(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6889920
(24)【登録日】2021年5月26日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】逆光電子分光測定装置及び逆光電子分光測定用基板並びに逆光電子分光測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/62 20060101AFI20210607BHJP
【FI】
G01N21/62 A
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-160682(P2017-160682)
(22)【出願日】2017年8月23日
(65)【公開番号】特開2019-39728(P2019-39728A)
(43)【公開日】2019年3月14日
【審査請求日】2020年7月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(72)【発明者】
【氏名】吉田 弘幸
(72)【発明者】
【氏名】薄井 亮太
【審査官】
吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2017/0199131(US,A1)
【文献】
国際公開第2013/129390(WO,A1)
【文献】
国際公開第2015/182641(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/024615(WO,A1)
【文献】
国際公開第2013/128504(WO,A1)
【文献】
菅滋正,逆光電子分光,分光研究,1990年,Vol.39/No.1,PP.2-18
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−958
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板上に配置された表面プラズモンカップリング部材を有する測定用基板に測定対象試料を配置し、電子を前記測定対象試料に照射し、前記電子の照射により発生する発光を測定する逆光電子分光測定方法。
【請求項2】
前記プラズモンカップリング部材は、導電性ナノ粒子、回折格子及びプリズムの少なくともいずれかである請求項1記載の逆光電子分光測定方法。
【請求項3】
基板と、前記基板上に配置された表面プラズモンカップリング部材を有する逆光電子分光測定用基板。
【請求項4】
前記プラズモンカップリング部材は、導電性ナノ粒子、回折格子及びプリズムの少なくともいずれかである請求項3記載の逆光電子分光測定用基板。
【請求項5】
基板と、前記基板上に配置された表面プラズモンカップリング部材を有し、測定用試料を配置するための測定用基板と、
前記測定用基板に電子を照射するための電子照射装置と、
前記測定用基板上の前記測定用試料から放出される光を測定するための光検出器と、を有する逆光電子分光測定装置。
【請求項6】
前記測定用試料の前記プラズモンカップリング部材は、導電性ナノ粒子、回折格子及びプリズムの少なくともいずれかである請求項5記載の逆光電子分光測定用基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は逆光電子分光測定装置及び逆光電子分光測定用基板並びに逆光電子分光測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体の電子物性において、エネルギー準位は重要である。エネルギー準位には、占有準位(価電子帯)と空準位(伝導帯)がある。占有準位を測定する一般的な方法が光電子分光法(PES)であり、空準位を測定する方法が逆光電子分光法(IPES)である(例えば下記非特許文献1参照)。
【0003】
IPESは、試料にエネルギーの揃った電子を照射し、この電子が空準位に緩和するときの発光を観測する。照射した電子のエネルギーと発光の光エネルギーの差として、空準位のエネルギー、光の強度から状態密度についての情報を得ることができる。IPESはPESの逆過程とみなすことができ、原理的には空準位測定法として優れている。
【0004】
一方で、信号強度が極めて低いという課題がある。理論研究によれば、IPESの逆過程とみなせるPES過程に対するIPES過程の断面積は、X線領域(1keV)では10
−3、真空紫外領域(10eV)では10
−5程度しかない(例えば非特許文献2参照)。
【0005】
上記の課題を克服するため、従来のIPESを行う装置では光検出に高感度のバンドパス光検出器が使用されてきた(例えば下記非特許文献3参照)。この光検出器は、ヨウ素ガスが充満したガイガー・ミュラー管を用いて中心エネルギー9.2−9.7eV(波長130nmの真空紫外線)、半値幅0.4−0.8eVのバンドパス特性をもつ。これにより、表面科学の研究手法としてIPESが使われるようになった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】P.D.Johnson and S.L.Hulbert、Rev.Sci.Instrum.,61、2277−2288(1990)
【非特許文献2】J.B.Pendry,Phys.Rev.Lett.45,1356−1358(1980)
【非特許文献3】G.Denninger,V.Dose and H.Scheidt,Appl.Phys.18,375−380(1979)
【非特許文献4】H.Yoshida,Chem.Phys,Lett.539−540,180−185(2012)
【非特許文献5】H.Yoshida,J.Electron Sepctrosc.Relat.Phenom.204,116−123(2015)
【非特許文献6】吉田弘幸,応用物理84,245−249(2015)
【非特許文献7】H. Yoshida, Rev. Sci. Instrum. 84, 103901 (2013).
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6108361号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記PESのエネルギー分解能が通常0.1eV(最先端装置では1meV以下)であるのに対し、IPESのエネルギー分解能は0.5eV程度と低く、信号強度も弱い。また、高強度電子線を照射するため、有機分子や生体関連試料が損傷を受けるという問題もある。このようなことから、広く普及するには至っていない。
【0009】
ところで、本発明者の一人は、上記課題に鑑み非特許文献4乃至6、及び、特許文献1で示す低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)を開発した。本方法では、近紫外光から可視光を多層膜バンドフィルターによって選別して検出することにより、高分解能化を実現することができる。また、この結果、照射電子のエネルギーが多くの分子の損傷閾値以下になったため、有機半導体や生体関連分子の空準位を電子線照射による試料損傷なく測定できる。本方法は、近年、次世代ディスプレイとして脚光を浴びている有機EL素子等、盛んに研究されている有機半導体分野での幅広い応用が期待されている。
【0010】
そこで、本発明は上記課題に鑑み、信号強度を高めた高感度な逆光電子分光測定装置及び逆光電子分光測定用基板並びに逆光電子分光測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討を行ったところ、IPES過程の断面積を増加させるために、近紫外から可視光を検出する低エネルギー逆電子分光(LEIPS)装置と、表面プラズモン共鳴を組み合わせることが有効であるとの着想を得た。これにより、信号強度の増幅を図ることができることを発見し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明の第一の観点に係る逆光電子分光測定方法は、基板と、基板上に配置された表面プラズモンカップリング部材を有する測定用基板に測定対象試料を配置し、電子を前記測定対象試料に照射し、電子の照射により発生する発光を測定するものである。
【0013】
また、本発明の第二の観点に係る逆光電子分光測定用基板は、基板と、基板上に配置された表面プラズモンカップリング部材を有するものである。
【0014】
また、本発明の第三の観点に係る逆光電子分光測定装置は、基板と、基板上に配置された表面プラズモンカップリング部材を有し、測定用試料を配置するための測定用基板と、測定用基板に電子を照射するための電子照射装置と、測定用基板上の前記測定用試料から放出される光を測定するための光検出器と、を有するものである。
【0015】
なお、限定されるわけではないが、上記各観点において、測定用試料のプラズモンカップリング部材は、導電性ナノ粒子、回折格子及びプリズムの少なくともいずれかであることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
以上、本発明によって、信号強度を高めた高感度な逆光電子分光測定装置及び逆光電子分光測定用基板並びに逆光電子分光測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】逆光電子分光測定装置の概略を示す図である。
【
図2】逆光電子分光測定用基板の一例について示す図である。
【
図3】逆光電子分光測定用基板の一例について示す図である。
【
図4】逆光電子分光測定用基板の一例について示す図である。
【
図5】逆光電子分光測定用基板に試料を配置した場合のイメージ図である。
【
図6】実施例に係る銀ナノ粒子表面のAFM像である。
【
図7】実施例に係る銀ナノ粒子表面のAFM像である。
【
図8】実施例に係る銀ナノ粒子表面のAFM像である。
【
図9】実施例に係る逆光電子分光測定の測定結果を示す図である。
【
図10】実施例に係る逆光電子分光測定の測定結果を示す図である。
【
図11】実施例に係る逆光電子分光測定の測定結果を示す図である。
【
図12】実施例に係る逆光電子分光信号強度分布の測定結果を示す図である。
【
図13】実施例態に係る消光スペクトルの測定結果を示す図である。
【
図14】実施例に係る逆光電子分光測定の測定結果を示す図である。
【
図15】実施例に係る逆光電子分光測定の測定結果を示す図である。
【
図16】実施例に係る逆光電子分光測定の測定結果を示す図である。
【
図17】実施形態に係る逆光電子分光信号強度分布の測定結果を示す図である。
【
図18】実施形態に係る消光スペクトルの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態、実施例に記載の具体的な例示にのみ限定されるわけではない。
【0019】
図1は、本実施形態に係る逆光電子分光測定装置(以下「本装置」という。)1の概略を示す図である。本図で示すように、本装置1は、基板21と、基板上21に配置された表面プラズモンカップリング部材22を有し、測定用試料Sを配置するための逆光電子分光測定用基板(以下「本測定用基板」という。)2と、本測定用基板2に電子を照射するための電子照射装置3と、本測定用基板2上の測定用試料Sから放出される光を測定するための光検出器4と、を有する。なお、本装置において、少なくとも本測定用基板2は、測定時において真空状態となった真空容器5の内部に保持される。
【0020】
本装置1における本測定用基板2は、上記の通り測定用試料Sを配置するためのものである。
【0021】
本測定用基板2における基板21は、上記の記載から明らかであるが、表面プラズモンカップリング部材22及び測定用試料Sを保持するために用いられるものである。
【0022】
基板21は、この機能を有する限りにおいて限定されるわけではないが、電子照射装置から照射される電子を測定用試料Sに帯電させず本基板2外に取り出すために導電性又は半導体性を備えたものであることが好ましい。基板21の材料の具体的なものとしては、限定されるわけではないが、例えば、金、銀、銅、鉄、及びアルミニウム等、及びこれらの合金等の金属及びこれの酸化物、シリコン、ゲルマニウム等の半導体、ガラスや樹脂等の絶縁体上に上記導電性膜を配置したもの等を挙げることができる。もちろん、上記のとおり、表面プラズモンカップリング部材自体が導電性を備えている場合はガラス等の絶縁性の部材であっても構わない。
【0023】
また、本測定用基板2における表面プラズモンカップリング部材22は、上記の通り基板21に配置され、表面プラズモンを発生させ、電子照射装置3により照射された電子と共鳴し、カップリングを起こすことができる部材である。
【0024】
ここで表面プラズモンカップリング部材22は、上記の機能を有することができる限りにおいて限定されるわけではないが、導電性ナノ粒子、回折格子及びプリズムの少なくともいずれかであることが好ましい。
【0025】
導電性ナノ粒子の場合、局在表面プラズモン共鳴を用いるものであり、その材料は局在表面プラズモン共鳴を発生させるために導電性を有するものであれば限定されるわけではないが、例えば金、銀、アルミニウム、インジウム及びこれらの合金の少なくともいずれかを含む金属並びにこの酸化物、錯体等を例示することができる。本測定用基板2が導電性ナノ粒子の場合のイメージ図を
図2に示しておく。
【0026】
また、基板21に対する導電性ナノ粒子の形成方法としては特に限定されず種々の方法を採用することができる。例えば、真空蒸着法、リソグラフィ法等を用いることが好ましい。
【0027】
また、表面プラズモンカップリング部材22が回折格子の場合、伝搬型の表面プラズモン共鳴を用いるものであり、限定されるわけではないが、例えば透過格子型であっても、凹面格子型であってもよい。凹面格子型の一例について
図3に示しておく。なお回折格子の場合、回折格子自身を上記ナノ粒子において用いる導電体の材料そのものを用いてもよいが、ガラスや樹脂等の絶縁性の部材の表面に上記導電体の材料を膜として被覆したものであってもよい。
【0028】
また、表面プラズモンカップリング部材22がプリズムの場合も、上記回折格子の場合と同様、伝搬型の表面プラズモン共鳴を用いるものである。この材料の場合、電子の照射によって発生する試料からの光が透過する材料であることが好ましく、例えばガラス、石英ガラス、サファイア等の光透過性の部材を用いることができるがこれに限定されない。この場合のイメージを
図4に示しておく。
【0029】
また、本測定用基板2には、上記の記載の通り、測定対象となる試料(測定対象試料)が配置される。測定対象となる試料としては、電子が照射されることによって光を放出することができるものである限りにおいて限定されるわけではないが、例えば有機化合物であることは好ましい一例である。また具体的な有機化合物の例としては、限定されるわけではないが糖化合物や油脂化合物(脂肪)といった天然有機化合物、酵素やホルモンといった生体内物質、合成樹脂等の高分子化合物、有機半導体等を例示することができるがこれに限定されない。また、場合によっては、後述の実施例からもわかるように無機物や金属に対しても測定が可能である。
【0030】
なお、本装置1において、測定対象となる試料は、上記表面プラズモンカップリング部材上に確実に配置されていることが好ましいが、試料の状態やサイズなどによっては基板21上に配置される部分があってもよい。試料の状態としては固体状態であっても、液体状態であっても、その中間的な状態であってもよく限定はされない。本測定用基板2における表面プラズモンカップリング部材がナノ粒子である場合に、イオン液体などの流動性の高い物質を塗布した場合のイメージを
図5に示しておく。
【0031】
また、本装置1における電子照射装置3は、本測定用基板2に電子を照射するためのであり、電子線を照射することができるものであることが好ましい。
【0032】
本装置1における電子照射装置3は、上記の機能を有することができる限りにおいて限定されるわけではないが、電子銃であることが好ましい。電子銃の場合、熱電子放出型であっても、電界放出型であってもよい。
【0033】
また本装置1における電子照射装置3が照射する電子は、比較的低いエネルギーの電子であって、本装置1による所望の光検出が可能である限りにおいて限定されるわけではないが、0eVより大きく10eV以下の範囲のエネルギーであることが好ましく、より好ましくは5eV以下である。
【0034】
また、本装置1における光検出器4は、本測定用基板2上の測定用試料Sから放出される光を測定するためのものである。
【0035】
光検出器4の構成は、上記機能を有する限りにおいて限定されず、種々の構造のものを採用することができる。通常は、光の選別機42と光検出器41から構成される。光検出器41としては、光電子増倍管(PMT)41、CCD等の半導体検出器等を用いることができる。そして、この光電子増倍管により検出した電気信号を所定の処理することにより、信号強度として把握することができる。
【0036】
また本装置1において、光検出器4において、上記光電子増倍管41等の前段に所定の波長の光を取り出す光選別機42を配置する。光選別機42には、非特許文献3のように多層膜からなるバンドパスフィルタを用いることもできるし、上記非特許文献7のように分光器を用いることもできる。またこの場合において、検出する波長としては、100nm以上800nmの範囲の光を検出することが好ましく、より好ましくは150nm以上600nmである。
【0037】
通常のIPESでは上記の通り9.2−9.7eV(波長130nmの真空紫外光)の光を検出するため、金属の表面プラズモン共鳴(例えばAlやInでは200nm程度、Agでは340nm程度、Auでは510 nm程度)と波長が合わない。これに対し、上記のように低エネルギー逆電子分光(LEIPS)装置を用いることで、200nm〜500nmの近紫外光を検出する。このため、金属などの表面プラズモン共鳴とのカップリングが可能になり、IPES信号強度の増大が可能となる。
【0038】
なお、本装置1において、電子照射装置3及び本測定用基板2は、測定時において真空状態に置かれていることがこのましく、より好ましくは真空容器内に配置されていることが好ましい。なお、この場合において、光検出器4は真空容器内に配置されていてもよいが、真空容器に光を透過させるための光透過窓を設け、この窓を透過した光を光検出器4で検出する構成としておくことが好ましい。
【0039】
ここで、上記記載から明らかであるが、本装置1を用いる逆光電子分光測定方法(以下「本方法」という。)について説明する。
【0040】
本方法は、基板21と、基板上21に配置された表面プラズモンカップリング部材22を有する測定用基板2に測定対象試料Sを配置し、電子を測定対象試料Sに照射し、電子の照射により発生する発光を測定する。
【0041】
本方法によると、表面プラズモン共鳴による信号増強効果を用いてIPES信号強度を飛躍的に増加させることができる。より具体的に説明すると、電子の照射を行い、光を発光させる。そしてこの光を表面プラズモンとカップリングさせて、信号強度を数倍から100倍程度まで増強させることができる。従来のIPESの最大の課題は信号強度が弱いということであり、これを解決することでIPESの原理的な強みを生かすことが可能となり、IPESを広く普及させることができるようになる。なお、より具体的な効果は以下のとおりである。
(1)測定時間の短縮
従来は測定に30分から数時間を要していたが、本装置によると数分で測定することも可能となる。これにより、大量測定、時間分解測定の可能性が高まる。
(2)少量測定
たとえ少量の試料であっても測定が可能となる。従来は、試料の大きさが1mm
2から1cm
2以上を必要としていたが、本発明によって、より小さな試料に対する測定が可能となるほか、顕微測定等空間分解が可能となる。
(3)高分解能・高精度測定
エネルギー分解能を高めると、通常は反比例して信号強度が下がる。しかしながら本装置によって信号強度を増幅することで、高分解能測定が現実的な測定時間で可能となる。これにより、従来にない高分解能・高精度でのIPESが実現する。
【0042】
また、上記特徴に加えて、本装置で例示する表面プラズモンカップリング部材は一般に安価なものであり、わずかなコストで大きな増強効果をもたらすものであり、装置自体に大きな変更を加えることなく簡便に適用可能であり、幅広く普及することが期待される。
【0043】
以上、本装置は、信号強度を高めた高感度な逆光電子分光測定を可能とするものであり、本装置を用いることで、高感度な逆光電子分光測定方法を実現することができる。
【実施例】
【0044】
ここで、上記装置の効果の検証として実際の実験を行った。以下具体的に示す。
【0045】
まず、7mm×7mmのガラス基板に酸化インジウムスズ(ITO)薄膜をつけることによって導電性を持たせた基板(以下「ITO基板」という)、銀を真空蒸着することによって銀ナノ粒子を形成したもの(逆光電子分光測定用基板)を作製した。この場合において、蒸着する銀の平均膜厚を変えることにより、銀ナノ粒子の平均粒径を制御した。具体的には、3nmの平均膜厚では平均粒径が25nm(高低差10nm)、30nmの平均膜厚では平均粒径が160nm(高低差75nm)、50nmの平均膜厚では平均粒径が200nm(高低差80nm)であった。この場合におけるAFM像について
図6乃至8に示しておく。なおこの場合における条件としては、真空度6.0×10
−6Pa、蒸着速度0.30nm/分で行った。
【0046】
また、上記の他、本実施例の比較例として、表面を洗浄した銀板(bulk)を用いた。
【0047】
そして、上記作製した各基板に対し、特許第6108361号に記載の逆光電子分光測定装置を用い、逆光電子分光測定を行った。この結果を
図9乃至
図11に示しておく。なお上記それぞれの図において、横軸は電子のエネルギー(eV)を、縦軸は信号強度をそれぞれ示しており、
図9は検出波長260nmの逆光電子スペクトルを、
図10は検出波長387nmにおける逆光電子スペクトルを、
図11は検出波長434nmにおける逆光電子スペクトルをそれぞれ示している。
【0048】
これらの結果によると、検出波長260nmでは平均膜厚3nmのもの、30nmのもの、bulkのもの、において信号強度の差は見られなかったが、検出波長387nmでは平均膜厚30nmのもの、50nmのものがbulkのものに比べて3倍の信号強度となっていた。さらに、検出波長434nmでは平均膜厚3nmのものがbulkに比べて3倍の信号強度となっていた。この結果、銀ナノ粒子を用いることで信号強度が増加していることを確認した。
【0049】
一方、上記平均膜厚3nmのもの、30nmのもの、50nmのものそれぞれに対し、逆光電子スペクトル信号強度の測定波長依存性を求め、同じ試料について消光スペクトルの測定を行った。この結果について
図12、
図13に示しておく。この結果によると、波長260nmで測定したスペクトルに比べて平均膜厚3nmのものは約19倍となり、平均膜厚30nmのもの、50nmのものは16倍となっていることを確認した。また、上記消光スペクトル及び逆光電子分光信号強度分布のピークは一致しており、銀ナノ粒子の表面プラズモン共鳴による信号増強であることが確認できた。
【0050】
また次に、上記作製した基板上に有機化合物である有機半導体の一般的な物質として銅フタロシアニンを蒸着し、逆光電子分光測定を行った。この結果を
図14乃至16にそれぞれ示す。またここで比較例として、ITO基板に直接銅フタロシアニンを蒸着したもの(CuPc/ITO)を作製し、同様に測定を行った。銅フタロシアニンの平均膜厚は1nmから50nmであった。なおこれらの図において横軸は真空準位を基準としたエネルギーを、縦軸はその信号強度をそれぞれ示しておく。また
図14は、検出波長260nmにおける逆光電子スペクトルを、
図15は検出波長387nmの逆光電子スペクトルを、
図16は検出波長434nmにおける逆光電子スペクトルをそれぞれ示している。これらの図では、代表として銅フタロシアニンの平均膜厚を20nmとした場合を示す。
【0051】
これらの図によると、検出波長260nmでは、CuPc20nm/ITOと、平均膜厚30nmのもの(CuPc20nm/Ag30nm)に強度の差は見られなかったが、検出波長387nmでは、CuPc20nm/Ag30nm及び平均膜厚50nmのもの(CuPc20nm/Ag50nm)のものはそれぞれCuPc20nm/ITOに比べて3倍、4倍の信号強度となっていることを確認した。また、検出波長434nmではCuPc20nm/Ag30nm、CuPc20nm/Ag50nmはそれぞれCuPc20nm/ITOに比べて2倍、5倍の信号増強となっていることを確認した。
【0052】
また、これらの逆光電子スペクトル信号強度の波長依存を求め、消光スペクトルの測定も行った。この結果について
図17、
図18に示しておく。逆光電子分光信号強度及び消光スペクトルは、銅フタロシアニンの光吸収が重なるため、銀ナノ粒子のプラズモン吸収のみを判断するのは難しいが、300nmよりも長波長で強度が増大していて、波長は概ね一致している。また、CuPc20nm/Ag3nmよりもCuPc20nm/Ag30nm、CuPc20nm/Ag30nmよりもCuPc20nm/Ag50nmのほうが、逆光電子スペクトル強度と消光スペクトルの強度がともに強く、よく一致している。
【0053】
以上、本実施例によって、表面プラズモン共鳴により逆光電子スペクトルの信号増強が行われることを確認し、本発明の有用性について確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、逆光電子分光測定装置及び逆光電子分光測定用基板並びに逆光電子分光測定方法として産業上の利用可能性がある。