【実施例】
【0036】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0037】
実施例1 味噌添加飼料による魚類の不快臭の軽減
(1)官能評価(QDA法)
未利用味噌の有効な活用方法を検討するため、飼料100kg対して味噌を7kgの割合で添加して、1日1回以上、魚体重の1〜3質量%程度の飼料をブリへ3ヶ月間投与した。養殖は1枠が15m×15mの金網で作った生簀に2歳魚のブリを1枠当たり約10000尾入れて行った。また味噌を添加しない飼料を投与したブリを対照区とした。飼育後のブリ魚肉をQDA法(定量的記述分析法)による官能評価を実施した。QDAはパネル8名による2回繰り返し評価を行い、ブリ切身は容器に入れ氷上に置いて評価に供した。結果を
図1に示した。
図1中、*を付した特性は有意の差(p<0.05)が認められた特性である。
図1に示すように、味噌添加飼料を投与した魚肉においては、味噌を添加しない飼料を投与した魚肉と比べて生臭さ等の臭みが低減された。
【0038】
(2)におい成分分析
ブリ普通肉(血合を除いた部分)を約3cm角に細断したものを流水で解凍した。解凍したブリ普通肉70gを500mL容量のガラス瓶に入れ、瓶底から約2/3の高さのところでTwister PDMS(ガラス製撹拌子にPDMS(ポリジメチルシロキサン)をコーティングしたもの)(Gerstel社)を2個、瓶の外側から磁石で固定することで内包した。室温(20℃前後)で180分間静置し、ヘッドスペース(上部の空間)中の揮発性成分をTwister PDMSに吸着させ、GC/MSに供した。試験区で増加していた3成分についてはライブラリー(NIST0.8)を用いた検索により化合物名をそれぞれ酢酸エチル、フルフラール、αクベベンと推定した。これらの3成分について、それぞれ主要なm/z(43、96、105)のイオンピーク面積値と、ブリ魚肉に普遍的に含まれ、恒常性が高く、個体間の変動が少ないデカナールの主要なm/z(57)のイオンピーク面積値に対する比を求めた。さらに試験区、対照区それぞれ2尾ずつ3回繰り返し測定を行い、各平均値を求めた。
【0039】
<GC-MSメソッド>
カラムの種類: Inert Cap Pure Wax, length 60m, I.D. 0.25mm, df 0.25μm
カラム昇温条件: 40℃ 10min, 40〜230℃(5℃/min)、230℃ 20min
カラム流量:線速度 28cm/sec, 流量1.7181mL/min, 圧力200.2kPa, コンスタントフローモード
GC-MS分析によるトータルイオンクロマトを確認したところ、試験区と対照区は細かいピークでは差異は見られるが、似ている波形を示した(
図2)。
【0040】
次に細かいピークの差異を検出するために、「Mass Profiler Professional(アジレント・テクノロジー(株)製)」を用いて全ピークを対象とした主成分分析を行った。結果、味噌添加飼料を投与した試験区と対照区では、第一主成分の軸(寄与率33.69%)において明瞭に識別された(
図3)。次に味噌添加飼料を投与した試験区を牽引している主要な成分として、ローディングプロットデータの第一主成分軸上0.6以上の47成分について、ライブラリを用いた同定解析を行った(
図4)。
【0041】
47成分の化合物名の推定を行った結果、魚臭低減/マスキング効果を有している可能性がある成分として酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分が検出された。これら3成分のピーク面積値を比較したところ、試験区では対照区と比べて、酢酸エチルは1.33倍、フルフラールは1.06倍、クベベンは1.12倍増加していることが判明した(表1)。
【0042】
【表1】
【0043】
フルフラールは芳香族アルデヒドの一種で、味噌の香気に多く含まれていることが報告されている(柴崎一雄,岩渕せつ子.「味噌の香気成分に関する研究(第1報)揮発性カルボニル化合物について」, 1970)。また、フルフラールは魚特有の生臭さを消す調味液に含まれていることが報告されている(特開2009-171983号公報)。酢酸エチルもフルフラールと同様に味噌からよく検出され、また魚臭マスキング効果のある調味液に含まれていることが報告されている。αクベベンはセスキテルペン類の一種で、セスキテルペン類はかまぼこの杉板に含まれており、スケトウダラすり身の臭みをマスキングする効果があると報告されている(達家清明,小浜正江,末兼幸子,森大蔵.「かまぼこおよびかまぼこ板の揮発性成分のGC-MSによる同定定量」日本農芸化学会誌., 61, 5, 587−598, 1987)。
【0044】
従って、味噌添加飼料投与ブリの魚肉中で多く検出されたこれらにおい成分が、少なくとも一つ以上含まれていたことで、ブリ魚肉中に含まれる臭みをマスキングしたと考えられた。
【0045】
実施例2 各種味噌、麹等の効果
次に、ブリ魚肉から検出された上記3成分が原料の異なる味噌(米味噌、豆味噌、麦味噌)についても普遍的に含まれているか解析した。また併せてそれらの麹、米味噌の製造中の産物(仕込み混合物、天地返し(味噌の上部と下部を入れ替えて空気に触れさせる作業)をしたもの)についても調べた。
表2の試料を分析対象とした。
【0046】
【表2】
【0047】
(1)におい成分分析
各サンプル10gを200mL容量のガラス瓶に入れ、瓶底から約2/3の高さのところでTwister PDMS(Gerstel社)を2個、瓶の外側から磁石で固定することで内包した。60℃で45分間温浴し、ヘッドスペース中の揮発性成分をTwister PDMSに吸着させ、GC/MSに供した。酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分について、それぞれ主要なm/z(43、96、105)のイオンピーク面積値を求めた。
【0048】
解析の結果、酢酸エチルは全てのサンプルに含まれており、特に米味噌に多く含まれ、発酵が進むにつれ酢酸エチル含量は増加した(表3)。
【0049】
【表3】
【0050】
フルフラールは大豆麹および大麦麹以外の全サンプルに含まれていること、特に米麹に多く含まれていることが判明した(表4)。
【0051】
【表4】
【0052】
αクベベンについては米味噌(熟成途中)および米味噌(製品)にのみ含まれており、その他のサンプルからは検出できなかった(表5)。
【0053】
【表5】
【0054】
以上のことから、原料が異なる味噌(米味噌、豆味噌、麦味噌)においても、酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの内、少なくとも一種類は普遍的に含まれていることが推察された。また併せてそれらの味噌原料、麹、米味噌の製造中の産物(仕込み混合物、天地返し)においても、上記3成分が少なくとも一種類は含まれていることが分かった。
【0055】
従って、原料の種類を問わず、味噌やそれらの原料、麹、米味噌の製造中の産物をブリの餌に混ぜることで、ブリ魚肉中の酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分いずれかの含量を高めることができ、ブリ魚肉の魚臭さをマスキングにより抑えることができることを見出した。
【0056】
実施例3 味噌添加飼料による魚類の不快臭の軽減(カンパチに対する試験)
(1)官能評価(尺度法)
飼料100kgに対して未利用味噌(米味噌)を7kgの割合で添加して、3日間で2日以上、魚体重1〜3質量%程度の飼料を2歳魚のカンパチ(約4kg)へ2ヶ月間投与した。また味噌を添加しない飼料を投与したカンパチを対照区とした。飼育後のカンパチ普通肉(血合を除いた部分)を約6〜7mm幅に細断し、刺身として喫食した。魚肉の「生臭いフレーバー」について、尺度法(7段階)にて評価した。すなわち対照区を標準とし(中央4点)、それと比較したときの試験区の強度を7段階の中から選択した。パネル13名による3回繰り返し評価を行い、刺身は容器に入れ氷上に置いて評価に供した。
【0057】
結果、強度は3.9となり、味噌添加飼料を投与した魚肉においては味噌を添加しない飼料を投与した魚肉と比べて低減されていることが示された。
【0058】
(2)官能評価(2点識別法)
被験者21名に対し、試験区と対照区それぞれの刺身を喫食させ、「設問(1)魚臭さをより強く感じた」「設問(2)よりおいしいと感じた」の2設問について「試験区」、「対照区」、「分からない」、のいずれかを選択させた。なお、それぞれのサンプルは試験区と対照区のいずれか分からないようブラインド試験とした。結果はχの二乗検定を用い、有意水準をp=0.05に設定して有意差の解析を行った。結果を表6に示した。
【0059】
味噌添加飼料を投与した魚肉においては、設問(1)において対照区が有意に多く選択され、設問(2)においては味噌投与区が有意に多く選択された。味噌添加飼料を投与した魚肉においては、味噌を添加しない飼料を投与した魚肉と比べ、魚臭さが低減され、よりおいしくなっていることが示された。
【0060】
【表6】
【0061】
(3)におい成分分析
カンパチ普通肉(血合を除いた部分)を約6〜7mm幅に細断後、凍結して保管したものを分析直前に流水解凍した。身はミンチにして、10gを50mL容量のガラス瓶に入れ、瓶の蓋裏側にTwister PDMS(ガラス製撹拌子にPDMS(ポリジメチルシロキサン)をコーティングしたもの)(Gerstel社)を2個、外側から磁石で固定することで内包した。40℃雰囲気下で90分間静置し、ヘッドスペース(上部の空間)中の揮発性成分をTwister PDMSに吸着させ、GC/MSに供した。酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分について、それぞれ主要なm/z(43、96、161)のイオンピーク面積値を求めた。さらに試験区、対照区それぞれ3尾ずつ測定を行い、各平均値を求めた。
【0062】
<GC-MSメソッド>
実施例1と同様の方法で行った。
酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分が検出された。これら3成分のピーク面積値を比較したところ、試験区では対照区と比べて、酢酸エチルについて1.06倍に増加していた。フルフラール、クベベンは増加しなかった(表7)。
【0063】
【表7】
【0064】
(4)におい成分の含量値
上述の官能評価(尺度法)において用いた試験区、対照区のカンパチ切り身について、酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分について含量値を測定した。ミンチ状の切り身100gを100gのジクロロメタンに浸漬し、25℃雰囲気下で3時間振盪した。上澄み液を採取し、固形物に再び100gのジクロロメタンに浸漬させ2時間振盪後、上澄みを採取し、先の上澄みと足し合わせ、香気成分抽出液とした。窒素還流によりジクロロメタンを揮発させ適当量まで濃縮した。濃縮した抽出液をGC/MSにより分析した。酢酸エチル、フルフラール、αクベベンともに主要なm/z(43、96、161)のイオンピーク面積値を得た。なお、分析間誤差を補正するため、試験区、対照区いずれの抽出物においても内部標準としてビフェニルを添加した。すなわち上記の酢酸エチル、フルフラール、αクベベンのイオンピーク面積値を、ビフェニルの主要なm/z(154)のイオンピーク面積値で除した値を検出値として用いた。定量は外部標準添加法を用いた。検量線は一点検量線とし、各標準品5ppbの調製物を測定し基準値を得た。なお、αクベベンについては標品を入手することが出来なかったため、主要なm/z(161)のイオンピーク面積値の比率を算出した。
【0065】
<GC-MSメソッド>
実施例1と同様の方法で行った。
結果を表8、および表9に示す。切り身中の成分含量は、酢酸エチルについて対照区0.76ng/gであるのに対し、試験区は1.07ng/gであった。フルフラールについて対照区0.40ng/gであることに対し、0.52ng/gであった。また、αクベベンについては対照区と比べて1.04倍含量が増加した。従って、少なくとも酢酸エチルが1.07ng/g以上、またはフルフラールが0.52ng/g以上、またはαクベベンが対照区に対し1.04倍の濃度で含まれるとき、魚肉切り身は魚臭さが低減されることが示された。
【0066】
【表8】
【0067】
【表9】
【0068】
実施例4 味噌添加飼料による酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの増加(フナの仲間である金魚に対する試験)
(1)におい成分分析
飼料100gに対して未利用味噌(米味噌)を7gの割合(7質量%味噌添加試験区)、または3.5gの割合(3.5質量%味噌添加試験区)で添加して、一週間に5日以上、魚体重3.5〜10質量%の飼料をワキン(小赤)(5〜10g程度)へ44日間投与した。また味噌を添加しない飼料を投与したワキンを対照区とした。飼育後、筋肉部分を切り出し、2尾分を一つにした後にミンチ状にした。これを2gずつ10mL容量のガラス瓶に入れ、瓶の蓋裏側にTwister PDMS(ガラス製撹拌子にPDMS(ポリジメチルシロキサン)をコーティングしたもの)(Gerstel社)を2個、外側から磁石で固定することで内包した。40℃雰囲気下で2時間静置し、ヘッドスペース(上部の空間)中の揮発性成分をTwister PDMSに吸着させ、GC/MSに供した。酢酸エチル、フルフラール、αクベベンの3成分について、それぞれ主要なm/z(43、96、161)のイオンピーク面積値を求めた。さらに7質量%味噌添加試験区、3.5質量%味噌添加試験区、対照区それぞれ3回(各区6尾)ずつ測定を行い、各平均値を求めた。
【0069】
結果を表10に示す。αクベベンのみ7質量%味噌添加試験区において2.53倍に増加していた。3.5質量%味噌添加試験区においては増加していなかった。また、酢酸エチル、フルフラールについては7質量%、3.5質量%味噌添加試験区いずれにおいても増加していなかった。
【0070】
【表10】