(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6892851
(24)【登録日】2021年6月1日
(45)【発行日】2021年6月23日
(54)【発明の名称】磁心用粉末の製造方法および圧粉磁心の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/33 20060101AFI20210614BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20210614BHJP
H01F 27/255 20060101ALI20210614BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20210614BHJP
B22F 1/02 20060101ALI20210614BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20210614BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20210614BHJP
C01G 49/00 20060101ALI20210614BHJP
C01B 33/20 20060101ALI20210614BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20210614BHJP
C22C 19/07 20060101ALN20210614BHJP
【FI】
H01F1/33
H01F1/26
H01F27/255
H01F41/02 D
B22F1/02 E
B22F1/02 G
B22F1/02 C
B22F3/00 B
B22F3/24 B
C01G49/00 B
C01B33/20
!C22C38/00 303T
!C22C38/00 303S
!C22C19/07 C
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2018-195904(P2018-195904)
(22)【出願日】2018年10月17日
(65)【公開番号】特開2019-75566(P2019-75566A)
(43)【公開日】2019年5月16日
【審査請求日】2020年1月9日
(31)【優先権主張番号】特願2017-200706(P2017-200706)
(32)【優先日】2017年10月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇都野 正史
(72)【発明者】
【氏名】ファン ジョンハン
(72)【発明者】
【氏名】松原 賢
(72)【発明者】
【氏名】三富 将敬
【審査官】
木下 直哉
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−060183(JP,A)
【文献】
特開2009−185312(JP,A)
【文献】
特開2014−183199(JP,A)
【文献】
特開2016−086124(JP,A)
【文献】
特開2009−147176(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/33
H01F 1/26
H01F 27/255
H01F 41/02
B22F 1/02
B22F 3/00
B22F 3/24
C01B 33/20
C01G 49/00
C22C 19/07
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子の表面に、熱硬化性樹脂であるシリコーン樹脂を塗布する塗布工程と該塗布工程後のシリコーン樹脂を熱硬化させる硬化工程とからなる樹脂被覆工程と、
該熱硬化させたシリコーン樹脂の表面または内部に、MyFe3-yO4(0<y≦1/M:MnおよびZnを少なくとも含む2価の陽イオンとなる金属元素)で表されるスピネル型フェライトを生成するフェライト生成工程と、
を備える磁心用粉末の製造方法。
【請求項2】
前記フェライト生成工程は、前記シリコーン樹脂の表面に、フェライト生成液を噴霧する噴霧法によりなされる請求項1に記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項3】
前記Mは、Ni、MgまたはCuの一種以上をさらに含む請求項1または2に記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項4】
前記yは、0.1≦y≦0.5である請求項1〜3のいずれかに記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法で得られた磁心用粉末を加圧成形する成形工程と、
前記成形工程で得られた成形体を400〜900℃で加熱する焼鈍工程と、
を備える圧粉磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性粒子からなる圧粉磁心等に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器(トランス)、電動機(モータ)、発電機、スピーカ、誘導加熱器、各種アクチュエータ等、電磁気を利用した製品が多い。これらは、交番磁界を利用したものが多く、局所的に大きな交番磁界を効率的に得るために、通常、磁心(軟磁石)をその交番磁界中に設けている。
【0003】
磁心には、交番磁界中における高磁気特性のみならず、交番磁界中で使用したときの高周波損失(以下、磁心の材質に拘らず単に「鉄損」という。)が少ないことが求められる。鉄損には、渦電流損失、ヒステリシス損失および残留損失があり、中でも交番磁界の周波数の2乗に比例して高くなる渦電流損失の低減が重要である。
【0004】
渦電流損失の低減を図る磁心として、隣接する粒子間(粒界)に絶縁層を設けた軟磁性粒子(磁心用粉末の各粒子)からなる圧粉磁心がある。圧粉磁心は、形状自由度も高いため、種々の電磁機器に利用されている。圧粉磁心の絶縁層は、一般的に、樹脂、セラミックス、ガラス等により構成されるが、非磁性な絶縁層は、その分だけ圧粉磁心の磁気特性(飽和磁束密度や透磁率等)を低下させ得る。このため、磁性材であるスピネル型フェライト(単に「フェライト」ともいう。)を絶縁層とした圧粉磁心が提案されており、これらに関連する記載が下記の特許文献1〜3にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−151813号公報
【特許文献2】特開2016−127042号公報
【特許文献3】特開2016−86124号公報
【特許文献4】特開2009−246256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
もっとも、ヒステリシス損失低減のために圧粉磁心に歪取り熱処理(焼鈍)を施す場合、フェライトからなる絶縁層は軟磁性粒子から拡散してくるFeによって、低抵抗なFe
3O
4やFeOへ変質し得る。このため、絶縁層をフェライトとした圧粉磁心は、必ずしも比抵抗が十分に高いとはいえなかった。
【0007】
なお、特許文献4は、Mg含有酸化物被覆軟磁性粒子に、バインダー溶液(シリコーンレジン)とZnO粉末を混合したものを圧縮成形した後、焼成、高温スチーム処理して得られる複合軟磁性材(圧粉磁心)を提案している。ここで形成される粒界層は、[MgZnFe]Fe
2O
4+SiO
2からなる(特許文献4の
図5、[0042]参照)。この場合も、熱処理後の圧粉磁心の比抵抗が必ずしも高くないことは、特許文献1〜3の場合と同様である。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる新たな絶縁層を軟磁性粒子の粒界に有する高比抵抗な圧粉磁心等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、軟磁性粒子の粒界に従来とは異なる新たな絶縁層を形成することにより、熱処理後でも高い比抵抗が確保される圧粉磁心を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《圧粉磁心》
本発明の圧粉磁心は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子の隣接間にある粒界層とを備える圧粉磁心であって、前記粒界層は、M
xFe
2-xSiO
4(0≦x≦1/M:2価の陽イオンとなる金属元素の一種以上)からなる化合物層を有する。
【0011】
本発明の圧粉磁心は、高温環境に曝されたり、長期使用されても、高比抵抗を安定的に発揮し得る。例えば、加圧成形時に軟磁性粒子へ導入された歪みを除去する目的で熱処理(焼鈍)後でも、絶縁性があまり低下せず、圧粉磁心の高比抵抗が安定的に確保され得る。従って、本発明の圧粉磁心によれば、粒界層の高絶縁性による渦電流損失の低減と、軟磁性粒子の低保磁力化によるヒステリシス損失の低減とを高次元で両立でき、ひいては鉄損を確実に低減できる。
【0012】
《磁心用粉末》
(1)本発明は、圧粉磁心の原料となる磁心用粉末としても把握できる。すなわち本発明は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子の表面を被覆する被覆層とを有する被覆粒子からなる磁心用粉末であって、前記被覆層は、シリコーン樹脂の表面または内部に、M
yFe
3-yO
4(0≦y≦1/M:2価の陽イオンとなる金属元素の一種以上)で表されるスピネル型フェライトが分散した複合相からなる磁心用粉末でもよい。
【0013】
本発明の磁心用粉末を用いて加圧成形した成形体(圧粉体)を熱処理(例えば、歪取り焼鈍)すると、第1相であるシリコーン樹脂と第2相であるフェライト(M
yFe
3-yO
4)が反応して、上述したM
xFe
2-xSiO
4からなる化合物層が軟磁性粒子の粒界に形成される。こうして上述した圧粉磁心を得ることができる。
【0014】
(2)本発明は、さらに、次のような磁心用粉末としても把握できる。すなわち本発明は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子と該軟磁性粒子の表面を被覆する被覆層とを有する被覆粒子からなる磁心用粉末であって、前記被覆層は、M
xFe
2-xSiO
4(0≦x≦1/M:2価の陽イオンとなる金属元素の一種以上)からなる化合物層である磁心用粉末でもよい。
【0015】
本発明の磁心用粉末は、既に高抵抗なM
xFe
2-xSiO
4からなる化合物層で被覆された軟磁性粒子からなる。この磁心用粉末からなる圧粉磁心は、熱処理されるまでもなく、高い比抵抗を発揮し得る。勿論、その後に歪取り焼鈍等がされても、化合物層は耐熱性にも優れるため、圧粉磁心は高比抵抗を発揮し得る。
【0016】
《磁心用粉末の製造方法》
上述した磁心用粉末は、例えば、次のような製造方法により得られる。すなわち、純鉄または鉄合金からなる軟磁性粒子の表面をシリコーン樹脂で被覆する樹脂被覆工程と、該シリコーン樹脂の表面または内部に、M
yFe
3-yO
4(0≦y≦1/M:2価の陽イオンとなる金属元素の一種以上)で表されるスピネル型フェライトを生成するフェライト生成工程と、を備える磁心用粉末の製造方法である。
【0017】
この場合、軟磁性粒子の被覆層を上述した複合相とする被覆粒子からなる磁心用粉末が得られる。この被覆粒子に熱処理をさらに施すと、被覆層を上述した化合物層とする被覆粒子からなる磁心用粉末が得られる。
【0018】
《圧粉磁心の製造方法》
本発明の圧粉磁心は、例えば、上述した磁心用粉末を加圧成形する成形工程を備える製造方法により得られる。磁心用粉末(被覆粒子)の被覆層が複合相からなるときは、さらに、成形工程で得られた成形体を400〜900℃で加熱する焼鈍工程を行うことにより、上述した化合物層を粒界に有する圧粉磁心が得られる。磁心用粉末(被覆粒子)の被覆層が複合相からなるときでも、焼鈍工程を行うことにより、圧粉磁心のヒステリシス損失の低減を図れる。なお、焼鈍工程は非酸化雰囲気中でなされると好適である。
【0019】
《その他》
(1)本明細書では、金属元素が単種のみならず、複数種である場合も、便宜的に「M」と略記する。Mが複数種の金属元素を意味する場合、組成割合(原子比率)を示す「x」、「y」は、各金属元素の合計を示す。例えば、MがMnとZnであるとき、「Mx」はMn
x1Zn
x2、x=x1+x2、0<x1・x2を意味する。なお、M
xFe
2-xSiO
4に係る「x」と、M
yFe
3-yO
4に係る「y」とは、同じでも異なっていてもよい。
【0020】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「α〜β」は下限値αおよび上限値βを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明に係る化合物層の生成過程を示す模式図である。
【
図2】各試料に係る圧粉磁心の熱処理前・後の比抵抗を示す棒グラフである。
【
図3】試料1に係る圧粉磁心の粒界層の断面をTEM観察して得られた元素マッピング像である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の圧粉磁心や磁心用粉末のみならず、それらの製造方法にも適宜該当し得る。方法に関する内容も、物に関する構成要素となり得る。
【0023】
《化合物層》
化合物層はM
xFe
2-xSiO
4(単に「本化合物」ともいう。)からなる。本化合物は、ファイアライト(Fe
2SiO
4)と同様な斜方晶系の結晶構造からなる。
【0024】
本化合物に含まれる金属元素(M)は、Fe(x=0に相当)の他、Mn、Zn、Ni、MgまたはCuの一種以上でもよい。Mがそのような金属元素Mであると、ファイアライトと同様な結晶が生成され易くなる。特に、0<xのとき、MはMnまたはZnの一種以上を含むか、さらには、MがMnおよび/またはZnからなるとよい。この点は、後述するフェライト(M
yFe
3-yO
4)についても同様である。なお、x、yは、例えば、0<x、y<1、0.1≦x、y≦0.7、0.2≦x、y≦0.5ともできる。
【0025】
化合物層は、軟磁性粒子の表面(さらに全面)を膜状に被覆するように存在しているほど、圧粉磁心の高比抵抗化を安定して図れる。化合物層の厚さは、例えば、10〜500nmさらには20〜100nmであると好ましい。厚さが過小では圧粉磁心の比抵抗が低下し、厚さが過大では圧粉磁心の磁気特性が低下し得る。
【0026】
《シリコーン樹脂》
シリコーン樹脂は、化合物層の生成原料であり、シロキサン結合(−Si−O−Si−結合)を有する高分子化合物である。シリコーン樹脂は、加熱後により軟化しやすく、軟磁性粉末と高い密着性が得られる点で、加熱硬化型樹脂(単に「熱硬化性樹脂」という。)であると好ましい。
【0027】
シリコーン樹脂には、レジン系をはじめ、シラン化合物系、ゴム系シリコーン、シリコーンパウダー、有機変性シリコーンオイル、またはそれら複合物など、種々のものがある。レジン系のコーティング用シリコーン樹脂、すなわち、シリコーンのみで構成されているストレートシリコーンレジンあるいはシリコーンと有機系ポリマー(アルキド、ポリエステル、エポキシ、アクリルなど)とで構成されている変性用シリコーンレジンなどを用いると、電気絶縁性、コーティング(樹脂被覆工程)の簡便性等を図れてよい。
【0028】
シリコーン樹脂の具体例として、例えば、東レダウコーニングシリコーン社製の、804RESIN、805RESIN、806ARESIN、840RESIN、SR2400、Z-6018、217FLAKE、220FLAKE、233FLAKE、249FLAKE、SR2402、QP8-5314、SR2306、SR2316、SR2310、SE5060、SE5070、SE5004、SR2404などが挙げられる。
【0029】
また、信越化学工業(株)社製のKR251、KR500、KR400、KR255、KR271、KR282、KR311、KR213、KR220、KR9218、KR5230、KR5235、KR114A、KR169、KR2038、K5206、KR9706、ES1001N、ES1002T、ES1023、KP64、KP851などが挙げられる。勿論、これらの銘柄以外のシリコーン樹脂であってもよい。さらに種類、分子量、官能基が異なる2種類以上のシリコーン樹脂を、適当な割合で混合したシリコーン樹脂を使用してもよい。
【0030】
シリコーン樹脂は、軟磁性粉末全体(100質量%/100質量部)に対して、例えば、0.1〜1質量%さらには0.15〜0.6質量%である。シリコーン樹脂が過少では、必要な化合物層が形成されず、過多になると圧粉磁心の磁気特性が低下し得る。なお、フェライトを付与された磁心用粉末全体でいうと、シリコーン樹脂は0.05〜0.8質量%さらに0.1〜0.5質量%とするとよい。
【0031】
《スピネル型フェライト》
フェライトも化合物層の生成原料であり、2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとOにより、M
yFe
3-yO
4(0≦y≦1、好ましくはy=1)で表される酸化鉄(セラミックス)の一種である。
【0032】
フェライトは、
図1に示すように、磁心用粉末(被覆粒子)の段階で、シリコーン樹脂の表面または内部に分散している。従って、膜状または層状のシリコーン樹脂からなる第1相(マトリックス相)中に、微細な粒子状のフェライトからなる第2相が分散した複合相が、軟磁性粒子の表面に形成された状態となっている。その複合相が加熱されることにより、シリコーン樹脂とフェライトが反応して、略均一的な膜状または層状のM
xFe
2-xSiO
4が軟磁性粒子を覆うように、その表面または圧粉磁心の粒界に形成されるようになる。
【0033】
なお、磁心用粉末の段階では、フェライトがシリコーン樹脂の表面上に生成(分散)している状態であっても、その磁心用粉末を加圧成形すると、フェライトはシリコーン樹脂の内部に埋入するようになると考えられる。少なくとも焼鈍後の圧粉磁心の段階では、シリコーン樹脂とフェライトが全体的に反応して、M
xFe
2-xSiO
4からなる略均一的な化合物層が形成されると考えられる。
【0034】
《軟磁性粒子(軟磁性粉末)》
軟磁性粒子は純鉄または鉄合金からなる。純鉄粉は、高い飽和磁束密度が得られ、圧粉磁心の磁気特性の向上を図り易い。鉄合金粉として、例えば、Si含有鉄合金(Fe−Si合金)粉を用いると、Siによりその電気抵抗率が高められ、圧粉磁心の比抵抗の向上ひいては渦電流損失の低減も図られる。
【0035】
この他、軟磁性粉末は、Fe−49Co−2V(パーメンジュール)粉、センダスト(Fe−9Si−6Al)粉等でもよい。軟磁性粉末は、二種以上の粉末を混合したものでもよく、例えば、純鉄粉とFe−Si合金粉の混合粉末等でもよい。
【0036】
軟磁性粒子の粒度は、圧粉磁心の仕様に応じて調整され得るが、軟磁性粉末の粒度は50〜300μmさらには106〜250μmであると好適である。粒度が過大では圧粉磁心の低密度化や渦電流損失の増大を招き易く、粒度が過小では圧粉磁心の磁束密度の低下やヒステリシス損失の増大を招き易い。
【0037】
なお、本明細書でいう「粒度」は、軟磁性粒子のサイズを指標し、篩い分けにより特定される。具体的には、篩い分けに用いたメッシュサイズの上限値(d1)と下限値(d2)により、d1〜d2またはd2〜d1のようにして粒度(D)が示される。
【0038】
軟磁性粉末は、例えば、アトマイズ法、機械的粉砕法、還元法等により得られる。アトマイズ粉は、水アトマイズ粉、ガスアトマイズ粉、ガス水アトマイズ粉のいずれでもよい。粒子が略球状であるアトマイズ粉(特にガスアトマイズ粉)は、圧粉磁心の成形時に被膜の破壊等がされ難く、圧粉磁心の高比抵抗化に寄与する。
【0039】
《磁心用粉末の製造方法》
(1)樹脂被覆工程
樹脂被覆工程は、シリコーン樹脂を軟磁性粒子の表面に塗布することにより行える。シリコーン樹脂の塗布は、例えば、噴霧法や浸漬法等により行える。シリコーン樹脂は、軟磁性粒子の表面を薄く被覆すれば十分であるため、その粘度にも依るが、通常は、溶媒で希釈した樹脂溶液を用いると好ましい。
【0040】
シリコーン樹脂が熱硬化性樹脂である場合、樹脂被覆工程は、軟磁性粒子の表面にシリコーン樹脂を塗布する塗布工程と、その塗布工程後のシリコーン樹脂を熱硬化させる硬化工程とからなると好ましい。硬化工程により、軟磁性粒子の表面へのシリコーン樹脂の密着性の向上を図ることができる。なお、塗布工程後で硬化工程前に乾燥工程を別途行ってもよいし、硬化工程が乾燥工程を兼ねてもよい。シリコーン樹脂の種類にも依るが、硬化工程は150〜300℃さらには200〜250℃で30〜60分間程度行うとよい。なお、乾燥工程を別途行うときは、その加熱温度を60〜150℃さらには100〜120℃とするとよい。
【0041】
(2)フェライト生成工程(フェライトめっき工程)
フェライト生成工程は、例えば、被処理粉末(軟磁性粉末)を反応液(生成液)に浸漬する水溶液法(参照文献:特開2013−191839号公報)、被処理粉末に反応液を噴霧する噴霧法(参照文献:特開2014−183199号公報)、尿素を含む反応液を用いる一液法(参照文献:特開2016−127042号公報)等により行える。いずれの方法によっても、本発明に係るフェライトを生成することが可能である。
【0042】
フェライト生成工程は、フェライトの膜厚等に応じて繰り返してなされてもよい。また、フェライト生成工程後、不要物を除去する洗浄工程を行ってもよい。洗浄工程は、アルカリ性水溶液、水、エタノール等を用いてなされる。洗浄される不要物は、被膜形成に寄与しなかったフェライト粒子、処理液(反応液、pH調整液)に含まれていた塩素やナトリウム等である。さらに、洗浄工程後に粉末を乾燥させてもよい。乾燥工程は、自然乾燥よりも加熱乾燥されると、磁心用粉末が効率的に製造される。
【0043】
(3)M
xFe
2-xSiO
4からなる化合物層で被覆された被覆粒子からなる磁心用粉末を製造するときは、フェライト生成工程後の粉末をさらに加熱するとよい。例えば、フェライト生成工程の粉末が、非酸化雰囲気中で400〜900℃さらには600〜750℃で加熱されるとよい。
【0044】
《圧粉磁心の製造方法》
(1)成形工程
磁心用粉末は、高圧で成形されるほど、高密度で高磁束密度の圧粉磁心が得られる。但し、過大な成形圧力は、生産性の低下やコストの増加を招く。そこで成形圧力は600〜1600MPaさらには800〜1200MPaで調整されるとよい。なお、金型潤滑温間高圧成形法(日本特許公報特許3309970号公報、日本特許4024705号公報等に詳細)を用いると、金型寿命を延しつつ超高圧成形が可能になる。
【0045】
(2)焼鈍工程
焼鈍工程により、成形工程で軟磁性粒子へ導入される歪みが除去され、その歪みに起因したヒステリシス損失が低減される。複合相で被覆された軟磁性粒子(被覆粒子)からなる磁心用粉末を用いた場合、その焼鈍工程により、M
xFe
2-xSiO
4からなる化合物層が圧粉磁心の粒界層として形成される。
【0046】
焼鈍工程は、例えば、非酸化雰囲気中で、400〜900℃さらには600〜750℃として、0.1〜2時間さらには0.5〜1時間加熱するとよい。なお、本明細書でいう非酸化雰囲気は、不活性ガス雰囲気、窒素ガス雰囲気、真空雰囲気等である。
【0047】
《圧粉磁心》
圧粉磁心は、比抵抗(特に焼鈍後の比抵抗)が100μΩm以上、1000μΩm以上さらには10000μΩm以上であると好ましい。
【0048】
圧粉磁心は、例えば、モータ、アクチュエータ、トランス、誘導加熱器(IH)、スピーカ、リアクトル等の電磁機器に利用され得る。特に電動機または発電機の電機子(回転子または固定子)を構成する鉄心に用いられると好ましい。
【実施例】
【0049】
軟磁性粒子の被覆層が異なる磁心用粉末をそれぞれ用いて圧粉磁心を製造し、各圧粉磁心の特性を測定すると共に粒界層の組織を観察した。このような実施例に基づいて、本発明をより具体的に説明する。
【0050】
《磁心用粉末の製造》
(1)軟磁性粉末(原料粉末)
軟磁性粉末として、純鉄からなるガスアトマイズ粉を用いた。その粒度は、212〜106μmとした。粒度の特定は前述した通りである。
【0051】
(2)樹脂被覆工程
熱硬化性樹脂であるシリコーン樹脂(信越化学工業株式会社製 信越シリコーンKR220L)を、イソプロピルアルコールに溶解させた樹脂溶液を調製した。この樹脂溶液を、加熱(60〜100℃)および撹拌している原料粉末に対して噴霧塗布した(塗布工程)。噴霧量は、原料粉末(100質量%)に対してシリコーン樹脂が0.2質量%となるように調整した。
【0052】
塗布工程後の原料粉末を窒素雰囲気中で220℃×60分間加熱した。これにより軟磁性粒子の表面に塗布したシリコーン樹脂層を熱硬化させた。
【0053】
(3)フェライト生成工程
樹脂被覆工程後の軟磁性粉末を、マントルヒーターにより大気中で130℃に加熱しつつ撹拌し、その粉末へフェライト生成液(反応液)を噴霧した。生成液として、次の2種類を用意した。一方の生成液は、モル比で0.5:0.5:2に秤量した塩化マンガン(MnCl
2)、塩化亜鉛(ZnCl
2)および塩化鉄(FeCl
2)をイオン交換水に溶解させて調製した(試料1)。他方の生成液は、塩化鉄(FeCl
2)のみをイオン交換水に溶解させて調製した(試料2)。これらの生成液はpH8とした。
【0054】
各生成液を噴霧した処理後の粉末を純水で洗浄し(洗浄工程)、100℃に加熱して乾燥させた(乾燥工程)。こうして、軟磁性粒子を被覆するシリコーン樹脂層(第1相)上に、Mn
0.5Zn
0.5Fe
2O
4 (試料1)またはFe
3O
4(試料2)からなるフェライト層(第2相)をさらに生成した(フェライト生成工程)。こうして、シリコーン樹脂層とフェライト層からなる被覆層(複合相)を有する軟磁性粒子(被覆粒子)からなる磁心用粉末を得た(試料1、2)。なお、フェライト生成工程は、特開2014−183199号公報の記載も参照して行った。
【0055】
(4)比較試料
比較試料として、上述した樹脂被覆工程を施さずに、試料1と同じ生成液を用いてフェライト生成工程のみを行った磁心用粉末も製造した(試料C1)。
【0056】
《圧粉磁心の製造》
(1)成形工程
各試料に係る磁心用粉末を金型潤滑温間高圧成形法(参照文献:特許3309970号公報、特許4024705号公報)により、1200MPaで成形した。こうしてリング形状(40×30×4mm)の成形体を得た。
【0057】
(2)焼鈍工程
各試料に係る成形体を加熱炉に入れて、窒素雰囲気(非酸化雰囲気)中で600℃×1時間加熱した。こうして各試料に係る圧粉磁心を得た。
【0058】
《測定》
各試料に係る焼鈍工程前・後の圧粉磁心の比抵抗を、それぞれデジタルマルチメータ(株式会社エーディーシー製R6581)を用いて4端子法(JIS K7194)により測定した。得られた測定結果を
図2に示した。
【0059】
《観察》
各試料に係る圧粉磁心の断面(主に粒界層)を、透過型電子顕微鏡(TEM)およびエネルギー分散型X線分光法(EDX)により観察した。これにより得られた元素マッピング像の一例(試料1)を
図3に示した。
【0060】
《評価》
(1)比抵抗と保磁力
図2から明らかなように、熱処理(焼鈍)前および熱処理後の両方で、試料1、2は試料C1よりも高い比抵抗を示した。特に、熱処理後を比較すると明らかなように、試料C1の比抵抗は100μΩm未満にまで急減したのに対して、試料1、2の比抵抗は10
5μΩm前後という非常に高い状態が維持されていることがわかった。
【0061】
従って、試料1、2に係る熱処理後の圧粉磁心を用いれば、渦電流損失の低減とヒステリシス損失の低減を高次元で両立でき、ひいては鉄損が大幅に低減され得る。
【0062】
(2)粒界層の組織
図3から明らかなように、試料1の粒界層は、Fe、Si、O、MnおよびZnからなり、その厚さは約70nmであった。また、その組成分析結果から、粒界層は、(Mn、Zn)
xFe
2-xSiO
4(x=約0.2)からなる化合物層であることが確認された。同様に、試料2の粒界層も、Fe
2SiO
4(x=0)からなる化合物層であることを確認している。
【0063】
以上から、M
xFe
2-xSiO
4からなる化合物層を軟磁性粒子の粒界に有する本発明の圧粉磁心は、渦電流損失とヒステリシス損失を共に低減でき、鉄損を十分に抑制できることが明らかとなった。