(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、自閉症スペクトラム障害の治療に有効な新規な薬剤を提供することを目的とする。また、本発明はさらに、新規な精神疾患改善剤を提供することを目的とする。
本発明の更なる目的は、点鼻オキシトシンのような不安定性を克服した自閉症スペクトラム障害の治療薬を提供することである。
本発明の更なる目的は、中枢オキシトシン神経細胞を活性化し、それにより自閉症スペクトラム障害を治療しうる薬剤を提供することである。
本発明の他の目的は、社会性行動改善あるいは社会性促進あるいは抗不安・抗ストレス効果を奏するサプリメント若しくはそのような効果を奏する機能性食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、希少糖であるD−アルロースをマウスに経口投与すると、社会性行動の改善が見られることを見出した。また、D−アルロースの経口投与により、視床下部が活性化され、室傍核(PVN)と視索上核(SON)及び他の新規な部位のオキシトシンニューロン及びバソプレッシンニューロンが活性化されることも見出した。これらの結果は、D−アルロースの経口投与により、社会性行動向上、抗不安、抗ストレス、学習促進、抗肥満作用などが知られているオキシトシン及びバソプレッシンニューロンの機能が活性化されて、自閉症スペクトラム障害を改善し、抗不安、抗ストレス効果を奏することを示している。
【0007】
したがって、本発明は以下を提供する。
<1>D−アルロースを有効成分として含む、自閉症スペクトラム障害改善剤。
<2>D−アルロースを有効成分として含む、精神疾患改善剤。
<3>D−アルロースを有効成分として含む、社会性促進または社会性行動改善剤。
<4>D−アルロースを有効成分として含む、抗不安剤。
<5>D−アルロースを有効成分として含む、抗ストレス剤。
<6>D−アルロースを有効成分として含む、不安低減食品。
<7>D−アルロースを有効成分として含む、ストレス低減食品。
<8>D−アルロースを経口投与することによりオキシトシン及び/又はバソプレッシンの脳内分泌を促進し、それにより自閉症スペクトラム障害を改善し、または精神疾患を治療するための、<1>または<2>に記載の薬剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、自閉症スペクトラム障害に対する有効な薬剤を提供することができる。また、本発明はさらに新規な精神疾患改善剤を提供する。
本発明の薬剤は経口投与により効果を奏するため、点鼻オキシトシンのような投与ルートにおける不安定性を克服した自閉症スペクトラム障害の改善剤を提供することができる。
また、本発明の薬剤は、中枢オキシトシン神経細胞を活性化することができるため、点鼻オキシトシンにおける脳関門通過の問題を解消しうる。
本発明の他の目的は、社会性行動改善あるいは社会性促進あるいは抗不安・抗ストレス効果を奏するサプリメント若しくはそのような効果を奏する機能性食品を提供することである。
また本発明により、安全性、副作用の問題がなく、さらに経口投与でき、甘みがあるため、子供に摂取しやすい薬剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1A】本発明の薬剤の経口投与により、視床下部の特に室傍核(PVN)、視索上核(SON)、及び新領域において有意にc-Fos発現量を亢進させたことを示す。
【
図1B】マウス視床下部(Bregma-1.22 mm)のアトラスを示す。加えて、本発明で注目する領域名称が存在しない新規領域を図中に四角枠で示す。
【
図1C】本発明薬剤経口投与後のc-Fos免疫染色したマウス視床下部切片の顕微鏡写真を示す。図中の新領域と示す領域にc-Fos陽性(黒点)細胞が観察される。
【
図2A】本発明の薬剤の経口投与により、室傍核(PVN)のオキシトシン(OXT)ニューロンが活性化されたことを示す。薄く灰色に細胞質全体が光っている部分はオキシトシン陽性細胞であり、核内が小さく白く光っている部分はc-Fos蛋白発現を示している。
【
図2B】視床下部室傍核(PVN)オキシトシンニューロン中のc-Fos陽性ニューロンの割合(%)を示す。
【
図2C】本発明の薬剤の経口投与により、室傍核(PVN)のバソプレッシン(AVP)ニューロンが活性化されたことを示す。薄く灰色に細胞質全体が光っている部分はバソプレッシン陽性細胞であり、核内が小さく白く光っている部分はc-Fos蛋白発現を示している。
【
図2D】視床下部室傍核(PVN)バソプレッシンニューロン中のc-Fos陽性ニューロンの割合(%)を示す。
【
図3A】視床下部視索上核(SON)オキシトシン(OXT)及びバソプレッシン(AVP)ニューロンを活性化することを示す。薄く灰色に光っている部分はオキシトシンまたはバソプレッシン陽性細胞であり、白く光っている部分は細胞の核に存在するc-Fos蛋白発現を示している。
【
図3B】視床下部視索上核(SON)におけるオキシトシン及びバソプレッシンニューロン中のc-Fos陽性ニューロンの割合(%)を示す。
【
図4A】視床下部新領域のオキシトシン(OXT)(A-C)及びバソプレッシン(AVP)(D-F)ニューロンを活性化することを示す。薄く灰色に光っている部分はオキシトシンまたはバソプレッシン陽性細胞であり、白く光っている部分は細胞の核に存在するc-Fos蛋白発現を示している。
図A内のB、Cの拡大図を
図B、
図Cに示す。また、
図D中のE、Fの拡大図を
図E、Fに示す。
【
図4B】視床下部新領域におけるオキシトシン及びバソプレッシンニューロン中のc-Fos陽性ニューロンの割合(%)を示す。
【
図5A】本発明の薬剤を投与したマウスのオープンフィールドテストの様子を示す。
【
図5B】本発明の薬剤1g/kg及び3g/kgを経口投与したマウスのオープンフィールドテストの結果を示す。
【
図6A】本発明の薬剤を投与したマウスの社会性テストの様子及び結果を示す。
【
図6B】本発明の薬剤1g/kg及び3g/kgを経口投与したマウスの社会性テストの結果(探索行動回数及び探索行動時間)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<D−アルロース>
本発明の薬剤、サプリメント及び機能性食品の有効成分であるD−アルロースは、六単糖及びケトースに分類される単糖の一種である。また希少糖とも呼ばれる。D−アルロースの甘味度は砂糖の約70%であり、D-フルクトースと類似した上品で爽やかな甘味を有しているが、カロリーはほぼゼロである。
D−アルロースは、従来から公知のどのようなものでも使用することができ、その精製度を問わず、ズイナ等の植物から抽出したもの、アルカリ異性化法によりD−グルコースやD−フラクトースを原料に異性化したもの(例えば、松谷化学工業(株)製「レアシュガースウィート」)、微生物又はその組換体から得られる酵素(イソメラーゼやエピメラーゼ等)を利用する酵素法によりD−グルコースやD−フラクトースを原料として異性化したもの(例えば、松谷化学工業(株)製「Astraea Allulose」)などがあり、比較的容易に入手することができる。
【0011】
本発明の薬剤がその効果を発揮するためには、D−アルロースを経口摂取することが特に好ましい。D−アルロースは単独で使用することができ、ショ糖あるいはショ糖含有食品と同時に摂取したり、摂取後に投与する必要はない。
【0012】
<薬剤・サプリメント>
本発明の薬剤・サプリメントの剤型は特に限定されず、例えば、液状、タブレット状、顆粒状、粉末状、カプセル状、ゲル状、ゾル状のいずれであってもよく、また、製剤化は、公知の方法に従って行えばよく、有効成分のD−アルロースをデンプンやカルボキシメチルセルロースなどの薬学的に許容できる担体と混合し、さらに必要に応じて安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤などを添加することにより行うことができる。
また、経口投与に限らず注射剤、貼付剤、スプレー剤等による非経口投与も挙げられる。また、このような医薬製剤は、一般的賦形剤、安定剤、保存剤、結合剤、崩壊剤等の適当な添加剤を組み合わせて調製することができる。上記医薬品の投与形態のうち、好ましい形態は経口投与である。
【0013】
<機能性食品>
機能性食品の形態としては、特に限定されるものではないが、例えば、プリン、ゼリー、キャンディー、チョコレート、パン、ケーキ、クッキー、饅頭等の菓子類、生クリーム等の卵製品、機能性飲料、乳酸飲料、果汁飲料、炭酸飲料等の飲料、紅茶、インスタントコーヒー等の嗜好品、アイスクリーム、ヨーグルト、チーズ等の乳製品、フラワーペースト、果実のシロップ漬け等のペースト類、ハム、ソーセージ、ベーコン等の畜肉製品、魚肉ハム、魚肉ソーセージ等の水産加工製品、醤油、ソース、ドレッシング等の調味料等に使用することができる。
【0014】
また、流動食、成分栄養食、ドリンク栄養食品、経腸栄養食品等の機能性食品又は栄養補助食品としても使用することができ、その形態は特に限定されるものではないが、例えば、スポーツドリンクの場合は栄養バランス及び風味を良くするために、さらにアミノ酸、ビタミン類、ミネラル類等の栄養的添加物や組成物、香料、色素等を配合することも可能である。
【0015】
<D−アルロースの摂取量、摂取方法>
本発明のD−アルロースを有効成分とする薬剤、サプリメント及び機能性食品の摂取量は、その効果が得られる限り特に限定されるものではないが、例えば、マウスやラットでは、1回につき、体重1kg当たりD−アルロースとして0.07g〜5.0gを摂取することが好ましく、より好ましくは、0.1g〜4.0g、さらに好ましくは、0.15g〜3.5gの範囲であり、よりさらに好ましくは1.2g〜3.5gの範囲である。
ヒトに対しては、マウスやラットの摂取量よりも低い摂取量を用いることができ、例えば、10分の1程度の量で使用することができる。例えば、1回につき、体重1kg当たりD−アルロースとして、0.007g〜0.5gを摂取することが好ましく、より好ましくは、0.01g〜0.4g、さらに好ましくは、0.015g〜0.35gの範囲であり、よりさらに好ましくは0.12g〜0.35gの範囲である。ヒトの摂取量に関しては、対象者の健康状態、体重、年齢その他の条件も考慮して決定される。例えば、成人(60kg)1人当たり一度に摂取するD−アルロース量は10g〜12g(0.17g〜0.2g/kg)であってもよい。また、摂取するタイミングは、食前が好ましく、食前1時間以内に摂取することがさらに好ましく、食前15〜30分以内に摂取することがより好ましい。
【0016】
<その他の添加物>
特定の実施態様において、第2の活性剤は抗精神病薬、非定型精神病薬、アルツハイマー病の治療に有用な薬剤、又はコリンエステラーゼ阻害剤である。
特定の実施態様において、第2の活性剤は、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、TCA(三環系抗うつ剤)、又はMAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)を含むがこれらに限定されない抗うつ剤である。
【0017】
特定の実施態様において、第2の活性剤は、ルラシドン、オランザピン、リスペリドン、アリピプラゾール、アミスルピリド、アセナピン、ブロナンセリン、クロザピン、クロチアピン、イロペリドン、モサプラミン、パリペリドン、クエチアピン、レモキシプリド、セルチンドール、スルピリド、ジプラシドン、ゾテピン、ピマバンセリン、ロキサピン、ドネペジル、リバスチグミン、メマンチン、ガランタミン、タクリン、アンフェタミン、メチルフェニデート、アトモキセチン、モダフィニル、セルトラリン、フルオキセチン、デュロキセチン、ベンラファキシン、フェネルジン、セレギリン、イミプラミン、デシプラミン、クロミプラミン、又はL-ドーパである。
【0018】
本発明のサプリメント及び機能性食品には、D−アルロースの他に水溶性食物繊維を有効成分として含有してもよい。
水溶性食物繊維としてはペクチン、コンニャクマンナン、アルギン酸、グアーガム、寒天などの高粘性食物繊維、あるいは難消化性デキストリン、ポリデキストロース、グアーガム分解物などの低粘性食物繊維が例示される。
これらの中で、効果の観点から、特に難消化性デキストリン、グアーガム加水分解物、ポリデキストロース等が好ましい。
【0019】
これらのうち低粘性食物繊維が、取り扱い及び大腸までの移動時間が短い観点から好ましい。低粘性の水溶性食物繊維とは、50質量%以上の食物繊維を含有し、常温水に溶解して低粘性の溶液、おおむね5質量%水溶液で20mPas以下の粘度を示す溶液となる食物繊維素材を意味する。低粘性食物繊維としてより具体的には、難消化性デキストリン、グアーガム加水分解物、ポリデキストロース(例えばライテスなど)、ヘミセルロース由来の物などが挙げられる。
【0020】
難消化性デキストリンは、各種の澱粉、例えば馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉、コーンスターチ、小麦粉澱粉等を130℃以上で加熱分解し、これをアミラーゼで更に加水分解し、常法に従って、必要に応じ脱色、脱塩して製造したものである。食物繊維の平均分子量が500から3000程度、好ましくは1400〜2500、さらに好ましくは2000前後である。グルコース残基がα−1,4、α−1,6、β−1,2、β−1,3、β−1,6−グルコシド結合し、還元末端の一部はレボグルコサン(1,6−アンヒドログルコース)である、分岐構造の発達したデキストリンである。「ニュートリオース」(ロケット社製)、「パインファイバー」、「ファイバーソル2」(松谷化学工業株式会社製)の商品名で市販されている(”食品新素材フォーラム”NO.3(1995、食品新素材協議会編))。
【0021】
グアーガムの加水分解物はグアーガムを酵素により加水分解したもので、その性状は通常低粘性で冷水可溶、水溶液は中性で無色透明である。グアーガム加水分解物としては、「サンファイバー」(太陽化学社)、「ファイバロン」(大日本製薬社)の商品名で市販されている。
ヘミセルロース由来の物は、通常コーンの外皮からアルカリで抽出し、精製して製造されたもので、平均分子量は約20万と大きいが、5%水溶液の粘度は10cps程度と低く、水に溶けて透明な液になる。ヘミセルロース由来の物は「セルエース」(日本食品化工社)の商品名で市販されている。
ポリデキストロース(ライテス)はブドウ糖とソルビトールをクエン酸の存在下で液圧加熱して重合させ、精製したものであり、水溶性で低粘性である。「ライテス」(ファイザー社)として市販されている。
これら低粘性の水溶性食物繊維の中でも、難消化性デキストリンが最も効果的で好ましい。
【0022】
<自閉症スペクトラム障害改善剤>
本発明の第一の実施態様は、D−アルロースを有効成分として含む、自閉症スペクトラム障害改善剤である。
自閉症スペクトラム障害(ASD)とは、精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)上における、様々な神経発達症(Neurodevelopmental disorder)の分類である。社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害と、限定された反復する様式の行動、興味、活動の二つの概念を特徴とし、軽度から重度にいたるスペクトラムとして定義される。
本発明の薬剤は、以前のDSM-IV (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-IV)では、自閉症、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害、小児期崩壊性障害などと分類されていた、社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害を改善する薬剤である。
【0023】
オープンフィールドテスト
遺伝子改変マウスの表現型解析に使用される情動や記憶学習などの高次脳機能を評価するためのテストが従来から開発されており、これらのテストは、ASDの疾患解析や治療剤の開発のために使用されている。
オープンフィールドテスト(Open filed test)は新奇環境下での自発的な活動性を測定するテストである。マウスにとって新奇で広く明るい環境であるオープンフィールドの中にマウスを入れ、一定時間自由に探索させる。オープンフィールドの形状は円形あるいは正方形であり、大きさは正方形の場合には一辺が1mを越えるものから30cm以下のものまでさまざまなものがある。探索的活動能力の計測の場合は5分程度の実験時間が一般的であり、顕著な過活動や休止状態などはこのような短時間の観察で検出することができる。また、長時間にわたって記録することで、新奇環境下での動物の行動の時間経過による変化を観察することができる。マウスは30分から2時間程度でオープンフィールドの環境に馴化するとされているため、30分から3時間の間で実験時間が設定されることが多い。移動距離、立ち上がり回数、常同行動、中央区画滞在時間などを測定し、新奇環境における自発的活動性や不安様行動などを評価する。オープンフィールドテストは、薬物に対する反応性を検査するためにもよく用いられる。
【0024】
ソーシャル・インタラクション テスト
社会性テスト(ソーシャル・インタラクション テスト(Social interaction test)ともいう)は、社会性を調べるために、初めて遭遇する2個体のマウスを用いたオープンフィールドテストである。基本的な手順としては、1個体のオープンフィールドテストと同じである。ただし、行動観察開始時点で、フィールドの対角にそれぞれマウスを置き、そして、10分間の動画を撮影する。2個体間のにおい嗅ぎ (Sniffing)や毛づくろい(Grooming)、攻撃(Attack)や尾振り回し(Tail-rattling)などの社会的行動頻度や、時間を計測することで、マウスの社会性について評価しようとするものである。
【0025】
自閉症における対人関係及び社会性の障害に対する効果を確認することができるため、オープンフィールドテスト及び社会性試験を組み合わせた結果は、薬剤のASDの改善作用を評価する上で有効である(Silverman, J.L., Yang, M., Lord, C., and Crawley, J.N. (2010). Behavioural phenotyping assays for mouse models of autism. Nat. Rev. Neurosci. 11, 490-502.)。
【0026】
本発明の薬剤を用いてオープンフィールドテスト及び社会性テストを行ったところ、本発明の薬剤を投与したマウスは、生理食塩水を投与したコントロールマウスと比べて優位に不安が減少し(
図6A〜6B)、また社交性が優位に亢進したことから(
図7A〜7B)、ASDの改善剤として機能することが示唆された。
【0027】
視床下部におけるニューロンの活性化
また、本発明の薬剤のASD改善作用に関連して、本発明の薬剤のオキシトシンニューロン及びバソプレッシンニューロンへの作用を確認する試験を行なった。
下垂体後葉ホルモンとて知られるオキシトシンは、視床下部室傍核(PVN)、視索上核(SON)ニューロンで合成され、その神経終末が下垂体後葉まで投射して血中に分泌され、分娩と射乳を促進することが報告されている。オキシトシンは脳内神経伝達としても機能しており、オキシトシンニューロンの一部は、脳内に投射し、中枢神経機能を発揮する。中枢オキシトシン機能として、社会性行動向上((1)Bales et al., "Long-term exposure to intranasal oxytocin in a mouse autism model", Transl. Psychiatry 2014;4:e480、(2) Huang et. al., "Chronic and acute intranasal oxytocin produce divergent social effects in mice." Neuropsychopharmacology, 2014;39:1102-1114)、抗不安、抗ストレス、学習促進、抗肥満作用などが報告されている(Meyer-Lindenberg A. et al., Nat Rev Neurosci. 2011, 12(9):524-38、Blevins JE and Baskin DG, Physiol Behav. 2015 152(Pt B):438-49)。
バソプレッシンもオキシトシンと同様、視床下部室傍核、視索上核で合成される下垂体後葉ホルモンである。バソプレッシンもオキシトシン同様に、統合失調症や自閉症なのどの精神機能に関連することが知られている(文献:江頭伸昭ら、日薬理誌、2009、134、3-7。Meyer-Lindenberg A. et al., Nat Rev Neurosci. 2011, 12(9):524-38.)。バソプレッシンがオキシトシンと類似の精神機能を有する理由の一つとして、バソプレッシンがその受容体であるバソプレッシン受容体(V1a、V1b、V2)意外にも、オキシトシン受容体に作用しやすいことが考えられる(文献:Koshimazu T. et al., Physiol Rev 92: 1813-1864, 2012)。加えて、中枢に発現するバソプレッシン受容体(V1a、V1b)も社会性行動やうつ、不安などの精神機能に関与することが報告されてきた(Egashira N et al., J Pharmacol Sci. 2009,109,44-49)。
【0028】
本発明の薬剤を経口投与することにより、求心性迷走神経を介して脳へ情報伝達をし、満腹感を誘導し、摂食量を低下させることが知られている(特開2015−164900号)。しかし、本発明の薬剤の経口投与が脳のどの領域に作用するのか、特に視床下部やオキシトシン、バソプレッシンニューロンの関与は全く分かっていない。そこで、社会性、不安、ストレス、学習、摂食や代謝に関連する視床下部に注目し、本発明の薬剤の経口投与による視床下部活性化領域を解析した。
本発明の薬剤の経口投与により、視床下部の室傍核(PVN)、視索上核(SON)、及び腹内側核よりさらに腹側に存在するアトラスでは同定されていない新たな領域(新領域)にc-Fosの発現亢進が見られた(
図1A〜1D)。
【0029】
本発明の薬剤の経口投与は、室傍核(PVN)オキシトシン(OXT)ニューロンで有意にc-Fos発現量を増加させ、活性化することが分かった(
図2A及び2B)。
図2Aにおいて薄い灰色部分がオキシトシン陽性細胞であり、白く光っている部分がオキシトシン陽性細胞の核内に存在するc-Fos蛋白の発現を意味する。
同様に、本発明の薬剤の経口投与により、室傍核(PVN)のバソプレッシン(AVP)ニューロンが活性化されることが見出された(
図2C及び2D)。
また、本発明の薬剤の経口投与により、視索上核(SON)のオキシトシン及びバソプレッシンニューロンが活性化されることも見出された(
図3A及び3B)。
本発明の薬剤の経口投与により活性化された視床下部の新領域について、まず、この領域に高頻度にオキシトシンとバソプレッシンニューロンが存在することを発見した。そして、本発明の薬剤の経口投与により、この新領域のオキシトシン及びバソプレッシンニューロンを活性化することを発見した(
図4A及び4B)。
【0030】
<精神疾患治療剤>
本発明の第二の実施態様は、D−アルロースを有効成分として含む、精神疾患治療剤である。
上述のとおり、本発明の薬剤は、オープンフィールドテスト及び社会性試験において、抗不安及び社会性を亢進する結果を示しており、また、中枢オキシトシンに対して作用することから、オキシトシン活性化が関連する他の精神疾患治療剤としても使用できることが示唆される。
すなわち、社会不安障害、境界性人格障害、統合失調症、記憶障害等の、中枢オキシトシンが関与すると考えられる精神疾患についても、本発明の薬剤により有効に改善しうることが明らかである。
【0031】
<抗不安剤・抗ストレス剤、不安低減食品、ストレス低減食品>
本発明の第三の実施態様は、D−アルロースを有効成分として含む、抗不安剤または抗ストレス剤である。
本発明の第四の実施態様は、D−アルロースを有効成分として含む、不安低減食品またはストレス低減食品である。
【0032】
本発明の実施の形態において、疾患が改善または軽減される期間は特に限定されないが、一時的な改善または軽減であってもよいし、一定期間の改善または軽減であってもよい。
【0033】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例1:D−アルロース経口投与における求心性迷走神経と脳の活性化領域の解析
D−アルロースの経口投与によって活性化される脳領域を、神経活性化マーカー(c-Fos)の発現量を免疫染色法にて解析した。c-Fosとは、immediate early geneの1種で、神経の活性化に伴い発現量が上昇する核内タンパク質であり、神経活性化マーカーとして利用できる。
実験動物としては、C57BL/6J雄性マウスを用い、個別ケージ内で1週間以上予備飼育及びハンドリングをして環境に順化させた。一晩絶食させたマウスに生理食塩水、もしくはD−アルロース(1、または3g/kg)を経口胃内投与後し、投与後90分に4%パラホルムアルデヒド溶液にて灌流固定し、脳を摘出した。臓器は4%パラホルムアルデヒド溶液にて後固定し、凍結切片標本を作製した。この凍結切片標本を用いてc-Fosの免疫染色を行った。オキシトシン/バソプレッシンとc-Fosとの二重免疫染色の場合は、4%パラホルムアルデヒド、0.2%ピクリン酸混合溶液にて灌流固定及び後固定をした。
得られた結果は
図1〜4に示されている。
得られた結果は平均値及び標準誤差で表し、統計学的検定はunpaired t-testを用い、*は危険率5%未満、**は危険率1%未満で表記した。
(統計学的検定は一元配置分散分析により解析後、control群に対してDunnett‘s検定を行い、*は危険率5%未満、**は危険率1%未満で表記した。)
【0035】
実施例2:行動試験
・動物
C57BL/6J 、雄、8週齢を自由摂食下、12時間明暗サイクルのもとで一週間飼育し、オープンフィールド、社会性試験に供した。試験前4日間ハンドリングとゾンデのトレーニングを行った。
【0036】
・オープンフィールド試験
試験開始、30分前にD−アルロース(1g/kgまたは3g/kg)または生理食塩水を、経口投与した。開放環境に対する不安行動を評価するため、マウスに新規飼育ケージ(27x27x20cm
3)内の探索をさせた。5分間の探索時間中の中央領域(9x9cm
3)滞在時間を計測した。n=10で行なったところ、
図5Bに示されるとおり、1g/kgでは有意な結果がでなかったが、3g/kgでは生理食塩水投与群に比べ有意に不安行動が改善されたことが示された(p<0.05 (t-test))。
【0037】
・社会性試験
オープンフィールドテストの30分後に、同性マウスに対する社会性を評価するため、マウスを初対面のマウス(新規マウス)とともに飼育ケージ(27x27x20cm
3)に置き、10分間の探索時間中の新規マウスに対する探索行動回数と時間を計測した。n=10で行なったところ、
図6Bに示されるとおり、1g/kg及び3g/kgの両試験で、生理食塩水投与群に比べ有意に不安行動が改善されたことが示された(p<0.05 (t-test))。
【0038】
オープンフィールド試験の結果、D−アルロース投与群は生理食塩水投与群に比べ有意に探索行動回数が増加し、かつ探索行動時間が延長された。従って、D−アルロース投与は環境不安に対する緩和効果を持つと考えられる。
社会性試験の結果、D−アルロース投与は新規マウスに対する探索行動の回数、時間の増加を示した。従ってD−アルロースは社会性行動の亢進に作用すると考えられる。