【実施例】
【0028】
以下、本発明について、実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0029】
《第一原理法を用いた計算機実験による評価》
水和反応性の評価を、ポルトランドセメントクリンカの主要構成相であるビーライト(Ca
2SiO
6)のβ相(単斜晶系)(以後、C
2Sと称す)にストロンチウム(Sr)及びバリウム(Ba)の微量成分を固溶させた場合について行った。
計算には,東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ(HITACHI SR16000M1)上の第一原理計算プログラムVASPを用いた。結晶構造はPAW擬ポテンシャルと平面波展開による密度汎関数法に基づいて第一原理法による計算を行い、交換相関エネルギーは一般化密度勾配近似法に基づいて第一原理法による計算を行った。
【0030】
結晶構造の安定構造の評価では、C
2SのCa原子をSr原子やBa原子と置換した構造について、密度汎関数法に基づく第一原理法による計算を行った。具体的に、Sr原子での置換を例に説明する。
【0031】
7配位のCa(1)原子とO原子よりなるCaO
7多面体、8配位のCa(2)原子とO原子よりなるCaO
8多面体、及びSi原子とO原子のSiO
4四面体から構成されるC
2S結晶構造の、2個のCaO
7多面体またはCaO
8多面体のCa原子を、Sr原子と置換して得られる28個の結晶構造を評価し、以下の3つのグループに大別した。
【0032】
グループ1:スーパーセル(504原子、a×3、b×3、c×2(ここで、a=5.502Å、b=6.745Å、c=9.297Å))の中央部に位置するCa(1) O
7多面体中の7配位のCa(1)原子2個をSr原子と置換した構造であって、置換した2個のSrO
7多面体は、多面体の端部で接している。28個の結晶構造の内6個が該当する。
グループ2:スーパーセル(同上)の中央に位置する、Ca(1) O
7多面体中の7配位のCa(1)原子1個と、Ca(2)O
8多面体中の8配位のCa(2)原子1個をSr原子と置換した構造であって、置換したSrO
7多面体及びSrO
8多面体は、多面体の端部で接している。28個の結晶構造の内16個が該当する。
グループ3:スーパーセル(同上)の中央に位置する、Ca(1) O
7多面体中の7配位のCa(1)原子1個と、Ca(2)O
8多面体中の8配位のCa(2)原子1個をSr原子と置換した構造であって、置換したSrO
7多面体及びSrO
8多面体は、互いに面で接している。28個の結晶構造の内6個が該当する。
これらの構造を
図1に示す。
【0033】
上記の3つのグループについて、第一原理計算を行ってC
2Sの全エネルギーを求めた。その結果、グループ1の6個の平均値は−3642.613eV、グループ2の14個の平均値は−3642.585eV、グループ3の6個の平均値は−3642.607eVであり、最も全エネルギーの値が低いグループ1の置換構造が、C
2SにSr原子が置換した場合の安定構造と判断された。
【0034】
さらに、Ca原子をSr原子で置換する前後の結晶構造に関する全エネルギーの差である生成エネルギーは、Sr原子のCa原子との置換のし易さを表す量である。Sr原子の置換に伴う生成エネルギーは、グループ1の6個の平均値は0.838eV、グループ2の14個の平均値は0.866eV、グループ3の6個の平均値は0.844eVであり、この結果から、C
2SのCa原子をSr原子で置換するのは、7配位のCa(1)原子を置換した方が、8配位のCa(2)原子を置換するよりも容易であることを示している。
【0035】
また、HOMO(最高被占軌道)−LUMO(最低空軌道)エネルギーギャップの評価においても、グループ1の置換構造が、構造的に最も安定していた。
そして、Sr原子の代わりにBa原子でCa原子を置換した場合の安定構造は、Sr原子で置換した場合同様に、グループ1の置換構造が構造的に最も安定していた。
【0036】
ここで、Ca原子をSr原子で置換した場合と、Ba原子で置換した場合の生成エネルギーを比較すると、グループ1の置換構造ではSr原子が0.838eVに対してBa原子は14.967eV、グループ2の置換構造ではSr原子が0.866eVに対してBa原子は15.715eV、グループ3の置換構造ではSr原子が0.844eVに対してBa原子は15.102eVと、Ba原子による置換での生成エネルギーはSr原子によるものよりも18倍大きい。このことから、C
2Sへの置換固溶は、Ba原子よりもSr原子の方が容易に生じると判断される。
【0037】
最後に、2個のCa原子を、1個のSr原子と1個のBa原子で置換した場合を評価した。その結果。2個のCa原子を、1個のSr原子と1個のBa原子で置換した場合の結晶構造も、上記Sr原子で置換した場合及び上記Ba原子で置換した場合同様に、グループ1の置換構造が最も安定していた。
【0038】
生成エネルギーの比較では、グループ1の置換構造ではSr原子が0.838eV、Ba原子が14.967eVに対して13.126eV、グループ2の置換構造ではSr原子が0.866eV、Ba原子が15.715eVに対して13.410eV、グループ3の置換構造ではSr原子が0.844eV、Ba原子が15.102eVに対して13.353eVと、Ba原子のみによる置換よりも生成エネルギーは小さいが、Sr原子のみによる置換よりも15倍大きい。このことから、C
2Sへの置換固溶は、Ba原子が共存した場合にはSr原子が選択的に置換固溶する方が容易と判断される。
【0039】
以上より、C
2SへのSrとBaの固溶は、7配位のCa原子との置換固溶であって、SrがBaよりも優先的に固溶することが、第一原理法による計算から導出された。
【0040】
次に、得られたSrやBaが固溶した場合のC
2Sの安定構造を使用して、第一原理法の計算を行って水分子の吸着エネルギーを求め、SrやBaが固溶した場合のC
2Sの水和反応性を評価する。具体的には、SrやBaを7配位のCa原子と置換固溶したC
2Sについて、C
2Sの表面のCa原子に1個の水分子が吸着した場合の吸着エネルギーを、第一原理法による計算によって求めた。
【0041】
水分子の吸着エネルギーの計算におけるC
2Sのスーパーセルは112原子(a×2、b×1、c×2(ここで、a=5.502Å、b=6.745Å、c=9.297Å))のスラブ層と、その上に10Åの真空層を設けて、そこに1個の水分子(H
2O)を配置し、またスラブ層間の双極子相互作用を打ち消すように外部電場を加える補償電荷を考慮しない構造とした。
【0042】
具体的には、C
2Sスラブ層の表面に存在する3種類のCa原子(7配位のCa(1)、8配位のCa(2)その1、8配位のCa(2)その2)ごとに、当該Ca原子から水分子のO原子までの距離が2.3〜2.4Åとなる位置に水分子を垂直に配置した。
【0043】
C
2Sは、微量成分が固溶置換していない場合、Sr原子1個が7配位のCa原子1個と置換固溶している場合、Ba原子1個が7配位のCa原子1個と置換固溶している場合の3種類について計算した。
【0044】
上記3つのC
2Sについて、水分子が異なる3種類のCa原子(吸着位置)に吸着した場合の安定化エネルギー(E
total)を、第一原理計算から求めた。
結果を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1の吸着時の安定化エネルギー(E
total)から、C
2Sの安定化エネルギー(E
clean)と水分子の吸着エネルギー(E
H2O)を差し引いて、水分子の吸着エネルギー(E
ads)を求めた。
結果を表2に示す。なお、予め求めていたC
2Sの種類ごとの(E
clean+E
H2O)の値は、以下の通りである。
置換固溶なし:−807.06eV
Sr置換:−806.31eV
Ba置換:−806.01eV
【0047】
【表2】
【0048】
表2の結果より、水分子の吸着位置に関係なく、水分子の吸着エネルギー(E
H2O)は、以下に示す大小関係にあり、C
2SはSrやBaが固溶した方が、さらに、SrよりもBaが固溶した方が水分子の吸着力が大きいと判断される。
水分子の吸着エネルギー(E
H2O)は水和反応性に比例するので、以下の吸着エネルギー(E
H2O)の大小関係は、C
2Sの水和反応性の大小関係を示すこととなる。
置換固溶なし < Sr置換 < Ba置換
【0049】
《物理特性の測定結果との対比》
本発明により求めた吸着エネルギー(E
H2O)を指標とするC
2Sの水和反応性の上記評価結果を検証するために、SrやBaが固溶したC
2Sを合成して、実際の物理特性値に基づく水和反応性の評価結果と対比した。具体的には、(i)Sr及びBaを含まないC
2S、(ii)Srを10質量%含むC
2S、(iii)Baを10質量%含むC
2Sを合成し、同一の普通ポルトランドセメントにそれら合成C
2Sを混合した3種類の試製セメントについて、JIS R 5201「セメントの物理試験方法」に規定される圧縮強さを測定し、水和反応性の評価の指標とした。
【0050】
上記試製セメントの、普通ポルトランドセメントと合成C
2Sの混合割合は、以下の通りである。
普通ポルトランドセメント(太平洋セメント製):合成C
2S=1:1(質量%)
圧縮強さの測定結果を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3より、C
2SはSrやBaが固溶した方が圧縮強さは大きく、さらにSrよりもBaが固溶した方が圧縮強さは大きい。同一の鉱物組成を有するセメントの圧縮強さは、それらセメントに含有されるセメントクリンカ鉱物の水和反応性の大小関係に従うと言い得るから、表3の結果は、各合成C
2Sの水和反応性の大小関係を示しており、本発明により求めた吸着エネルギー(E
H2O)を指標とするC
2Sの水和反応性の評価結果と一致することがわかる。
したがって、本発明のセメントクリンカ鉱物の水和反応性を評価する方法は、充分に実用可能で的確な結果を得ることのできる方法であることが確認された。