【実施例】
【0039】
実施例1 THGPオクタマーの合成と構造解析
1)合成
2 LビーカーにGe-132(500 g, モノマー換算で2.95 mol)を秤量し、蒸留水1 Lを加えて懸濁した。テフロン(登録商標)容器に95%水酸化ナトリウム(124 g, 2.95 mol)を秤量し、蒸留水500 mLを加えて溶解した。先のGe-132水懸濁液に水酸化ナトリウム水溶液を撹拌下で数回に分けて添加して中和し、Ge-132を溶解した。2 Lナスフラスコに中和溶液を移し、減圧下で加熱して約1 Lになるまで濃縮した。濃縮液を5 L容器に移し替え、3 Lのエタノールを添加し、十分に撹拌した後に室温下で24時間静置した。析出した結晶を吸引ろ過及びろ集して風乾し、さらにグラスチューブオーブンで105℃、8時間以上減圧下で加熱して乾燥させ、白色結晶として目的の化合物を収率95%で得た。得られた結晶のサイズは8 μm×2 μm、結晶形状は板状であった。
【0040】
2)単結晶X線構造解析
1)で得られた結晶をメタノールに溶解して飽和メタノール溶液を調製した。これを密栓せずに室温下で静置してメタノールを徐々に蒸発させることで、1 mm以上に成長した板状の結晶を得た。結晶を回収し、単結晶X線構造解析装置(SMART APEX II ULTRA、Bruker社)を用いて、以下の条件でX線回折強度の測定を行った。
検出器: Bruker APEXII CCD area detector
光源の種類:Bruker TXS fine-focus rotating anode
使用波長:Mo 0.71073 Å
管電流:24 mA
管電圧:50 kv
スキャン幅:0.5°
露光時間:3 s
解析ソフト及び手法:
data_collection 'APEX2 '
cell_refinement 'APEX2 (Bruker AXS, 2006)'
data_reduction 'SAINT (Bruker AXS, 2004)'
structure_solution 'SHELXS-97 (Sheldrick, 1997)'
structure_refinement 'SHELXL-97 (Sheldrick, 1997)'
molecular_graphics 'XSHEL (Bruker AXS,2002)'
publication_material 'XCIF (Bruker AXS, 2001)'
【0041】
決定した結晶構造のパラメータを下に、原子座標を表1に、これらから構築される分子構造を
図1に示す。
晶系:triclinic
空間群:P -1
格子定数:a=11.8879(7)、b=20.6589(12)、c=22.5198(13)、α=63.5610(10)、β=76.4800(10)、γ=81.3480(10)
単位格子体積:V=4808.14
【表1】
【0042】
1)で得られた結晶は、8分子のTHGPが脱水縮合した構造を有する有機ゲルマニウム化合物((1, 7, 9, 15-tetra(2’-sodium carboxyethylgermanium)-3, 5, 11, 13-tetra-[sodium propanato(2-)-C
3’, O’]-germanium-2, 4, 6, 8, 10, 12, 14, 16, 17, 18, 19, 20-dodecaoxa-pentacyclo [8.1
1, 5. 1
7, 11. 1
9, 13. 1
3, 15.] icosane)、THGPオクタマー)であることが確認された(
図1及び表1)。特徴的な点として、オクタマーを構成する8つのTHGP中のプロピオン鎖のうち4つは直鎖構造であるのに対し残る4つはラクトン構造であること、及びラクトン構造中のゲルマニウム原子が5配位であることが挙げられる。
【0043】
3)溶解度
1)で得られたTHGPオクタマー100 mgに精製水又はメタノールを少量ずつ加えて室温下で30分間撹拌する作業を繰り返し、目視によりTHGPオクタマーが完全に溶解したと認められる液量を測定した。測定した液量からTHGPオクタマーの溶解度(溶質量(g)/総質量(g)×100%)を算出した。また、完全溶解したときの溶液のpHを測定した。
【0044】
Ge-132を始めとする従来のTHGP重合体は、水に対して約1%の溶解度を持ち、有機溶媒、例えばメタノールには不溶である。これに対し、THGPオクタマーの水及びメタノールに対する溶解度はそれぞれ58.8%及び1.4%であった。また、水溶液のpHは7.5前後と中性付近を示した。
【0045】
4)溶解速度
精製水10 mLにGe-132及びTHGPオクタマー100 mgをそれぞれ加えて、室温下、300 rpmの速度で撹拌し、目視で完全に溶解したと認められるまでに要する時間を測定した。
【0046】
Ge-132を始めとする従来のTHGP重合体を室温下で水に溶解する場合、結晶が完全に溶解するまでにある程度の時間を要する。Ge-132 1%水溶液調製時における、結晶が完全に溶解するまでの時間を測定した結果、30分以上を要することを確認した。一方、THGPオクタマーは10秒程度で完全に溶解した。
【0047】
5)レーザー回折粒度分布
レーザー回折式粒度分布測定装置(HRA、マイクロトラック社製)を用い、エタノールを分散媒として、1分間の超音波分散後、THGPオクタマーの粒度分布を測定した。測定条件は以下のとおりである。
測定範囲:0.06〜1400 μm
使用光源:炭酸ガスレーザー×3個
検出器:散乱光検出器
【0048】
その結果、THGPオクタマーは、Dp10 = 3.4 μm、Dp50(Median径)= 8.0 μm、Dp90 = 16.9 μmと、極めて微細な粒子であることが確認された(
図2)。
【0049】
6)赤外分光光度分析
臭化カリウム(KBr)とTHGPオクタマー又はGe-132との混合物を錠剤化したものについて、赤外分光光度計(FTIR-8100M、島津製作所社製)を用いて赤外分光分析を行った。分析条件は以下のとおりである。
測定手法:KBr錠剤法
測定範囲:400〜4600 cm
-1
分解能:4 cm
-1
ミラースピード:2.8 mm/sec
積算回数:40回
【0050】
その結果、Ge-132では1700 cm
-1に見られるC=Oによる吸収がTHGPオクタマーでは1650〜1550 cm
-1と低波数側にシフトしたこと、Ge-132では3000 cm
-1に見られるカルボン酸による吸収がTHGPオクタマーでは消失したこと、さらに1500 cm
-1以下の指紋領域において互いに異なるスペクトルを示すことが確認された(
図3)。
【0051】
7)質量分析
THGPオクタマーのメタノール溶液を質量分析計(TOF-MS、QToF Ultima、Waters社)に供し、質量分析を行った。分析条件は以下のとおりである。
イオン化モード:ESI+
移動相:メタノール
【0052】
TOF-MSによって測定されたTHGPオクタマーの質量スペクトルと天然同位体の量から計算された理論スペクトルを
図4に示す。実測値は理論値とほぼ一致していることが確認された。
【0053】
8)1H NMR測定
THGPオクタマーを重水及び重メタノールにそれぞれ溶解した溶液について、核磁気共鳴装置(Gemini 2000、アジレント・テクノロジー社)を用いて
1H NMRスペクトルを測定した。比較対照としてGe-132を重水に溶解後、重水酸化ナトリウム溶液で中和した溶液を調製し、同様に測定した。測定条件は25℃、積算回数16回、300 MHzとし、残存するHODのシグナルを4.80 ppmにオフセットした。
【0054】
各サンプルの
1H NMRスペクトルを
図5及び6に示す。THGPオクタマーを重水に溶解して得られた
1H NMRスペクトルでは1.56 ppm及び2.47ppmにそれぞれトリプレットを観測した。この結果はGe-132水溶液の
1H NMRスペクトルと一致しており、どちらもTHGPを生成していることが示唆される(
図5)。一方で、THGPオクタマーを重メタノールに溶解して得られた
1H NMRスペクトルでは1.40 ppm、1.51 ppm、2.30 ppm及び2.38 ppmにそれぞれトリプレットを観測した(
図6)。重水を用いた場合、THGPオクタマーは加水分解を受けてTHGPを生成するため、プロピオン鎖上にある2つのCH
2に起因するシグナルが2箇所に観測されたのに対し、重メタノールを用いた場合は加水分解を受けないため、オクタマーに存在する直鎖状のプロピオン鎖と環状のプロピオン鎖がそれぞれ持つ2つのCH
2が区別され、合計4箇所に観測されたものと推測される。
【0055】
実施例2 アデノシンとの相互作用性の確認
重水にTHGPオクタマーとアデノシンとを溶解して得た混合溶液(混合モル比1:1、pH7.0〜7.5、100 mM)について、30℃、積算回数16回、300 MHzの測定条件のもと、
1H NMRスペクトルを測定した。残存するHODのシグナルを4.80 ppmにオフセットした。比較対照としてGe-132とアデノシンの混合溶液についても同様に測定した。
【0056】
各サンプルの
1H NMRスペクトルを
図7に示す。THGPオクタマーとアデノシンとの混合溶液の
1H NMRスペクトルでは、THGPに由来する1.58 ppm(Ge-CH
2起因)及び2.50 ppm (CH
2-COO
-起因)のトリプレットシグナル以外に、1.76 ppm及び2.57 ppmに新たなシグナルが観測された。アデノシン単独では上記の化学シフト付近にスペクトルを持たないことから、新たに観測されたシグナルはアデノシンとTHGPの複合体由来であることが示唆された。この結果はTHGPオクタマーに代えてGe-132を用いた場合の
1H NMRスペクトルと一致しており、THGPオクタマーはGe-132と同様にTHGPを生成してアデノシンとの反応性を示すことが明らかとなった。
【0057】
実施例3 H2Sとの相互作用性の確認
重水で調製した10 mMリン酸緩衝液(pH7.4)にTHGPオクタマーとNaHS(H
2Sのナトリウム塩)とを溶解して得た混合溶液(混合モル比1:1、pH7.0〜7.5、20 mM)について、25℃、積算回数16回、300 MHzの測定条件のもと、
1H NMRスペクトルを測定した。残存するHODのシグナルを4.80 ppmにオフセットした。比較対照としてGe-132とNaHSの混合溶液についても同様に測定した。
【0058】
各サンプルの
1H NMRスペクトルを
図8に示す。THGPオクタマーとNaHSとの混合溶液の
1H NMRスペクトルでは、THGPに由来する1.56 ppm(Ge-CH
2起因)及び2.47 ppm (CH
2-COO
-起因)のトリプレットシグナル以外に、1.40 ppm及び2.39 ppmに新たなシグナルが観測された。NaHS単独では上記の化学シフト付近にスペクトルを持たないことから、新たに観測されたシグナルはTHGPとNaHSとの複合体由来であることが示唆された。この結果はTHGPオクタマーに代えてGe-132を用いた場合の
1H NMRスペクトルと一致しており、THGPオクタマーはGe-132と同様にTHGPを生成してNaHSとの反応性を示すことが明らかとなった。