(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
0.5質量%以上0.8質量%以下の炭素と、1.0質量%以上2.5質量%以下の珪素と、0.2質量%以上1.0質量%以下のマンガンと、0.5質量%以上2.5質量%以下のクロムとを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなり、焼戻マルテンサイト組織を有する鋼から構成され、
内部に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬い層である表層領域を備え、
前記表層領域の厚みは、外周面から10μm以下である、ばね用鋼線。
前記表層領域は、前記ばね用鋼線の長手方向に垂直な断面の重心から10μm以内の領域である中央領域に比べて、{110}集合組織の割合が5%以上35%以下だけ高い、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のばね用鋼線。
前記第1の伸線が実施された前記原料線材に対して浸炭処理を実施する工程では、CP値が0.5質量%以上1.5質量%以下となるように組成が調整された雰囲気中において、前記原料線材が加熱されて浸炭処理が実施される、請求項10に記載のばね用鋼線の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
上述のように、ばね加工時の折損の抑制と、疲労強度の向上とを両立させることが求められている。そこで、ばね加工時の折損を抑制しつつ疲労強度を向上させることが可能なばね用鋼線、ばね、ばね用鋼線の製造方法およびばねの製造方法を提供することを目的の1つとする。
【0010】
[本開示の効果]
本開示のばね用鋼線およびばね用鋼線の製造方法によれば、ばね加工時の折損を抑制しつつ疲労強度を向上させることができる。
【0011】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本願発明の実施態様を列記して説明する。本願のばね用鋼線は、0.5質量%以上0.8質量%以下の炭素(C)と、1.0質量%以上2.5質量%以下の珪素(Si)と、0.2質量%以上1.0質量%以下のマンガン(Mn)と、0.5質量%以上2.5質量%以下のクロム(Cr)とを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなり、焼戻マルテンサイト組織を有する鋼から構成される。外周面から10μm以内の領域である表層領域の硬度は、表層領域以外の領域に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬い。
【0012】
本発明者らの検討によれば、適切な成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼からなる鋼線の表層のごく薄い領域のみの硬度を内部に比べてわずかに上昇させることにより、ばね加工時の折損を抑制しつつ疲労強度を向上させることが可能なばね用鋼線が得られる。本願のばね用鋼線においては、ばねに必要な強度を確保可能な成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼が採用される。そして、外周面から10μm以内という表層のごく薄い領域(表層領域)の硬度が、表層領域以外の領域(内部領域)に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬く設定される。このように、表層領域に限定して硬度を50HV以下だけ上昇させることにより、本願のばね用鋼線によれば、ばね加工時の折損を抑制しつつ疲労強度を向上させることができる。
【0013】
ここで、ばね用鋼線を構成する鋼の成分組成を上記範囲に限定した理由について説明する。
【0014】
炭素:0.5質量%以上0.8質量%以下
炭素は、焼戻マルテンサイト組織を有する鋼の強度に大きな影響を与える元素である。ばね用鋼線として十分な強度を得る観点から、炭素含有量は0.5質量%以上とする必要がある。一方、炭素含有量が多くなると靱性が低下し、ばね加工時や、伸線時における加工性が低下する。十分な加工性を確保する観点から、炭素含有量は0.8質量%以下とする必要がある。強度をさらに向上させる観点から、炭素含有量は0.6質量%以上とすることが好ましい。靱性を向上させて加工を容易とする観点から、炭素含有量は0.7質量%以下とすることが好ましい。
【0015】
珪素:1.0質量%以上2.5質量%以下
珪素は、加熱による軟化を抑制する性質(軟化抵抗性)を有する。ばね用鋼線がばね加工された後に実施される歪みとり熱処理において軟化を抑制する観点から、珪素含有量は1.0質量%以上とする必要がある。一方、珪素の過度の添加は、ばね用鋼線の靱性を低下させる。十分な靱性を確保する観点から、珪素含有量は2.5質量%以下とする必要がある。加熱に対する軟化抵抗性をさらに向上させる観点から、珪素含有量は1.3質量%以上とすることが好ましい。より確実に十分な靱性を確保する観点から、珪素含有量は2.3質量%以下とすることが好ましい。
【0016】
マンガン:0.2質量%以上1.0質量%以下
マンガンは、鋼の精錬において脱酸剤として添加される元素である。脱酸剤としての機能を果たすため、マンガンの含有量は0.2質量%以上とする必要がある。一方、マンガンは過度に添加すると、加熱後の冷却時にマルテンサイト組織が生成する原因となる。意図せずに生成したマルテンサイト組織は、伸線時等における加工性を低下させる。そのため、マンガンの含有量は1.0質量%以下とする必要がある。マンガンが脱酸剤としての機能をより確実に果たすためには、マンガン含有量は0.3質量%以上とすることが好ましい。意図しないマルテンサイト組織の生成をより確実に抑制する観点から、マンガン含有量は0.85質量%以下とすることが好ましい。
【0017】
クロム:0.5質量%以上2.5質量%以下
クロムは、焼入れ焼戻し後における加熱時の軟化抑制に寄与する。このような効果を確実に発揮させるためには、クロムの含有量は0.5質量%以上とする必要がある。一方、クロムは過度に添加すると、加熱後の冷却時にマルテンサイト組織が生成する原因となる。意図せずに生成したマルテンサイト組織は、伸線時等における加工性を低下させる。そのため、クロムの含有量は2.5質量%以下とする必要がある。焼入れ焼戻し後における加熱時の軟化をより確実に抑制する観点から、クロム含有量は0.7質量%以上とすることが好ましい。意図しないマルテンサイト組織の生成をより確実に抑制する観点から、クロム含有量は1.5質量%以下とすることが好ましい。
【0018】
不可避的不純物
ばね用鋼線の製造工程において、リン(P)、硫黄(S)、銅(Cu)などが不可避的にばね用鋼線を構成する鋼中に混入する。リンおよび硫黄は、過度に存在すると粒界偏析を生じたり、介在物を生成したりして、鋼の特性を悪化させる。そのため、リンおよび硫黄の含有量は、それぞれ0.035質量%以下とすることが好ましく、0.025質量%以下とすることがより好ましい。また、銅は、鋼の熱間加工性を低下させる。そのため、銅の含有量は0.2質量%以下とすることが好ましい。また、不可避的不純物の含有量は、合計で1質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
上記ばね用鋼線の直径は15mm以下であってもよい。本願のばね用鋼線は、このような線径のばね用鋼線として好適である。なお、本願において「直径」とは、長手方向に垂直な断面が円形以外である場合、当該断面に外接する円の直径を意味する。
【0020】
上記ばね用鋼線において、上記表層領域の炭素濃度は、上記表層領域以外の領域に比べて0質量%を超え0.05質量%以下だけ高くてもよい。炭素含有量を内部(上記表層領域以外の領域)に比べて高くすることにより、上記表層領域における硬度を内部に比べて高くすることが容易となる。
【0021】
上記ばね用鋼線において、上記表層領域は、ばね用鋼線の長手方向に垂直な断面の重心から10μm以内の領域である中央領域に比べて、{110}集合組織の割合が5%以上35%以下だけ高くてもよい。このようにすることにより、せん断応力に対する弾性限が上昇する。その結果、ばね用鋼線から製造されるばねの疲労強度や耐へたり性を向上させることができる。
【0022】
表層領域が中央領域に比べて{110}集合組織の割合が5%以上高いことにより、上記効果が明確となる。一方、表層領域が中央領域に比べて{110}集合組織の割合が35%を超えて高くなると、ばね用鋼線をばねに加工する際の加工性が低下する。加工性を重視する観点から、表層領域は、中央領域に比べて{110}集合組織の割合が30%以下だけ高いことが好ましい。表層領域は、中央領域に比べて{110}集合組織の割合が15%以下だけ高いことがより好ましい。中央領域における{110}集合組織の割合は、たとえば3%以下である。
【0023】
表層領域および中央領域における{110}集合組織の割合は、たとえば以下のように測定することができる。まず、ばね用鋼線を切断し、断面に対して機械研磨を実施する。その後、機械研磨された断面の表面に対してアルゴンなどのイオンビームを用いたイオン研磨を実施することにより、機械研磨によりダメージが導入された表層領域を除去して観察面を得る。そして、得られた観察面に対して、たとえばEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法による結晶方位測定を実施することにより、表層領域および中央領域における{110}集合組織の割合を測定する。
【0024】
上記ばね用鋼線の長手方向に垂直な断面の真円度は3μm以下であってもよい。このようにすることにより、ばね用鋼線を用いて製造されるばねの特性を安定させることができる。
【0025】
上記ばね用鋼線の長手方向に垂直な断面の直径のばらつきは、1mあたり1%以下であってもよい。このようにすることにより、ばね用鋼線を用いて製造されるばねの特性を安定させることができる。
【0026】
上記ばね用鋼線において、上記鋼は、0.05質量%以上0.5質量%以下のバナジウムをさらに含んでいてもよい。バナジウムは、鋼中において微細な炭化物を生成し、加熱時の軟化抑制に寄与する。このような効果を確実に発揮させる観点から、バナジウムは0.05質量%以上添加されてもよい。一方、バナジウムの過剰な添加は、鋼の靱性を低下させる。十分な靱性を確保する観点から、バナジウムの添加量は0.5質量%以下とすることが好ましく、0.25質量%以下とすることが好ましい。
【0027】
本願のばねは、上記ばね用鋼線からなる。上記本願のばね用鋼線からなることにより、本願のばねによれば、ばね加工時の折損が抑制されつつ、疲労強度が向上したばねを提供することができる。
【0028】
上記ばねにおいて、表面における窒素濃度は300ppm以下であってもよい。本願のばねによれば、表面における窒素濃度がこのような範囲を超えるような処理、たとえば窒化処理を行うことなく、十分な疲労強度を確保することができる。
【0029】
本願の第1の局面に従ったばね用鋼線の製造方法は、0.5質量%以上0.8質量%以下の炭素と、1.0質量%以上2.5質量%以下の珪素と、0.2質量%以上1.0質量%以下のマンガンと、0.5質量%以上2.5質量%以下のクロムとを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる原料線材を準備する工程と、原料線材に対して第1の伸線を実施する工程と、第1の伸線が実施された原料線材に対して浸炭処理を実施することにより、原料線材の表面を含む領域の炭素濃度を内部に比べて0質量%を超え0.05質量%以下だけ高くする工程と、浸炭処理が実施された原料線材に対して焼入れ焼戻し処理を実施する工程と、を備える。
【0030】
本願の第1の局面におけるばね用鋼線の製造方法では、上記適切な成分組成を有する原料線材が浸炭処理され、表面を含む領域の炭素濃度がわずかに高められた後、焼入れ焼戻し処理が実施される。これにより、適切な成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼からなるばね用鋼線の表層のごく薄い領域のみの硬度を内部に比べてわずかに上昇させることができる。その結果、外周面から10μm以内という表層のごく薄い領域(表層領域)の硬度が、表層領域以外の領域(内部領域)に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬く設定される上記本願のばね用鋼線を容易に製造することができる。
【0031】
上記第1の局面のばね用鋼線の製造方法において、第1の伸線が実施された原料線材に対して浸炭処理を実施する工程では、CP(Carbon Potential)値が0.5質量%以上1.5質量%以下となるように組成が調整された雰囲気中において、原料線材が加熱されて浸炭処理が実施されてもよい。CP値が調整された雰囲気を用いたガス浸炭により浸炭処理が実施されることにより、表層領域における炭素濃度が安定する。その結果、表層領域における硬さのばらつきが低減され、表層領域における硬度が内部領域に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬いばね用鋼線を容易に製造することができる。
【0032】
上記第1の局面のばね用鋼線の製造方法は、焼入れ焼戻し処理が実施された原料線材に対して第2の伸線を実施する工程をさらに備えていてもよい。このようにすることにより、ばね用鋼線の寸法精度を向上させることができる。
【0033】
上記第1の局面のばね用鋼線の製造方法において、第2の伸線における減面率は1%以上5%未満であってもよい。減面率を5%以上とすると、伸線によって鋼線の内部まで硬度が上昇し、表層のごく薄い領域に限定した硬度上昇を得ることが難しい。減面率を5%未満として表層のみの硬度上昇を達成することにより、上記本願のばね用鋼線を一層容易に製造することができる。また、減面率を1%以上とすることにより、伸線による表層のごく薄い領域の硬度上昇をより確実に達成することができる。
【0034】
本願の第2の局面に従ったばね用鋼線の製造方法は、0.5質量%以上0.8質量%以下の炭素と、1.0質量%以上2.5質量%以下の珪素と、0.2質量%以上1.0質量%以下のマンガンと、0.5質量%以上2.5質量%以下のクロムとを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる原料線材を準備する工程と、原料線材に対して第1の伸線を実施する工程と、第1の伸線が実施された原料線材に対して焼入れ焼戻し処理を実施する工程と、焼入れ焼戻し処理が実施された原料線材に対して第2の伸線を実施する工程と、を備える。第2の伸線における減面率は1%以上5%未満である。
【0035】
本願の第2の局面におけるばね用鋼線の製造方法では、上記適切な成分組成を有する原料線材に焼入れ焼戻し処理が実施された後、減面率が1%以上5%未満である第2の伸線が実施される。これにより、適切な成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼からなるばね用鋼線の表層のごく薄い領域のみの硬度を内部に比べてわずかに上昇させることができる。その結果、外周面から10μm以内という表層のごく薄い領域(表層領域)の硬度が、表層領域以外の領域(内部領域)に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬く設定される上記本願のばね用鋼線を容易に製造することができる。
【0036】
上記ばね用鋼線の製造方法において、上記第2の伸線は、原料線材を25℃以上450℃以下の温度域に加熱しつつ実施されてもよい。このようにすることにより、鋼中にコットレル雰囲気を形成し、ばね用鋼線の強度を上昇させることができる。上記第2の伸線は、原料線材を150℃以上450℃以下の温度域に加熱しつつ実施されてもよい。
【0037】
上記ばね用鋼線の製造方法において、第2の伸線は、アプローチ角が0.1°以上7°以下のダイスを用いて実施されてもよい。このようにすることにより、表層のみの硬度上昇を達成することが容易となる。
【0038】
上記ばね用鋼線の製造方法において、上記第1の伸線により原料線材が直径15mm以下となるように加工されてもよい。第1の伸線おいて原料線材が直径15mm以下となるように設定しておくことにより、線径の小さいばね用鋼線を製造することが容易となる。
【0039】
本願のばねの製造方法は、上記本願のばね用鋼線の製造方法によりばね用鋼線を準備する工程と、当該ばね用鋼線をばね形状に加工する工程と、を備える。
【0040】
上記本願のばね用鋼線の製造方法により製造されたばね用鋼線がばね加工されることにより、本願のばねの製造方法によれば、ばね加工時の折損が抑制されつつ、疲労強度が向上したばねを製造することができる。
【0041】
上記ばねの製造方法は、ばね形状に加工されたばね用鋼線に対してショットピーニング処理を実施する工程をさらに備えていてもよい。ショットピーニング処理は、表面における窒素濃度が300ppm以下であるばね用鋼線に対して実施されてもよい。本願のばねの製造方法によれば、表面における窒素濃度がこのような範囲を超えるような処理、たとえば窒化処理を行うことなくショットピーニング処理を実施することで、十分な疲労強度を有するばねを製造することができる。
【0042】
[本願発明の実施形態の詳細]
次に、本発明にかかる鋼線の製造方法の実施の形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0043】
(実施の形態1)
図1を参照して、本実施の形態におけるばね用鋼線1は、長手方向に垂直な断面10が円形であり、外周面11が円筒面形状である鋼線である。ばね用鋼線1の直径は、たとえば15mm以下であり、2mm以上10mm以下であることが好ましい。
【0044】
ばね用鋼線1は、0.5質量%以上0.8質量%以下の炭素と、1.0質量%以上2.5質量%以下の珪素と、0.2質量%以上1.0質量%以下のマンガンと、0.5質量%以上2.5質量%以下のクロムとを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなり、焼戻マルテンサイト組織を有する鋼から構成される。外周面11から10μm以内の領域である表層領域12の硬度は、表層領域以外の領域である内部領域13に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬い。表層領域12の炭素濃度は、内部領域13に比べて0質量%を超え0.05質量%以下だけ高い。表層領域12は、浸炭層である。
【0045】
ばね用鋼線1においては、ばねに必要な強度を確保可能な上記成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼が採用される。そして、外周面11から10μm以内という表層のごく薄い領域(表層領域12)の硬度が、内部領域13に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬く設定される。このように、表層領域12に限定して硬度が50HV以下だけ上昇していることにより、ばね用鋼線1は、ばね加工時の折損を抑制しつつ疲労強度を向上させることが可能なばね用鋼線となっている。表層領域12の硬度は、内部領域13に比べて5HV以上25HV以下だけ高いことが好ましく、5HV以上15HV以下だけ高いことが好ましい。表層領域12の炭素濃度は、内部領域13に比べて0.01質量%以上0.03質量%以下だけ高いことが好ましく、0.01質量%以上0.02質量%以下だけ高いことがより好ましい。
【0046】
ばね用鋼線1の表層領域12は、ばね用鋼線1の長手方向に垂直な断面の重心から10μm以内の領域である中央領域14に比べて、{110}集合組織の割合が5%以上35%以下だけ高いことが好ましい。これにより、せん断応力に対する弾性限が上昇する。その結果、ばね用鋼線1から製造されるばねの疲労強度や耐へたり性を向上させることができる。中央領域14における{110}集合組織の割合は、たとえば3%以下である。
【0047】
ばね用鋼線1の長手方向に垂直な断面10の真円度は3μm以下であることが好ましい。これにより、ばね用鋼線1を用いて製造されるばねの特性を安定させることができる。
【0048】
ばね用鋼線1の長手方向に垂直な断面10の直径のばらつきは、1mあたり1%以下であってもよい。これにより、ばね用鋼線1を用いて製造されるばねの特性を安定させることができる。なお、直径のばらつきとは、長手方向1mあたりの直径の最大値と最小値との差を意味する。
【0049】
ばね用鋼線1を構成する鋼は、0.05質量%以上0.5質量%以下のバナジウムをさらに含んでいてもよい。これにより、加熱時の軟化を抑制することができる。
【0050】
ばね用鋼線1を構成する鋼としては、たとえばJIS G3560に規定されるSWOSC−B、JIS G3561に規定されるSWOCV−V、SWOSC−Vなどを採用することができる。
【0051】
図2を参照して、本実施の形態におけるばね2は、ばね用鋼線1からなっている。ばね用鋼線1からなることにより、ばね2は、ばね加工時の折損が抑制されつつ、疲労強度が向上したばねとなっている。
【0052】
ばね2の表面(ばね用鋼線1の外周面11)における窒素濃度は300ppm以下である。ばね2によれば、表面(ばね用鋼線1の外周面11)における窒素濃度がこのような範囲を超えるような処理、たとえば窒化処理が行われることなく、十分な疲労強度が確保される。
【0053】
次に、ばね用鋼線1およびばね2の製造方法の一例について説明する。
図3を参照して、本実施の形態におけるばね用鋼線1の製造方法においては、まず工程(S10)として原料線材準備工程が実施される。工程(S10)では、
図4を参照して、0.5質量%以上0.8質量%以下の炭素と、1.0質量%以上2.5質量%以下の珪素と、0.2質量%以上1.0質量%以下のマンガンと、0.5質量%以上2.5質量%以下のクロムとを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる原料線材5が準備される。
【0054】
具体的には、たとえばJIS G3560に規定されるSWOSC−B、JIS G3561に規定されるSWOCV−V、SWOSC−Vなどの鋼材に対して、圧延、パテンティング(微細パーライト化)などの処理が実施され、原料線材5が準備される。原料線材5は、長手方向に垂直な断面50が円形であり、外周面51が円筒形状である鋼からなる線材である。
【0055】
次に、工程(S20)として第1伸線工程が実施される。工程(S20)では、原料線材5に対して第1の伸線(引抜き加工)が実施される。具体的には、工程(S10)において準備された原料線材5が伸線加工される。工程(S20)において、原料線材5は、たとえば直径15mm以下となるように加工される。
【0056】
次に、工程(S30)として浸炭工程が実施される。
図5は、浸炭工程および焼入れ焼戻し工程における時間と温度との関係を示している。
図5において、横軸は経過時間、縦軸は温度を示す。工程(S30)では、工程(S20)において第1の伸線が実施された原料線材5に対して、浸炭処理が実施される。
【0057】
具体的には、
図5を参照して、工程(S20)において第1の伸線が実施された原料線材5が時刻t
0において加熱を開始され、時刻t
1において浸炭温度T
1に到達する。その後、時刻t
2まで浸炭温度T
1に維持される。浸炭温度T
1は、オーステナイト変態点(A
1変態点)以上の温度である。浸炭温度T
1は、たとえば920℃以上930℃以下である。このとき、原料線材5は、浸炭雰囲気中に保持される。つまり、原料線材5は、浸炭雰囲気中において加熱されることとなる。その結果、原料線材5の表面(外周面51)を含む領域の炭素濃度が内部に比べてわずかに、具体的には0質量%を超え0.05質量%以下だけ高くなる。
【0058】
工程(S30)においては、雰囲気のCP値が0.5質量%以上1.5質量%以下、より好ましくは0.8質量%以上1.2質量%以下となるように、雰囲気の組成が調整される。より具体的には、浸炭処理が実施される炉内には、プロパンガス、酸素ガス、窒素ガスなどのガスが導入される。導入されたプロパンガスが分解されるとともに酸素ガスと反応することにより、浸炭に寄与する一酸化炭素ガス(CO)やメタンガス(CH
4)のほか、二酸化炭素ガス(CO
2)等が生成する。そして、CP値は、たとえば雰囲気中の二酸化炭素ガスおよび酸素ガスの濃度を二酸化炭素センサおよび酸素センサを用いて把握し、これに基づいて炉内に導入されるプロパンガスおよび酸素ガスの量を変化させることにより調整することができる。
【0059】
このように、雰囲気のガスの組成が把握され、これに基づいてCP値が調整されつつガス浸炭により浸炭処理が実施されることにより、表層領域12における炭素濃度が安定する。その結果、表層領域12における硬さのばらつきが低減され、表層領域12における硬度が内部領域13に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬いばね用鋼線1を容易に製造することができる。
【0060】
次に、工程(S40)として焼入れ焼戻し工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において浸炭処理された原料線材5に対して焼入れ焼戻し処理が実施される。
図5を参照して、時刻t
1〜t
2において浸炭処理された原料線材5が、時刻t
2〜t
3において急冷される。具体的には、オーステナイト変態点(A
1変態点)以上の温度からM
S点以下の温度にまで冷却される。冷却は、たとえば原料線材5を焼入油中に浸漬することにより実施することができる。これにより、原料線材5を構成する鋼の組織がマルテンサイト組織となる。これにより、焼入処理が完了する。
【0061】
次に、原料線材5が時刻t
4において加熱を開始され、時刻t
5において焼戻温度T
2に到達する。その後、時刻t
6まで焼戻温度T
2に維持される。焼戻温度T
2は、オーステナイト変態点(A
1変態点)未満の温度である。焼戻温度T
2は、たとえば450℃以上600℃以下である。その後、時刻t
6〜t
7において原料線材5が冷却される。冷却は、たとえば空冷により実施することができる。これにより、原料線材5を構成する鋼の組織が焼戻マルテンサイト組織となる。これにより、焼戻処理が完了する。
【0062】
次に、工程(S50)として第2伸線工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼入れ焼戻し処理が実施された原料線材5に対し、第2の伸線が実施される。
【0063】
図6は、工程(S50)を実施するための伸線装置の原料線材5の進行方向αに沿った断面を示す図である。
図6を参照して、工程(S50)を実施するための伸線装置は、ダイス70を備えている。ダイス70には、原料線材5の進行方向αに沿ってダイス70を貫通する貫通孔が形成されている。この貫通孔を取り囲む壁面が原料線材5と接触する加工面71である。工程(S40)までが実施された原料線材5が長手方向に沿って進行してダイス70の貫通孔へと進入し、入口78に到達すると、原料線材5の外周面51がダイス70の加工面71に接触する。これにより、原料線材5は加工され、長手方向に垂直な断面の形状が原料線材5の進行方向αに垂直な断面における加工面71の形状に対応する形状となるように塑性変形する。ダイス70の貫通孔の、原料線材5の進行方向αに垂直な断面の面積は、入口78に比べて出口79において小さくなっている。そして、原料線材5がダイス70の出口79に到達するとダイス70の加工面71による加工が完了し、ばね用鋼線1が得られる。
【0064】
ダイス70の貫通孔は、入口78から出口79に近づくにしたがって、原料線材5の進行方向αに垂直な断面積が小さくなるテーパ領域を有する。このテーパ領域のテーパ角であるアプローチ角θは、0.1°以上7°以下である。
【0065】
本実施の形態のばね用鋼線1の製造方法では、上記適切な成分組成を有する原料線材5が工程(S30)において浸炭処理され、表面を含む領域の炭素濃度がわずかに高められた後、工程(S40)において焼入れ焼戻し処理が実施される。これにより、適切な成分組成の焼戻マルテンサイト組織を有する鋼からなるばね用鋼線1の表層のごく薄い領域のみの硬度を内部に比べてわずかに上昇させることができる。その結果、外周面11から10μm以内という表層のごく薄い領域(表層領域12)の硬度が、内部領域13に比べて0HVを超え50HV以下だけ硬く設定されるばね用鋼線1を容易に製造することができる。
【0066】
なお、本実施の形態のばね用鋼線の製造方法において、工程(S50)は必須の工程ではないが、これを実施することにより、ばね用鋼線1の寸法精度を向上させることができる。また、工程(S50)における減面率は、1%以上5%未満とすることが好ましく、2%以上3.5%以下とすることが好ましい。このようにすることにより、表層のみの硬度上昇を達成し、ばね用鋼線1を一層容易に製造することができる。また、工程(S50)を実施することにより、中央領域14における{110}集合組織の割合を低く(たとえば3%以下に)維持した状態で、表層領域12における{110}集合組織の割合を上昇させることができる。その結果、表層領域12における{110}集合組織の割合を中央領域14における{110}集合組織の割合に比べて、たとえば5%以上35%以下だけ高くすることができる。
【0067】
また、工程(S50)における第2の伸線は、原料線材5を150℃以上450℃以下、好ましくは200℃以上350℃以下の温度域に加熱しつつ実施されてもよい。すなわち、工程(S50)においては、原料線材5は温間加工(温間伸線)されてもよい。これにより、鋼中にコットレル雰囲気を形成し、ばね用鋼線1の強度を上昇させることができる。工程(S50)における第2の伸線は、原料線材5を25℃以上450℃以下の温度域に加熱しつつ実施されてもよい。
【0068】
次に、工程(S50)において得られたばね用鋼線1を用いたばね2の製造方法を説明する。工程(S50)に引き続き、工程(S60)としてばね加工工程が実施される。この工程(S60)では、
図1および
図2を参照して、ばね用鋼線1が、たとえば
図2に示すらせん形状に塑性加工されることにより、ばね形状に成形される。
【0069】
次に、工程(S70)として焼なまし工程が実施される。この工程(S70)では、工程(S60)においてばね形状に成形されたばね用鋼線1(ばね2)に対して、焼きなまし処理が実施される。具体的には、ばね2が加熱されることにより、工程(S60)において生じたばね2中のひずみが低減される。
【0070】
次に、工程(S80)としてショットピーニング工程が実施される。この工程(S80)では、工程(S70)において焼きなまし処理が実施されたばね2に対して、ショットピーニングが実施される。この工程(S80)は本実施の形態のばねの製造方法において必須の工程ではないが、これを実施することにより、ばね2の表面を含む領域に圧縮応力が付与され、疲労強度の向上に寄与する。以上の工程により、本実施の形態のばね2は完成する。本実施の形態のばねの製造方法によれば、ばね加工時の折損が抑制されつつ、疲労強度が向上したばねを製造することができる。
【0071】
なお、工程(S80)におけるショットピーニングは、表面における窒素濃度が300ppm以下であるばね用鋼線1(ばね2)に対して実施されてもよい。すなわち、工程(S80)におけるショットピーニングは、ばね2が窒化処理されることなく実施されてもよい。本実施の形態のばね2の製造方法によれば、窒化処理を行うことなくショットピーニング処理を実施することで、十分な疲労強度を有するばねを製造することができる。
【0072】
(実施の形態2)
次に、他の実施の形態である実施の形態2について説明する。実施の形態2のばね用鋼線1およびばね2は、基本的には実施の形態1の場合と同様の構成を有し、同様の効果を奏する。しかし、実施の形態2のばね用鋼線1およびばね2は、浸炭層を有さない点において実施の形態1の場合とは異なっている。
【0073】
図1および
図2を参照して、実施の形態2におけるばね用鋼線1およびばね2の表層領域12は、実施の形態1の場合と同様に内部領域13に比べて硬度が高いものの、同量の炭素濃度を有している。つまり、長手方向に垂直な断面10において、炭素濃度は均一である。このような構成を採用した場合であっても、ばね用鋼線1およびばね2は、ばね加工時の折損を抑制しつつ疲労強度を向上させることが可能なばね用鋼線1およびばね2となっている。
【0074】
次に、実施の形態2におけるばね用鋼線およびばねの製造方法について説明する。
図7および
図3を参照して、実施の形態2におけるばね用鋼線およびばねの製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。しかし、実施の形態2におけるばね用鋼線およびばねの製造方法は、工程(S30)として実施される浸炭処理が省略されるとともに、工程(S50)として実施される第2伸線工程が必須の工程となる点において、実施の形態1の場合とは異なっている。
【0075】
図7を参照して、実施の形態2におけるばね用鋼線およびばねの製造方法では、まず工程(S10)および(S20)が実施の形態1の場合と同様に実施された後、工程(S30)を実施することなく工程(S40)および(S50)が実施される。実施の形態1において、工程(S50)は必須の工程ではないが、実施の形態2では、工程(S50)は必須の工程である。
【0076】
そして、工程(S50)における減面率は、1%以上5%未満、好ましくは2%以上3.5%以下とされる。このようにすることにより、実施の形態1において工程(S30)として実施される浸炭工程を省略した場合でも、表層のみの硬度上昇を達成し、実施の形態2のばね用鋼線1を製造することができる。さらに、工程(S60)〜(S80)が実施の形態1の場合と同様に実施されることにより、実施の形態2のばね2を製造することができる。
【0077】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。