特許第6890110号(P6890110)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6890110
(24)【登録日】2021年5月26日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】工作機械の熱変位補正方法
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/18 20060101AFI20210607BHJP
   B23Q 15/00 20060101ALI20210607BHJP
   G05B 19/404 20060101ALI20210607BHJP
   G05B 19/4155 20060101ALI20210607BHJP
   G06N 3/08 20060101ALI20210607BHJP
   G06N 20/00 20190101ALI20210607BHJP
【FI】
   B23Q15/18
   B23Q15/00 301C
   G05B19/404 K
   G05B19/4155 V
   G06N3/08
   G06N20/00 130
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-205521(P2018-205521)
(22)【出願日】2018年10月31日
(65)【公開番号】特開2020-69597(P2020-69597A)
(43)【公開日】2020年5月7日
【審査請求日】2021年4月19日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000146847
【氏名又は名称】DMG森精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104662
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 智司
(72)【発明者】
【氏名】入野 成弘
(72)【発明者】
【氏名】成松 宏一郎
【審査官】 松井 裕典
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−114776(JP,A)
【文献】 特開2018−153902(JP,A)
【文献】 特開2018−124929(JP,A)
【文献】 特開2018−138327(JP,A)
【文献】 特開2005−18600(JP,A)
【文献】 長場 景子、進藤 智則,フィンランド発の深層学習技術が産廃処理に革新 AI搭載ロボで省人化と速度向上実現したシタラ興産,NIKKEI Robotics,日本,日経BP社,2017年02月,第19号,第7−8頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 15/00 − 15/28
G05B 19/18 − 19/416
G05B 19/42 − 19/46
G06N 3/00 − 3/12
G06N 7/08 − 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象のユーザ側に設置された工作機械において、前記工作機械の予め設定された測定部位の温度と、ワークと工具との間に生じる熱変位量との関係を定義したパラメータに基づき、前記測定部位の温度に応じた前記熱変位量を算出し、算出された熱変位量に応じてワークと工具との間の位置決め位置を補正する方法であって、
メーカ側において、対象のユーザ側の工作機械の稼働状態情報を取得し、取得した稼働状態情報を基に、前記ユーザ側の工作機械と同種の工作機械を用いて、取得したユーザ側の稼働状態と同じ稼働状態を再現するとともに、再現中に、前記ユーザ側の工作機械に対して設定された前記測定部位と同じ測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量を測定し、得られた温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータを算出し、算出されたパラメータで前記ユーザ側の工作機械におけるパラメータを更新するようにしたことを特徴とする熱変位補正方法。
【請求項2】
前記稼働状態情報には、少なくとも、主軸モータ及び送りモータの負荷情報、並びに対象の前記ユーザ側の工作機械が設置される雰囲気温度情報が含まれることを特徴とする請求項1記載の熱変位補正方法。
【請求項3】
メーカ側において、更に、他のユーザが所有する同種の工作機械の稼働状態情報を取得し、取得した稼働状態情報を基に、同種の工作機械を用いて、取得した他のユーザ側の稼働状態と同じ稼働状態を再現するとともに、再現中に、前記測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量を測定し、得られた他のユーザの稼働状態における温度及び熱変位量、並びに対象のユーザの稼働状態における温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータを算出し、算出されたパラメータで対象のユーザ側の工作機械におけるパラメータを更新するようにしたことを特徴とする請求項1又は2記載の熱変位補正方法。
【請求項4】
メーカ側において、更に、同種の工作機械を独自に稼働させて得られる前記測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量を測定し、得られたメーカ側独自の稼働状態における温度及び熱変位量、並びに前記ユーザの稼働状態における温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータを算出し、算出されたパラメータで対象のユーザ側の工作機械におけるパラメータを更新するようにしたことを特徴とする請求項1乃至3記載のいずれかの熱変位補正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械を構成する構造物の熱変形によって工具とワークとの間に生じる変位(熱変位)を補正する熱変位補正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械では、当該工作機械が設置される雰囲気の温度や、その各運動機構部が動作することで生じる熱(モータの発熱や摺動部の発熱など)によって、当該工作機械を構成する構造物が熱変形し、この熱変形に起因して工具とワークとの間に変位(熱変位)を生じる。
【0003】
そこで、従来より、このような熱変位量を推定し、ワークと工具との間の位置決め位置を、推定された熱変位量に応じて補正する対応が取られている。そして最近では、このような熱変位量を機械学習によって推定する試みがなされており、下記特許文献1には、熱変位量を推定するための機械学習装置が開示されている。
【0004】
上記の機械学習装置は、同特許文献1に開示されるように、熱膨張する機械要素を有する工作機械の前記機械要素の動作状態を表す動作状態データに基づいて前記機械要素の熱変位量を推定する計算式を機械学習によって最適化する機械学習装置であって、
前記機械要素の動作状態データを取得するデータ取得手段と、
前記機械要素の熱変位量の実測値を取得する熱変位量取得手段と、
前記データ取得手段によって取得された前記機械要素の動作状態データおよび前記熱変位量取得手段によって取得された前記機械要素の熱変位量の実測値をラベルとして互いに関連付けて教師データとして記憶する記憶手段と、
前記機械要素の動作状態データおよび前記機械要素の熱変位量の実測値に基づいて機械学習を行うことで、前記機械要素の熱変位量を算出する計算式を設定する計算式設定手段と、
前記計算式設定手段によって設定された計算式に前記記憶手段に教師データとして記憶された所定期間内における前記機械要素の動作状態データを代入して、前記機械要素の熱変位量の推定値を算出する熱変位量算出手段と、
前記熱変位量算出手段によって算出された前記所定期間内における前記機械要素の熱変位量の推定値と前記記憶手段に教師データとして記憶された前記所定期間内における前記機械要素の熱変位量の実測値との差異が、所定の閾値以下であるか否かを判定する判定手段と、を備え、
前記計算式設定手段は、前記判定手段によって前記差異が所定の閾値以下でないと判定された場合に、前記計算式を再設定するとともに、前記判定手段によって前記差異が所定の閾値以下であると判定された場合に、この計算式を最適なものとして設定するように構成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018−111145号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ユーザ側に設置される工作機械は、当然のことながら製品の加工に用いられ、常に、その製造コストの低減が求められている。このため、ユーザ側では、工作機械の稼働率を極限まで高める努力が常に払われている。
【0007】
一方、上記機械学習装置によって、機械要素の熱変位量を推定する計算式を取得するには、機械要素の熱変位量についての実測値が必要であり、このような熱変位量の実測値を得るには、当該工作機械を停止させて、工具とワークとの間の変位量を、適宜測定器を用いて測定しなければならない。また、機械学習により、熱変位量を推定する最適な計算式を取得するには、機械要素の動作状態及び熱変位量についての膨大な量のデータが必要となる。
【0008】
しかしながら、上述したように、ユーザ側において、工作機械を停止させた状態で熱変位量を測定することは、実質的にその実現が難しく、上述した従来の機械学習装置は、理論的には、熱変位量の計算式を導出することができると思われるが、実用面では、その運用が極めて困難なものであった。
【0009】
このような問題を解決するために、メーカ側において、同種の工作機械を用いて、当該機械要素の動作状態及び熱変位量についてのデータを取得し、得られたデータを用いて、熱変位量を算出するための計算式を上記機械学習装置によって導出することも考えられるが、メーカ側とユーザ側とでは、工作機械の設置環境が異なるため、必ずしも、ユーザ側に設置された工作機械に適応した熱変位量の算出式を導出することができない。
【0010】
本発明は以上の実情に鑑みなされたものであって、機械学習の手法を用いながらも、ユーザ側において、その工作機械に応じた適正な熱変位量を算出して、当該熱変位を補正することができる熱変位補正方法の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明は、
対象のユーザ側に設置された工作機械において、前記工作機械の予め設定された測定部位の温度と、ワークと工具との間に生じる熱変位量との関係を定義したパラメータに基づき、前記測定部位の温度に応じた前記熱変位量を算出し、算出された熱変位量に応じてワークと工具との間の位置決め位置を補正する方法であって、
メーカ側において、対象のユーザ側の工作機械の稼働状態情報を取得し、取得した稼働状態情報を基に、前記ユーザ側の工作機械と同種の工作機械を用いて、取得したユーザ側の稼働状態と同じ稼働状態を再現するとともに、再現中に、前記ユーザ側の工作機械に対して設定された前記測定部位と同じ測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量を測定し、得られた温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータを算出し、算出されたパラメータで前記ユーザ側の工作機械におけるパラメータを更新するようにした熱変位補正方法に係る。
【0012】
本発明によれば、対象となるユーザ側に設置された工作機械において、熱変位補正が実行される。即ち、当該工作機械の予め設定された測定部位における温度と、ワーク−工具間に生じる熱変位量との関係を定義したパラメータに基づいて、当該測定部位について測定される温度に応じた熱変位量が算出され、算出された熱変位量に応じてワークと工具との間の位置決め位置が補正される。言い換えれば、熱変位補正が実行される。
【0013】
そして、このユーザ側の工作機械におけるパラメータは、メーカ側において設定されたパラメータによって更新される。具体的には、メーカ側において、ユーザ側の工作機械の稼働状態情報が取得され、取得された稼働状態情報を基に、ユーザ側の工作機械と同種の工作機械を用い、取得したユーザ側の稼働状態と同じ稼働状態となるように、当該メーカ側の工作機械が動作される。これにより、ユーザ側の工作機械の動作環境と同じ動作環境がメーカ側で再現される。そして、この再現中に、ユーザ側の工作機械に対して設定された測定部位と同じ測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量が測定され、得られた温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータが算出される。そして、算出されたパラメータによって、ユーザ側の工作機械のパラメータが更新される。
【0014】
斯くして、この熱変位補正方法によれば、同種の工作機械について、ワーク−工具間に生じる熱変位量をユーザ側の工作機械を停止させることなく取得することができる。したがって、ユーザ側では工作機械の稼働率を低下させることなく、正確な熱変位補正を実現することができ、これにより、その加工精度の向上を図ることができる。
【0015】
また、メーカ側において、工作機械の前記各測定部位における温度データと、これに関係するワーク−工具間に生じる熱変位量データを取得することで、より多くのデータを取得することができる。そして、このような多くのデータを用いて機械学習を行うことにより、その学習効果を高めることができ、当該機械学習によって得られるパラメータをより精度の高いものとすることができる。
【0016】
尚、前記稼働状態情報には、少なくとも、主軸モータ及び送りモータの負荷情報、並びに対象の前記ユーザ側の工作機械が設置される雰囲気温度情報を含んでいるのが好ましい。これらの要素が工作機械の構造物に熱変形を生じさせるものであり、これらの情報について同じ状態となるようにメーカ側の工作機械を動作させることで、ユーザ側の工作機械の動作環境と同じ動作環境をメーカ側で再現することができる。
【0017】
また、本発明では、メーカ側において、対象のユーザに加えて、更に、他のユーザが所有する同種の工作機械の稼働状態情報を取得し、取得した稼働状態情報を基に、同種の工作機械を用いて、取得した他のユーザ側の稼働状態と同じ稼働状態を再現するとともに、再現中に、前記測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量を測定し、得られた他のユーザの稼働状態における温度及び熱変位量、並びに対象のユーザの稼働状態における温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータを算出し、算出されたパラメータによって対象のユーザ側の工作機械におけるパラメータを更新するようにしても良い。このようにすれば、より多量の温度データ及び熱変位量データを取得することができ、より精度の高いパラメータを算出することができる。
【0018】
また、本発明では、更に、メーカ側において、同種の工作機械をメーカ側で独自に稼働させて得られる前記測定部位における温度、及びワークと工具との間に生じる熱変位量を測定し、得られたメーカ側の独自の稼働状態における温度及び熱変位量、並びに前記ユーザの稼働状態における温度及び熱変位量を基に、機械学習によって前記パラメータを算出し、算出されたパラメータで対象のユーザ側の工作機械におけるパラメータを更新するようにしても良い。このようにすれば、更に多量の温度データ及び熱変位量データを取得することができ、更に精度の高いパラメータを算出することができる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によれば、同種の工作機械について、ワーク−工具間に生じる熱変位量をユーザ側の工作機械を停止させることなく取得することができる。したがって、ユーザ側では工作機械の稼働率を低下させることなく、正確な熱変位補正を実現することができ、これにより、その加工精度の向上を図ることができる。
【0020】
また、メーカ側において、工作機械の各測定部位における温度データと、これに関係するワーク−工具間に生じる熱変位量データを取得することで、より多くのデータを取得することができる。そして、このような多くのデータを用いて機械学習を行うことにより、その学習効果を高めることができ、当該機械学習によって得られるパラメータをより精度の高いものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施の形態に係る熱変位補正方法について説明するための説明図である。
図2】本実施形態における工作機械を示した側面図である。
図3】本実施形態における機械学習の概念を説明するための説明図である。
図4】本実施形態における機械学習の概念を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る熱変位補正方法の具体的な実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0023】
本例では、対象のユーザ側に設置された工作機械において、当該工作機械の予め設定された測定部位における温度と、ワーク−工具間に生じる熱変位量との関係を定義したパラメータに基づき、測定部位の温度に応じた熱変位量を算出し、算出された熱変位量に応じて、即ち、熱変位が解消されるように、ワークと工具との間の位置決め位置が補正される。そして、前記パラメータは、メーカ側において設定され、設定されたパラメータで対象ユーザ側のパラメータが更新される。以下、その詳細について説明する。
【0024】
1.共通の工作機械
本例で用いられる共通の工作機械、即ち、図1に示したメーカ側の工作機械10M、ユーザAの工作機械10A及びユーザBの工作機械10Bの一例を図2に示す。同図2に示すように、この工作機械10は、ベッド11、このベッド11上に配設されたコラム12、同じくベッド11上に矢示Y軸方向に移動可能に配設されたサドル13、前記コラム12に矢示Z軸方向に移動可能に配設された主軸頭14、前記サドル13上に前記Y軸及びZ軸と直交するX軸方向に移動可能に配設されたテーブル16、及び前記主軸頭14に前記Z軸と平行な回転軸を中心として回転可能に保持された主軸15などを備えた立形のマシニングセンタである。
【0025】
尚、本例では工作機械10として立形のマシニングセンタを例示しているが、当然のことながら、本発明を適用し得る工作機械10は、このような立形マシニングセンタに限定されるものではない。
【0026】
そして、この工作機械10は、主軸15とテーブル16とがX軸、Y軸及びZ軸の直交3軸方向に相対移動可能となっており、このような相対移動により、テーブル16上に配設されたワークWが主軸15に装着された工具Tによって加工される。
【0027】
また、工作機械10には、予め設定された位置(測定部位)に温度センサS〜Sが設けられており、この温度センサS〜Sによって各測定部位の温度(t〜t)が測定される。iは1〜n自然数である。
【0028】
2.対象ユーザ側における熱変位補正
本例では、図1に示すユーザAを対象ユーザとするが、ユーザBも対象ユーザとなり得る。ユーザAの工作機械10Aでは、例えば、X軸方向の熱変位量Dは下式数式1によって算出される。
(数式1)
=1/(1+exp(−((ΣAXj・KwXj)+Kv))
Xj=1/(1+exp(−((ΣHwXi,j・t)+VXj))
【0029】
また、Y軸方向の熱変位量Dは下式数式2によって算出される。
(数式2)
=1/(1+exp(−((ΣAYj・KwYj)+Kv))
Yj=1/(1+exp(−((ΣHwYi,j・t)+VYj))
【0030】
そして、Z軸方向の熱変位量Dは下式数式3によって算出される。
(数式3)
=1/(1+exp(−((ΣAZj・KwZj)+Kv))
Zj=1/(1+exp(−((ΣHwZi,j・t)+VZj))
【0031】
但し、上記数式1〜3において、iは1〜nの自然数であり、jは1〜mの自然数である。また、上記AXj、AYj、AZj、KwXj、KwYj、KwZj、Kv、Kv、Kv、HwXi,j、HwYi,j、HwZi,j、VXj、VYj、VZjは設定されるべきパラメータであり、メーカ側で算出されたパラメータによって更新される。
【0032】
また、X軸方向の熱変位量Dに対する補正量C、Y軸方向の熱変位量Dに対する補正量C、Z軸方向の熱変位量Dに対する補正量Cは以下の数式4となる。
(数式4)
=−D
=−D
=−D
【0033】
ユーザAの工作機械10Aでは、温度センサS〜Sによって測定される温度t〜t及び上記数式1〜3に基づいて、熱変位量D、D、Dが算出されるとともに、これらに対応する補正量C、C、Cが数式4に基づいて算出され、加工の際に、算出された補正量C、C、Cによって、ワークWと工具Tとの相対的な位置決め位置が補正される。尚、補正量C、C、Cの算出は、通常、予め定められた時間間隔毎に行われる。
【0034】
3.メーカ側におけるパラメータの設定
メーカ側では、電気通信回線1に接続されるメーカ側の通信装置2により、同じく電気通信回線1に接続されるユーザAの工作機械10A、ユーザBの工作機械10Bから、それぞれその稼働状態情報を取得する。
【0035】
前記稼働状態情報としては、少なくとも、各工作機械10A,10Bの主軸モータ及び送りモータの負荷情報、その雰囲気温度情報、並びに温度センサSによって測定される温度情報(t)が含まれ、この他にクーラントポンプのON、OFF情報や油圧の温度情報が含まれていても良い。これらの情報は、ユーザAの工作機械10A、ユーザBの工作機械10Bにおいてそれぞれ予め定められたサンプリング間隔で所定時間収集され、収集された1群のデータがそれぞれ前記電気通信回線1を介してメーカ側の前記通信装置2に送信される。尚、電気通信回線1としては、典型的にはインターネットや公衆電話網を用いることができる。
【0036】
そして、メーカ側では、収集された稼働状態情報に基づいて、恒温室内に設置されたメーカ側の工作機械10Mの稼働状態が、収集された稼働状態と同じ状態となるように調整される。言い換えれば、メーカ側の工作機械10Mを用いて、収集された稼働状態が再現される。例えば、或る一つの群のデータに基づいて、恒温室内の時間軸に沿った温度が収集された雰囲気温度と一致するように、当該恒温室内の温度を調節するとともに、工作機械1Mの時間軸に沿った稼働状態が収集された稼働状態と一致するように、当該工作機械10Mの主軸モータ及び送りモータなどが駆動される。また、収集された稼働状態情報にクーラントポンプや油圧温度の情報が含まれている場合には、その情報と一致するようにクーラントポンプを駆動し、油圧の温度を調整する。
【0037】
そして、収集された稼働状態がメーカ側の工作機械10Mで再現されている間に、当該工作機械10Mにおける前記温度センサS〜Sによって測定される温度t〜tを所定のサンプリング間隔で測定すると共に、これと同時に、適宜変位計(例えば、タッチセンサなど)を用いて、工具TとワークWとの間の変位量(熱変位量)dを計測する。熱変位量dはX軸方向の熱変位量dXk、Y軸方向の熱変位量dYk及びZ軸方向の熱変位量dZkとして測定される。但し、kは1〜pの自然数である。
【0038】
尚、メーカ側の工作機械10Mで測定された温度t〜tと、収集された測定温度t〜tとを比較することで、稼働状態の再現が正しく行われたかどうかを確認することができる。
【0039】
以上のようにして、収集された各群の稼働状態情報に基づいて、メーカ側の工作機械10Mの稼働状態を、収集された稼働状態と同じ状態となるように調整し、その間に、工作機械10Mにおける前記温度センサS〜Sによって測定される温度t〜tを所定のサンプリング間隔で取得すると共に、これと同時に、工具TとワークWとの間の熱変位量dXk、dYk及びdZkを測定する。
【0040】
そして、得られた温度t〜t及び熱変位量dXk、dYk、dZkに係るデータを用いて、メーカ側の学習装置3における機械学習により、温度センサS〜Sによって測定される温度t〜tに基づいて前記熱変位量DXk、DYk、DZkを推定(算出)するためのパラメータAXj、AYj、AZj、KwXj、KwYj、KwZj、Kv、Kv、Kv、HwXi,j、HwYi,j、HwZi,j、VXj、VYj、VZjを設定する。
【0041】
この機械学習の典型的なニューラルネットワークモデルを図3に示し、このニューラルネットワークモデルにおける演算アルゴリズムを図4に示す。本例では、データマイニングに適用される図3に示したニューラルネットワークを用いた、バックプロパゲーションによる教師有り機械学習によって前記パラメータを算出する。
【0042】
図4に示したアルゴリズムでは、入力層のt〜tは、それぞれ温度センサS〜Sの出力値に対応している。また、Hwi,j及びKwは重み係数であり、V及びKvは反応感度としての閾値である。そして、中間層における出力Aは、以下の数式5によって算出される。
(数式5)
=f((ΣHwi,j・t)+V
また、出力層における出力Dは、以下の数式6によって算出される。
(数式6)
d=D=f((ΣKw・A)+Kv)
尚、前記出力A及びDは、以下の数式7によって表されるシグモイド関数によって変換される。
(数式3)
f(u)=1/(1+exp(−u))
【0043】
そして、上記のようにして取得した温度t〜t及び熱変位量dXk、dYk、dZkに係るデータを基に、上記アルゴリズムを用い、中間層の各層の数やその階層を適宜設定した後、上記バックプロパゲーションによる教師有り機械学習によって、X軸方向の熱変位量Dに関するパラメータAXj、KwXj、Kv、HwXi,j及びVXj、Y軸方向の熱変位量Dに関するパラメータAYj、KwYj、Kv、HwYi,j、及びVYj、Z軸方向の熱変位量Dに関するパラメータAZj、KwZj、Kv、HwZi,j及びVZjをそれぞれ算出する。尚、中間層の個数jは任意であり、一般的には、中間層の個数jが多いほど精度は良くなる。
【0044】
尚、本例のバックプロパゲーションによる教師有り機械学習は、上述の予め取得された各温度センサS〜Sからの出力値を、図4に示したアルゴリズムの入力値tとして入力するとともに、重み係数Hwi,j,Kw、及び閾値V,Kvを適宜設定して得られる出力値(D(D、D、D))と、真の値(熱変位量=d(dXk、dYk、dZk))とを比較し、その差分を減らすように、即ち、収束させるように、各重み係数Hwi,j,Kw、及び閾値V,Kvを変更する作業を繰り返すことによって、パラメータである重み係数Hwi,j,Kw、及び閾値V,Kvの最適値を設定するというものである。
【0045】
そして、このメーカ側の学習装置3では、ユーザ側から収集された稼働状態に基づいて、この稼働状態をメーカ側の工作機械10Mで再現して得られる温度t及び熱変位量dに係るデータを蓄積し、蓄積されたデータに基づいて、定期的又は随時、機械学習によって、前記パラメータAXj、AYj、AZj、KwXj、KwYj、KwZj、Kv、Kv、Kv、HwXi,j、HwYi,j、HwZi,j、VXj、VYj、VZjを算出する。そして、算出したラメータAXj、AYj、AZj、KwXj、KwYj、KwZj、Kv、Kv、Kv、HwXi,j、HwYi,j、HwZi,j、VXj、VYj、VZjを前記メーカ側の通信装置2を介して前記ユーザAの工作機械10Aに送信し、送信したパラメータで、当該工作機械10Aに格納された対応するパラメータを更新する。
【0046】
斯くして、ユーザAの工作機械10Aでは、更新されたパラメータに基づいて、上述した数式1〜4に基づいた熱変位補正が実行される。
【0047】
以上のように、本例の熱変位補正方法によれば、ユーザAの工作機械10A及びユーザBの工作機械10Bの稼働状態情報がそれぞれメーカ側に送信され、送信された稼働状態情報に基づいて、工作機械10A及び10Bの各稼働状態がメーカ側の工作機械10Mによって再現され、再現中に、工作機械10Mの各測定部位における温度t〜tが温度センサS〜Sによって測定されると共に、ワークWと工具Tとの間の熱変位量dXk、dYk及びdZkが測定される。そして、測定された温度t〜t及び熱変位量dXk、dYk、dZkに基づいて、温度t〜tに基づいて熱変位量DXk、DYk、DZkを推定(算出)するためのパラメータが算出される。
【0048】
このように、本例の熱変位補正方法によれば、熱変位補正を実行する対象であるユーザAの工作機械10Aを停止させることなく、当該工作機械10Aで生じると推測される熱変位量DXk、DYk、DZkを推定するためのパラメータを算出することができる。したがって、ユーザA側では工作機械10Aの稼働率を低下させることなく、正確な熱変位補正を実現することができ、その加工精度の向上を図ることができる。
【0049】
そして、このようにして、メーカ側において、工作機械10Mの各測定部位における温度データt〜tと、これに関係するワークW−工具T間に生じる熱変位量dXk、dYk及びdZkを取得することで、ユーザA側でこれらのデータを取得する場合に比べて、メーカ側では工作機械10Mの生産上の稼働率を考慮する必要が無いことから、より多くのデータを収集することができ、このような多量のデータを用いて機械学習を行うことで、その学習効果がより高められ、これにより当該機械学習によって得られるパラメータをより精度の高いものとすることができる。
【0050】
また、本例では、対象ユーザであるユーザAの他に、ユーザBの工作機械10Bに係る稼働状態情報に基づいて、前記パラメータを算出するようにしているので、対象ユーザであるユーザAに特定されない、汎用性のあるパラメータを設定することができる。
【0051】
以上、本発明の具体的な実施の形態について説明したが、本発明が採り得る態様は、何ら上例のものに限定されるものではない。
【0052】
例えば、上例では、メーカ側において、ユーザAの工作機械10A及びユーザBの工作機械10Bに係る稼働状態情報を用いて前記パラメータを算出するようにしたが、これに限られるものではなく、ユーザAの工作機械10Aのみの稼働状態情報を用いて前記パラメータを算出するようにしても良い。このようにすれば、少なくとも、工作機械10Aの動作環境に応じた前記パラメータを取得することができ、当該工作機械10Aにおいて、その動作環境に応じた適切な熱変位補正を行うことができる。
【0053】
逆に、前記ユーザA及びユーザBの稼働状態情報に加えて、更に他のユーザの工作機械に係る稼働状態情報を用いて、前記パラメータを算出するようにしても良い。或いは、更に、メーカ側において工作機械10Mを独自に稼働させた際に測定される温度t〜t、及びワークW−工具T間の熱変位量dXk、dYk、dZkに係るデータを用い、前記機械学習によって前記パラメータを算出するようにしても良い。このようにすれば、動作環境が異なるより多くの同種の工作機械10から得られる温度t〜t、及びワークW−工具T間の熱変位量dXk、dYk、dZkに係るデータを用いて機械学習を行うことでき、これに更に学習効果が高められ、得られるパラメータが更に精度の高いものになるとともに、対象ユーザAの工作機械10Aには特定されない、より汎用性の高いパラメータを算出することができる。したがって、同じパラメータを用いて、ユーザBの工作機械10Bや、更に他のユーザの工作機械10で熱変位補正を行うことができる。
【0054】
また、機械学習の手法は、上例のものに限られるものではなく、他の公知の全ての手法を適用することができる。同様に、熱変位量を推定する計算式、及びこの計算式に含まれるパラメータについても、上例のものに限定されるものではなく、他の計算式やパラメータを採用することができる。また、パラメータ自体も計算式に関係するものに限定されるものではない。
【0055】
繰り返しになるが、上述した実施形態の説明は、すべての点で例示であって、制限的なものではない。当業者にとって変形および変更が適宜可能である。本発明の範囲は、上述の実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。さらに、本発明の範囲には、特許請求の範囲内と均等の範囲内での実施形態からの変更が含まれる。
【符号の説明】
【0056】
1 ネットワーク
2 メーカ側の通信装置
3 メーカ側の学習装置
10、10M、10A、10B 工作機械
11 ベッド
12 コラム
13 サドル
14 主軸頭
15 主軸
16 テーブル
T 工具
W ワーク
〜S 温度センサ
図1
図2
図3
図4