特許第6885780号(P6885780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6885780
(24)【登録日】2021年5月17日
(45)【発行日】2021年6月16日
(54)【発明の名称】固体高分子電解質膜
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1051 20160101AFI20210603BHJP
   H01M 8/1039 20160101ALI20210603BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20210603BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20210603BHJP
【FI】
   H01M8/1051
   H01M8/1039
   H01M8/10 101
   H01B1/06 A
【請求項の数】13
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2017-93929(P2017-93929)
(22)【出願日】2017年5月10日
(65)【公開番号】特開2018-190647(P2018-190647A)
(43)【公開日】2018年11月29日
【審査請求日】2019年9月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160543
【弁理士】
【氏名又は名称】河野上 正晴
(72)【発明者】
【氏名】中村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】安達 誠
(72)【発明者】
【氏名】安藤 雅樹
(72)【発明者】
【氏名】野呂 篤史
(72)【発明者】
【氏名】梶田 貴都
(72)【発明者】
【氏名】松下 裕秀
【審査官】 馳平 憲一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−363013(JP,A)
【文献】 特開2005−135926(JP,A)
【文献】 特開2005−142167(JP,A)
【文献】 特開2007−173196(JP,A)
【文献】 特開2006−073530(JP,A)
【文献】 特開2005−132880(JP,A)
【文献】 特開平07−029413(JP,A)
【文献】 特表2008−537562(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00−8/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋ポリマー及び可塑剤を含み、
前記架橋ポリマーが、
前記プロトン放出性基以外の極性基を有するビニル系モノマーである第1モノマーと、
プロトン放出性基を有するビニル系モノマーである第2モノマーと、
架橋性ビニル系モノマーである第3モノマーと
の共重合体である、
固体高分子電解質膜。
【請求項2】
前記可塑剤がプロトン放出性基を有する可塑剤を含む、請求項1に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項3】
前記可塑剤が、プロトン放出性基を有さない可塑剤を更に含む、請求項1又は2に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項4】
前記プロトン放出性基が、スルホン酸基、スルホニルアミド基、スルホニルイミド基、及びリン酸基から選択される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項5】
前記第1モノマーが、(メタ)アクリル酸エステル、プロトン放出性基以外の極性基によって置換されたスチレン、並びに、プロトン放出性基以外の極性基及びフッ素原子の双方を有するビニル系モノマーから選ばれる1種以上である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項6】
前記第2モノマーが、アリルスルホン酸、ポリ(4−スチレンスルホン酸)、及び下記式(2)で表される化合物から選ばれる1種以上である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【化1】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、RIIは炭素数1〜6のアルキレン基である。)
【請求項7】
前記プロトン放出性基を有する可塑剤が、芳香族スルホン酸化合物、スルホン酸基含有ポリマー、及びフッ素原子含有スルホニルイミド化合物から選択される化合物を含む、請求項2〜6のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項8】
前記架橋ポリマー100質量部に対する前記可塑剤の使用割合が、10質量部以上1,000質量部以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項9】
前記固体高分子電解質膜のガラス転移温度が0℃以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項10】
−40℃以上200℃未満の温度範囲において、前記固体高分子電解質膜が膜形状を維持し、且つ前記可塑剤がブリードアウトしない、請求項1〜のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項11】
前記固体高分子電解質膜のプロトン伝導率が、50℃において1×10−4S/cm以上である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項12】
プロトン伝導膜である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜から成る、燃料電池用固体高分子電解質膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池用の電解質材料として、固体高分子電解質膜が知られている。
【0003】
例えば特許文献1には、
アルカリ加水分解及び酸処理によりプロトン伝導性を発揮する高分子電解質前駆体を含有するポリマー分散液にパーフルオロスルホン酸の金属塩及び/又はパーフルオロカルボン酸の金属塩を溶解させる第1工程と、
第1工程で得られた分散液から高分子電解質前駆体膜を製膜する第2工程と、
第2工程で得られた高分子電解質前駆体膜をアルカリ加水分解及び酸処理し高分子電解質膜とする第3工程と、
第3工程で得られた高分子電解質膜を加熱・乾燥し高分子電解質膜中に金属酸化物を析出する第4工程と
を含む方法によって製造された、パーフルオロスルホン酸及び/又はパーフルオロカルボン酸系樹脂から成る固体高分子電解質膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−114020号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の技術によって得られた固体高分子電解質膜がプロトン伝導性を発揮するためには、水の存在が不可欠である。そのため、この固体高分子電解質膜を備えた燃料電池は、稼働温度を水の沸点未満に制限する必要があった。
【0006】
本発明は上記の事情を改善しようとするものであり、その目的は、無水環境下でも高いプロトン伝導性を示す、固体高分子電解質膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成する本発明は、以下のとおりである。
【0008】
[1]架橋ポリマー及び可塑剤を含み、
前記架橋ポリマー及び可塑剤のうちの少なくとも一方はプロトン放出性基を有する、
固体高分子電解質膜。
[2]前記プロトン放出性基が、スルホン酸基、スルホニルアミド基、スルホニルイミド基、及びリン酸基から選択される、[1]に記載の固体高分子電解質膜。
[3]前記架橋ポリマーが、前記プロトン放出性基以外の極性基を有する、[1]又は[2]に記載の固体高分子電解質膜。
[4]前記架橋ポリマーが、架橋構造を有するビニル系ポリマーである、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[5]前記架橋ポリマーがプロトン放出性基を有する、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[6]前記架橋ポリマーが、プロトン放出性基と、前記プロトン放出性基以外の極性基と、架橋構造とを有するビニル系ポリマーである、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[7]前記架橋ポリマーが、
前記プロトン放出性基以外の極性基を有するビニル系モノマーである第1モノマーと、
プロトン放出性基を有するビニル系モノマーである第2モノマーと、
架橋性ビニル系モノマーである第3モノマーと
の共重合体である、[6]に記載の固体高分子電解質膜。
[8]前記第1モノマーが、(メタ)アクリル酸エステル、プロトン放出性基以外の極性基によって置換されたスチレン、並びに、プロトン放出性基以外の極性基及びフッ素原子の双方を有するビニル系モノマーから選ばれる1種以上である、[7]に記載の固体高分子電解質膜。
[9]前記第2モノマーが、アリルスルホン酸、ポリ(4−スチレンスルホン酸)、及び下記式(2)で表される化合物から選ばれる1種以上である、[7]又は[8]に記載の固体高分子電解質膜。
【化1】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、RIIは炭素数1〜6のアルキレン基である。)
[10]前記可塑剤が、プロトン放出性基を有する可塑剤を含む、[1]〜[9]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[11]前記プロトン放出性基を有する可塑剤が、芳香族スルホン酸化合物、スルホン酸基含有ポリマー、及びフッ素原子含有スルホニルイミド化合物から選択される化合物を含む、[10]に記載の固体高分子電解質膜。
[12]前記可塑剤が、プロトン放出性基を有さない可塑剤を更に含む、[10]又は[11]に記載の固体高分子電解質膜。
[13]前記架橋ポリマー100質量部に対する前記可塑剤の使用割合が、10質量部以上1,000質量部以下である、[1]〜[12]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[14]前記固体高分子電解質膜のガラス転移点が0℃以下である、[1]〜[13]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[15]−40℃以上200℃未満の温度範囲において、前記固体高分子電解質膜が膜形状を維持し、且つ前記可塑剤がブリードアウトしない、[1]〜[14]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[16]前記固体高分子電解質膜のプロトン伝導率が、50℃において1×10−4S/cm以上である、[1]〜[15]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[17]プロトン伝導膜である、[1]〜[16]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜。
[18][1]〜[17]のいずれか一項に記載の固体高分子電解質膜から成る、燃料電池用固体高分子電解質膜。
【発明の効果】
【0009】
本発明の固体高分子電解質膜は、高いプロトン伝導性と十分な膜強度とが両立されたものである。従って本発明の固体高分子電解質膜は、特に、燃料電池におけるプロトン伝導膜としての使用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施例1で得られた固体高分子電解質膜の構造の模式図である。
図2図2は、実施例2で得られた固体高分子電解質膜の構造の模式図である。
図3図3は、実施例3で得られた固体高分子電解質膜の構造の模式図である。
図4図4は、実施例1で得られた試料のDSC曲線である。図4(a)は架橋PEEA−co−PAMPSのDSC曲線であり、図4(b)は固体高分子電解質膜のDSC曲線である。
図5図5は、比較例3で得られた固体高分子電解質膜のDSC曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の固体高分子電解質膜は、
架橋ポリマー及び可塑剤を含み、
前記架橋ポリマー及び可塑剤のうちの少なくとも一方はプロトン放出性基を有する。
【0012】
本発明の固体高分子電解質膜の無水条件下におけるプロトン伝導性が高いことは、膜中にプロトン放出性基が存在するとともに、可塑剤によって架橋ポリマーが十分に高い分子運動性を示すことに由来すると考えられる。即ち、本発明の好ましい態様では、固体高分子電解質膜について測定されるガラス転移点は、当該固体高分子電解質膜の稼働温度よりも低く、架橋ポリマーは固体高分子電解質膜の稼働時にはいわゆる「ゴム状態」又は「擬流動状態」というべき状態であり、好ましくは液体状の可塑剤とともに、高い分子運動性を示す。従って、架橋ポリマー又は可塑剤のプロトン放出性基から放出されたプロトンは、プロトンの伝導に寄与する架橋ポリマーと可塑剤との混合物(以下、「プロトン伝導混合相」ともいう。)が高い分子運動性を示すことによって、無水条件下でも容易に移動することができる。そのため、本発明の固体高分子電解質膜は、無水下においても高いプロトン伝導性を示す。
【0013】
一方で、膜中のプロトン伝導混合相が十分に高い分子運動性を示すにもかかわらず、本発明の固体高分子電解質膜が膜形状を維持するのは、ポリマーの架橋構造が寄与しているためであると考えられる。架橋ポリマーは自身の持つ架橋構造によって、高い分子運動性を示す状態でも形状が維持される。
【0014】
固体高分子電解質膜が膜形状を維持するとは、固体高分子電解質膜を電池の使用温度範囲(例えば、−40℃以上200℃未満、典型的には0℃以上150℃以下)において、無荷重状態で1時間静置したときに、実質的に変形及び収縮をしないことをいう。ここで、固体高分子電解質膜の面方向及び厚さ方向の長さ変化率が、例えば5%以下、3%以下、又は1%以下のとき、その条件下で膜形状を維持すると判断してよい。
【0015】
可塑剤がブリードアウトしないとは、固体高分子電解質膜を、電池の使用温度範囲において無荷重状態で1時間静置したときに、可塑剤が膜の外部に漏出しないことをいう。
【0016】
本明細書におけるガラス転移点Tgは、10℃/分の昇温速度で測定して得られたDSC曲線に基づいて、JIS K 7121に準拠して得られた値である。
【0017】
以下、本発明の固体高分子電解質膜について、好ましい実施形態(以下、「本実施形態」という。)を例として説明する。
【0018】
本明細書において、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸及びメタクリル酸の双方を包含する概念である。「(メタ)アクリレート」、「(メタ)アクリルアミド」等についてもこれに準じて理解されるべきである。「(ポリ)オキシアルキレン」とは、オキシアルキレン単位が1個であるか、又は2個以上のオキシアルキレン単位が連鎖していることを示す。
【0019】
本明細書における「アルキレン基」とは、メチレン基、アルキルメチレン基、及びジアルキルメチレン基を包含する概念である。
【0020】
<架橋ポリマー>
本実施形態における架橋ポリマーは、架橋構造を有するために、ガラス転移点よりも高い温度においても膜形状を維持することができる。
【0021】
架橋ポリマーは、後述の可塑剤との混和性が良好なものであってもよい。架橋ポリマーと可塑剤との混和性が良好であることにより、両者の混合物である固体高分子電解質膜のガラス転移点Tgを十分に低くすることが可能となる。この場合、膜中のプロトン伝導混合相の分子運動性を十分に高くすることができるから、高いプロトン伝導性を示すこととなる。
【0022】
可塑剤との混和性を良好なものとするため、架橋ポリマーは、極性基を有するものであってもよい。この極性基は、プロトン放出性基以外の極性基であってよく、例えば、−NH、−OH、−COOH等の1級の基;−O−、−NH−、>C=O等の2級又は3級の基等であってもよい。
【0023】
本実施形態における架橋ポリマーは、後述の可塑剤と混合されることによって「擬流動状態」になって分子運動性が高くなるから、ポリマー単独のガラス転移点Tgは、比較的高くてもよい。しかしながら、ガラス転移点が過度に高いと、可塑剤と混合された後にも分子運動性が十分に向上しない懸念がある。この観点から、架橋ポリマーのガラス転移点は、400℃以下、350℃以下、300℃以下、又は250℃以下であった方がよい。架橋ポリマーは、ガラス転移点を2つ以上有していてもよい。架橋ポリマーが2つ以上のガラス転移点を有する場合、最も低いガラス転移点は、固体高分子電解質膜の稼働温度(例えば−40℃以上200℃以下の範囲)以下であることが好ましく、例えば、−40℃以下、−50℃以下、又は−60℃以下であってもよい。架橋ポリマーがこのような低いガラス転移点を有することにより、得られる固体高分子電解質膜の稼働時に、架橋ポリマーが可塑剤とともに高い分子運動性を維持することができ、従って、高いプロトン伝導性を得ることができる。
【0024】
架橋ポリマーの主鎖の構造は任意であってよい。例えば、架橋構造を有するビニル系ポリマー、架橋構造を有するエステル系ポリマー、架橋構造を有するアミド系ポリマー、架橋構造を有するシリコーン系ポリマー等であってもよい。各ポリマーの製造方法及び架橋構造の形成方法は公知である。架橋ポリマーは上記のうち、モノマーの入手性に優れ、分子修飾が容易なことから、架橋構造を有するビニル系ポリマーが好ましい。架橋ポリマーの水素原子のうちの一部又は全部は、フッ素原子に置換されていてもよい。特に、主鎖の水素原子のうちの一部又は全部がフッ素原子に置換されている架橋ポリマーは、耐久性の面から好ましく使用することができる。
【0025】
後述の可塑剤がプロトン放出性基を有さない場合、本実施形態における架橋ポリマーはプロトン放出性基を有する。後述の可塑剤がプロトン放出性基を有する場合、本実施形態における架橋ポリマーは、プロトン放出性基を有していなくてもよいが、プロトン放出性基を有していてもよい。
【0026】
プロトン放出性基を有する架橋ポリマーは、プロトン放出性基と、プロトン放出性基以外の極性基と、架橋構造とを有するビニル系ポリマーであってもよい。プロトン放出性基と架橋構造とを有するビニル系ポリマーは、例えば、
プロトン放出性基以外の極性基を有するビニル系モノマーである第1モノマー、プロトン放出性基を有するビニル系モノマーである第2モノマー、及び架橋性ビニル系モノマーである第3モノマーの共重合体であってよく;
第2モノマー及び第3モノマーの共重合体であってよく;又は、
第1モノマー及び第3モノマー、並びに任意的に第2モノマーの共重合体の、スルホン酸変性物、スルホン酸アミド変性物、若しくはリン酸変性物であってもよい。
【0027】
第1〜第3モノマーは、それぞれ単独で使用してもよく、2種以上の混合物として使用してもよい。
【0028】
プロトン放出性基を有さない架橋ポリマーは、プロトン放出性基を有さず、プロトン放出性基以外の極性基と架橋構造とを有するビニル系ポリマーであってもよい。プロトン放出性基を有さず、プロトン放出性基以外の極性基と架橋構造とを有するビニル系ポリマーは、例えば、第1モノマー及び第3モノマーの共重合体であってもよい。
【0029】
本発明における架橋ポリマーは、第3モノマーを用いずに非架橋のビニル系ポリマーを製造した後、適当な架橋剤によって架橋構造を後から形成したものであってもよい。
【0030】
[第1モノマー]
第1モノマーは、プロトン放出性基以外の極性基を有するビニル系モノマーである。第1モノマーは、架橋ポリマーに後述の可塑剤との高い混和性を付与する目的で架橋ポリマーの重合に使用されてよい。第1ポリマーは、可塑剤との間に非共有結合を形成し得る、プロトン放出性基以外の極性基、例えば、−NH、−OH、−COOH等の1級の基;−O−、−NH−、>C=O等の2級又は3級の基等を有するビニル系モノマーであってもよい。
【0031】
第1モノマーは、例えば、(メタ)アクリル酸エステル、プロトン放出性基以外の極性基によって置換されたスチレン、プロトン放出性基以外の極性基及びフッ素原子の双方を有するモノマー等から選択されるモノマーであってもよい。
【0032】
第1モノマーとしての(メタ)アクリル酸エステルは、例えば、下記式(1)で表される構造を有する化合物であってもよい。
【化2】
(式(1)中、Rは水素原子又はメチル基であり、Rは炭素数1〜6のアルキル基、又は途中が2価の極性基で中断された炭素数2〜12のアルキル基である。)
【0033】
ただし、第1モノマーとしての(メタ)アクリル酸エステルは、後述の第2モノマー又は第3モノマーに該当する化合物は含まない。
【0034】
のアルキル基の炭素数は、4以下又は3以下であってもよい。Rのアルキル基は、具体的には、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基等であってもよい。
【0035】
の途中が2価の極性基で中断されたアルキル基の炭素数は、4以上又は6以上であってよく、10以下、8以下、又は6以下であってもよい。途中が2価の極性基で中断されたアルキル基における2価の極性基は、たとえば、−O−、−S−、−NH−、−COO−、−CONH−等であってもよい。2価の極性基が炭素原子を含む場合、途中が2価の極性基で中断されたアルキル基の炭素数は、極性基の炭素原子を含まずにカウントされる。
【0036】
途中が2価の極性基で中断された炭素数2〜12のアルキル基は、例えば、下記式のそれぞれで示される基等であってもよい。
【化3】
(上式中、複数のRはそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であり、複数のRはそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であり、Rがすべて水素原子であることはなく、nはそれぞれ1〜4の整数である。)
【0037】
途中が2価の極性基で中断された炭素数2〜12のアルキル基は、具体的には、例えば、2−(2−エトキシエトキシ)エチル基等であってもよい。
【0038】
第1モノマーである、(メタ)アクリル酸エステルは、具体的には例えば、アクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル等であってもよい。
【0039】
プロトン放出性基以外の極性基によって置換されたスチレンは、例えば、ヒドロキシスチレン、アミノスチレン、ビニル安息香酸等であってもよい。
【0040】
プロトン放出性基以外の極性基及びフッ素原子の双方を有するモノマーは、例えば、4−ヒドロキシ−4−トリフルオロメチル−5−トリフルオロペンテン−1、2−トリフルオロメチルアクリル酸、トリフルオロ酢酸ビニル、(メタ)アクリル酸ペンタフルオロフェニル、(メタ)アクリル酸−2,2,3,3−テトラフルオロプロピル等であってもよい。
【0041】
[第2モノマー]
第2モノマーは、プロトン放出性基を有するビニル系モノマーである。プロトン放出性基は、上述したとおり、スルホン酸基、スルホニルアミド基、スルホニルイミド基、及びリン酸基から選択されてよく、スルホン酸基、スルホニルアミド基、又はリン酸基であることが好ましい。
【0042】
スルホン酸基を有する第2モノマーは、例えば、アリルスルホン酸、ポリ(4−スチレンスルホン酸)、下記式(2)で表される化合物等であってもよい。
【化4】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、RIIは炭素数1〜6のアルキレン基である。)
【0043】
上記式(2)におけるRIIは、例えば、メチレン基、1,2−エチレン基、2−メチル−1,2−プロピレン基等であってもよい。
【0044】
上記式(2)で表される化合物は、具体的には、例えば、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等であってもよい。
【0045】
スルホニルアミド基を有する第2モノマーは、例えば、下記式で表される4−ビニル−N−トリフルオロメチルスルホニルベンゼンスルホニルアミド等であってもよい。
【化5】
【0046】
リン酸基を有する第2モノマーは、例えば、ビニルホスホン酸等であってもよい。
【0047】
[第3モノマー]
第3モノマーは、架橋性ビニル系モノマーである。第3モノマーは、架橋ポリマー中の架橋構造を形成するために使用される。
【0048】
第3モノマーは、例えば、重合性二重結合を2個以上有する化合物であってもよい。
【0049】
重合性二重結合を2個有する第3モノマーは、例えば、ジビニルベンゼン、(ポリ)オキシアルキレングリコールジ(メタ)アクリレート、(ポリ)オキシアルキレン変性ビスフェノールAジ(メタ)アクリレート、下記式(3)で表される化合物等であってもよい:
【化6】
(式(3)中、Rは水素原子又はメチル基であり、RIIIは炭素数1〜6のアルキレン基である。)
【0050】
上記式(3)で表される化合物は、具体的には、例えば、メチレンビスアクリルアミド、N,N’−エチレンビスアクリルアミド等であってもよい。
【0051】
重合性二重結合を3個以上有する第3モノマーは、例えば、ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート等であってもよい。
[各モノマーの使用割合]
【0052】
各モノマーの使用割合は任意である。
【0053】
第1モノマー及び第2モノマーのモル数の合計に対する第2モノマーのモル数の割合は、例えば、100モル%以下、80モル%以下、60モル%以下、40%以下、30モル%以下、20モル%以下、10モル%以下、又は5モル%以下であってもよい。
【0054】
可塑剤がプロトン放出性基を有する場合、及び架橋ポリマーの重合後にスルホン酸変性、スルホン酸アミド変性、又はリン酸変性が予定されている場合には、第2モノマーを使用する必要はないが、第2モノマーを使用してもよい。
【0055】
可塑剤がプロトン放出性基を有する場合、及び架橋ポリマーの重合後にスルホン酸変性、スルホン酸アミド変性、又はリン酸変性が予定されている場合、第1モノマー及び第2モノマーのモル数の合計に対する第2モノマーのモル数の割合は、0モル%であってもよい。
【0056】
一方、可塑剤がプロトン放出性基を有さず、且つ架橋ポリマーの重合後にスルホン酸変性、スルホン酸アミド変性、又はリン酸変性が予定されていない場合には、得られる膜のプロトン伝導性を十分に高くするとの観点から、第1モノマー及び第2モノマーのモル数の合計に対する第2モノマーのモル数の割合は、例えば、5モル%以上、10モル%以上、15モル%以上、20モル%以上、25モル%以上、又は50モル%以上であってよく、100モル%であってもよい。
【0057】
第3モノマーの使用割合は、架橋ポリマーの架橋密度を十分に高くして、膜形状を維持できるようにするとの観点から、第1モノマー及び第2モノマーのモル数の合計を100モル%としたときの第3モノマーのモル数の割合として、例えば、0.5モル%以上、1.0モル%以上、1.5モル%以上、又は2.0モル%以上であってもよい。一方で、架橋ポリマーの架橋密度を適度に維持してポリマーの分子運動を確保し、このことによって得られる膜のプロトン伝導性を十分に高いものとする観点から、第1モノマー及び第2モノマーのモル数の合計を100モル%としたときの第3モノマーのモル数の割合は、例えば、10モル%以下、8.0モル%以下、5.0モル%以下、3.0モル%以下、又は2.0モル%以下であってもよい。
【0058】
[架橋ポリマーの重合]
第1〜第3モノマーの共重合体は、公知の重合方法、例えばラジカル重合法、カチオン重合法、アニオン重合法等によって得ることができ、ラジカル重合法によることが好ましい。
【0059】
ラジカル重合は、所定のモノマー混合物をラジカル重合開始剤と接触させることによって行われてよい。ラジカル重合は、後述の可塑剤の存在下に行われてもよい。
【0060】
ラジカル重合開始剤は、例えば、アゾ化合物、過酸化水素、有機過酸化物等から選択されてよい。アゾ化合物は、例えば、アゾビスイソブチロニトリル、1,1’−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニトリル)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)等から選択されてよい。有機過酸化物は、例えば、ベンゾイルパーオキシド、ジイソブチルパーオキシド等から選択されてよい。
【0061】
ラジカル重合開始剤の使用割合は、モノマーの合計100質量部に対して、例えば、0.001質量部以上、0.003質量部以上、0.005質量部以上、0.01質量部以上、又は0.05質量部以上であってよく、例えば、1質量部以下、0.5質量部以下、0.1質量部以下、又は0.05質量部以下であってもよい。
【0062】
ラジカル重合は、任意的に適当な溶媒中で行われてよい。溶媒は、水及び有機溶媒から選択して使用されてよい。ラジカル重合の溶媒として、2種以上の溶媒の混合溶媒を用いてもよい。
【0063】
有機溶媒は、極性の有機溶媒であってもよく、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル;アセトン等のケトン;N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド化合物;アセトニトリル等のニトリル化合物等であってもよい。また、ラジカル重合の溶媒の一部又は全部として、後述の可塑剤を使用してよい。
【0064】
溶媒の使用割合は任意である。しかしながら、モノマーの合計100質量部に対して、例えば、10質量以上1,000質量部以下の範囲を、溶媒の使用割合として例示することができる。
【0065】
ラジカル重合は、例えば、50℃以上、60℃以上、70℃以上、又は80℃以上、例えば、200℃以下、150℃以下、120℃以下、又は100℃以下の温度において、例えば、30分以上、1時間以上、2時間以上、3時間以上、又は4時間以上、例えば、20時間以下、18時間以下、15時間以下、12時間以下、又は10時間以下の時間、行われてよい。
【0066】
重合後、未反応モノマー、低分子オリゴマー、ラジカル開始剤残滓等を除去するため、得られた重合体の精製を、適宜の方法によって行ってよい。精製方法は、例えば、溶媒置換、再沈殿等の方法であってもよい。
【0067】
[RAFT重合]
第1〜第3モノマーの重合は、RAFT重合(Reversible Addition-Fragmentation chain Transfer重合、可逆的付加開裂連鎖移動重合)によって行われてもよい。
【0068】
RAFT重合は、上記に説明したラジカル重合系に、適当なRAFT剤を添加することにより、行われてよい。
【0069】
RAFT剤は、チオカルボニルチオ化合物であってよく、例えば、ビス(チオカルボニル)ジスルフィド化合物、ジチオエステル化合物、トリチオカルボネート化合物、ジチオカルバマート化合物、キサンタート化合物等から選択して使用されてよい。
【0070】
ビス(チオカルボニル)ジスルフィド化合物は、例えば、テトラエチルチウラムジスルフィド、テトラメチルチウラムジスルフィド、ビス(n−オクチルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ドデシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(ベンジルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ブチルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(t−ブチルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ヘプチルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ヘキシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ペンチルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ノニルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−デシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(t−ドデシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−テトラデシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−ヘキサデシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド、ビス(n−オクタデシルメルカプト−チオカルボニル)ジスルフィド等であってもよい。
【0071】
ジチオエステル化合物は、例えば、2−フェニル−2−プロピルベンゾチオエート、4−シアノ−4−(フェニルチオカルボニルチオ)ペンタン酸、2−シアノ−2−プロピルベンゾジチオエート等であってもよい。
【0072】
トリチオカルボネート化合物は、例えば、S−(2−シアノ−2−プロピル)−S−ドデシルトリチオカーボネート、4−シアノ−4−[(ドデシルスルファニル−チオカルボニル)スルファニル]ペンタン酸、シアノメチルドデシルトリチオ−カルボナート、2−(ドデシルチオカルボノチオールチオ)−2−メチルプロピオン酸、S−1−ドデシル−S’−(α,α’−ジメチル−α”−酢酸)トリチオカーボネート等であってもよい。
【0073】
ジチオカルバマート化合物は、例えば、シアノメチルメチル(フェニル)カルバモジチオエート、シアノメチルジフェニルカルバモ−ジチオエート等であってもよい。
【0074】
キサンタート化合物は、例えば、キサントゲン酸エステル等であってもよい。
【0075】
RAFT剤の使用割合は、モノマーの合計を100モル%としたときのRAFT剤のモル数の割合として、例えば、0.005モル%以上、0.01モル%以上、又は0.05モル%以上であってよく、例えば、0.5モル%以下、0.3モル%以下、0.2モル%以下、又は0.1モル%以下であってもよい。
【0076】
[架橋剤による架橋]
本実施形態における架橋ポリマーは、上記において第3モノマーを用いずに非架橋のビニル系ポリマーを製造した後、適当な架橋剤によって架橋構造を後から形成したものであってもよい。この場合の架橋剤は、例えば、硫黄、過酸化水素、有機過酸化物等であってもよい。
【0077】
[共重合体の変性]
第1及び第3モノマーの共重合体に、スルホン酸変性、スルホン酸アミド変性、又はリン酸変性を行うことにより、この共重合体にプロトン放出性基を導入することができる。第1〜第3モノマーの共重合体及び第2及び第3モノマーの共重合体は、プロトン放出性基を既に有しているが、この共重合体に対しても、スルホン酸変性、スルホン酸アミド変性、又はリン酸変性を行ってよい。
【0078】
(スルホン酸変性)
共重合体のスルホン酸変性は、例えば、共重合体と、クロロスルホン酸、無水硫酸、硫酸、発煙硫酸、ポリアルキルベンゼンスルホン酸等から選択される少なくとも1種のスルホン化剤と、任意的に触媒とを、有機溶剤中又は無溶媒下で、例えば、5〜200℃で反応させる方法により、行われてよい。
【0079】
(スルホン酸アミド変性)
共重合体のスルホン酸アミド変性は、例えば、共重合体のスルホン酸変性物を、一旦スルホニルハライド体に変換した後、1級又は2級アミン化合物と反応させることにより、行われてよい。
【0080】
(リン酸変性)
共重合体のリン酸変性は、例えば、共重合体と、H3PO3、H3PO等、及びこれらのエステル又は塩等から選択される少なくとも1種のリン化合物と、任意的に触媒とを、有機溶剤中又は無溶媒下で、例えば、5〜200℃で反応させる方法により、行われてよい。
【0081】
上記のようにして、スルホン酸変性、スルホン酸アミド変性、又はリン酸変性の反応を行った後、反応溶液から有機溶媒を留去することにより、所望の変性架橋ポリマーを得ることができる。
【0082】
<可塑剤>
本実施形態における可塑剤は、架橋ポリマーに柔軟性を付与して固体高分子電解質膜のガラス転移点Tgを下げ、固体高分子電解質膜中の架橋ポリマーの分子運動性を高める機能を有する成分である。可塑剤は、高分子量体であっても低分子量体であってもよい。しかしながら、本実施形態の電解質膜が電池用途に適用されることを想定していることから、可塑剤は、電池の使用温度範囲(例えば、−40℃以上200℃未満、典型的には0℃以上150℃以下)において不揮発性であることが好ましい。可塑剤が電池の使用温度範囲において不揮発性であるとは、可塑剤の沸点が、例えば、200℃以上、210℃以上、220℃以上、230℃以上、240℃以上、又は250℃以上と、十分に高いことをいう。また、可塑剤は、電池の使用温度範囲において分解しないことが望まれる。
【0083】
可塑剤は、固体高分子電解質膜中の架橋ポリマーの分子運動性を高める機能を発揮するために、電池の使用温度範囲において液体状であることが望まれる。可塑剤が電池の使用温度範囲において電池の使用温度範囲において液体状であるとは、可塑剤の融点が、例えば、0℃以下、−2℃以下、−4℃以下、又は−6℃以下であることをいう。
【0084】
可塑剤は、固体高分子電解質膜中で架橋ポリマーと相互作用するための極性基を有していてよい。極性基を有する可塑剤は、固体高分子電解質膜中で架橋ポリマーの極性基と相互作用して(例えば非共有結合を形成して)、固体高分子電解質膜からのブリードアウトが抑制される効果を有すると考えられる。可塑剤の極性基は、プロトン放出性基以外の極性基であってよく、例えば、水酸基、チオール基、エーテル基、チオエーテル基、エステル基、チオエステル基、アミノ基、アミド基、イミド基等であってもよい。
【0085】
前述の架橋ポリマーがプロトン放出性基を有さない場合、本実施形態における可塑剤は、プロトン放出性基を有する可塑剤を含む。前述の架橋ポリマーがプロトン放出性基を有する場合、本実施形態における可塑剤は、プロトン放出性基を有していなくてもよいが、プロトン放出性基を有していてもよい。
【0086】
可塑剤が有するプロトン放出性基は、スルホン酸基、スルホニルアミド基、スルホニルイミド基、及びリン酸基から選択されてよく、スルホン酸基又はスルホニルイミド基であることが好ましい。
【0087】
スルホン酸基を有する可塑剤は、例えば、p−トルエンスルホン酸、1,2−エタンジスルホン酸、1,3,6−ナフタレントリスルホン酸等の芳香族スルホン酸化合物;ビニルアルコール−酢酸ビニル共重合体のスルホン酸変性物、ポリ(スチレンスルホン酸)等のスルホン酸基含有ポリマー等であってもよい。架橋ポリマーと可塑剤との混合物から成るプロトン伝導混合相の分子運動性を高く維持するとの観点から、可塑剤が高分子化合物である場合の重量平均分子量は、20万以下、15万以下、12万以下、10万以下、又は8万以下である方がよい。
【0088】
スルホニルイミド基を有する可塑剤は、例えば、フッ素原子含有スルホニルイミド化合物等であってよく、具体的には例えばビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド等であってもよい。
【0089】
プロトン放出性基を有さない可塑剤としては、電池の稼働温度において液体状であるものが好ましく、例えば、ポリアルキレングリコール、ポリビニルエーテル、ポリオールエステル等であってもよい。これらのうち、プロトン放出性基を有さない可塑剤としては、ポリアルキレングリコールが好ましく、具体的には例えば、テトラエチレングリコール等を使用してよい。
【0090】
可塑剤は、1種単独で使用してもよく、2種以上を混合して使用してもよい。可塑剤が2種以上の混合物であるとき、混合物としての可塑剤の全体が電池の使用温度範囲において液体状であり、混合物中の可塑剤それぞれが、電池の使用温度範囲)において不揮発性であり、且つ分解しないことが好ましい。
【0091】
可塑剤が2種以上の混合物であるとき、混合物中の可塑剤のいずれもが、架橋ポリマーと相互作用するための極性基を有していることが好ましい。固体高分子電解質膜からの可塑剤のブリードアウトを抑制するため、混合物を構成する可塑剤のうちの極性基を有する可塑剤の割合は、混合物の全質量に対して、例えば、30質量%以上、40質量%以上、50質量%以上、60質量%以上、又は70質量%以上であってもよい。
【0092】
プロトン放出性基を有する化合物は、固体状であることが多く、これを1種単独で使用すると、架橋ポリマーの分子運動性を高める機能が十分に発揮されないことがある。また、可塑剤自体の分子運動性も不足する懸念がある。このような場合、プロトン放出性基を有する化合物と、プロトン放出性基を有さない化合物とを混合したものを可塑剤として使用してもよい。プロトン放出性基を有する化合物と、プロトン放出性基を有さない化合物との混合比は任意である。両者の割合は、プロトン放出性基を有する化合物及びプロトン放出性基を有さない化合物の合計に対するプロトン放出性基を有する化合物の質量割合として、例えば、10質量%以上、20質量%以上、30質量%以上、又は40質量%以上であってよく、例えば、90質量%以下、80質量%以下、70質量%以下、又は60質量%以下であってもよい。
【0093】
<架橋ポリマーと可塑剤との使用割合>
架橋ポリマーと可塑剤との使用割合は、プロトン伝導混合相の分子運動性を高め、十分に高いプロトン伝導性を得るとの観点から、架橋ポリマー100質量部に対する可塑剤の使用割合として、例えば、10質量部以上、50質量部以上、100質量部以上、150質量部以上、200質量部以上、250質量部以上、300質量部以上、350質量部以上、又は400質量部以上であってもよい。一方で、膜強度を維持し、膜としての安定性を確保する観点から、架橋ポリマー100質量部に対する可塑剤の使用割合は、例えば、1,000質量部以下、900質量部以下、800質量部以下、700質量部以下、600質量部以下、又は500質量部以下であってもよい。
【0094】
上記の可塑剤の使用割合は、可塑剤が複数種類の混合物である場合には当該複数種の可塑剤合計の使用割合である。
【0095】
高いプロトン伝導性と十分な膜強度との両立を図るためには、本実施形態の固体高分子電解質膜の全質量に対する液体成分(即ちプロトン放出性基を有さない可塑剤)の割合は、概ね、50質量%以上80質量%以下の範囲に調節されてよい。
【0096】
<固体高分子電解質膜>
本実施形態の固体高分子電解質膜は、架橋ポリマーと可塑剤とを含むことにより、膜の全体として高い分子運動性を示す。固体高分子電解質膜の高い分子運動性は、ガラス転移点Tgが低いことによって評価することができる。
【0097】
本実施形態の固体高分子電解質膜は、膜としてのガラス転移点Tgが低いことにより、低温においても固体高分子電解質膜中のプロトン伝導混合相が高い分子運動性を維持することができ、従って、高いプロトン伝導性を得ることができる。固体高分子電解質膜のガラス転移点Tgは、固体高分子電解質膜の稼働温度の下限値以下であることが好ましく、例えば、0℃以下、−20℃以下、−40℃以下、−60℃以下、又は−65℃以下であってもよい。
【0098】
本実施形態の固体高分子電解質膜は、ガラス転移点Tgが十分に低いことにより、電池の使用温度範囲(例えば、−40℃以上200℃未満、特に0℃以上150℃以下)において、プロトン伝導混合相が高い分子運動性を示し、且つ可塑剤が液体状であるにもかかわらず、可塑剤がブリードアウトせず、且つ膜形状を維持することができる。
【0099】
この現象について本発明者らは、架橋ポリマーと可塑剤との間に非共有結合が形成されているためであると推察している。即ち、可塑剤は液体状ではあるけれども、架橋構造を有することにより膜形状を維持し得る架橋ポリマーに、非共有結合によって繋ぎ止められているため、可塑剤のブリードアウトが抑制されるものと考えられる。
【0100】
架橋ポリマーと可塑剤との間の非共有結合は、例えば、水素結合、イオン−イオン相互作用、双極子−イオン相互作用等であってもよい。
【0101】
上記のような非共有結合は、架橋ポリマー及び可塑剤中の極性基濃度を適宜に調節することにより、実現することができる。
【0102】
本実施形態の固体高分子電解質膜は、高いプロトン伝導率を示す。本実施形態の固体高分子電解質膜のプロトン伝導率は、具体的には、50℃において、例えば、1×10−4S/cm以上、2×10−4S/cm以上、3×10−4S/cm以上、4×10−4S/cm以上、5×10−4S/cm以上、10×10−4S/cm以上、又は12×10−4S/cm以上とすることができ、80℃において、例えば、2×10−4S/cm以上、3×10−4S/cm以上、4×10−4S/cm以上、5×10−4S/cm以上、8×10−4S/cm以上、10×10−4S/cm以上、12×10−4S/cm以上、又は15×10−4S/cm以上とすることができ、95℃において、例えば、3×10−4S/cm以上、4×10−4S/cm以上、5×10−4S/cm以上、10×10−4S/cm以上、12×10−4S/cm以上、15×10−4S/cm以上、又は18×10−4S/cm以上、とすることができる。
【0103】
本実施形態の固体高分子電解質膜は、膜中に水を含有しない場合でも、高いプロトン伝導率を示す。従って、固体高分子電解質膜の水含有量は、膜の全質量に対する質量割合として、例えば、1%以下、0.1%以下0.01%、又は0.001%以下であってもよい。
【0104】
<固体高分子電解質膜の製造>
本実施形態の固体高分子電解質膜において、架橋ポリマーと可塑剤とは混合状態にある。
【0105】
本実施形態の固体高分子電解質膜は、例えば、架橋ポリマーと可塑剤とを混合することによって製造されてよい。架橋ポリマーと可塑剤との混合は、揮発性の高い適当な溶媒中で行われてよい。ここで使用される溶媒は、架橋ポリマーの重合溶媒として上記に例示したものの中から選択して使用してよい。架橋ポリマーと可塑剤とを混合した後、溶媒を除去することにより、本実施形態の固体高分子電解質膜が得られる。
【0106】
本実施形態の固体高分子電解質膜は、或いは、架橋ポリマーの重合を可塑剤の存在下で行った後に重合溶媒を除去することによって製造されてもよい。この場合には、例えば溶媒置換、再沈殿等の適宜の方法により、未反応モノマー、低分子オリゴマー、ラジカル開始剤残滓等を除去する工程を経ることが好ましい。
【0107】
固体高分子電解質膜を膜状に成形するには、例えば、キャスト法、プレス法等の適宜に方法によってよい。
【0108】
<固体高分子電解質膜の用途>
本実施形態の固体高分子電解質膜は、電池の固体高分子電解質膜として好適である。本実施形態の固体高分子電解質膜は、無水条件下においてもプロトン伝導性が高いため、燃料電池の無水系プロトン伝導膜として特に好適に使用することができる。
【実施例】
【0109】
以下、本発明について実施例の形式で詳細に説明する。以下の実施例は、本発明の用途を何ら限定するものではない。
【0110】
<実施例1>
本実施例では、プロトン放出性基を有する架橋ポリマーと、可塑剤とを含む固体高分子電解質膜を調製し、そのプロトン伝導率を調べた。
【0111】
(1)架橋ポリマーの合成
塩基性アルミナを充填したカラムに、未精製のアクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチルを通して精製した。
【0112】
第1モノマーとして上記の精製後のアクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル(EEA)685mg(3.64mmol)、第2モノマーとして2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(AMPS)322mg(1.55mmol)、第3モノマーとしてN,N’−メチレンビスアクリルアミド(MBAA)15.9mg(0.103mmol)、RAFT剤としてS−1―ドデシル−S’−(α,α’−ジメチル−α”−酢酸)トリチオカーボネート1mg(0.003mmol)、ラジカル重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.1mg(0.0006mmol)、並びに溶媒として蒸留水249mg(13.8mmol)及びN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)2.84mg(3.89mmol)を、サンプル瓶内で混合して原料溶液を得た。この原料溶液中の第1モノマー:第2モノマー:第3モノマー:RAFT剤のモル比は、およそ1,400:600:40:1であった。
【0113】
原料溶液に対して窒素ガスによるバブリングを15分間行った後、オイルバスにより、常圧下、80℃に昇温し、500rpmの撹拌下に7時間重合を行った。7時間後、サンプル瓶をオイルバスから取り出して、重合を停止した。このとき、サンプル瓶内の溶液は流動せず、ゲル化していることが確認された。
【0114】
サンプル内の試料をテフロン(登録商標)製ビーカーに移し、メタノール20mLを加えて1時間浸漬した。1時間後メタノールを除去し、同量の新しいメタノールを加え、再度1時間の浸漬を行った。このメタノール浸漬操作を3回繰り返し、未反応モノマー、低分子オリゴマー、溶媒等を除去して精製した。次いで、50℃のホットプレート上に12時間静置した後、真空乾燥機中、室温において12時間乾燥してメタノールを完全に除去することにより、架橋ポリアクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル−co−ポリ(2―アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸)(架橋PEEA−co−PAMPS)を得た。
【0115】
得られた架橋PEEA−co−PAMPSの構造を下記の化学式に示した。
【化7】
【0116】
得られた架橋PEEA−co−PAMPSについて、JIS K 7121に準拠し、昇温速度10℃/分の条件にて、−90℃〜30℃の温度範囲で測定したガラス転移点Tは、−50℃であった。このときに得られたDSC曲線を図4(a)に示す。
【0117】
(2)固体高分子電解質膜の調製
上記で得られた架橋PEEA−co−PAMPS48.9mgを1.14cm×0.21cmの短冊状(厚さ0.096cm)に切り取り、容量10mLのテフロン(登録商標)製ビーカーに入れ、メタノール9mL及び可塑剤としてテトラエチレングリコール(TEG、融点:約−6℃)115mgを添加し、50℃のホットプレート上に2日間静置して、架橋PEEA−co−PAMPSにTEGを導入するとともに、メタノールを完全に除去して、膜試料を得た。この膜試料の表面には若干量のTEGが残っていたので、これを拭き取ることにより、厚さ0.16cmの固体高分子電解質膜試料を得た。
【0118】
TEG拭き取り後の固体高分子電解質膜試料の質量は141.4mgであったことから、この膜試料中のTEG含量は、65質量%であることが分かった。
【0119】
得られた固体高分子電解質膜試料の構造の模式図を図1に示した。図1において、架橋PEEA−co−PAMPSが架橋ポリマーであり、TEGが可塑剤であり、架橋PEEA−co−PAMPS中のスルホン酸基がプロトン放出性基である。架橋PEEA−co−PAMPS中のスルホン酸基及びアミド基は、それぞれ、TEGの水酸基及びエーテル基と非共有結合を形成していると考えられる。架橋PEEA−co−PAMPS中のスルホン酸基の一部は、プロトンが遊離して、スルホネートイオンになっている。
【0120】
得られた固体高分子電解質膜試料について、JIS K 7121に準拠し、昇温速度10℃/分の条件にて、−90℃〜30℃の温度範囲で測定したガラス転移点Tは、−79℃であり、明らかに固体高分子電解質膜の稼働温度よりも低かった。このときに得られたDSC曲線を図4(b)に示す。図4(b)のDSC曲線には、固体高分子電解質膜試料に含まれる架橋PEEA−co−PAMPSのT(−50℃、図4(a))、及びTEGの融点(約−6℃)に由来する吸熱は見られず、固体高分子電解質膜としての単一のTgが見られた。
【0121】
上記で得られたTgによると、この固体高分子電解質膜は、次項の交流インピーダンス測定の測定温度(50℃、80℃、及び95℃)においては擬流動状態のはずであるが、ポリマーが架橋されているために流動せず、膜形状を維持していた。
【0122】
上記で得られた固体高分子電解質膜試料を、温度を変えながら無荷重状態で1時間静置したところ、−40℃以上200℃までの範囲で漏出物は見られず、電池の使用温度範囲において可塑剤がブリードアウトしないことが確認された。
【0123】
(3)交流インピーダンス測定
厚さ0.1mmの白金網を電極として用い、得られた固体高分子電解質膜試料の交流インピーダンス測定を行った。
【0124】
電極間距離を0.70cmとして対向配置した一対の電極間に、固体高分子電解質膜試料(厚さ0.16cm)を挟み込んだ。電極間に挟み込んだ固体高分子電解質膜試料を自然対流式定温恒温乾燥器中に入れて、温度50℃、相対湿度5RH%の条件下で1時間乾燥させた。なお、相対湿度の測定にはプロフェッショナル温湿度計 testo635−2(テストー製)を用いた。
【0125】
乾燥器内温度が安定するまで待った後、FRA(周波数特性分析)オプション付きのポテンショ/ガルバノスタット VERSASTAT 4−400(Prinston Applied Research製)を用いて、電圧80mV、周波数を10Hzから1Hz単位で変化させて、無加湿条件下で交流インピーダンス測定を行った。抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値を読み取ったところ、4.2×10Ωであった。更に、下記数式(1)によってこの固体高分子電解質膜試料のプロトン伝導率を求めたところ、2.3×10−4S/cmであった。
プロトン伝導率=電極間距離/(膜の厚さ×膜の幅×抵抗値) (1)
【0126】
次いで、測定条件を温度80℃、相対湿度1.5RH%として交流インピーダンス測定を行ったところ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値は3.0×10Ωであり、プロトン伝導率は3.2×10−4S/cmであった。更に、測定条件を温度95℃、相対湿度0.9RH%として交流インピーダンス測定を行ったところ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値は2.0×10Ωであり、プロトン伝導率は4.8×10−4S/cmであった。
【0127】
上記のとおり、温度の上昇に伴ってプロトン伝導率が大きくなった。これは、温度の上昇に伴って擬流動状態のプロトン伝導混合相の分子運動性が上がり、その結果プロトン伝導性が向上したことによると考えられる。
【0128】
本実施例における固体高分子電解質膜試料は、交流インピーダンスの測定中、溶出物は見られず、流動せずに膜形状を維持していた。
【0129】
<比較例1>
本比較例では、プロトン放出性基を有する非架橋ポリマーと、可塑剤とを含む膜の調製を試みた。
【0130】
(1)非架橋ポリマーの合成
第1モノマーとして実施例1と同様の手法で精製したアクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル(PEEA)10.2g(54.0mmol)、第2モノマーとして2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(PAMPS)4.34g(21.1mmol)、RAFT剤としてS−1―ドデシル−S’−(α,α’−ジメチル−α”−酢酸)トリチオカーボネート17.2mg(0.047mmol)、ラジカル重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)1.5mg(0.009mmol)、及び溶媒としてN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)5.66g(77.5mmol)を、コック付き丸底フラスコ内で混合して原料溶液を得た。この原料溶液中の第1モノマー:第2モノマー:RAFT剤のモル比は、およそ1,150:450:1である。
【0131】
原料溶液に対して窒素ガスによるバブリングを30分間行った後、オイルバスにより、常圧下、80℃に昇温し、500rpmの撹拌下に45分間重合を行った。45分後、丸底フラスコを液体窒素中に漬けて、重合を停止した。
【0132】
重合後の溶液に、テトラヒドロフラン(THF):メタノール=1:1(体積比)の混合溶媒を添加して、濃度8質量%のポリマー溶液を調製した。このポリマー溶液を、大過剰量のヘキサン中に滴下して、ポリマーを析出させた。デカンテーションにより分離したポリマーを、真空乾燥器によって十分に乾燥させた。
【0133】
乾燥後のポリマーを、THF:メタノール=1:1(体積比)の混合溶媒に再溶解させ、得られた溶液をメタノール中に滴下してポリマーを析出させる操作を合計2回行って、未反応モノマー、低分子オリゴマー等を除去することにより、未架橋PEEA−co−PAMPSを得た。
【0134】
この未架橋PEEA−co−PAMPSを試料とし、溶媒としてジメチルスルホキシドdを用いてH−NMR分析を行ったところ、非架橋PEEA−co−PAMPS中のPAMPSの共重合割合が35mol%であることが分かった。
【0135】
得られた非架橋PEEA−co−PAMPSの構造を下記の化学式に示した。
【化8】
【0136】
(2)固体高分子電解質膜の調製
上記で得られた非架橋PEEA−co−PAMPS106.3mgと、TEG242.5mgとを、メタノール1.0g中で混合して溶液とした。得られた溶液をPFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)製の容器中に移し、50℃のホットプレート上に2日間静置して、メタノールを完全に除去することにより、TEG含量が69質量%の液体状混合物を得た。
【0137】
得られた試料は、流動物(液体状態)であったため、ガラス転移点Tgの測定を行わなかった。また、交流インピーダンス測定の測定温度(50℃、80℃、及び95℃)においても液体状態であり、架橋もされていないために流動して、膜形状を維持することができなかった。従って、本比較例で得られた試料については、膜としての交流インピーダンス測定はできなかった。
【0138】
<比較例2>
本比較例においては、実施例1で得られた架橋PEEA−co−PAMPS(T:−50℃)の膜にTEGを導入せずに、交流インピーダンス測定を行った。電極としては、厚さ0.1mmの白金網を用いた。
【0139】
電極間距離を0.70cmとして対向配置した一対の電極間に、架橋PEEA−co−PAMPSの膜(幅0.30cm、厚さ0.16cm)を挟み込んだ。電極間に挟み込んだ膜試料を自然対流式定温恒温乾燥器中に入れて、温度95℃、相対湿度1.0RH%の条件で安定させた。その後、電圧80mV、周波数を10Hzから1Hz単位で変化させて、無加湿条件下で交流インピーダンス測定を行った。しかし、抵抗値が極めて大きかったため、測定値を得ることはできなかった。従って、本比較例における膜試料のプロトン伝導率は、極めて低いものであることが分かった。
【0140】
本比較例の膜試料には可塑剤が含まれていないことにより、プロトン伝導混合相の分子運動性が低く、従ってプロトンの移動が容易には生じずに、プロトンをほとんど伝導しなかったためと考えられる。
【0141】
<比較例3>
本比較例では、プロトン放出性基を有さない架橋ポリマーと、プロトン放出性基を有さない可塑剤とを含む膜を調製し、そのプロトン伝導率を調べた。
【0142】
(1)架橋ポリマーの合成
第1モノマーとして実施例1と同様の手法で精製したアクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル(EEA)1.01g(5.37mmol)、第3モノマーとしてN,N’−メチレンビスアクリルアミド(MBAA)16.4mg(0.106mmol)、RAFT剤としてS−1―ドデシル−S’−(α,α’−ジメチル−α”−酢酸)トリチオカーボネート1mg(0.003mmol)、ラジカル重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.1mg(0.0006mmol)、及び溶媒としてN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)258mg(3.53mmol)を、サンプル瓶内で混合して原料溶液を得た。この原料溶液中の第1モノマー:第3モノマー:RAFT剤のモル比は、およそ2,000:40:1である。
【0143】
原料溶液に対して窒素ガスによるバブリングを20分間行った後、オイルバスにより、常圧下、80℃に昇温し、500rpmの撹拌下に7時間重合を行った。7時間後、サンプル瓶をオイルバスから取り出して、重合を停止した。このとき、サンプル瓶内の溶液は流動せず、ゲル化していることが確認された。
【0144】
サンプル内の試料をテフロン(登録商標)製容器に移し、大過剰量のメタノールを加えて1時間浸漬した。1時間後メタノールを除去し、大過剰量の新しいメタノールを加え、再度1時間の浸漬を行った。このメタノール浸漬操作を3回繰り返し、未反応モノマー、低分子オリゴマー、溶媒等を除去して精製した。次いで、50℃のホットプレート上に12時間静置した後、真空乾燥器中、室温において12時間乾燥してメタノールを完全に除去することにより、架橋ポリアクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル(架橋PEEA)を得た。
【0145】
得られた架橋PEEAの構造を下記の化学式に示した。
【化9】
【0146】
(2)膜試料の調製
上記で得られた架橋PEEA75.0mgを0.82cm×0.44cmの短冊状(厚さ0.073cm)に切り取り、容量10mLのテフロン(登録商標)製ビーカーに入れ、メタノール9mL及び可塑剤としてTEG175.8mgを添加し、50℃のホットプレート上に2日間静置して、架橋PEEAにTEGを導入するとともに、メタノールを完全に除去して、膜試料を得た。この膜試料の表面には若干量のTEGが残っていたので、これを拭き取ることにより、厚さ0.085cmの膜試料を得た。
【0147】
TEG拭き取り後の膜試料の質量は104.7mgであったことから、この膜試料中のTEG含量は、28質量%であることが分かった。
【0148】
得られた固体高分子電解質膜試料について、JIS K 7121に準拠し、昇温速度10℃/分の条件にて、−90℃〜30℃の温度範囲でガラス転移点Tを測定したところ、−83℃、−57℃、及び−12℃に、3つのTgが見られた。このことから、本比較例における固体高分子電解質膜試料は、各成分の混合が不十分であり、均一なプロトン伝導混合相を形成していないことが示唆された。このときに得られたDSC曲線を図5に示す。
【0149】
(3)交流インピーダンス測定
厚さ0.1mmの白金網を電極として用い、得られた導膜試料の交流インピーダンス測定を行った。
【0150】
電極間距離を0.70cmとして対向配置した一対の電極間に、得られた膜試料(幅0.48cm、厚さ0.085cm)を挟み込んだ。電極間に挟み込んだ膜試料を自然対流式定温恒温乾燥器中に入れて、温度50℃、相対湿度5RH%の条件下で1時間乾燥させた。
【0151】
乾燥器内温度を80℃に昇温し、庫内温度が安定するまで待った後、電圧80mV、周波数を10Hzから1Hz単位で変化させて、相対湿度2.0RH%の無加湿条件下で交流インピーダンス測定を行った。しかし、抵抗値が極めて大きかったため、測定値を得ることはできなかった。従って、本比較例における膜試料のプロトン伝導率は、極めて低いものであることが分かった。
【0152】
本比較例の膜試料における架橋ポリマーは擬流動状態であるが、架橋ポリマーにも可塑剤にもプロトン放出性基が含まれないことにより、ほとんどプロトン伝導性を示さなかったものと考えられる。
【0153】
本比較例における膜試料は、交流インピーダンスの測定後に溶出物が見られた。この溶出物はTEGと考えられる。本比較例における膜試料は、架橋PEEAのエーテル基と、TEGの水酸基との間に、有効な非共有結合がほとんど生じていなかったため、膜試料からTEGが溶出したものと考えられる。
【0154】
<実施例2>
本実施例では、プロトン放出性基を有さない架橋ポリマーと、プロトン放出性基を有する可塑剤とを含む固体高分子電解質膜を調製し、そのプロトン伝導率を調べた。
【0155】
(1)架橋ポリマーの合成
塩基性アルミナを充填したカラムに、未精製のアクリル酸−4−ヒドロキシブチルを通して精製した。
【0156】
第1モノマーとして上記の精製後のアクリル酸−4−ヒドロキシブチル(HBA)1.5g(10.4mmol)、第3モノマーとしてN,N’−メチレンビスアクリルアミド(MBAA)32.1mg(0.208mmol)、RAFT剤としてS−1―ドデシル−S’−(α,α’−ジメチル−α”−酢酸)トリチオカーボネート2.3mg(0.0063mmol)、ラジカル重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.1mg(0.0006mmol)、及び溶媒としてN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)758mg(10.4mmol)を、サンプル瓶内で混合して原料溶液を得た。この原料溶液中の第1モノマー:第3モノマー:RAFT剤のモル比は、およそ2,000:40:1である。
【0157】
原料溶液に対して窒素ガスによるバブリングを20分間行った後、オイルバスにより、常圧下、80℃に昇温し、500rpmの撹拌下に7時間重合を行った。7時間後、サンプル瓶をオイルバスから取り出して、重合を停止した。このとき、サンプル瓶内の溶液は流動せず、ゲル化していることが確認された。
【0158】
サンプル内の試料をテフロン(登録商標)製容器に移し、メタノール20mLを加えて1時間浸漬した。1時間後メタノールを除去し、同量の新しいメタノールを加え、再度1時間の浸漬を行った。このメタノール浸漬操作を3回繰り返し、未反応モノマー、低分子オリゴマー、溶媒等を除去して精製した。次いで、50℃のホットプレート上に12時間静置した後、真空乾燥器中、室温において12時間乾燥してメタノールを完全に除去することにより、架橋ポリアクリル酸−4−ヒドロキシブチル(架橋PHBA)を得た。
【0159】
得られた架橋PHBAの構造を下記の化学式に示した。
【化10】
【0160】
(2)固体高分子電解質膜の調製
上記で得られた架橋PHBA19.1mgを0.8cm×0.1cmの短冊状(厚さ0.10cm)に切り取り、容量10mLのテフロン(登録商標)製ビーカーに入れ、メタノール9mL及び可塑剤42.5mgを添加した。可塑剤としては、質量比58:42で予め混合されたTEG、及び下記式で表されるビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(HTFSI)の混合物を使用した。
【化11】
【0161】
メタノール及び可塑剤を添加した後のビーカーを、50℃のホットプレート上に2日間静置して、架橋PHBAにTEG及びHTFSIを導入するとともに、メタノールを完全に除去して、膜試料を得た。この膜試料の表面には若干量の可塑剤が残っていたので、これを拭き取ることにより、厚さ0.14cmの固体高分子電解質膜試料を得た。
【0162】
TEG拭き取り後の固体高分子電解質膜試料の質量は52.0mgであったことから、この膜試料中の架橋PHBA、HTFSI、及びTEGの割合は、質量比として、37:37:26であることが分かった。
【0163】
得られた固体高分子電解質膜試料の構造の模式図を図2に示した。図2において、架橋PHBAが架橋ポリマーであり、TEG及びHTFSIが可塑剤であり、HTFSI中のスルホニルイミド基がプロトン放出性基である。HTFSIのスルホニルイミド基、並びにTEGの水酸基及びエーテル基は、それぞれ、架橋PHBA中の水酸基と非共有結合を形成していると考えられる。HTFSI中のスルホニルイミド基の一部は、プロトンが遊離してスルホニルイミダイドイオンになっている。
【0164】
架橋PHBA部位のTgは約−40℃である。TEGの融点は約−6℃であり、TEGとHTFSIとの混合物は、室温で液状である。
【0165】
本実施例で得られた固体高分子電解質膜試料について、JIS K 7121に準拠し、昇温速度10℃/分の条件にて、−90℃〜30℃の温度範囲でガラス転移点Tを測定したところ、−67℃に固体高分子電解質膜としての単一のTgが見られた。
【0166】
上記で得られたTgは、明らかに固体高分子電解質膜の稼働温度よりも低い。このTgによると、本実施例の固体高分子電解質膜は、次項の交流インピーダンス測定の測定温度(50℃、80℃、及び95℃)においては擬流動状態のはずであるが、架橋されているために流動せず、膜形状を維持していた。
【0167】
上記で得られた固体高分子電解質膜試料を、温度を変えながら無荷重状態で1時間静置したところ、−40℃以上200℃までの範囲で漏出物は見られず、電池の使用温度範囲において可塑剤がブリードアウトしないことが確認された。
【0168】
(3)交流インピーダンス測定
実施例1と略同様の手順により、得られた固体高分子電解質膜試料(幅0.17cm、厚さ0.14cm)の交流インピーダンス測定を行った。
【0169】
測定温度を、50℃(相対湿度10.5RH%)、80℃(相対湿度2.9RH%)、及び95℃(相対湿度1.4RH%)の3水準として、それぞれ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値、及び上記数式(1)によってプロトン伝導率を求めた。結果は表1に示した。
【0170】
表1に示したとおり、温度の上昇に伴ってプロトン伝導率が大きくなった。これは、温度の上昇に伴って擬流動状態のプロトン伝導混合相の分子運動性が上がり、その結果プロトン伝導性が向上したことによると考えられる。
【0171】
本実施例における固体高分子電解質膜試料は、交流インピーダンスの測定中、溶出物は見られず、流動せずに膜形状を維持していた。
【0172】
<実施例3>
本実施例では、プロトン放出性基を有する架橋ポリマーと、プロトン放出性基を有する可塑剤とを含む固体高分子電解質膜を調製し、そのプロトン伝導率を調べた。
【0173】
(1)架橋ポリマーの合成
第2モノマーとして2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(AMPS)605mg(2.92mmol)、第3モノマーとしてN,N’−メチレンビスアクリルアミド(MBAA)11.2mg(0.0726mmol)、及びラジカル重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)3.0mg(0.018mmol)、並びに、可塑剤として、ポリ(4−スチレンスルホン酸)(PSS、Sigma−Aldrich製、重量平均分子量75,000)の18質量%水溶液1.68g及びTEG2.21を、サンプル瓶内で混合して原料溶液を得た。
【0174】
原料溶液に対して窒素ガスによるバブリングを10分間行った後、オイルバスにより、常圧下、70℃に昇温し、500rpmの撹拌下に1時間重合を行った。7時間後、サンプル瓶をオイルバスから取り出して、重合を停止した。このとき、サンプル瓶内の溶液は流動せず、ゲル化していることが確認された。得られたゲルをサンプル瓶から取り出し、真空乾燥器中、40℃において2日間真空乾燥して水分を除去することにより、固体高分子電解質膜(架橋ポリ(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸)(架橋PAMPS)、PSS、及びTEGの混合物(質量比2:1:7))を得た。
【0175】
架橋PAMPSの構造を下記の化学式に示した。
【化12】
【0176】
得られた固体高分子電解質膜の構造の模式図を図3に示した。図3において、架橋PAMPSが架橋ポリマーであり、PSS及びTEGが可塑剤であり、架橋PAMPS中のスルホン酸基及びPSS中のスルホン酸基のそれぞれがプロトン放出性基である。PSSのスルホン酸基、並びにTEGの水酸基及びエーテル基は、架橋PAMPS中のスルホン酸基及びアミド基との間に非共有結合を形成していると考えられる。固体高分子電解質膜中のスルホン酸基の一部からはプロトンが遊離して、スルホネートイオンになっていると考えられる。
【0177】
得られた固体高分子電解質膜について、JIS K 7121に準拠し、昇温速度10℃/分の条件にて、−90℃〜30℃の温度範囲で測定したガラス転移点Tは、−75℃であった。このTgは、明らかに固体高分子電解質膜の稼働温度よりも低い。このTgによると、この固体高分子電解質膜は、交流インピーダンス測定の測定温度(50℃、80℃、及び95℃)においては擬流動状態のはずであるが、ポリマーが架橋されているために流動せず、膜形状を維持していた。
【0178】
上記で得られた固体高分子電解質膜試料を、温度を変えながら無荷重状態で1時間静置したところ、−40℃以上200℃までの範囲で漏出物は見られず、電池の使用温度範囲において可塑剤がブリードアウトしないことが確認された。
【0179】
(3)交流インピーダンス測定
得られた固体高分子電解質膜を、幅0.47cm、厚さ0.051cmの短冊状に切り出したものを試料とし、実施例1と略同様の手順によって交流インピーダンス測定を行った。
【0180】
測定温度を、50℃(相対湿度5.9RH%)、80℃(相対湿度1.3RH%)、及び95℃(相対湿度0.8RH%)の3水準として、それぞれ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値、及び上記数式(1)によってプロトン伝導率を求めた。結果は表1に示した。
【0181】
表1に示したとおり、温度の上昇に伴ってプロトン伝導率が大きくなった。これは、温度の上昇に伴って擬流動状態のプロトン伝導混合相の分子運動性が上がり、その結果として、プロトン伝導性が向上したことによると考えられる。
【0182】
本実施例における固体高分子電解質膜試料は、交流インピーダンスの測定中、溶出物は見られず、流動せずに膜形状を維持していた。
【0183】
【表1】
【0184】
表1におけるモノマー及び可塑剤の略称は、それぞれ、以下の意味である。
[第1モノマー]
EEA:アクリル酸−2−(2−エトキシエトキシ)エチル
HBA:アクリル酸−4−ヒドロキシブチル
[第2モノマー]
AMPS:2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸
[第3モノマー]
MBAA:N,N’−メチレンビスアクリルアミド
[可塑剤]
HITFSI:ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド
PSS:ポリ(4−スチレンスルホン酸)、Sigma−Aldrich製、重量平均分子量75,000、18質量%水溶液として供給
TEG:テトラエチレングリコール
図1
図2
図3
図4
図5