特許第6892415号(P6892415)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6892415-食品接触部材の表面処理方法 図000014
  • 特許6892415-食品接触部材の表面処理方法 図000015
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6892415
(24)【登録日】2021年5月31日
(45)【発行日】2021年6月23日
(54)【発明の名称】食品接触部材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 24/04 20060101AFI20210614BHJP
【FI】
   C23C24/04
【請求項の数】2
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2018-137113(P2018-137113)
(22)【出願日】2018年7月20日
(65)【公開番号】特開2020-12188(P2020-12188A)
(43)【公開日】2020年1月23日
【審査請求日】2018年12月11日
【審判番号】不服2019-16062(P2019-16062/J1)
【審判請求日】2019年11月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000154082
【氏名又は名称】株式会社不二機販
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】特許業務法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 四志男
【合議体】
【審判長】 平塚 政宏
【審判官】 亀ヶ谷 明久
【審判官】 土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】 登録実用新案第3150048(JP,U)
【文献】 特開2017−186616(JP,A)
【文献】 特開2009−144199(JP,A)
【文献】 特開2006−239489(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C23C 24/04, A47J 9/00-47/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス,又はステンレスを含む材質から成り,食品と接触する食品接触部材の前記食品との接触表面に,♯220〜♯800の炭化物粉体を0.2MPa以上の噴射圧力で噴射して,前記炭化物粉体中の炭素元素を前記食品との接触表面に拡散させる前処理工程を行い,
前記前処理後の前記食品との接触表面に,該接触表面の表面硬度と同等以上の硬度を有する♯220〜♯800の略球状のショットを,噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させて衝突部に局部的かつ瞬間的な温度上昇を生じさせる瞬間熱処理を行い,前記食品との接触表面の組織を微細化すると共に,前記接触表面全体に,滑らかな円弧状の窪みを多数有する表面層を形成し,
前記表面層に,♯100〜♯800のチタニウム又はチタニウム合金から成る粉体を噴射圧力0.2MPa以上で噴射して前記食品との接触表面の表面付近に酸化チタンを拡散浸透させことを特徴とする食品接触部材の表面処理方法。
【請求項2】
前記前処理工程で噴射する炭化物粉体が,炭化ケイ素の粉体であることを特徴とする請求項1記載の食品接触部材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,食品製造装置や食品搬送装置,食品計量装置,食品検査装置,その他食品を取り扱う各種装置の構成部材のうち食品と接触する構成部材や,食品の包装に使用する包装容器,食品を調理する調理器具等のように,それ自体が食品と接触する部材(本発明において,これらを総称して「食品接触部材」という)の,少なくとも食品と接触する部分に対して行う表面処理方法に関する。
【0002】
なお,本発明において「食品」とは,すべての飲食物を含み,内服薬やサプリメント等の医薬品や医薬部外品に属するものも,飲食に供されるものはここでいう「食品」に該当する。
【0003】
また,本発明における「食品」には,最終的に飲食に供される状態のものの他,その原料や,中間生成物も含む。
【背景技術】
【0004】
前述したように,食品と接触する表面を有する食品接触部材では,表面に食品が付着することを防止して,防汚や防食等を図るべく,食品と接触する部分をフッ素系の樹脂材料で形成し,又は,食品と接触する部分の表面にフッ素樹脂をコーティングすることが行われている。
【0005】
一例として,後掲の特許文献1では,団子その他の食品を焼くことによって食品に焼き色を付ける食品焼成機において,食品搬送ベルトの表面全周に着脱自在に掛け回してその上に食品を載置する耐熱シートベルトをフッ素系樹脂素材によって形成することを提案する。
【0006】
また,後掲の特許文献2には,パン,ケーキの焼き型,フライパン,ジャー内釜等の食品調理器具や加熱調理器具等に使用するフッ素樹脂フィルム被覆鋼板を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5319008号公報
【特許文献2】特開平09−136382号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
フッ素樹脂は,撥水性や撥油性に優れると共に,耐薬品性,耐候性,電気絶縁性,耐摩耗性等の点においても優れた性質を有することから,前述したように食品接触部材をフッ素系の樹脂材料で形成し,又は,食品接触部材の表面にフッ素樹脂をコーティングすることで,汚れ等を付着し難くすることができるだけでなく,食品接触部材の耐候性や耐食性,耐摩耗性を向上させることができる。
【0009】
しかし,フッ素系の樹脂が有する前述した特性から,フッ素系樹脂材料は加工が難く,また,他部材等に対する接着性が悪い等,フッ素系の樹脂によって食品接触部材やその一部を形成しようとした場合,加工方法や取り付け構造の制約を受ける。
【0010】
また,フッ素樹脂をコーティングする構成では,経時と共にコーティング膜が食品接触部材の表面より剥離することで前述した効果が失われるため,定期的にフッ素樹脂の再コーティングを行うか,コーティングが剥離した部材の交換が必要で,メンテナンスが煩雑であるだけでなく,剥離した薄片が異物として食品に混入するおそれがある。
【0011】
しかも,フッ素樹脂はある一定の温度〔代表的なフッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)において315〜375℃〕以上に加熱した時に発生するガスに高い毒性があることが報告されており,再コーティングする前に剥離した古いフッ素樹脂は焼却処分できず安全な方法で処分する必要があるため処理に費用が嵩むだけでなく,前述した温度以上の温度で使用する食品接触部材に使用することができない。
【0012】
更に,医薬品等の粉体包装機械では,粉体との接触面にフッ素樹脂コーティングを行うと,静電気の発生により粉体の流れが悪くなることが報告されている。
【0013】
そのため,近年,食品を取り扱う業界では,人が口にする食品と接触する前述した食品接触部材に対し,フッ素樹脂の使用を差し控える傾向にある。
【0014】
なお,前述した食品接触部材に対する,フッ素樹脂コーティングに代わる表面処理方法としては,例えばダイヤモンドライクカーボン(DLC)のコーティングを行うことが検討されているが,DLCコーティングを行う場合,フッ素樹脂コーティングを行う場合に比較して大幅なコスト増となることから,より低コストで,比較的簡単な処理により,前述したフッ素樹脂に代わり,食品接触部材に対する食品の付着防止や防汚性,耐食性,耐摩耗性,抗菌性等を付与することのできる表面処理方法が要望されている。
【0015】
また,DLCコーティングでも,コーティングを行うものである以上,フッ素樹脂コーティングの場合と同様,被膜の剥離によって生じた薄片が異物として食品に混入するおそれがある。
【0016】
このようなコーティング膜の剥離に伴う食品に対する異物の混入を防止しようとすれば,食品接触部材の表面にコーティング膜を設けない構成を採用することになるが,この場合,食品に含まれる水分や塩分等との接触により食品接触部材の表面に錆が発生することで,錆の発生部分に食品や汚れが付着し易くなるだけでなく,成長した錆が剥離して食品に異物として混入するおそれもある。
【0017】
そのため,食品接触部材の表面にコーティング膜を形成しない構成では,何らかの方法で耐食性,防錆性を付与することが必要となる。
【0018】
そこで本発明は,上記要望に応じるべく成されたものであり,比較的簡単な処理により低コストで行うことができる表面処理でありながら,食品に対する異物の混入や,加熱等に伴う有毒ガスの発生等の弊害もなく,食品接触部材の表面に対する防汚性や耐食性,防錆性,耐摩耗性,抗菌性等を同時に付与することのできる表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために,本発明の食品接触部材の表面処理方法は,
ステンレス,又はステンレスを含む材質から成り,食品と接触する表面を有する食品接触部材の前記食品と接触する接触表面に,♯220〜♯800の炭化物粉体を0.2MPa以上の噴射圧力で噴射して,前記炭化物粉体中の炭素元素を前記食品との接触表面に拡散させる前処理工程を行い,
前記前処理後の前記食品との接触表面に,前記食品接触部材の接触表面硬度と同等以上の硬度を有する♯220〜♯800の略球状のショットを,噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させて衝突部に局部的かつ瞬間的な温度上昇を生じさせる瞬間熱処理を行い,前記食品接触部材の食品との接触表面の組織を微細化すると共に,前記食品との接触表面全体に,滑らかな円弧状の窪みを多数有する表面層を形成し,
前記表面層に,♯100〜♯800のチタニウム又はチタニウム合金から成る粉体を噴射圧力0.2MPa以上で噴射して前記食品との接触表面の表面付近に酸化チタンを拡散浸透させることを特徴とする(請求項1)。
【0021】
前記前処理工程で噴射する炭化物粉体は,好ましくは炭化ケイ素,より好ましくはSiCαである(請求項)。
【発明の効果】
【0022】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の食品接触部材の表面処理方法によれば,以下の顕著な効果を得ることができた。
【0023】
本発明の方法で表面処理を行った食品接触部材では,2種類の粒体の噴射という比較的簡単な方法で,食品や汚れが付着し難く,耐摩耗性や耐食性に優れ,しかも,抗菌作用を発揮する表面を食品接触部材に形成することができた。
【0024】
しかも,本発明の表面処理方法では,粒体の噴射という比較的に簡単な作業によって食品接触部材に上記効果を付与することができることから,短納期で表面処理を行うことができるだけでなく,フッ素樹脂コーティングとは異なり,コーティング膜の形成によって防汚等を図るものではなく,前述した瞬間熱処理による表面組織の微細化と円弧状の窪みの形成,チタン粉体の噴射による酸化チタンの拡散浸透によって上記効果を得るものであるため,コーティング膜の剥離によって表面処理の効果が失われることがなく,また,剥離したコーティング膜の薄片が食品に異物として混入する心配のない表面処理方法を提供することができた。
【0025】
更に,本発明の方法で表面処理が行われた食品接触部材では,フッ素樹脂コーティングのように加熱によって有毒ガスが発生するおそれが無いだけでなく,食品接触部材の表面に拡散浸透させた酸化チタンが光触媒,あるいは半導体触媒として機能し,特に,加熱下では触媒がより活性化することで,触媒の持つ還元作用による耐食性の向上や防錆効果が得られるだけでなく,防臭や消臭,有毒ガスの分解,抗菌,抗カビ等の,食品と接触する機械や器具に適した機能を発揮させることができた。
【0026】
なお,瞬間熱処理前の食品接触部材の表面に所定の炭化物粉体,例えば炭化ケイ素(SiC),好ましくはSiCαの粉体を噴射する前処理工程を行う場合には,炭化物粉体中の炭素を食品接触部材の表面に拡散浸透させることで,表面付近の硬度をより一層,向上させることが可能で,更なる耐摩耗性等の向上を得ることができたことで,前述した表面処理によって得られる効果をより長期にわたり持続させることができた。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】キャス試験後の試験片(未処理)の表面状態を撮影した写真。
図2】キャス試験後の試験片(実施例)の表面状態を撮影した写真。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に,本発明の食品接触部材の表面処理方法を説明する。
【0029】
〔処理対象:食品接触部材〕
本発明の表面処理方法は,食品製造装置や食品搬送装置,食品計量装置,食品検査装置,その他食品を取り扱う各種装置の構成部材のうち,食品と接触する構成部材,例えばこれらの装置に設けられたホッパやシュートの内面,菓子や麺生地を引き延ばすための圧延ローラの外周,食品を載置するトレーや金網表面,食品成型用の金型の成型面,食品の包装に使用する包装容器(例えば缶),フライパンや鍋等の調理器具のように,食品と接触する表面を有する部材は,いずれも本発明でいう食品接触部材に該当する。
【0030】
処理対象とする食品接触部材の材質は,金属を含むものであれば特に限定されず,一例として,ステンレス鋼(SUS材),炭素工具鋼(SK材),合金工具鋼(SKS,SKD,SKT材)等の各種の鋼材で出来たものは,いずれも本発明の処理対象となり得,また,高速度工具鋼(SKH材)等の鋼材の他,超硬合金等の焼結金属,Cu−Be合金,その他の非鉄金属合金製の食品接触部材等,各種材質の食品接触部材についても対象とすることができる。
【0031】
また,食品接触部材は,その全てが金属材料によって形成されている必要はなく,その他の成分,例えばセラミックス等を一部に含むものであっても良い。
【0032】
〔表面処理〕
以上で説明した食品接触部材の少なくとも食品と接触する部分の表面に対し,以下に説明する本発明の表面処理を行う。
【0033】
(1)前処理工程
本工程(前処理工程)は,必要に応じて行う工程であり,食品接触部材の用途等によっては必ずしも行う必要はなく,本発明における必須の工程ではない。
【0034】
本工程では,処理対象とする食品接触部材の表面に炭化物粉体を乾式噴射し,食品接触部材の製造時に放電加工や切削加工によって表面に生じた放電硬化層や軟化層の除去や,切削,研削及び磨き加工時に生じた方向性を持つ加工痕(切削痕,研磨痕,ツールマーク等)を除去する等して表面を調整すると共に,炭化物粉体中の炭素元素を食品接触部材の表面に拡散,浸透させて,常温下での浸炭を行う。
【0035】
使用する炭化物粉体としては,例えばB4C,SiC(SiC(α)),TiC,VC,グラファイト,ダイヤモンド等の炭化物の粉体を使用することができ,好ましくはSiC,より好ましくはSiC(α)を使用する。
【0036】
使用する炭化物粉体は,放電硬化層や軟化層の除去,方向性を持つ加工痕の除去を目的として行う場合には,高い切削力が発揮されるよう,一例として焼成した炭化物系セラミックを破砕後,フルイ分けすることによって得た多角形状の粉体を使用して行うことが好ましく,このような切削を目的としない場合,炭化物粉体の形状は特に限定されず,球状,その他の各種形状のものを使用することができる。
【0037】
使用する粉体の大きさは,炭素元素の拡散浸透を得るに必要な噴射速度を得るために,♯220〜♯800,好ましくは♯240又はこれよりも粒径が小さい〔番手(♯)が大きい〕,所謂「微粉」を使用する。
【0038】
このような炭化物粉体を食品接触部材の表面に噴射する方法としては,乾式で粉体を噴射可能であれば既知の各種のブラスト装置を使用することができ,噴射速度や噴射圧力の調整が比較的容易であることから,エア式のブラスト装置の使用が好ましい。
【0039】
このエア式のブラスト加工装置としては,直圧式,吸込式の重力式,あるいは他のブラスト装置等種々のものがあるが,このうちのいずれのものを使用しても良く,噴射圧力0.2MPa以上で乾式噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0040】
以上のような炭化物粉体を,前述のブラスト装置により食品と接触する部分の食品接触部材の表面に高速で乾式噴射すると,放電加工や切削加工による食品接触部材の製造時に生じた放電硬化層や軟化層,方向性を持った加工痕などが除去されて食品接触部材の表面が無方向に調整される。
【0041】
また,炭化物粉体の食品接触部材表面への衝突により,炭化物粉体が衝突した部分の食品接触部材の表面では,局部的に温度上昇が起こると共に,炭化物粉体も加熱されて熱分解し,前記炭化物粉体の炭化物中の炭素元素が食品接触部材の表面に拡散浸透することで,この部分の炭素量が増加し,前処理工程を行った後の食品接触部材表面の硬度を大幅に上昇させることができる。
【0042】
このように,本発明では,前述した前処理としてブラスト処理により炭化物粉体を食品接触部材に衝突させたときの前記炭化物粉体の温度上昇による加熱分解とその分解により生成した前記炭化物粉体中の炭素元素の食品接触部材表面への拡散浸透により,浸炭処理を行うものである。
【0043】
この方法による前処理によれば,食品接触部材に対する炭素元素の拡散浸透は,その最表面付近において最も顕著で,増加する炭素量も多く,そして,食品接触部材の内部に向かって前記拡散により増加する炭素量,従って,当該深さにおける炭素量が表面から遠く(深く)なるにつれて徐々に減少して一定の深さで炭素量が未処理の状態に迄減少する傾斜構造となる。
【0044】
なお,前記炭化物粉体が食品接触部材の表面に衝突したときに炭化物粉体及び食品接触部材が部分的に温度上昇するとはいえ,この温度上昇は局部的かつ,瞬間的なものであることから,浸炭炉内で食品接触部材全体を加熱して行う一般的な浸炭処理におけるような熱処理による食品接触部材の歪みや相変態等が生じることもなく,また,微細な炭化物が生成されるため密着強度が高く,浸炭異常層も生じない。
【0045】
(2)瞬間熱処理工程
本工程(瞬間熱処理工程)は,処理対象とする食品接触部材の少なくとも食品と接触する部分の表面(前述した前処理工程が行われる場合には,前処理工程後の表面)に対し,球状粉体を乾式噴射して,食品接触部材の表面に無数の円弧状の微小な窪みを形成すると共に,食品接触部材の表面付近の組織を微細化して更なる表面硬度の向上を図る。
【0046】
使用する球状粉体としては,処理対象とする食品接触部材の硬度と同等以上の硬度を有するものであれば特にその材質は限定されず,例えば各種金属製のものの他,セラミックス製のものを使用することもでき,前述した炭化物粉体と同様の材質のもの(炭化物)を使用することもできる。
【0047】
球状粉体は,前述したように食品接触部材の表面に無数の円弧状の微小な凹部を形成することができるよう,球状のものを使用する。
【0048】
なお,本発明において「球状」とは,厳密に「球」であることを必要とせず,角を持たない球に近い形状も含む。
【0049】
このような球状粉体は,一例として金属系の材質のものについてはアトマイズ法により,セラミック系のものについては破砕後,溶融することにより得ることができる。
【0050】
使用する粉体の粒径としては,衝突により食品接触部材の表面を塑性変形させて半円形状の凹部(ディンプル)を形成するために必要な噴射速度を得るために,♯220〜♯800のもの,好ましくは♯240又はこれよりも粒径が小さい〔番手(♯)が大きい〕,所謂「微粉」を使用する。
【0051】
また,このような球状粉体を食品接触部材の表面に噴射する方法としては,前処理工程の説明中で炭化物粉体の噴射方法として説明したと同様,乾式噴射が可能なものであれば既知の各種のブラスト装置を使用することができ,噴射圧力0.2MPa以上で噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0052】
以上のような球状粉体を,食品接触部材の食品との接触面に対し噴射すると,この球状粉体の衝突により,球状粉体との衝突部分で食品接触部材の表面に塑性変形が生じる。
【0053】
その結果,多角形状の炭化物粉体を使用した前処理工程が行われた場合であっても,この炭化物粉体との衝突による切削によって食品接触部材の表面に形成された鋭利な形状の山頂を有する凹凸が生じている場合であっても,この鋭利な山頂が潰されて食品接触部材の表面全体に無数の滑らかな円弧状の窪み(ディンプル)がランダムに形成されることで表面粗さが改善される。
【0054】
また,球状粉体との衝突時に生じた発熱によって,衝突部で局部的な加熱と冷却が瞬間的に生じる,瞬間熱処理が行われると共に,円弧状の窪みが形成された際の塑性変形により食品接触部材の表面が微結晶化して加工硬化を起こし,前処理工程後の状態に比較して食品接触部材の表面硬度が更に向上し,しかも,表面が塑性変形することで圧縮残留応力が付与されることにより,食品接触部材の疲労強度等についても向上される,所謂「ショットピーニング」によって得られる効果も同時に付与されているものと考えられる。
【0055】
(3)チタン粉体の噴射
前述したように瞬間熱処理を行った後の食品接触部材の少なくとも食品との接触面に対しては,更に,チタン又はチタン合金製の粉体(以下,これらを総称して「チタン粉体」という。)を噴射して,食品接触部材の表面に酸化チタンを拡散・浸透させる。
【0056】
このようなチタン粉体は,♯100〜♯800のものであればその形状は特に限定されず,球状,多角形状,その他の各種の形状のものが使用可能である。
【0057】
また,酸化チタンの触媒機能を助長する効果がある貴金属(Au,Ag,Pt,Pd,Ru等)の粉体を,前述のチタン粉体に対し重量比で約0.1〜10%の範囲で混合して噴射するものとしても良い。
【0058】
なお,以下の説明では,特に貴金属粉体とチタン粉体を分けて説明していない場合,貴金属が混入されたチタン粉体も含め,チタン粉体と総称する。
【0059】
このように,貴金属の粉体を混合したチタン粉体を噴射する場合,両粉体の粒径は必ずしも同一径である必要はなく,チタン粉体と貴金属粉体とで異なる粒径のものを使用しても良い。
【0060】
特に,チタン粉体に比較して貴金属粉体は比重が大きいことから,チタン粉体に比較して貴金属粉体の粒径を小さくして両粉体の個々の重量を近付けることにより,両粉体の噴射速度等が略同一となるように調整するものとしても良い。
【0061】
以上で説明したチタン粉体を食品接触部材の表面に噴射する方法としては,前処理工程及び瞬間熱処理工程の説明中で炭化物粉体や球状ショットの噴射方法として説明したと同様,乾式噴射が可能なものであれば既知の各種のブラスト装置を使用することができ,噴射圧力0.2MPa以上で噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0062】
以上で説明したチタン粉体を,瞬間熱処理工程で微結晶化された表面を有する食品接触部材の表面に対して噴射して衝突させると,チタン粉体の速度はこの衝突の前後で変化し,減速した速度分のエネルギーは,衝突部分を局部的に加熱する熱エネルギーとなる。
【0063】
この熱エネルギーにより,噴射粉体を構成するチタン粉体が食品接触部材の表面で加熱されるため,チタンが食品接触部材の表面に活性化吸着して拡散浸透する。この際,圧縮気体中の酸素や大気中の酸素と反応してチタンの表面が酸化し,食品接触部材の表面に,母材と,該母材に拡散浸透した酸化チタン(TiO2)を含んだ表面層が形成される。
【0064】
酸化チタンを含んだ表面層の厚さは,約0.5μm程度であり,瞬間熱処理によって食品接触部材の表面に形成された,微細化された表面組織に活性化吸着しており,基材表面から内部に約5μmの深さに酸化したチタン(貴金属粉体を含む場合には酸化チタン及び貴金属)が拡散浸透している。
【0065】
なお,このようにして形成される表面層に拡散浸透しているチタンは,衝突時の発熱によって圧縮気体や大気中の酸素と反応して酸化したものであることから,最も高温となる表面付近において酸素との結合量が多く,表面から内部に入るに従い,酸素との結合量が徐々に減少する傾斜構造を備えたものとなっている。
【実施例】
【0066】
試験例1に,本発明の方法で表面処理を行った試験片に対する耐食性の評価試験を行った結果を,試験例2として,本発明の表面処理を行った試験片に対する抗菌試験を行った結果をそれぞれ示すと共に,試験例3〜7として,各種の食品接触部材に対し本発明の表面処理方法を適用した例を示す。
【0067】
〔試験例1〕耐食試験
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行った食品接触部材が,光の照射を受けない環境下においても腐食防止効果を発揮することを確認する。
【0068】
(2)試験方法
SUS304を溶接(TIG溶接)して引張り残留応力を付与することで,応力腐食割れの生じ易い試験片を作成し,溶接したままの未処理の試験片と,溶接後,本発明の表面処理方法(瞬間熱処理+チタン粉体の噴射)を施した試験片に対し,それぞれJIS H 8502:1999の「7.3キャス試験方法」に従ってキャス試験を行った。
【0069】
ここで行うキャス試験は,単に塩水を噴霧して行う塩水試験とは異なり,塩化第二銅と酢酸を加えてpH3.0〜3.2の酸性に調整した食塩水を噴霧して耐食性の試験を行うもので,極めて過酷な腐食環境下で行われる耐食性の試験である。
【0070】
なお,キャス試験の試験条件を示せば下記の表1に示す通りである。
【0071】
【表1】
【0072】
(3)試験結果及び考察
キャス試験後の試験片の状態を図1(未処理)及び図2(実施例)に示す。
図1に示すように,未処理の試験片では表面に赤錆の発生が確認された。
【0073】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った試験片では,図2に示すように錆の発生を確認することができず,キャス試験前のきれいな状態を保っており,本発明の方法で処理された試験片では,極めて高い耐食性が得られていることが確認できた。
【0074】
ここでショットピーニングには,溶接で試験片に生じた引張り残留圧力を開放して圧縮残留応力を付与する作用があること,従って,応力腐食割れを防止する効果があることは知られているが,腐食(錆)の発生そのものを防止するものではない。
【0075】
そうすると,本発明の方法で処理された試験片において,錆の発生防止の効果は,球状のショットを噴射して行う瞬間熱処理の効果というよりも,むしろ,チタン粉体の噴射によって表面に形成された酸化チタン被膜が光触媒又は半導体触媒としての機能(還元能)を発揮したことで得られたものと考えられる。
【0076】
なお,キャス試験では,試験槽内の環境を一定の状態に維持するために,蓋付の試験槽を使用して試験が行われるため,試験中,試験片に対する光の照射は行われない。
【0077】
一方,キャス試験では,試験槽内の温度を50±2℃として試験が行われるため,試験片の温度も50±2℃に加温されており,このような加温された状態で試験が行われることにより,酸化チタンの被膜が,光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮したものと思われる。
【0078】
このように,光の照射を受けない環境において光触媒としての機能を発揮した理由については必ずしも明らかではないが,工業的に生産される酸化チタンは高温で加熱すると酸素を失い,白色から黒色に変化し,このような黒色を帯びたものは半導体の性質を示す。すなわち,酸素の結合が欠乏した状態になると,半導体としての性質を示す。
【0079】
本発明の方法で食品接触部材の表面に拡散浸透される酸化チタンは,前述したように,食品接触部材の表面付近において酸素との結合量が最も多く,表面から内部に入るに従い,酸素との結合量が徐々に減少する傾斜構造を備えたものとなっていることから,内部に存在する酸化チタンは,酸素との結合が欠乏して,半導体としての性質を有するものとなっているものと考えられる。
【0080】
そのため,加温下で使用することで,熱励起によって電荷移動が生じ,電荷移動型酸化還元効果をもたらす触媒(本明細書において「半導体触媒」という。)として機能するようになったものと考えられる。
【0081】
一般に半導体触媒は,電子供与元素や電子受容元素をドーピングする等,特殊な構造を持った触媒とする必要があり,チタン粉体の噴射という比較的簡単な方法で得られた酸化チタンの被膜により,熱により触媒作用を発揮する効果が得られたことは,予想をはるかに超えた効果である。
【0082】
なお,♯400のハイス鋼製ショットを噴射圧力0.5MPaで噴射して瞬間熱処理を行った後の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.3μm,表面硬度が未処理の状態では300Hvであったものが580Hvに向上していた。
【0083】
一方,上記条件で瞬間熱処理を行った試験片に対し,更に,粒径150μm〜45μmのチタン粉体を噴射圧力0.4MPaで噴射した本願実施例の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.2μmに改善されている一方,処理後の表面硬度は580Hvのまま変化していなかった。
【0084】
ここで,チタンの硬度は300Hv程度であるが,チタンの酸化物である酸化チタン(TiO2)の硬度は1000Hvにも及ぶから,噴射に使用されているチタン粉体の表面硬度も,酸化被膜の形成によって,瞬間熱処理後の試験片の表面硬度である580Hvよりも高い1000Hv程度の硬度となっている。
【0085】
そのため,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理後の表面に対しチタン粉体を噴射することで,瞬間熱処理の際にショットとの衝突によって形成された表面凹凸の凸部先端を押し潰して平滑化する,バニシングが行われたものと考えられる。
【0086】
すなわち,瞬間熱処理後の試験片の表面にはショットの衝突によって形成された窪み(ディンプル)が形成されているのみならず,形成された窪みと窪みの間に先鋭な凸部が形成された状態となっている。
【0087】
これに対し,瞬間熱処理後の表面に更にチタン粉体の噴射を行うことで,表面に形成されていた凹凸の凸部が押し潰されて平滑化(バニシング)されたことで,尖った凸部のない,滑らかな形状の窪みに変化したことが,前述したように表面粗さRaの数値を押し下げたものと考えられる。
【0088】
このように,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理によって生じた窪み(ディンプル)を残し,食品との接触面積を減らすことで食品の付着が生じ難くなっているだけでなく,食品と接触した際の抵抗となる,尖った凸部の山頂部分を押し潰して平滑化したことで,酸化チタンの光触媒又は半導体触媒としての効果によってもたらされる防汚や防食に伴う,食品の付着防止効果の向上のみならず,加工後の表面自体も食品を付着させ難くする上で優れた構造に改変されているものと考えられる。
【0089】
〔試験例2〕抗菌試験
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行った後の食品接触部材が抗菌効果を発揮するものであることを確認する。
【0090】
(2)試験方法
本発明の方法で表面処理を行った試験片と未処理の試験片のそれぞれを滅菌シャーレに入れ,その試験面に細菌感染症を引き起こすレジオネラ属菌(レジオネラ・ニューモフィラ)の接種用菌液0.3mLを接種し,その上に被覆フィルムをかぶせた後,40℃,相対湿度90%以上の条件でブラックライトを照射しながら1〜3時間接触させ,1時間後及び3時間後に,検体と被覆フィルムに付着している試験菌液を,別の滅菌シャーレに滅菌リン酸緩衝液を用いて洗い出した。
【0091】
洗い出した菌液を,レジオネラMWY寒天培地〔関東化学(株)〕を用いて35℃,5日間培養し,菌数を求めた。試験結果を下記の表2に示す。
【0092】
【表2】
【0093】
(3)試験結果及び考察
未処理の試験片では,レジオネラ属菌は60分後において全く減少しておらず,180分の経過後においてもその減少数は僅かである。
【0094】
これに対し,本発明の表面処理方法で表面処理を行った試験片では,レジオネラ属菌は60分後で半数以下に減少すると共に,180分後には検出しない状態にまで減少しており,高い抗菌効果があることが確認された。
【0095】
また,このような高い抗菌効果の発揮から,チタン粉体の噴射によって試験片の表面に拡散浸透された酸化チタンが,光触媒ないしは半導体触媒としての機能を発揮していることが確認できた。
【0096】
なお,詳細については省略するが,本発明の方法で表面処理を行うことで,前掲のレジオネラ属菌の他,黄色ブドウ球菌や大腸菌に対する抗菌性が得られることも実験によって確認されている。
【0097】
このように,本発明の方法で表面処理を行うことで,高い抗菌性が付与されることで,本発明の表面処理は,食品と接触する食品接触部材の表面処理に適したものであると言える。
【0098】
〔試験例3〕ドライフルーツ製造用の干し網に対する加工例
(1)処理条件
ドライフルーツ(マンゴー)の製造時に,スライスした果肉を乗せて乾燥させる際に使用する金属製の干し網(SUS304)を食品接触部材とし,この干し網に,下記の表3に示す条件で本発明の表面処理を行った(実施例1)。
【0099】
比較例として,フッ素樹脂コーティングを施した干し網(比較例1)及び未処理の干し網(比較例2)を使用した。
【0100】
【表3】
【0101】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)と,フッ素樹脂コーティングを行った干し網(比較例1),未処理の干し網(比較例2)をそれぞれ使用して,ドライフルーツ(マンゴー)を製造した。
【0102】
厚み5mmにスライスしたマンゴーを,乾燥ボックス(暗室)内に配置した実施例1及び比較例1,2の干し網上にそれぞれ並べ,前記乾燥ボックス内にヒーターからの熱風を24時間導入して乾燥させた後,出来上がったドライフルーツを回収した際の剥離性及び剥離後の干し網の汚れの状態を観察した。その結果を表4に示す。
【0103】
【表4】
【0104】
(3)考察等
フッ素樹脂コーティングを施した干し網(比較例1)では,果糖の付着や剥離不良等の問題は少なかったが,コーティング膜の剥離により約1ヶ月毎にフッ素樹脂の再コーティングが必要であった。
【0105】
また,剥離したコーティングの一部は,食品に異物として混入したおそれがあることから,近年,フッ素樹脂コーティング品の使用を止め,未処理の干し網(比較例2)への移行が行われている。
【0106】
しかし,未処理の干し網(比較例2)を使用する場合,果糖の付着による汚れと,剥離不良による果肉の付着により,使用後の干し網は著しく汚れており,未処理の干し網(比較例2)では,使用の都度,洗浄剤及びブラシを使用した洗浄が必要で,使用後の洗浄に多大な労力と時間が費やされると共に,洗浄に大量の水を消費することで,使用後の処理に多大なコストがかかるものとなった。
【0107】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)では,フッ素樹脂コーティングを行った場合と同様,果糖の付着がなく,剥離不良も確認できず,使用後においても目視によっては汚れの付着を確認することができなかった。
【0108】
また,チタン粉体の噴射により,本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)では,抗菌効果も発揮されることから(前掲の「〔試験例2〕抗菌試験」欄参照),使用後,水で洗うだけで再使用が可能であり,また,1ヶ月を経過しても表面処理の効果が持続するため,再度の表面処理も不要であった。
【0109】
本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)におけるこのような効果は,瞬間熱処理によるディンプルの形成により,干し網を構成する線材の表面と果肉との接触面積が減少していること,瞬間熱処理によって線材の表面組織が微細化して高硬度化したことにより,耐摩耗性等が向上した結果,長期にわたり表面処理の効果が持続することの他,チタン粉体を噴射して酸化チタンを線材の表面に拡散浸透させたことで,酸化チタンが,光触媒又は半導体触媒として機能することで,汚れを付着し難くすると共に,付着した汚れを分解することで,前述した効果が得られたものと考えられる。
【0110】
なお,本実験では,前述したようにドライフルーツの製造を,暗室である乾燥ボックス内において行うものであることから,前述した耐食性試験(試験例1)の場合と同様,熱による触媒機能の活性化によって,防汚や良好な剥離性等の効果が得られたものと考えられる。
【0111】
また,本発明の方法で表面処理を行った干し網(実施例1)では,金網のたわみを無くすことができるという効果も確認された。
【0112】
〔試験例4〕具材投入用ファンネル(漏斗)に対する加工例
(1)処理条件
食品製造装置に装備された具材投入用ファンネル(下端出口径30mm,上端入口径140mm,高さ270mm)を食品接触部材とし,このファンネルの内面全体及び外面の一部(下端出口より高さ30mmの範囲)に,下記の表5に示す条件で,本発明の方法により表面処理を行った(実施例2)。
【0113】
比較例として,未処理のファンネル(比較例3)を使用した。
【0114】
【表5】
【0115】
(2)試験方法や及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行ったファンネル(実施例2)と,未処理のファンネル(比較例3)をそれぞれ使用して具材の投入を行い,具材の付着状態,具材の塩分や水分による腐食の発生状態を観察すると共に,腐食と具材の付着によって,ファンネルの下端出口と,これに連結された配管とのシール部にシール不良が発生したときを交換時期(寿命)として評価した。その結果を,表6に示す。
【0116】
【表6】
【0117】
(3)考察等
具材投入用ファンネルとしては,表面にフッ素樹脂コーティングを行ったものが一般的に使用されているが,食品に対する異物混入の問題から,未処理のファンネル(比較例3)への転向が行われている。
【0118】
しかし,未処理のファンネル(比較例3)を使用する場合,具材に含まれる塩分や水分により,比較的短期間のうちに腐食が発生し,具材がファンネルの下端出口と,この下端出口に連結される配管とのシール部に付着することでシール不良が発生し,約3ヶ月毎にファンネルを新品に交換する必要があった。
【0119】
これに対し,本発明の処理方法で表面処理を行ったファンネル(実施例2)では,表面処理を行った部分に具材が付着し難いだけでなく,前述したようにチタン粉体の噴射により表面に酸化チタンが拡散浸透することで光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮することで,還元能により酸化(腐食)が生じ難いものとなっており,シール部の腐食を防止できるものとなっている。
【0120】
その結果,本発明の方法で処理したファンネル(実施例2)では,長期にわたり良好なシール性が発揮され,未処理のファンネル(比較例3)の4倍である約1年間,交換することなく使用することができた。
【0121】
なお,未処理のファンネル(比較例3)を使用する場合,ファンネルの金属臭が食品に移ることがあったが,本発明の方法で表面処理を行ったファンネル(実施例2)を使用した結果,食品に対し金属臭が移り難くなった。
【0122】
このような効果は,先に「〔試験例1〕耐食試験」欄に示したキャス試験結果から判るように,酸化チタンの拡散浸透による触媒作用により耐食性が向上したことで,食品に対する金属成分の溶出が抑制されると共に,触媒作用によって臭い成分が分解されることで,食品に対して金属臭が移ることを好適に防止できたものと考えられる。
【0123】
〔試験例5〕定量粉末包装機械のロータに対する加工例
(1)処理条件
食用粉末の定量包装に使用する包装機械に設けられた,計量用のロータ(ハブに対し10枚の板状の羽根を放射状に溶接した水車型で,回転しながら羽根間に溜めて計量した粉末を包装工程に送ることで定量供給できるようにしたもの)を食品接触部材とし,このロータの表面全体に対し,♯400のSiC粉体を約10分間噴射する前処理を行った後,下記の表7に示す条件で,本発明の方法による表面処理を行った(実施例3)。
【0124】
比較例として,バフ研磨したロータ(比較例4)を使用した。
【0125】
【表7】
【0126】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)と,バフ研磨を行ったロータ(比較例4)をそれぞれ定量粉末包装機械に装着して,粉末の定量包装を行い,ロータに対する粉末の付着状態及び腐食の発生状態を目視にて確認すると共に,交換時期を「寿命」と評価した。その結果を表8に示す。
【0127】
【表8】
【0128】
(3)考察等
バフ研磨を行ったロータ(比較例4)は,職人による研磨によって仕上げるものであることから,本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)に比較して高コストであると共に,納品までに長時間を要するものとなっているが,バフ研磨を行ったロータ(比較例4)では溶接部分に比較的短期間で錆が発生し,約3ヶ月で交換が必要となった。
【0129】
また,羽根やハブの表面に粉末が付着すると共に,この付着量は粉末の吸湿状態等によって変化するため,使用環境等の影響により計量の誤差が一定しないことから,正確に計量を行うためには,使用毎に微調整が必要であった。
【0130】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)では,低コスト,短納期での納品が可能であるにも拘わらず,溶接部を含め,いずれの部分からも錆の発生がなく,しかも,表面に対する粉末の付着もないことから,微調整等を行うことなく定量の粉末を正確に計量することができた。
【0131】
しかも,本発明の方法で表面処理を行ったロータ(実施例3)では,表面の高硬度化により耐摩耗性等も向上していることから,前述した効果が長期にわたり維持されることで,交換時期が約6か月と,バフ研磨したロータ(比較例4)に対し2倍に寿命を延ばすことができた。
【0132】
〔試験例6〕小麦粉袋用開封機の突刺棒
(1)処理条件
小麦粉が入った袋をホッパ内に配置し,突刺棒で袋を突き刺して開封して袋内の小麦粉をホッパ内に取り出す作業を行う小麦粉袋用開封機に設けられた前述の突刺棒を食品接触部材とし,この突刺棒の外面に,♯400のSiC粉体を約1分間噴射する前処理を行った後,下記の表9に示す条件で,本発明の方法による表面処理を行った(実施例4)。
【0133】
比較例として,外面にフッ素樹脂をコーティングした突刺棒(比較例5)を使用した。
【0134】
【表9】
【0135】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)と,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)を,それぞれ小麦粉袋用開封機に装着して小麦粉の袋を突き刺し,突刺棒の外面に対する小麦粉の付着状態及び摩耗状態を目視にて確認すると共に,交換時期を「寿命」と評価した。その結果を表10に示す。
【0136】
【表10】
【0137】
(3)考察等
突刺棒は強度が必要とされるため,SUS440Cが使用されているが,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)では,表面に対する小麦粉の付着を防止できるものの,フッ素樹脂コーティングが約3ヶ月で摩耗により剥離すると共に,フッ素樹脂コーティングの剥離により母材に腐食が発生した。
【0138】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)では,表面に対する小麦粉の付着を防止できるという効果が得られる点では,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)と同様であるが,本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)では,湿度の高い日でも小麦粉が付着し難くなっていた。
【0139】
これは,酸化チタンの拡散・浸透によって触媒効果が発揮されることで,突刺棒の表面で水分の分解,付着物の分解が行われたためであると考えられる。
【0140】
しかも,フッ素樹脂コーティングを施した突刺棒(比較例5)では,前述したように約3ヶ月間でフッ素樹脂コーティングが摩耗して剥離することで小麦粉の付着防止等の効果が失われて交換が必要となったが,本発明の方法で表面処理を行った突刺棒(実施例4)では,比較例5の2倍である,約6か月間,小麦粉の付着防止や,防錆等の効果が維持された。
【0141】
〔試験例7〕錠剤製造装置の成型用パンチ
(1)処理条件
医薬品としての錠剤を製造する錠剤製造装置に設けられた,粉薬を圧縮して錠剤に成型する際に成型ダイと共に使用する,硬質クロムメッキされたパンチを食品接触部材とし,このパンチの表面に,下記の表11に示す条件で,本発明の方法による表面処理を行った(実施例5)。
【0142】
比較例として,硬質クロムメッキされたままのパンチ(比較例6)を使用した。
【0143】
【表11】
【0144】
(2)試験方法及び試験結果
本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)と,クロムメッキしたままの未処理のパンチ(比較例6)を,それぞれ錠剤製造装置に装着して粉薬を圧縮して錠剤を製造し,粉薬の付着状態及び摩耗状態を目視にて確認すると共に,交換時期を「寿命」と評価した。その結果を表12に示す。
【0145】
【表12】
【0146】
(3)考察等
一般に硬質クロムメッキ被膜の表面には,多くの網目状クラックが存在しており,硬質クロムメッキを行ったままのパンチ(比較例6)では,このクラック部分に粉薬が付着すると共に,この部分を起点として摩耗が発生した。
【0147】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)では,硬質クロムメッキに存在していたクラックが消失しており,その結果,クラック部分に対する粉薬の付着や,クラックを起点とした摩耗の発生を防止できた。
【0148】
しかも,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)では,表面硬度についても上昇することで,前述したクラックの消失と相まって,耐摩耗性が大幅に向上したものと考えられる。
【0149】
また,クロムとチタンは,相互に移着や溶解が生じ易い金属の組み合わせであり,硬質クロムメッキの表面には酸化チタンの活性化吸着と拡散浸透が生じ易いことから,酸化チタンが発揮する光触媒又は半導体触媒の機能により,パンチの耐食性が向上すると共に,汚れが付着し難く,付着した汚れが分解等され易いものとなっていると考えられる。
【0150】
これらの相乗効果が,硬質クロムメッキを行った状態のままのパンチ(比較例6)では約1ヶ月であった寿命を,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)では4倍の約4か月に増大させることができたことの原因であると考えられる。
【0151】
なお,錠剤製造装置で使用される成型用のパンチとしては,前述したクロムメッキに代えて,ダイヤモンドライクカーボン(DLC)のコーティングを行ったものもあるが,DLCコーティングでもある程度の寿命の延長は認められるものの,本発明の方法で表面処理を行ったパンチのように,硬質クロムメッキの4倍に寿命を延長させることができるものではなく,コストの上昇に見合った寿命の延長が得られないことから,本発明の方法で表面処理を行ったパンチ(実施例5)は,DLCコーティングを行ったパンチとの比較においても,優れた効果を発揮するものであると言える。

図1
図2