【実施例】
【0066】
試験例1に,本発明の方法で表面処理を行った試験片に対する耐食性の評価試験を行った結果を,試験例2として,本発明の表面処理を行った試験片に対する抗菌試験を行った結果をそれぞれ示すと共に,試験例3〜7として,各種の食品接触部材に対し本発明の表面処理方法を適用した例を示す。
【0067】
〔試験例1〕耐食試験
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行った食品接触部材が,光の照射を受けない環境下においても腐食防止効果を発揮することを確認する。
【0068】
(2)試験方法
SUS304を溶接(TIG溶接)して引張り残留応力を付与することで,応力腐食割れの生じ易い試験片を作成し,溶接したままの未処理の試験片と,溶接後,本発明の表面処理方法(瞬間熱処理+チタン粉体の噴射)を施した試験片に対し,それぞれJIS H 8502:1999の「7.3キャス試験方法」に従ってキャス試験を行った。
【0069】
ここで行うキャス試験は,単に塩水を噴霧して行う塩水試験とは異なり,塩化第二銅と酢酸を加えてpH3.0〜3.2の酸性に調整した食塩水を噴霧して耐食性の試験を行うもので,極めて過酷な腐食環境下で行われる耐食性の試験である。
【0070】
なお,キャス試験の試験条件を示せば下記の表1に示す通りである。
【0071】
【表1】
【0072】
(3)試験結果及び考察
キャス試験後の試験片の状態を
図1(未処理)及び
図2(実施例)に示す。
図1に示すように,未処理の試験片では表面に赤錆の発生が確認された。
【0073】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った試験片では,
図2に示すように錆の発生を確認することができず,キャス試験前のきれいな状態を保っており,本発明の方法で処理された試験片では,極めて高い耐食性が得られていることが確認できた。
【0074】
ここでショットピーニングには,溶接で試験片に生じた引張り残留圧力を開放して圧縮残留応力を付与する作用があること,従って,応力腐食割れを防止する効果があることは知られているが,腐食(錆)の発生そのものを防止するものではない。
【0075】
そうすると,本発明の方法で処理された試験片において,錆の発生防止の効果は,球状のショットを噴射して行う瞬間熱処理の効果というよりも,むしろ,チタン粉体の噴射によって表面に形成された酸化チタン被膜が光触媒又は半導体触媒としての機能(還元能)を発揮したことで得られたものと考えられる。
【0076】
なお,キャス試験では,試験槽内の環境を一定の状態に維持するために,蓋付の試験槽を使用して試験が行われるため,試験中,試験片に対する光の照射は行われない。
【0077】
一方,キャス試験では,試験槽内の温度を50±2℃として試験が行われるため,試験片の温度も50±2℃に加温されており,このような加温された状態で試験が行われることにより,酸化チタンの被膜が,光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮したものと思われる。
【0078】
このように,光の照射を受けない環境において光触媒としての機能を発揮した理由については必ずしも明らかではないが,工業的に生産される酸化チタンは高温で加熱すると酸素を失い,白色から黒色に変化し,このような黒色を帯びたものは半導体の性質を示す。すなわち,酸素の結合が欠乏した状態になると,半導体としての性質を示す。
【0079】
本発明の方法で食品接触部材の表面に拡散浸透される酸化チタンは,前述したように,食品接触部材の表面付近において酸素との結合量が最も多く,表面から内部に入るに従い,酸素との結合量が徐々に減少する傾斜構造を備えたものとなっていることから,内部に存在する酸化チタンは,酸素との結合が欠乏して,半導体としての性質を有するものとなっているものと考えられる。
【0080】
そのため,加温下で使用することで,熱励起によって電荷移動が生じ,電荷移動型酸化還元効果をもたらす触媒(本明細書において「半導体触媒」という。)として機能するようになったものと考えられる。
【0081】
一般に半導体触媒は,電子供与元素や電子受容元素をドーピングする等,特殊な構造を持った触媒とする必要があり,チタン粉体の噴射という比較的簡単な方法で得られた酸化チタンの被膜により,熱により触媒作用を発揮する効果が得られたことは,予想をはるかに超えた効果である。
【0082】
なお,♯400のハイス鋼製ショットを噴射圧力0.5MPaで噴射して瞬間熱処理を行った後の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.3μm,表面硬度が未処理の状態では300Hvであったものが580Hvに向上していた。
【0083】
一方,上記条件で瞬間熱処理を行った試験片に対し,更に,粒径150μm〜45μmのチタン粉体を噴射圧力0.4MPaで噴射した本願実施例の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.2μmに改善されている一方,処理後の表面硬度は580Hvのまま変化していなかった。
【0084】
ここで,チタンの硬度は300Hv程度であるが,チタンの酸化物である酸化チタン(TiO
2)の硬度は1000Hvにも及ぶから,噴射に使用されているチタン粉体の表面硬度も,酸化被膜の形成によって,瞬間熱処理後の試験片の表面硬度である580Hvよりも高い1000Hv程度の硬度となっている。
【0085】
そのため,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理後の表面に対しチタン粉体を噴射することで,瞬間熱処理の際にショットとの衝突によって形成された表面凹凸の凸部先端を押し潰して平滑化する,バニシングが行われたものと考えられる。
【0086】
すなわち,瞬間熱処理後の試験片の表面にはショットの衝突によって形成された窪み(ディンプル)が形成されているのみならず,形成された窪みと窪みの間に先鋭な凸部が形成された状態となっている。
【0087】
これに対し,瞬間熱処理後の表面に更にチタン粉体の噴射を行うことで,表面に形成されていた凹凸の凸部が押し潰されて平滑化(バニシング)されたことで,尖った凸部のない,滑らかな形状の窪みに変化したことが,前述したように表面粗さRaの数値を押し下げたものと考えられる。
【0088】
このように,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理によって生じた窪み(ディンプル)を残し,食品との接触面積を減らすことで食品の付着が生じ難くなっているだけでなく,食品と接触した際の抵抗となる,尖った凸部の山頂部分を押し潰して平滑化したことで,酸化チタンの光触媒又は半導体触媒としての効果によってもたらされる防汚や防食に伴う,食品の付着防止効果の向上のみならず,加工後の表面自体も食品を付着させ難くする上で優れた構造に改変されているものと考えられる。
【0089】
〔試験例2〕抗菌試験
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行った後の食品接触部材が抗菌効果を発揮するものであることを確認する。
【0090】
(2)試験方法
本発明の方法で表面処理を行った試験片と未処理の試験片のそれぞれを滅菌シャーレに入れ,その試験面に細菌感染症を引き起こすレジオネラ属菌(レジオネラ・ニューモフィラ)の接種用菌液0.3mLを接種し,その上に被覆フィルムをかぶせた後,40℃,相対湿度90%以上の条件でブラックライトを照射しながら1〜3時間接触させ,1時間後及び3時間後に,検体と被覆フィルムに付着している試験菌液を,別の滅菌シャーレに滅菌リン酸緩衝液を用いて洗い出した。
【0091】
洗い出した菌液を,レジオネラMWY寒天培地〔関東化学(株)〕を用いて35℃,5日間培養し,菌数を求めた。試験結果を下記の表2に示す。
【0092】
【表2】
【0093】
(3)試験結果及び考察
未処理の試験片では,レジオネラ属菌は60分後において全く減少しておらず,180分の経過後においてもその減少数は僅かである。
【0094】
これに対し,本発明の表面処理方法で表面処理を行った試験片では,レジオネラ属菌は60分後で半数以下に減少すると共に,180分後には検出しない状態にまで減少しており,高い抗菌効果があることが確認された。
【0095】
また,このような高い抗菌効果の発揮から,チタン粉体の噴射によって試験片の表面に拡散浸透された酸化チタンが,光触媒ないしは半導体触媒としての機能を発揮していることが確認できた。
【0096】
なお,詳細については省略するが,本発明の方法で表面処理を行うことで,前掲のレジオネラ属菌の他,黄色ブドウ球菌や大腸菌に対する抗菌性が得られることも実験によって確認されている。
【0097】
このように,本発明の方法で表面処理を行うことで,高い抗菌性が付与されることで,本発明の表面処理は,食品と接触する食品接触部材の表面処理に適したものであると言える。
【0098】
〔試験例3〕ドライフルーツ製造用の干し網に対する加工例
(1)処理条件
ドライフルーツ(マンゴー)の製造時に,スライスした果肉を乗せて乾燥させる際に使用する金属製の干し網(SUS304)を食品接触部材とし,この干し網に,下記の表3に示す条件で本発明の表面処理を行った(実施例1)。
【0099】
比較例として,フッ素樹脂コーティングを施した干し網(比較例1)及び未処理の干し網(比較例2)を使用した。
【0100】
【表3】
【0101】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)と,フッ素樹脂コーティングを行った干し網(比較例1),未処理の干し網(比較例2)をそれぞれ使用して,ドライフルーツ(マンゴー)を製造した。
【0102】
厚み5mmにスライスしたマンゴーを,乾燥ボックス(暗室)内に配置した実施例1及び比較例1,2の干し網上にそれぞれ並べ,前記乾燥ボックス内にヒーターからの熱風を24時間導入して乾燥させた後,出来上がったドライフルーツを回収した際の剥離性及び剥離後の干し網の汚れの状態を観察した。その結果を表4に示す。
【0103】
【表4】
【0104】
(3)考察等
フッ素樹脂コーティングを施した干し網(比較例1)では,果糖の付着や剥離不良等の問題は少なかったが,コーティング膜の剥離により約1ヶ月毎にフッ素樹脂の再コーティングが必要であった。
【0105】
また,剥離したコーティングの一部は,食品に異物として混入したおそれがあることから,近年,フッ素樹脂コーティング品の使用を止め,未処理の干し網(比較例2)への移行が行われている。
【0106】
しかし,未処理の干し網(比較例2)を使用する場合,果糖の付着による汚れと,剥離不良による果肉の付着により,使用後の干し網は著しく汚れており,未処理の干し網(比較例2)では,使用の都度,洗浄剤及びブラシを使用した洗浄が必要で,使用後の洗浄に多大な労力と時間が費やされると共に,洗浄に大量の水を消費することで,使用後の処理に多大なコストがかかるものとなった。
【0107】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)では,フッ素樹脂コーティングを行った場合と同様,果糖の付着がなく,剥離不良も確認できず,使用後においても目視によっては汚れの付着を確認することができなかった。
【0108】
また,チタン粉体の噴射により,本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)では,抗菌効果も発揮されることから(前掲の「〔試験例2〕抗菌試験」欄参照),使用後,水で洗うだけで再使用が可能であり,また,1ヶ月を経過しても表面処理の効果が持続するため,再度の表面処理も不要であった。
【0109】
本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)におけるこのような効果は,瞬間熱処理によるディンプルの形成により,干し網を構成する線材の表面と果肉との接触面積が減少していること,瞬間熱処理によって線材の表面組織が微細化して高硬度化したことにより,耐摩耗性等が向上した結果,長期にわたり表面処理の効果が持続することの他,チタン粉体を噴射して酸化チタンを線材の表面に拡散浸透させたことで,酸化チタンが,光触媒又は半導体触媒として機能することで,汚れを付着し難くすると共に,付着した汚れを分解することで,前述した効果が得られたものと考えられる。
【0110】
なお,本実験では,前述したようにドライフルーツの製造を,暗室である乾燥ボックス内において行うものであることから,前述した耐食性試験(試験例1)の場合と同様,熱による触媒機能の活性化によって,防汚や良好な剥離性等の効果が得られたものと考えられる。
【0111】
また,本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)では,金網のたわみを無くすことができるという効果も確認された。
【0112】
〔試験例4〕具材投入用ファンネル(漏斗)に対する加工例
(1)処理条件
食品製造装置に装備された具材投入用ファンネル(下端出口径30mm,上端入口径140mm,高さ270mm)を食品接触部材とし,このファンネルの内面全体及び外面の一部(下端出口より高さ30mmの範囲)に,下記の表5に示す条件で,本発明の方法により表面処理を行った(実施例2)。
【0113】
比較例として,未処理のファンネル(比較例3)を使用した。
【0114】
【表5】
【0115】
(2)試験方法や及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行ったファンネル(実施例2)と,未処理のファンネル(比較例3)をそれぞれ使用して具材の投入を行い,具材の付着状態,具材の塩分や水分による腐食の発生状態を観察すると共に,腐食と具材の付着によって,ファンネルの下端出口と,これに連結された配管とのシール部にシール不良が発生したときを交換時期(寿命)として評価した。その結果を,表6に示す。
【0116】
【表6】
【0117】
(3)考察等
具材投入用ファンネルとしては,表面にフッ素樹脂コーティングを行ったものが一般的に使用されているが,食品に対する異物混入の問題から,未処理のファンネル(比較例3)への転向が行われている。
【0118】
しかし,未処理のファンネル(比較例3)を使用する場合,具材に含まれる塩分や水分により,比較的短期間のうちに腐食が発生し,具材がファンネルの下端出口と,この下端出口に連結される配管とのシール部に付着することでシール不良が発生し,約3ヶ月毎にファンネルを新品に交換する必要があった。
【0119】
これに対し,本発明の処理方法で表面処理を行ったファンネル(実施例2)では,表面処理を行った部分に具材が付着し難いだけでなく,前述したようにチタン粉体の噴射により表面に酸化チタンが拡散浸透することで光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮することで,還元能により酸化(腐食)が生じ難いものとなっており,シール部の腐食を防止できるものとなっている。
【0120】
その結果,本発明の方法で処理したファンネル(実施例2)では,長期にわたり良好なシール性が発揮され,未処理のファンネル(比較例3)の4倍である約1年間,交換することなく使用することができた。
【0121】
なお,未処理のファンネル(比較例3)を使用する場合,ファンネルの金属臭が食品に移ることがあったが,本発明の方法で表面処理を行ったファンネル(実施例2)を使用した結果,食品に対し金属臭が移り難くなった。
【0122】
このような効果は,先に「〔試験例1〕耐食試験」欄に示したキャス試験結果から判るように,酸化チタンの拡散浸透による触媒作用により耐食性が向上したことで,食品に対する金属成分の溶出が抑制されると共に,触媒作用によって臭い成分が分解されることで,食品に対して金属臭が移ることを好適に防止できたものと考えられる。
【0123】
〔試験例5〕定量粉末包装機械のロータに対する加工例
(1)処理条件
食用粉末の定量包装に使用する包装機械に設けられた,計量用のロータ(ハブに対し10枚の板状の羽根を放射状に溶接した水車型で,回転しながら羽根間に溜めて計量した粉末を包装工程に送ることで定量供給できるようにしたもの)を食品接触部材とし,このロータの表面全体に対し,♯400のSiC粉体を約10分間噴射する前処理を行った後,下記の表7に示す条件で,本発明の方法による表面処理を行った(実施例3)。
【0124】
比較例として,バフ研磨したロータ(比較例4)を使用した。
【0125】
【表7】
【0126】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)と,バフ研磨を行ったロータ(比較例4)をそれぞれ定量粉末包装機械に装着して,粉末の定量包装を行い,ロータに対する粉末の付着状態及び腐食の発生状態を目視にて確認すると共に,交換時期を「寿命」と評価した。その結果を表8に示す。
【0127】
【表8】
【0128】
(3)考察等
バフ研磨を行ったロータ(比較例4)は,職人による研磨によって仕上げるものであることから,本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)に比較して高コストであると共に,納品までに長時間を要するものとなっているが,バフ研磨を行ったロータ(比較例4)では溶接部分に比較的短期間で錆が発生し,約3ヶ月で交換が必要となった。
【0129】
また,羽根やハブの表面に粉末が付着すると共に,この付着量は粉末の吸湿状態等によって変化するため,使用環境等の影響により計量の誤差が一定しないことから,正確に計量を行うためには,使用毎に微調整が必要であった。
【0130】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)では,低コスト,短納期での納品が可能であるにも拘わらず,溶接部を含め,いずれの部分からも錆の発生がなく,しかも,表面に対する粉末の付着もないことから,微調整等を行うことなく定量の粉末を正確に計量することができた。
【0131】
しかも,本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)では,表面の高硬度化により耐摩耗性等も向上していることから,前述した効果が長期にわたり維持されることで,交換時期が約6か月と,バフ研磨したロータ(比較例4)に対し2倍に寿命を延ばすことができた。
【0132】
〔試験例6〕小麦粉袋用開封機の突刺棒
(1)処理条件
小麦粉が入った袋をホッパ内に配置し,突刺棒で袋を突き刺して開封して袋内の小麦粉をホッパ内に取り出す作業を行う小麦粉袋用開封機に設けられた前述の突刺棒を食品接触部材とし,この突刺棒の外面に,♯400のSiC粉体を約1分間噴射する前処理を行った後,下記の表9に示す条件で,本発明の方法による表面処理を行った(実施例4)。
【0133】
比較例として,外面にフッ素樹脂をコーティングした突刺棒(比較例5)を使用した。
【0134】
【表9】
【0135】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)と,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)を,それぞれ小麦粉袋用開封機に装着して小麦粉の袋を突き刺し,突刺棒の外面に対する小麦粉の付着状態及び摩耗状態を目視にて確認すると共に,交換時期を「寿命」と評価した。その結果を表10に示す。
【0136】
【表10】
【0137】
(3)考察等
突刺棒は強度が必要とされるため,SUS440Cが使用されているが,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)では,表面に対する小麦粉の付着を防止できるものの,フッ素樹脂コーティングが約3ヶ月で摩耗により剥離すると共に,フッ素樹脂コーティングの剥離により母材に腐食が発生した。
【0138】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)では,表面に対する小麦粉の付着を防止できるという効果が得られる点では,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)と同様であるが,本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)では,湿度の高い日でも小麦粉が付着し難くなっていた。
【0139】
これは,酸化チタンの拡散・浸透によって触媒効果が発揮されることで,突刺棒の表面で水分の分解,付着物の分解が行われたためであると考えられる。
【0140】
しかも,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)では,前述したように約3ヶ月間でフッ素樹脂コーティングが摩耗して剥離することで小麦粉の付着防止等の効果が失われて交換が必要となったが,本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)では,比較例5の2倍である,約6か月間,小麦粉の付着防止や,防錆等の効果が維持された。
【0141】
〔試験例7〕錠剤製造装置の成型用パンチ
(1)処理条件
医薬品としての錠剤を製造する錠剤製造装置に設けられた,粉薬を圧縮して錠剤に成型する際に成型ダイと共に使用する,硬質クロムメッキされたパンチを食品接触部材とし,このパンチの表面に,下記の表11に示す条件で,本発明の方法による表面処理を行った(実施例5)。
【0142】
比較例として,硬質クロムメッキされたままのパンチ(比較例6)を使用した。
【0143】
【表11】
【0144】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)と,クロムメッキしたままの未処理のパンチ(比較例6)を,それぞれ錠剤製造装置に装着して粉薬を圧縮して錠剤を製造し,粉薬の付着状態及び摩耗状態を目視にて確認すると共に,交換時期を「寿命」と評価した。その結果を表12に示す。
【0145】
【表12】
【0146】
(3)考察等
一般に硬質クロムメッキ被膜の表面には,多くの網目状クラックが存在しており,硬質クロムメッキを行ったままのパンチ(比較例6)では,このクラック部分に粉薬が付着すると共に,この部分を起点として摩耗が発生した。
【0147】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)では,硬質クロムメッキに存在していたクラックが消失しており,その結果,クラック部分に対する粉薬の付着や,クラックを起点とした摩耗の発生を防止できた。
【0148】
しかも,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)では,表面硬度についても上昇することで,前述したクラックの消失と相まって,耐摩耗性が大幅に向上したものと考えられる。
【0149】
また,クロムとチタンは,相互に移着や溶解が生じ易い金属の組み合わせであり,硬質クロムメッキの表面には酸化チタンの活性化吸着と拡散浸透が生じ易いことから,酸化チタンが発揮する光触媒又は半導体触媒の機能により,パンチの耐食性が向上すると共に,汚れが付着し難く,付着した汚れが分解等され易いものとなっていると考えられる。
【0150】
これらの相乗効果が,硬質クロムメッキを行った状態のままのパンチ(比較例6)では約1ヶ月であった寿命を,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)では4倍の約4か月に増大させることができたことの原因であると考えられる。
【0151】
なお,錠剤製造装置で使用される成型用のパンチとしては,前述したクロムメッキに代えて,ダイヤモンドライクカーボン(DLC)のコーティングを行ったものもあるが,DLCコーティングでもある程度の寿命の延長は認められるものの,本発明の方法で表面処理を行ったパンチのように,硬質クロムメッキの4倍に寿命を延長させることができるものではなく,コストの上昇に見合った寿命の延長が得られないことから,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)は,DLCコーティングを行ったパンチとの比較においても,優れた効果を発揮するものであると言える。