(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、エンジン用シールとして用いられる密封装置としては、機内に密封されている潤滑油が機外へ漏洩することを防止するために、例えば、エンジンハウジングとクランクシャフトとの間に装着されている。この密封装置としては、スリンガーのフランジ部に設けられたネジ部によって、クランクシャフトの回転時にポンピング作用を発揮し、機内の潤滑油をシールしている(例えば、特許文献1を参照。)。
【0003】
図9に示すように、このような密封装置100としては、回転軸としてのクランクシャフト201の外周面に装着されて当該クランクシャフト201とともに回転するスリンガー101と、ハウジング202の内周面に装着されるシール部102とを備えている。
【0004】
スリンガー101は、クランクシャフト201の外周面に装着される円筒部105と、当該円筒部105の機内A側の端部から外周側へ拡がるフランジ部103とを備えている。フランジ部103には、機内A側に膨らんだ中空円盤状の膨出部分103eと、当該膨出部分103eの外周側の端部から機外B側へ折り曲げされた後に外周側へ拡がる中空円盤状の円盤部分103fとを備えている。
【0005】
この密封装置100では、フランジ部103の円盤部分103fの軸方向における機外B側の端面である外側面103aに対して、シール部102のメインリップ111が摺動可能に密接することにより、機内Aに存在する潤滑油(オイル)が機外Bへ漏洩することを防止している。
【0006】
この密封装置100においては、メインリップ111が摺動可能に密接するフランジ部103の円盤部分103fの外側面103aに対して複数のネジ溝104が設けられている。
【0007】
ネジ溝104は、一定の間隔でそれぞれ独立して配置され、クランクシャフト201の回転方向に対応して内径側から外径側へ右回転で進む4等配の螺旋状の溝であり、個々の溝の始点および終点がそれぞれ異なっている。このネジ溝104は、スリンガー101におけるフランジ部103の円盤部分103fの外側面103aに形成され、シール部102のメインリップ111のリップ先端111aが4本のネジ溝104の範囲内で接触している。
【0008】
したがって、密封装置100では、スリンガー101とシール部102のシール部材110との間に囲まれた空間Sへ潤滑油が滲み出した場合でも、クランクシャフト201とともにスリンガー101が回転したときのフランジ部103の遠心力により潤滑油を空間Sから機内A側へ戻す振切作用と、当該フランジ部103における円盤部分103fの回転時におけるネジ溝104の影響により潤滑油を空間Sから機内A側へ戻す作用(以下、これを「ネジ作用」ともいう。)とを奏することができる。なお、このような振切作用およびネジ作用の双方により潤滑油を空間Sから機内A側へ戻す効果をポンピング効果という。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照し説明する。
【0019】
<第1の実施の形態>
図1は、本発明の第1の実施の形態に係るオイルシールの装着状態を示す断面図である。
図2は、本発明の第1の実施の形態に係るオイルシールの単体の構成を示す拡大断面図である。
図3は、本発明の第1の実施の形態に係るスリンガーの構成を示す平面図である。
図4は、本発明の第1の実施の形態に係るスリンガーの他の構成例を示す平面図である。
図5は、従来のメインリップとスリンガーのフランジ部との接触角度に応じた潤滑油の貯留量の説明に供する断面図である。
図6は、本発明の第1の実施の形態に係るオイルシールにおいて、メインリップとスリンガーのフランジ部との接触角度に応じた潤滑油の貯留量の説明に供する平面図である。
【0020】
以下、説明の便宜上、軸線x方向において矢印a(
図1参照)方向を外側とし、軸線x方向において矢印b(
図1参照)方向を内側とする。より具体的には、外側とは、エンジンから離れる機外B側であり、内側とは、エンジンの内部方向であり機内A側である。また、軸線xに垂直な方向(以下、「径方向」ともいう。)において、軸線xから離れる方向(
図1の矢印c方向)を外周側とし、軸線xに近づく方向(
図1の矢印d方向)を内周側とする。
【0021】
<オイルシールの構成>
図1および
図2に示すように、本発明の実施の形態に係る密封装置としてのオイルシール1は、機内Aに潤滑油が存在する自動車用エンジン(特にガソリンエンジン)のシールとして用いられ、機内Aの潤滑油が機外Bへ漏洩するのを防止するとともに、機外Bから機内Aへダスト等の異物が侵入するのを防止するものである。
【0022】
オイルシール1は、エンジンハウジング(以下、これを単に「ハウジング」ともいう。)202の内周側(矢印d方向)の面である内周面202aに装着されるシール部10と、ハウジング202に対して回転する回転軸としてのクランクシャフト201の外周側(矢印c方向)の面である外周面201aに装着されるスリンガー30とを備え、これらが組み合わされて構成されている。
【0023】
シール部10は、補強環20と、当該補強環20と一体に形成された弾性体部21とを備えている。補強環20は、軸線xを中心とする環状の金属材からなる。補強環20の金属材としては、例えば、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)がある。一方、弾性体部21の弾性体としては、例えば、各種ゴム材がある。各種ゴム材としては、例えば、ニトリルゴム(NBR)、水素添加ニトリルゴム(H−NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等の合成ゴムである。
【0024】
補強環20は、例えばプレス加工や鍛造によって製造され、弾性体部21は成形型を用いて架橋(加硫)成型によって成形される。この架橋成型の際に、補強環20は成形型の中に配置されており、弾性体部21が架橋(加硫)接着により補強環20に接着され、弾性体部21が補強環20と一体的に成形される。
【0025】
補強環20は、例えば、断面略L字状の形状を呈しており、円筒部20a、外周側円盤部20b、テーパー部20c、および、内周側円盤部20dを備え、円筒部20a、外周側円盤部20b、テーパー部20c、および、内周側円盤部20dが全て一体に形成されている。
【0026】
この場合、円筒部20aは、外周側(矢印c方向)に向かって凸状に膨出した湾曲形状を有している。また、外周側円盤部20b、テーパー部20c、および、内周側円盤部20dは、全体略S字状のフランジ部を形成している。
【0027】
円筒部20aは、軸線xに沿って略平行に延びる円筒状の部分であり、ハウジング202の内周面202aに対して内嵌される。外周側円盤部20bは、軸線xと略垂直な方向、すなわち、円筒部20aの外側(矢印a方向)の端部から内周側(矢印d方向)へ向かって広がる中空円盤状の部分である。テーパー部20cは、外周側円盤部20bの内周側(矢印d方向)の端部から更に内周側(矢印d方向)および内側(矢印b方向)に向かって斜めに延びる中空円盤状の部分である。内周側円盤部20dは、テーパー部20cの内周側(矢印d方向)の端部からさらに内周側(矢印d方向)に向かって拡がる中空円盤状の部分である。
【0028】
なお、補強環20の円筒部20aは、この場合、外周側(矢印c方向)に向かって凸状に膨出した湾曲形状を有しているが、これに限るものではなく、軸線xに沿って真っ直ぐに延びる円筒状の部分であってもよい。また、補強環20は、外周側円盤部20b、テーパー部20c、および、内周側円盤部20dにより全体略S字状に形成されているが、外周側円盤部20b、テーパー部20c、および、内周側円盤部20dが軸線xと略垂直な方向に真っ直ぐに延びていてもよい。
【0029】
弾性体部21は、補強環20に一体に取り付けられており、当該補強環20を外側(矢印a方向)、外周側(矢印c方向)の一部、および、内周側(矢印d方向)を覆うように当該補強環20と一体的に成形されている。
【0030】
弾性体部21は、補強環20の円筒部20aにおける外周側(矢印c方向)の一部を覆うリップ被覆部21aと、補強環20の外周側円盤部20bを外側(矢印a方向)から覆うリップ被覆部21bと、補強環20のテーパー部20cを覆うリップ被覆部21cと、補強環20の内周側円盤部20dを外側(矢印a方向)から覆うリップ被覆部21dと、リップ被覆部21dと一体化されたリップ腰部21eと、当該リップ腰部21eに一体形成されたメインリップ22、ダストリップ23、中間リップ24とを備えている。
【0031】
弾性体部21のリップ腰部21eは、補強環20の内周側円盤部20dにおける内周側(矢印d方向)の端部の近傍に位置する部分であり、メインリップ22、ダストリップ23、および、中間リップ24の基部である。
【0032】
弾性体部21のメインリップ22は、リップ腰部21eの内側(矢印b方向)の端部から更に内側(矢印b方向)かつ外周側(矢印c方向)に向かって斜めに延びる、軸線xを中心とした環状のリップ部分であり、内周側(矢印d方向)から外周側(矢印c方向)へ向かって拡径している。
【0033】
メインリップ22は、リップ腰部21eの内側(矢印b方向)の端部から延びる付け根部分22rの厚さが本体部分22bの厚さよりも薄く形成されている。これは、弾性体部21において、付け根部分22rを起点としてメインリップ22を付け根から曲がり易くするためである。このようなタイプのメインリップ22については、本明細書中において薄肉リップと呼ぶ場合があるものとする。
【0034】
弾性体部21のダストリップ23は、リップ腰部21eの内周側(矢印d方向)の端部から外側(矢印a方向)かつ内周側(矢印d方向)に向かって斜めに延びる、軸線xを中心とした環状のリップ部分であり、外周側(矢印c方向)から内周側(矢印d方向)へ向かって拡径している。なお、ダストリップ23が延びる延び方向は、メインリップ22の延び方向とはほぼ反対向きである。
【0035】
弾性体部21の中間リップ24は、リップ腰部21eにおいてメインリップ22よりも内周側(矢印d方向)に位置し、かつ、ダストリップ23よりも内側(矢印b方向)に位置し、リップ腰部21eの内周側(矢印d方向)の端部から内側(矢印b方向)に向かって僅かに延びる、軸線xを中心とした環状のリップ部分である。中間リップ24は、そのリップ長が短く、リップ先端がスリンガー30と接触することはない。
【0036】
スリンガー30は、クランクシャフト201の外周面201aに装着された状態で、当該クランクシャフト201の回転とともに連れ回る例えば金属製の板状部材であり、円筒部31と、フランジ部33とを備えている。スリンガー30は、例えば板状部材を曲げ加工により形成することが可能である。
【0037】
スリンガー30の円筒部31は、軸線xに沿って略平行に延びる円筒状の部分であり、ハウジング202に対して回転するクランクシャフト201の外周面201aに圧入して固定することにより装着される。スリンガー30の円筒部31は、外周側(矢印c方向)の面である外周面31aを有しており、その外周面31aに対して弾性体部21のダストリップ23のリップ先端が摺動自在に接触する。これにより、機外Bからダスト等の異物が機内Aに侵入することを防止している。
【0038】
スリンガー30のフランジ部33は、垂直フランジ部分34および傾斜フランジ部分35を備えている。垂直フランジ部分34は、円筒部31の内側(矢印b方向)の端部から軸線xとは垂直な径方向の外周側(矢印c方向)へ向かって広がる、軸線xを中心とした中空円盤状の部分である。
【0039】
垂直フランジ部分34の外周側(矢印c方向)への高さは、中間リップ24のリップ先端の位置よりも高く、当該垂直フランジ部分34と中間リップ24のリップ先端とが対向するように配置されている。なお、フランジ部33の垂直フランジ部分34は、従来のスリンガー101におけるフランジ部103の膨出部分103eが存在しない分だけ、中間リップ24との間隔が狭くなっている。
【0040】
傾斜フランジ部分35は、垂直フランジ部分34の外周側(矢印c方向)の端部から内側(矢印b方向)および外周側(矢印c方向)へ向かって所定角度に傾斜された中空円盤状の部分であり、垂直フランジ部分34と一体に形成されている。
【0041】
この傾斜フランジ部分35は、外側(矢印a方向)の平坦な面である外側面35aを有している。外側面35aの外周側(矢印c方向)の端部領域には、空間Sに侵入した潤滑油G1(
図6)を機外Aへ排出するために用いられる4本の螺旋溝状のネジ溝36が設けられている。
【0042】
これら4本のネジ溝36は、
図3に示すように、それぞれの始点stが互いに90度ずつ離間した位置に形成されるとともに、それぞれの終点etについても互いに90度ずつ離間した位置に形成されている。ネジ溝36は、始点stから終点etまで約1周分程度の螺旋状に形成されているが、これに限るものではなく、半周程度、3/4周程度等の1周以下であったり、1周半程度、2周程度等の1周以上の螺旋状に形成されていてもよい。
【0043】
また、ネジ溝36は、傾斜フランジ部分35の内径側から外径側へ向かって右回転向き(時計回り)に次第に半径を大きくしながら進む4等配の溝としてそれぞれ独立して形成されている。ただし、これに限るものではなく、ネジ溝36は、2等配、3等配、6等配等のその他種々の本数であってもよい。なお、この場合、スリンガー30は、ネジ溝36とは逆に図中矢印で示すように左回転(反時計回り)するものとする。
【0044】
ただし、スリンガー30のフランジ部33の傾斜フランジ部分35に形成される溝としては、ネジ溝36である必要は必ずしもない。例えば、
図4(A)に示すように、スリンガー30Sでは、フランジ部33の傾斜フランジ部分35の内径側から外径側へ向かって延びる放射状であり、当該スリンガー30の軸線とは垂直な方向へ直線状に延びる放射状溝37(37a〜37h)であってもよい。この場合、メインリップ22のリップ先端が傾斜フランジ部分35の外側面35aと摺動するのは、例えば放射状溝37のほぼ中央付近の位置POS1となる。
【0045】
同様に、
図4(B)に示すように、スリンガー30Vでは、フランジ部33の傾斜フランジ部分35の内径側から外径側へ向かって延びるが、内径側から外径側の外周方向へ向かって図中右側へ傾斜するように直線状に延びる傾斜状溝38(38a〜38h)であってもよい。この場合、メインリップ22のリップ先端が傾斜フランジ部分35の外側面35aと摺動するのは、例えば傾斜状溝38のほぼ中央付近よりもやや外周寄りの位置POS2となる。
【0046】
この場合、放射状溝37および傾斜状溝38は、ネジ溝36に比べて始点stから終点etまでの長さが非常に短くなり、放射状溝37、傾斜状溝38を伝って潤滑油G1を短時間のうちに振り切り、機内A側へ戻すことが可能となる。また、放射状溝37および傾斜状溝38は、ネジ溝36に比べて溝本数を多く形成することができるので、ネジ溝36よりも短時間のうちに多くの量の潤滑油G1を機内A側へ戻すことが可能となる。
【0047】
傾斜フランジ部分35は、弾性体部21のメインリップ22のリップ先端と外側面35aとが接触する際の相対的な接触角度θ1(
図2、
図6)を、従来の傾斜フランジ部分35を有することのないフランジ部103の接触角度θ0(
図5)に比して小さくすることを目的として所定角度に傾斜されている。
【0048】
この場合、接触角度θ1が従来の接触角度θ0よりも小さくなる分だけ、メインリップ22のリップ先端と外側面35aとの接触面積が増大するため密封性を維持し易くなる。ここで、接触角度θ1は、メインリップ22のリップ先端が傾斜フランジ部分35の外側面35aに押し付けられているものの、当該メインリップ22のリップ先端側が折れ曲がることのない程度のしめしろで傾斜フランジ部分35の外側面35aと接触した状態にあることを前提とする。ただし、これに限るものではなく、メインリップ22の先端側が折れ曲がる程度のしめしろで傾斜フランジ部分35の外側面35aとリップ先端とが接触した状態にあってもよい。この場合、当該メインリップ22のリップ先端から付け根までの長さのうち、リップ先端から約20%の長さよりも短い先端側の位置で測定された接触角度θ1であるものとする。
【0049】
このように、オイルシール1は、スリンガー30のフランジ部33における傾斜フランジ部分35の外側面35aと接触する弾性体部21のメインリップ22が機内A側に配置されて潤滑油が滲み出すことを防止するとともに、スリンガー30の円筒部31の外周面31aに接触する弾性体部21のダストリップ23が機外B側に配置されてダストの侵入および機外B側へ潤滑油が漏洩することを防止する構造を有している。
【0050】
ところで、一般的にハブベアリングに用いられるハブシールは、スリンガーのフランジ部と接触する弾性体部のサイドリップ(メインリップ22に相当)が機外B側に配置されてダストの侵入を防止するとともに、スリンガーの円筒部と接触するラジアルリップ(ダストリップ23に相当)が機内A側に配置されて潤滑油の漏洩を防止する構造を有している。
【0051】
すなわち、本発明のオイルシール1は、ハブベアリングに用いられるハブシールと比べて、スリンガー30と接触するメインリップ22の配置が真逆であり、かつ、その役割についても逆であるため、ハブシールとは根本的に異なるシール構造を有するものである。
【0052】
このような構成のオイルシール1において、弾性体部21のメインリップ22、ダストリップ23、および、スリンガー30の円筒部31の外周面31a、および、フランジ部33の垂直フランジ部分34および傾斜フランジ部分35によって軸線xを中心とした環状の閉じた空間S(
図6)が形成されている。
【0053】
この空間Sは、スリンガー30のフランジ部33における傾斜フランジ部分35の外側面35aとメインリップ22のリップ先端との隙間を伝って機内A側から当該空間Sに滲み出た潤滑油G1(
図6)を貯留する空間である。この空間Sに貯留された潤滑油G1は、ダストリップ23の存在により機外B側へ漏洩することが抑制されている。
【0054】
<作用および効果>
以上の構成において、第1の実施の形態におけるオイルシール1は、シール部10がハウジング202の内周面202aに圧入して固定されるとともに、スリンガー30がクランクシャフト201の外周面201aに圧入して固定されることに装着される。
【0055】
このとき、シール部10における弾性体部21のダストリップ23をスリンガー30の円筒部31の外周面31aに所定のしめしろで接触させるとともに、当該弾性体部21のメインリップ22をスリンガー30のフランジ部33の傾斜フランジ部分35の外側面35aに所定のしめしろで接触させる。この場合、メインリップ22は、付け根部分22rの厚さが本体部分22bよりも薄いため、当該メインリップ22が付け根から曲がるとしてもリップ先端が撓むことない程度のしめしろである。
【0056】
このとき、弾性体部21のメインリップ22のリップ先端は、4本のネジ溝36の何れかとメインリップ22のリップ先端とが必ず接触するように、シール部10とスリンガー30とが組み合わされる。
【0057】
上述したように組み合わされて取り付けられたシール部10とスリンガー30とからなるオイルシール1は、クランクシャフト201の回転に伴ってスリンガー30が左回転(反時計回り)する。
【0058】
このとき、オイルシール1は、フランジ部33の外周側(矢印c方向)の端部領域に形成された4本のネジ溝36の影響により、空間Sに滲み出た潤滑油G1を内周側(矢印d方向)から外周側(矢印c方向)へ向かって移動させ、フランジ部33の傾斜フランジ部分35の外側面35aとメインリップ22のリップ先端との隙間から機内A側へ吸い込んで排出する(ネジ作用)ことができる。すなわち、ネジ溝36は、潤滑油G1を空間Sから機内A側へ吸い込んで排出する油排出作用を機能として有している。
【0059】
なお、オイルシール1では、弾性体部21の中間リップ24の存在により、空間Sに滲み出てきた潤滑油G1を受け止めることができるので、ダストリップ23に潤滑油G1が直接到達することを防ぎながら空間Sに侵入した潤滑油G1を機内A側へ吸い出すことができる。
【0060】
また、オイルシール1は、スリンガー30のフランジ部33の回転に伴う遠心力によって空間S内の潤滑油G1を内周側(矢印d方向)から外周側(矢印c方向)へ向かって移動させ、フランジ部33の傾斜フランジ部分35の外側面35aとメインリップ22のリップ先端との隙間から機内A側へ潤滑油G1を振り切りながら排出する(振切作用)ことができる。
【0061】
すなわち、オイルシール1は、ネジ溝36の影響による空間Sの潤滑油G1に対するネジ作用と、フランジ部33の傾斜フランジ部分35の遠心力による空間Sの潤滑油G1に対する振切作用とにより、空間Sに存在する潤滑油G1を機内Aに吸い込んで排出するポンピング効果を働かせることができる。
【0062】
ところで、
図5に示すように、従来の密封装置100(
図9)ではメインリップ111の内側の面である内側面111uとフランジ部103の外側面103aとの相対的な接触角度θ0を有する。これに比べて、
図6に示すように、本発明のオイルシール1ではメインリップ22の内側面22uと傾斜フランジ部分35の外側面35aとの相対的な接触角度θ1の方が接触角度θ0よりも小さくなっている(θ0>θ1)。
【0063】
従来の密封装置100では、メインリップ111とフランジ部103との接触角度θ0が大きいため、当該メインリップ111の内側面111uとフランジ部103の外側面103aとの間に表面張力により付着される潤滑油G0の量が少ない。そのため、ポンピング効果が働いても、空間Sに侵入した潤滑油G0が全て効率良く機内A側へ排出されることがないので一部残留してしまう。
【0064】
これに対して、本発明のオイルシール1では、メインリップ22とフランジ部33の傾斜フランジ部分35との相対的な接触角度θ1が従来の接触角度θ0よりも小さい。このため、メインリップ22の内側面22uと傾斜フランジ部分35の外側面35aとの間に表面張力により付着して貯留される潤滑油G1の量が従来よりも多くなっている。
【0065】
すなわち、メインリップ22の内側面22uと傾斜フランジ部分35の外側面35aとに付着される潤滑油G1の付着面積が従来よりも大きくなっている。具体的には、メインリップ22の内側面22uおよび傾斜フランジ部分35の外側面35aに付着される潤滑油G1の付着幅W1が従来の密封装置100(
図5)よりも大きい。
【0066】
このため、メインリップ22の内側面22uと傾斜フランジ部分35の外側面35aとの間に表面張力により付着された潤滑油G1がそのまま全てポンピング作用によって機内A側へ効率よく排出されるため、空間Sに潤滑油G1が残留してしまうことを防止することができる。
【0067】
ところで、従来のフランジ部103では、当該フランジ部103の外側面103aに付着した潤滑油G0が遠心力により振り切られるときの外周側(矢印c方向)へ向かう速度ベクトルが大きい。
【0068】
これに対し、本発明のオイルシール1では、傾斜フランジ部分35が傾斜しているため、当該傾斜フランジ部分35の外側面35aに付着している潤滑油G1が遠心力により振り切られるときの外周側(矢印c方向)へ向かう速度ベクトルが従来のフランジ部103よりも小さくなる。
【0069】
さらに、オイルシール1では、傾斜フランジ部分35が傾斜しているため、傾斜フランジ部分35の外側面35aに付着している潤滑油G1の方が従来のフランジ部103に付着している潤滑油G0よりも離間し難い状態にある。したがって、オイルシール1では、傾斜フランジ部分35が傾斜しているため、当該傾斜フランジ部分35に付着した潤滑油G1は、遠心力と表面張力により当該傾斜フランジ部分35の外側面35aに沿って機内A側へ効率良く排出される。
【0070】
かくしてオイルシール1では、エンジンの回転数が所定回転数以上に高くなった場合であっても、フランジ部33の遠心力による潤滑油G1の振切作用と、ネジ溝36により潤滑油G1を機内A側へ戻すネジ作用が効果的に働くことになる。
【0071】
すなわちオイルシール1では、機内A側から空間Sに滲み出た潤滑油G1を当該空間Sから機内A側へ効率的かつ短時間のうちに戻すポンピング効果を十分に発揮させることができる。かくして、オイルシール1は、機内Aの潤滑油G1が空間Sに滲み出たとしても、空間Sに残留してしまい、当該空間Sから機外Bへ潤滑油G1が漏洩することを大幅に低減することができる。
【0072】
さらにオイルシール1では、スリンガー30の垂直フランジ部分34と中間リップ24との間隔が従来の密封装置100(
図10)よりも狭くなっているため、ラビリンス効果により機外B側から機内A側へダストが侵入することを従来よりも効果的に防止することができる。
【0073】
さらに、オイルシール1では、メインリップ22のリップ先端と傾斜フランジ部分35の外側面35aとの相対的な接触角度θ1が従来よりも小さいので、メインリップ22の内側面22uと傾斜フランジ部分35の外側面35aとの密着度が従来よりも増し、ネジ溝36を多く塞ぐことになるため、従来に比して静止漏れを抑制することができる。
【0074】
<実施例>
本発明のオイルシール1において、エンジンの回転数が例えば8000rpmの場合であって、メインリップ22とフランジ部33の傾斜フランジ部分35とが接触したときの相対的な接触角度θ1を約30度程度の角度大から約0度の角度小まで次第に小さくした場合、空間Sに存在する潤滑油G1が含まれたエアーの機内A側へのエアー吸込量の変化を計測した。
図7は、その接触角度θ1とエアー吸込量との関係を表したグラフである。
【0075】
ここで、オイルシール1のスリンガー30に用いられるメインリップ22としては、上述したような薄肉リップだけではなく、付け根部分22rの厚さが本体部分22bの厚さとほぼ同一かそれ以上の厚さを有する厚肉リップであってもよく、以下の説明では薄肉リップ220nおよび厚肉リップ220kとして区別する。なお、比較対象として、ネジ溝36が形成されていないスリンガー(本発明のスリンガー30に相当する形状のスリンガー)に用いられる薄肉リップについては、薄肉リップ220xとして区別する。
【0076】
この計測結果では、接触角度θ1が大きい場合、薄肉リップ220n、厚肉リップ220kおよび薄肉リップ220xの何れにおいても、エアー吸込量が0[ml/min]であるが、接触角度θ1が小さくなるに連れてエアー吸込量がほぼリニアに増大していることが示されている。なお、ネジ溝36が形成されていない薄肉リップ220xについては、ネジ溝36が設けられていないため接触角度θ1が小さくなってもエアー吸込量が0[ml/min]であり、空間Sに潤滑油G1が滲み出る可能性が高いことが予測される。
【0077】
このようにオイルシール1では、エンジンの回転数が8000rpmの場合であって、メインリップ22とフランジ部33の傾斜フランジ部分35との相対的な接触角度θ1が小さくなり、潤滑油G1の傾斜フランジ部分35の外側面35aに対する付着幅W1が大きくなる場合、空間Sに存在する潤滑油G1が含まれたエアーの機内A側へのエアー吸込量が大幅に増大することが分かった。
【0078】
すなわち、オイルシール1は、従来に比して、クランクシャフト201の回転数が所定以上の高速回転時であっても、メインリップ22とフランジ部33の傾斜フランジ部分35との相対的な接触角度θ1が小さくなれば、機内A側から空間Sに滲み出した潤滑油G1を機内A側へ効率的に戻し、空間Sに潤滑油G1が貯留されることを防止できることが判明した。
【0079】
<第2の実施の形態>
図8は、本発明の第2の実施の形態に係るオイルシール200の単体の構成を示す拡大断面図である。
図2との対応部分に同一符号を付した
図8に示すように、オイルシール200は、シール部10と、クランクシャフト201の外周面201aに装着されるスリンガー230とを備え、これらが組み合わされて構成されている。すなわち、オイルシール200は、第1の実施の形態におけるオイルシール1のスリンガー30に代えてスリンガー230を用いている点を特徴とする。
【0080】
スリンガー230は、円筒部231、湾曲部232、およびL字状フランジ部233を備えている。円筒部231は、第1の実施の形態における円筒部31と同様の構成を有しているが、円筒部31よりも軸線x方向において内側(矢印b方向)へ長く形成されている。湾曲部232は、円筒部231の内側(矢印b方向)の端部からU字状のように湾曲した、軸線xを中心とする環状部分である。
【0081】
L字状フランジ部233は、全体としてL字状に形成されており、湾曲部232における外周側(矢印c方向)の端部と一体に結合された、軸線xを中心とする環状部分である。L字状フランジ部233は、短手部分234および長手部分235を備えた一体構成を有しており、短手部分234の内側(矢印b方向)の端部と湾曲部232の外周側(矢印c方向)の端部とが結合されている。なお、L字状フランジ部233の長手部分235は、外側(矢印a方向)の面である外側面235aを有し、その外側面235aにネジ溝36が形成されている。
【0082】
L字状フランジ部233の長手部分235は、弾性体部21のメインリップ22のリップ先端と外側面235aとの相対的な接触角度θ1を第1の実施の形態と同様に従来に比して小さくしている。
【0083】
このような構成のオイルシール200においては、第1の実施の形態と同様の作用効果を奏することができる。具体的には、オイルシール200では、L字状フランジ部233の長手部分235の遠心力による潤滑油G1の振切作用と、ネジ溝36により潤滑油G1を機内A側へ戻すネジ作用とが効果的に働き、ポンピング効果を十分に発揮させることができる。すなわちオイルシール200は、エンジンの高速回転時であっても、機内A側から空間Sに滲み出した潤滑油G1を機内A側へ効率良く戻し、空間Sに潤滑油G1が貯留されることを防止できるので、機内Aの潤滑油G1が空間Sを介して機外Bへ漏洩することを大幅に低減することができる。
【0084】
さらに、オイルシール200においては、スリンガー230の円筒部231が第1の実施の形態の円筒部31よりも軸線x方向に長いため、クランクシャフト201の外周面201aとの嵌合面積が大きくなり、その分だけスリンガー230の軸線x方向への位置ずれを抑制することができる。
【0085】
<他の実施の形態>
なお、上述した第1および第2の実施の形態においては、メインリップ22として、付け根部分22rの厚さを本体部分22bの厚さよりも薄くした薄肉リップを用いるようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、付け根部分22rの厚さが本体部分22bの厚さと同等かそれよりも厚くしてもよい。
【0086】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上記の第1および第2の実施の形態に係るオイルシール1、200に限定されるものではなく、本発明の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含む。また、上述した課題および効果の少なくとも一部を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせてもよい。例えば、上記実施の形態における各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的使用態様によって適宜変更され得る。
【0087】
また、本実施の形態に係る密封装置としてのオイルシール1、200は、自動車用エンジンのシールとして用いられるものとしたが、本発明に係る密封装置の適用対象はこれに限られるものではなく、他の汎用機械、産業機械等、本発明の奏する効果を利用し得る全ての構成に対して、本発明は適用可能である。