特許第6890821号(P6890821)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6890821グリコールリグニンの製造方法及びそのシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6890821
(24)【登録日】2021年5月28日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】グリコールリグニンの製造方法及びそのシステム
(51)【国際特許分類】
   C07G 1/00 20110101AFI20210607BHJP
   C08H 8/00 20100101ALI20210607BHJP
【FI】
   C07G1/00
   C08H8/00
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-47161(P2017-47161)
(22)【出願日】2017年3月13日
(65)【公開番号】特開2017-197517(P2017-197517A)
(43)【公開日】2017年11月2日
【審査請求日】2019年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2016-85279(P2016-85279)
(32)【優先日】2016年4月21日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年10月23日 第60回リグニン討論会講演集に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年11月06日 第60回リグニン討論会にてポスター発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年03月03日 第66回日本木材学会大会研究発表要旨集に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年03月27日 第66回日本木材学会大会にて口頭発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501186173
【氏名又は名称】国立研究開発法人森林研究・整備機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】山田 竜彦
(72)【発明者】
【氏名】高田 依里
(72)【発明者】
【氏名】高橋 史帆
(72)【発明者】
【氏名】ネー ティティ
(72)【発明者】
【氏名】池田 努
【審査官】 松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−147768(JP,A)
【文献】 森林総合研究所平成26年版研究成果選集,2014年12月11日,p.30-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07G 1/00
C08H 8/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種のグリコール系蒸解溶媒で、酸触媒の存在下、常圧下で加溶媒分解する工程と、
(b)前記加溶媒分解工程後の反応混合物と希アルカリとを混合した後、グリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する工程と、
(c)前記溶液画分を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得る工程と、
(d)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離する工程と、
(e)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和する工程と、
(f)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下に濃縮して蒸解溶媒を回収する工程と、
(g)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離することを含む工程と
を含む、グリコールリグニンの製造方法。
【請求項2】
前記工程(f)にて回収した蒸解溶媒を前記工程(a)の蒸解溶媒として再利用する、請求項1に記載のグリコールリグニンの製造方法。
【請求項3】
前記工程(e)において、集積溶液に水酸化ナトリウムを添加する前に、集積溶液に必要に応じて酸を添加した後集積溶液を加熱することを含む、請求項2に記載のグリコールリグニンの製造方法。
【請求項4】
(ア)リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種のグリコール系蒸解溶媒で加溶媒分解するためのリアクターと、
(イ)前記リアクターより排出される加溶媒分解反応混合物と希アルカリとの混合物からグリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する分離機と、
(ウ)前記溶液画分を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得るためのpH調整タンク1と、
(エ)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離するための分離装置と、
(オ)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和するためのpH調整タンク2と、
(カ)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下に濃縮して蒸解溶媒を回収するための濃縮装置と、
(キ)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離するための分離装置と
を備える、グリコールリグニンを製造するためのシステム。
【請求項5】
前記分離装置(エ)が遠心分離機である、請求項に記載のグリコールリグニンを製造するためのシステム。
【請求項6】
グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、必要に応じて酸を添加した後その集積溶液を加熱するためのリアクターをさらに備える、請求項4又は5に記載のグリコールリグニンを製造するためのシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリコールリグニンの製造方法及びグリコールリグニンを製造するためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンはバイオマスの3大主成分の一つであり、地上で2番目に蓄積されている有機化合物である。化学パルプ化工程やバイオエタノール前処理工程で分離され、紙パルプ生産やバイオエタノール生産で副産されるが、熱源以外の有効な利用法に乏しく、その有効利用法が模索されている。
【0003】
リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコールなどグリコール系薬剤を使用して、濃硫酸を触媒として加溶媒分解を行なって得られたリグニンは、グリコール系薬剤で誘導体化されたグリコールリグニンであり、リグニン本来の特性を保持しつつ、熱加工性が付与されている。例えば、このようにして得られたグリコールリグニンを用いて炭素繊維や活性炭素繊維を製造する方法が開示されている(特許文献1)。このような酸加溶媒分解法により得られたグリコールリグニンは熱加工性が付与されているため、炭素繊維の他にも、エンジニアリングプラスチック、各種熱可塑性樹脂、フィルム、電子基板、繊維強化材、各種接着剤、カーボンファイバー、各種炭素材料、コンクリート用化学混和剤、分散剤、各種界面活性剤等の高付加価値材料の原料として利用が期待できる。
【0004】
一方、日本国内で最大量の未利用バイオマスは、農山村地域で年間約2000万m発生する林地残材といわれている。林地残材においてもその約30%はリグニンであるが、現時点においてその利活用はされていない。また、林地残材の輸送コストの問題があり、地域の林地残材を地域で処理することが求められている。林地残材の生成場所である農山村地域において、林地残材から高付加価値なグリコールリグニンを安全に製造することができれば、リグニンの有効利用だけでなく、農山村地域での新たな産業創出と地方創生への貢献にもなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013−147768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高付加価値材料の原料として使用することができるグリコールリグニンを、プラントスケールにて、農山村地域でも操業可能なように安全に製造することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、できるだけ安全性の高い小型プラントでかつ、インパクトの高いリグニン材料が生産できるシステムを模索し、ポリエチレングリコール(PEG)等の安全性の高いグリコール系薬剤を用いた常圧酸加溶媒分解法を採択し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、以下に関する。
1.(a)リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種のグリコール系蒸解溶媒で、酸触媒の存在下、常圧下で加溶媒分解する工程と、
(b)前記加溶媒分解工程後の反応混合物と希アルカリとを混合した後、グリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する工程と、
(c)前記溶液画分を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得る工程と、
(d)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離する工程と、
(e)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和する工程と、
(f)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下に濃縮して蒸解溶媒を回収する工程と、
(g)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離することを含む工程と
を含む、グリコールリグニンの製造方法である。
2.前記工程(f)にて回収した蒸解溶媒を前記工程(a)の蒸解溶媒として再利用する、上記1に記載のグリコールリグニンの製造方法である。
3.前記工程(e)において、集積溶液に水酸化ナトリウムを添加する前に、集積溶液に必要に応じて酸を添加した後集積溶液を加熱することを含む、上記2に記載のグリコールリグニンの製造方法である。
4.(ア)リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種のグリコール系蒸解溶媒で加溶媒分解するためのリアクターと、
(イ)前記リアクターより排出される加溶媒分解反応混合物と希アルカリとの混合物からグリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する分離器と、
(ウ)前記溶液画分を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得るためのpH調整タンク1と、
(エ)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離するための分離装置と、
(オ)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和するためのpH調整タンク2と、
(カ)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下に濃縮して蒸解溶媒を回収するための濃縮装置と、
(キ)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離するための分離装置と
を備える、グリコールリグニンを製造するためのシステムである。
5.前記分離装置(エ)が遠心分離機である、上記4に記載のグリコールリグニンを製造するためのシステムである。
6.グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、必要に応じて酸を添加した後その集積溶液を加熱するためのリアクターをさらに備える、上記4又は5に記載のグリコールリグニンを製造するためのシステムである。
【発明の効果】
【0008】
本発明のグリコールリグニンの製造方法によれば、高付加価値材料の原料として使用することができるグリコールリグニンを、プラントスケールにて、安全に製造することができる。また、本発明のグリコールリグニンを製造するためのシステムによれば、農山村地域にも設置可能であり、高付加価値材料の原料として使用することができるグリコールリグニンを、プラントスケールで、安全に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明のグリコールリグニンの製造方法の一例を示すフロー図である。
図2】本発明の製造方法で用いる製造装置の一例(実施例1で用いる製造装置)を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
実施形態1:グリコールリグニンの製造方法
本実施形態のグリコールリグニンを製造する方法は、
(a)リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種の蒸解溶媒で、酸触媒の存在下、常圧下で加溶媒分解する工程と、
(b)前記加溶媒分離工程後の反応混合物と希アルカリとを混合した後、グリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する工程と、
(c)前記溶液を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得る工程と、
(d)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離する工程と、
(e)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液及び洗浄水を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和する工程と、
(f)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下に濃縮して蒸解溶媒を回収する工程と、
(g)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離することを含む工程と
を含む。
【0011】
(a)加溶媒分解工程において用いられるリグノセルロースの種類としては特に限定されず、スギ、モミ、ヒノキ、マツ等の針葉樹、ユーカリ、アカシア、シラカバ、ブナ、ナラ等の広葉樹、稲藁、穀物、バガス、竹、ケナフ、葦等の草本植物等が挙げられる。間伐材、林地残材、製材残材、建築廃材、剪定枝葉などの未利用およびリサイクル木質系バイオマスがその資源量及び有効利用の観点から望ましい。リグノセルロースは、木片および木材チップの形態で用いても構わないが、粉末形態であることが好ましい。リグノセルロースを粉末形態にするための粉砕手段は特に限定されず、切削チッパー、破砕チッパー、カッターミル、振動ミル、ハンマーミル等、慣用粉砕機を用いることができる。リグノセルロースの含水率は50%以下に調整すればよいが、20%以下が好ましい。
【0012】
(a)加溶媒分解工程において用いられるグリコール系蒸解溶媒は、ポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種である。ポリエチレングリコールとしては、得られるグリコールリグニンの熱溶融性に応じて様々な平均分子量のポリエチレングリコールを選択可能であり、例えば平均分子量100〜2000、好ましくは平均分子量200〜600のポリエチレングリコールを使用できる。蒸解溶媒は、求めるグリコールリグニンの性能に応じて選択することができるが、少なくとも1種は分子量が小さい(例えば、平均分子量100〜300)グリコール系溶媒を用いた方が、得られるグリコールリグニンの収率が高くなる。これは、分子量が小さいグリコール系溶媒のほうが、リグノセルロースへの浸透性が良くさらにリグニンとの反応性も高いためと考えられる。これら溶媒は可燃性が低く安全であるため、地域における小型ベンチプラントでの使用に優れている。また、蒸解において常圧反応が可能となるので、リアクターは高価な耐圧容器でなくとも良い点が有利である。さらに、これら蒸解溶媒がリグニンに導入され、得られたグリコールリグニンが熱溶融性を示すために好ましい。溶媒添加量としては、リグノセルロース1質量部(絶乾重量)に対し2〜10重量部が好ましいが、3〜6重量部がより好ましい。
【0013】
蒸解は、硫酸等の酸性触媒存在下、常圧下で行われる。この方法に限定されないが、例えば、蒸解溶媒と酸性触媒とをリアクターに入れ撹拌混合した後、リグノセルロースを投入し、リアクターの温度を120〜180℃、好ましくは130〜140℃で、60分間〜240分間、好ましくは60分間〜90分間撹拌下で反応させる。昇温時間は特に限定されないが、15分間〜40分間であることが好ましい。酸性触媒の添加量は、蒸解溶媒の重量に対し0.1〜2.0重量%であることが好ましく、0.2〜1.0重量%であることがより好ましい。本発明において、(a)加溶媒分解工程の加溶媒分解反応は常圧反応であるため、反応中にもかかわらず、リアクターの内部を上部の上窓から直接目視することや、内容物をサンプリングすることが可能である。この点は、本発明の簡便性や安全性を象徴している。
【0014】
工程(a)の後、(b)前記加溶媒分解工程後の反応混合物と希アルカリとを混合した後、グリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する。加溶媒分解反応後、リアクターを冷却し、内部が40℃以下になったら水酸化ナトリウム等の希アルカリ水溶液をリアクター内に投入し、再度撹拌する。pHを10.5以上に調整することで、希アルカリ水溶液にグリコールリグニンが抽出され、グリコールリグニンを含む溶液画分となる。その後、グリコールリグニンを含む溶液画分と、セルロース及びヘミセルロースを主成分とする固形残渣であるパルプとを分離する。分離するための分離機としては、これらに限定されないが、フィルタープレス、真空濾過機、ベルトプレス、遠心分離機が挙げられ、中でも、フィルターブレスが好ましい。分離後のパルプにはグリコールリグニンが含まれる溶液画分が少量残存するが、このパルプに残存するグリコールリグニンを回収するために、水でパルプの洗浄を行うことができる。この洗浄水は、洗浄後、グリコールリグニンを含む溶液画分と一緒にされて、工程(c)に供することができる。
【0015】
工程(b)の後、(c)前記溶液画分を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得る。硫酸の添加により溶液画分のpHを2〜5、好ましくは2〜3に調整し、室温下で撹拌することにより、グリコールリグニンが沈殿物として得られる。硫酸での酸性化は、pH調整タンク1で行われる。プロペラでpH調整タンク1内を十分に撹拌しながら硫酸を添加し、pH調整された後は、撹拌はポンプ循環によってゆるやかに行う。
【0016】
工程(c)の後、(d)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離する。沈殿物の分離は、遠心分離およびろ過等で行うことができるが、遠心分離機を使用すると効率よく進めることが可能である。遠心分離工程では、pH調整タンク1より連続的にリグニン懸濁液を円筒型遠心分離機等の遠心分離機に供給し、沈殿物の分離を行うことができる。円筒型遠心分離機を用いた場合は、グリコールリグニンを含む固形分は円筒状に堆積し、蒸解溶媒、水および酸可溶性のグリコールリグニンを含む分離液は連続的に排出されpH調整タンク2に回収される(上清A)。遠心分離で分離した固形分は、水に懸濁させ、pH調整タンクに戻し、再度遠心分離を行うことにより、未反応の蒸解溶媒や塩などを除去し、グリコールリグニンの精製を行うことができる。この精製に用いた水も連続的に排出され、pH調整タンク2に回収される(上清B)。
【0017】
工程(d)の後、(e)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和する。遠心分離後の上清液はpH2.5〜5.5の酸性水溶液であるために、そのまま工程(f)における溶媒回収工程に供すると、酸性水溶液中に含まれるグリコールリグニンの沈着による配管閉塞や、蒸解溶媒の変質(溶媒分子間の縮合による分子量増加)が発生する問題がある。そのため、工程(e)においては、集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液のpHを7〜8、好ましくは7.5程度に中和し、後述する工程(f)に供する。工程(e)は、pH調整タンク2で行われる。
【0018】
なお、本実施形態においては、後述のとおり、工程(f)にて回収した蒸解溶媒を前記工程(a)の蒸解溶媒として再利用することができる。この場合、再利用を数回繰り返すことにより、回収溶媒の水酸基価が減少し、粘度が増加することを本発明者らは見出した。これは、回収溶媒の水酸基の一部に可溶性リグニンや不純物等が結合したためと考えられる。そのような回収溶媒を前記工程(a)の蒸解溶媒として再利用すると、加溶媒分解効率が悪化し、得られるグリコールリグニンの収率が低下するという問題があることを本発明者らはさらに見出した。そこで、前記工程(e)において、グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加する前に、その集積溶液に必要に応じて酸を添加した後、その集積溶液を加熱することが好ましい(溶液加熱再生処理工程)。これにより、加水分解により溶媒の水酸基の一部に結合した可溶性リグニンや不純物等が水酸基から遊離し、溶媒を再生処理することができる。この溶液加熱再生処理工程を含めることにより、工程(f)にて回収した蒸解溶媒を前記工程(a)の蒸解溶媒として再利用することを、グリコールリグニンの収率を低下させることなく、繰り返し行うことができる。
【0019】
溶液加熱再生処理工程において、集積溶液に必要に応じて酸を添加する。集積溶液はpH2.5〜5.5の酸性水溶液であるために、そのまま加熱処理することにより加水分解反応は進むが、必要に応じて酸を添加し集積溶液のpHを0〜6、好ましくは1〜4、より好ましくは1程度に調整する。酸としては、硫酸、塩酸、酢酸等を用いることができるが、硫酸が好ましい。加熱温度は、酸濃度、圧力等の条件に応じて変化し得るが、70〜180℃、好ましくは100〜140℃であるか、又は溶液が沸騰する温度であることが好ましい。加熱時間は、酸濃度、圧力、加熱温度等の条件に応じて変化し得るが、30分間〜240分間が好ましく、60分間〜90分間がより好ましい。加熱処理は、常圧下又は加圧下で行うことができる。溶液加熱再生処理工程は、蒸解溶媒の再利用毎に毎回行ってもよいし、複数回の再利用後、例えば2〜5回目の再利用後、具体的には3回目の再利用後に行ってもよい。加熱処理後は、溶液を常温まで冷却し、必要に応じて沈殿物を濾過等により除去した後、その加熱処理した集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和する。
【0020】
工程(e)の後、(f)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは5%未満に濃縮して蒸解溶媒を回収する。濃縮工程では濃縮装置の内部到達温度を設定して加熱を行い、液体部が所定温度に到達したら濃縮終了とする。通常100℃で水は蒸発し、大部分が蒸発すると内部温度は100℃以上へ上昇する。蒸解溶媒がポリエチレングリコールの場合、内部到達温度を120℃と設定した場合、回収薬液の含水率は約10%となり、120℃で30分以上保持した場合もほぼ同じ含水率であった。一方で濃縮装置の内部到達温度を140℃に設定した場合、回収薬液の含水率は約3.5%となり、液体部からの水の蒸発が促進され効率的な水の除去が可能であることがわかった。回収薬液を加溶媒分解工程で再利用する場合、薬液中に水が10%含まれると昇温時間が約40分増加する(通常約20分で140℃まで昇温するが約60分を要する)。昇温などの加熱時間は、生産するグリコールリグニンの品質に大きく影響を及ぼすことが考えられ、回収薬液からの効率的な水の除去は製品の品質担保に重要な項目である。
【0021】
また、溶液の濃縮時に水の蒸発によって蒸解溶媒濃度が高くなると、中和によって生成した多量の硫酸ナトリウムが析出し、濃縮装置の下部の配管が閉塞するという問題がある。そこで、濃縮の際には、濃縮液を濃縮装置の下部の配管から濃縮装置の上部へと循環させるラインを設け、ポンプ循環下濃縮を行うことが好ましい。濃縮後は濃縮装置から蒸解溶媒タンクへの送液を行うことができる。
【0022】
濃縮装置としては、いずれのものを用いることができるが、効率的に水を除去できるため、ウォールウェッター式の濃縮装置を用いることが好ましい。
【0023】
工程(f)の後、(g)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離する。分離方法としては、特に限定されないが、回収薬液中の硫酸ナトリウムは、非常に沈殿しやすいため、デカンテーションによりその9割が沈殿物として除去可能である。また、送液ライン途中にストレーナ等のプレフィルターを設置し、後段にさらに目の細かなカートリッジフィルター等を設けることにより、硫酸ナトリウムを効率的に除去することができる。効率化のため、送液ライン途中で硫酸ナトリウムの結晶を分離することが好ましい。
【0024】
本実施形態においては、前記工程(f)にて回収した蒸解溶媒を前記工程(a)の蒸解溶媒として再利用することができる。回収蒸解溶媒を工程(a)の蒸解溶媒として再利用する場合は、回収蒸解溶媒中に硫酸水素ナトリウムや水酸化ナトリウムが一部残存していると考えられるため、酸加溶媒分解における酸触媒の添加量を適宜調整する。
【0025】
実施態様2:
本発明のグリコールリグニンを製造するためのシステムは、
(ア)リグノセルロースをポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン及びポリグリセリンから選択される少なくとも1種のグリコール系蒸解溶媒で加溶媒分解するためのリアクターと、
(イ)前記リアクターより排出される加溶媒分解反応混合物と希アルカリとの混合物からグリコールリグニンを含む溶液画分と固形分とを分離する分離機と、
(ウ)前記溶液画分を硫酸で酸性化することにより、グリコールリグニンを沈殿物として得るためのpH調整タンク1と、
(エ)グリコールリグニンの沈殿物を、硫酸で酸性化した前記溶液画分から分離するための分離装置と、
(オ)グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、その集積溶液に水酸化ナトリウムを添加することにより、集積溶液を中和するためのpH調整タンク2と、
(カ)前記中和溶液を加熱することにより含水率10%以下に濃縮して蒸解溶媒を回収するための濃縮装置と、
(キ)濃縮により生成した硫酸ナトリウムの結晶を分離するための分離装置と
を備える。
本実施形態のグリコールリグニンを製造するためのシステムは、上記した実施態様1のグリコールリグニンの製造方法を実施するためのシステムであるので、重複する説明については、適宜記載を割愛する。
【0026】
本実施形態のシステムではまた、グリコールリグニンの沈殿物を効率的に得るために、分離装置(エ)は遠心分離機であることが好ましい。円筒型遠心分離機を用いた場合は、グリコールリグニンを含む固形分は円筒状に堆積し、蒸解溶媒、水および酸可溶性のグリコールリグニンを含む分離液は連続的に排出されpH調整タンク2に回収されるため、好ましい。
【0027】
本実施形態のシステムはまた、グリコールリグニンの沈殿物分離後の上清液を集積し、必要に応じて酸を添加した後その集積溶液を加熱するためのリアクターをさらに備えることが好ましい。これにより、再利用するための蒸解溶媒を再生処理することができる。当該リアクターとしては、加熱装置を装備している点から、リアクター(ア)又は濃縮装置(オ)を使用することもできる。また、加圧下で加熱するための耐圧リアクターを用いることもできる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等によって限定されるものではない。
【0029】
実施例1:グリコールリグニンの製造
図1に示す製造フローで実施した。
【0030】
加溶媒分解の薬剤には、平均分子量200, 400, 600のポリエチレングルコール(PEG200, PEG400, PEG600)を用いた。
PEG200 230 kgと硫酸触媒 0.68 kg(PEGに対して0.3 wt%)をリアクターに入れてよく撹拌した後、フィーダーで気乾スギ木粉約 53 kg(5メッシュパス、含水率10〜14%、絶乾重量 46 kg)を投入した。蒸気ラインを作動させ、リアクターを140℃に昇温し、所定の反応時間(90〜120分間)保持した。反応中はリアクター全体を混練撹拌可能なリボン翼で撹拌した。温度の安定性は非常に高く、反応を繰り返し行った場合も再現性のよい温度変化を示した。いずれも昇温時間は約20分で、反応中の内部温度は平均141℃であった。常圧反応なので、反応中も上窓から内部を目視できる。滑らかな撹拌の下、木粉の液状化が確認できた。
【0031】
加溶媒分解反応後、冷水ラインを作動させてリアクターを速やかに冷却した。内部が40℃以下になったら水酸化ナトリウム水溶液(0.1〜0.2 N)を約280 kg投入し、再度30分間撹拌した。リアクター下部のバルブを開き、混合物をフィルタープレス工程に送り込み、グリコールリグニンを含む溶液画分と、セルロースおよびヘミセルロースを主成分とする固形残渣であるパルプとを分離した。フィルタープレス後のパルプには、グリコールリグニンを含む溶液画分が少量残存する。この残存するグリコールリグニンを含む溶液を回収するために、温水(50℃以下)200 kgを用いてパルプの洗浄を行った。洗浄に用いた温水は、リアクターから投入しこの後フィルタープレスへ送った。フィルタープレス工程で分離したグリコールリグニンを含む溶液をpH調整タンクに送液した。PEG200(0.3 wt%硫酸)を蒸解溶媒として用いた場合、残渣収率は46.7%であった。
【0032】
pH調整タンク1において、プロペラでタンク内を十分に撹拌しながら硫酸を用いてpH調製を行った。グリコールリグニンの沈殿生成を促進させるために、硫酸の添加により溶液のpHを2に調製した。ポンプ循環によってゆるやかにタンク内を撹拌しながら、室温下で一晩酸性下に置き、グリコールリグニン懸濁液を得た。懸濁液中のグリコールリグニン濃度は、pH調整後約13〜20 g/L程度で、全量としては600〜670L程度のグリコールリグニン懸濁液が得られた。
【0033】
次に、pH調整タンクより連続的にグリコールリグニン懸濁液を円筒型遠心分離機に供給し、固液分離を行った。グリコールリグニンを含む固形分は円筒状に堆積し、PEG、水および酸可溶性のグリコールリグニンを含む分離液は連続的に排出され薬液回収タンクに回収された。蒸解溶媒としてPEG200を用いた場合、遠心分離により回収できたグリコールリグニンは乾燥重量で約10kgであった(湿潤重量約30kg、固形分率約35%)。蒸解溶媒としてPEG400、PEG600を用いた場合、遠心分離により回収できたグリコールリグニンは、それぞれ乾燥重量で約9kgであった(湿潤重量約20kg、固形分率約48%)。結果を表1に示す。
【0034】
PEGを主成分とする遠心分離後の液体部はpH調整タンク2に回収し、水酸化ナトリウムで液体部のpHを7.5程度へと中和した。その後、ウォールウェッター方式の濃縮装置へと送液して水の除去を行った。濃縮工程では内部到達温度を120℃〜140℃に設定して加熱を行い、液体部が所定温度に到達したら濃縮終了とした。約5〜6時間の加熱で約650Lの液体部を210〜230Lへと濃縮できた(濃縮率約3倍)。回収薬液の含水率は、内部到達温度120℃の場合は約10%であり、120℃で30分以上保持した場合もほぼ同じ含水率であった。内部到達温度140℃の場合、回収薬液の含水率は約3.5%となり、液体部からの水の蒸発が促進され効率的な水の除去が可能であることがわかった。
濃縮時に水の蒸発によってPEG濃度が高くなると、中和によって生成した多量の硫酸ナトリウムが析出し、下部の配管が閉塞する問題があるため、濃縮液を下部の配管からウォールウェッタータンク上部へと循環させるラインを設け、ポンプ循環下濃縮を行った。
【0035】
濃縮後は速やかにウォールウェッターからリサイクル薬剤タンクへの送液を行った。送液ライン途中にプレフィルターとしてストレーナを設置し、後段にさらに目の細かなカートリッジフィルターを設け、硫酸ナトリウムの結晶の分離を行った。
【0036】
回収蒸解溶媒の分子量分布をGPCシステム(RI検出器)で計測した。液体部を中和後濃縮した回収PEG200はフレッシュPEG200とほぼ同じ分子量分布及び平均分子量であることが示され、本発明の製造方法によって蒸解溶媒の変質を抑制した回収が可能であることがわかった。回収PEG400についてもフレッシュPEG400とほぼ同じ分子量を示した。回収PEG600の場合はフレッシュPEG600と比較してわずかながら分子量の増加がみられた。
【0037】
実施例2:回収蒸解溶媒を用いての酸加溶媒分解
濃縮で得られた回収PEG200を蒸解溶媒として用いて、実施例1と同様の方法にて酸加溶媒分解を実施した。フレッシュPEG200(0.3 wt%硫酸)を蒸解溶媒として用いた場合、残渣収率は46.7%であったのに対し、回収PEG200を蒸解溶媒として用いた場合、0.9 wt%の硫酸添加時にフレッシュPEG200とほぼ同じ残渣収率(47.0 %)を達成した。グリコールリグニンの量は、フレッシュPEG200を蒸解溶媒として用いた場合と比較して、増加した。これは、回収PEG中に含まれるグリコールリグニンがプロセス中に持ち込まれ、グリコールリグニンの全体量が増えたからである。結果を表1に示す。硫酸の添加量の増加が必要な理由は、回収蒸解溶媒中に硫酸水素ナトリウムや水酸化ナトリウムが一部残存しているからと考えられる。添加する硫酸量を増加させることで反応の促進は可能で、本発明の製造方法により回収した蒸解溶媒は酸加溶媒分解の蒸解溶媒として再利用可能であることを確認された。
【0038】
実施例1及び実施例2の各条件及び得られたグリコールリグニンの量を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
実施例3:溶液加熱再生処理後の回収蒸解溶媒を用いての酸加溶媒分解
濃縮で得られた回収PEG200を蒸解溶媒として用いて、実施例1と同様の方法にて酸加溶媒分解を3回実施した。各サイクル後に得られたグリコールリグニンの収率を表2に示す。3回目の酸加溶媒分解後に回収された回収PEG200は、水酸基価が523.78 mg KOH/gであり、含水率を7.0%に揃えて40℃で分析した際の粘度が66.17mPa・sであった。一方、フレッシュPEG200の水酸基価は552.31 mg KOH/gであり、粘度は23.50mPa・sであった。3回目の酸加溶媒分解後に回収された回収PEG200は、13C−NMR解析の結果、フレッシュPEG200と比較してフリーの水酸基の相対NMRシグナル強度が約20%低下していた。
3回目の酸加溶媒分解後に回収された回収PEG200と水を1:2(w/w)で混合し、硫酸を溶媒に対し0.5 wt%、1.0 wt%、5.0 wt%、10 wt%、又は20 wt%滴下した後、撹拌下、1時間煮沸処理をした。処理液を濾過し、沈殿物を除去した後、実施例1と同様にして中和処理し、蒸解溶媒を回収した。回収した蒸解溶媒は、いずれも、3回目の酸加溶媒分解後に回収された回収PEG200と比較して、水酸基価は向上し、粘度は低下し、フリーの水酸基の相対NMRシグナル強度が改善することが確認できた。
0.5 wt%硫酸及び5.0 wt%硫酸を用いて再生処理された蒸解溶媒を用いて、実施例1と同様の方法にて酸加溶媒分解を行った。得られたグリコールリグニンの収率を表2に示す。蒸解溶媒の再利用の繰り返しで悪化したグリコールリグニンの収率は、薬液再生処理で改善することが確認できた。
【0041】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のグリコールリグニンの製造方法により、高付加価値材料の原料として使用することができるグリコールリグニンを、プラントスケールにて、安全に製造することができる。
図1
図2