【実施例】
【0019】
以下、この発明に係る第1の実施例を
図1〜
図9に基づいて説明する。
図1に示すように、第1の実施例は、内輪110と、外輪120と、保持器130に保持された複数の円すいころ140と、二つのシール部材150、160とを備える円すいころ軸受100となっている。なお、以下では、円すいころ軸受100の軸受中心軸に沿った方向を「軸方向」という。軸方向に直交する方向を「径方向」という。軸受中心軸回りの円周方向を「周方向」という。
【0020】
内輪110及び外輪120によって環状の軸受内部空間170が形成される。
【0021】
内輪110は、回転軸(図示省略)に取り付けられ、回転軸と一体に回転する。回転軸は、例えば、車両のトランスミッション又はディファレンシャルの回転部として設けられる。外輪120は、ハウジング、ギア等、前記回転軸からの荷重を負荷させる部材に取り付けられる。
【0022】
内輪110及び外輪120は、それぞれ円すい面状の軌道面111、121を有する。複数の円すいころ140は、軸受内部空間170内で内輪110及び外輪120の軌道面111、121間に介在しながら公転する。軸受内部空間170には、グリース、オイルバス等の適宜の手段により、潤滑油が供給される。
【0023】
内輪110は、大つば112及び小つば113を有する。大つば112は、軸受運転中、円すいころ140の大端面を案内し、アキシアル荷重を受ける。小つば113は、大つば112よりも小さな外径をもち、円すいころ140の小端面を受けて円すいころ140の内輪110からの脱落を防止する。
【0024】
シール部材150、160は、その外周縁を外輪120の内周端部に圧入することにより、外輪120に取り付けられる。なお、外輪120の内周端部にシール溝を形成し、ここにシール部材150、160の外周縁を圧入するようにしてもよい。
【0025】
シール部材150、160は、軸受内部空間170及び外部間を区切り、軸受内部空間170の両端を密封する。シール部材150、160を境界とした外部側には、ギアの摩耗粉、クラッチの摩耗粉、微小砕石等、円すいころ軸受100の組み込み先に応じた異物が存在する。このような粉状の異物は、潤滑油や雰囲気の流れによってシール部材150、160付近に到達し得る。シール部材150、160は、外部から軸受内部空間170への異物侵入を防止する。
【0026】
シール部材150、160は、その内周側で舌片状に突き出たシールリップ151、1
61を有する。シールリップ151、161は、ラジアルリップになっている。
【0027】
ここで、ラジアルリップは、軸方向に沿ったシール摺動面又は軸方向に対して45°以内の鋭角の勾配をもったシール摺動面と密封作用を奏するシールリップであって、当該シール摺動面との間に径方向の締め代をもったもののことをいう。
【0028】
図中右側のシール部材150のシールリップ151に対して周方向に摺動するシール摺動面114は、内輪110の大つば112の外径を規定する円筒面状に形成されている。図中左側のシール部材160のシールリップ161に対して周方向に摺動するシール摺動面115は、小つば113の外径を規定する円筒面状に形成されている。大つば112に形成されたシール摺動面114と、小つば113に形成されたシール摺動面115との間に大きな径差があるため、軸受運転中、図中右側のシール摺動面114の周速は、図中左側のシール摺動面115よりも高速になる。また、軸受運転中、軸受内部空間では、前述の大つば112及び小つば113間の径差や、円すい面状の軌道面111、121の存在により、潤滑油を図中左側から右側へ送るポンプ作用が生じる。
【0029】
図中右側のシール部材150と、図中左側のシール部材160との間には、外輪120の図中右側の内周端部と図中左側の内周端部間の径差に対応の外径差と、内輪110の図中右側のシール摺動面114と図中左側のシール摺動面115間の径差に対応の内径差とが設定されているが、それ以外では同様の構造となっている。そこで、シール部材150、160の更なる詳細については、図中右側のシール部材150を代表例として説明し、シール部材160については必要に応じてシール部材150と対応の番号を
図1中に付すに留める。
【0030】
図1のシール部材150のシールリップ151付近を
図2に拡大して示す。また、
図2中のIII−III線の断面図を
図3に示す。この断面は、シールリップ151とシール摺動面114との間におけるシール摺動面114との直交方向の隙間(後述の油通路180を含む)について、設計上、シール摺動面114との直交方向に最も狭いところでの様子を示すものである。また、シールリップ151を軸受内部空間側から軸方向に視たときの外観を
図4に示す。
図4は、
図1に示すシール部材150の単独かつ自然な状態におけるシールリップ151の外形を描いたものである。ここで、自然な状態は、単独の状態にあるシール部材に外力が作用していない、すなわち当該シール部材が外力によって変形していない状態のことをいう(以下、この状態のことを単に「自然状態と呼ぶ」。)。
【0031】
図2〜
図4に示すように、シールリップ151は、シール摺動面114との直交方向、すなわちシール摺動面114に接する接線に垂直な法線方向に突出高さをもった突起152を有する。シール摺動面114が軸受中心軸を中心とした円筒面状なので、これとの直交方向は、径方向に相当する。
【0032】
シールリップ151は、シール部材150の自然状態においてシールリップ151の内径を規定する先端153を有する。
【0033】
シールリップ151及びシール摺動面114間に径方向の締め代が設定されている。この締め代により、シール摺動面114に径方向に押し付けられたシールリップ151が外部側へ曲がったゴム状弾性の変形を生じ、シールリップ151の緊迫力を生む。シール部材150の取り付け誤差、製造誤差等は、シールリップ151の曲がり具合の変化によって吸収される。
【0034】
突起152は、周方向と直交する向きに延びている。突起152は、シールリップ151の先端153まで及んでおり、シール摺動面114との間に径方向の締め代をもった範
囲の概ね全域に亘って形成されている。
【0035】
突起152は、周方向に一定の間隔dで並んでいる。シールリップ151を軸方向から視た外観で考えると、複数の突起152が、間隔dに対応の一定のピッチ角度θで周方向に配置された放射状となって現れている。なお、放射中心は、図外のシール部材150の中心軸(軸受中心軸に一致)上にある。
【0036】
周方向に隣り合う突起152間の間隔d及び突起152の周方向幅wは、放射状に配置された各突起152がシールリップ151の先端153付近に存在していることと相俟って、シールリップ151が各突起152上でのみシール摺動面114と摺動接触し得るものとなり、各突起152間に油通路180が常に生じさせられるように設定されている。すなわち、シール部材150の取り付け時、シール摺動面114に接触する突起152がシールリップ151の緊迫力に抗して突っ張ることにより、突起152を境とした周方向両側において軸受内部空間170及び外部間に亘って連通する油通路180が生じる。潤滑油は、外部から油通路180を通って軸受内部空間170へ至る。軸受内部空間170内に入った潤滑油や、グリースを封入している場合の基油は、軸受内部空間170から油通路180を通って外部へ至る。
【0037】
油通路180を通過可能な粒径は、突起152のシール摺動面114との直交方向の突出高さhに基づいて定めることができる。従い、第1の実施例は、侵入を防止すべき粒径を任意に定め、その所定粒径の異物が油通路180から軸受内部空間170へ侵入しないようにすることが可能である。
【0038】
転がり軸受の早期破損原因となるような摩耗粉は、粒径50μmを超えるような異物である。突起152の突出高さhを0.05mm以下に設定しておけば、そのような摩耗粉が通過できない油通路180を生じさせることができる。一方、油通路180の通油性を良好にするため、突起152の突出高さhを0.05mm以上に設定することが好ましい。
【0039】
突起152及びシール摺動面114間に生じる隙間は、油通路180に周方向に近い側が大、突起152に周方向に近い側が小となるくさび状に形成されている。
図3に示すように、内輪110の回転に伴い、シール摺動面114がシールリップ151に対して周方向に回転するとき(同図中に回転方向を矢線Aで示す。)、油通路180内の潤滑油(図中にドット模様で示す。)は、シール摺動面114の回転に伴ってシール摺動面114及びシールリップ151の突起152間に引きずり込まれ、この間での油膜形成を促進する。このため、シールリップ151とシール摺動面114間の摩擦係数(μ)が低下し、シールトルクが低減する。さらに、軸受内部空間170及び外部間の通油性は、油通路180によって向上する。このため、円すいころ軸受100の温度上昇が抑制され、ひいては、シールリップ151の吸着作用も防止される。
【0040】
図1に示すように、シール部材150は、金属板製の芯金155と、芯金155の少なくとも内径部に付着した加硫ゴム材156により形成されている。シールリップ151は、加硫ゴム材156により舌片状に形成されている。芯金155は、周方向全周に亘る環状に形成されたプレス加工部品になっている。加硫ゴム材156は、加硫成形されたゴム部になっている。シール部材150は、例えば、芯金155を型に入れて加硫ゴム材156を加硫成形することにより、一体の部品として製造される。加硫ゴム材156は、芯金155の全体に付着させてもよいし、芯金155の内径部のみに付着させてもよい。
【0041】
このように、第1の実施例は、シールリップ151の加硫成形時に突起152をシールリップ151に形成することが可能であり、また、シール摺動面114を加工の容易な円
筒面状、溝状等、全周に亘って同じ断面形状として軌道輪に直接形成することが簡単である。
【0042】
シールリップ151の緊迫力や潤滑油の油圧により、中実な突起152に実質的変形(突起152とシール摺動面114間の潤滑性能に影響を及ぼすような変形)が生じないようになっている。したがって、軸受運転中の突起152の形状は、シールリップ151の加硫成型の際に転写された形状と同じに考えてよい。
【0043】
この円すいころ軸受100は、車両のトランスミッション内の回転部を支持する用途を想定している。車両のトランスミッション内に存在する円すいころ軸受への給油は、一般に、跳ねかけ、オイルバス、ノズル噴射等の適宜の方式で行われる。よって、円すいころ軸受の内輪もしくは外輪に固定されるシールの周辺には、潤滑油が存在する。給油される潤滑油は、トランスミッション内に存在するギア等の他の潤滑部分でも共通に用いられるものである。その潤滑油は、オイルポンプで循環されており、その循環経路に設けられたオイルフィルタによって濾過される。
【0044】
本願の発明者は、実際に市場で使用された潤滑油を車両の走行距離別に回収し、それら使用済み潤滑油に混ざっている異物の数、異物の粒径の分布、異物の材料を調べた。そのオーマチックトランスミッション(AT)又はマニュアルトランスミッション(MT)の車両8台から回収した潤滑油について調べた異物の数と粒径分布を
図5に示す。
図5の縦軸は対数目盛りとし、横軸に車両の走行距離を取り、その縦軸に異物(微粒きょう雑物)の100ml当りの個数を取っている。計数対象とする異物は、粒径5μm以上のものとした。計数は、粒径の区分ごとに行った。その区分は、粒径5μm以上15μm未満、粒径15μm以上25μm未満、粒径20μm以上50μm未満、粒径50μm以上100μm未満、粒径100μm以上としている。ここでの測定は、ハイアックロイコ社製の型番8000Aの測定機にて、微粒きょう雑物質量法を用いた。
図5の粒径分布を
図6に円グラフで示す。
【0045】
図7は、無段変速機(CVT)の車両10台から回収した潤滑油について調べた異物の数と粒径分布を
図5と同様に示した。
図7の粒径分布を
図8に円グラフで示す。回収対象とした車両メーカー、車種、走行距離はばらばらであるが、
図5、
図6と
図7、
図8との比較から明らかなように、ギアが多用されるAT/MTの方がCVTよりも異物の粒径、異物の数ともに多い傾向が認められた。また、トランスミッションの形式を問わず、粒径の分布としては、50μm以下のものが99.9%以上を占めた。粒径50μmを超える異物の数は、走行距離が大きくなってもAT/MTの場合で1000個未満、CVTの場合で200個未満であった。このことは、近年、オイルフィルタの性能が向上し、潤滑油中の異物が微細化している(つまり大きな粒径の異物がオイルフィルタで取り除かれる)ことを示している。
【0046】
一方、軸受内部の潤滑油が異物を含む場合に、その異物の粒径と軸受寿命との関係について調査を行なったところ、粒径の大きな異物が多くなる程に軸受寿命が低下する傾向は存在するが、近年のトランスミッション内の環境のように粒径50μm以上の異物が少々存在する程度であれば、シールが無い状態で、異物が軸受内部に入っても、転がり軸受の寿命比(実際寿命の計算寿命に対する比)が、自動車のトランスミッションでの実用に十分耐えうる値(例えば7〜10倍程度)を示すことが分かった。
【0047】
以上の結果に基づき、車両のトランスミッションやディファレンシャルギヤ等の駆動系の回転部支持に用いられる円すいころ軸受に対し、オイルフィルタで濾過される潤滑油を給油する場合、粒径50μmを超えるような大きな異物が軸受内部へ侵入することをシール部材で防止する限り、潤滑油に含まれる粒径50μm以下の異物が軸受内部に侵入する
ことを許容しても軸受寿命に問題を起こさない、といえる。そして、これを許容するのならば、シールリップとシール摺動面間での潤滑油の流通を潤沢に確保し、前述のくさび効果と相俟ってシールリップとシール摺動面間を流体潤滑状態にすることが実現可能である。
【0048】
そこで、
図2、
図3に示すように、突起152の高さhは、0.05mmに設定されている。この突起152の高さhは、設計上、シール摺動面114と摺動接触し得る範囲内において最も高い位置での値である。この位置は、各突起152とシール摺動面114との間に設定された締め代が最大となるところでもある。軸受運転中の突起152の変形量は無視できるから、シールリップ151とシール摺動面114との間におけるシール摺動面114との直交方向の隙間(油通路180を含む)は、シール摺動面114との直交方向に最も狭いところで突起152の高さhに相当の広さとなり、実質的に0.05mmを超えない。このため、粒径50μmを超える異物が外部の潤滑油に含まれていたとしても、その異物が油通路180を通過することは略起こらない、と考えられる。
【0049】
シールリップ151に対してシール摺動面114が相対的に図中矢線A方向に回転すると、油通路180内の潤滑油が突起152とシール摺動面114との間のくさび状の隙間に引き摺り込まれる。前述のくさび状の隙間におけるくさび角度は、引き込まれる潤滑油が存在する広大側の油通路180から狭小側に向かって次第に小さくなることから、突起152とシール摺動面114とが摺動接触し得る線状領域(仮想アキシアル平面Pax上)に近いところ程、くさび効果が強く生じる。したがって、その線状領域での油膜の油圧をより効果的に高め、突起152をシール摺動面114から完全に離れさせ、その線状領域での油膜を厚く生じさせることができ、ひいては、突起152とシール摺動面114との間の潤滑状態を流体潤滑状態とすることが容易となる。
【0050】
ここで、突起152とシール摺動面114との間を完全に分離させる油膜があれば、突起152に対してとシール摺動面114が直接に接触しない状態で摺動する流体潤滑状態となる。このような油膜を各突起152とシール摺動面114との間で保つことにより、シールリップ151及びシール摺動面114間を流体潤滑状態にすることができる。
【0051】
その流体潤滑状態は、理論計算上、Greenwood−Johnsonの決めた無次元数である粘性パラメータg
vと弾性パラメータg
eに基づく線接触の場合の潤滑領域図において(
図9参照)、等粘度-剛体領域(R−Iモード)又は等粘度-弾性体領域(E−Iモード,ソフトEHL)のいずれかの潤滑モードに該当することに相当する。なお、
図9に示すプロットは、そのR−Iモード又はE−Iモードに該当する場合を例示するものである。
【0052】
その流体潤滑状態を容易に実現するため、シールリップ151とシール摺動面114間の締め代に基づくシールリップ151の緊迫力をなるべく弱く設定する方がよい。このため、シールリップ151のうち、外部側への曲げ変形を与える腰部をなるべく薄く形成している。
【0053】
また、最大高さ粗さRzを小さくする方が、流体潤滑状態とするのに必要な油膜の厚さが小さくなる。このため、シール摺動面114にショットピーニング処理を施しておらず、シール摺動面114の最大高さ粗さRzを1μm未満としている。ここで、最大高さ粗さRzは、JIS規格のB0601:2013で規定された最大高さ粗さのことをいう。
【0054】
突起152は、高さhを0.05mm以下として、シールリップ151及びシール摺動面114間を流体潤滑状態にすることが可能な態様でシールリップ151に形成すればよい。その態様は、周方向に隣り合う突起152間の間隔d、突起152の周方向幅w、周
方向に一定間隔で並ぶ突起152のピッチ角度θ、突起152の形状で決めることができる。突起152間の間隔dが小さい程、つまり突起152の数が多い程、シールリップ151に対してシール摺動面114が相対的に周方向に回転したとき、1回転当りの突起152の通過回数が多くなり、シール摺動面114の周方向全周に亘って油膜が連続する状態に保たれ、各突起152との間のくさび効果が途絶えることなく生じ易くなるので、流体潤滑状態を保ち易くなる。
【0055】
また、突起152のR寸法(突起152の表面154における曲率半径)が大きい方が、くさび効果が発生し易くなる。
【0056】
突起152とシール摺動面114間の油膜厚さが薄すぎると摩擦係数μが増大し、逆に厚すぎると異物の侵入抑制効果を悪化させる可能性が出てくるので、最大高さ粗さRzを上回る油膜厚さを前提で最適な油膜厚さを設定すればよい。
【0057】
また、
図1中右側のシール部材150での突起152の数と、図中左側のシール部材160での突起162の数とが相異している。また、
図1中右側のシール部材150での突起152の周方向ピッチ角度と、図中左側のシール部材160での突起162の周方向ピッチ角度とが相異している。これら相違は、
図1中右側のシール部材150及びシール摺動面114間と、図中左側のシール部材160及びシール摺動面115間とでは、前述の周速差やポンプ作用による潤滑条件の相違があることから、これら左右の各間で形成される油膜を同等にすることと、厚すぎる油膜形成のために粒径50μmを超える異物の侵入が発生し易くならいないように最適にすることを目的として設定されている。
【0058】
図10に、突起152、162間の間隔dと、理論油膜厚さとの関係を示す。理論油膜厚さは、R−IモードにおいてMartinの最小膜厚計算式を用い、E−IモードにおいてHerrebrughの最小膜厚計算式を用いた。
【0059】
この計算結果では、
図1の小つば113側(
図10中で「小端面側」と表示)で突起162間の間隔d(
図10中で「ピッチ間隔」と表示)が6.4mmのときの理論油膜厚さが4.0μmとなり、
図1の大つば112側(
図10中で「大端面側」と表示)で突起152間の間隔d(
図10中で「ピッチ間隔」と表示)が11.5mmのときの理論油膜厚さが4.0μmとなる。この計算結果から明らかなように、突起152間、突起162間の間隔dに関するパラメータである突起数や周方向ピッチ角度に相異をもたせることにより、
図1に示すシールリップ151及びシール摺動面114間、シールリップ161及びシール摺動面115間で同等の厚さの油膜を形成することができる。
【0060】
また、シールリップ151及びシール摺動面114間の隙間、シールリップ161及びシール摺動面115間の隙間が、厚すぎる油膜形成のために0.05mmを大きく超える広がりをもってしまうと、粒径50μmを超える異物の侵入が発生し易くなる。このような問題が起きないような油膜厚さを決め、突起152間、突起162間の間隔dに関するパラメータである突起数や周方向ピッチ角度に相異をもたせることにより、図中右側のシールリップ151及びシール摺動面114間、シールリップ161及びシール摺動面115間のいずれでも最適な厚さの油膜を形成することができる。
【0061】
このように、第1の実施例に係る円すいころ軸受100は、軸受寿命に悪影響を及ぼすような粒径の異物の軸受内部空間への侵入をシール部材150、160によって防ぎつつ、シールリップ151、161及びシール摺動面114、115間の摺動の摩擦係数μを流体潤滑によって極限まで低減し、ひいては、シールトルクを顕著に低減して軸受回転トルクの低トルク化を著しく図ることができる(
図1、
図3参照)。
【0062】
さらに、この円すいころ軸受100は、従来であればシールリップの摩耗やシールリップ及びシール摺動面間の摺動による発熱の問題が起こるようなシール摺動面の周速(例えば30m/s以上)で運転される場合において、シールリップ151、161及びシール摺動面114、115間を直接接触のない流体潤滑状態とすることが可能なため、シールリップ151、161の摩耗を実質的に無くすと共に前述の発熱も抑えることができる。このため、この円すいころ軸受100は、従来達成できなかった円すいころ軸受の高速運転の要求にも対応することが可能である。
【0063】
また、この円すいころ軸受100は、前述の流体潤滑で達成される低トルク化により、シール部材150、160を設けることができるようになる。また、シール部材150、160を設けると、ポンピング作用による軸受内部への潤滑剤の流入を抑制し、潤滑剤の撹拌抵抗を抑えることで、円すいころ軸受100自身の低トルク化を実現できる。さらに、潤滑剤と一緒に流入する異物をシール部材150、160によって防ぐことで、内外輪110、120への特殊処理を不要とし、コストの低減も実現できる。
【0064】
さらに、この円すいころ軸受100は、図中右側のシール部材150での突起152の数や周方向ピッチ角度θと、図中左側のシール部材160での突起162の数や周方向ピッチ角度とが相異しているので、内輪110と外輪120間の相対回転1回転当りの突起152、162の通過回数を負荷側(図中右側)のシール部材150とシール摺動面114間と、非負荷側(図中左側)のシール部材160とシール摺動面115間のそれぞれで適切とし、これら両側で同等の油膜を形成したり、油膜の厚さを最適化したりすることができ、ひいては流体潤滑状態として低トルク化と異物侵入の抑制とを両立させることができる。
【0065】
さらに、この円すいころ軸受100は、突起152がR形状に形成されているので、シール部材150を外輪120に取り付ける際に突起152がシール摺動面114に擦られても、突起152が先端から周方向に曲がってしまう懸念がなく、取り付け時にシールトルクの低減性能を損なう恐れがない。例えば、突起を尖った形状にした場合、シール部材の取り付け時にシール摺動面に擦られる多数の突起の先端が周方向のどちら側に曲がるか分からず、シール摺動面との相対回転方向に対して適切なくさび状の隙間となる方へ全ての突起の先端を曲がるように取り付けることは極めて困難である。不適切な向きに曲がった突起のところではくさび効果を満足に得ることができず、シールトルクの低減性能を損なうことになる。
【0066】
第2の実施例を
図11〜
図13に基づいて説明する。第2の実施例は、第1の実施例から突起形状のみを変更したものである。
図11に示すように、第2の実施例に係る突起201は、シールリップ202の先端203に向かって次第に低くなる形状となっている。なお、
図11は、自然状態におけるシールリップ202の突起201付近の拡大斜視図を描いたものである。突起201のR寸法(突起201の表面204における曲率半径)や曲率中心については、突起201をシールリップ202の先端203に向かって次第に低くするため、シールリップ202の先端203に向かって次第にR寸法を拡大し、かつ曲率中心を外部側へ移している。
【0067】
その突起201の高さは、シールリップ202の先端203上で実質的に零となっている。このため、突起201は、シールリップ202の先端203上に及んでおらず、突起201とシールリップ202の先端203との間には、平坦な面205が存在している。すなわち、シールリップ202の先端203は、実質的に二つの円すい状面の交わる縁となっており、面205は、実質的に一方の円すい状面の一部となっている。
【0068】
シールリップ202を加硫成形する様子を
図12に示す。なお、
図12は、理解を容易
にするために概略的に描いたものであり、シールリップ202の形状も大雑把に示している。シールリップ202の加硫成形は、芯金206にゴムシートを加硫成形することで行われる。この際、上型Mp1と下型Mp2とでゴムシートを挟み込み、シール部材のシールリップ202等のゴム部分を成形する。上型Mp1と下型Mp2を合せる上下方向は、軸方向に相当する。したがって、自然状態においてシールリップ151の内径を規定する先端153は、上型Mp1の転写面に接するシールリップ151の上面部と、下型Mp2の転写面に接するシールリップ151の下面部の境界線となるので、上型Mp1と下型Mp2の合わせ部であるパーティングラインPl上に位置することになる。
【0069】
今、シールリップの先端に突起が及んでいるモデルを仮想すると、
図13のようになる。この仮想モデルでは、シールリップ202’の先端203’上に突起201’を成形するための凹凸状がパーティングラインPl上に存在するため、加硫後に図示のようなバリ207が発生し易い。バリ207が発生すると、軸受運転中にバリ207がシールリップ202’から離れると、オイルフィルタや潤滑油の循環経路の目詰まり原因となる。
【0070】
一方、
図12に示すように、シールリップ202が突起201とシールリップ202の先端203との間に平坦な面205を有する形状の場合、パーティングラインPl上に突起201を成形するための凹凸状が存在せず、
図13のようなバリ207が発生しない。このように、第2の実施例によれば、シールリップ202を加硫成形する際にシールリップ202の先端203上にバリが発生しないようにすることができる。
【0071】
なお、第2の実施例では、突起201がシールリップ202の先端203上で高さをもたず、突起201とシールリップ202の先端203との間に平坦な面205が存在する例を示したが、突起がシールリップの先端上で高さをもつ場合でも、突起がシールリップの先端に向かって次第に低くなる形状であれば、パーティングライン上において突起を成形するための凹凸状が穏やかになるので、シールリップの先端上においてバリを発生しにくくすることができる。
【0072】
第3の実施例を
図14に基づいて説明する。なお、第3の実施例においても内輪310の大つば側のシール部材320を代表例として説明する。
【0073】
シール部材320は、アキシアルリップとして設けられたシールリップ321と、シールリップ321よりも外部側に位置する外側リップ322とを有する。シールリップ321と外側リップ322は、芯金323に付着する腰部から分岐している。
【0074】
ここで、アキシアルリップは、径方向に沿ったシール摺動面又は径方向に対して45°未満の鋭角の勾配をもったシール摺動面と密封作用を奏するシールリップであって、当該シール摺動面との間に軸方向の締め代をもったもののことをいう。
【0075】
内輪310には、周方向全周に亘ってシール溝311が形成されている。シール部材320のシールリップ321に対して摺動するシール摺動面312は、シール溝311の溝底から軌道面側に向かって拡径する溝側面に存在しており、径方向に対して45°未満の鋭角の勾配αをもっている。
【0076】
シールリップ321の突起324は、加硫成形の際、径方向に沿った向きに形成されている。なお、図示では、シール摺動面312と突起324間の締め代を見せるため、自然状態に相当のシールリップ321の形状を描いている。突起324がシール摺動面312に軸方向から押し当てられることでシールリップ321が概ねシール摺動面312に沿うように傾き、突起324とシール摺動面312との間に前述のような油通路と、くさび状の隙間とが生じさせられる(
図3参照)。
【0077】
図14に示すように、外側リップ322は、シール溝311の外側の溝壁部との間にラビリンスすきま330を形成する。このため、粒径50μmを超える異物は、外部からシール溝311内へ容易には侵入できない。
【0078】
第3の実施例に係る円すいころ軸受は、ラビリンスすきま330の形成によって、シールリップ321への異物到達を困難にしているので、低トルク化を阻害しないように異物侵入をより抑制することができる。一般に、アキシアルリップとして設けられたシールリップ321は、ラジアルリップとして設けられたシールリップに比べて、軸受運転中に起こす軸方向の移動量が大きく、その最大移動時に対応のシール摺動面との間に隙間が大きく開くことがある。このため、アキシアルリップとしてシールリップを設けることは、異物侵入に対して不利となる。第3の実施例では、そのようなアキシアルリップであるシールリップ321の不利をラビリンスすきま330によるシール効果で補うことができるので、ラジアルリップとして設けられたシールリップを採用する第1〜第2の実施例に対して大きく軸受寿命が劣る懸念はない。なお、第3の実施例でも図示の大つば側のシール部材320での突起数や周方向ピッチ角度と、図示省略の小つば側のシール部材での突起数や周方向ピッチ角度とを相異させる点は第1の実施例と同様である。
【0079】
図15に、車両のトランスミッションの回転部を支持する転がり軸受として、この発明に係る円すいころ軸受を使用した例を示す。図示のトランスミッションは、段階的に変速比を変化させる多段変速機になっており、その回転部(例えば入力軸S1および出力軸S2)を回転可能に支持する円すいころ軸受Bとして、上述の実施例のような円すいころ軸受を備えている。図示のトランスミッションは、エンジンの回転が入力される入力軸S1と、入力軸S1と平行に設けられた出力軸S2と、入力軸S1から出力軸S2に回転を伝達する複数のギア列G1〜G4と、各ギア列G1〜G4と入力軸S1または出力軸S2との間に組み込まれた図示しないクラッチとを有し、そのクラッチを選択的に係合させることで使用するギア列G1〜G4を切り替え、これにより、入力軸S1から出力軸S2に伝達する回転の変速比を変化させるものである。出力軸S2の回転は出力ギアG5に出力され、その出力ギアG5の回転がディファレンシャルギヤ等に伝達される。入力軸S1と出力軸S2は、それぞれ円すいころ軸受Bで回転可能に支持されている。また、このトランスミッションは、ギアの回転に伴う潤滑油のはね掛けにより、又はハウジングHの内部に設けられたノズル(図示省略)からの潤滑油の噴射により、はね掛け又は噴射された潤滑油が、各円すいころ軸受Bの側面にかかるようになっている。
【0080】
上述の各実施例では、突起がR形状のものを示したが、突起は、シール摺動面との相対的な周速が一定以上のときに流体潤滑状態とすることが可能なくさび効果を得られるように適宜の形状にすればよく、例えば、R面取り、C面取り等の面取り形状を採用することができる。
【0081】
また、上述の各実施例では、突起を周方向に均一配置した例を示したが、不均一に配置したり、周方向一箇所のみに配置したりすることも可能である。一箇所でも突起によって油通路を生じさせることは可能であり、シールトルクの低減効果を期待することができる。
【0082】
また、上述の各実施例では、シール部材を芯金と加硫ゴム材とから構成したものを例示したが、この発明は、単材により形成されるシール部材にも適用することも可能である。この場合、シールリップに所要の締め代を設定可能であればよく、例えば、シール部材の材料として、ゴム材又は樹脂材を用いることができる。
【0083】
また、上述の各実施例では、内輪回転、ラジアル軸受を例示したが、この発明は、外輪
回転、スラスト軸受に適用することも可能である。
【0084】
今回開示された実施形態及び実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。