特許第6887642号(P6887642)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6887642低サイクル疲労特性に優れるFe−Mn−Si系合金鋳造材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6887642
(24)【登録日】2021年5月21日
(45)【発行日】2021年6月16日
(54)【発明の名称】低サイクル疲労特性に優れるFe−Mn−Si系合金鋳造材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210603BHJP
   B22D 3/00 20060101ALI20210603BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20210603BHJP
【FI】
   C22C38/00 302A
   C22C38/00 302T
   B22D3/00
   C22C38/58
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-74517(P2017-74517)
(22)【出願日】2017年4月4日
(65)【公開番号】特開2018-178150(P2018-178150A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2020年3月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000003621
【氏名又は名称】株式会社竹中工務店
(73)【特許権者】
【識別番号】506135866
【氏名又は名称】淡路マテリア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】澤口 孝宏
(72)【発明者】
【氏名】高森 晋
(72)【発明者】
【氏名】大澤 嘉昭
(72)【発明者】
【氏名】櫻谷 和之
(72)【発明者】
【氏名】櫛部 淳道
(72)【発明者】
【氏名】井上 泰彦
(72)【発明者】
【氏名】梅村 建次
(72)【発明者】
【氏名】大塚 広明
(72)【発明者】
【氏名】千葉 悠矢
(72)【発明者】
【氏名】坂井 裕美
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−056987(JP,A)
【文献】 特開平05−255813(JP,A)
【文献】 特表2000−501778(JP,A)
【文献】 特開昭62−112751(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103966529(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
B22D 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MnSi、Cr、Niを必須成分元素として含有し、かつ、を任意成分元素として含有し、成分組成が、
10質量%≦Mn≦20質量%、
質量%≦Si≦質量%、
質量%≦Cr≦15質量%、
質量%≦Ni≦10質量%
0質量%≦C≦0.2質量%、
残部Fe及び不可避不純物であるFe−Mn−Si系合金鋳造材であって、次式(ア)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+28[%C]<45 (ア)
かつ、次式(イ)
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si (イ)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Ni]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Ni、Cの質量%を意味する)
の条件を満足し、変形前のγオーステナイト相の体積率が85体積%以上であることを特徴とするFe−Mn−Si系合金鋳造材。
【請求項2】
Mn、Si、Cr、Niを必須成分元素として含有し、かつ、Cを任意成分元素として含有し、成分組成が、
5質量%≦Mn≦8質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
9質量%≦Cr≦15質量%、
9質量%≦Ni≦15質量%、
0質量%≦C≦0.4質量%、
残部Fe及び不可避不純物であるFe−Mn−Si系合金鋳造材であって、次式(ア)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+28[%C]<45 (ア)
かつ、次式(イ)
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si] (イ)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Ni]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Ni、Cの質量%を意味する)
の条件を満足し、変形前のγオーステナイト相の体積率が85体積%以上であることを特徴とするFe−Mn−Si系合金鋳造材。
【請求項3】
請求項1または2に記載のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた制振装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた鉄骨構造物または鉄筋コンクリート構造物。
【請求項5】
請求項1または2に記載のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた制振装置用鋳造材。
【請求項6】
請求項1または2に記載のFe−Mn−Si系合金鋳造材の制振装置、鉄骨構造物または鉄筋コンクリート構造物への使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低サイクル疲労寿命に優れるFe−Mn−Si系合金鋳造材に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳造は古代からある金属の加工方法であり、金属を融点より高い温度で熱して液体にした後、型に流し込み、冷やして目的の形状に固めることで、様々な形状に加工することができる。現代でも、鋳造は多くの輸送機器部品や機械工作の躯体部品など少量生産品から大量生産部品などの製造に幅広く用いられている。また鋳造は塑性加工や切削加工では製造が難しい硬い材料、脆性的な材料、複雑な形状の製品の製造に利用されている。
【0003】
ただ、鋳造により製造された鋳造材は固液の体積差に起因する凝固収縮や成分元素の再分配により、空隙、偏析、介在物などの鋳造欠陥を含む場合がある。これら鋳造欠陥は通常鋳造材の機械的特性を著しく低下させるため、従来より、凝固を制御して欠陥のない製品を生み出すようにしている。それでも一部の構造用金属材料の重要部品などの場合には、均一化熱処理や、均一化を促進させる鍛造・圧延等の塑性加工を施して、鋳造欠陥を取り除き、材質を均一化してから用いられる。耐食性や、耐摩耗性などの特殊な用途に用いる機械部品などは一般に機械加工性が悪いため鋳造により作製される場合が多いが、このような部品は、鋳造後均一化熱処理を行い、材質を均一化してから用いることもある。
【0004】
しかしながら、従来より鋳造欠陥の克服について様々な工夫、改善がなされてきているものの、低サイクル疲労変形のように、大きな塑性ひずみを繰り返し負荷する場合には、鋳造欠陥が疲労き裂の発生源となるために、容易に疲労破壊してしまい、均一化処理した金属材料と比較して鋳造材の低サイクル疲労寿命は著しく短いという課題があった。
【0005】
このため、鋳造材を強度部材として使用する際には鍛造・圧延等で均質化された材料に比べ安全率を高めに設定し、疲労破壊を防止するために鋳造材に生じる応力を弾性範囲とするなどの配慮が必要であり、例えば、建築部材では大地震時にも弾性範囲で使用する部材にしか使えないなど、強度を十分に生かした効率的な素材の使い方ができないため不経済であった。
【0006】
このような背景において、近年になって建築用制振ダンパーの心材としてFe−Mn−Si系合金が特許文献1において提案されている。この合金は優れた低サイクル疲労寿命を示すとされている。そして、このFe−Mn−Si系合金は、ある方向への塑性変形による、面心立方(FCC)構造のγオーステナイト相から最密六方(HCP)構造のεマルテンサイト相へのマルテンサイト変態と、これに続く逆方向への塑性変形によるεマルテンサイト相からγオーステナイト相への逆マルテンサイト変態が、交互に、かつ、可逆的に発生する仕組みにより、繰り返し塑性変形による原子配列の変化が可逆的に生じ、金属疲労の原因となる格子欠陥の蓄積が起こりにくいために、従来材より飛躍的に優れた低サイクル疲労寿命を示すとされている。
【0007】
非特許文献1には、Fe−Mn−Si系合金の低サイクル疲労寿命を改善するための設計指針として、(A)γ相とε相の自由エネルギー差を小さくすること、(B)体心立方構造のα’マルテンサイト相の形成を抑制すること、(C)約4質量%のSiを添加すること、の三条件が開示されている。そして、特許文献1では、(A)の条件を満足させるための成分設計指針として、以下の式(X)で与えられるMn当量([%Mn]eq)を定義して、化学成分としてのMn、Cr、Ni、Alの質量%([%Mn]、[%Cr]、[%Ni]、[%Al])の配合割合が式(Y)を満足すべきであることが開示されている。
[%Mn]eq =[%Mn]+[%Cr]+2[%Ni]+5[%Al] (X)
37<[%Mn]eq<45 (Y)
【0008】
また、特許文献1では、条件(B)を満足させるための成分設計指針として、いわゆるシェフラー状態図の概念を取り入れ、Mn、Cr、Ni、Si、Alの質量%([%Mn]、[%Cr]、[%Ni]、[%Si]、[%Al])の配合割合が、以下の式(Z)を満足すべきであるとしている。
[%Ni]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si]+2[%Al] (Z)
【0009】
さらに、特許文献1では、条件(C)の最適Si濃度4質量%を中心に、Fe−Mn−Si系合金が、通常の鋼材よりも有意に高い低サイクル疲労寿命を示す条件が、0質量%<Si<6.5質量%、さらに望ましくは、2質量%≦Si≦6質量%であるとしている。
【0010】
非特許文献2によれば、以上の設計指針を基に、従来比10倍の低サイクル疲労寿命を有するFe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金が開発され、超高層ビルのせん断パネル型制振ダンパーとして採用されており、長周期地震動に対する耐久性にも優れた高機能制振ダンパーとして期待されている。このような優れた疲労耐久性は、せん断パネル型制振ダンパーのみならず、様々な部材への活用が期待されるとしている。
【0011】
しかし、特許文献1、非特許文献1、2で開示されているFe−Mn−Si系合金は、鋳塊を鍛造・圧延して熱処理することにより、板状に成形するとともに、粗大で結晶配向性が高い鋳造組織を均一微細なランダム等軸晶組織にすることで、欠陥の少ない材質としたものであり、特許文献1、非特許文献1、2では、鋳造材の低サイクル疲労特性については開示も示唆もされていない。
【0012】
Fe−Mn−Si系合金鋳造材としては、Fe−Mn−Si系形状記憶合金の締結部材が特許文献2に開示されている。特許文献2では、目的とする製品部材に近い形状の素部材に鋳造した後、適宜加熱処理を施すことで、熱間加工工程を経ることなく簡略な製造工程で、かつ、従来では簡単には得られなかった装飾的なもしくは複雑な形状の締結部材をも、容易に得ることができる方法が提供されている。また、特許文献3では、遠心鋳造法により製作された鉄系形状記憶合金製パイプ用継手において、横断面内のマクロ組織の中で、柱状晶の面積率を50%以上とすることにより、高い内径収縮率が得られることが開示されている。
【0013】
だが、特許文献2および3は、鋳型への鋳造、または連続鋳造で製造したFe−Mn−Si系形状記憶合金継手が、形状記憶効果を発現させるために十分な変形能を有することを示唆しているが、低サイクル疲労変形に対する耐久性については開示も示唆もされていない。
【0014】
構造用材料として広く用いられている類似の鋳造材としては、高Mn耐摩耗鋳鋼や高Mn非磁性鋳鋼が挙げられる。高Mn耐摩耗鋳鋼は、耐摩耗性や強度に優れ、レールポイントなどに使用されている。強度や加工硬化率が高く、塑性加工による成形が難しいため、鋳造により作製される。特許文献4には、高Mn耐摩耗鋳鋼中のオーステナイト相がき裂進展に対する高い耐久性を示すことも開示されている。また、特許文献5には、高C高Mn非磁性鋼の連続鋳造法が開示されている。
【0015】
特許文献4および5は、高Mn鋳鋼の力学特性が優れていることと、その大量生産技術が十分確立していることを示すものであり、疲労耐久性の高さについても示唆するものであるが、Fe−Mn−Si系厚板で得られた従来比10倍もの低サイクル疲労寿命が得られるかどうかについては開示も示唆もされていない。
【0016】
特許文献6では、Siを4.7〜5.7質量%、Crを0.8〜2.2質量%、Mnを2.0〜5.5質量%、Niを11〜14質量%、Cuを0.8〜1.8質量%含むオーステナイト系鋳物が開示されている。ただ、特許文献6の鋳物はCを2.1〜3.1質量%を含むため、鋳鉄に相当し、Cが2.1質量%よりも少ない鋳鋼の分類とは全く異なる材料である。また、同文献には疲労耐久性についての言及はない。
【0017】
特許文献7には、Si1.0質量%以下、Mn10〜20質量%、Cr15.0〜20.0質量%、Ni2.5〜6.0質量%を含む高Mn非磁性鋳造体が開示されている。だが、特許文献7での鋳造体はCの含有量から鋳鋼に分類されるもののSi含有量が低く、同文献には疲労耐久性については示唆されていない。
【0018】
特許文献8には、Si0.2〜1.5質量%、Mn10〜24質量%、Cr12〜20質量%、Ni4質量%未満を含有する高温耐摩耗材が開示されている。この高温耐摩耗材は、C含有量0.2〜0.5質量%であるため鋳鋼に分類される材料であるが、特許文献8には耐摩耗性、耐割れ性に優れることに言及されているものの、低サイクル疲労寿命に関する記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2014−129567号公報
【特許文献2】特開平10―280061号公報
【特許文献3】特開2001−082642号公報
【特許文献4】特開2001−140039号公報
【特許文献5】特開2013−173159号公報
【特許文献6】特開2011−68921号公報
【特許文献7】特開平7−197196号公報
【特許文献8】特開2014−1831360号公報
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】T. Sawaguchi, I. Nikulin, K. Ogawa, K. Sekido, S. Takamori, T. Maruyama, Y. Chiba, A. Kushibe, Y. Inoue, K. Tsuzaki, Designing Fe-Mn-Si alloys with improved low-cycle fatigue lives, Scripta Mater., 99 (2015) 49-52.
【非特許文献2】T. Sawaguchi, T. Maruyama, H. Otsuka, A. Kushibe, Y. Inoue, K. Tsuzaki, Design Concept and Applications of Fe-Mn-Si-Based Alloys --from Shape Memory to Seismic Response Control, Mater. Trans., 57 (2016) 283-293.
【非特許文献3】幡中憲治、金属材料の繰り返し応力−ひずみ特性と低サイクル疲労寿命、日本機械学会論文集(A編)、50、(1984)、831.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
鋳造材は、これまで建築・土木構造物において汎用されてきた。その理由は、複雑な形状のものや大型のものなどを、容易に安価に作ることができること、溶接を多用することなく幾何学的に複雑な変断面形状部材(板厚、板幅可変)の製造が可能(柱、ジョイント、ノードなど)で、工数が減り(組立精度向上)、低コスト化にもつながること、鋳造を採用すれば(例えば、ダイカストなど)、殆ど後加工無しに使用できること、および組立精度が向上して鋳型の寿命がある限り大量生産が可能であることなど大きな利点があったなどの理由による。さらに、鋳造材を柱等に利用する場合、複雑な梁との接合部の配置が可能で建築的に多様な平面プランを実現できるなど、実用上のメリットも大きいため適材適所で活用されてきた。
【0022】
しかしながら、鋳造材は、偏析、空隙、介在物などの鋳造欠陥を含むために同一組成の圧延材等に比べ、疲労特性が明確に劣り、例えば、建築部材では大地震時にも弾性範囲で使用する部材にしか使えないなど、使用範囲は限定されていた。
【0023】
このような背景から、本発明は、従来技術の問題点を解消し、前記のFe−Mn−Si系合金の特異な変形挙動に注目して、構造用建築材等として有用な、低サイクル疲労特性に優れた新しい鋳造材を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
すなわち、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材は、以下のことを特徴としている。
【0025】
本発明の一局面では、MnおよびSiを必須添加元素として含有し、かつ、Cr、Ni、Al、Cのうちの1種以上を任意添加元素として含有し、成分組成が、
5質量%≦Mn≦35質量%、
1.5質量%≦Si≦6.5質量%、
0質量%≦Cr≦15質量%、
0質量%≦Ni≦15質量%、
0質量%≦Al≦3質量%、
0質量%≦C≦0.4質量%、
残部Fe及び不可避不純物であるFe−Mn−Si系合金鋳造材であって、次式(ア)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+5.2[%Al]+28[%C]<45 (ア)
かつ、次式(イ)
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si]+2[%Al] (イ)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Ni]、[%Al]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Ni、Al、Cの質量%を意味する)
の条件を満足することを特徴とする。
【0026】
本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材において、成分組成が、
25質量%≦Mn≦35質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
0質量%≦Cr≦8質量%、
0質量%≦Al≦3質量%、
0質量%≦C≦0.2質量%、
残部Fe及び不可避不純物であることを特徴とする。
【0027】
また、本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材において、成分組成が、
10質量%≦Mn≦20質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
5質量%≦Cr≦15質量%、
5質量%≦Ni≦10質量
0質量%≦C≦0.2質量%、
残部Fe及び不可避不純物であることを特徴とする。
【0028】
また、本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材において、成分組成が、
5質量%≦Mn≦8質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
9質量%≦Cr≦15質量%、
9質量%≦Ni≦15質量%、
0質量%≦C≦0.4質量%、
残部Fe及び不可避不純物であることを特徴とする。
【0029】
また、本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた制振装置が提供される。
【0030】
また、本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた鉄骨構造物または鉄筋コンクリート構造物が提供される。
【0031】
また、本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた制振装置用鋳造材が提供される。
【0032】
また、本発明の別の局面では、上記のFe−Mn−Si系合金鋳造材の制振装置、鉄骨構造物または鉄筋コンクリート構造物への使用が提供される。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、疲労特性に非常に優れた鋳造品が提供される。すなわち、本発明では、後述する実施例において具体的に示されるように、一般鋼材に匹敵あるいは凌駕する(3倍以上)耐疲労性能が得られる鋳造材を実現している。これは、制振材料としても従来の極低降伏点鋼をはるかに凌ぐほどの性能である。本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材は、通常考えられるサイズの欠陥を内包していても、各種性能劣化(安定性、変形性能、疲労耐久性等)に対する影響が極めて少ないため、素材強度を有効に使える。
【0034】
したがって、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材は、従来の概念を超えて弾塑性領域で使用可能であり、大地震時に大変形を受けるような柱、梁、鋳鋼ノード等をはじめ、制振部材でさえも適用の対象を広げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】Fe−Mn−Si系合金鋳造材の低サイクル疲労寿命を向上させる組織の模式図。
図2】Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材の低サイクル疲労試験前の組織。(a)相分布図(白色:γ相、灰色:ε相、濃灰色:α’相)、(b)γ相逆極点方位図、(c)γ相001極点図
図3】Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材の低サイクル疲労破断後の変形組織。(a)相分布図(白色:γ相、灰色:ε相)、(b)γ相逆極点方位図、(c)ε相逆極点方位図、(d)γ相001極点図、(e)ε相0001極点図
図4】Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材の低サイクル疲労破断後の変形組織における引け巣の形成。(a)広域相分布図、(b)引け巣周辺の相分布図(白色:γ相、灰色:ε相)
図5】Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材における引け巣周辺の元素濃度分布。(a)二次電子像、(b)Fe元素濃度分布、(c)Mn元素濃度分布、(d)Ni元素濃度分布、(e)Cr元素濃度分布、(f)Si元素濃度分布
図6】熱力学計算ソフトPandatを用いて計算したFe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金中の各成分元素の再分配と固相率の関係。(a)Lever則近似、(b)Scheil則近似
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明では、前記のとおり、低サイクル疲労寿命に優れる鋳造材を開発するために、Fe−Mn−Si系合金の特異な変形挙動に着目した。そして、鋳造材の金属疲労に対する弱点は、空隙や介在物などの鋳造欠陥であるが、もし、これら鋳造欠陥から疲労き裂を発生させることなく、可逆的なγオーステナイト相とεマルテンサイト相との間のマルテンサイト変態による、耐疲労メカニズムを作動させることができれば、鋳造材でも低サイクル疲労寿命の改善が期待されるとの観点から検討を行い、本発明を完成した。
【0037】
すなわち、本発明の一実施形態では、Fe−Mn−Si系合金鋳造材は、成分組成としてFeを主成分としMnおよびSiを必須添加元素として含有し、鋳造後の金属組織が、85体積%以上のγオーステナイト相を有し、かつ、γオーステナイト相がデンドライト状の成分濃度偏析を有するとともに、不可避的な空隙や介在物が前記デンドライト状の成分濃度偏析間のミクロ最終凝固部に分散・形成されてなるFe−Mn−Si系合金鋳造材であって、繰り返し引張圧縮変形したときの変形組織変化が、前記デンドライト状の成分濃度偏析部の可逆的なγオーステナイト相とεマルテンサイト相との間のマルテンサイト変態で起こり、前記デンドライト状の成分濃度偏析間のミクロ最終凝固部に分散・形成された、空隙や介在物からの疲労き裂発生が抑制されて、振幅±1%の低サイクル疲労寿命が3000サイクル以上であることを特徴とする。
【0038】
低サイクル疲労寿命は、材質やひずみ振幅のみならず、サンプル形状、表面状態、欠陥、変形制御の精度など、様々な条件に影響されるため、実験者が制御可能な条件外の原因によって、材料本来の性能よりも低い値となることが多く、統計的ばらつきも大きい。しかるに、各種文献で報告されている、市販鋼材の振幅±1%の低サイクル疲労寿命は、極めて慎重に実験条件が配慮された場合であっても、材料種によらず、たかだか2000サイクルである(非特許文献3)。鋳造欠陥を含む鋳造材はこれよりはるかに低い低サイクル疲労寿命を示すのが通常であるので、本発明では、2000サイクルに安全率1.5を乗じた3000サイクルを、従来材よりも有意に優れた低サイクル疲労寿命の基準とする。
【0039】
本発明では、Fe−Mn−Si系合金鋳造材において、凝固時の液相への成分濃縮による偏析を積極的に利用することにより、鋳造欠陥から疲労き裂を発生させることなく、可逆的なγオーステナイト相とεマルテンサイト相との間のマルテンサイト変態による、耐疲労メカニズムを作動させるようにしている。すなわち、先行して凝固したデンドライト状偏析部中、引張・圧縮変形軸に対して傾斜したγ相のすべり面上で、可逆的なγオーステナイト相とεマルテンサイト相との間のマルテンサイト変態による、耐疲労メカニズムを作動させ、デンドライト状偏析間のミクロ最終凝固部のγ相が変形を受けないような状態を作り出す。これにより、ミクロ最終凝固部に含まれる空隙や介在物からき裂発生を抑制する。
【0040】
γオーステナイト合金における塑性変形機構は、一般的な金属の塑性変形機構である格子転位のすべり運動のほかに、格子転位が二つの部分転位とその間の積層欠陥に分解して運動する拡張転位のすべり運動、γ双晶変形、εマルテンサイト変態、α’マルテンサイト変態などの多様な形態をとり、通常複数の塑性変形機構が同時に発現する。
【0041】
本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材では、Mn、Si、その他の添加元素の配合割合を調整することにより、引張圧縮塑性変形による構造変化が、γオーステナイト相とεマルテンサイト相の間で生じる二方向マルテンサイト変態によって、可逆的に進行する状態を作り出し、繰り返し硬化の抑制と破断繰り返し数の増加をはかる。そして、図1のFe−Mn−Si系合金鋳造材の低サイクル疲労寿命を向上させる組織の模式図に示すように、そのような可逆的な塑性変形が、デンドライト状偏析部でのみ進行し、凝固収縮の結果形成される空隙や、成分濃縮の結果形成される介在物が多数存在する、デンドライト状偏析間のミクロ最終凝固部は、この変形に寄与せずにγ相として残留する状況を作り出すことで、空隙や介在物からのき裂の発生を抑制する。初期の変形によりγ相からマルテンサイト変態によって生じたε相は、板面が引張・圧縮軸に傾いた状態で平行に配列するので、ε相の結晶学的な基底面(//板面)上で生じるすべり変形や、γ相とε相の間の二方向マルテンサイト変態は、引張・圧縮変形に対して可逆的に生じ、空隙や介在物の影響を全く受けずに、き裂の発生・進展を遅延させることができる。
【0042】
そのためには、変形前の状態がγオーステナイト単相で、デンドライト状偏析部の塑性変形機構は主としてεマルテンサイト変態によって進行すること、および、ミクロ最終凝固部への成分濃縮はεマルテンサイト変態を抑制する側に生じることが望ましい。その際、デンドライト状偏析部のεマルテンサイト変態に伴い、不可避的に同時発生する双晶変形、格子転位すべり、拡張転位すべりは一部含まれていてもよいが、α’マルテンサイト変態は合金を著しく硬化させるので発生を抑制しなければならない。
【0043】
変形前の状態はγオーステナイト単相が望ましいが、少量であればεマルテンサイト相、δフェライト相、α’マルテンサイト相が含まれてもよい。変形によりεマルテンサイト変態が誘起されやすい状態に調整された合金は、環境の温度変化や加工の影響等により、意図せずにεマルテンサイト相が形成される場合がある。
【0044】
これら意図せずに形成されたεマルテンサイト相、δフェライト相、α’マルテンサイト相は、引張・圧縮軸に対して傾斜した特定の結晶面上に生じる、変形誘起εマルテンサイト相の成長に対する障壁となり、疲労き裂発生源となり得るので、これを防ぐため、主相γオーステナイトの体積率は85体積%以上とする。
【0045】
また、鋳造材には、空隙や介在物などの鋳造欠陥のほか、多元系では意図せずに形成された析出物が疲労き裂発生の起点となることも懸念される。しかし、そのような析出物も、ミクロ最終凝固部への成分濃縮の結果形成したものであれば、空隙や介在物と同様に、周辺のγ相は変形をあまり受けないため、き裂発生源となる心配はない。
【0046】
なお、本発明における上記の「鋳造材」の用語においては、本発明の特徴として当然のことであるが、鋳造後の鋳塊を鍛造や圧延したものや熱処理により結晶相を変化させたものをその意義に含まない。
【0047】
また、本発明の鋳造材における結晶組織やその変化については、走査型電子顕微鏡並びに後方散乱電子回折法等の通常の解折手段によって確認される。
【0048】
以下、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材を構成する成分元素について説明する。なお、本発明において、「Fe−Mn−Si系合金」との用語は、鉄(Fe)を主成分として、マンガン(Mn)およびケイ素(Si)を含有させた合金を指すものとする。
【0049】
マンガン(Mn)は、Fe−Mn−Si系合金の塑性変形機構に中心的な影響をおよぼす必須成分元素である。Mnは鉄基合金においてγオーステナイト相を安定化させるとともに、積層欠陥エネルギーを低下させてγオーステナイト相からεマルテンサイト相へのマルテンサイト変態が生じやすい状態を作り出す作用がある。
【0050】
したがって、本発明の鋳造材では、Mnの添加量を調整することにより、引張圧縮塑性変形時に、変形誘起γからεマルテンサイト変態とこの逆変態を交互発生させ、かつ、α’マルテンサイト相の形成を抑制して、疲労特性を改善することができる。
【0051】
Mnの添加量が35質量%を超えると、他の元素の添加量をどのように調整しても、γ相が反強磁性化して強く安定化されるので、εマルテンサイトが得られなくなる。また、Mnの添加量が5質量%未満になると、疲労特性に有害なα’マルテンサイト相の形成を避けることができない場合がある。そのため、本発明では、Mnの添加量は、5質量%≦Mn≦35質量%の範囲とする。
【0052】
また、特許文献1に記載されるように、Cr、Ni、AlもMn代替元素として添加してよく、Mn、Cr、Ni、Alが塑性変形機構におよぼす効果は、同等の効果を与えるMnの質量%(Mn当量: [%Mn]eq)で代表させることができる。本発明では、さらに、成分元素Si、Cの影響を考慮して関係式に修正を加え、Mn当量を、各成分元素の添加量(質量%)を用いて以下の式(1)で表す。
Mn当量([%Mn]eq)=[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+5.2[%Al]+28[%C] (1)
【0053】
なお、式中の[%Mn]、[%Si]、[%Al]、[%Cr]、[%Ni]、[%C]は、Fe−Mn−Si系合金鋳造材の化学成分としてのMn、Si、Al、Cr、Ni、Cの質量%を意味する。
【0054】
また、本発明では、γオーステナイト相−εマルテンサイト相間の二方向のマルテンサイト変態を発現させるためのMn当量の範囲は、以下の式(2)で表す条件とする。
37<[%Mn]eq<45 (2)
【0055】
Mn当量が37以下になると、εマルテンサイト相の熱力学的安定性が非常に高くなるため、デンドライト状偏析間のγ相もεマルテンサイト変態を受けるようになり、空隙や介在物からの疲労き裂発生の確率が高まり、低サイクル疲労寿命が低下する。
【0056】
また、Mn当量が45以上になると、積層欠陥エネルギーが上昇してデンドライト状偏析部にεマルテンサイトが形成されなくなり、耐疲労メカニズムが作動しなくなって、低サイクル疲労寿命が低下する。
【0057】
一方、本発明のFe−Mn−Si系合金におけるもう一つの必須成分元素であるケイ素(Si)は、Mn当量にはほとんど影響しないが、γオーステナイト相とεマルテンサイト相との二方向マルテンサイト変態の可逆性を向上させることが、特許文献1、非特許文献1、2に開示されている。Siの持つこの作用は、鋳造材においても有効であるが、Siを過度に添加すると、鋳造材の破断繰り返し数が低下する。特に、Siを6.5質量%を超えて添加すると合金が著しく硬化して、繰り返し引張圧縮変形の応力振幅が上昇したり、シリサイド系金属間化合物が形成して合金が脆化したりするなどの問題が生じる場合がある。また、Siの添加量を1.5質量%未満とすると、転位が交差すべりしてセル状に再配列し、き裂発生伝ぱを加速する。以上より、本発明では、Siの添加量は、1.5質量%≦Si≦6.5質量%とし、より好ましくは2質量%≦Si≦6質量%とする。特に、Siの添加量が4質量%付近であると、Siの作用が最も効果的に発揮される。
【0058】
また、本発明のFe−Mn−Si系合金では、任意成分元素として、Cr、Ni、AlおよびCを添加してもよい。
【0059】
クロム(Cr)は、γオーステナイト相の積層欠陥エネルギーを低下させ、εマルテンサイト相へのマルテンサイト変態を促進して、本発明の鋳造材の疲労特性を向上させる元素である。また、更に耐食性や耐高温酸化性の向上にも寄与する。しかし、Crの添加量が15質量%を超えると、フェライトやα’マルテンサイトが形成されやすくなり、低サイクル疲労寿命が低下する。以上より、本発明では、Crの添加量は、0質量%≦Cr≦15質量%の範囲とする。
【0060】
ニッケル(Ni)は、Mnのオーステナイト安定化作用を代替する元素である。特に、Mnの添加量を20質量%未満とする場合には、オーステナイト安定化元素としてのNiを2質量%以上添加することにより、変形前の状態としてγオーステナイト単相を得ることができる。一方、Niの添加量が15質量%を超えると、FeNiシリサイドや、NiMnシリサイドの形成が顕著になり、合金が脆化する。以上より、本発明では、Niの添加量は、0質量%≦Ni≦15質量%の範囲とする。
【0061】
アルミニウム(Al)は、上記式(1)に示されるように、Mn当量に係数5.2で影響する元素であるので、Mnの代替元素として添加してもよい。しかし、Alの添加量が3質量%を超えると、フェライト形成による低サイクル寿命低下が生じやすくなる。また、大気中で熱処理すると、窒素と親和性が高いAlが窒化物を形成して合金を脆化させる可能性もある。このように、Alは微量でもMn当量の調整に有効である一方で、過剰添加した場合には弊害もあるため、本発明では、Alの添加量は、0質量%≦Al≦3質量%の範囲とする。
【0062】
炭素(C)は、Mnのオーステナイト安定化作用を代替する元素であるが、Cの添加量が0.4質量%を超えると、炭化物が形成されて低サイクル疲労寿命が低下する。以上より、本発明では、Cの添加量は、0質量%≦C≦0.4質量%の範囲とする。
【0063】
本発明において、必須成分元素としてのMn、Si、および任意成分元素としてのCr、Ni、Al、Cの添加量については、変形前の金属組織がγオーステナイト単相となるように、オーステナイト安定化元素であるNi、C、Mnの総量と、フェライト安定化元素であるCr、Si、Alの総量のバランス調整が重要である。フェライト安定化元素濃度が高く、オーステナイト安定化元素濃度が低くなるほどδフェライト相が形成されやすく、フェライト安定化元素濃度とオーステナイト安定化元素濃度がともに低い場合にはα’マルテンサイト相が形成されやすくなる。
【0064】
発明者らの実験の結果、本発明のFe−Mn−Si系合金において、鋳造後の状態、または鋳造後、1000℃、1分以上、均一化熱処理後、水冷または徐冷した場合に、δフェライト相形成を抑制してγオーステナイト単相を得るために成分元素の添加量が満足すべき条件は、以下の式(3)で与えられることが判明した。
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si]+2[%Al] (3)
【0065】
なお、式中の[%Ni]、[%C]、[%Mn]、[%Cr]、[%Si]、[%Al]は、Fe−Mn−Si系合金鋳造材の化学成分としてのNi、C、Mn、Cr、Si、Alの質量%を意味する。
【0066】
以上のことを踏まえ、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材の成分組成について好ましい形態を例示すると以下のとおりである。
【0067】
<組成1>
Feを主成分として、MnおよびSiを必須成分元素として含有し、かつ、Cr、Ni、Al、Cのうちの1種以上を任意成分元素として含有し、成分組成が、
5質量%≦Mn≦35質量%、
1.5質量%≦Si≦6.5質量%、
0質量%≦Cr≦15質量%、
0質量%≦Ni≦15質量%、
0質量%≦Al≦3質量%、
0質量%≦C≦0.4質量%、
残部Fe及び不可避不純物であって、次式(ア)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+5.2[%Al]+28[%C]<45 (ア)
かつ、次式(イ)
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si]+2[%Al] (イ)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Ni]、[%Al]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Ni、Al、Cの質量%を意味する)
の条件を満足する。
【0068】
<組成2>
Feを主成分として、MnおよびSiを必須成分元素として含有し、かつ、Cr、Al、Cのうちの1種以上を任意成分元素として含有し、成分組成が、
25質量%≦Mn≦35質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
0質量%≦Cr≦8質量%、
0質量%≦Al≦3質量%、
0質量%≦C≦0.2質量%、
残部Fe及び不可避不純物であって、次式(ア’)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+5.2[%Al]+28[%C]<45 (ア’)
かつ、次式(イ’)
30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si]+2[%Al] (イ’)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Al]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Al、Cの質量%を意味する)
の条件を満足する。
【0069】
<組成3>
Feを主成分として、MnおよびSiを必須成分元素として含有し、かつ、Cr、Ni、Cのうちの1種以上を任意成分元素として含有し、成分組成が、
10質量%≦Mn≦20質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
5質量%≦Cr≦15質量%、
5質量%≦Ni≦10質量
0質量%≦C≦0.2質量%、
残部Fe及び不可避不純物であって、次式(ア’’)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+28[%C]<45 (ア’’)
かつ、次式(イ’’)
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si] (イ’’)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Ni]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Ni、Cの質量%を意味する)
の条件を満足する。
【0070】
<組成4>
Feを主成分として、MnおよびSiを必須成分元素として含有し、かつ、Cr、Ni、Cのうちの1種以上を任意成分元素として含有し、成分組成が、
5質量%≦Mn≦8質量%、
2質量%≦Si≦6質量%、
9質量%≦Cr≦15質量%、
9質量%≦Ni≦15質量
0質量%≦C≦0.4質量%、
残部Fe及び不可避不純物であって、次式(ア’’)
37<[%Mn]+0.3[%Si]+0.7[%Cr]+2.4[%Ni]+28[%C]<45 (ア’’)
かつ、次式(イ’’)
[%Ni]+30[%C]+0.5[%Mn]>0.75[%Cr]+1.125[%Si] (イ’’)
(式中[%Mn]、[%Si]、[%Cr]、[%Ni]、[%C]は、Mn、Si、Cr、Ni、Cの質量%を意味する)
の条件を満足する。
【0071】
組成1は、式(1)、(2)の条件を満足するものであり、上述したように各成分元素が鋳造組織や繰り返し変形組織に及ぼす影響を考慮することによって決定される、本発明のFe−Mn−Si系合金の組成の好適な実施形態である。
【0072】
組成2は、Mnの添加量を、25質量%≦Mn≦35質量%、およびSiの添加量を、2質量%≦Si≦6質量%とすることにより、低サイクル疲労寿命の改善効果が最も効果的に発揮される成分範囲である。この場合に、式(1)、(2)の条件を満足するための他の成分元素の添加量は、0質量%≦Cr≦8質量%、0質量%≦Al≦3質量%、0質量%≦C≦0.2質量%、となる。
【0073】
組成3は、より実用的な観点から大量生産を考慮し、Mnの添加量を比較的低くして10質量%≦Mn≦20質量%とすることで、電気炉溶解を容易とするための成分範囲である。他の成分元素の添加量の範囲は、式(1)、(2)の条件によって決定される。
【0074】
組成4は、さらにMnの添加量を低下させて、一方でCr、Niの添加量を高めることにより、耐食性の改善効果を得るための成分範囲である。他の成分元素の添加量の範囲は、式(1)、(2)の条件によって決定される。
【0075】
以上のとおりの本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材については、その鋳造は、原材料の金属成分を融解してなされたものであってよい。
【0076】
また、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材は、疲労特性に優れているので、従来の弾性領域のみならず塑性領域でも使用できる鋳造部材としての用途に適用することができる。具体的には、例えば、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材は、制振装置用鋳造材としての用途に特に適している。また、本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材を用いた制振装置、鉄骨構造物および鉄筋コンクリート構造物は、従来材よりも有意に優れた低サイクル疲労寿命を示す。
【実施例】
【0077】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0078】
Mn:15質量%、Cr:10質量%、Ni:8質量%、Si:4質量%、残部Fe及び不可避不純物の成分組成の合金(以下、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金と称する。)を、高周波真空誘導溶解により作製した。このFe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳塊から、旋盤加工により平行部直径8mmでの低サイクル疲労試験片を、変形軸が鋳造時に発達した柱状晶と直交する向きに作製し、室温大気中、0.4%/秒の三角波、振幅±1%の引張圧縮ひずみ制御低サイクル疲労試験を行い、走査型電子顕微鏡−後方散乱電子回折法により、疲労試験前後の組織観察を行った。また、X線回折による相の同定を行い、リートベルト解析法によって構成相の体積分率を評価した。
【0079】
図2は、後方散乱電子回折法により分析した、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材の低サイクル疲労試験前(鋳造まま材)の組織である。図2(a)は相分布図であり、γ相を白色、ε相を灰色、α’相を濃灰色で分布状態を表している。図2(a)の組織では、白色のγオーステナイト相が支配的で、わずかに灰色のεマルテンサイト相が散在するが、その体積率は3%に満たない。また、γ相は縦方向に柱状に発達している。図2(b)はγ相逆極点方位図であり、図中立方体模型の向きで示すように、柱状晶はγ相の001方位に沿って発達している。これは、FCC(面心立方格子構造)金属の鋳造組織に見られる一般的な特徴である。図2(c)はγ相001極点図であり、001方位が柱状晶発達方向に平行であることが確認される。
【0080】
図3は、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材の低サイクル疲労破断後の変形組織である。図3(a)の相分布図からは、γ相(白色)内部にε相(灰色)が繰り返し引張圧縮変形の間に形成されていることがわかる。残留γ相は001方位に沿って成長した柱状晶(図3(b)、(d))で、その中に形成した樹枝状ε相(図3(c))も、0001基底面が特定の方位範囲に分布していることが極点図(図3(e))からわかる。非特許文献2によれば、ε相はいったん形成しても、変形方向が反転すれば逆変態により消滅することを繰り返すが、引張圧縮変形を繰り返す間、徐々に安定化されて累積体積率がゆっくり上昇する。
【0081】
図4(a)は、引け巣と呼ばれる凝固収縮を、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材の低サイクル疲労破断後の組織中の分布状態(広域相分布図)として示したものであり、図4(b)は引け巣周りの拡大図である。空隙周りは残留γ相となっており、ε相が発生している箇所には空隙の存在はほとんど見られない。また、デンドライト状ε相は、薄板状のε相が積み重なって形成されている様子も読み取れる。
【0082】
以上の組織分析結果は、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金の鋳造まま材が、図1の模式図に描いた構造と変形様式を示すことを証明するものである。
【0083】
図5は、図4(b)の引け巣周辺の成分元素濃度分布をエネルギー分散型X線分析で解析した結果である。図5(a)〜(f)は、Fe、Crが濃化している領域と、Mn、Ni、Siが濃化している領域が、凝固偏析によって生じていることを示している。
【0084】
図6は、熱力学計算ソフトPandatを用いて計算した、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金中の各成分元素の液相濃縮傾向を示す図である。図6(a)のLever則は熱力学平衡状態を実現するのに十分な元素拡散を仮定したモデル、(b)のScheil則は液相濃度が一様で拡散がないことを仮定したモデルである。これらのモデルを用いることにより、現実の材料はこれらのモデルの中間の状態にあると想定して、凝固途中の固液共存状態で、元素が液相に濃縮しやすいかどうかを議論することができる。この解析結果から、Mn、Siは液相濃縮の傾向が強く、すなわち最終凝固部に濃縮しやすいことがわかる。
【0085】
すなわち、図5(a)〜(f)で示される成分元素の偏析からは、Fe、Cr濃化領域が、先行して凝固したデンドライト状領域のアーム先端であり、Mn、Ni、Si濃化領域が最終凝固部であることがわかる。また、図4との対比から、εマルテンサイト相はFe、Cr濃化領域にのみ形成し、Mn、Ni、Si濃化領域は変形によってε変態せずに、γオーステナイト相のままであることがわかる。凝固収縮に起因する空隙は、最終凝固部のMn、Ni、Si濃化領域に形成する結果、ε変態によるせん断変形を受けないので、Fe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金鋳造材においては、図1の模式図に示したように、本来き裂発生の起点となりやすい空隙が、繰り返し変形下で未変形のまま保存されるメカニズムが実現されたと考えられる。
【0086】
以下の表1に、同様の方法で作製した、各成分組成のFe−Mn−Si系合金鋳塊の試験片について、室温大気中、0.4%/秒の三角波、振幅±1%の引張圧縮ひずみ制御で測定した、低サイクル疲労寿命を示す。
【0087】
【表1】
【0088】
実施例1、参考例2〜4、実施例5〜11の鋳造材は、変形前に体積率85%以上のγオーステナイト相を示し、疲労破断後にはεマルテンサイト相の体積率が増加していることが共通の特徴であり、かつ、低サイクル疲労寿命がいずれも3000サイクルを超えている。これは可逆的なγオーステナイト相とεマルテンサイト相との間のマルテンサイト変態が、低サイクル疲労寿命の向上に有効であることを示している。
【0089】
一方、比較例1〜8の鋳造材は、塑性変形がγ相のすべり変形か、α’マルテンサイト変態によってなされるために、可逆的なγオーステナイト相とεマルテンサイト相との間のマルテンサイト変態による耐疲労メカニズムが有効に作動しない結果、低サイクル疲労寿命が3000サイクル未満となっている。
【0090】
また、実施例1のFe−15Mn−10Cr−8Ni−4Si合金、および参考例2のFe−30Mn−4Si−2Al合金の鋳造材を、1000℃で1時間、または24時間、均一化熱処理した場合に、いずれも、より優れた低サイクル疲労寿命が得られることが確認されている(データ示さず)。
【産業上の利用可能性】
【0091】
疲労特性に非常に優れた本発明のFe−Mn−Si系合金鋳造材を使用することにより、弾性領域のみならず塑性領域でも使用できる鋳造部材として、建築・土木構造用の構造部材、制振ダンパー、機械部品、各種締結品など、産業的に鋳造材の用途が飛躍的に広がる効果が期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6