(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6887606
(24)【登録日】2021年5月21日
(45)【発行日】2021年6月16日
(54)【発明の名称】被覆部材、表面被覆金型、及び成膜方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20210603BHJP
B21D 37/01 20060101ALI20210603BHJP
B21D 37/20 20060101ALI20210603BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20210603BHJP
【FI】
C23C14/06 A
C23C14/06 L
B21D37/01
B21D37/20 Z
B23B27/14 A
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-549124(P2017-549124)
(86)(22)【出願日】2016年11月4日
(86)【国際出願番号】JP2016082803
(87)【国際公開番号】WO2017078138
(87)【国際公開日】20170511
【審査請求日】2019年9月19日
(31)【優先権主張番号】特願2015-217586(P2015-217586)
(32)【優先日】2015年11月5日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】398056218
【氏名又は名称】フジタ技研株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137394
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】北岸 靖拡
(72)【発明者】
【氏名】南条 吉保
(72)【発明者】
【氏名】岡▲崎▼ 健一
【審査官】
宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−371352(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/047548(WO,A1)
【文献】
特開2005−046975(JP,A)
【文献】
SANJINES,R. et al.,Hexagonal nitride coatings:electronic and mechanical properties of V2N,Cr2N and δ-MoN,Thin Solid Films,1998年,vol.332,p.225-229
【文献】
SANJINES,R. et al.,Chemical bonding and electronic structure in binary VNy and ternary T1-xVxNy nitrides,J.Appl.Phys.,1998年 2月 1日,Vol.83,第3号,p.1396-1402
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B21D 37/01
B21D 37/20
B23B 27/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に被膜を形成した被覆部材であって、
前記被膜は、銅Ka線のX線回折によって測定されたときに、回折角2θが29.9度以上30.3度以下の範囲、33.2度以上33.6度以下の範囲、及び、69.8度以上70.6度以下の範囲にそれぞれピークを示し、33.2度以上33.6度以下の範囲で最大強度を示すバナジウム系窒化膜である
被覆部材。
【請求項2】
前記被膜は、(VaM1−a)α(NbX1−b)β(但し、MはIVa族、バナジウム以外のVa族、VIa族、アルミニウム、ケイ素もしくはこれらの複合物であり、Xは炭素、酸素、ホウ素もしくはこれらの複合物であり、a及びbは0.8以上1以下であり、β/αの値がNaCl型結晶構造のバナジウム系被膜よりも大きいこと、を満足する)で表される金属化合物層である
請求項1に記載の被膜部材。
【請求項3】
前記被膜に加えて、NaCl型結晶構造を持つバナジウム系窒化膜
をさらに有し、
これらの被膜が混在している
請求項2に記載の被膜部材。
【請求項4】
金型本体と、
前記金型本体の表面の少なくとも一部を被覆する被膜と
を有し、
前記被膜は、銅Ka線のX線回折によって測定されたときに、回折角2θが29.9度以上30.3度以下の範囲、33.2度以上33.6度以下の範囲、及び、69.8度以上70.6度以下の範囲にそれぞれピークを示し、33.2度以上33.6度以下の範囲で最大強度を示すバナジウム系窒化膜である
表面被覆金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆部材、表面被覆金型、及び成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1には、イオンプレーティングにより無機基材の表面にVN膜を成膜する成膜方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−371352号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
より膜硬度の高い被膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る被膜部材は、基材の表面に被膜を形成した被覆部材であって、前記被膜は、結晶構造が六方晶系であるバナジウム系被膜である。
【0006】
また、本発明に係る被膜部材は、基材の表面に被膜を形成した被覆部材であって、前記被膜は、銅Ka線のX線回折によって測定されたときに、回折角2θが29.9度以上30.3度以下の範囲、33.2度以上33.6度以下の範囲、及び、69.8度以上70.6度以下の範囲にそれぞれピークを示し、33.2度以上33.6度以下の範囲で最大強度を示すバナジウム系被膜である。
【0007】
好適には、前記被膜は、(V
aM
1−a)
α(N
bX
1−b)
β(但し、Mは4a族、バナジウム以外の5a族、6a族、アルミニウム、ケイ素もしくはこれらの複合物であり、Xは炭素、酸素、ホウ素もしくはこれらの複合物であり、a及びbは0.8以上1以下であり、b/aの値がNaCl型結晶構造のバナジウム系被膜よりも大きいこと、を満足する)で表される金属化合物層である。
【0008】
好適には、前記被膜に加えて、NaCl型結晶構造を持つバナジウム系被膜をさらに有し、これらの被膜が混在している。
【0009】
また、本発明に係る被覆部材は、基材の表面に被膜を形成した被覆部材であって、前記被膜は、アークイオンプレーティング装置によって、成膜温度が100℃以上450℃以下であり、基材に掛けるバイアス電圧が80V以上300V以下であり、窒素のガス圧が2.0Pa以上8.0Pa以下であり、バナジウム金属を主な蒸発源とし、蒸発源から基材の対向面までの距離を180mm以上230mm以下として、蒸発源と基材との相対位置を固定して成膜した場合に、蒸発源に向かい合う基材の面に対して直交する面に形成されるバナジウム系被膜である。
【0010】
また、本発明に係る表面被覆金型は、金型本体と、前記金型本体の表面の少なくとも一部を被覆する被膜とを有し、前記被膜は、結晶構造が六方晶系であるバナジウム系被膜である。
【0011】
また、本発明に係る表面被覆金型は、金型本体と、前記金型本体の表面の少なくとも一部を被覆する被膜とを有し、前記被膜は、銅Ka線のX線回折によって測定されたときに、回折角2θが29.9度以上30.3度以下の範囲、33.2度以上33.6度以下の範囲、及び、69.8度以上70.6度以下の範囲にそれぞれピークを示し、33.2度以上33.6度以下の範囲で最大強度を示すバナジウム系被膜である。
なお、本願における「ピーク」とは、局所的に最大強度となる点を意味する。
【発明の効果】
【0012】
より膜硬度の高い被膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】AIP装置5による被膜形成を模式的に説明する図である。
【
図2】新規VN膜20が形成される基材10上の面を説明する図である。
【
図3】実施例1の対向面におけるX線回折データを示す図である。
【
図4】実施例1の直交面におけるX線回折データを示す図である。
【
図5】実施例2の対向面におけるX線回折データを示す図である。
【
図6】実施例2の直交面におけるX線回折データを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本発明がなされた背景を説明する。
金型や切削工具、治工具に耐摩耗性を付与するために、種々のコーティング膜が開発されている。特に高硬度膜は耐摩耗性が高く、TiCN膜やTiC膜、VC膜、TiAlN膜、さらには、Siを添加した膜など、膜のビッカース硬度(以下「HV」)3500前後の高硬度膜が利用されている。一般に、VN膜は、NaCl型結晶構造を有し、その硬度はHV2000からHV3000であり、上記の高硬度膜に比べて低く、単独で耐摩耗性のコーティング膜としてはあまり利用されていない。
なお、HV硬度は、JIS Z 2244に準じて測定された硬さを意味する。
【0015】
上記のような事情に鑑みて、金型や切削工具、治工具などに高い耐摩耗性を付与する高硬度な新規VN膜を提供する。
新規VN膜は、膜硬度がHV3000からHV5000であり、イオンプレーティング法によって、金型や切削工具の表面に形成される。
新規VN膜は、NaCl型結晶構造のVN膜とは異なり、銅Ka線でのX線回折の回折角2θで、29.9度以上30.3度以下の範囲、33.2度以上33.6度以下の範囲、及び、69.8度以上70.6度以下の範囲にそれぞれピークを示し、33.2度以上33.6度以下の範囲で最大強度を示すバナジウム系被膜である。つまり、本願の新規VN膜は、従来のVN膜(回折角2θが38度付近と44度付近と64度付近にピーク)とは異なる結晶構造を有し、従来のVN膜の膜硬度(HV2000からHV3000)よりも高い硬度を有する。
なお、新規VN膜は、バナジウムVに加えて、他の金属元素(M)を添加して、上記硬度を有する膜を得ることもできる。Vの含有率は、全金属元素に対して80%以上である。このような被膜は新規VMN膜と呼ぶことがある。本願において、バナジウム系被膜とは、バナジウムを主な金属とする被膜であり、VN膜及びVMN膜を含む概念である。
【0016】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照して説明する。新規VN膜20(後述)は、物理的気相成長法(PVD法)で形成される。より具体的には、イオンプレーティング法である。
図1は、AIP装置5による被膜形成を模式的に説明する図である。
図1に例示するように、AIP装置5は、基材10を設置するステージ500と、バナジウムのアーク蒸発源502と、バナジウム以外の金属のアーク蒸発源504と、アーク蒸発源に電圧を印加するアーク電源506と、ステージ500に電圧を印加するバイアス電源508と、ガス(窒素ガスなど)の分圧を計測調整するための流量計510と、真空ポンプ512と、真空チャンバー514とを含む。
AIP装置5は、上記構成によって、真空中のアーク放電を利用して、イオンプレーティング法により被膜を形成する。
特に、本実施形態では、アーク蒸発源502と、ステージ500(すなわち、基材10)との相対的な位置及び方向を固定して、被膜を形成する。
なお、本例では、バナジウムのアーク蒸発源502と、バナジウム以外の金属のアーク蒸発源504とを併用して、バナジウムを主とした合金で新規VN膜を形成する場合を具体例として説明する。
【0017】
図2は、新規VN膜20が形成される基材10上の面を説明する図である。
図2に例示するように、アーク蒸発源502と向かい合う基材10には、従来のVN膜22が形成され、この対向面と直交する直交面に新規VN膜20が形成される。
したがって、金型や切削工具(基材10)をステージ500に設置する際には、金型や切削工具(基材10)のうち、特に耐摩耗性が必要な表面を、アーク蒸発源502と向かい合う対向面に直交させて配置する。
【0018】
なお、本例の成膜方法は、成膜雰囲気に非常に敏感であり、NaCl型結晶構造をもつ従来のVN膜22と、新規VN膜20とが混在する。つまり、基材10の対向面には、主に従来のVN膜22が形成され、基材10の直交面には、主に新規VN膜20が形成されるが、条件によって従来のVN膜22と新規VN膜20の比率が変化する。また、混在する新規VN膜20は、従来のVN膜22よりも白い傾向にある。したがって、新規VN膜20は、本願の条件によって基材10に形成されたバナジウム系被膜のうち、相対的に白い領域の被膜と定義することもできる。
さらに、被膜内部の構造も単一の膜ではなく、NaCl型結晶構造をもつ従来のVN膜22と、新規VN膜20との多層膜となることが多い。基材10の直上は、従来のVN膜22であり、その上に新規VN膜20が積層されていることが多い。
【0019】
AIP装置5で成膜する場合、成膜温度は700℃以下が好ましく、基材10にかけるバイアス電圧(バイアス電源508の電圧)は、20Vから400Vであることが好ましい。また、成膜時の真空チャンバー514内の窒素のガス圧は1Paから20Paであることが好ましい。
より好ましくは、成膜温度が100℃以上450℃以下であり、基材10に掛けるバイアス電圧が80V以上300V以下であり、窒素のガス圧が2.0Pa以上8.0Pa以下であり、バナジウム金属のみをアーク蒸発源とし、アーク蒸発源502から基材10の対向面までの距離を180mm以上230mm以下として、アーク蒸発源502と基材10との相対位置を固定して、AIP装置5により、基材10の直交面に成膜する。
【0020】
(実施例1)
AIP装置5のステージ500に基材10を設置し、400℃に真空加熱後、バナジウム金属のアーク蒸発源502に、アーク電源506から80Aの電流を流してバナジウムを蒸発イオン化させ、基材10の電圧を−800Vでイオンボンバードを2分間行った。その後、窒素ガスを真空チャンバー514内に導入し、3Paに調圧した後、成膜温度を250℃まで低下させ、バイアス電圧を−80Vに下げて50分間成膜した。
基材10の対向面の膜硬度はHV2700であり、基材10の直交面の膜硬度はHV4000であった。この対向面のX線回折のデータ(回折角2θ)は
図3であり、この直交面のX線回折のデータ(回折角2θ)は
図4である。
図4には、新規VN膜20に特有の33.4度に強いピークが見られる。
【0021】
(実施例2)
実施例1と同様に基材10をセットし、イオンボンバードを行った。その後、窒素ガス5Pa、成膜温度300℃、バイアス電圧−80V、成膜時間40分の条件でVN膜を成膜した。成膜された基材10の膜硬度は、対向面でHV3800、直交面でHV4150であった。この対向面のX線回折のデータ(回折角2θ)が
図5であり、この直交面のX線回折のデータ(回折角2θ)が
図6である。
図5及び
図6からわかるように、対向面及び直交面ともに、新規VN膜20に特有の33.4度に強いピークが見られた。
【0022】
(実施例3)
実施例1と同様に基材10をセットし、イオンボンバードを行った。その後、窒素ガス7Pa、成膜温度200℃、バイアス電圧−300V、成膜時間40分の条件でVN膜を成膜した。成膜された基材10の膜硬度は、対向面でHV2000、直交面でHV4500であった。直交面が新規VN膜20である。
【0023】
(実施例4)
AIP装置5のアーク蒸発源502にバナジウム金属蒸発源を設置すると共に、隣のアーク蒸発源504にクロム金属蒸発源を設置して、
図1のように、複数の基材10をセットし、実施例1と同様にイオンボンバードを行った。その後、窒素ガス7Pa、成膜温度250℃、バイアス電圧−140V、成膜時間40分の条件で、バナジウム金属蒸発源とクロム金属蒸発源と共にアーク電流80Aで金属を蒸発イオン化させ、VCrN膜を成膜した。バナジウム金属蒸発源から遠ざかり、クロム金属蒸発源に近いほど、VCrN膜中のクロム含有量が高くなった(つまり、
図1の最上部の基材10の被膜がクロム含有量最大となった)。バナジウムに対するクロムの割合が10%と20%の被膜では、膜硬度がHV3000、30%の被膜では、膜硬度がHV2300であった。X線回折のデータ(回折角2θ)を見ると、クロムの割合が10%と20%の被膜は、新規VN膜20に特有の33.4℃に強いピークが見られ、新規VMN膜であると考えられる。
【0024】
(実施例の膜硬度HV)
図7は、各被膜の膜硬度の分布を表わす図である。
図7の「硬いVN」は、本願の実施例における新規VN膜20であり、「普通のVN」は、従来のVN膜22である。本図からも明らかなように、新規VN膜20は、飛躍的に膜硬度が向上したバナジウム系被膜であるといえる。
【0025】
(結晶構造の比較)
次に、新規VN膜20と従来のVN膜22の結晶構造を比較する。
図8は、従来のVN膜22のTEM像であり、
図9は、従来のVN膜22の電子回折図形である。
図10は、新規VN膜20のTEM像であり、
図11は、新規VN膜20の電子回折図形である。
図8に示すように、従来のVN膜22には、約20〜100nmの幅をもつ結晶粒が存在していた。
図9に示すように、従来のVN膜22の電子回折図形で、デバイ・リングが得られたことから、従来のVN膜22は、多結晶に近い状態である。その結晶構造は、面心立方構造(FCC)である。
一方、新規VN膜20には、
図10に示すように、約100〜300nmの幅をもつ結晶粒が存在していた。つまり、新規VN膜20は、従来のVN膜22よりも大きな結晶粒が分散した状態となっている。
さらに、新規VN膜20の電子回折図形では、
図11に示すように、デバイ・リングが見られず、方位が定まった結晶状態であることがわかる。新規VN膜20の結晶構造は、六方晶系であることがわかった。新規VN膜20の結晶構造の対称性は、6回回反軸であると考えられる。
このように、新規VN膜20を構成する結晶は、従来のVN膜22を構成する結晶と比較して、結晶粒径の点及び結晶構造の点で明らかに異なるものである。
【0026】
(好ましい用途)
次に、新規VN膜20の好ましい用途を例示する。
新規VN膜20は、高い硬度を有するため、例えば、高張力鋼板を塑性加工するための金型表面に適用できる。塑性加工は、例えば、曲げ加工、絞り加工、バーリング加工などである。
【0027】
以上説明したように、本実施形態の新規VN膜20は、従来のVN膜に比較して高い膜硬度を有する。したがって、この新規VN膜20で被膜された金型又は切削工具は、高い耐摩耗性を有する。
【符号の説明】
【0028】
5…AIP装置
10…基材
20…新規VN膜
500…ステージ
502,504…アーク蒸発源