特許第6891630号(P6891630)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6891630ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ、及び溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6891630
(24)【登録日】2021年5月31日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ、及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20210607BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20210607BHJP
【FI】
   B23K35/368 B
   B23K35/30 320C
   B23K35/30 A
【請求項の数】11
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2017-100980(P2017-100980)
(22)【出願日】2017年5月22日
(65)【公開番号】特開2018-192518(P2018-192518A)
(43)【公開日】2018年12月6日
【審査請求日】2020年1月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(72)【発明者】
【氏名】猿渡 周雄
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 耕太郎
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特許第6728806(JP,B2)
【文献】 特開平05−329684(JP,A)
【文献】 特開2016−083677(JP,A)
【文献】 特開2013−018012(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0207984(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第102430877(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00−35/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮と、前記鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを備えるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、
前記フラックスが、
前記フラックス入りワイヤの全質量に対するF換算値の合計が0.21%以上である、CaF、MgF、NaAlF、LiF、NaF、KZrF、BaF、及び、KSiFからなる群から選択される1種又は2種以上の弗化物と、
前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量の合計値が0.30%以上3.50%未満である、Fe酸化物、Ba酸化物、Na酸化物、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Mn酸化物、及びK酸化物からなる群から選択される1種又は2種以上の酸化物と、
前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量の合計値が0〜3.50%である、MgCO、NaCO、LiCO、CaCO、KCO、BaCO、FeCO及びMnCOからなる群から選択される1種又は2種以上の炭酸塩と、
を含み、
前記フラックス中のCaOの含有量が、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0%以上0.20%未満であり、
前記フラックス中の鉄粉の含有量が、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0%以上10.0%未満であり、
式(1)を用いて算出されるX値が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対して5.00%以下であり、
前記CaFの含有量が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0.50%未満であり、
前記Ti酸化物の含有量が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0.10%以上2.50%未満であり、
前記MgCO、前記NaCO、及び前記LiCOの含有量の合計値が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0〜3.00%であり、
さらに、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く化学成分が、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で、
C :0.001%以上0.080%以下、
Si:0.001%以上0.800%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
Al:0.005%以上0.500%以下、
Ni:3.0%以上4.9%以下、
Ti:0.005%以上0.100%以下、
Mg:0.20%以上0.80%以下、
P :0.030%以下、及び、
S :0.030%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなる
ことを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
X=[NaF]+[MgF]+[NaAlF]+1.50×([KSiF]+[KZrF]+[LiF]+[BaF])+3.50×([CaF])・・・(1)
なお、前記式(1)の[]付化学式は、それぞれの化学式に係る前記弗化物の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表し、含有されない弗化物の含有量は0とみなす。
【請求項2】
前記炭酸塩を、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で、合計で2.00%以下含有する
ことを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
更に、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で、
B :0.0100%以下、
Cu:0.5%以下、及び
REM:0.050%以下
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
下記式(2)で示される焼入れ性指標αが0.25%以上0.51%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
α=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+([Ni]+[Cu])/15・・・(2)
なお、式(2)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表す。
【請求項5】
下記式(3)で示される高温割れ感受性指標βが3.1以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。β=[Si]/6+[Mn]/1.5+[Ni]/3+200×[B]・・・(3)
なお、式(3)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表す。
【請求項6】
下記式(4)で示される伸び指標γが1.8以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
γ=[Mn]+[Mg]・・・(4)
なお、式(4)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表す。
【請求項7】
前記鋼製外皮がスリット状の隙間の無い形状であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項8】
前記鋼製外皮がスリット状の隙間を有する形状であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項9】
前記鋼製外皮の表面にパーフルオロポリエーテル油を備えることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いて鋼板を溶接する工程を備えることを特徴とする溶接継手の製造方法。
【請求項11】
前記溶接する工程の、仮付け溶接において用いられるシールドガスが、100%COガスであり、
前記溶接する工程の、本溶接において用いられるシールドガスが、Arと2.5〜30.0体積%のCOとの混合ガスであることを特徴とする請求項10に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ、及び溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス精製過程では、低炭素数の炭化水素ガスが副次的に生成される。この炭化水素ガスは、石油化学製品の原材料となる可能性が高い。このため、近年、炭化水素ガスの運搬船及び地上式タンクの建造需要が高まっている。
【0003】
低炭素数の炭化水素ガスは、約−100℃以下で保持される。約−100℃以下の低温環境下で使用可能なタンク構造部材の候補としては、Ni添加鋼、Al合金、及び、ステンレス鋼が挙げられる。Ni添加鋼は、Al合金やステンレス鋼に比べて、鋼材コストや強度の点で優れており、更に、低温環境下においても靭性が良好である。炭化水素ガス用タンクの建造にあたっては、このNi添加鋼を接合する溶接金属についても、−100℃以下での低温環境下における良好な靭性が求められる。
【0004】
このような低温環境下で使用される溶接構造物を構築するにあたっては、様々な溶接方法が適用されているが、作業効率に優れるという観点からすれば、フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接の適用が好ましい。しかし、現状として、Ni添加鋼の接合に対して、溶接金属の低温靭性を確保できる安価なフラックス入りワイヤが存在しない。厳格な安全性を満足する必要性があることから、現在は、60〜80%のNiを含むNi基合金溶接材料が使用されている。
【0005】
Ni基合金溶接材料は、多量のNiを含有しているため、極めて高価であり、また高温割れを発生し易い。更に、Ni基合金溶接材料は、溶融金属の湯流れが悪いため、融合不良などの溶接欠陥を発生し易い。溶接欠陥を防止するために、Ni基合金溶接材料を使用する溶接では低入熱での溶接が必要とされるので、Ni基合金溶接材料には溶接施工効率に関しても課題がある。さらに、仮付け溶接では安価な100%COガスをシールドに用いて溶接を用いることが一般的であるが、後述する特許文献5の溶接材料は、100%COガスと組み合わせて用いられた場合、スパッタを多量に発生させる。多量のスパッタは、溶接後の塗装ムラ及び後続溶接における欠陥発生をもたらす。
【0006】
このような現状に対し、低温用鋼のフラックス入りワイヤとして、たとえば、次のような溶接材料が提案されている。
【0007】
特許文献1には、−100℃において優れた靭性を有する溶接金属を得るために、溶接金属中の酸素量が低減するように、フラックス中のTi酸化物を低減した金属フッ化物を主体とするフラックス入りワイヤが開示されている。
特許文献2には、フラックス中に金属弗化物を添加し、酸素量を低減し、併せてNi添加で靭性を向上させるフラックス入りワイヤが開示されている。
特許文献3には、フラックス中のスラグ成分をTi酸化物系から金属弗化物系に置き換えることで溶接金属酸素量を低減させ、弗化物と酸化物の比を規定させて低温靭性を向上させるフラックス入りワイヤが開示されている。
特許文献4には、強度780MPa以上の溶接金属において−40℃の靭性を確保するためにフラックスをTi酸化物系から金属弗化物系に置き換え、Mo添加量を規定している。
特許文献5には弗化物及び酸化物の含有量の比が所定範囲内とされ、さらにCeqの含有量が所定範囲内に制限されたフラックス入りワイヤを用いたパルスガスシールドアーク溶接方法が開示されている。特許文献5に記載のフラックス入りワイヤは多量のCaFを含有しているため、100%COシールドガス溶接時には、多量のスパッタを発生することにより、溶接施工効率は著しく低下する。
非特許文献1には、Niを2%程度含有したフラックス入りワイヤを使用することで、−90℃での吸収エネルギーが100J程度となることが開示されている。
しかし、これら文献に開示されているフラックス入りワイヤを用いて溶接して得られた溶接金属に対して、−100℃で低温靭性を評価した場合、要求される水準に達しないことがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−064087号公報
【特許文献2】特許第3120912号公報
【特許文献3】特開平9−57488号公報
【特許文献4】特許第5644984号公報
【特許文献5】特開2008−246507号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Kazuhiro Kojima et al., OMAE99/MAT−2102,「Development of Offshore Structure Steels and Welding Materials for Ultra Low Temperature Service 3− Welding Materials」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような実情に鑑み、引張強さ、伸び、及び−100℃における靭性に優れた溶接金属が得られ、溶接作業性が高く、さらに高価な合金元素の量が削減されたフラックス入りワイヤ、並びにこれを用いた溶接継手の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明が要旨とするところは以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮と、前記鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを備え、前記フラックスが、前記フラックス入りワイヤの全質量に対するF換算値の合計が0.21%以上である、CaF、MgF、NaAlF、LiF、NaF、KZrF、BaF、及び、KSiFからなる群から選択される1種又は2種以上の弗化物と、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量の合計値が0.30%以上3.50%未満である、Fe酸化物、Ba酸化物、Na酸化物、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Mn酸化物、及びK酸化物からなる群から選択される1種又は2種以上の酸化物と、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量の合計値が0〜3.50%である、MgCO、NaCO、LiCO、CaCO、KCO、BaCO、FeCO及びMnCOからなる群から選択される1種又は2種以上の炭酸塩と、を含み、前記フラックス中のCaOの含有量が、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0%以上0.20%未満であり、前記フラックス中の鉄粉の含有量が、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0%以上10.0%未満であり、式(A)を用いて算出されるX値が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対して5.00%以下であり、前記CaFの含有量が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0.50%未満であり、前記Ti酸化物の含有量が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0.10%以上2.50%未満であり、前記MgCO、前記NaCO、及び前記LiCOの含有量の合計値が前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で0〜3.00%であり、さらに、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く化学成分が、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で、C:0.001%以上0.080%以下、Si:0.001%以上0.800%以下、Mn:0.10%以上1.50%以下、Al:0.005%以上0.500%以下、Ni:3.0%以上4.9%以下、Ti:0.005%以上0.100%以下、Mg:0.20%以上0.80%以下、P:0.030%以下、及び、S:0.030%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる。
X=[NaF]+[MgF]+[NaAlF]+1.50×([KSiF]+[KZrF]+[LiF]+[BaF])+3.50×([CaF])・・・(A)
なお、前記式(A)の[]付化学式は、それぞれの化学式に係る前記弗化物の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表し、含有されない弗化物の含有量は0とみなす。
(2)上記(1)に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、前記炭酸塩を、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で、合計で2.00%以下含有してもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、更に、前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%で、B:0%以上0.0100%以下、Cu:0.5%以下、及びREM:0.050%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
(4)上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、下記式(B)で示される焼入れ性指標αが0.25%以上0.51%以下であってもよい。
α=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+([Ni]+[Cu])/15・・・(B)
なお、式(B)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表す。
(5)上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、下記式(C)で示される高温割れ感受性指標βが3.1以下であってもよい。
β=[Si]/6+[Mn]/1.5+[Ni]/3+200×[B]・・・(C)
なお、式(C)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表す。
(6)上記(1)〜(5)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、下記式(D)で示される伸び指標γが1.8以下であってもよい。
γ=[Mn]+[Mg]・・・(D)
なお、式(D)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤの前記全質量に対する質量%での含有量を表す。
(7)上記(1)〜(6)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤでは、前記鋼製外皮がスリット状の隙間の無い形状であってもよい。
(8)上記(1)〜(6)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤでは、前記鋼製外皮がスリット状の隙間を有する形状であってもよい。
(9)上記(1)〜(8)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、前記鋼製外皮の表面にパーフルオロポリエーテル油を備えてもよい。
(10)本発明の別の態様に係る溶接継手の製造方法は、上記(1)〜(9)のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いて鋼板を溶接する工程を備える。
(11)上記(10)に記載の溶接継手の製造方法は、前記溶接する工程の、仮付け溶接において用いられるシールドガスが、100%COガスであり、前記溶接する工程の、本溶接において用いられるシールドガスが、Arと2.5〜30.0体積%のCOとの混合ガスであってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、Ni含有量をNi系低温用鋼並みの5.5質量%以下に低減することで、ガスシールドアーク溶接において溶接施工効率に優れ、かつ安価なフラックス入りワイヤとし、更に、フラックス入りワイヤ中の合金成分を所定範囲内とし、溶接金属の酸素量を低減することで、引張強さ及び−100℃での低温靭性に優れる溶接金属を提供することができる。かつ、本発明によれば、100%COシールドガス溶接時においてもスパッタ発生量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】仮付け溶接用100%COシールドガス溶接時の、スパッタ発生量とフラックス入りワイヤのX値との関係を表した図である。
図2】フラックス入りワイヤの断面図である。(a)はエッジ面を突合せて溶接して作ったフラックス入りワイヤ、(b)はエッジ面を突合せて作ったフラックス入りワイヤ、(c)はエッジ面をかしめて作ったフラックス入りワイヤを示す図である。
図3】実施例及び比較例にかかる、JIS Z3111−2005に準拠した試験片の採取位置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(1)溶接金属の低温靭性について
本発明者らは、溶接金属の低温靭性が向上するフラックス入りワイヤについて検討した。低温環境下で使用される鋼材、特に、Ni系低温用鋼の接合で形成される溶接金属に対しては、−100℃での靭性(低温靭性)が34J以上であることが要求される。この低温靭性を確保するために、本発明者らは、(1−1)溶接金属中の酸素量の低減、及び(1−2)溶接金属の組織細粒化を行う必要があると考えた。更に本発明者らは、(1−3)溶接金属中での粒界フェライト生成の抑制、及び(1−4)溶接金属中での第二相生成の抑制を行うことが好ましいと考えた。なお、(1−5)溶接金属中のNi量も靭性に大きく影響を与える。ただし、フラックス入りワイヤのNi量を増大させると製造コストが増大するので、本発明者らは、Ni含有量は最低限とし、その他の(1−1)〜(1−4)の手段を用いて低温靭性を向上させることを試みた。
【0015】
(1−1)酸素量の低減
溶接金属中の酸素量の低減手段としては、LiF、NaF、CaF、及びMgFなどの弗化物成分をフラックス入りワイヤに含有させること、Si、Mn、Ti、及びAlなどの脱酸元素を脱酸成分として(即ち弗化物、酸化物、及び炭酸塩を構成しない形態で)フラックス入りワイヤに含有させること、及び不活性ガスを使用してガスシールドアーク溶接を行うことが考えられた。しかし、不活性ガスを使用したガスシールドアーク溶接は、アークが不安定となること、溶込み深さが十分に得られないこと、及び、溶接欠陥がない健全な溶接金属を得ることができないことがあるので、溶接金属中の酸素量の低減手段として使用することが難しい場合もあると本発明者らは考えた。従って本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいては、溶接金属中の酸素量を低減させるために、弗化物成分及び金属脱酸成分が所定範囲内とされる。
【0016】
(1−2)組織細粒化
低温靭性を確保するための組織細粒化手段として、本発明者らは、微細な粒内変態組織の生成核と言われているTi、Al化合物(主に、Ti酸化物及びAl酸化物)を活用することとした。溶接金属に微細分散されたTi酸化物及びAl酸化物は、結晶粒の個数を増やすことにより、溶接金属の組織における結晶粒径を微細化させることができる。溶接金属に含まれるTi酸化物及びAl酸化物の個数を増大させるために、本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、合金Al含有量、合金Ti含有量、及びTi酸化物の含有量が所定範囲内とされる。なお、後述されるスラグ成分としてのTi酸化物及びAl酸化物は、その大半が溶接の際に溶接金属から排出されてスラグとなるので、溶接金属に含まれるTi酸化物及びAl酸化物とは区別される。
【0017】
(1−3)粒界フェライト生成の抑制
上記(1−1)及び(1−2)の手段により、Ni含有量を十分に低減させながら溶接金属の低温靭性を高めることができる。しかしながら、溶接金属における粒界フェライトの生成を抑制することにより、一層の低温靭性向上が可能となる。溶接による溶融・凝固後の溶接金属では、温度低下の際にオーステナイト組織から粒界フェライトが生成し、この粒界フェライトが溶接金属の低温靭性を劣化させる場合がある。低温靭性の向上のためには、溶接金属における粒界フェライト生成を抑制することが好ましい。本発明者らは、粒界フェライト生成の抑制のために、Bを活用することが有効であると知見した。フラックス入りワイヤのB含有量を増加させることにより、オーステナイト粒界の焼入れ性を向上させて、粒界フェライト生成を抑制することができる。従って、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、好ましくは所定量のBをさらに含有する。
【0018】
(1−4)第二相生成の抑制
上記(1−1)〜(1−3)の手段により、Ni含有量を十分に低減させながら溶接金属の低温靭性を高めることができる。しかしながら、溶接金属における第二相の生成を抑制することにより、一層の低温靭性向上が可能となる。第二相とは、MA(島状マルテンサイト)などである。本発明者らは、以下の式によって定義される焼入れ性指標αを所定範囲内とすることにより、溶接金属において第二相の生成が抑制されることを知見した。
α=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+([Ni]+[Cu])/15・・・(2)
なお、式(2)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表す。
【0019】
溶接金属における第二相の生成は、溶接金属の焼入れ性を好適な範囲内とすることにより抑制できる。また、αを制御することにより、溶接金属の焼入れ性を制御することができる。本発明者らは、第二相の生成を抑制できる好適なαの数値範囲を知見したので、本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは好ましくはαが所定範囲内とされる。
【0020】
(2)溶接金属の伸び及び引張強さについて
溶接金属の伸びは、溶接金属の硬さ及び引張強さと反比例する傾向にある。従って本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、溶接金属に必要とされる引張強さを確保可能な範囲内で、C、Si、Mn、及びNiなどの焼入れ性を高める元素の量を減少させることで、溶接金属の伸びが確保される。また、B含有によりオーステナイト粒界の焼入れ性を高めることで、C、Si、Mn、Niなどの焼入れ性を高める元素の添加量を抑えることができるため、溶接金属の強度が過剰に上昇せず、靭性と伸びの確保に繋がる。
【0021】
さらに好ましくは、本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、以下の式によって定義される伸び指標γを所定範囲内とする。
γ=[Mn]+[Mg]・・・(4)
なお、式(4)の[]付元素は、前記弗化物、前記酸化物、及び前記炭酸塩を除く前記化学成分に含まれる元素の前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表す。
【0022】
本発明者らは、フラックス入りワイヤに含まれる合金成分のMn及びMgの合計量と、溶接金属の伸びとの間に比較的強い相関関係があることを見いだした。Mn及びMgの合計含有量を伸び指標γとして管理し、所定範囲内とすることで、溶接金属の伸びを一層向上させることができる。従って本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、好ましくは伸び指標γも所定範囲内とされる。
【0023】
(3)溶接の際のスパッタ量について
上述したように、低温靭性に優れた溶接金属を得るためには、フラックス入りワイヤに弗化物を含有させて溶接金属の酸素量を低減することが必須である。しかしながら弗化物は、溶接の際に生じるスパッタ量を著しく増大させる。多量のスパッタは、溶接後の塗装ムラ及び後続溶接における欠陥発生をもたらす。
【0024】
溶接金属の低温靭性を確保しながらスパッタ量を低減させるための手段について本発明者らは鋭意検討した。その結果、本発明者らは、弗化物種に応じてスパッタ量が変化することを見いだした。そこで、弗化物の種類及び量とスパッタ量との関係を定量的に調査し、重回帰分析することにより、以下の式によって定義されるX値とスパッタ量との間に良好な線形関係があることを本発明者らは見いだした。
X=[NaF]+[MgF]+[NaAlF]+1.50×([KSiF]+[KZrF]+[LiF]+[BaF])+3.50×([CaF])・・・(1)
なお、前記式(1)の[]付化学式は、それぞれの化学式に係る弗化物のフラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表し、含有されない弗化物の含有量は0とみなす。
【0025】
X値が所定の上限値を下回るように弗化物の種類を選定し、その範囲内で弗化物のF換算値の合計を増大させることで、スパッタ量を抑制しながら溶接金属の低温靭性を向上させられることを本発明者らは知見した。従って、本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、X値とF換算値の合計とによって弗化物の種類及び量が規定される。
【0026】
本発明者らは、以上のような検討過程を経て本発明に至ったものであり、そのような本発明について、さらに、必要な要件や好ましい要件について順次説明する。
【0027】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、鋼製外皮と、この鋼製外皮に充填されたフラックスとを備える。まず、鋼製外皮及びフラックス中に含有される合金成分及び金属脱酸成分の成分組成及びその限定理由について説明する。なお、本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいて、合金成分及び金属脱酸成分とは、弗化物、酸化物、又は炭酸塩を構成しない成分のことである。従って、弗化物、金属酸化物、又は炭酸塩を構成する元素の含有量は、合金成分及び金属脱酸成分に含まれない。以下に説明する合金成分及び金属脱酸成分は、金属粉又は合金粉の状態でフラックスに含まれても、鋼製外皮に合金元素として含まれても、鋼製外皮にめっきされてもよい。各成分の含有量は、ワイヤ全質量に対する鋼製外皮及びフラックス中の各成分の質量%の合計となる成分含有量を意味するものとする。
【0028】
(C:0.001%以上0.080%以下)
Cは、溶接金属の焼入れ性を向上させ、粒内変態を促進させ、これにより溶接金属の強度を確保する元素である。粒内変態を促進するためには、Cをフラックス入りワイヤに0.001%以上含有させる必要がある。溶接金属の強度の向上のために、C含有量の下限を0.005%、0.008%、0.010%、又は、0.013%としてもよい。一方で、3.0〜5.5%のNiを含有する溶接金属では、焼入れ性が高い組織となるので、フラックス入りワイヤにCを0.080%超含有させると、溶接金属が極めて硬化し、その靭性及び伸びが大きく低下し、また、高温割れ及び低温割れが溶接金属に発生する。安定して靭性を確保するためには、C含有量の上限を0.070%、又は、0.060%としてもよい。
【0029】
(Si:0.001%以上0.800%以下)
Siは、溶接金属の清浄度を向上し、ブローホールなどの溶接欠陥の発生を抑制するために必要な元素である。これらの効果を得るためには、フラックス入りワイヤにおいて0.001%以上のSiの含有が必要である。溶接欠陥の発生を一層防止するために、Siの下限を0.250%、又は、0.300%としてもよい。一方で、3.0〜5.5%のNiを含有する溶接金属では、Siはミクロ偏析しやすく、0.800%超のSiをフラックス入りワイヤに含有させると、Si偏析部で顕著な脆化が生じる。従ってSi含有量の上限値は0.800%とする。また、溶接金属の靭性を安定して確保するためには、Si上限を0.600%、又は、0.550%としてもよい。
【0030】
(Mn:0.10%以上1.50%以下)
Mnは、溶接金属の清浄度を向上し、さらにMnSを形成することで、Sを無害化し、溶接金属の靭性を向上させるのに必要な元素である。その効果を得るためには、フラックス入りワイヤにMnを0.10%以上含有させる必要がある。靭性の一層の向上のために、Mn含有量の下限を0.20%、0.30%、又は、0.40%としてもよい。一方、3.0〜5.5%のNiを含有する溶接金属では、Mnはミクロ偏析しやすく、フラックス入りワイヤにMnを1.50%超含有させると、Mn偏析部で顕著な脆化が生じる。また、溶接金属の靭性を一層安定して確保するためには、Mn含有量の上限を1.10%、1.00%、又は、0.95%としてもよい。
【0031】
(Al:0.005%以上0.500%以下)
Alは、強脱酸剤であり、スラグ剤であるTi酸化物からTiを還元し、溶接金属のミクロ組織微細化に有効な微細Ti酸化物を確保する上で必須の元素である。しかし、フラックス入りワイヤにおけるAl含有量が0.005%未満では、Alによるスラグ剤Ti酸化物の還元効果が不足するので、粒内フェライトの核となる溶接金属中の微細Ti酸化物が確保できない。この場合、溶接金属のミクロ組織が細粒化されないので、溶接金属の低温靭性が改善されない。靭性の一層の向上のために、Al含有量の下限を0.030%、又は、0.040%としてもよい。一方、0.500%超のAlをフラックス入りワイヤに含有させると、Al酸化物量が大幅に増加して、Al酸化物とTi酸化物との大形の複合酸化物が溶接金属中に形成される。この結果、溶接金属中のTi酸化物が粒内フェライトの核として機能しなくなり、溶接金属のミクロ組織が微細化されないので、溶接金属の靭性が低下する。また、この場合、Al窒化物の生成量が多くなることによっても溶接金属の靭性が低下する。従ってAl含有量の上限を0.500%とする。また、溶接金属の靭性を一層安定して確保するためには、Al含有量の上限を0.200%、0.100%、又は0.050%としてもよい。
【0032】
(Ni:3.0%以上5.5%以下)
Niは、固溶靭化(固溶により靭性を高める作用)により、溶接金属の組織、成分によらず、その靭性を向上できる唯一の元素である。特に、−100℃での溶接金属の低温靭性を確保するためには、Niは必須の元素である。この効果を得るためには、3.0%以上のNiをフラックス入りワイヤに含有させる必要がある。一層安定して低温靭性を確保するためには、Ni含有量の下限を3.1%、3.2%、又は、3.5%としてもよい。一方、5.5%超のNiをフラックス入りワイヤに含有させると、その効果が飽和するのに加え、溶接材料コストが高騰し、さらに溶接金属の高温割れが発生する。従って、Ni含有量を5.5%以下とする。Ni含有量の上限を5.3%、5.2%又は、5.0%にしてもよい。
【0033】
(Ti:0.005%以上0.100%以下)
Tiは、強脱酸剤であり、フラックス入りワイヤに含まれる金属Tiのうち一部が酸化されスラグオフされ、その残りが溶接金属中に留まる。この溶接金属中に留まるTiは、微細なTi介在物を形成して、粒内変態核として働き、溶接金属の組織を微細化させる。従って、Tiは溶接金属の低温靱性を向上させる働きがある。また、フラックス入りワイヤにBが含まれる場合、TiはBの効果を促進させる働きを有する。初期の溶融金属凝固過程の高温域で、TiはBより先に窒化物を形成してNを固定する。これにより、以降の溶融金属凝固過程でBがBNを形成することがない。つまりTiは、BをフリーBとしてオーステナイト粒界に偏析させる上で必須の成分である。このフリーBは、粒界での粗大なフェライトの生成を抑制することにより、Ti酸化物による粒内フェライト微細化効果と相乗して、溶接金属の低温靭性の改善効果を奏する。この効果は、Ti酸化物の還元によるTi量確保のみでは不十分であり、金属Tiをフラックス入りワイヤに含有させることにより初めて上記効果が得られる。しかし、フラックス入りワイヤにおけるTi含有量が0.005%未満では、金属Tiのほとんどが酸化消耗され、溶接金属にTiNを形成する上で十分なTiが留まらないので、上記効果が十分得られず、ミクロ組織の微細化が不十分となり、靭性改善効果が得られない。靭性の一層の向上のために、Ti含有量の下限を0.030%、又は、0.040%としてもよい。また、0.100%超のTiをフラックス入りワイヤに含有させると、固溶Tiが増加し、溶接金属が過度に硬化し、著しく靭性が低下する。従って、Ti含有量は0.100%以下とする。また、溶接金属の靭性を一層安定して確保するためには、Ti含有量の上限を0.080%、又は、0.070%としてもよい。
【0034】
(P:0.030%以下)
Pは、不純物元素であり、溶接金属の靭性を劣化させるので、極力低減する必要があるが、この悪影響が許容できる範囲として、フラックス入りワイヤのP含有量を0.030%以下に制限する。溶接金属の靭性の一層の向上のために、P含有量の上限を0.015%、0.010%、0.008%、又は、0.006%としてもよい。
【0035】
(S:0.030%以下)
Sは、不純物元素であり、溶接金属の靭性を著しく劣化させるので、極力低減することが好ましい。靭性への悪影響が許容できる範囲として、フラックス入りワイヤのS含有量を0.030%以下に制限する。溶接金属の靭性の一層の向上のために、S含有量の上限を0.008%、0.006%、0.004%、又は、0.003%としてもよい。
【0036】
(Mg:0.20%以上0.80%以下)
Mgは、強脱酸元素であり、溶接金属の酸素を低減し、溶接金属の靭性の改善に効果がある。この効果を得るために、フラックス入りワイヤにおけるMg含有量を0.20%以上とする。溶接金属の靭性の一層の向上のために、Mg含有量の下限を0.25%又は0.30%としてもよい。一方、0.80%超のMgをフラックス入りワイヤに含有させると、溶接時にスパッタ量が増加し、溶接作業性を劣化させる。溶接作業性の向上のために、Mg含有量の上限を0.70%、0.60%、又は、0.50%としてもよい。
【0037】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、合金成分又は脱酸成分として、上述された基本成分(必須元素)に加え、さらに、溶接する鋼板の強度レベル又は求める靭性の程度に応じて、B、Cu及びREMの1種又は2種以上を選択元素として含有することができる。しかしながら、これら選択元素は本実施形態に係るフラックス入りワイヤの課題を解決するために必須ではないので、これら選択元素の含有量の下限値は0%である。選択元素の含有の有無によらず、フラックス入りワイヤ中の必須元素の含有量が上述の規定範囲内にあれば、そのフラックス入りワイヤは本実施形態に係るフラックス入りワイヤの範囲内にあると見なされる。
【0038】
(B:0.0100%以下)
Bは、フラックス入りワイヤを介して溶接金属中に適正量含有させると、固溶Nと結びついてBNを形成して、溶接金属の靭性に対する固溶Nの悪影響を減じる効果があり、また、溶接金属においてオーステナイト粒界の焼入れ性を高めることで、粗大な粒界フェライト生成を抑制し、低温靭性を確保できる効果があるので、添加してもよい。しかし、フラックス入りワイヤにBを0.0100%超含有させると、溶接金属中のBが過剰となり、粗大なBNやFe23(C、B)などのB化合物を形成して靭性を逆に劣化させる。靭性の一層の向上のため、B含有量の上限を0.0080%、又は、0.0060%としてもよい。B含有の効果を一層確実に得るためには、B含有量の下限を0.0001%、0.0002%、または0.0010%としてもよい。
【0039】
(Cu:0.5%以下)
Cuは、ワイヤの外皮表面のめっき、及び、フラックスに単体又は合金として含有される場合があり、溶接金属の強度を向上させる効果があるので、添加してもよい。0.5%超のCuをフラックス入りワイヤに含有させると、溶接金属の靭性が低下する。溶接金属の靭性の一層の向上のために、Cu含有量の上限を0.3%、0.2%、又は、0.1%としてもよい。なお、Cuの含有量については、外皮自体やフラックス中に含有されている分に加えて、ワイヤ表面に銅めっきされる場合には、その分も含む。上述の効果を得るためには、Cu含有量の下限を0.01%としてもよい。
【0040】
(REM:0.050%以下)
REMは、溶接金属中での硫化物及び酸化物のサイズを微細化して、溶接金属の靭性向上に寄与することができる元素であるので、添加してもよい。しかし、フラックス入りワイヤに0.050%超のREMを含有させると、スパッタが激しくなり、溶接作業性が劣悪となる。また、スパッタの低減及びアークの安定に寄与するために、REM含有量の上限を、0.030%、0.020%、0.010%、0.005%、又は0.001%としてもよい。なお「REM」との用語は、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記「REMの含有量」とは、これらの17元素の合計含有量を意味する。ランタノイドをREMとして用いる場合、工業的には、REMはミッシュメタルの形で添加される。
【0041】
(焼入れ性指標α:0.25%以上0.51%以下)
溶接金属の靭性を高めるために、下記(2)式で示される焼入れ性の指標αが0.25%以上0.51%以下となるように、合金成分又は脱酸成分(即ち弗化物、酸化物、及び炭酸塩を除く化学成分)の含有量を調整することが好ましい。焼入れ性指標αが0.25%以上である場合、溶接金属の靭性を損なう粒界フェライトの生成を一層抑制することができるので好ましい。一方、焼入れ性指標αが0.51%以下である場合、溶接金属の靭性を損なう第二相(例えばMA等)の生成を一層抑制し、さらに溶接金属の過剰な硬化を確実に防ぐこともできるので好ましい。
α=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+([Ni]+[Cu])/15・・・(2)
なお、式(2)の[]付元素は、合金成分又は脱酸成分として含まれるそれぞれの元素のフラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表す。
【0042】
(高温割れ感受性指標β:3.1以下)
フラックス入りワイヤに含有される合金成分は、高温割れを発生させやすくする場合があり、これを抑制するべく、下記式(3)で示される高温割れ感受性の指標βが3.1以下となるように、合金成分又は脱酸成分の含有量を調整することが好ましい。Si、Mn、Ni、及びBは特に高温割れ感受性に影響を及ぼす元素であるので、これら元素の量を上述の限定に加えて式(3)によっても限定することが、高温割れを防止しながら各元素の効果を得るために好ましい。
β=[Si]/6+[Mn]/1.5+[Ni]/3+200×[B]・・・(3)
なお、式(3)の[]付元素は、合金成分又は脱酸成分として含まれるそれぞれの元素のフラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表す。
【0043】
(伸び指標γ:1.8以下)
溶接金属の伸びを改善するために、下記(4)式で示される伸びの指標γが1.8以下となるように合金成分又は脱酸成分の含有量を調整することが好ましい。Mn及びMgは、溶接金属を硬化させて伸びを低下させる作用が特に強い元素であるので、これら元素の量を上述の限定に加えて式(4)によっても限定することが、溶接金属の伸びを確保しながら各元素の効果を得るために好ましい。
γ=[Mn]+[Mg]・・・(4)
なお、式(4)の[]付元素は、合金成分又は脱酸成分として含まれるそれぞれの元素のフラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表す。
【0044】
続いて、ワイヤの鋼製外皮の内部に挿入されるスラグ成分について説明する。以下に説明されるスラグ成分は弗化物、酸化物、又は炭酸塩であり、上述された合金成分及び金属脱酸成分とは区別される。
【0045】
(CaF、MgF、NaAlF、LiF、NaF、KZrF、BaF、及び、KSiFからなる群から選択された1種又は2種以上の弗化物の、フラックス入りワイヤの全質量に対するF換算値の合計値:0.21%以上)
本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、CaF、MgF、NaAlF、LiF、NaF、KZrF、BaF、及び、KSiFからなる群から選択された1種以上の弗化物を、フラックス入りワイヤの全質量に対するF換算値で、合計0.21%以上含有させる。フラックス入りワイヤの全質量に対するF換算値とは、弗化物に含まれる弗素(F)の量を、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で示すものである。例えば、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%でn%のCaFがフラックス入りワイヤに含まれる場合、CaFのF換算値は以下の式5で求められる。
(CaFのF換算値)=n×(19.00×2/78.08)・・・(式5)
上の式4中の「19.00」は、Fの原子量であり、「2」は、1個のCaFに含まれるF原子の個数であり、「78.08」は、CaFの分子量である。CaF以外の弗化物に関しても、同様にF換算値が算出できる。フラックス中に複数種類の弗化物が含まれる場合、各弗化物のF換算値の合計値が、フラックスに含まれる弗化物のF換算値とみなされる。
【0046】
フラックスに含まれる弗化物は、溶接金属の酸素量を低減させることにより溶接金属の低温靭性を高め、且つ溶接金属の拡散性水素量を低減させることにより溶接金属における低温割れを抑制する。弗化物のF換算値の合計が0.21%未満では、上述の効果が得られないので、好ましい低温靭性を有する溶接金属及び予熱工程の簡略化又は省略が達成できない。溶接金属の酸素量及び拡散性水素量をより低減するために、F換算値合計の下限を0.30%、0.40%、又は、0.50%としてもよい。
【0047】
弗化物の含有量が過剰である場合、溶接中のスパッタ量が増大する。しかしながら本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、弗化物のF換算値の上限値を定める必要はない。本発明者らは、弗化物の含有量の上限値を、後述するスパッタ生成指数X(X値)を用いて制限すべきである旨を見いだしたからである。弗化物のF換算値は、X値が以下に説明される範囲内である限り、適宜選択可能である。
【0048】
(CaF:フラックス入りワイヤの全質量に対して0.50%未満)
CaFは、MgF、NaAlF、LiF、NaF、KZrF、BaF、及び、KSiFと比べて、100%COガスを使用するガスシールドアーク溶接において、スパッタを多量に発生させるため、本実施形態に係るフラックス入りワイヤに添加しないことが好ましい。従って、本実施形態に係るフラックス入りワイヤではCaF含有量を0.50%未満に制限する。CaF含有量を0.50%未満に制限すれば、スパッタの問題は無視できる。スパッタの発生をさらに確実に回避するために、CaF含有量の上限値を0.40%、又は、0.30%としてもよい。また、CaF含有量の下限値を0.10%又は、0.00%としてもよい。
【0049】
(スパッタ生成指数X(X値):フラックス入りワイヤの全質量に対して5.00%以下)
ガスシールドアーク溶接、特にシールドガスが100%COガスであるガスシールドアーク溶接において、弗化物のうち、CaFがスパッタを増加させることは上述した。さらに、本発明者らは、弗化物の種類とスパッタ量との関係を調査するために、多種の弗化物を含有させて、鋼製外皮にスリット状の隙間のない(植物油を外皮に塗布した)1.2mmφのワイヤを多数作成した。銅製の捕集箱内で、鋼板上に、ビードオンプレートで、溶接電流280A、電圧27V、溶接速度30cm/min、入熱14.0kJ/cm、シールドガス100%CO、ガス流量25l/min、及び予熱なしの条件で、上述の種々のフラックス入りワイヤを用いて、1分間、溶接ビードを作製した。この溶接ビードの作成の間に箱内に飛散したスパッタ及び鋼板に付着したスパッタを回収し、これらのうち直径1.0mm超のものの総重量を測定した。スパッタ発生量、弗化物の種類、及び各弗化物の含有量のデータを多元解析した結果、式1を用いて算出されるX値とスパッタ発生量との間に、図1に示される良好な相関関係があることが見出された。
X=[NaF]+[MgF]+[NaAlF]+1.50×([KSiF]+[KZrF]+[LiF]+[BaF])+3.50×([CaF])・・・(式1)
なお、式(1)の[]付化学式は、それぞれの化学式に係る弗化物のフラックス入りワイヤ全質量に対する質量%での含有量を表し、含有されない弗化物の含有量は0とみなす。
【0050】
式1において、括弧が付された化学式は、化学式に係る化合物(弗化物)の含有量を、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で示す。フラックス入りワイヤに含まれない化合物の含有量は0%とみなす。式1で定義するX値をフラックス入りワイヤの全質量に対して5.00%以下とすることで、上述の試験においてスパッタ増加量が約5.0g/min以下となることがわかった。上述の試験でスパッタ発生量を約5.0g/min以下とすることができるフラックス入りワイヤは、シールドガスが100%COガスである溶接で用いられた際に良好な溶接作業性を提供することができる。なお、本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、弗化物のX値の下限値を定める必要はない。弗化物の含有量の下限値は、上述されたF換算値を用いて規定されるからである。
【0051】
フラックス入りワイヤに含まれる弗化物が溶接金属の酸素量を低減する理由については、必ずしも明らかではないが、本発明者らは、弗化物が溶融池内で分解され、溶融池内の酸素と再結合し、浮上するためと推測している。また、弗化物の種類によって、スパッタの発生量が異なる理由については、必ずしも明らかではないが、本発明者らは、弗素と化学結合している元素が、何らかの理由でスパッタ生成量に影響していると推測している。フラックス入りワイヤに含まれる弗化物が溶接金属の拡散性水素量を低減する理由については、必ずしも明らかではないが、本発明者らは、弗化物が溶接アークにより分解し、生成されたフッ素が水素と結合してHFガスとして大気中に散逸したか、又は、そのまま溶接金属中に水素がHFとして固定されたためではないかと考えている。
【0052】
(Fe酸化物、Ba酸化物、Na酸化物、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Mn酸化物、及びK酸化物からなる群から選択される1種以上又は2種以上の酸化物の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での合計含有量:0.30%以上3.50%未満)
本実施形態に係るフラックス入りワイヤのフラックスは、酸化物を合計で0.30%以上3.50%未満含有する。この酸化物の種類は、Fe酸化物、Ba酸化物、Na酸化物、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Mn酸化物、及びK酸化物からなる群から選択される1種又は2種以上であり、後述するCaOは含まれない。本実施形態では、「CaOを除く酸化物」を単に「酸化物」と称する場合がある。
【0053】
CaOを除く酸化物は、溶接ビードの形状を良好に維持する効果を有する。CaOを除く酸化物の含有量の合計が0.30%未満である場合、溶接ビードの形状が悪くなることがある。溶接ビードの形状をさらに良好に維持するために、CaOを除く酸化物の合計量の下限を0.40%、0.50%、0.60%、又は、0.70%としてもよい。しかし、CaOを除く酸化物の合計量が3.50%以上である場合、溶接金属の酸素量を増大させて、溶接金属の靭性を低下させることがある。溶接金属の靭性の改善のために、CaOを除く酸化物の合計量の上限を3.00%、2.50%、2.25%、2.00%、1.75%、1.50%、1.25%、1.00%、0.90%、0.80%、又は0.70%としてもよい。
【0054】
なお、Fe酸化物、Ba酸化物、Na酸化物、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Mn酸化物、及びK酸化物に加え、フラックスの造粒に使用されるバインダーなどに含まれる酸化物がフラックス入りワイヤに含まれる場合がある。この場合、酸化物の含有量の合計値を、フラックスの造粒に使用されるバインダーなどに含まれる酸化物も合計した含有量とみなしてもよい。Fe酸化物、Ba酸化物、Na酸化物、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg酸化物、Al酸化物、Mn酸化物、及びK酸化物それぞれは、例えばFeO、BaO、NaO、TiO、SiO、ZrO、MgO、Al、MnO、及びKOであってもよい。
【0055】
(Ti酸化物の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での含有量:0.10%以上2.50%未満)
フラックスに含まれるTiO等のTi酸化物は、溶接中にその大半がスラグとして溶接金属の外部に放出される。しかし上述されたように、本実施形態に係るフラックス入りワイヤのフラックス中のTi酸化物の一部は、Alによって一旦還元されて金属Tiとなった後、溶接金属中の酸素と結びついて、溶接金属中で、溶接金属のミクロ組織微細化に有効なTi酸化物となる。従って、Ti酸化物は、合金成分としてのAlとの相乗効果として、溶接金属の微細化及び低温靭性向上に寄与する。さらにTi酸化物は、溶接ビード形状の改善にも寄与する。CaOを除く酸化物の含有量の合計が0.30%以上3.50%未満である場合でも、CaOを除く酸化物に含まれるTi酸化物が0.10%未満である場合、溶接ビード形状が悪くなることがある。これら効果を得るために、Ti酸化物の含有量の下限値を0.10%とする必要がある。Ti酸化物をアーク安定剤として用いることで、さらに良好な溶接ビード形状を得るために、Ti酸化物の含有量の下限値を0.15%、0.20%、0.25%、0.30%、0.40%、又は、0.45%としてもよい。一方、Ti酸化物の含有量が2.50%以上である場合、溶接金属の酸素量を増大させて、溶接金属の靭性を低下させることがある。従って、Ti酸化物の含有量を2.50%未満とする必要がある。溶接金属の靭性のさらなる改善のために、Ti酸化物の含有量の上限値を2.40%、2.20%、2.00%、1.80%、1.50%、1.25%、1.00%、0.90%、0.80%、0.70%、0.60%、又は0.50%としてもよい。
【0056】
(CaO:フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で、0%以上0.20%未満)
CaOは、他の酸化物とは異なる性質を有し、0.20%以上含有されると、シールドガスが100%COガスであるガスシールドアーク溶接において、スパッタを多く発生させる。さらに、CaOは、大気に触れると水素を含む化合物であるCaOHに変化するので、溶接金属の拡散性水素を増加させる。CaOはフラックス原料に不純物として含まれる場合があるので、CaO含有量が0.20%未満になるように、フラックスの原料を選定する必要がある。CaO含有量は好ましくは0.10%以下、又は0.10%未満である。CaOは本実施形態に係るフラックス入りワイヤに必要とされないので、CaO含有量の下限値は0%である。CaO含有量の下限値を0.01%、0.02%、又は0.05%としてもよい。
【0057】
(MgCO、NaCO、LiCO、CaCO、KCO、BaCO、FeCO、及び、MnCOからなる群から選択される1種又は2種以上の炭酸塩の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での合計含有量:0〜3.50%)
(MgCO、NaCO、及びLiCOの含有量の合計値:フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で0〜3.00%)
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、炭酸塩を含有する必要はない。従って本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおける炭酸塩の合計含有量の下限値は0%である。しかし本実施形態に係るフラックス入りワイヤには、更に、MgCO、NaCO、LiCO、CaCO、KCO、BaCO、FeCO、及び、MnCOからなる群から選択される1種又は2種以上の炭酸塩を、合計で3.50%以下含有させることが好ましい。
【0058】
炭酸塩は、アークによって電離し、COガスを発生させる。炭酸塩から生成されたCOガスは、水素分圧を下げ、溶接金属中の拡散性水素量を低減させる。この効果を得るために炭酸塩をフラックス入りワイヤに添加する場合、炭酸塩の含有量の合計を0.30%以上とすることが好ましい。溶接金属中の水素量をさらに低減するために、炭酸塩の含有量の合計の下限を0.50%又は1.00%としてもよい。一方、炭酸塩が過剰である場合、炭酸塩が溶接中に溶接金属に溶け込み、溶接金属の炭素量及び酸素量を増大させる恐れがある。この場合、溶接金属の過剰な硬化と、溶接金属の低温靭性低下が生じる。また、炭酸塩の含有量が過剰である場合、溶接ヒュームの発生量が著しくなって溶接作業性が悪化する。これら事態を回避するために、炭酸塩の含有量の合計を3.50%以下とする必要がある。溶接ヒューム発生の回避のために、炭酸塩の含有量の合計の上限を3.00%、2.50%、2.00%、1.50%、1.00%、0.50%、0.10%、0.04%、0.02%、又は、0.01%としてもよい。
【0059】
上述された炭酸塩に含まれる場合があるMgCO、NaCO、及びLiCOの含有量の合計は、0〜3.00%とされる必要がある。炭酸塩の合計含有量が0〜3.50%であったとしても、MgCO、NaCO、及びLiCOの含有量の合計が3.00%超である場合、溶接ビードが垂れやすくなり、溶接作業性が悪化する。溶接ビードの垂れを抑制するために、MgCO、NaCO、及びLiCOの含有量の合計の上限を2.70%、2.50%、又は、2.00%としてもよい。一方、溶接金属中の水素の量を一層低減するために、MgCO、NaCO、LiCOの含有量の合計の下限を0.30%超、0.50%、0.75%、又は、1.00%としてもよい。
【0060】
(鉄粉:0%以上10.0%未満)
鉄粉(Fe粉)は、フラックス入りワイヤにおけるフラックスの充填率の調整のために、または溶着効率の向上のために必要に応じて含有させる場合がある。しかし、鉄粉の表層は酸化されているので、フラックスが鉄粉を過剰に含有すると、溶接金属の酸素量を増加させて靭性を低下させる場合がある。したがって、鉄粉は含有させなくてもよい。充填率の調整のために鉄粉を含有させる場合には、溶接金属の靭性を確保するために、鉄粉の含有量を10.0%未満にする。鉄粉の含有量の上限値を5.0%、3.0%、2.0%、又は1.7%としてもよい。一方、鉄粉は本実施形態に係るフラックス入りワイヤの課題解決のために必須ではないので、鉄粉の含有量の下限値は0%である。
【0061】
以上が本実施形態に係るフラックス入りワイヤの成分組成に関する限定理由であるが、その他の残部成分はFe及び不純物を含む。Fe成分としては、鋼製外皮のFe、フラックス中に添加された鉄粉及び合金成分中のFeが含まれる。不純物とは、フラックス入りワイヤを工業的に製造する際に、鉱石若しくはスクラップ等のような原料、又は製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係るフラックス入りワイヤに悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0062】
続いて、フラックス入りワイヤの形態について説明する。
図2に、フラックス入りワイヤの切断面を示す。図2(a)に、エッジ面を突合せて溶接して作ったフラックス入りワイヤ、図2(b)に、エッジ面を突合せて作ったフラックス入りワイヤ、及び、図2(c)に、エッジ面をかしめて作ったフラックス入りワイヤを示す。このように、フラックス入りワイヤには、図2(a)に示すように鋼製外皮にスリット状の隙間がないワイヤと、図2(b)、(c)に示すように鋼製外皮のスリット状の隙間を有するワイヤとに大別できる。本実施形態に係るフラックス入りワイヤでは、いずれの断面構造も採用することができるが、溶接金属の低温割れを抑制するためには、スリット状の隙間がないワイヤ(シームレスワイヤ)とすることが好ましい。
【0063】
溶接時に溶接部に侵入する水素は、溶接金属内及び鋼材側に拡散し、応力集中部に集積して低温割れの発生原因となる。この水素源は溶接材料が保有する水分、大気から混入する水分、鋼表面に付着した錆びやスケールなどが上げられるが、十分に溶接部の清浄性、ガスシールドの条件が管理された溶接の下では、ワイヤ中に主として水分で含有される水素が、溶接継ぎ手の拡散性水素の主要因となる。
【0064】
このため、鋼製外皮をスリット状の隙間がない管とし、ワイヤ製造後から使用するまでの間に、鋼製外皮からフラックスへの大気中の水素の侵入を抑制することが望ましい。鋼製外皮にスリット状の隙間(シーム)を有する管とした場合には、大気中の水分は外皮のスリット状の隙間部からフラックス中に侵入しやすく、そのままでは、水分等の水素源の侵入を防止することはできないので、製造後使用するまでの期間が長い場合は、ワイヤ全体を真空包装するか、乾燥した状態に保持できる容器内で保存することが望ましい。
【0065】
また、ワイヤの送給性を向上させるために、ワイヤ表面に潤滑剤を塗布することができる。ワイヤ表面に塗布される潤滑剤としては、様々な種類のもの、例えば植物油等を使用できるが、溶接金属の低温割れを抑制するためには、パーフルオロポリエーテル油(PFPE油)のように水素分を含まない油が好ましい。
【0066】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、通常のフラックス入りワイヤの製造方法と同様の製造工程によって製造することができる。
【0067】
すなわち、まず、外皮となる鋼帯、及び、合金成分、酸化物、弗化物、炭酸塩及びアーク安定剤が所定の含有量になるように配合したフラックスを準備する。鋼帯を長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管(U字型)に成形して鋼製外皮とし、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合せスリット状の隙間を溶接する。溶接方法は電縫溶接、レーザー溶接、又は、TIG溶接が用いられる。溶接により得られたスリット状の隙間のない管を伸線し、伸線途中又は伸線工程完了後に焼鈍処理して、所望の線径を有するスリット状の隙間のないワイヤを得る。また、スリット状の隙間を溶接しないスリット状の隙間有りの管とし、それを伸線することでスリット状の隙間を有するワイヤを得る。
【0068】
突合せシーム溶接されて作ったスリット状の隙間が無いワイヤを切断した断面は、図2(a)のように見える。この断面は、研磨して、エッチングすれば、溶接跡が観察されるが、エッチングしないと溶接跡は観察されない。そのため、上記のようにシームレスと呼ぶことがある。例えば、溶接学会編「新版 溶接・接合技術入門」(2008年)産報出版、p.111には、シームレスタイプと記載されている。
図2(b)にエッジ面を突き合わせた例を、図2(c)にエッジ面をかしめた例を示すが、図2(b)のように突合せてから、ろう付けしたり、図2(c)のようにかしめてから、ろう付けしたりしても、スリット状の隙間が無いワイヤが得られる。また、図2(b)、(c)において、ろう付けせず、そのままのワイヤは、スリット状の隙間が有るワイヤとなる。
【0069】
次に、以上説明した本実施形態に係る溶接継手の製造方法について説明する。本実施形態に係る溶接継手の製造方法は、上述された本実施形態に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いて鋼板を溶接する工程を備える。本実施形態に係るフラックス入りワイヤの用途は特に制限されない。従って、本実施形態に係る溶接継手の製造方法においても、母材鋼板の種類及びシールドガス種などは特に制限されない。本実施形態に係る溶接継手の製造方法は、スパッタ量及び溶接金属の拡散性水素量を低減させるフラックス入りワイヤを用いるので、作業性に優れる。また、本実施形態に係る溶接継手の製造方法は、合金成分及び金属脱酸成分が好ましく調節され、さらに溶接金属中の酸素量を低減可能な弗化物を含むフラックス入りワイヤを用いるので、引張強さ、伸び、及び低温靭性に優れた溶着金属を含む溶接金属を備えた溶接継手を製造可能である。
【0070】
本実施形態に係る溶接方法は、3.5%Ni鋼などの低温用鋼のガスシールドアーク溶接に適用することができる。この場合、従来技術に対する一層の優位性を示す。溶接金属の機械特性を保つことができる一方で、従来の低温用鋼の溶接用フラックス入りワイヤよりも高価なNi等の合金元素量が削減されたフラックス入りワイヤを使用するので、本実施形態に係る溶接方法は経済性に優れる。
【0071】
また、本実施形態に係る溶接方法では、仮付け溶接の際に用いるシールドガスを100%COガスとし、本溶接の際に用いるシールドガスを、純Arガス又は純Heガスと、2.5〜30.0体積%のO又は2.5〜30.0体積%のCOとの混合ガスとすることができる。この場合、スパッタによって溶接作業環境を悪化させることなく溶接費用を低減させることができるので、従来技術に対する一層の優位性を示す。また、電流、電圧などの溶接条件についても通常用いられている条件で良い。
【0072】
製造される溶接継手の形状は、用途などに応じて決定され、特に限定されるものではない。通常の突合せ継手、角継手、T継手など、開先を形成する溶接継手に適用できる。したがって、溶接される鋼板の形状も、少なくとも溶接継手を形成する部分が板状であればよく、全体が板でなくともよく、たとえば、形鋼なども含むものである。また、別々の鋼板から構成されるものに限定されず、1枚の鋼板を管状などの所定の形状に成形したものの突合せ溶接継手であってもよい。
【実施例】
【0073】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0074】
表1に示す化学成分(外皮全質量に対する質量%で表示。残部は鉄及び不純物)の鋼帯を長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合わせシーム溶接することで継目無し管とし(ワイヤ番号に「かしめ」との表記が付されたワイヤを除く)、造管したワイヤの伸線作業の途中で焼鈍を加え、最終のワイヤ径がφ1.2mmのフラックス入りワイヤを試作した。このようにして得られたワイヤの成分を表2−1〜表3−2に示す。「ワイヤの合金の化学成分」とは、弗化物、酸化物、又は炭酸塩を形成していない金属成分又は合金成分を意味する。なおワイヤ全体の成分の残部は、Fe及び不純物である。試作後、ワイヤ表面に潤滑剤を塗布して、後述する溶接に供した。表4−1及び表4−2に、潤滑剤の種類及び本溶接で用いられたシールドガス種を示す。なお、全ての発明例及び比較例における仮付け溶接用シールドガスは100%COとした。シールドガスの組成の単位はvol%である。表4−1及び表4−2において、PFPE油と記載していないものには、すべて、植物油が塗布された。また、ワイヤ番号に「かしめ」との表記が付されたワイヤは、シーム溶接をしない継目有りの管とし、それを伸線することで得られた、ワイヤ径がφ1.2mmのフラックス入りワイヤである。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2-1】
【0077】
【表2-2】
【0078】
【表2-3】
【0079】
【表2-4】
【0080】
【表3-1】
【0081】
【表3-2】
【0082】
このフラックス入りワイヤを用いて、JIS Z3111(2005年)に準拠して溶接金属の機械特性を評価した。すなわち、板厚が20mmの鋼板同士を、ルートギャップ16mm、開先角度20°で突き合わせ、同鋼板の裏当金を用いて、表4−1及び表4−2に示す溶接条件で溶接を実施した。鋼板の開先面及び裏当金の表面には、試験を行うフラックス入りワイヤを用いて2層以上、かつ余盛高さ3mm以上のバタリングを実施し、試験体を作成した。このバタリングにより、溶接材料の成分が母材により希釈されることが防止され、溶接材料の特性を正確に評価することができる。
【0083】
【表4-1】
【0084】
【表4-2】
【0085】
作製した試験体から、機械試験片として、図3に示されるJIS Z3111(2005年)に準拠したA0号引張り試験片(丸棒)(径=10mm)とシャルピー試験片(2mmVノッチ)とを採取し、それぞれの機械特性試験を行って、溶接金属の引張強さ及び全伸びと、−100℃でのシャルピー吸収エネルギーを測定した。得られた機械特性の測定結果を表5−1及び表5−2に示す。引張強さは450MPa以上、全伸びは25%以上、シャルピー吸収エネルギーは34J以上を合格とした。
【0086】
仮付け時のスパッタ量の測定は以下のように行なった。銅製の捕集箱内で、鋼板上を、ビードオンプレートで、溶接電流280A、電圧27V、溶接速度30cm/分、入熱14.0kJ/cm、シールドガス種類100%CO、ガス流量25l/分、予熱なしの条件で、1分間、溶接ビードを作製した。箱内に飛散したスパッタおよび鋼板に付着したスパッタをそれぞれ回収し、発生したスパッタにおける直径1.0mm超のものについて重量を測定した。結果をg/minを単位として表5−1及び5−2に示す。スパッタ発生量5.0g/min以下となる試料を合格とした。
【0087】
【表5-1】
【0088】
【表5-2】
【0089】
表5−1及び表5−2に示されるように、実施例であるワイヤ番号A1〜A10は、溶接金属の引張強さ、低温靭性、及び全伸びに優れ、さらに仮付溶接性に関しても優れ、合格であった。
一方、比較例であるワイヤ番号B1〜B9は、本発明で規定する要件を満たしていないため、溶接金属の引張強さ、全伸び、及び低温靭性、並びに仮付溶接性の1つ以上を満足できず、不合格となった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明によれば、Ni含有量をNi系低温用鋼並みの5.0質量%以下に低減することで、ガスシールドアーク溶接において溶接施工効率に優れ、かつ安価なフラックス入りワイヤとし、更に、フラックス入りワイヤ中の合金成分を低減し、溶接金属の酸素量を低減することで、−100℃での低温靭性の優れる溶接金属を提供することができる。よって、本発明は、産業上の利用可能性が高いものである。
図1
図2
図3