【実施例】
【0039】
以下のような精製工程、乾燥工程、水素還元処理工程、解砕前処理工程、解砕工程、および分級工程を経て、水潤滑剤組成物の原液を作製した。
【0040】
精製工程では、まず、ナノダイヤモンド粗成生物に対して酸処理を行った。具体的には、ナノダイヤモンド粗生成物たる空冷式爆轟法ナノダイヤモンド煤(ナノダイヤモンド一次粒子の粒径は4〜6nm,株式会社ダイセル製)200gと2Lの10質量%塩酸とを混合して得られたスラリーに対し、常圧条件での還流下で1時間の加熱処理を行った。この酸処理における加熱温度は85〜100℃である。次に、当該スラリーについて、冷却後、デカンテーションによって固形分(ナノダイヤモンド凝着体と煤を含む)の水洗を行った。沈殿液のpHが低pH側から2に至るまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行った。
【0041】
次に、精製工程の酸化処理を行った。具体的には、デカンテーション後の沈殿液に、2Lの60質量%硫酸水溶液と2Lの50質量%クロム酸水溶液とを加えてスラリーとした後、このスラリーに対し、常圧条件での還流下で5時間の加熱処理を行った。この酸化処理における加熱温度は120〜140℃である。次に、当該スラリーについて、冷却後、デカンテーションによって固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行った。水洗当初の上清液は着色しているところ、上清液が目視で透明になるまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行った。この水洗後の沈殿液に含まれているナノダイヤモンド凝着体について、粒径D50(メディアン径)は2μmであった。
【0042】
次に、精製工程のアルカリ過水処理を行った。具体的には、酸化処理後のデカンテーションによって得られた沈殿液に、1Lの10質量%水酸化ナトリウム水溶液と1Lの30質量%過酸化水素水溶液とを加えてスラリーとした後、このスラリーに対し、常圧条件での還流下で1時間の加熱処理を行った。この処理における加熱温度は50〜105℃である。アルカリ過水処理を経たスラリーについては、冷却後、デカンテーションによって上清を除いて沈殿液を得た。そして、当該沈殿液について塩酸を加えてpHを2.5に調整した後、当該沈殿液中の固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)について遠心沈降法による水洗を行った。具体的には、遠心分離装置を使用して当該沈殿液ないし懸濁液について固液分離を行う操作、その後に沈殿物と上清液とを分ける操作、および、その後に沈殿物に超純水を加えて懸濁する操作を含む一連の過程を、固形分濃度(ナノダイヤモンド濃度)6質量%に調整したときの懸濁液の電気伝導度が56μS/cmとなるまで、反復して行った。このような水洗後の溶液のpHは4.3であった。
【0043】
次に、乾燥工程を行った。具体的には、上述のアルカリ過水処理を経て得られたナノダイヤモンド含有液1000mLを、噴霧乾燥装置(商品名「スプレードライヤー B-290」,日本ビュッヒ株式会社製)を使用して噴霧乾燥に付した。これにより、50gのナノダイヤモンド粉体を得た。
【0044】
このような乾燥工程までを経たナノダイヤモンドについて、元素分析装置(商品名「JM10」,株式会社ジェイ・サイエンス製)を使用して元素分析を行ったところ、炭素元素、水素元素、窒素元素、および酸素元素の総量に占める割合について、炭素元素は80.5質量%、水素元素は1.4質量%、窒素元素は2.3質量%、酸素元素は15.8質量%であった。乾燥工程までを経たナノダイヤモンドについて、後記のようにしてゼータ電位を測定したところ、−47mV(pH7)であった。また、乾燥工程までを経たナノダイヤモンドについて、後記のようにしてFT-IR測定を行ったところ、
図4に示すFT-IRスペクトルが得られた。
図4のFT-IRスペクトルにおいて、横軸は測定に係る波数(cm
-1)を表し、縦軸は測定に係る透過率(%)を表す。
【0045】
次に、ガス雰囲気炉(商品名「ガス雰囲気チューブ炉 KTF045N1」,光洋サーモシステム株式会社製)を使用して水素還元処理工程を行った。具体的には、上述のようにして得られたナノダイヤモンド粉体50gをガス雰囲気炉の管状炉内に静置し、管状炉内を減圧し、10分間放置した後、アルゴンガスを用いて管状炉内をパージした。前記の減圧操作からアルゴンパージまでの過程を繰り返して合計3回行い、アルゴンガスを管状炉内に通流させ続けた。このようにして、炉内をアルゴン雰囲気に置換した。この後、通流ガスをアルゴンから水素(純度99.99体積%以上)へと切り替えて当該水素ガスの流量を4L/分とし、30分間、水素ガスを管状炉内に通流させ続けた。そして、炉内を、2時間かけて600℃まで昇温した後、5時間にわたり600℃に保持した。加熱を停止した後は、自然冷却した。炉内温度が室温に至った後、通流ガスを水素からアルゴンに切り替え、アルゴンガスを管状炉内に10時間通流させた。アルゴンガスの通流を停止し、30分間静置した後、炉内からナノダイヤモンド粉体を回収した。回収されたナノダイヤモンド粉体は44gであった。
【0046】
このような水素還元処理工程までを経たナノダイヤモンドについて、元素分析装置(商品名「JM10」,株式会社ジェイ・サイエンス製)を使用して元素分析を行ったところ、炭素元素、水素元素、窒素元素、および酸素元素の総量に占める割合について、炭素元素は86.7質量%、水素元素は1.5質量%、窒素元素は2.3質量%、酸素元素は9.5質量%であった。また、水素還元処理工程までを経たナノダイヤモンドについて、後記のようにしてFT-IR測定を行ったところ、
図5に示すFT-IRスペクトルが得られた。
図5のFT-IRスペクトルにおいて、横軸は測定に係る波数(cm
-1)を表し、縦軸は測定に係る透過率(%)を表す。
【0047】
次に、解砕前処理工程を行った。具体的には、まず、水素還元処理工程を経て得られた水素還元化ナノダイヤモンド粉体5.6gに超純水を加えて280gの懸濁液を得て、当該懸濁液を室温にてスターラーによって1時間撹拌することによってスラリーを得た。次に、当該スラリーについて遠心沈降法による洗浄を行った。具体的には、当該スラリーについて、20000×gで10分間の遠心分離によって固液分離を図った後、上清を除去した。次に、上清除去後の沈殿物に超純水を加えて280gの懸濁液を得て、当該懸濁液を室温にてスターラーによって1時間撹拌することによってスラリーを得た。次に、超音波照射器(商品名「超音波洗浄機 AS−3」,アズワン(AS ONE)社製)を使用して、当該スラリーに対して2時間の超音波洗浄処理を行った。これによって得られたスラリーについて、電気伝導度は35μS/cmであり、pHは9.41であった。
【0048】
次に、上述の解砕前処理工程にて得られたスラリー280gについて、ビーズミリング装置(商品名「ビーズミルRMB」,アイメックス株式会社製)を使用して、ビーズミリングによる解砕工程を行った。本工程においては、解砕メディアとして直径30μmのジルコニアビーズを用い、ミル容器内のスラリー280gへのジルコニアビーズ投入量は280mlとし、ミル容器内で回転駆動される回転翼の周速は8m/秒であり、ミリング時間は2時間とした。
【0049】
次に、分級工程を行った。具体的には、上述の解砕工程を経たスラリーから、遠心分離を利用した分級操作(20000×g,10分間)によって粗大粒子を除去した。以上のようにして、潤滑基剤としての水に水素還元化ナノダイヤモンド粒子が分散する水潤滑剤組成物の原液を作製した。この水潤滑剤組成物における水素還元化ナノダイヤモンド粒子について、その濃度(水潤滑剤組成物の固形分濃度)は1.4質量%であり、粒径D50(メディアン径)は6.0nmであり、電気伝導度は70μS/cmであり、pHは7.8であり、ゼータ電位は+48mVであった。
【0050】
〔実施例1〜6〕
以上のようにして作製した水潤滑剤組成物原液を超純水で希釈して、実施例1の水潤滑剤組成物(固形分濃度1質量%)、実施例2の水潤滑剤組成物(固形分濃度0.1質量%)、実施例3の水潤滑剤組成物(固形分濃度0.01質量%)、実施例4の水潤滑剤組成物(固形分濃度0.005質量%、即ち50質量ppm)、実施例5の水潤滑剤組成物(固形分濃度0.001質量%、即ち10質量ppm)、および実施例6の水潤滑剤組成物(固形分濃度0.0001質量%、即ち1質量ppm)を調製した。
【0051】
〈摩擦試験〉
実施例1〜6の水潤滑剤組成物ごとに、炭化ケイ素製のディスク基板(直径30mm,厚さ4mm)と炭化ケイ素製のボール(直径8mm)との間の潤滑に用いられた場合の摩擦係数を調べるための摩擦試験を行った。この摩擦試験は、ボールオンディスク型の滑り摩擦試験機を使用して行った。具体的には、試験開始時にディスク基板表面に400μlの水潤滑剤組成物を滴下し、当該ディスク基板表面にボールを当接させつつディスク基板を回転させた。これにより、ボールは、相対的に、ディスク基板表面を滑動することとなる。この摩擦試験において、試験温度は室温とし、ディスク基板表面に対するボールの荷重は10Nとし、ディスク基板表面におけるボールの滑り速度は100mm/秒とし、ディスク基板表面におけるボールの相対的な滑り総距離は100mとし、滑り距離90〜100mにおける摩擦係数の平均値を各水潤滑剤組成物の摩擦係数(μ)として得た。実施例1〜6の各水潤滑剤組成物の示した摩擦係数(μ)は、0.19(実施例1)、0.16(実施例2)、0.094(実施例3)、0.059(実施例4)、0.011(実施例5)、および0.021(実施例6)であった。これらの結果を
図6のグラフにまとめる。
図6のグラフにおいて、横軸は、自然対数目盛で水潤滑剤組成物の固形分濃度(質量%)を表し、縦軸は、測定に係る摩擦係数(μ)を表す。また、実施例1〜6の代わりに純水を用いたこと以外は同様の手法および条件で摩擦試験を行ったところ、摩擦係数(μ)は0.21を示した。
【0052】
〈ナノダイヤモンド濃度〉
ナノダイヤモンド分散液中のナノダイヤモンド含有量は、秤量した分散液3〜5gの当該秤量値と、当該秤量分散液から加熱によって水分を蒸発させた後に残留する乾燥物(粉体)について精密天秤によって秤量した値とに基づき、算出した。
【0053】
〈メディアン径〉
ナノダイヤモンド分散液に含まれるナノダイヤモンドの粒径D50(メディアン径)は、スペクトリス社製の装置(商品名「ゼータサイザー ナノZS」)を使用して、動的光散乱法(非接触後方散乱法)によって測定した。測定に付されたナノダイヤモンド分散液は、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度が0.5〜2.0質量%となるように超純水で希釈した後に、超音波洗浄機による超音波照射を経たものである。
【0054】
〈ゼータ電位〉
ナノダイヤモンド分散液に含まれるナノダイヤモンドのゼータ電位は、スペクトリス社製の装置(商品名「ゼータサイザー ナノZS」)を使用して、レーザードップラー式電気泳動法によって測定した。測定に付されたナノダイヤモンド分散液は、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度が0.2質量%となるように超純水で希釈した後に、超音波洗浄機による超音波照射を経たものである。ゼータ電位測定温度は25℃である。また、測定に付されたナノダイヤモンド分散液のpHは、pH試験紙(商品名「スリーバンドpH試験紙」,アズワン株式会社製)を使用して確認した。
【0055】
〈FT-IR分析〉
上述の水素還元処理工程前のナノダイヤモンド試料および水素還元処理工程を経た後のナノダイヤモンド試料のそれぞれについて、FT-IR装置(商品名「Spectrum400型FT-IR」,株式会社パーキンエルマージャパン製)を使用して、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)を行った。本測定においては、測定対象たる試料を真空雰囲気下で150℃に加熱しつつ赤外吸収スペクトルを測定した。真空雰囲気下の加熱は、エス・ティ・ジャパン社製のModel-HC900型HeatChamberとTC-100WA型Thermo Controllerとを併用して実現した。
【0056】
[評価]
上述の元素分析の結果によると、ナノダイヤモンド粒子における酸素元素の割合については、水素還元処理工程前には15.8質量%であったものが、水素還元処理工程後には10質量%を下回る9.5質量%となった。また、ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位については、水素還元処理工程前には−47mVでネガティブであったものが、水素還元処理工程後には+48mVとポジティブとなった。加えて、
図4および
図5に示す両FT-IRスペクトルの比較から、C=O伸縮振動に帰属される1780cm
-1付近の吸収P
1(
図4)は、ナノダイヤモンド粒子が水素還元処理を経ることによって消失していることが判る。吸収P
1のこのような消失により、
図5のFT-IRスペクトルでは、C=C伸縮振動に帰属される1730cm
-1付近の吸収P
2が明確に確認可能となっている。更に加えて、両FT-IRスペクトルの比較から、メチレン基のCH伸縮振動に帰属される2870cm
-1付近の吸収P
3(
図5)および2940cm
-1付近の吸収P
4(
図5)は、ナノダイヤモンド粒子が水素還元処理を経ることによって特徴的な吸収として現れることとなったことが判る。これらより、上述の水素還元処理工程においては、ナノダイヤモンド表面において充分に水素還元が進行したこと、即ち、ナノダイヤモンド表面に存在し得るカルボキシ基等の含酸素官能基が還元されて水素終端構造の形成が充分に進行したことが判る。そして、このような水素還元化ナノダイヤモンド粒子を含有する実施例1〜6の水潤滑剤組成物は、上述の摩擦試験において、
図6のグラフにまとめる摩擦係数(μ)を示した。具体的には、実施例5の水潤滑剤組成物は、水素還元化ナノダイヤモンド濃度が0.001質量%すなわち10質量ppmという超低濃度において、上述のように摩擦係数0.011という超低摩擦を実現した。実施例6の水潤滑剤組成物は、水素還元化ナノダイヤモンド濃度が0.0001質量%すなわち1質量ppmという超低濃度において、上述のように摩擦係数0.021という超低摩擦を実現した。そして、実施例1〜5の水潤滑剤組成物は、ナノダイヤモンド粒子濃度について比較的に低い0.001質量%〜1質量%の範囲においてその濃度が低下するほど低摩擦の発現が強くなる傾向があった。
【0057】
以上のまとめとして、本発明の構成およびそのバリエーションを以下に付記として列記する。
【0058】
〔付記1〕潤滑基剤としての水と、
水素還元化ナノダイヤモンド粒子とを含む、水潤滑剤組成物。
〔付記2〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は0.1質量%以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記3〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は0.01質量%以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記4〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は50質量ppm以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記5〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は20質量ppm以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記6〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は15質量ppm以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記7〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は12質量ppm以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記8〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は11質量ppm以下である、付記1に記載の水潤滑剤組成物。
〔付記9〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は0.5質量ppm以上である、付記1から8のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記10〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は0.8質量ppm以上である、付記1から8のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記11〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は1質量ppm以上である、付記1から8のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記12〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の含有率は1.5質量ppm以上である、付記1から8のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記13〕前記水の含有率は90質量%以上である、付記1から12のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記14〕前記水の含有率は95質量%以上である、付記1から12のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記15〕前記水の含有率は99質量%以上である、付記1から12のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記16〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子は、爆轟法ナノダイヤモンド粒子の水素還元処理物である、付記1から15のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記17〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子のメディアン径は9nm以下である、付記1から16のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記18〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子のメディアン径は8nm以下である、付記1から16のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記19〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子のメディアン径は7nm以下である、付記1から16のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記20〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子のメディアン径は6nm以下である、付記1から16のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記21〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位はポジティブである、付記1から20のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記22〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の酸素含有率は10質量%以下である、付記1から21のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記23〕前記水素還元化ナノダイヤモンド粒子の酸素含有率は9.5質量%以下である、付記1から21のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物。
〔付記24〕付記1から23のいずれか一つに記載の水潤滑剤組成物がSiC部材および/またはSiO
2部材の潤滑に用いられている、水潤滑システム。