚さを、点接触EHLの油膜厚さを算出するHamrock−Dowsonの油膜式で求めたが、これに限らず、その他、Blok−Moresの式やGreenwood−Johnsonの式、線接触EHLの油膜厚さを算出するDowson−Higginson等を用いて算出してもよいし、光干渉法や静電容量法、接触電気抵抗法、インピーダンス法等によって実測した値を用いてもよい。
【0050】
以上の方法により得た二乗平均平方根粗さRqより算出した油膜パラメータΛ(Rq)と摩擦係数μとの関係をグラフ化したものを
図7に示す。
上述したように、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材2,3相互の摺動面間で発生するすべり摩擦は、2面間に形成される油膜厚さを、摺動部材の二乗平均平方根粗さRq(もしくは算術平均粗さRa)で算出した合成粗さで除したΛ値(油膜パラメータもしくは膜厚比)と相関関係があることが知られている(
図7中の符号○,△,×で示す表面1〜3参照)。
【0051】
しかし、本願発明者らが検証した結果、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材相互の摺動面の粗さの高さ分布が正規分布ではなく、偏ったプラトー表面(
図7中の符号□,◇,*で示す表面4〜6参照)の場合、
図7に示すように、ランダムな凹凸分布を持つ表面1〜3の関係とは異なる曲線となり,二乗平均平方根粗さRqから算出した油膜パラメータΛ(Rq)では、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面間で発生するすべり摩擦をひとくくりに整理できないことが判明した。
【0052】
すなわち、同図に示すように、摺動面モデルでの表面1〜3がランダム面(粗さの高さ分布が正規分布に近い表面)であり、摺動面モデルでの表面4〜6がプラトー面(粗さの突起が無く凹凸分布に偏りがある表面)である。このように、表面凹凸の高さ分布が大きく違う表面同士で発生するすべり摩擦を、二乗平均平方根粗さRqから算出した油膜パラメータΛ(Rq)では管理できないことが分かる。
【0053】
これは、二乗平均平方根粗さRqというパラメータが、先に示した式から分かるように、表面プロファイル全体から算出されるものであり、表面に深い谷部や谷部が多くあると、その影響を受けてRqの値が大きくなり、その値から算出される油膜パラメータΛ(Rq)が小さく算出されてしまうためである。
そのため、プラトー面は、ランダム面(高さ分布が正規分布に近い面)に対し、
図7に示すグラフ中の左側寄りにプロットされている。すなわち、同じ二乗平均平方根粗さRqの場合、ランダム面よりもプラトー面の方が、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦は小さくなる。
【0054】
いま、潤滑剤で潤滑された摺動部材2,3相互の摺動面間の油膜は、
図8に示すように、表面プロファイル全体の平均値(同図(a))から形成されるわけではなく、表面の存在確率が高い部分の平均線(同図(b))から形成されると仮定する。
ここで、「表面の存在確率が高い部分」の粗さを表すパラメータとしては、コア部のレベル差Rk(JIS B0671)がある。本発明では、この粗さパラメータRkと粗さの突起高さを表すRpkを、表面粗さを表すパラメータとして用いる。この粗さパラメータRk、Rpkは、
図9および
図10に示す図を参照して以下の(※)の手順によって算出される。
【0055】
(※)
等価直線は、粗さ曲線の測定点の40%を含む負荷曲線(S字状で変曲点が一点のもの)の中央部分において求める。この「中央部分」は、
図9に示すように、負荷長さ率の差ΔMrを40%にして引いた負荷曲線の割線が、最も緩い傾斜となる位置にある。
【0056】
これは、同図のように、Mr=0%から負荷曲線に沿ってΔMr=40%となる割線を移動させることによって求める。最も緩い傾斜となるΔMr=40%の割線が、等価直線を計算するための負荷曲線の中央部分となる。最も緩い傾斜をもつ部分が複数ある場合には、最初に見つけた領域が、使用する「中央部分」となる。「中央部分」に対して、縦軸方向の偏差の二乗和が最小になる直線(等価直線)を計算する。
【0057】
また、Rkで表わされるコア部の上側の負荷曲線および下側の負荷曲線に囲まれた面積を
図10中にハッチングで示す。これらは、粗さ曲線のコア部の外側にある突出山部の断面積および突出谷部の断面積に等しい。パラメータRpkは、突出山部の断面積に等しくなる直角三角形の高さによって与えられ,パラメータRvkは、突出谷部の断面積に等しくなる直角三角形の高さによって与えられる(
図10参照)。突出山部の断面積A1に相当する直角三角形の底辺はMr1であり、突出谷部の断面積A2に相当する直角三角形の底辺はMr2と100%の差である。
(※終わり)
【0058】
図11に、粗さパラメータとして、コア部のレベル差Rk、もしくは、コア部のレベル差Rkを用いて算出した油膜パラメータΛ(Rk)と摩擦係数μとの関係(同図(a))と、突出山部高さRpkとの和であるRk+Rpkを用いて算出した油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)と摩擦係数μとの関係(同図(b))を示す。
同図に示す検証例のように、粗さパラメータとしてRkもしくはRk+Rpkを用いて算出した油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)を用いると、
図6に示した摺動面モデルでの表面1〜6すべてについて、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦μを有意に整理できることが分かる。
【0059】
このように、本願発明者らは、鋭意検討の結果、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面の粗さを表現するパラメータとして、
図11に示すように、コア部のレベル差Rk(同図(a))またはRk+Rpk(コア部のレベル差と突出山部の高さとの和(同図(b)))を用いて算出した合成粗さσ
*で除した油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)によると、表面によらず、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材相互の摺動面間で発生するすべり摩擦を有意に整理できるという知見を得た。
この結果は、プラトー形状のような凹凸分布に偏りがある表面の場合、油膜は、
図8(a)に示したような粗さ全体の平均線ではなく、
図8(b)に示したような、表面凹凸の存在割合が多い部分(粗さのコア部)の平均線を基準に形成されるとした、上記仮定が間違いではないことを間接的に示すものである。
【0060】
すなわち、例えば、円すいころ軸受の、ころ頭部や大つばの表面粗さを表現するパラメータとして、コア部のレベル差RkやRk+Rpkを用いて計算された油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)で整理すると、表面形状の凹凸分布に偏りがあったとしても、なかったとしても、一本のマスター曲線上にプロットされるため、すべり摩擦を精度良く推定することが可能となる。
【0061】
RkとRk+Rpkのどちらを用いて油膜パラメータΛ(つまりΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk))を算出するかについては、
図6に示した表面4〜6のような、明らかに下に凸が多く台地部分があるプラトー面については、Rk,Rk+Rpkのどちらを用いて膜パラメータΛを算出してもよい。
但し、
図12に一例を示すような、上に凸と下に凸があるような表面の場合は、Rk+Rpkを用いて油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)を算出した方が、すべり摩擦をきれいに整理できることを本発明者らは検証により確認している。
【0062】
また、本発明者らは、固体表面の粗さとして、RkやRpkといった線粗さでなく、面粗さ(三次元表面性状:JIS B0681−2,ISOでは“ISO 25178−2”)でのコア部のレベル差Skおよび突出山部高さSpkを用いて算出した油膜パラメータΛ(つまりΛ(Sk)ないしΛ(Sk+Spk))を用いても、摩擦係数μを有意に整理できることを確認しており、固体表面の粗さを表すパラメータとして、SkやSk+Spkを用いてもよい。
【0063】
なおまた、本発明者らは、面粗さの算術平均粗さSaや二乗平均平方根粗さSqを用いて算出した油膜パラメータΛ(つまりΛ(Sa)ないしΛ(Sq))では、やはり、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦を精度良く整理できないことも検証により確認している。
ここで、粗さパラメータRkやRpkから算出された油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)で摩擦係数μを整理できるということは、粗さの谷部は、摩擦に対して大きな影響を及ぼさないことを示唆している。
しかし、摩擦に対して大きな影響を及ぼさないとはいえ、粗さの谷部がいくらあっても良いのかと言うとそうではないと考えられる。例えば、
図13は、同じ粗さパラメータRkで粗さの谷部の割合が異なる表面のイメージを示す図(a)、(b)、(c)である。
【0064】
そこで、どの程度までの粗さの谷部であれば、粗さパラメータRkやRpkを使用して計算される油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)で、摩擦係数μを有意に整理できるのか検証する実験を行った。この実験には、粗さの谷部の割合や粗さの谷部の深さを変えた摺動面モデルを用意して、
図2に示す摩擦試験装置10を用いた下記所定の運転条件C下で試験を行った。
所定運転条件Cとは、試験油:デュラシン162(5.5cSt@40℃)、デュラシン166(31cSt@40℃)、デュラシン170(65cSt@40℃)、試験温度:25℃(室温)、すべり率:15%、転がり速度:0.01m/s〜0.5m/s、荷重:9.8N、面圧:0.5GPa、である。
【0065】
摺動面モデルとして、検証試験に用いた試験片1〜24の粗さを表2に示す。表面1〜18はディスク試験片であり、表3に示すボールAと摩擦試験を行った。表面19〜24はボール試験片であり、表3に示すディスクBと摩擦試験を行った。
また、同表中に、試験によって得られた油膜パラメータΛと摩擦係数μの関係を用いて、油膜パラメータが所定の値のときに、ランダムな粗さを有する表面を基準として、各表面で得られたすべり摩擦がどれだけずれているのか算出した値Δμも合せて示す。
【0066】
ここでは、油膜パラメータとして、Rk+Rpkから算出されるΛ(Rk+Rpk)を用い、その値が0.3のときのΔμを算出した。なお、油膜パラメータとしてΛ(Rk)を用いても良いし、所定の値は0.3以外の値で合っても良く、任意に決定できる。また、基準となるランダムな粗さを有する表面には、表面1〜18では表面1を、表面19〜24では表面19を用いた。Δμを求めるイメージ図を
図14に示す。
【0069】
図15(a)に、X軸に表面凹凸の谷部深さを代表する突出谷部深さRvkを、Y軸にコア部の負荷長さ率Mr2を用いて、表面凹凸の谷部の割合Svrを表現した100−Mr2を取った図を示す。なお、同図では、ランダムな粗さを有する表面1または表面19を基準として、基準からの乖離量Δμが0.03未満のものを符号○、0.03以上の場合を符号×として示す。
【0070】
その結果、同図に示すように、表面1〜24のうち,Δμ<0.03を満たす100−Mr2が最大となる値は,表面17の33.9%であるので,100−Mr2が33.9%(同図中の破線の位置)よりも大きい場合、基準からの乖離量Δμが0.03よりも大きくなることが判った。すなわち、100−Mr2>33.9%となると、Rk+Rpkを用いて油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)を求めても、摩擦係数μを精度良く整理できない可能性が高くなることが分かった。
【0071】
これは、粗さの谷部の割合が増えることによって、コア部の平均線を基準にして形成されていた油膜が、粗さの谷部の増加の影響を受けて、基準線が谷部方向にシフトしたことに第一の原因があると考えられる。また、粗さの谷部の割合が増えることによって、Rkを算出する際の滑線の傾きが大きくなり、Rkが大きく計算されることも、その原因として考えられる。
【0072】
すなわち、潤滑剤で潤滑された二つの摺動部材2,3相互の摺動面に対応する摺動面モデルでの摩擦係数と、摺動面モデルでの表面粗さを表すパラメータとしてコア部レベル差Rkまたはコア部レベル差Rkと突出山部高さRpkとの和を用いて計算された油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)と、の相関に基づいて、製品として管理すべき摺動面の表面粗さの目標値を設定するに際し、RkやRpkを用いて油膜パラメータΛ(Rk)ないしΛ(Rk+Rpk)を有意に整理する上でより好ましい表面とは、100−Mr2≦33.9%を満足する表面である。
【0073】
また、その他に表面凹凸の谷部の割合Svrを表す方法としては、Mr2の代わりに粗さ曲線の負荷長さ率Rmr(c)や相対負荷長さ率Rmr(JIS B0601,ISO4287)を用いてもよい。
相対負荷長さ率Rmrは、基準とする切断レベルc0と粗さ曲線の切断レベル差Rδcとによって決まる負荷長さ率(
図21参照)である。
相対負荷長さ率Rmr=粗さ曲線の負荷長さ率Rmr(c1)
ここに、c1=c0−Rδc,c0=c(Rmr0)
【0074】
ここでは、Rmr0にMr2を代入し、Rδcに0.39×Rkを代入して求めたRmrを求めた例を示す。
表面凹凸の谷部の割合を100−Mr2で表した場合、ランダムな粗さでも10%程度谷部が存在する結果となる。そのため、小さなランダムな粗さに大きな谷部が存在する表面(
図16とか
図17のような表面)の場合、視覚的に認識する谷部割合よりも100−Mr2は大きな値を示してしまう。なお、
図16において、破線で囲まれた部分は小さな粗さであり、矢印で示す部分は大きな谷である。
【0075】
例えば、
図17の場合、100−Mr2は16.2%(表2の表面20)であるが、実際の谷部割合は9.4%(表4のAのArea ratio)である。これは、100−Mr2がプラトー部を形成している小さなランダム粗さの谷部割合を計算上含んでしまうためである。
一方、Rmr0にMr2を代入し、Rδcに0.39×Rkを代入して求めたRmrの場合、プラトー部を形成している小さなランダム粗さの影響を受けずに、実際の谷部割合に近い値を求めることができる。
ここで、0.39×Rkとは、表面凹凸が完全ランダムな場合のRvkに相当する値であり、Rδcに0.39×Rkを代入することでプラトー部を形成している小さなランダム粗さの谷部の影響を除いた大きな谷部のみの面積率を算出できる。
【0076】
例えば、
図17の表面の場合、100−Rmrは9.8%(表2の表面20)であり、実際の谷部割合と近いことが分かる。この方法で表面凹凸の谷部を表した場合、Δμ<0.03を満たす100−Rmrが最大となる値は、表面17の26.9%である(
図15(b))ので、100−Rmr>26.9%となると、Rk+Rpkを用いて油膜パラメータΛ(Rk+Rpk)を求めても、摩擦係数μを精度良く整理できない可能性が高くなる。
【0077】
ここで、
図15(b)は、表面凹凸の谷部の割合Svrを表現した100−Rmrと、突出谷部深さRvkとの関係を示している。なお、同図では、ランダムな粗さを有する表面1を基準として、基準からの乖離量Δμが0.03未満のものを符号○、0.03以上の場合を符号×としている。
なお、Rδcに代入する値を、0.39×Rkの変わりに、0.88×Rk(表面凹凸が完全ランダムな場合の実際の突出谷部Rvk*に相当する値、
図10を参照)を用いても良い.この場合、プラトー部を形成している小さなランダム粗さの谷部の割合を完全に除去することができる。
【0078】
このように、上述した、本実施形態の摺動部材の摩擦設計方法および表面粗さ管理方法並びに摺動機構の製造方法を用いる場合、必要に応じて、そのような条件(100−Mr2≦33.9%または、100−Rmr≦26.9%)を満足する表面であるかどうかも併せて判定することが望ましい。
なお、表面凹凸の谷部の割合Svrを求める際に、二次元粗さパラメータであるMr2やRmr,Rkでなく、三次元粗さパラメータ(JIS B0681−2,ISOでは“ISO 25178−2”)のコア部の負荷面積率Smr2や相対負荷面積率Smr,コア部レベル差Skを用いてもよい。
【0079】
相対負荷面積率SmrはJISやISOで定まっていないパラメータであるが,下記式からRmrと同様の手順で求めることができる。
相対負荷面積率Smr=表面の負荷面積率Smr(c1)
ここで、c1=c0−Rδc,c0=c(Smr0)であり,
Smr0=Smr2,Rδc=0.39×Skまたは0.88×Sk,とすることで算出する.
【0080】
上述した実施形態では、円すいころ軸受のころ頭部および大つば部における摩擦設計方法およびこれを用いた粗さ管理方法に際し、上述した知見に基づく条件を満足する表面であるかどうかも併せて判定している。
さらに、上述した実施形態の製造方法では、製品として管理すべく定める摺動部材2,3相互の摺動面として、円すいころ軸受のころ頭部および大つば部相互の対向面を対象とし、ころ頭部および大つば部相互の対向面の表面粗さを、定める表面粗さRkもくしはRk+Rpkの粗さ以下に管理されたころ頭部および大つば部を用いて円すいころ軸受を製造する。
【0081】
さらに、円すいころ軸受を製造する際には、ころ頭部の摺動面の表面粗さを管理するパラメータとしてRk+Rpkを用い、大つば部の摺動面の表面粗さを管理するパラメータとしてRkを用いることが好ましい。
その理由は、ころ頭部と大つば部とでは、ころ頭部の方が硬度が高く、大つば部の方が相対的に軟らかいため、回転駆動によって大つば部の方が早期に摩耗して、突出山部が迅速に消失するためである。
そのため、設計・管理するパラメータとして、管理が比較的に容易なRkを大つば部の摺動面に適用し、管理が比較的に難しいRk+Rpkをころ頭部の摺動面に適用すれば、より効率の良い摩擦設計・管理および製造が可能となる。
【0082】
以上説明したように、本発明の一態様に係る摩擦設計方法および表面粗さ管理方法並びに摺動機構の製造方法によれば、潤滑剤で潤滑された摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦を精度良く見積もることができる。よって、摺動部材として、例えば、転がり軸受の構成要素、すべり軸受の構成要素またはボールねじの構成要素などでの摺動部材の摩擦設計および摺動部材の粗さ管理並びに摺動機構の製造に利用できる。
【0083】
一方、先に示したように、プラトー形状のような、表面の凹凸分布に偏りがある表面の場合、一般的に表面の粗さの程度を示すRqやRaでは摩擦を整理できない。すなわち、このような表面の場合、軸受のトルクを精度良く推定できない。
これに対し、本発明の摩擦設計方法および表面粗さ管理方法並びに製造方法によれば、RkやRk+Rpkを粗さパラメータとして用いるので、摺動部材相互の摺動面で発生するすべり摩擦を油膜パラメータの関数としてきれいに整理できる。すなわち、本発明に係る各方法を用いることで、例えば、円すいころ軸受のころ頭部と大つば部とで生じるすべり摩擦を精度良く推定できるのである。
【0084】
さらに、本発明の一態様に係る摩擦設計方法および表面粗さ管理方法並びに製造方法によれば、軸受性能を落とさずに、円すいころ軸受の生産性を向上できる。つまり、境界または混合潤滑状態にあるシステムでの摩擦を低くするためには、固体表面の粗さを小さくし、固体同士が接触しない流体潤滑状態にすることで、摩擦を低くすることができる。そのため、研削や研磨等の加工により表面粗さを小さくする必要がある。
しかし、表面粗さが小さくなるように加工した場合、粗さの突起部を除去することはできるものの、粗さの谷部を完全に取りきることは難しい。このような場合、従来から使用されている表面粗さを表す粗さパラメータであるRqやRaは、粗さ全体の算術平均や自乗平均平方根であるため、谷部の影響を受けて値が大きくなる。
【0085】
例えば、目標となる摩擦を達成する粗さ規格がRq≦0.05μmである場合、
図16に示すようなプロファイルを持つ表面の場合、Rq=0.084μmであるため、規格に入らずに、不良という扱いになってしまう。しかし、この表面はRk=0.071μm、Rk+Rpk=0.094μmであり、表1の表面1と表面2の間のRk,Rk+Rpkを有する表面であるため,実際にはランダムな凹凸分布を持つ表面で,Rq0.02〜0.05μmの粗さを持つ表面と等価と予想され,目標の摩擦より小さい摩擦を示す表面と考えられ、良品とすべき表面である。
【0086】
すなわち、RkやRk+Rpkで固体表面の粗さを管理することにより、本来不良ではないものを拾い上げることができ、工程能力や生産能力の向上を期待できる。加えて、RqやRaを用いた従来の管理方法の場合、表面全体を滑らかに仕上げる必要があり、生産性の低下やコスト高を招きかねない。
これに対し、RkやRk+Rpkによる管理の場合、摩擦に相関のある部分、すなわち実際に荷重を支えている部分の粗さのみを仕上れば良い。そのため、取り代の削減によるサイクルタイムの短縮(生産性の向上)や、砥石寿命の延長によるコスト削減効果が期待できる。
【0087】
以下、本発明の一実施形態に係る試験とその結果並びに考察について述べる。特に、ここでの考察は、潤滑剤によって潤滑され、転がりすべり条件下で摺動する二固体の表面粗さを管理する方法に関する。
ここで、表面に特徴的な形状を設けることによってトライボロジー特性を向上させる試みは広く行われており、様々な表面の純すべり条件下での効果やそのメカニズムが多数報告されている(例えば非特許文献3参照)。一方、転がりすべり条件下においては、油膜厚さと表面形状の関係を調査した報告はいくつかある(例えば非特許文献4、5参照)ものの、摩擦と表面形状についての報告例はほとんどない。そこで、ここでは、表面に溝が存在する場合の転がりすべり条件下において、所望する表面粗さの管理条件を満たし得る粗さ管理方法について考察する。
【0088】
[実験方法]
本実施例での試験は、
図2に示した、回転型ボールオンディスク試験機を用いて行った。ボールおよびディスクはそれぞれ独立して駆動させることができ、任意のすべり率で試験できる機構となっている。摩擦力はディスク側の軸に取り付けたトルクメータにより求めた。ディスク試験片にBK7ガラスを用いており、表面にCr半透過膜、その上にSiO2膜を被膜することで、光干渉法により油膜厚さを測定できる機構となっている(例えば非特許文献4参照)。
【0089】
なお、ディスクの表面粗さはRq:0.4nmである。ボール試験片には、Rq:5.9nmの粗さを持つ、直径1inchの軸受鋼球(材質:SUJ2)を用い、表4に示す5種類の溝形状を、摺動方向に対し平行にピコ秒レーザ加工機で付与した。
図17に、付与した平行溝(同図に示す符号32が溝部、なお、溝部32の間には、プラトー部31が形成されている。)の3次元形状の例を示す。また、試験条件を表5に示す。本実施形態では
図17に示すように、溝(溝部)として平行溝を採用して説明するが、本発明は、平行溝以外の溝にも適用することができる。
【0092】
[実験結果と考察]
図18に、試験片Aを用いた際の光干渉法により測定した干渉像と、符号CL部での中央油膜断面形状の例(平滑面,試験片A,試験片C)を示す。なお、溝内部では光が十分に反射しないため油膜を測定できていない。この油膜断面形状から、溝縁部で局所的に油膜厚さが減少すること、また、溝面積率によっては、全体的に油膜厚さが減少することがわかる。なお、後述の油膜厚さhmは、
図18に示す中央油膜断面上での最小値である。
図19に各速度での摩擦係数と油膜厚さを示す。(a)は5.54mm
2/sの低粘度油、(b)は396mm
2/sの高粘度油での結果である。
【0093】
同図に示すように、低粘度油を用いた(a)の場合、どの試験片においても速度の低下に伴って摩擦係数が上昇しており、混合潤滑領域であることがわかる。この潤滑領域では、油膜厚さには大きな差異はないが、溝の面積率が大きいほど高摩擦となり、溝深さは摩擦係数にほとんど影響していないことがわかる。
一方、高粘度油を用いた流体潤滑の場合には、摩擦の変化よりも油膜厚さの変化が顕著である。また、溝深さが最も大きい試験片Eに着目すると、油膜厚さは平滑面の50%程度になっており、摩擦係数も上昇している。この結果は、低粘度油での結果と異なり、溝面積率よりも溝深さが大きく影響していることを示している。
【0094】
図20に、実測した油膜厚さと摩擦係数との関係のグラフを示す。横軸下段の油膜パラメータΛは、hmとボール表面の溝部を除いた面の粗さとディスク粗さの合成粗さから求めた。同図に示すように、混合潤滑領域(I)では、前述の通り、面積率が大きくなるほど摩擦係数が増加していることがわかる。
これは、最小油膜が、
図18のように、溝縁部において形成されていることから、混合潤滑での直接接触は溝縁部を起点としていると考えられる。そのため、溝面積率の大きな表面の方が直接接触する頻度が高くなり、面積率と摩擦に相関が現れたと推察される。
【0095】
一方、油膜厚さ100nm(Λ=15)近傍の流体潤滑領域(II)では、溝深さが大きい場合に摩擦係数が若干増加する傾向がある。この領域では、十分に油膜が存在している状態であることから、直接接触による摩擦の増大ではなく、油膜をせん断する抵抗が大きくなったことにより、若干摩擦が大きくなったと考えられる。ただし、摩擦係数の増加度は、混合領域における溝面積率の影響と比較して小さく、管理しなくて良いことが分かる。
さらに、領域(III)のように、油膜厚さが十分大きくなると、溝形状に関わらず平滑面の摩擦係数と同じになることがわかる。以上から、溝が摩擦に与える影響は、溝形状のみならず、潤滑状態にも依存しているといえる。
【0096】
[結言]
以上、本発明の実施例に基づき説明したように、平行溝付きボールを用いて転がりすべり条件の油膜厚さおよび摩擦測定を行った結果、以下のことがわかった。
1)溝縁部で油膜厚さが局所的に減少する。また、溝面積率によっては溝縁だけでなく、全体的に油膜厚さが減少する。
2)混合潤滑領域において、溝面積率の増加に伴って摩擦が大きくなる。
3)流体潤滑領域において、溝深さが深くなると摩擦が若干増加する。
【0097】
よって、本発明では、上記知見に基づき、「発明が解決しようとする課題」に記載する表面粗さ管理方法を提供できる。つまり、本発明の実施例に基づく表面粗さ管理方法は、平行溝付きボールを用いた転がりすべり条件下で油膜厚さおよび摩擦を測定し、その測定結果から、平行溝の溝縁部で油膜厚さが局所的に減少し、また、溝面積率によっては溝縁部だけでなく全体的に油膜厚さが減少することにより、混合潤滑領域においては平行溝の溝面積率の増加に伴って摩擦が大きくなるという知見に基づいて、所望する表面粗さの管理条件を満たすように、平行溝の溝面積率を所定以下に管理する。ここで、表面粗さの管理条件としては、摺動面の摩擦係数や軸受トルクなども挙げられる。
【0098】
これにより、この表面粗さ管理方法であれば、転がりすべり条件下における平行溝の油膜厚さおよび摩擦への影響を確認した結果を用いることによって、所望する表面粗さの管理条件を満たすように、溝の溝面積率を所定以下とすることができる。
よって、この表面粗さ管理方法によれば、表面に平行溝が存在する場合の転がりすべり条件下において、所望する表面粗さの管理条件を満たし得る粗さ管理方法を提供できる。そして、この表面粗さ管理方法をプログラムに採用すれば、例えば、工作物の研削加工における一連の各工程を自動制御するための種々の装置に適用できる。