(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6887328
(24)【登録日】2021年5月20日
(45)【発行日】2021年6月16日
(54)【発明の名称】制震デバイス用鋳鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20210603BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20210603BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20210603BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20210603BHJP
C21D 1/32 20060101ALI20210603BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/18
C22C38/60
C21D6/00 E
C21D1/32
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-133459(P2017-133459)
(22)【出願日】2017年7月7日
(65)【公開番号】特開2019-14942(P2019-14942A)
(43)【公開日】2019年1月31日
【審査請求日】2020年4月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231855
【氏名又は名称】日本鋳造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099944
【弁理士】
【氏名又は名称】高山 宏志
(72)【発明者】
【氏名】算用子 将弘
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 圭
(72)【発明者】
【氏名】劉 志民
(72)【発明者】
【氏名】半田 卓雄
【審査官】
鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−023410(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第104233058(CN,A)
【文献】
特開2000−109953(JP,A)
【文献】
特開2007−146248(JP,A)
【文献】
特開2004−043856(JP,A)
【文献】
特開平09−003595(JP,A)
【文献】
特開平07−197120(JP,A)
【文献】
特開平06−256852(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 6/00
C21D 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.005〜0.060%、
Si:0.1〜0.4%、
Mn:0.1〜0.7%、
P:0.015%以下、
Cr:0.10%未満、
Al:0.02〜0.10%、
N:0.01%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、フェライト粒内および粒界に析出するセメンタイト粒径が25μm以下であることを特徴とする地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼。
【請求項2】
Cの含有量が0.005〜0.030%であることを特徴とする請求項1に記載の地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼。
【請求項3】
さらに質量%で、Ni:0.1〜0.5%を含有し、かつP、Sb、Sn、Asの含有量(質量%)をそれぞれ[P]、[Sb]、[Sn]、[As]と表した場合に、以下の(I)式で示されるX-barが20未満であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼。
X-bar=(10[P]+5[Sb]+4[Sn]+[As])×100・・・(I)
(ただし、(I)式中、[P]、[Sb]、[Sn]、[As]は、各元素の含有量(質量%)である。)
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の成分組成を有する鋳鋼を、910〜1050℃に加熱し、140℃/min以上の平均冷却速度で240℃以下まで冷却後、240℃超え400℃以下に再加熱することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優先的に塑性変形して地震エネルギーを吸収し、主要構造部の損傷を抑止する制震デバイスに適用される地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地震による建築構造物への被害を軽減するため、制震デバイスに地震のエネルギーを吸収させる方法が用いられている。このような制震デバイスには金属系やゴム系、オイル系などがあり、このうち金属系制震デバイスは比較的小さな変位で地震のエネルギーを大きく吸収することが特徴である。
【0003】
金属系制震デバイスは金属の塑性変形を利用し、地震で生じた構造物の運動エネルギーを吸収して減衰させる。その地震エネルギー吸収量は単位体積あたりの塑性仕事と塑性変形部体積の積で評価することができる。このため、構成材の単位体積あたりの塑性仕事が同じであれば制震デバイスの塑性変形部体積つまり構成材の肉厚が大きいほど地震エネルギー吸収性能に優れていると判断される。単位体積あたりの塑性仕事は変形時の応力をひずみで積分した値で評価することができ、塑性変形開始応力が高く、ひずみが大きいほど大きくなる。
【0004】
しかし、制震デバイスは大地震の際に主要構造部より先に変形する必要があるため、塑性変形開始応力は低く抑える必要があり、単位体積あたりの塑性仕事を高めるためには構成材をなるべく破断させずに変形させるしかなく、延性が高い構成材が必要となる。一方、制震デバイスはその用途上衝撃的な変形荷重を受けるため、想定した地震エネルギー吸収性能および変形挙動を得るためには優れた靭性をもつ構成材が要求される。延性が高い材料であっても靭性が低いとひずみ速度が速い条件ではほとんど変形せずに脆性破断することが知られていることから、構成材には、延性が高くかつ靱性も高いことが要求される。
【0005】
ただし、構成材の靭性が優れていても、溶接部などの接合部は低サイクル疲労破壊が起きやすいため、繰返し変形荷重を受ける制震デバイスは、設計された大型肉厚のデバイス形状で一体成形可能なことが求められる。また座屈などによって想定外の変形をさせないためにも構成材は任意形状で製造可能なことが望ましい。
【0006】
金属系の制震デバイスには低降伏点鋼、SN材、鉛などが用いられているが、これらの中では、低降伏点鋼が、毒性を考慮しなくてよい点、比較的安価である点、塑性変形開始応力と引張強さが低い点、延性が高い点等の優れた特徴を有していることから、制震デバイスとして広く利用されている。
【0007】
低降伏点鋼としては、純鉄に近い成分の鋼に焼準処理を行い、結晶粒を粗大化させる方法が提案されている(例えば、特許文献1や特許文献2)。しかし、これらの方法はCを0.005%以下と極端に低減する必要があり、添加元素がほとんどないにもかかわらず、製造コストが増大する問題がある。また、結晶粒が粗大である弊害として靭性が低くなりやすい問題もある。
【0008】
一方、特許文献3、4には、Cを極端に低減することなしに、Ti、Nb等の炭窒化物を生成させることで実効的なCとNを低減し、靭性に優れる低降伏点鋼を得る方法が開示されている。しかし、Ti、Nbを添加する分製造コストは増大し、さらにTi、Nb等の炭窒化物は析出強化作用が大きいためC、N量とTi、Nb等の添加量を同時に適切に制御する必要があり、製造コストと製造負荷が増大する問題がある。
【0009】
Cの極端な低減や、添加元素の割合を制御することなく、熱処理による組織制御で靭性に優れる低降伏点鋼を得ることができる技術が特許文献5や特許文献6に提案されている。これらには、オーステナイト単相からの焼入れにより、フェライト粒度を小さくして高靭性とし、500℃以上で高温焼戻しを行い適切な組織に再結晶させることで製造コストを増大させずに靭性に優れる低降伏点鋼が得られるとしている。
【0010】
しかし、特許文献5の実施例で示される最大板厚は25mmと薄く、一般に厚肉となるほど結晶粒が粗大化し靭性が低下するため、厚肉では優れた靭性が得られないおそれがある。また、冷却速度10℃/s以上で冷却後、0.2〜5℃/sの昇温速度で500〜700℃の温度域に保持する必要があり、特殊な設備がなければその温度変化を実現できない。
【0011】
特許文献6では、焼入れ後700〜730℃で焼戻し、細粒化が顕著な表面付近だけ再結晶により軟化させることで、板厚30mm以上の延性と靭性に優れる低降伏点鋼板が得られている。しかし、表面付近だけ再結晶するということは内部の残留応力除去が不十分な可能性があり、残留応力により制震デバイスが想定した変形挙動を示さないおそれがある。一方、内部まで残留応力除去できる時間で焼戻しを行なうと700〜730℃では板状セメンタイトの成長が進むため、表面付近で十分な靭性が得られないおそれがある。また、熱間圧延が必要であり鋼材形状が板や棒に限定されてしまうため、希望する制震デバイス形状が複雑な場合は切削加工による製造コスト増大が避けられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平05−320760号公報
【特許文献2】特開平05−320761号公報
【特許文献3】特開平11−229076号公報
【特許文献4】特開2000−109953号公報
【特許文献5】特開2005−023410号公報
【特許文献6】特開2007−146248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、肉厚で、塑性変形開始応力および引張強さが低く、延性と靱性に優れ、所望の形状を、製造負担および製造コストを増加させることなく得ることができる、地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、C含有量を製造コストに悪影響を与えない範囲としつつ、フェライト粒内および粒界のセメンタイトを粗大化しないようにセメンタイトの形態制御をした鋳鋼が有効であることを見出した。
【0015】
本発明は、このような知見に基づいてなされたもので、以下の(1)〜(4)を提供する。
【0016】
(1)質量%で、
C:0.005〜0.060%
Si:0.1〜0.4%
Mn:0.1〜0.7%
P:0.015%以下
Cr:0.10%未満
Al:0.02〜0.10%
N:0.01%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、フェライト粒内および粒界に析出するセメンタイト粒径が25μm以下であることを特徴とする地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼。
【0017】
(2)Cの含有量が0.005〜0.030%であることを特徴とする(1)に記載の地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼。
【0018】
(3)さらに質量%で、Ni:0.1〜0.5%を含有し、かつP、Sb、Sn、Asの含有量(質量%)をそれぞれ[P]、[Sb]、[Sn]、[As]と表した場合に、以下の(I)式で示されるX-barが20未満であることを特徴とする(1)または(2)に記載の地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼。
X-bar=(10[P]+5[Sb]+4[Sn]+[As])×100・・・(I)
(ただし、(I)式中、[P]、[Sb]、[Sn]、[As]は、各元素の含有量(質量%)である。)
【0019】
(4)上記(1)から(3)のいずれかに記載の成分組成を有する
鋳鋼を、910〜1050℃に加熱し、140℃/min以上の平均冷却速度で240℃以下まで冷却後、240℃超え400℃以下に再加熱することを特徴とする
上記(1)から(3)のいずれかに記載の地震エネルギー吸収性能に優れる制震デバイス用鋳鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、塑性変形開始応力および引張強さが低く、延性と靱性に優れ、所望の形状を、製造負担および製造コストを増加させることなく得ることができる、地震エネルギー吸収性能に優れた制震デバイス用鋳鋼およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】実施例の鋳造No.1を950℃から溶体化処理し、400℃で応力除去焼鈍しを行なった組織を示すSEM写真である。
【
図2】実施例の試料No.02〜08、試料No.13〜23から求めた平均冷却速度と吸収エネルギーの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明における限定理由について、成分組成、組織、製造条件に分けて説明する。なお、以下の説明において、特に断わらない限り成分における%表示は質量%である。
【0023】
[成分組成]
・C:0.005〜0.060%
Cは固溶強化、転位の固着および結晶粒微細化により塑性変形開始応力を上昇させ、伸びを低下させ、脆性遷移温度を上昇させる作用がある。さらにFeと結合して硬く脆く割れやすいセメンタイトを形成し、衝撃荷重によってクラック発生の原因となり靭性を低下させる。降伏点を低くし破断伸びを高くし遷移温度を低くするためにはCの低減が有効である。しかし、Cを0.005%未満とすると製造負荷が大きくなり製造コストが増大するだけでなく、結晶粒が粗大化し優れた靭性が得られなくなる。一方0.060%を超える添加は応力除去焼鈍しにおいて粒界上の板状セメンタイトが粗大化し優れた靭性が得られなくなる。したがって、C含有量を0.005〜0.060%の範囲とする。Cが増大するほどセメンタイト径は大きくなる傾向があるため、C含有量のより好ましい範囲は0.005〜0.030%である。
【0024】
・Si:0.10〜0.40%
Siは脱酸および固溶強化により塑性変形開始応力を調整する目的で添加する。しかし、Siは脆性遷移温度を上昇させる作用があり0.40%を超えると脆性遷移温度が室温付近となってしまう。脱酸の効果を得るためには0.10%以上の添加が必要である。したがって、Si含有量を0.10〜0.40%の範囲とする。
【0025】
・Mn:0.10〜0.70%
Mnは脱酸および固溶強化、結晶粒微細化により塑性変形開始応力を調整、脆性遷移温度を低下させる目的で添加する。脱酸の効果を得るためには0.10%以上の添加が必要である。しかし、0.70%を超えると塑性変形開始応力が高くなり過ぎてしまう。したがって、Mn含有量を0.10〜0.70%の範囲とする。
【0026】
・P:0.015%以下
Pは本発明において不純物であり、脆性遷移温度を上昇させる作用が非常に大きく、0.015%を超えると脆性遷移温度が室温付近となってしまう。したがって、P含有量を0.015%以下とする。
【0027】
・Cr:0.1%未満
Crは本発明において不純物であり、焼戻し脆性を促進する作用がある。ただし、0.1%未満では焼戻し脆性を促進する作用は見られない。したがって、Cr含有量を0.1%未満とする。
【0028】
・Al:0.02〜0.10%
Alは脱酸およびAlN生成による固溶N低減を目的に添加し、それらの効果を十分得るためには0.02%以上の添加を必要とする。しかし、0.10%を超える添加ではその効果が飽和する。したがって、Al含有量を0.02〜0.10%とする。
【0029】
・N:0.010%以下
Nは本発明において不純物であり、固溶強化と転位の固着により塑性変形開始応力を上昇させ、伸びを低下させる。その含有量が0.010%以下であると、AlN生成によって、固溶Nの量を上記の影響を無視できる水準まで低下させることが可能である。したがって、N含有量を0.010%以下とする。
【0030】
・Ni:0.1〜0.5%
Niは結晶粒微細化により塑性変形開始応力を上昇、脆性遷移温度を低下させる元素であり、必要に応じて添加することができるが、焼戻し脆性を促進する作用があり、添加する場合は不純物を管理する必要がある。塑性変形開始応力を上昇、脆性遷移温度を低下させるためには0.1%以上の添加を必要とする。しかし、Niはレアメタルであり0.5%を超える添加は製造コストの増加が無視できなる。したがって、Niを添加する場合には、その含有量を0.1〜0.5%とする。
【0031】
・X-bar:20未満
X-barは、以下の(I)式で表される値であり、焼戻し脆性感受性の指標である。NiやCrを一定量含有する合金では低温焼戻し脆性が生じる場合があることが知られており、X-barが20以上だと脆化が起きる危険性があると判断される。したがって、上記範囲でNiを添加する場合には、X-barを20未満とする。
X-bar=(10[P]+5[Sb]+4[Sn]+[As])×100・・・(I)
(ただし、(I)式中、[P]、[Sb]、[Sn]、[As]は、各元素の含有量(質量%)である。)
【0032】
上記以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0033】
[ミクロ組織]
次に、ミクロ組織について説明する。
本発明の合金のミクロ組織は、フェライト粒内および粒界にセメンタイトが25μm以下の粒径で析出した組織である。セメンタイトの析出形態を熱処理によって制御し25μm以下とすることで、Cの含有量を製造コストに悪影響を与えない範囲としつつ、延性と靭性に優れる制震デバイス用鋳鋼を得ることができる。
【0034】
通常、セメンタイトは粒界に優先生成し板形状に粗大に成長する。セメンタイトは硬く脆く割れやすいため、応力が負荷されるとフェライトとの界面で剥離、またはセメンタイト自体が割れることで容易にクラックを生成する。生成したクラックに一定以上の応力が負荷されるとクラックは成長し、結晶粒界や双晶境界などで抵抗を受けても成長を停止しない場合、脆性破壊を引き起こす。
【0035】
塑性変形を伴う材料におけるクラック成長の指標として(II)式に示されるGriffith−Orowan−Irwinの条件があり、(II)式を満たしたときクラックが成長すると判断される。
σ≧σ
C=(4EΓ÷πL)
1/2・・・(II)
(ただし(II)式中、σはクラック面に垂直な応力、σ
cは脆性破壊に至る応力、Eはヤング率、Γは有効表面エネルギー、Lはクラック長さである。)
【0036】
例えば(II)式中のE=200GN/mm
2、Γ=40N・mm/mm
2であるとき、L=1μmでσ
C=3192N/mm
2、L=10μmでσ
C=1009N/mm
2、L=100μmでσ
C=319N/mm
2となる。つまり、クラックの長さが短いほど脆性破壊に至る応力σ
cの値が大きくなっており、このことから、クラックの発生原因であるセメンタイトが存在しないかその大きさが小さいほど、脆性破壊しにくくなることが示唆される。
【0037】
セメンタイトを析出させない手法として、含有C量を固溶限以下に低減する方法が考えられるが、製造コストが増加するにもかかわらず、徐冷ではC量が0.005%でも板状セメンタイトを析出してしまい、結晶粒粗大化の影響もあり靭性が低下する。
【0038】
セメンタイトを析出させない他の手法として、オーステナイト状態で完全に固溶したCを急冷によりフェライト中に過飽和に固溶させることが考えられるが、急冷状態では残留応力により制震デバイスが想定した変形挙動を示さないおそれがあり、応力除去焼鈍しが必須となる。しかし、応力除去可能な温度で保持すると結局セメンタイトが析出してしまう。
【0039】
つまり、Ti、Nb等の炭化物生成元素を添加しない上記成分組成では、セメンタイトを析出させないことは現実的ではない。
【0040】
そこで、セメンタイトが析出したとしてもその大きさを小さくすることを検討した。まず、その手法について検討したところ、空孔を大量に含みかつCを過飽和に固溶したフェライトを、通常は低温焼戻し脆性が発生するとして避けられている温度域で応力除去焼鈍することで、フェライト粒内および粒界にセメンタイトが微細に析出した組織が得られると判明した。また、この手法によりセメンタイトを微細化して、セメンタイト粒径と脆性破壊発生の有無を調査した結果、セメンタイトの最大粒径が25μm以下で脆性破壊しないことが判明した。
【0041】
[製造条件]
次に、製造条件について説明する。
前述の成分組成範囲の合金でフェライト粒内および粒界にセメンタイトが25μm以下の粒径で析出する組織を得るためには、910〜1050℃で加熱し、140℃/min以上の平均冷却速度で240℃以下まで冷却し、その後、240℃超え400℃以下の温度域に保持する。
【0042】
・910〜1050℃で加熱
この加熱処理はCの溶体化処理であり、組織を一様なオーステナイトにし、Cを均一に固溶するためのものである。しかし、加熱温度が910℃未満では一様なオーステナイト組織が得られず、Cの分布に濃淡を生じ応力除去焼鈍しでセメンタイトが粗大化し靭性が低下する。一方、1050℃超えに加熱すると、結晶粒が粗大化して靭性が低下しやすくなる。したがって、Cの溶体化のための加熱温度は910〜1050℃とする。
【0043】
・140℃/min以上の平均冷却速度で240℃以下まで冷却
Cを均一に固溶後急冷することで過飽和にCを固溶したフェライトが得られるが、その際に、凍結された空孔を応力除去焼鈍しにおいてε炭化物やセメンタイトの粒内析出核として利用し、セメンタイトが微細に析出した組織を得る。粒内にセメンタイトを微細に析出させることで固溶Cを減少し、粒界に板状セメンタイトが生成することおよび成長して粗大化することを妨げることができる。240℃以下までの平均冷却速度が140℃/min未満では、粒内に導入される空孔の量が不十分であり、応力除去焼鈍しにおいて粒界上の板状セメンタイトが粗大化してしまい所期の吸収エネルギー
VE
0は得られない。したがって、240℃以下までの平均冷却速度を140℃/min以上とする。
【0044】
・240℃超え400℃以下に再加熱
この再加熱は、セメンタイトを粗大化させずに残留応力を大幅に減少させるために行われる焼戻し(応力除去焼鈍し)である。焼戻し温度が240℃未満では空孔はCによって固着されたままであり、所期の伸びが得られず、残留応力の減少が不十分なため制震デバイスが予期せぬ変形を生じる恐れが有る。一方、焼戻し温度が400℃を超えるとオストワルド成長により粒界上の板状セメンタイトが粗大化し優れた靭性が得られなくなる。したがって、焼戻し温度を240℃超え400℃以下とする。
【0045】
ところで、240〜400℃の焼戻しでは、低温焼戻し脆性が生じる場合があることが知られている。低温焼戻し脆性の原因は、粒界上の板状セメンタイトがグリフィスクラックを発生させることや、不純物が粒界に偏析することであるから、本発明のようにセメンタイトの大きさを小さく制御しても、不純物が粒界に偏析すれば低温焼戻し脆性が生じる可能性がある。NiやCrは焼戻し脆性を促進する作用があり、それらを含有する合金では不純物を管理しなければ焼戻し脆化が生じる。不純物による焼戻し脆性感受性の指標としては、上述したように、以下の(I)式に示すX-barがあり、X-bar>20のとき焼戻し脆化しやすいと判断される。そのため、本発明の合金(鋳鋼)において、上記範囲でNiを添加する場合はX-bar<20となるように不純物を管理する必要がある。
X-bar=(10[P]+5[Sb]+4[Sn]+[As])×100・・・(I)
(ただし(I)式中、[P]、[Sb]、[Sn]、[As]は各元素の含有量(質量%)である。)
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例について説明する。
表1に示す成分組成の鋼を高周波誘導炉で溶解し、板厚25〜300mmの供試材を鋳造した。これらの供試材を850〜1150℃に加熱後水冷し、100〜700℃で応力除去焼鈍しを行った。また、水冷処理における冷却速度は同一鋳造No.の同一寸法、同一熱処理工程であれば全て同じとして、鋳造No.1およびNo.2では試験片を採取しないダミーサンプルの温度測定結果より平均冷却速度を求めた。全てのダミーサンプルで肉厚中心部の温度変化は測定し、鋳造No.1の肉厚90mm、160mm、300mmに対応するダミーサンプルは表面近傍でも測定を行った。
【0047】
ダミーサンプル以外の全ての供試材の中心部からJIS Z 2241(2011)に記載の14A号試験片、JIS Z 2242(2005)に記載のノッチ深さ2mmのVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、引張試験、シャルピー衝撃試験を行った。鋳造No.1の肉厚90mm、160mm、300mmは表面近傍からも試験片を採取し、引張試験、シャルピー衝撃試験を行った。引張試験は2本、シャルピー衝撃試験は3本の試験を行い、平均値から機械的性質を求めた。引張特性は降伏点または0.2%耐力から塑性変形開始応力を求め、引張強さ、破断伸びも求めた。シャルピー衝撃特性については0℃での吸収エネルギーを求めた。また、SEM観察を行い、セメンタイトの大きさを観察した。
【0048】
試料の肉厚、冷却速度測定位置、溶体化温度、平均冷却速度、応力除去焼鈍し温度、組成変形開始応力、引張強さ、破断伸び、
vE
0、セメンタイト粒径を表2に示す。また、
図1に、鋳造No.1を950℃から溶体化処理し、400℃で応力除去焼鈍しを行なった組織のSEM写真を示す。
【0049】
なお、所望の制震デバイス用鋳鋼を得るための目標値として、塑性変形開始応力:170〜270N/mm
2、引張強さ:270〜370N/mm
2、破断伸び:35%以上、吸収エネルギー
VE
0:70J以上とした。
【0050】
表2から明らかなように、組成が本発明範囲であり、また、溶体化温度、冷却速度、応力除去焼鈍し温度が適正範囲である結果、セメンタイト粒径が本発明の範囲内である試料No.01〜12の鋳鋼は、目標である塑性変形開始応力:170〜270MPa、引張強さ:270〜370MPa、破断伸び:35%以上、吸収エネルギー
VE
0:70J以上を満たしている。
図1のSEM写真の観察視野は、本発明範囲の条件における研磨面内で最も大きいセメンタイトが観察された視野であるが、セメンタイトの最大粒径が25μm以下であることがわかる。他の試料についても同様に、セメンタイト粒径を把握した。
【0051】
一方、組成またはセメンタイト粒径(溶体化温度、冷却速度、応力除去焼鈍し温度)のいずれかが外れる比較例13〜32は、目標である塑性変形開始応力:170〜270MPa、引張強さ:270〜370MPa、破断伸び:35%以上、吸収エネルギー
VE
0:70J以上のいずれかを満たさなかった。なお、応力除去焼鈍し温度が200℃以下である条件の試料ではセメンタイトが観察されなかった。
【0052】
また、試料No.02〜08、試料No.13〜23から求めた平均冷却速度と吸収エネルギーの関係を
図2に示す。
図2から明らかなように、平均冷却速度が140℃/min以上であれば安定して高い吸収エネルギー
VE
0が得られ、平均冷却速度が140℃/min未満であると吸収エネルギー
VE
0は所期の値を満たせなくなる。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】