(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
2011年3月11日の東日本大震災以降、福島第一原子力発電所では、多くの作業員により、原子炉の安定化や廃炉に向けた作業が行われている。この作業においては、放射性物質が体内へ取り込まれることを防止するため、必要に応じて作業員は作業用マスク、手袋などを着用することが義務付けられている。
【0003】
作業用マスクとして用いられるのは、多くの場合、ゴム系の面体に樹脂製アイピースなどが取り付けられたもので、顔全体を覆う全面マスクである。このほか、口と鼻の部分のみをカバーする半面マスクなども存在する。全面マスクや半面マスクは使い捨てではなく、一日の作業が終了すると洗浄して次回の使用に供され、これが繰り返される。
【0004】
かかるマスクは、放射線管理区域で使用されるため、一旦持ち込まれると、その後、これを管理区域外に持ち出すには手間がかかる。また、使用済みのマスクには放射性物質が付着している可能性があるため、汚染確認を行い、マスクの洗浄を充分に行う必要がある。よって、これらのマスクは当該発電所で一括管理され、使用済みのマスクは一括して洗浄され、作業員はこれを利用することになる。
【0005】
例えば、福島第一原子力発電所のように大規模な作業が行われ、一日あたり数千名の作業員が作業にあたるような場合、使用済みのマスクは一日に数千個になる。そのため、マスクの洗浄は極めて効率よく行う必要がある。
【0006】
マスクの洗浄方法や洗浄装置としては、特許文献1や特許文献2の発明などが提案されている。しかしながら、これら従来の方法や装置は、一度に洗浄するマスクの個数として数個〜せいぜい20個程度を想定するものであり(両文献の明細書の記載のほか、特許文献1の
図1、特許文献2の
図6など参照)、上記のように連日数千個の大量のマスクの洗浄を要する場合に適用ないし導入することは困難である。
【0007】
現在、福島第一原子力発電所では、マスクをまず水洗いし、次に乾燥させた後、多くの人手によりアルコール拭きするという洗浄方法がとられている(非特許文献1及び
図6参照)。この洗浄方法によれば、水洗いにより汚れが落とされ、アルコールにより除菌もなされる。
【0008】
しかし、作業用マスクは、顔の側面に密着させ、空気漏れ(吸い込み時)のない状況で使用されるものであり、特に夏季など気温が高い状況で作業が行われる場合などは、マスク内に汗が溜まるほどになる。マスクに付着した汗や皮脂は残存するため、従来の洗浄方法によると、洗浄後のマスクでも、臭気が気になる場合があった(非特許文献2)。また、臭気を除去するのであれば、そのための工程は別途設ける必要があった。
【0009】
また、従来の洗浄方法では、殺菌やウイルスの不活性化を十分に行うことができない場合があった。例えばノロウイルスについては、感染した作業員の呼気(唾液の飛沫など)からノロウイルスがマスクに付着した場合、これを除去・不活化するのには不十分であり(非特許文献3)、現在、福島第一原子力発電所では、マスクを通じたノロウイルスによる感染が懸念される場合は、別途、塩素系殺菌剤を用いて紙ウエスにてマスクの拭き取りを行い感染の拡大防止を図っている。
【0010】
のみならず、従来の洗浄方法における除菌は手作業でのアルコール拭きにより行われることから、そもそも洗浄に手間と時間がかかり、例えば上記のように一日あたり数千名の作業員が作業にあたる場合、相当数のマスクを用意し、短期間のサイクルで「使用→チェック→洗浄→乾燥→アルコール拭き→チェック→保管→使用」を繰り返す必要があるため、工程全体の効率にも問題があった。
【0011】
また、上記アルコール拭きで使用した紙ウエスは、放射線管理区域内で発生した廃棄物であり、廃棄物として発電所内で処理しなければならない。
【0012】
更に、マスク洗浄に用いられた水は浄化処理されて貯蔵タンクに移送し保管されるので、マスク洗浄に用いられた排水の量が増えるのに伴って増加するその貯蔵タンクの保管場所をいかに確保するかが問題となっていた。
【0013】
以上のような諸問題はあるものの、上記のとおり連日数千個の大量のマスクを洗浄しなければならないことに加え、作業用マスクは皮膚に接触するため人体への安全面へ十分配慮する必要があること、洗浄においてマスクの部材(特にマスクゴム材料)の劣化を防止する必要があること、原子力発電所においては排水を処理する多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System)に対する負担を最小限に抑える必要があることなど、作業用マスクの洗浄には特有の事情が存するため、例えば薬液等の選択には慎重とならざるを得ず、従来の洗浄方法に代わる有効な手段は見出されてこなかった。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の人体装着品の洗浄方法に係る実施形態につき、原子力発電所における作業用マスクを例として図面を参照しながら説明する。
【0021】
(実施形態1)
使用済みマスクには、付着した汚れ(人の汗、皮脂、粉塵など)が十分に洗浄されないことによって発生する臭気と、付着した細菌やウイルスが残存することによる感染の問題がある。多数の使用済みマスクにつきこれらの問題に対処しつつ同時に洗浄処理を行うため、本発明においては、以下に述べるように異なる工程を順次用いる。
【0022】
本発明の方法を用いたマスク洗浄の流れを表すチャート図を
図1に示す。本発明においては、第1工程として、使用済みマスクをアルカリ性電解水により洗浄する。本発明におけるアルカリ性電解水には、電解によって生成する機能水としてのアルカリ性電解水を用いる。アルカリ性電解水は、たんぱく質を溶解させ、皮脂などの脂質類について洗浄できるようにするため、石鹸水と同程度のpHとする。すなわち、本発明に用いるアルカリ性電解水のpHは、pH9.5〜pH11.5の範囲とする。脂質などに対する溶解が高くなることから、アルカリ性電解水のpHは大きいものが好ましい。
【0023】
アルカリ性電解水を洗浄用のシンクに収め、使用済みのマスクを随時投入し、この洗浄用シンクのアルカリ性電解水に浸漬させる。浸漬は、一度に複数(多数)行うことができ、洗浄用シンクのサイズを大きくすることで、一度に浸漬できるマスクの個数を増やすことができる(例えば数十〜数百個単位)。浸漬時間はアルカリ性電解水のpHやマスクの汚れ具合などにより適宜決することができる。また、加圧したアルカリ性電解水でシャワー洗浄することにより、洗浄効果は更に増す。
【0024】
第1工程により、後述の第2工程に先立ち、臭気の元となる脂質類を取り除くと共に、粉塵などの汚れも取り除くことができる。
【0025】
次に、第2工程により、マスクに付着した細菌やウイルスを殺菌ないし不活性化する。
【0026】
ここで、大量の使用済みマスクを殺菌する方法として従来用いられているアルコール除菌は、多くの細菌やインフルエンザウイルスなどに有効であるが、例えばノロウイルスを不活性化することはできない。
【0027】
一方、殺菌やノロウイルス不活化対策としては、一般に次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm、1000ppm)が用いられており、効果も実証されている。しかしながら、これをマスクに使用することは、毒性、臭い、肌荒れの観点から問題がある。のみならず、次亜塩素酸ナトリウムは、マスクゴム材料などを劣化させてしまうため、当該溶液を上記のような作業用のマスクに使用することはできない。
【0028】
本発明においては、殺菌ないしウイルスを不活性化するために、電解によって生成される機能水としての微酸性電解水を用いる。発明者らは、微酸性電解水である微酸性の次亜塩素酸水がマスクゴム材料などを劣化させない点のみならず、ノロウイルス類縁ネコカリシウイルス(以下、「ノロウイルス」という。)を用いた実験により、ノロウイルスに対する微酸性電解水の効果につき以下の点を見出した。
【0029】
微酸性電解水のノロウイルスに対する不活性化効果について行った実験(実験1)の概要・結果を以下の表1に示す。
表1
*感染対数減少値=log(感染価)
*作用時間3分
【0030】
また、この実験における有効塩素濃度と感染価対数減少値の関係をグラフ化したものを
図3に示す。
【0031】
表1及び
図3において示されるとおり、微酸性電解水中の有効塩素濃度が24.3ppmの場合に感染価対数減少値は 0.841であった。微酸性電解水中の有効塩素濃度を上昇させていくと感染価対数減少値に変化がみられ、有効塩素濃度が38.9ppmのときに感染価対数減少値が(実験条件から最大となる) 4.188に達した。有効塩素濃度をこれ以上高めた場合も、感染価対数減少値は変化せず、例えば有効塩素濃度が53.1ppmの場合も、82.8ppmの場合も、有効塩素濃度が38.9ppmの場合と同じく感染価対数減少値は(実験条件から最大となる) 4.188であった。
【0032】
上記実験結果から、微酸性電解水の有効塩素濃度が38.9ppmのときに感染価対数減少値は最大値に達し、有効塩素濃度がこれ以上高くても感染価対数減少値は変化しないことが判明した。従って、微酸性電解水の有効塩素濃度を38.9ppm以上に設定すれば、感染価対数減少値の最大値が得られるといえる。感染価対数減少値の最大値 4.188は、ノロウイルスに対する不活性化効果が十分に得られるものであることから、微酸性電解水の有効塩素濃度を38.9ppm以上とすることにより、ノロウイルスに対する不活性化効果が確実に得られることとなる。
【0033】
一方、洗浄したマスクは肌に直接触れることから、有効塩素濃度の人体に対する影響を考慮するのが適切であり、かかる安全性においては微酸性電解水の有効塩素濃度を80ppm以下とするのが好適である。なお、食品添加物の殺菌剤として認められる微酸性電解水の有効塩素濃度においても80ppmまでは認められている(食品、添加物等の規格基準の一部を改正する平成24年厚生労働省告示第345号)。
【0034】
以上から、本発明の微酸性電解水の有効塩素濃度の範囲は38.9ppm〜80ppmとするのが好適である。
【0035】
微酸性電解水のpHは、液中の有効塩素濃度残存率が高い範囲内(約85%以上のpH2.5〜pH6.5)を前提とし、人体への安全性の面からpH5.0〜pH6.5の微酸性とするのが適切である。
【0036】
微酸性電解水は、ノロウイルス以外のウイルスや菌に対しても殺菌効果や不活性化効果を発揮する。例えば、有効塩素濃度38.9ppmの微酸性電解水の場合、黄色ブドウ球菌、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、サルモネラ菌、腸炎ビブリオ菌、腸管出血性大腸菌、カンピロバクター菌、カンジダ(真菌)、インフルエンザウイルスに対しては、接触時間10秒で殺菌又は不活性化の効果が生じる。また、有効塩素濃度60ppm、pH6.0の微酸性の微酸性電解水の場合、インフルエンザA型ウイルスに対し、0.5分以上の接触時間でTCID50/mlが<40である。その他、微酸性電解水は、セレウス菌、耐熱性芽胞菌、枯草菌、ボツリヌス菌、大腸菌O157:H7、レジオネラ菌、乳酸菌(球菌)、リステリア菌、牛結核菌、緑膿菌、セラチア菌、赤痢菌、コレラ菌、軟腐病菌、エルシニア菌、クロコウジカビ、タマネギ灰色腐敗病菌、トマト灰色かび病菌、トマト萎凋病菌、ケカビ、イネいもち病菌、サッカロマイセス等に対する殺菌ないし不活性効果が確認されている。
【0037】
更に、強アルカリ性電解水(AKD)で処理後、強酸性電解水(SAD) を作用させる方式は、消毒薬抵抗性がより高いといわれる非定型抗酸菌の洗浄消毒に対しても効果的であることから、まずアルカリ性電解水により洗浄し、その後微酸性電解水で洗浄する本発明によれば、抗酸菌である結核菌に対しても殺菌効果を得られることが考えられる。
【0038】
上記のとおり、本発明の微酸性電解水は、各種細菌、ウイルスに対し十分な殺菌効果ないし不活性効果が得られ、毒性、臭い、肌荒れの点で問題がない。また後述のとおり、マスクゴム材料などを劣化させることもない。
【0039】
洗浄用のシンクに微酸性電解水を収め、第1工程により処理されたマスクを浸漬させる。浸漬は一度に複数(多数)行うことができ、洗浄用シンクのサイズを大きくすることで、一度に浸漬できるマスクの個数を増やすことができる(例えば数十〜数百個単位)。浸漬時間は、微酸性電解水の有効塩素濃度やpH、マスクの汚れ具合などにより適宜決することができる。また、加圧した微酸性電解水でシャワー洗浄することにより、洗浄効果は更に増す。
【0040】
臭気の元となるのは、たんぱく質、皮脂などの脂質類であり、これらに菌が作用することによって臭気が発生する。本発明によれば、まずアルカリ性電解水を用いた第1工程によりたんぱく質や脂質を洗浄し、次に微酸性電解水を用いた第2工程によって殺菌することにより、臭気の発生を抑制することができる。
【0041】
(実験2)
アルカリ性電解水、微酸性電解水、水を用い、本発明の(1)油脂洗浄効果と、(2)ATP低減効果を確認するための実験(比較試験)を行った。
【0042】
上記(2)のATP低減効果を確認するための実験は、臭い低減効果の代替試験である。ATPはAdenosine triphosphate(アデノシン三リン酸)の略語であり、すべての生物のエネルギー源として細胞内(食品残渣など)に存在している化学物質である。ATPは、動物、食物、菌が有しており、そこから発生する体液のほか、死骸や食物残渣等にも存在する。ATPがあるということは、生物の痕跡があるということであり、菌の餌が存在する環境であることを意味している。ATPが熱や酵素の働きで分解するとAMP(Adenosine monophosphate、アデノシン一リン酸)になる。ATPやAMPは全ての細胞に存在するため、細胞や細胞に由来する汚染指標として用いられている。ATP量(及びAMP量)が多いと、汚れが多いと評価できる。ATP量(及びAMP量)が低減すると、汚れが除去されたと評価でき、臭いの低減効果が得られたと判断できる。本実験においては、ATP(+AMP)測定とし、ATP量に加えてAMP量も計測するため、より高感度の評価とすることができる。測定結果は、ATP(+AMP)と試薬が反応して生じた光の量(=発光量)を、RLU(Relative Light Unit)として示している。RLU値が大きいと、ATP量(及びAMP量)が多い(=汚れ及び臭いが多い)と判断できる。
【0043】
実験条件を以下に示す。
[1]洗浄水の性状
・アルカリ性電解水: pH11.53
・微酸性電解水: pH6.14、有効塩素濃度 57ppm
・水(以下「水」): 水道水
*温度は室温約25℃
[2]洗浄方法
・濯ぎ洗い: 5秒間(10回往復)
濯ぎ洗いとして、汚染材料を洗浄水の中で5秒間上下に振とうさせた。
・シャワー洗浄: 2秒間
[3]試験片(洗浄対象)
・ポリエチレンエラストマー(20mm×100mm×1mm)
[4]汚染材料
・オリーブオイル21.1gと、微生物(ドライ)6.2gを混合し、上澄みを使用した。この上澄み(汚染材料)を、上記[3]の試験片へ約0.1g付着させた。
[5]洗浄パターン
・以下の11通りにつき測定した。
[6]分析方法及び評価方法
(1)油脂洗浄効果については、重量評価とし、Chyo Balance Corp. Japan社の精密天秤(品番JL-180、最小メモリ0.0001g)を使用した。
(2)ATP低減効果については、ATP値による評価とし、微生物中のATP量を測定した。測定装置には、キッコーマンバイオケミファ株式会社のATP評価キットLumitester(品番PD-30)を使用した。
【0044】
実験結果は以下のとおりである。
(1)重量評価(油脂洗浄効果)
汚れの残存率(重量比%)を下記の表2及び
図7に示す。
表2
【0045】
上記結果から、油脂洗浄効果はアルカリ性電解水でシャワー洗浄する工程を含む1〜3の試験で顕著に高いことが分かった。また、アルカリ性電解水単独での洗浄(試験番号3)に比べて、後工程で微酸性電解水での洗浄工程を追加することで(試験番号1及び2)、更に油脂洗浄効果が高まることが確認された。
以上から、オイルを中心とする汚染物の洗浄手法として、洗浄方法(試験番号1〜11)の中では、アルカリ性電解水によるシャワー洗浄とその後工程として微酸性電解水による洗浄を組み合わせる手法(試験番号1、2)で、高い油脂洗浄効果が得られることが確認された。
【0046】
(2)ATP評価(ATP低減効果)
ATP値を下記の表3及び
図8に示す。なお
図8の「未」は「未洗浄の状態」を意味する。
表3
【0047】
上記結果から、ATP低減効果は、油脂洗浄効果と同様に、アルカリ性電解水でシャワー洗浄する工程を含む試験番号1〜3の試験で顕著に高く、アルカリ性電解水単独での洗浄(試験番号3)に比べて、後工程で微酸性電解水での洗浄工程を追加することで(試験番号1及び2)更に低減効果が高まることが確認された。
したがって、汚染材料のオリーブオイル中に溶けたATPに対する洗浄効果は、油脂洗浄効果と同様に、洗浄方法(試験番号1〜11)の中では、アルカリ性電解水によるシャワー洗浄とその後工程として微酸性電解水による洗浄を組み合わせる手法(試験番号1、2)で、高いATP低減効果(洗浄効果)が得られることが確認された。
【0048】
本実験の結果詳細を以下の表に示す。
表4
【0049】
(実験3)
次に、実際に使用される作業用マスクにつき、ATP残存率(臭い低減効果)を確認するための実験を行った。洗浄パターンとして、(1)水(水道水)により濯ぎ洗いで洗浄した場合、(2)アルカリ性電解水に浸漬してから濯ぎ洗いで洗浄した後、微酸性電解水に浸漬してから濯ぎ洗いで洗浄した場合、(3)アルカリ性電解水に浸漬してからシャワーで洗浄した後、微酸性電解水に浸漬してから濯ぎ洗いにより洗浄した場合について測定した結果を、下記表5及び
図9に示す。この実験では、マスク105個を洗浄し、それぞれランダムに14個選択したものを対象として測定した。
【0050】
実験条件は以下のとおりである。
[1]洗浄水の性状
・アルカリ性電解水: pH=11.5±1.0
・微酸性電解水: pH=6.0±0.5
有効塩素濃度75±5ppm
・水(以下「水」): 水道水
*各水温は常温(約20℃)
[2]洗浄方法
・濯ぎ洗い: 10秒間
・シャワー洗浄: 5秒間(マスク外面2秒、内面3秒。)
・浸漬: 60秒
洗浄後のATP残存率を下記の表5及び
図9に示す。
【0052】
上記結果から、アルカリ性電解水を用いて洗浄した後、微酸性電解水を用いて洗浄するとATP残存率が飛躍的に低下し、更に洗浄方法を改善(アルカリ性電解水によるシャワー洗浄)することでより高い効果が得られることが確認された。
【0053】
以上より、汚れ及び臭気の低減効果を確認するために、実験2により油脂洗浄効果とATP低減効果を評価し、更に、実験3によりATP残存率を評価した。これらの結果から、汚れ及び臭気を低減させる洗浄方法として、アルカリ性電解水を用いた洗浄と微酸性電解水を用いた洗浄をこの順序を行い、かつ、アルカリ性電解水を用いた洗浄にはシャワー洗浄を用いることが最も効果的であることが確認された。
【0054】
更に、微酸性電解水を用いた第2工程を行うことによって、毒性、臭い、肌荒れの問題を生じさせることなく、かつマスクゴム材料などを劣化させることなく、各種細菌の殺菌ないしウイルスの不活化を行うことができる。特に、ノロウイルスを不活性化することができるため、これまでの課題であったマスクを通じての感染拡大を防止することが可能となる。
【0055】
マスクゴム材料の劣化については、水道水、微酸性電解水、アルカリ性電解水に、それぞれポリウレタン製のしめひも(マスクに使用される部材中最も酸、アルカリに弱い)を連続浸漬させた後、切断時引張強さ(MPa)と、切断時伸び(%)を測定した。
【0056】
切断時引張強さ(MPa)の測定結果を
図10に示す。浸漬時間開始時(0時間)→1時間→12時間→24時間において、切断時引張強さは、水道水の場合はそれぞれ25.3、23.3、25.5、21.6であったのに対し、微酸性電解水の場合はそれぞれ19.9、23.0、22.6、22.5、アルカリ性電解水の場合はそれぞれ22.1、22.7、23.2、21.8であった(単位はいずれもMPa)。この測定結果から、微酸性電解水、アルカリ性電解水による洗浄は、水道水洗浄と同レベルの強度が保持されることが確認された。
【0057】
また、切断時伸び(%)の測定結果を
図11に示す。浸漬時間開始時(0時間)→1時間→12時間→24時間において、切断時伸びは、水道水の場合はそれぞれ410、500、490、410であったのに対し、微酸性電解水の場合はそれぞれ430、440、490、510、アルカリ性電解水の場合はそれぞれ390、420、420、500であった(単位はいずれも%)。この測定結果から、微酸性電解水、アルカリ性電解水による洗浄は、水道水洗浄と同レベルの伸びとなることが確認された。
【0058】
以上のとおり、アルカリ性電解水を用いた洗浄と微酸性電解水を用いた洗浄をこの順序で行うことにより、作業用マスクの洗浄において飛躍的かつ顕著な効果を得ることが可能となる。
【0059】
なお、本発明の方法では殺菌にアルコール付き紙ウエスを使用しないため、廃棄物が生じることを回避することができる。
【0060】
また、殺菌処理をアルコール拭きのように手作業で行うことなく、多数のマスクを一度に殺菌処理することが可能となるため、殺菌を含む洗浄の時間を格段に短縮することが可能となる。
【0061】
本発明の微酸性電解水は、水道水に食塩(塩化ナトリウム)を投入し、電気分解によって生成することができる。このように、微酸性電解水は、食塩、水及び電気のみから生成され、不純物が存しない。そのため、薬液に対するような管理を要しない。また、生成された微酸性電解水には炭化系物質が入っておらず、トリハロメタン(次亜塩素酸ナトリウム液などでは生成される)も存しないため、人体への安全性において有利である。更に、特殊な元素や炭化水素系材料を用いないことから、多核種除去設備への過剰な負荷がかかるおそれが存しない。
【0062】
本発明におけるアルカリ性電解水と微酸性電解水は、三室型電解槽を用い、電解水三室法により生成するのが好適である。三室型電解槽は、電解槽が、陽極室(陽極)、隔膜、中間室、隔膜、陰極室(陰極)の順で構成される。陽極室及び陰極室の通液部には原水が供給され、中間室の通液部には被電解物質溶液が供給される。中間室からは、隔膜を介して電解に必要なイオンが陽極室及び陰極室に供給される。電解により、陽極室では微酸性電解水が生成され、陰極室ではアルカリ性電解水が生成される。
【0063】
これによれば、アルカリ水としてのアルカリ性電解水と、微酸性水としての微酸性電解水を同時に生成できるため、マスク洗浄を更に効率よく行うことが可能となる。
【0064】
乾燥後、各マスクは部品のチェックが行われ、次の使用に備えて保管室等で保管される。
【0065】
なお、以上は作業用マスクを例として説明したが、作業用手袋その他の人体装着品に適用することができる。
【0066】
(実施形態2)
例えば放射線管理区域で使用されたマスクの洗浄に用いられた水などは浄化処理されるが、放射性物質等を含有する汚染水から放射性物質を取り除くのは容易でなく、排水として通常全て貯蔵タンクに移送し保管される。この排水の量が増えるに従って貯蔵タンクを増設せざるを得ないことから、従来は、貯蔵タンク敷設のスペースを如何に確保するかが重要な課題であった。
【0067】
本発明では、第1工程で用いられたアルカリ性電解水と、第2工程で用いられた微酸性電解水には、マスクに付着した不純物が混入する。例えば、微酸性電解水は水道水に食塩(塩化ナトリウム)を投入し、電気分解によって生成されるが、マスク洗浄の過程で塩素は殺菌に用いられて減少し、排水にはマスクに付着した放射性物質等の不純物が混入する。
【0068】
そこで、本発明においては、従来とは異なり、保管すべき排水量を減少させる。すなわち、かかる排水から不純物を含有する水とこれを含有しない(又は含有量が少ない)水を分離することにより、保管を要する排水(不純物を含有する水)の量を減らし、貯蔵タンク数の増加量を低減する。なお、不純物を含有しない(又は含有量が少ない)水については、再利用することも可能となる。
【0069】
一般に、水溶液は凝固(凍結)するときにその氷中に不純物が取り込まれず、不純物は残された溶液中に排除されながら氷結晶が成長していくとの性質を有する。氷は不純物を押し出すように分離しながら成長し、この成長速度が速くなると分離した不純物を氷の結晶と結晶の間に取り込むこととなり、成長速度が遅くなるとこの不純物の取り込みが無い氷が生成される。本発明においては、かかる自然現象・自然法則を利用する。
【0070】
図4に示すように、上記分離のための不純物分離装置1を、散水器2と、製氷コイル3と、その下方に貯水槽4とを備えるように構成する。マスク洗浄に用いた排水は、その供給源5から排水槽6に移送される。排水は、排水槽6からポンプ8を介し、排水供給路7を通じて散水器2に供給され、製氷コイル3に向けて散布される。
【0071】
散水器2から散布された排水は、製氷コイル3の外周面(冷却面)に付着して冷却される。製氷コイルの冷却は一般的な製氷コイルと同様に冷媒を流通させて行うことができ、冷却面を所望の温度に冷却できるように構成する。本実施形態においては、冷媒11を供給するための熱源機として冷凍機9が冷媒供給ポンプ10を介して製氷コイル3に接続され、製氷コイルの冷却面が排水を凍結できる温度に設定される。
【0072】
散布された排水は製氷コイルの冷却面を滴下し、流下しながら冷却される。そのため、静置されて冷却される場合に比べ、緩やかな速度で凍結する。すなわち、
図5に示されるように、製氷コイル3の冷却面12に排水が付着して冷却され、徐々に氷が成長し、成長した氷の表面に、散水器2から継続又は断続して散布される排水15が更に付着して流下しながら、氷が生成される。このような緩やかな氷の成長に伴い、氷13から放射性物質等の不純物25が矢印17で示されるように界面14に押し出される。散布された排水が更に界面を滴下、流下し、界面14が矢印16で示すように緩やかに移動する。これにより氷13から界面14に押し出された不純物25が洗い流される。このようにして、不純物が界面に向けて押し出されながら氷が成長し、かつ、押し出された不純物は洗い流されることで氷に取り込まれることが低減される。その結果、製氷コイルには、不純物を含まない(又は極めて少ない)氷が生成される。
【0073】
製氷コイルの下方には、散水器から散布され、製氷コイルによって凍結せず落下した排水を受容する貯水槽4が備えられる。
【0074】
この貯水槽に受容された排水を、循環用ポンプや配管を用いて循環させ、散水器から再度散布されるように構成する。製氷コイルによって凍結せずに落下した排水を循環し、散水を繰り返すことにより、排水中の不純物の除去が繰り返され、製氷コイルにより一層不純物が除去された氷が生成される。
【0075】
本実施形態においては、散水器2及び製氷コイル3の下方に配された貯水槽4が、排水返送路19を介して排水槽6に接続される。これにより、排水を循環させることが可能となる。
【0076】
所定量の氷が生成された時点で、排水の散布を止める。貯水槽4に貯められた排水を排水槽6に送り、貯水槽4を空にする。この排水には放射性物質等の不純物が濃縮されているため、保管処理する。
【0077】
一方、製氷コイルに付着した氷については、製氷コイル内の冷媒の流通を停止して自然解凍させ、又は製氷コイル内に熱媒を流通させて、解氷水を得る。解氷水は解氷水供給路21を通じ回収槽20に送られる。この解氷水は清浄水であり、再利用が可能である。
【0078】
排水返送路19、排水供給路21には、返送される排水と解氷水を、排水槽6又は水回収槽20に分岐して送るための自動弁18をそれぞれ設ける。
【0079】
これによれば、薬液等を用いることなく、排水から放射性物質などの不純物を含有する水とそうでない水とを分離させ、保管を要する排水量を減らすことができる。
【0080】
更に、排水中の油分などの濃度が高い場合は、前処理として生物濾過法を用いてもよい。すなわち、上記の凍結濃縮を行う前に、排水を、微生物を付着させた担体の層に通し、BOD(biochemical oxygen demand、生物化学的酸素要求量)の生物学的分解と、SS(suspended solids、懸濁物質)の物理学的ろ過による除去を同時に行うことにより、予め油分などを除去する。
【0081】
生物濾過法を用い、有機物質(油分など)を予め除去することによって、上記凍結濃縮による清浄水の分離と排水の濃縮の効果を高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、例えば使用済みマスクが大量であっても、効率よく洗浄でき、かつ、マスクに付着した汗や皮脂を十分に取り除くことができる。これにより、マスクが発し得る臭気などを抑えることが可能となる。
【0083】
また、殺菌やノロウイルスの不活化も可能であり、仮にマスク等に細菌やノロウイルスが付着した場合も、これを殺菌ないし不活性化できるため、作業現場で問題となり得る二次感染を防止するための有効な対策ともなる。
【0084】
以上の結果、原子力発電所の作業現場における作業環境を格段に改善できるものとなる。
【0085】
更に、使用済みマスク等が大量であっても、アルコール拭きを始めとする手作業によらずに洗浄、殺菌などすることができるため、洗浄のための時間を大幅に短縮することが可能となる。
【0086】
また、アルカリ性電解水及び微酸性電解水を電解水三室法により同時生成することで、洗浄を効率よく行うことが可能となる。
【0087】
また、本発明によれば、殺菌手段としてアルコール付き紙ウエスなどを用いることが無いので、従来発生していた特殊廃棄物を生じさせないものとすることができる。のみならず、洗浄に用いた排水を濃縮・分離し、排水を減容することもできる。
【0088】
その結果、特殊廃棄物や排水の処理を大幅に削減できることとなる。
【0089】
このように、本発明の産業上の利用可能性は極めて大きい。