(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
建設現場で使用されるローテーティングレーザーや、下水管配設工事現場で使用されるパイプレーザー等の測量機器は、過酷な屋外環境で使用されるため、雨水の他、土、セメント、汚物等の汚れが測量機器に付着する問題があった。また、眼科や眼鏡店等で使用される検眼装置等の眼科機器は、点眼剤が付着したり、患者の検眼を行う際の皮脂等の汚れが付着する問題があった。
【0003】
これらの汚れを機器筐体から拭き取る場合、汚れ自体が除去しにくい性質であったり、セメントの場合は粒子による擦り傷が残ってしまったり、汚れに含まれる成分のシミが残ってしまう場合があった。
【0004】
そのような汚れの付着を防止し、付着した場合の除去を容易にするための防汚コートとしては、従来から、例えば、ダイキン、信越化学、ダウコーニング、3Mなどで発売されている単分子撥水撥油コート原料が知られている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0005】
この単分子撥水撥油コート原料は、有効成分の分子中にエーテル結合を有するため、長鎖構造の分子が特定方向に配向して物品表面に単分子膜を形成する。このエーテル結合を含む単分子膜は、高い撥水角のため、物品に塗布した際の撥水撥油コート層の防汚性を向上させることが知られている。
【0006】
また、エーテル結合を有さないフッ素系の撥水撥油コートとして、例えばフルオロアルキルシラン化合物等が知られている。この撥水撥油コート層は、フッ素の官能基を有するため、汚れが付着しにくく、また、エーテル結合を有するものと比較して、撥水撥油コート層を構成する分子の安定性が高く、膜の耐久性が高い。
【0007】
一方、特許文献3には、防汚性と同様の性質である被転写物の離型性が要求される金型において、金型表面にエキシマ紫外光を照射して活性化させ、離型層を形成する技術が開示されている。この技術によれば、金型と離型層の密着力が向上し、離型層の耐久性が向上する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1、2に示すような従来の単分子撥水撥油コートは、基材との間に何らの物理的、化学的な結合を有さず、単に塗布されているだけであるので、密着力が低く、撥水撥油コートが容易に剥離してしまうという問題があった。
【0010】
また、特許文献3に記載の技術では、金型の型面をエキシマレーザー光で改質させて表面を活性化させているので、改質せずに単に塗布する場合よりは型面と離型膜との密着力は多少向上するものの、不十分であり、離型耐久性が劣ってしまうという問題は依然解決されていない。また、この表面活性化技術は、金属の場合に適用され、筐体がABS等の樹脂で構成されている測量機器や眼科機器には馴染まない。
【0011】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたものであり、基材として金属のみならず樹脂表面にも適用することができ、耐久性の高い防汚コート構造およびその形成方法、筐体に防汚コート構造を有する測量機器、眼科機器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決する請求項
1に記載の発明は、
表面がエッチングされた樹脂層と、樹脂層に設けられたガラスライクコート層と、ガラスライクコート層に設けられたパーフルオロアルキルシラン層とを有する防汚コート構造の形成方法であって、テトラアルコキシシランと、樹脂のエッチング成分とを含有する溶剤を前記樹脂表面に塗布し、アルコキシシランを加水分解してガラスライクコート層を形成し、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランを含有する溶剤をガラスライクコート層に塗布し、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランを加水分解してパーフルオロアルキルシラン層を形成することを特徴とする。
【0014】
請求項
2に記載の発明は、
表面がエッチングされた樹脂層と、樹脂層に設けられたガラスライクコート層と、ガラスライクコート層に設けられたパーフルオロアルキルシラン層とを有する防汚コート構造の形成方法であって、テトラアルコキシシランと、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランと、樹脂のエッチング成分とを含有する溶剤を樹脂表面に塗布し、アルコキシシランおよびパーフルオロアルキルトリアルコキシシランを加水分解して、ガラスライクコート層およびパーフルオロアルキルシラン層を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、溶剤に含まれるエッチング成分により樹脂表面が溶解され、微細な凹凸が樹脂層表面に形成されるとともに、テトラアルコキシシランが縮合重合してケイ素と酸素からなるガラスライクコート層を形成し、この層が樹脂層の凹凸を介して物理的に接着される。
【0016】
さらに、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランが縮合重合し、パーフルオロアルキルシラン層を形成するとともに、ガラスライクコート層のOH基とも縮合してシロキサン結合を形成する。
【0017】
このように、樹脂層とガラスライクコート層が物理的に接着され、ガラスライクコート層とパーフルオロアルキルシラン層が化学的に結合されているので、三者の密着力が格段に向上する。これにより、最表面に突出するパーフルオロアルキル基の防汚性を長期に亘り発揮することができ、過酷な環境で使用される樹脂製筐体の防汚性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明をより詳細に説明する。
1.第1実施形態:ガラスライクコート層とパーフルオロアルキルシラン層の二液積層
(1−1.構成)
図1に、本発明の第1実施形態に係る防汚コート構造1を示す。また、
図3〜6に、防汚コート構造1の各層を形成する際の化学的状態を示す。
【0020】
図1(d)で符号10は、ABS等の樹脂で構成された基材であり、本発明では特に、測量機器、眼科機器の筐体への適用を主目的としているが、これらのみに限定されない。
【0021】
エッチングされて表面にナノオーダーの微細な凹凸が形成された樹脂基材10上には、主にケイ素と酸素から構成されたガラスライクコート層11が積層されている。ガラスライクコート層11が樹脂基材10表面の微細な凹部に入り込み、アンカー効果により両者は物理的に接着された状態である。
【0022】
ガラスライクコート層11上には、パーフルオロアルキルシラン層12が積層されている。両層は、ガラスライクコート層11表面に存在するOH基と、パーフルオロアルキルシラン層12表面(下側)に存在するOH基とが縮合し、シロキサン結合(Si−O−Si)によって化学的に結合した状態である。
【0023】
図6に示すように、パーフルオロアルキルシラン層12の表面(上側)には、パーフルオロアルキル基が配向しており、汚れの付着、拭き取る際の擦り傷、汚れ成分によるシミの発生に対して防汚性を発揮する。
【0024】
(1−2.形成工程)
次に、第1実施形態の防汚コート構造の形成工程を説明する。
図1(a)に示すように、測量機器、眼科機器等の筐体である樹脂製の基材10を用意する。樹脂基材10の表面は、当初よりエンボス加工やシボ加工といった凹凸を有していても良いし、平滑であってもよい。図では、平滑な状態を図示している。
【0025】
続いて、
図1(b)に示すように、樹脂基材10の表面に、テトラアルコキシシランと、樹脂基材10を溶解可能な成分と、必要に応じて他の添加剤とを、これらを溶解可能な溶媒に溶解させた溶剤(以下、ガラスライクコート剤と略称する場合がある)を塗布する。
【0026】
ガラスライクコート剤塗布後、静置すると、溶剤中に溶解している樹脂基材10を溶解可能な成分(エッチング成分)が、樹脂基材10の表面を浸食し、
図1(c)に示すように、樹脂基材10の表面にナノオーダーの微細な凹凸を形成する。同時に、
図3および4に示すように、テトラアルコキシシランのアルコキシ基どうしが大気中の湿気で加水分解されるとともに縮合重合して、ガラスライクなネットワークを形成する。
図1(c)および
図5に示すように、ガラスライクコート層11は、樹脂基材10の微細な凹部に入り込んだ状態で硬化し、アンカー効果により物理的に接着される。ガラスライクコート層11の表面には、テトラアルコキシシランのアルコキシ基が加水分解されて生じたOH基が多数表面に突出している。
【0027】
次に、
図5に示すように、ガラスライクコート層11の表面に、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランと、必要に応じて他の添加剤とを、これらを溶解可能な溶媒に溶解させた溶剤(以下、パーフルオロアルキルシラン剤と略称する場合がある)を塗布する。
【0028】
パーフルオロアルキルシラン剤塗布後、静置すると、
図6に示すように、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランのアルコキシ基が大気中の湿気で加水分解されて、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランどうしが縮合重合するとともに、ガラスライクコート層11から突出するOH基とも縮合して、シロキサン結合を形成する。このように、ガラスライクコート層11と、パーフルオロアルキルシラン層12は、化学的に結合される。
【0029】
(1−3.作用効果)
第1実施形態によれば、テトラアルコキシシランと、樹脂のエッチング成分を含有する溶剤を含有する溶剤を樹脂表面に塗布しているので、エッチング成分により樹脂表面が溶解され、ナノオーダーの微細な凹凸が樹脂層表面に形成されるとともに、テトラアルコキシシランが加水分解されて縮合重合し、ケイ素と酸素からなるガラスライクコート層を形成し、この層が樹脂層の微細な凹凸を介して物理的に接着される。
【0030】
さらに、第1実施形態においては、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランを含有する溶剤をガラスライクコート層に塗布しているので、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランが加水分解されて縮合重合し、パーフルオロアルキルシラン層を形成するとともに、ガラスライクコート層のOH基とも縮合してシロキサン結合を形成する。
【0031】
このように、樹脂層とガラスライクコート層がアンカー効果により物理的に接着され、ガラスライクコート層とパーフルオロアルキルシラン層がシロキサン結合により化学的に結合されているので、三者の密着力が格段に向上するという効果を奏する。
【0032】
2.第2実施形態:防汚層(ガラスライクコート部分とパーフルオロアルキルシラン部分)の一液積層
(2−1.構成)
図2に、本発明の第2実施形態に係る防汚コート構造2を示す。また、
図7〜8に、防汚コート構造2の各層を形成する際の化学的状態を示す。
図2(c)で符号20は、第1実施形態と同じ樹脂基材である。
【0033】
エッチングされて表面にナノオーダーの微細な凹凸が形成された樹脂基材20上には、第1実施形態におけるガラスライクコート層11に相当する部分とパーフルオロアルキルシラン層12に相当する部分が1層の内部に形成されている防汚層21が積層されている。この防汚層21は、一液積層によって形成されていて、明確な界面を有さないが、ガラスライクコート部分とパーフルオロアルキルシラン部分とに分離している。防汚層21の下側に存在するガラスライクコート部分が樹脂基材20表面の微細な凹部に入り込み、アンカー効果により両者は物理的に接着された状態である。
【0034】
防汚層21内では、ガラスライクコート部分由来のOH基と、パーフルオロアルキルシラン部分由来のOH基とが縮合し、シロキサン結合(Si−O−Si)によって化学的に結合した状態である。
【0035】
図8に示すように、防汚層21の表面(上側)には、パーフルオロアルキル基が配向しており、汚れの付着、拭き取る際の擦り傷、汚れ成分によるシミの発生に対して防汚性を発揮する。
【0036】
(2−2.形成工程)
次に、第2実施形態の防汚コート構造の形成工程を説明する。
図2(a)に示すように、測量機器、眼科機器等の筐体である樹脂製の基材20を用意する。樹脂基材20の表面は、平滑な状態を図示している。
【0037】
続いて、
図2(b)に示すように、樹脂基材10の表面に、テトラアルコキシシランと、樹脂基材20を溶解可能な成分と、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランと、必要に応じて他の添加剤と、これらを溶解可能な溶媒に溶解させた溶剤(以下、一液防汚コート剤と略称する場合がある)を塗布する。
【0038】
一液防汚コート剤塗布後、静置すると、溶剤中に溶解している樹脂基材20を溶解可能な成分(エッチング成分)が、樹脂基材20の表面を浸食し、
図2(c)に示すように、樹脂基材20の表面にナノオーダーの微細な凹凸を形成する。
【0039】
このとき、
図7および8に示すように、テトラアルコキシシランのアルコキシ基どうしが大気中の湿気で加水分解されるとともに縮合重合して、ガラスライクなネットワークを形成し、同時に、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランのアルコキシ基が大気中の湿気で加水分解されて、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランどうしが縮合重合するとともに、ガラスライクコート部分由来のOH基とパーフルオロアルキルシラン部分由来のOH基と縮合して、シロキサン結合を形成する。
【0040】
このように、ガラスライクコート部分と、パーフルオロアルキルシラン部分は、防汚層21内で分離して、かつ互いにシロキサン結合で化学的に結合された状態で防汚層21が形成される。
図2(c)および
図8に示すように、防汚層21のガラスライクコート部分は、樹脂基材20の微細な凹部に入り込んだ状態で硬化し、アンカー効果により物理的に接着される。
【0041】
一層である防汚層21の内部でガラスライクコート部分とパーフルオロアルキルシラン部分が上下に分離するメカニズムとしては、溶媒の蒸発に伴って溶解度パラメータが変化し、溶けきれなくなった一方の成分が優先的に析出することと、パーフルオロアルキル基の表面エネルギーが低く、表面側(上側)に優先的に析出することで説明される。
【0042】
(2−3.作用効果)
本発明によれば、第2実施形態においてはテトラアルコキシシランと、樹脂のエッチング成分と、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランを含有する溶剤を樹脂表面に塗布しているので、エッチング成分により樹脂表面が溶解され、ナノオーダーの微細な凹凸が樹脂層表面に形成されるとともに、テトラアルコキシシランが加水分解されて縮合重合し、ケイ素と酸素からなるガラスライクコート部分を形成し、この部分が樹脂層の微細な凹凸を介して物理的に接着される。また、同時に、パーフルオロアルキルトリアルコキシシランが加水分解されて縮合重合し、パーフルオロアルキルシラン部分を形成するとともに、ガラスライクコート部分のOH基と縮合してシロキサン結合を形成する。
【0043】
このように、樹脂層と防汚層が物理的に接着され、防汚層内ではガラスライクコート部分とパーフルオロアルキルシラン部分が化学的に結合されているので、二層の密着力が格段に向上する。これにより、最表面に突出するパーフルオロアルキル基の防汚性を長期に亘り発揮することができ、過酷な環境で使用される測量機器や眼科機器の防汚性を向上させることができる。
【0044】
(3.その他)
本発明は、金属やガラス等と異なり表面にOH基が少なく、また、表面の活性化が困難で、防汚コーティングを直接的に行うことが難しい樹脂に対して特に有効である。そのような樹脂としては、ビニル系樹脂(ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール)、ポリスチレン系樹脂(ポリスチレン、スチレン・アクリロニトリル共重合体、スチレン・ブタジエン・アクリロニトリル(ABS)共重合体、ポリエチレン(高密度/中密度/低密度)、エチレン・酢酸ビニル共重合体)、ポリプロピレン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、COP、COCなどが挙げられるが、測量装置、眼科装置、その他の測定装置や医療機器の筐体に多用されているABSが特に好ましい。
【0045】
本発明の第1実施形態におけるガラスライクコート層は、数百μm以下の厚さに形成することが好ましい。理由は厚くなるとクラックが発生しやすくなるためである。
【0046】
本発明の第1実施形態におけるパーフルオロアルキルシラン層は、数nm〜数十nmが好ましい。
【0047】
本発明の第2実施形態における防汚層は、第1実施形態と同様の範囲の厚さのガラスライクコート層+パーフルオロアルキルシラン層となるように、両者の材料を配合して一度に塗布することが好ましい。
【0048】
本発明のガラスライクコート剤および一液防汚コート剤に含有されるアルコキシシランとしては、ケイ素の全ての結合方向にシロキサン結合のネットワークを形成するため、4,3,2官能の物が選択され、テトラ/トリ/ジメトキシシラン、テトラ/トリ/ジエトキシシラン、テトラ/トリ/ジプロポキシシランが好ましい。溶剤中の濃度範囲は、第1実施形態では50〜99%、第2実施形態では80〜99%である。
【0049】
本発明のパーフルオロアルキルシラン剤および一液防汚コート剤に含有されるパーフルオロアルキルトリアルコキシシランとしては、ケイ素の一つの結合方向に防汚性能を発揮するパーフルオロアルキル基を有し、残りの三結合方向にシロキサン結合のネットワークを形成するため、三つのアルコキシ基を有することが要求される。
【0050】
炭化フッ素の官能基としては、パーフルオロアルキル基C(CF
3)
3(CF
2)
n基やパーフルオロポリエーテル基C(CF
3)
3(CF
2O)
n(CF
2)
2 などが好ましい。
【0051】
官能基のアルキコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基が好ましい。
【0052】
本発明においては、ガラスライクコート剤、パーフルオロアルキルシラン剤、防汚コート剤の塗布方法は、公知の塗布法、浸漬法、真空蒸着法、スパッタリング法、化学的蒸着法等が採用できるが、機器の筐体全面に施すという必要性およびコストの面から、湿式の方法が好ましい。
【実施例】
【0053】
以下、実施例および比較例によって本発明をより具体的に説明する。
測量機器の一部の製品はコンクリートを施工する現場で使用されるため、筐体にコンクリートが付着し、汚れてしまう。その状況を再現するべく、実施例および比較例の測量機器筐体表面に、生コンクリートを塗布し、乾燥させた後にコンクリートを剥離させ、剥離後の外観を観察した。実施例では、ABS樹脂製の測量機器筐体表面に、本発明の第1実施形態の防汚コート構造を採用した。比較例では、表面は未コートのABS樹脂のままである。
【0054】
実施例の防汚コートを施したものは、本体に振動を与えるとコンクリートが剥離して落下した。このように、付着物の除去がしやすく、また、
図9(a)に示すように、その跡も残らなかった。一方、比較例では、コンクリートは強く密着しており、指で引き剥がす必要があった。また、
図9(b)に示すように、表面にコンクリート剥離跡が残った。