(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
被プレス板をプレス成形してプレス成形体を得る前段階において、上記被プレス板をモデル化した複数の有限要素からなるモデルデータを作成するとともに当該モデルデータを用いたプレス成形シミュレーションによる数値解析を行うことによってプレス成形時に上記プレス成形体における外周縁部に割れが発生するか否かを予測するプレス成形体の成形時における割れ発生有無の事前予測方法であって、
上記被プレス板の加工硬化指数がn、板厚がtのときの成形限界線図を得た後、最小主ひずみε2が0のときにおける成形限界線の最大主ひずみε1の値Xを導き出し、
しかる後、プレス成形シミュレーションによる数値解析を行って上記モデルデータにおける外周縁部に対応する各有限要素の最大主ひずみε1及び最小主ひずみε2をそれぞれ導き出すとともに最大主ひずみε1と値Xとを比較し、その後、最小主ひずみε2の値に関わらず最大主ひずみε1≧Xを満たす各有限要素に対応する上記プレス成形体の外周縁部の領域に割れが発生すると予測することを特徴とするプレス成形体の成形時における割れ発生有無の事前予測方法。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車や家電製品等に用いるプレス成形体を設計する際において、当該プレス成形体を成形する金型の設計及び製作時における手戻りを出来るだけ少なくするために、プレス成形シミュレーションによってプレス成形体の成形時において割れが発生するか否かを事前に予測する作業が行われる。
例えば、特許文献1では、被プレス板をモデル化した複数の有限要素からなるモデルデータを作成するとともに、当該モデルデータを用いてプレス成形シミュレーションによる数値解析を行った後、モデルデータにおける各有限要素の最大主ひずみ及び最小主ひずみの値が成形限界線図における成形限界線より上側にあるか否かを見て割れが発生するか否かを事前予測している。
【0003】
ところで、上述の如きプレス成形シミュレーションに用いられる成形限界線図は、球頭パンチ張出成形や円筒パンチ張出成形により得られるものである。したがって、成形限界線図を用いてプレス成形シミュレーションによる割れ発生の事前予測を行う場合、プレス成形体の外周縁部を除く領域における割れ発生については事前予測の精度が高いものの、プレス成形体の外周縁部における割れ発生については事前予測の精度が低いという問題があった。
【0004】
これを回避するために、例えば、特許文献2では、割れ発生を予測するプレス成形体に使用する素材について、せん断面比率γ、端部稜線方向のひずみ勾配Δεθ、端部稜線垂直方向のひずみ勾配Δεr、及び、限界相当塑性ひずみεcrの関係を事前に実験により求めるとともにこれらの関係を近似式にし、当該近似式を利用して成形限界線図における成形限界線の位置を補正することにより、プレス成形体の外周縁部における割れ発生の事前予測の精度を高めるようにしている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献2の場合、割れ発生を予測するプレス成形体に使用する素材について事前に実験を行って近似式を算出するといった作業が必要であり、予測作業を行う作業者の作業時間が増加して作業コストが嵩んでしまうという問題がある。
【0007】
また、事前予測を行う際に、プレス成形体における外周縁部以外の領域の割れ発生の予測に使用する成形限界線図の成形限界線の値を利用することによって、プレス成形体の外周縁部において成形時に割れが発生するか否かを事前に予測したいという要望もあった。
【0008】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、プレス成形体の成形時において割れが発生するか否かを効率良く、且つ、コストを抑えて事前に予測する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は、成形限界線図の成形限界線における最小主ひずみε
2が0のときにおける成形限界線の最大主ひずみε
1の値を利用してプレス成形体の外周縁部において成形時に割れが発生するか否かを予測するようにしたことを特徴とする。
【0010】
具体的には、被プレス板をプレス成形してプレス成形体を得る前段階において、上記被プレス板をモデル化した複数の有限要素からなるモデルデータを作成するとともに当該モデルデータを用いたプレス成形シミュレーションによる数値解析を行うことによってプレス成形時に上記プレス成形体における外周縁部に割れが発生するか否かを予測するプレス成形体の成形時における割れ発生有無の事前予測方法を対象とし、次のような解決手段を講じた。
【0011】
すなわち、第1の発明では、上記被プレス板の加工硬化指数がn、板厚がtのときの成形限界線図を得た後、最小主ひずみε
2が0のときにおける成形限界線の最大主ひずみε
1の値Xを導き出し、しかる後、プレス成形シミュレーションによる数値解析を行って上記モデルデータにおける外周縁部に対応する各有限要素の最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2をそれぞれ導き出すとともに最大主ひずみε
1と値Xとを比較し、その後、最小主ひずみε
2の値に関わらず最大主ひずみε
1≧Xを満たす各有限要素に対応する上記プレス成形体の外周縁部の領域に割れが発生すると予測することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、作業者がプレス成形体における割れ発生の予測作業を行う際、通常の成形限界線図を得る以外に事前に実験を行って近似式を算出するなどといった特許文献2の如き作業の必要が無い。また、本発明の予測方法では、プレス成形体の外周縁部において成形時に割れが発生するか否かの事前予測をプレス成形体における外周縁部以外の領域に割れが発生するか否かの予測をする際に使用する成形限界線図の成形限界線の値の一部をそのまま利用することができる。したがって、作業者は、プレス成形体全域の割れ発生予測を効率良く時間をかけずに行うことができ、割れ予測の作業にかかるコストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態に係る予測方法の手順を示すフローチャートである。
【
図2】本発明の予測方法を用いて成形時に割れが発生するか否かの事前予測を行うプレス成形体の一例と該プレス成形体に成形する前の被プレス板とをそれぞれ示す概略斜視図である。
【
図3】
図2における被プレス板のモデルデータとプレス成形シミュレーションによる変形後のモデルデータとをそれぞれ示す概略斜視図である。
【
図4】
図2のプレス成形体の成形時における割れ発生有無を事前予測する際に使用する成形限界線図である。
【
図5】外周縁部割れ判定線を導き出すための検証に用いた種類の異なる3つのプレス成形体のうちの1つを示す図である。
【
図6】外周縁部割れ判定線を導き出すための検証に用いた種類の異なる3つのプレス成形体のうちの1つを示す図である。
【
図7】外周縁部割れ判定線を導き出すための検証に用いた種類の異なる3つのプレス成形体のうちの1つを示す図である。
【
図8】検証用の各プレス成形体の板厚が0.9mmのときに作成した成形限界線図である。
【
図9】検証用の各プレス成形体の板厚が1.6mmのときに作成した成形限界線図である。
【
図10】検証用の各プレス成形体の板厚が2.3mmのときに作成した成形限界線図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。
【0015】
図1は、本発明の実施形態に係る予測方法の作業手順を示すフローチャート1である。本発明の予測方法は、
図2及び
図3に示すように、被プレス板2をプレス成形して目標形状であるプレス成形体3にする前段階において、上記被プレス板2をモデル化した複数の有限要素からなるモデルデータD1を作成するとともに当該モデルデータD1を用いたプレス成形シミュレーションによる数値解析を行うことによって成形時に上記プレス成形体3に割れが発生するか否かを事前に予測する方法であり、
図1に示すように、7つのステップS1〜S7を順に経ることによってプレス成形体3の成形時において割れが発生するか否かが事前に分かるようになっている。
【0016】
プレス成形体3の成形時に割れが発生するか否かの事前予測には、
図4に示すような成形限界線
図Gを用いる。この成形限界線
図Gには、略V形状をなす成形限界線S1と、該成形限界線S1の下側に位置し、且つ、水平方向に延びる外周縁部割れ判定線S2とがそれぞれ表示されている。
【0017】
成形限界線S1は、例えば、被プレス板2の加工硬化指数がnで、且つ、板厚がtのときに、実験によって、或いは、理論的に導き出される広く一般的に認知されたものであり、本発明の予測方法では、プレス成形体3の外周部分以外の領域において成形時に割れが発生するか否かを予測するときの閾値として用いられる。
【0018】
例えば、
図2のプレス成形体3における位置P1に対応するモデルデータD1の有限要素A
P1の最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2が、
図4に示すように成形限界線S1より上側に位置する場合、プレス成形体3における位置P1において成形時に割れが発生すると予測する。一方、
図2のプレス成形体3における位置P2に対応するモデルデータD1の有限要素A
P2の最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2が、
図4に示すように成形限界線S1より下側に位置する場合、プレス成形体3における位置P2において成形時に割れが発生しないと予測する。
【0019】
また、外周縁部割れ判定線S2は、成形限界線S1において、最小主ひずみε
2が0のときにおける最大主ひずみε
1の値Xを導き出して得たものであり、本発明の予測方法では、プレス成形体3の外周縁部において成形時に割れが発生するか否かを予測するときの閾値として用いられる。
【0020】
例えば、
図2のプレス成形体3における位置Q1に対応するモデルデータD1の有限要素B
Q1の最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2が、
図4に示すように外周縁部割れ判定線S2より上側に位置する場合、成形限界線S1よりも下側に位置する場合であってもプレス成形体3における位置Q1において成形時に割れが発生すると予測する。一方、
図2のプレス成形体3における位置Q2に対応するモデルデータD1の有限要素B
Q2の最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2が、
図4に示すように外周縁部割れ判定線S2より下側に位置する場合、プレス成形体3における位置Q2において成形時に割れが発生しないと予測する。
【0021】
このように、本発明の予測方法では、成形限界線
図Gにおいて成形限界線S1では成形時における割れの発生有無を予測しきれないプレス成形体3の外周縁部について、当該プレス成形体3の外周縁部の割れの発生有無の予測にのみ使用する外周縁部割れ判定線S2を成形限界線S1に基づいて設定している。尚、上記外周縁部割れ判定線S2は、以下に示す検証を行うことにより導き出した。
【0022】
まず、実際にプレス成形を実施した際にその外周縁部に割れが発生した種類の異なる3つのプレス成形体3a〜3c(
図5乃至
図7参照)を選出するとともに、当該各プレス成形体3a〜3cの割れ発生部位C1〜C3における最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2をプレス成形シミュレーションによる数値解析によって求めた。尚、プレス成形体3a〜3cの材質は、980Mpa級の冷延鋼板とした。
【0023】
次に、各プレス成形体3a〜3cの成形条件を変更して上記割れ発生部位C1〜C3における最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2をプレス成形シミュレーションによる数値解析によって算出した。尚、成形条件は、摩擦係数を実機の金型の状態に近くなるといわれている0.12〜0.15の間で変化させるとともに、各プレス成形体3a〜3cについて板厚を0.9mm、1.6mm、及び、2.3mmに変更して割れ発生部位C1〜C3における最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2を算出した。そして、算出した割れ発生部位C1〜C3における最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2を上記成形限界線
図Gにプロットした。すると、
図8乃至
図10に示すように、各プレス成形体3a〜3cの成形時における外周縁部に割れが発生すると予測される限界ひずみは、成形限界線
図Gにおいて、最小主ひずみε
2が0のときにおける成形限界線S1の最大主ひずみε
1の値X以上で、且つ、成形限界線S1より下方の領域に集中する傾向があることが分かった。
【0024】
つまり、プレス成形シミュレーションによる数値解析を行ってモデルデータD1における外周縁部の各有限要素B
nの最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2をそれぞれ導き出すとともに最大主ひずみε
1と値Xとを比較し、最小主ひずみε
2の値に関わらず最大主ひずみε
1≧Xを満たす各有限要素B
nに対応するプレス成形体3の外周縁部の領域において成形時に割れが発生すると予測が可能であることが分かった。
【0025】
次に、本発明の予測方法を用いたプレス成形体3の成形時における割れ発生有無の事前予測の手順について詳述する。
【0026】
まず、
図1に示すように、ステップS1において、CAD上にて上記被プレス板2をモデル化した複数の有限要素からなるモデルデータD1を作成する。
【0027】
次に、ステップS2において、被プレス板2の加工硬化指数がnで、且つ、板厚がtのときにおける成形限界線
図Gを得る(
図4参照)。
【0028】
次いで、ステップS3において、モデルデータD1を用いてプレス成形シミュレーションを実施する。そして、プレス成形シミュレーションによる数値解析によって目標形状になったモデルデータD1における各有限要素の最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2を得る。
【0029】
しかる後、ステップS4において、解析したモデルデータD1の各有限要素のうちのプレス成形体3の外周部分以外の領域に対応する各有限要素A
n(nは自然数)を抽出する。
【0030】
ステップS5では、抽出した各有限要素A
nにおける最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2を成形限界線
図Gにプロットするとともに、プロットした各有限要素A
nの位置が成形限界線S1より上側に位置するか否かを比較する。そして、各有限要素A
nの位置が成形限界線S1より上側に位置した場合には、その有限要素A
nの位置に対応するプレス成形体3の領域に成形時に割れが発生すると予測する一方、各有限要素A
nの位置が成形限界線S1より下側に位置した場合には、その有限要素A
nの位置に対応するプレス成形体3の領域に成形時に割れが発生しないと予測する。
【0031】
その後、ステップS6において、解析されたモデルデータD1の各有限要素のうちのプレス成形体3の外周部分に対応する各有限要素B
n(nは自然数)を抽出する。
【0032】
ステップS7では、抽出した各有限要素B
nにおける最大主ひずみε
1及び最小主ひずみε
2を成形限界線
図Gにプロットするとともに、プロットした各有限要素B
nの位置が外周縁部割れ判定線S2より上側に位置するか否かを比較する。そして、各有限要素B
nの位置が外周縁部割れ判定線S2より上側に位置した場合には、その有限要素B
nの位置に対応するプレス成形体3の外周縁部の領域に成形時に割れが発生すると予測する一方、各有限要素B
nの位置が外周縁部割れ判定線S2より下側に位置した場合には、その有限要素B
nの位置に対応するプレス成形体3の外周縁部の領域に成形時に割れが発生しないと予測して、プレス成形体3の成形時における割れ発生有無の事前予測を終了する。
【0033】
以上より、本発明の実施形態によると、作業者がプレス成形体3における割れ発生の予測作業を行う際、通常の成形限界線図を得る以外に事前に実験を行って近似式を算出するなどといった特許文献2の如き作業の必要が無い。また、本発明の予測方法では、プレス成形体3の外周縁部において成形時に割れが発生するか否かの事前予測をプレス成形体3における外周縁部以外の領域に割れが発生するか否かの予測をする際に使用する成形限界線
図Gの成形限界線S1の値の一部をそのまま利用することができる。したがって、作業者は、プレス成形体3全域の割れ発生予測を効率良く時間をかけずに行うことができ、割れ予測の作業にかかるコストを抑えることができる。