特許第6892141号(P6892141)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6892141AogdhBをコードする遺伝子の機能が欠損している、醸造食品の製造に利用可能な麹菌および当該麹菌を用いた醸造食品の製造法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6892141
(24)【登録日】2021年5月31日
(45)【発行日】2021年6月23日
(54)【発明の名称】AogdhBをコードする遺伝子の機能が欠損している、醸造食品の製造に利用可能な麹菌および当該麹菌を用いた醸造食品の製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/15 20060101AFI20210614BHJP
   A23L 27/50 20160101ALI20210614BHJP
   A23L 11/50 20210101ALI20210614BHJP
   A23L 5/00 20160101ALI20210614BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20210614BHJP
【FI】
   C12N1/15ZNA
   A23L27/50 103Z
   A23L11/50 103
   A23L5/00 J
   C12N15/53
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2019-181178(P2019-181178)
(22)【出願日】2019年10月1日
(65)【公開番号】特開2021-52702(P2021-52702A)
(43)【公開日】2021年4月8日
【審査請求日】2020年5月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】豊島 快幸
【審査官】 関 景輔
(56)【参考文献】
【文献】 KINGHORN J. R., et al.,Journal of Bacteriology,1976年,Vol. 125, No. 1,p.42-47
【文献】 KINGHORN J. R., et al.,Journal of General Microbiology,1973年,Vol. 78,p. 39-46
【文献】 Zhao G. et al.,Eukaryotic Cell,2012年,Vol. 11, No. 9,p.1178
【文献】 Machida M. et al.,,Nature,2005年,Vol. 438,p.1157-1161
【文献】 櫻井 浩輔 ,麹菌のグルコース代謝抑制株の育種(第2報)有機酸代謝活性株の取得 Breeding of Glucose Metabolism Repressed Mutants from Aspergillus oryzae(Part2),日本醤油研究所雑誌,財団法人日本醤油研究所,2002年,第28巻, 第4号,p.169-174
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/15
A23L 5/00
A23L 11/50
A23L 27/50
C12N 15/53
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
AogdhBをコードする遺伝子の機能が欠損している、醸造食品の製造に利用可能な麹菌。
【請求項2】
麹菌がアスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)またはアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)である請求項1記載の麹菌。
【請求項3】
請求項1または2に記載の麹菌を用いて製麹することを特徴とする麹の製造法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の麹菌を用いて麹を調製し、その麹を用いて常法により仕込みし、発酵、熟成せしめることを特徴とする醸造食品の製造法。
【請求項5】
醸造食品が醤油または味噌である、請求項4の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、AogdhBをコードする遺伝子の機能が欠損している、醸造食品の製造に適した麹菌株および当該菌株を用いた醸造食品の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
醤油の醸造工程における諸味のpHは、各種酵素の作用や発酵微生物の挙動に大きな影響を及ぼすものであり、pHの制御は、原料窒素の回収率や風味を管理する上で非常に重要である。中でも、諸味熟成の上流である製麹工程における醤油麹のpHは、培地や製麹条件、他の微生物など様々な要素により複雑に制御されている。
【0003】
醤油麹を製造する際には、水分、原料の配合割合、培養温度、時間などの影響で麹pHが過剰に上昇し、その後の発酵へ悪い影響を与えることがある。また麹pHが高いことで、それにより得られる醤油のpHが高くなる場合には、色の濃化や、味のぼやけた風味の悪い醤油となり、品質上問題が生じることもある。
【0004】
麹のpHに影響を及ぼす要素として、従来、麹中におけるクエン酸等の有機酸の減少とアンモニアの生成により、製麹中におけるpHの上昇が生じることが報告されている(非特許文献1)。また、製麹工程のpHを制御する方法としては、原料配合や原料の種別の選択、製麹方法などによる方法が検討されているものの(非特許文献2)、醤油麹の製麹において、麹菌のどのような遺伝子がアンモニア生成やpHの変動に関わるのか、従来まったく知られていない。
【0005】
なお、麹菌によるアミノ酸代謝経路について様々な研究が従来なされている。たとえば、醤油や酒の製造に用いられるアスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)について、親株と比べて酸性プロテアーゼの分泌が上昇し、生育が良好な変異株の網羅的な遺伝子発現解析を行った結果、変異株では各種のアミノ酸脱水素酵素の発現量が変化しており、グルタミン酸脱水素酵素AO1008_09334の発現量が大きく上昇していたことが報告されている(非特許文献3)。しかしながら、当該知見は、実際の醤油麹の製造中における遺伝子発現を解析したものではなく、解析結果が製麹工程における実態を反映しているか不明であった。


【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本醤油研究所雑誌 第12巻 第6号,224−228頁
【非特許文献2】やさしい醤油の技術のまとめ 上巻(一般財団法人日本醤油技術センター),93−99頁
【非特許文献3】Biomed Research International,Vol.2015,Article ID456802
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、製麹におけるアンモニアの含有量は、麹pHの上昇や、醤油におけるアミノ酸態窒素の含量に影響しうるものであり、麹生成におけるアンモニア生成を適切に制御することは、醤油の製造工程やできあがる醤油の品質を適切に管理する上で非常に重要である。
【0008】
また、製麹中にはアンモニア態窒素が全窒素の11〜15%存在しているが、これらはアミノ酸の分解に起因している。一方でグルタミン酸をはじめとする各種の呈味性アミノ酸は、醤油の旨みや甘み、濃厚さに大きく寄与する成分であり、全窒素に対するアンモニア態窒素を低減させ、アミノ酸態窒素の含有量を増加させることは、醤油中のアミノ酸率を高め、呈味をさらに改善するためにも有効な手法であると期待できる。
【0009】
したがって本願発明の課題は、製麹工程においてアンモニア生成に係る麹菌中の酵素を特定することで、製麹工程におけるアンモニア生産やpHの制御を容易にし、品質の高い醤油を容易に得られるような醤油菌株を得ること、および当該菌株を用いた製麹方法・醸造食品の製造方法を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、麹菌を育種し、製麹工程においてpHの上昇が生じにくいような変異菌株を得た。そして、当該菌株のゲノムシークエンスを実施した結果、非特許文献3に記載されるような網羅的解析では従来まったく検出されていなかった、配列番号1に記載するアミノ酸配列から成る遺伝子が変異し、機能欠損していることを明らかにした。
【0011】
当該配列番号1に記載するアミノ酸配列から成る遺伝子は、アスペルギルス・ニドゥランスにおいてグルタミン酸脱水素酵素をコードするgdhB遺伝子と高い相同性を示すものであることから、AogdhBと称する。アスペルギルス・ニドゥランスにおけるgdhBは、グルタミン酸脱水素酵素活性を有することが知られているものの、例えば製麹工程等において実際に機能しているのか、その寄与はどの程度なのかは明らかになっていない。
【0012】
そこで、さらなる検討として、醸造食品の製造に使用可能なゲノム中のAogdhB遺伝子を、遺伝子組み換えにより機能欠損させ、得られた株を用いて製麹を行った結果、製麹工程におけるアンモニア生成および麹pHの上昇が抑制されることが判明した。
【0013】
以上のような検討から本願発明者は、AogdhBは、醸造食品製造の製麹工程における麹のpH制御に実際に関わる遺伝子であり、醸造食品製造におけるpH管理において重要であること、麹菌において当該遺伝子の機能を欠損させることで、アンモニアの生成が少なく、麹pHの上昇を抑えられた良好な麹を得ることができることを明らかにし、本願発明を完成させた。
【発明の効果】
【0014】
本願発明の、AogdhB遺伝子の機能欠損した麹菌を用いて麹を得ることで、製麹工程における麹pHを低く維持することができ、安定的な醸造食品の製造が可能となる。また、例えば醸造食品として醤油を製造した時には、醤油中のアンモニア態窒素が減少するために、遊離アミノ酸量の多い醤油が得られ、官能的に良好な醤油を醸造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、ヤマサ保有麹菌株である親株A、Bと、それぞれから得られた変異株A、Bについて醤油培地で培養を行ったときの、pHの時間的推移を表すものである。
図2図2は、変異株A、BにおけるAogdhBのアミノ酸配列において変異が生じている部分のアミノ酸配列を、野生株の配列と比較したものである。
図3図3は、親株(ΔligD株)のAogdhB遺伝子への変異導入の様子および変異導入後の機能欠損株(ΔGdhB株)におけるAogdhB遺伝子構造を模式的に表したものである。
図4図4は、変異導入株において、AogdhB遺伝子への変異導入が行われたことを確認するためのPCRを行った結果を表す電気泳動図である。
図5図5は、ΔGdhB株および親株について醤油培地で培養を行ったときの、pHの時間的推移を表すものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本願発明において、醸造食品製造に使用できる麹菌とは、醤油、味噌、焼酎、清酒、みりん等の醸造食品の製造に使用可能で、安全性の確立されているアスペルギルス属に属する麹菌であれば、特に限定はされない。具体的には、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(A.sojae)、アスペルギルス・カワチ(A.kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(A.awamori)、アスペルギルス・ニガー(A.niger)等が好ましい。中でも特に好ましいのはアスペルギルス・オリゼーまたはアスペルギルス・ソーヤであり、さらに好ましいのはアルペルギルス・オリゼーである。
【0017】
本願発明においてAogdhB遺伝子とは、塩基配列を配列番号2に、遺伝子産物のアミノ酸配列を配列番号1に示す遺伝子を指す。アスペルギルス・オリゼーにおけるAodghB遺伝子(AO090001000717遺伝子)は、例えばNCBIのウェブサイト(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene)等から情報を取得することが可能である。
【0018】
AogdhB遺伝子の機能欠損株は、相同組換えによる遺伝子破壊や、変異導入、ゲノム編集等による機能欠損の誘導により取得することができる。
【0019】
相同組換えによる遺伝子の破壊方法としては、公知の方法を用いることができる。たとえば、AogdhB遺伝子の断片もしくはその上流・下流の領域とマーカー遺伝子とを組み合わせたDNA断片をベクターに組み込み、プロトプラスト−PEG法やエレクトロポレーション法などによってベクターを麹菌に取り込ませ、相同組換えによって当該DNA断片を麹菌のゲノム中に導入する方法などを挙げられる。DNA断片を麹菌細胞中に取り込ませる他の方法としては、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。
【0020】
相同組換え法によって所期の遺伝子が麹菌に導入されたことを確認する方法としては、公知の方法を用いることができる。たとえば、遺伝子を導入する際に、親株として栄養要求性の突然変異株を、マーカー遺伝子として当該栄養要求性を補償するような機能を持つ遺伝子を用い、形質転換後に栄養要求性培地上で正常に生育した株を選抜する方法などが挙げられる。ただし、このような栄養要求性だけでは、目的とする遺伝子座が導入したマーカー遺伝子と置換されたかどうか確認できない。従って、栄養要求性に合わせて適宜PCR法、サザンハイブリダイゼーション法等を用いて、目的とする遺伝子座がマーカーによって置換されていることを確認する必要がある。
【0021】
また、変異導入法としては、公知の処理方法を用いることができ、紫外線、イオンビーム、放射線等を照射させる物理的方法、エチルメタンスルホネート、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、亜硝酸、アクリジン色素等の変異剤を用いる化学的方法がある。特に好ましくは、イオンビーム、紫外線を照射する方法を挙げることができる。
【0022】
さらに、ゲノム編集による方法としては、ZFN(Zinc-Finger Nuclease)、TALEN(Transcription Activator-Like Effector Nuclease)、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas9等の部位特異的ヌクレアーゼを用いて、標的のゲノム部位におけるDNAの二本鎖切断を起こし、その後に誘導されるDNAの修復機構を利用して標的ゲノムの破壊や塩基置換を生じさせる方法を挙げることができる。
【0023】
上記のような遺伝子破壊法、変異導入法またはゲノム編集等によってAogdhB遺伝子の機能が欠損した株において、実際にアンモニア生成能が低下しているかどうかは、例えば下記のような試験方法によって検証することが可能である。
【0024】
(検証方法)
醤油培地(脱脂加工大豆5gに水を7ml加え、割砕小麦5gをよく混合したのち、オートクレーブにて121℃、40分間処理)に麹菌胞子を10個/g程度となるように植菌し、所定の時間培養し、培養産物中のアンモニア量を定量することで検証する。アンモニアの抽出は培養物に水100mlを加えてよく撹拌し、5℃で4時間以上静置後、ろ過し、分析サンプル液を得る。分析は市販のアミノ酸分析装置やF−キット アンモニア(J.K.インターナショナル)などを用いて分析できる。
【0025】
本願発明の麹菌は、各種の醸造食品の製造に使用することができる。醸造食品の例としては、醤油、味噌、焼酎、清酒、みりん等が挙げられ、中でも醤油または味噌に用いることが好ましく、醤油に用いることが特に好ましい。
【0026】
本願発明の麹菌を用いた麹の製法およびその麹を用いた醸造食品を製造する方法としては、公知の方法を用いることができる。一例として、醤油の製造においては、通常の麹原料、たとえば撒水して蒸煮した大豆原料と炒熬割砕した小麦原料の混合物に、上記のAogdhB遺伝子の機能欠損した麹菌を接種混合して麹を調製し、得られた麹を通常の仕込みタンクに適当な濃度の食塩水で仕込み、適宜撹拌しつつ3〜6ヶ月間程度発酵熟成させて醤油諸味を得、常法により圧搾、精製、必要により火入れを行い、製品醤油(生醤油あるいは火入醤油)とすればよい。
【実施例】
【0027】
(実施例1:アンモニア低生産変異麹菌株の取得と変異箇所の分析)
2種のヤマサ保有麹菌株(アルペルギルス・オリゼー、以下「親株A」、「親株B」と記載する)に対して紫外線を照射し、変異原処理を行った。なお、変異原処理の方法は下記に拠った。
【0028】
(変異処理の方法)
メンブレンフィルターに麹菌胞子を吸着させ、当該フィルターにUVを照射した後、0.1Mリン酸バッファー(pH7.0)に懸濁した(生存率1%程度)。1プレートあたり10コロニー程度となるように、0.05%ツィーン液にて1000倍希釈し、L−アルギニン、オルニチンを含む最小培地(組成:スクロース0.5%、リン酸2カリウム0.1%、硫酸マグネシウム0.05%、塩化カリウム0.05%、トレースエレメント0.1%、ブロモクレゾールパープル0.005%、寒天1.5%、pH5.5)へプレーティングした。
【0029】
当該培地における培養では、ブロモクレゾールパープルの作用により、pHが上昇するとコロニーが青く呈色する。3日間培養した後、黄色のコロニーを、pH上昇が生じない変異候補菌株として選抜した。
【0030】
取得した麹菌変異候補菌株を、醤油培地(脱脂加工大豆5gに水を7ml加え、割砕小麦5gをよく混合したのち、オートクレーブにて121℃、40分間処理)に植菌し、28℃で24、48、72時間培養することで培養物(麹)を製造した。各培養物に水100mlを加えてよく撹拌し、5℃で4時間以上静置後、ろ紙ろ過した。ろ液のpHを測定し、pHの上昇が抑制されている株を2次スクリーニングした。
【0031】
結果、親株A由来、親株B由来の変異体候補株からそれぞれ1株ずつの変異株を取得した(以下それぞれ「変異株A」、「変異株B」と記載する)。
【0032】
pHの測定結果を図1に示す。結果、親株A、Bでは培養時間が長くなるにつれてpHの上昇が確認されたのに対し、取得された変異株A、Bでは、pHの過剰な上昇は確認されなかった。
【0033】
そこで、これら変異株Aおよび変異株Bのゲノム配列を解読し、変異点解析を行った。異なる親株で同じ箇所に変異がみられれば、当該変異がpH過剰上昇の抑制をもたらす機能遺伝子である可能性が高いと考えられる。
【0034】
ゲノム抽出にはDNeasy Plant Maxiキット(QIAGEN)を用い、得られたゲノムDNAの解析をフィルジェン株式会社に委託した。ゲノム解析はillumina HiSeq4000(イルミナ株式会社)を用いてPE150で2Gbpずつシークエンスを実施し、両側で合計4Gbpのシークエンスデータが得られた。 変異点解析の手順は、下記のようにして行った。
【0035】
(解析方法)
親株、変異株それぞれのシークエンスデータについて、Burrows−Wheeler Aligner(BWA)を使用し、アスペルギルス・オリゼー RIB40株の全ゲノム配列を参照配列としてマッピングを行った。Genome Analysis Tool Kit (GATK)のHaplotype Callerで変異株に特有の変異箇所を検出した。
【0036】
変異点解析の結果、変異株Aは親株Aの遺伝子領域の27箇所、変異株Bは親株Bの遺伝子領域の48箇所に変異が確認された。そのうち、両者に共通する変異遺伝子は、AO090001000717のみであった。
【0037】
AO090001000717遺伝子は、1061アミノ酸をコードし、アスペルギルス・ニドゥランスのグルタミン酸脱水素酵素(GDH)であるgdhBとアミノ酸レベルで89.6%と高い相同性を示した。以下、当該遺伝子(AO090001000717遺伝子)をAogdhB遺伝子と称する。
【0038】
変異株A、Bはいずれも、AogdhB遺伝子において、変異によりフレームシフトが生じており、変異株Aでは697番目以降(704番目にStopコドン)、変異株Bでは249番目以降(298番目にStopコドン)のアミノ酸配列が全く異なるものとなったために、機能を失っていることが強く示唆された(図2)。
【0039】
(実施例2:供与菌株を用いたAogdhB機能欠損株の作成と評価)
(実施例2−1:gdhB破壊株ベクターおよび破壊株の作成)
アスペルギルス・オリゼーにおけるAogdhB遺伝子が製麹中に実際に機能しているか否かをさらに明らかにするため、供与菌株を親株に用いたAogdhB機能欠損株の作成を試みた。
【0040】
AogdhB遺伝子のORF上流1.8kbp(配列番号3)、下流1.3kbの領域(配列番号4)、アスペルギルス・ニドゥランス由来のsCマーカー(Mol Gen Genet.1995 May 20;247(4):423−429.)の3断片をIn−Fusion HD Cloning Kit(TaKaRa)を用いて結合し、破壊用ベクターを作成した。
【0041】
得られた破壊断片をPCRにて増幅し、アスペルギルス・オリゼーRIB40株由来であるΔligD株(niaD, sC, ligD::ptrA)を親株に用いて形質転換を行った。コントロール株として、アスペルギルス・オリゼーのsC遺伝子領域に、アスペルギルス・ニドゥランス由来のsCマーカーを挿入した株をコントロール株とした。なお、RIB40株は公知の供与株であり、ΔligDおよびその作成方法も論文により公知である(Mizutani et al.,Fungal Genetics and Biology,45(2008) 878−889頁)。
【0042】
得られた形質転換体について、ベクター由来のDNA断片が組換えにより確かに挿入されている株であることをPCRによって確認した(図3、4)。PCRではフォワードプライマーとしてプライマーA(配列番号5)、リバースプライマーとしてプライマーB(配列番号6)を用いた。プライマーA、Bの作成位置は、図3に示す通りである。
以上の方法により、アスペルギルス・オリゼーAodghB遺伝子機能欠損株(以下、「ΔAogdhB株」と記す場合がある)を得た。
【0043】
(実施例2−2:原料培地での生育)
脱脂加工大豆5gに水を7ml加え、割砕小麦5gをよく混合したのち、オートクレーブにて121℃、40分間処理した。得られた原料に、コントロール株およびΔAogdhB株の胞子懸濁液(1.4×10個/ml)を1mlずつ加え、24時間、48時間、72時間、96時間培養した。各培養物に水100mlを加えて振とうし、4時間静置後、ろ紙ろ過したろ液のpHを測定した。
【0044】
[結果]
結果、コントロール株では時間と共にpHが直線的に上昇しているのに対し、ΔAogdhB株では、製麹後期でのpH上昇は確認されなかった。このことから、製麹後期におけるpHの上昇にはAogdhBが寄与していることが明らかとなった(図5)。
【0045】
(実施例2−3:遺伝子破壊株の醤油醸造における評価)
脱脂加工大豆200gに水を260L加え吸水させ、常法に従って蒸煮した。また、生小麦200gを常法に従って焙焼し、割砕した。ΔAogdhB株およびコントロール株の胞子1×10cfu/gをそれぞれ混合し、常法に従い48時間製麹した。
【0046】
得られた麹について食塩濃度約25%(w/v)の塩水を700mL添加して、濃口醤油の仕込みを行った。麹と塩水が十分になじんだ翌日によく撹拌した後、諸味をろ過し、それぞれのろ液のアンモニア量とpHを測定した。なお、アンモニア量はアミノ酸分析装置(日立ハイテク)を用いて測定した。
【0047】
結果、コントロール株におけるろ液1mL当たりのアンモニア濃度は2.22(mg/mL)であったのに対し、ΔAogdhB株におけるアンモニア濃度は1.37(mg/mL)に低下していた。アンモニア量比およびpHについて、コントロール株における測定値を1.00としたときの比を表1に示す。このように、ΔAogdhB株を用いて製造した麹では、コントロール株を用いて製造した麹と比べて有意にアンモニア量の低減が確認され、pHも有意に低かった。
【0048】
【表1】
【0049】
塩水を添加して仕込んだ諸味は、常法に従って乳酸菌、酵母を添加し、4ヶ月間発酵・熟成させた。熟成後の諸味をろ過し、生醤油を得た。
【0050】
当該生醤油中の総遊離アミノ酸量およびアンモニア量を、アミノ酸分析装置(日立ハイテク)を用いて測定した。結果、コントロール株使用生醤油における全窒素濃度1%(w/v)当たりのアンモニア濃度は1.65(mg/mL)であったのに対し、ΔAogdhB株使用生醤油におけるアンモニア濃度は1.05(mg/mL)に低下していた。また、コントロール株使用生醤油における全窒素濃度1%(w/v)当たりの総遊離アミノ酸濃度は31.57(mg/mL)であったのに対し、ΔAogdhB株使用生醤油における総遊離アミノ酸濃度は35.27(mg/mL)に増加していた。コントロール株における測定値を1.00としたときの量比を下記表2に示す。
【0051】
このように、ΔAogdhB株を用いて製造した濃口醤油では、コントロール株を用いて製造した濃口醤油と比べて、有意に遊離アミノ酸量が増加し、かつアンモニア量が低減していることが確認された。
【0052】
【表2】
【0053】
(実施例3:実用麹菌株の醤油醸造における評価)
実施例1で得られた、AogdhB遺伝子の機能が欠損している変異株である変異株Bを用いて、醤油醸造を行った。
【0054】
脱脂加工大豆15kgに水を20L加え吸水させ、常法に従って蒸煮した。また、生小麦15kgを常法に従って焙焼し、割砕した。親株Bおよび変異株Bの胞子1×10cfu/gをそれぞれ混合し、常法に従い48時間製麹した後、得られた麹に食塩濃度約25%(w/v)の塩水を50L添加して、濃口醤油の仕込みを行った。麹と塩水が十分になじんだ翌日によく撹拌した後、諸味をろ過し、pHを測定した。変異株Bでは有意にpHの低下が確認された(表3)。
【0055】
【表3】
【0056】
塩水を添加して仕込んだ諸味は、常法に従って乳酸菌、酵母を添加し、4ヶ月間発酵・熟成させた。熟成後の諸味をろ過し、遊離アミノ酸量を測定した。
【0057】
結果、親株B使用生醤油における全窒素濃度1%(w/v)当たりのアンモニア濃度は1.22(mg/mL)であったのに対し、変異株B使用生醤油におけるアンモニア濃度は1.03(mg/mL)に低下していた。また、親株B使用生醤油における全窒素濃度1%(w/v)当たりの総遊離アミノ酸濃度は33.29(mg/mL)であったのに対し、変異株B使用生醤油における総遊離アミノ酸濃度は34.32(mg/mL)に増加していた。親株Bにおける測定値をそれぞれ1.00としたときの量比を下記表4に示す。
【0058】
【表4】
【0059】
このように、AogdhB遺伝子の機能欠損した変異株Bを用いて製麹を行い、濃口醤油を製造したときには、野生株を用いて濃口醤油を製造したときと比較して、できあがる醤油において有意な遊離アミノ酸量の増加およびアンモニア量の低減が確認され、良好な品質の醤油を製造できることが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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