【実施例】
【0061】
以下の実施例は、例示のみを意図したものであり、何ら本発明の技術的範囲を限定することを意図するものではない。特に断らない限り、試薬は、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って入手又は調製する。
略語について
本明細書において、以下の略語を用いることがある。
IFV:インフルエンザウイルス
HA:ヘマグルチニン
EIS:電気化学インピーダンス分光法
CV:サイクリックボルタンメトリー
DMF:N,N-ジメチルホルムアミド
DCM:ジクロロメタン
PyBOP:ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ-トリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸
DIEA:ジイソプロピルエチルアミン
PIP:ピペリジン
TFA:トリフルオロ酢酸
THPTA:トリス(3-ヒドロキシプロピルトリアゾリルメチル)アミン
TIS:トリイロプロピルシラン
TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-:4-((トリイソプロピルシリル)エチニル)ベンゼンジアゾニウムテトラフルオロホウ酸
α-CHCA:α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸
THF:テトラヒドロフラン
TBAF:テトラ-n-ブチルアンモニウムフロリド
Fmoc:9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基
AFM:原子間力顕微鏡
【0062】
材料及び化合物
特に断らない限り、化合物、化学薬品は市販されているものをさらに精製することなく使用した。当業者であれば、本発明の精神から逸脱することなく、記載する手順を改変することができる。
【0063】
実施例1 ペプチド及びリンカーの合成
末端にアジドリジンLys(N
3)を導入した2分岐型ペプチドデンドリマー(ARLPR)
2-K-KN
3をFmoc固相法を用いて合成した。ペプチドARLPR(配列番号1)はヘマグルチニン結合ペプチドである(特開2006−68020号公報)。固相法によるペプチド合成では、ペプチド樹脂(アミノ酸が固定化された固相支持体)に脱保護試薬を加え、N-α保護基を除く。そこに活性化したアミノ酸を反応させて、ペプチドの鎖長を次々に伸ばす。ペプチドのカルボキシ基末端はアミド化し、不要な電荷をなくした。また、LysをペプチドのC末端側に導入することで分岐構造を作り出した。
図1にアジド基導入s2(1-5)ペプチドデンドリマーの固相合成のスキームを示す。
【0064】
(A) 手付合成による樹脂へのLys(N
3)の導入
反応カラム(PD-10,アマシャム)にFmoc-NH-SAL樹脂(渡辺化学、0.59mmol/g)169mg(0.1mmol)を投入した。これにDMF 2mLを加え、軽く振とうした後、アスピレーターでカラム下部からDMFを取り除いた。この操作を3回繰り返し樹脂を膨潤させた。
【0065】
反応カラムに20%(v/v)PIP/DMFを2mL加え、1分後、アスピレーターで溶媒を取り除いた。同様に20%PIP/DMFを2mL注ぎ、15分間振とうし、溶媒を取り除いた。DMF 2mLを注いでアスピレーターで除く操作を4回繰り返して樹脂を洗浄した。これにより脱保護を行った。
【0066】
反応カラムにFmoc-Lys(N
3)-OH(EUROGENTEC GROUP ANA SPEC、53100-F025)117mg(0.3mmol)、PyBOP 156mg(0.3mmol)、DMF 2mL、DIEA 0.11mL(0.6mmol)を加え、1時間振とうした。これによりカップリング反応を行った。
【0067】
1時間後、アスピレーターで反応溶液を除き、DMF 2mLを反応カラムに注いで軽く振とうした後アスピレーターで除く操作を4回繰り返した(洗浄)。さらに、DCM 2mLを加えアスピレーターで取り除く操作を4回繰り返した。反応カラムをデシケーターに入れ、真空ポンプで1時間乾燥させた。サンプルが十分乾燥したら4℃で保存した。
【0068】
(B) アミノ酸導入率の定量
(A)で導入したFmoc-Lys(N
3)-NH-SAL樹脂20mgをサンプル管に正確に秤量し、20%(v/v)PIP/DMFを2mL加え、室温で20分間反応させた。この上清をDMFで50倍希釈し、301nmの吸光度を測定した。ブランクの測定にはDMFを使い、Fmoc基の301nmにおけるモル吸光係数ε=7800より、以下の式からアミノ酸の導入率を計算した。
アミノ酸導入率(mol/g)
= (A
301、1/50 - A
301、DMF)× 50/7800 × (2×10
-3) × (1000/20)
= (0.644 - 0) × 0.641 × 10
-3
= 0.413 mmol/g
上記の(A)で作製したFmoc-Lys(N
3)-NH-SAL樹脂のアミノ酸導入率を定量した結果、0.413mmol/gの導入率となった。
【0069】
(C) ペプチドの伸長
PD-10 empty columns(17-0435-01、Amersham Biosciences)にFmoc-Lys(N
3)-NH-SAL樹脂242mg(0.05mmol)を投入し、以下の(C-1)〜(C-4)の操作によってペプチドの伸長反応を行った(ペプチドが0.1mmolになる樹脂量を使った)。
【0070】
(C-1) Fmoc基の脱保護
第一アミノ酸が導入された樹脂を121mg(0.05mmol)反応カラムに量り取った。反応カラムにDMF 2mLを加え、軽く振とうした後、アスピレーターでカラム下部からDMFを取り除いた。反応カラムにDMF 2mLを注いでアスピレーターで除く操作を4回繰り返した。反応カラムに20%(v/v)PIP/DMFを2mL注ぎ、1分後、アスピレーターで取り除いた。次に20%(v/v)PIP/DMFを2mL注ぎ、15分間振とうし、取り除いた。その後、DMF 2mLを注いでアスピレーターで除く操作を5回繰り返して樹脂を洗浄した。
【0071】
(C-2) カップリング
反応カラムにFmoc-AA-OH(各0.3mmol)、PyBOP 157mg(0.3mmol)、DMF 2mL、DIEA 0.11mL(0.6mmol)を加え、40分間振とうした。アミノ酸はC末端側からリシン(Lys)→アルギニン(Arg)→プロリン(Pro)→ロイシン(Leu)→アルギニン(Arg)→アラニン(Ala)の順に導入した。40分後、アスピレーターで反応溶液を除き、反応カラムにDMF 2mLを注いで軽く振とうした後アスピレーターで除く操作を4回繰り返した。使用したアミノ酸を表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
(C-3) カイザー試験
カイザー試験のための試薬(コード番号2590077、国産化学)を用いてカップリング反応を終えているかの判断を行った。樹脂をスパチュラで1mg程度取り、ミクロチューブに入れて試薬(1)ニンヒドリン/エタノール、(2)フェノール/エタノール、(3)KCN/ピリジンを各10μLずつ加えて蓋をし、ドライヤーで1分程加熱した。樹脂や溶液の色が青くなると未反応のアミノ基が残っていることになるため、同じアミノ酸でもう一度カップリング反応を行った。無色や黄色になった場合は反応終了と判断し、すべてのアミノ酸がカップリングするまで、上記の(C-1)〜(C-3)の操作を繰り返した。
【0074】
(C-4) 脱保護
すべての伸長反応後、PD-10カラムに20%PIP/DMFを2mL注ぎ、スパチュラで軽く撹拌した後アスピレーターで20%PIP/DMFを取り除き、20%PIP/DMFを2mL注いで15分間振とうした後に取り除くことでFmoc基の脱保護を行った。そしてDMF 2mLを注いでアスピレーターで除く操作を5回、t-ブチルメチルエーテルを注いでアスピレーターで除く操作を2回繰り返した後にアルミホイルとパラフィルムでPD-10カラムを覆い、3時間真空乾燥させた。
【0075】
(D) 切り出し(樹脂からのクリーベイジ及び脱保護)
合成した樹脂からペプチドを切り出すためにカクテル溶液を表2の組成で調製し、切り出しを行った。アジド基がチオールの還元作用によって分解されやすいため、チオールを含まない組成のカクテル溶液を用いた(P. E. Schneggenburgerら, J. Pept. Sci., 16, 10-14 (2010)参照)。
【0076】
上記のカクテル溶液1mLをペプチドの入った反応容器に入れ、アジド基の熱、光による分解を防ぐために氷上、遮光の条件で2時間放置した(通常は遮光せずに室温で8時間放置する)。2時間後、反応容器の蓋を外し、容器の上部口から加圧して反応容器の中身を15mL遠沈管に落とし、TFA 200μLで2回共洗いした。冷ジエチルエーテル(過酸化物フリー)を2mL加え、沈殿ができることを確認した後10mLまでメスアップし、ボルテックスで撹拌した。続いて3500rpm、1分遠心後、上清を取り除いて再び冷ジエチルエーテルで10mLまでメスアップした。この操作を繰り返し、計5回行った。遠沈管に残ったペプチドのペレットにN
2ガスを吹きつけて冷ジエチルエーテルを揮発させた(粗ペプチド)。
【0077】
【表2】
【0078】
(E) 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
15mL遠沈管に残っている粗ペプチド粉末にAN(アセトニトリル)300μLとMilli-Q(登録商標)水 100μLを加え、完全に溶解させた(75%アセトニトリル400μL)。シリンジと0.45μmフィルター(Millex-LH、4mm、code SLLH H04 NL、Millipore)を接続して不溶物を除去し、1.5mLチューブに回収した。再度、遠沈管に75%アセトニトリル400μLを加えて共洗いし、別の1.5mLチューブに回収した。
【0079】
HPLCにはODS-3カラム((i)φ4.6×250mm、(ii)φ20×250mm、GLサイエンス)を用い、流速は(i)では1mL/分、(ii)では10mL/分とした。ペプチド溶液(共洗い溶液)を20μLインジェクトし、(i)のカラムを用いて決定した溶出条件を以下に示した。この際、30秒毎にフラクションを回収しマトリックス支援レーザー脱離イオン化法飛行時間型質量分析(MALDI-TOF MS)を用いて分析を行った。
溶媒:A…0.1%TFA/H
2O B…0.1%TFA/AN
勾配:B conc. 20% (10分) + B conc. 20→60% (20分) + B conc. 100% (10分)
波長:220 nm
【0080】
決定した溶出条件で、(ii)のカラムを用いてペプチド溶液をHPLCにかけ、ピークを含むフラクションを15秒毎に回収し、MALDI-TOF MSを用いて目的のペプチドを含むものを分取し、凍結乾燥させて生成物を単離した。
【0081】
(F) MALDI-TOF MS
MALDI-TOF MSは、Ultraflex(商標)(Bruker Daltonics)を用いて測定した。レーザー光源としてN
2レーザー(337nm)を用いた。マトリックスにはα-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(α-CHCA、Sigma)を用いた。α-CHCAは10mg/mLの割合で0.1%TFA/AN(3:2、v/v)に懸濁させ超音波照射した後、遠心分離しこの上清を用いた。キャリブレーションにはペプチドキャリブレーション標準(コード番号206195、Bruker)をプロトコールに従って希釈したものを用いた。
【0082】
α-CHCA溶液4μLとHPLC後のフラクション溶液各2μLを2mLチューブに入れてピペッティングし、MALDIプレート上に2μL置いて風乾させた。キャリブレーションサンプルも同様に行った。Ultraflex(商標)では、リフレクトロンモードを使用しポジティブイオンモードで測定した。
【0083】
合成した2分岐型ペプチドデンドリマー(Lot. 140607)はHPLC及びMALDI-TOF MSにて確認した。HPLCの分析結果は20〜25分の間にシャープなシングルピークが検出され、目的物が98%以上の高い純度であることが確認できた。また、MALDI-TOF MSでの分析結果では計算値との誤差が0.1%以下であり、目的物であることが確認できた(Exact Mass:1486.94、計算[M+H]
+1487.95、測定[M+H]
+1487.95;計算[M+Na]
+1509.84、測定[M+Na]
+1509.98)。このペプチドの収量は7.7mg、収率は10.8%、純度は>98%であった。以上の結果より、目的のアジド基導入ペプチドデンドリマーが得られたと判断した。
【0084】
リンカー分子TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-の合成
ダイヤモンド電極へのアルキニル基の提示に用いるリンカー分子TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-(4-((トリイソプロピルシリル)エチニル)ベンゼンジアゾニウムテトラフルオロホウ酸)を合成する。まずそのがしらカップリングにより末端アルキンとハロゲン化アリールとをクロスカップリングさせてアルキニル化アリール(芳香族アセチレン)を得る(S. Anderson, Chem. Eur. J. 7, 4706-4714 (2001)参照)。触媒にはパラジウム、銅、塩基を用いた。さらに電解グラフトを行うためにアミノ基をジアゾニウム化した。
【0085】
実験方法
(A)そのがしらカップリングによるTIPS-Eth-Ar-NH
2の合成
【0086】
【化1】
【0087】
三口フラスコ内の水分をヒートガンで蒸発させ、真空引きした後にアルゴン(Ar)で満たした。4-ヨードアニリン1.0g(4.57mmol)、トリエチルアミン10mL(71.7mmol、d=0.726g/cm
3)を加えた。真空引きとAr充填をそれぞれ3回繰り返して脱気を行った後、Arを循環させながらヨウ化銅8.9mg(0.05mmol)、酢酸パラジウム20.3mg(0.09mmol)、トリフェニルホスフィン50.6mg(0.19mmol)の順にそれぞれ量り取って三口フラスコに加えた。さらにトリイソプロピルシリルアセチレン1.2mL(5.35mmol、d=0.813g/cm
3)を加え、Arを充填して一晩撹拌しながら室温で反応させた。使用した試薬を表3に示す。
【0088】
【表3】
【0089】
セライトろ過
桐山ロートにろ紙を置き、セライトをロートに敷き詰め、ポンプで吸引しながらヘキサンをなじませた。フラスコ内の反応液をろ過し、ヘキサンで洗いこんだ。壁面について取れない反応固体は超音波処理にかけてヘキサンに溶解又は懸濁させ、ろ過した。ろ液の入ったナスフラスコをエバポレーターにかけ、ろ液を濃縮した(約2mL)。
【0090】
シリカゲルカラムクロマトグラフィー
展開溶媒はヘキサン:酢酸エチル=10:1を用いた。シリカ(Silica gel 60、Merck)75ccを展開溶媒に分散させ、カラムに充填した。濃縮したろ液を海砂の上に静かに均一に加え、コックを開けて試験管で回収した。
【0091】
薄層クロマトグラフィー(TLC)
試験管に回収した画分のTLCを行った。展開溶媒にはジクロロメタン:ヘキサン=1:1を使用した。TLC板(TLCシリカゲル60 F
254、(105714、Merck Millipore))に原料であるヨードアニリン(R
f=0.29)をジクロロメタンに溶かした溶液、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを行う前の溶液をそれぞれスポットし、展開後UV照射して確認した。次に試験管の溶液を順にTLC板にスポットして展開し、反応物(R
f=0.39)が確認できた範囲の試験管試料をナスフラスコに集めてエバポレーターで濃縮した(約2mL)。濃縮した反応液(TIPS-Eth-Ar-NH
2)の入ったナスフラスコをポンプで減圧し1時間真空乾燥させた。収量を測定した後、
1H-NMR測定を行った。
【0092】
(B)ジアゾニウム化によるTIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-の合成
【化2】
【0093】
TIPS-Eth-Ar-NH
2のジアゾニウム化によるTIPS-Eth-Ar-NH
2+BF
4-の合成スキーム
あらかじめNaNO
2 0.4g(6.0mmol)を2mLのH
2Oに溶かし、4℃で冷蔵しておいた。(A)で得られたTIPS-Eth-Ar-NH
2(1.1g、4.0mmol)が入ったナスフラスコをメタノール(MeOH)と液体窒素の入った浴槽に入れ、フラスコ内の温度が−5℃に下がるまで冷やした。ここにH
2O 4mLを加え、分散するまでスターラーでよく混ぜた後、HBF
4 3.36mL(16mmol、d=1.4g/cm
3)を加えた。あらかじめ冷やしておいたNaNO
2水溶液2mLを、フラスコ内の温度を−5〜−10℃に保ったまま数滴ずつ加えた。−5℃で20分撹拌した後、室温に戻して20分撹拌した。使用した試薬を表4に示す。
【0094】
【表4】
【0095】
吸引ろ過
NaBF
4 4mg(36.4nmol)を80mLのH
2Oに溶かし、5%NaBF
4水溶液を調製した。洗浄溶液として用いる5%NaBF
4水溶液、MeOH、ジエチルエーテル、H
2Oはあらかじめ4℃で冷やしておいた。桐山ロートにろ紙を置き、吸引しながらH
2Oでろ紙をなじませた。反応液をすべてろ過し、H
2Oで洗浄した。5%NaBF
4溶液、次いでMeOH、ジエチルエーテルの順に洗浄を行い、残りの反応物は超音波処理で回収した。ろ紙上の粉末を減圧したデシケーター内で1時間乾燥させた後、収量を測定した。
【0096】
生成物の収量と収率、
1H-NMRによる解析結果を下記に示す。
(A) TIPS-Eth-Ar-NH
2
収量:1.01g(4.0mmol、Lot. 140801)
収率:87%
1H-NMR(400MHz、CDCl
3、TMS):δ(ppm)=7.28(2H、d)、6.58 (2H、d)、3.78(2H、s)、1.11(2H、s)
【0097】
【化3】
【0098】
【表5】
【0099】
(B) TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4−
収量:0.11g(0.32mmol、Lot. 140826)
収率:8%
1H-NMR(400MHz、CDCl
3、TMS):δ(ppm)=8.58(2H、d)、7.79(2H、d)、1.11(2H、s)
【0100】
【化4】
【0101】
【表6】
【0102】
以上の
1H-NMR解析から、TIPS-Eth-Ar-NH
2に関し、各ピークのプロトン比が一致したことから、目的の化合物を合成することができた。またTIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-に関し、アミノ基由来の3.77ppmのピークが消失しており、他の各ピークのプロトン比が一致していたことから、同様に目的化合物の合成を確認できた。
【0103】
実施例2 ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)電極の作製
簡単に説明すると、マイクロ波プラズマを用いた化学蒸着によりSi基板へダイヤモンド膜を合成した。炭素源としてメタンを使用し、ホウ素源としてトリメチルボランを使用した。ドープするトリメチルボランの原料に占める濃度は0.3%w/wであった。表面形態は走査型電子顕微鏡を用いて特徴付けした。薄膜の品質はラマン分光法により確認した。このようにして作製したBDD電極を用いた。以下に、具体的に説明する。
【0104】
気相合成法による導電性ダイヤモンド薄膜の作製
(A) Si基板の前処理
ダイヤモンド粉末が入ったシャーレにSi基板(直径5cm、厚み1mm)の鏡面が下向きになるように配置し、20分間Si基板を手で回転させて基板表面に傷をつけた。その後、Si基板を2-プロパノールの入ったビーカーに浸し、20分間超音波照射し洗浄した。最後にN
2ガスで溶媒を揮発させ乾燥させた。
【0105】
(B) Si基板上へのダイヤモンド膜の合成
マイクロ波プラズマを用いた化学的蒸着(CVD法、化学気相合成法)によるSi基板へのダイヤモンド膜の合成は、Plasma Deposition System(AX6500、セキテクノトロン株式会社)を用いて行った。原料気体にはメタン、トリメチルボラン、水素、酸素の4種類を用いた。ホウ素の仕込み濃度が0.3%w/wとなるように設定し、5時間反応させた。合成条件を表7に示す。
【0106】
【表7】
【0107】
ラマン分光法
532nm用共焦点ラマン光学顕微鏡(ST-BX51、セキテクノトロン株式会社)を用いて、成膜後の基板表面の化学結合状態を分析した。キャリブレーションにはナフタレンを用い、レーザー光を5秒間、5回照射させた。膜が均一に形成されていることを確認するため、ダイヤモンド電極上の任意の9箇所について分析を行った。
【0108】
その結果、520cm
-1付近ではホウ素‐ホウ素結合のピークが見られた。また1333cm
-1付近ではsp
3構造の炭素のラマンピークが観測された。一方、1560cm
-1付近ではsp
2構造の炭素のラマンピークが見られなかった。このことから純度の高いダイヤモンド膜が均一に合成されていると判断した。
【0109】
SEM観察
走査型電子顕微鏡FE-SEM(JSM-7600F、日本電子株式会社)を用いて、ダイヤモンド膜の表面及び断面形状を測定した。超純水、エタノール、アセトンでそれぞれ5分ずつ超音波洗浄したダイヤモンド電極(Lot. 140530)を0.5cm四方に切断し、シリコングリース(信越化学工業)で試料台に固定した。加速電圧は表面観察では5.0kV、断面観察では2.0kVに設定して観察した。SEM観察により、多結晶BDDの合成を確認できた。
【0110】
実施例3 ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)の修飾
以下に、電解グラフトによるアルキニル基の提示のスキームを示す。
【0111】
【化5】
【0112】
(A) 電極、溶液の準備
セル、Oリング、Pt線、ダイヤモンド電極をH
2O、次いでエタノール(EtOH)、次いでアセトンの順に5分ずつ超音波処理した。まずメスフラスコにTBA・PF
6を3.87g(0.01mol)量りとり、アセトニトリル(AN)を加えて100mMテトラブチルアンモニウムヘキサフルオロリン酸(TBAPF
6)溶液を作製した。
図2に示すようにセルを組んだ。CV測定には三電極法(作用電極:ダイヤモンド電極、対電極:Pt、参照電極:Ag/AgCl)を用いた。
【0113】
(B) リンカー分子とダイヤモンド電極の反応(電解グラフト)
メスフラスコにTIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-を18.6mg(0.05mol)量りとり、電解液TBAPF
6/AN 5mL(100mM)に溶かして10mM TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-溶液を作製した。この全量をセルに入れた。制御PCでは表8のように設定して、-0.7〜+0.6Vで5回サイクリックボルタンメトリー(電解グラフト)を行った。
【0114】
【表8】
【0115】
(C) トリイソプロピルシリル(TIPS)基の脱保護
測定終了後、まずセルにTHF 9.5mLを入れ、その後にTBAFのTHF溶液(1mol/L)0.5mLを入れ、20分静置してTIPS基を脱保護した(Y. R. Lerouxら, J. Am. Chem. Soc., 132, 14039-14041 (2010)参照)。
【0116】
アジド基導入ペプチドの固定化
アルキニル基提示ダイヤモンド電極をMilli-Q(登録商標)水、EtOH、アセトンでそれぞれ5分ずつ超音波処理した。表9の組成でペプチド濃度が0.1mMとなるように反応溶液を調製し(ペプチド仕込み量100倍)、さらにそれをMeOH:H
2O=1:1で0.1nMに希釈した反応溶液を調製した(ペプチド仕込み量0.01倍)。
【0117】
それぞれの反応溶液にダイヤモンド電極を浸し、室温で24時間振とうしながら反応させた。24時間後に反応溶液を取り除き、Milli-Q(登録商標)水、EtOH、アセトンでそれぞれ数秒ずつ超音波処理した。N
2ガスを吹き付けて電極を乾燥させ、シリカゲルの入った密閉容器に入れて4℃で保存した。
【0118】
【表9】
【0119】
反応後の電極は1mM K
3[Fe(CN)
6]/Na
2SO
4水溶液を調製して、各電極でサイクリックボルタンメトリー(CV)測定を3サイクルずつ行って表面状態を確認した。さらにHAやIFVの溶媒であるPBSでもCV測定を3サイクルずつ行い、バックグラウンドの変化を確認した。加えてこれらの電極で接触角を観察し、表面の濡れ特性を調べた。
【0120】
実施例4 ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)電極を用いたヘマグルチニンタンパク質(HA)及びインフルエンザウイルス(IFV)の検出
サイクリックボルタンメトリー(CV)測定法
未修飾及びペプチド修飾BDD電極を用いたHAタンパク質の測定
図2にHA-ペプチド相互作用及びCV測定方法の模式図を示す。三電極法(作用電極:ダイヤモンド電極、対電極:Pt、参照電極:Ag/AgCl)を用いた。左がH1HAとの相互作用(15分)であり、右がPBS溶液中での測定である。
【0121】
まずペプチド固定化電極(ペプチド仕込み量×0.01)でセルを組み、PBSでバックグラウンドを3サイクル測定した。その後、セル内に500nM HA/PBSを約60μL加えて電極部分が浸るように調節し、30分間相互作用させた。30分後、HA溶液を取り除いてPBSで3回洗い流し、PBSをセルに満たしてサイクリックボルタンメトリー測定を3サイクル行った。これら操作を電極上の場所を変えてもう一度行い、合計2箇所で相互作用を観測した。測定条件は下記表のものを用いた。
【0122】
上記と同様にしてPBSで希釈した50〜500nMのHA溶液をそれぞれ30分ずつ相互作用させた。薄い濃度から順に相互作用させ、濃度を変える前にPBSで電極を洗浄しながら3サイクルずつCV測定を行った。測定条件は表10のとおりであった。
【0123】
【表10】
【0124】
結果を
図3に示す。
図3左はペプチド修飾されていないダイヤモンド電極を用いた場合の、溶液中のHA測定である。500nMのHA溶液では電流密度増大が観察された。
図3右はペプチド修飾されたダイヤモンド電極を用いた場合である。1サイクル目で未修飾ダイヤモンド電極よりも顕著な電流密度増大が観察され、HAを検出することができた。2サイクル目以降では電流密度がPBSのみの場合とさほど変わらず、1サイクル目でHAタンパク質のほとんどを検出できていることが分かる。
【0125】
未修飾及びペプチド修飾BDD電極を用いたIFVの測定
ペプチド固定化電極(ペプチド仕込み量×0.01)でセルを組み、3箇所でPBSによるバックグラウンドを3サイクル測定した。その後、200pfu/mLのウイルス溶液を1mL(200pfu)加えて電極部分が浸るように調節し、15分間相互作用させた。15分後、ウイルス溶液を取り除いてPBSで3回洗い流し、PBSをセルに満たして3箇所でサイクリックボルタンメトリー測定をそれぞれ3サイクルずつ行った。
【0126】
結果を
図4に示す。
図4左はペプチド修飾されていないダイヤモンド電極を用いた場合の、溶液中のIFV測定である。200pfuのIFV溶液では電流密度増大が観察された。
図4右はペプチド修飾されたダイヤモンド電極を用いた結果であり、未修飾ダイヤモンド電極よりも顕著な電流密度増大が観察され、IFVを検出することができた。このようにIFVを高感度に検出することができた。
【0127】
電気化学インピーダンス(EIS)測定法
ペプチド修飾BDD電極を用いたEIS測定によるHA及びIFV検出
インピーダンス測定の条件はS. K. Aryaら, Sens. Actuators, B, 194, 127-133 (2014)に基づいて行った。
【0128】
まず酸化還元物質の溶液を調製した。K
3[Fe(CN)
6] 0.164g(0.5mmol)、K
4[Fe(CN)
6] 0.211g(0.5mmol)をそれぞれメスフラスコに別々に量り取り、PBS 50mLに溶かして10mM K
3[Fe(CN)
6]/PBS及び10mM K
4[Fe(CN)
6]/PBSを調製した。これらを1:1(v/v)で混合し5mM [Fe(CN)
6]
3-/4-/PBSとした。
【0129】
次に制御PCを表11のように設定した。初期電位(E Start)には作用電極・対電極・参照電極をそれぞれ取り付けた時にすでに発生している電位(自然電位)を用いるため、制御PCに表示される値を確認しながら随時入力した。サンプリング数(Frequency)、周波数領域(Frequency Scan)、振幅(Amplitude)などはS. K. Aryaら, Sens. Actuators, B, 194, 127-133 (2014)より決定した。
【0130】
【表11】
【0131】
CV測定と同様に三電極法(作用電極:ダイヤモンド電極、対電極:Pt、参照電極:Ag/AgCl)を用い、
図2の模式図のようにセルを組んだまま各濃度のHA溶液を相互作用させた。まずペプチド固定化電極(ペプチド仕込み量×100)でセルを組み5mM [Fe(CN)
6]
3-/4-/PBSを加え、バックグラウンドを3サイクル測定した。その後PBSでセル内に、PBS(-)で希釈したHA溶液を約60μL加えて電極部分が浸るように調節し、15分間相互作用させた。15分後、溶液を取り除いてPBSで3回洗い流し、5mM [Fe(CN)
6]
3-/4-/PBSをセルに満たして3サイクル測定した。この操作をHA溶液(5〜500nM、それぞれ1〜100μg/mL)、IFV溶液(1〜140pfu)、ウシ血清アルブミン(BSA)溶液(5〜500nM)でそれぞれ行った。
【0132】
ダイヤモンド電極を用いたHAのEIS測定結果を
図5及び
図6に示す。HAを特異的に検出できた。
図6では、無関係のタンパク質BSA(対照)については濃度と応答との間に相関性が見られなかったのに対し、HAについての応答は濃度に良好に比例した。これらの結果からHAを高感度かつ特異的に検出できた。
【0133】
ダイヤモンド電極を用いたIFVのEIS測定結果を
図7に示す。40pfu以下でR
ctが線形に増加し、IFVを濃度依存的に検出できた。また0〜40pfuという少ないウイルス量の領域でも高感度に検出できた。
【0134】
比較例1 グラッシーカーボン(GC)電極を用いたヘマグルチニンタンパク質(HA)及びインフルエンザウイルス(IFV)の検出
以下にグラッシーカーボン(GC)電極の修飾について説明する。
【0135】
(1) アルキニル基の提示(電解グラフト)
グラッシーカーボン(GC)電極の表面上への、リンカー分子TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-の固定化はダイヤモンド電極表面の場合と同様に行った。なお、GC電極の前処理として、表面の反応性を増すため電極表面の水素終端化を行った。これはダイヤモンド電極合成に使用したマイクロ波プラズマCVD装置を用いて、GCの両面にプラズマを照射することにより行った。
(A) 電極、溶液の準備
セル、Oリング、Pt線、GC電極をH
2Oとアセトンでそれぞれ5分ずつ超音波処理した。まずメスフラスコにTBAPF
6を3.87g(0.01mol)量りとり、ANを加えて100mM TBAPF
6溶液を作製した。
図2に示すようにセルを組んだ。CV測定には三電極法(作用電極:ダイヤモンド電極、対電極:Pt、参照電極:Ag/AgCl)を用いた。
(B) リンカー分子とGC電極の反応(電解グラフト)
メスフラスコにTIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-を18.6mg(0.05mol)量りとり、電解液TBAPF
6/AN5mL(100mM)に溶かして10mM TIPS-Eth-Ar-N
2+BF
4-溶液を作製した。この全量をセルに入れた。表12の測定条件にて、-0.7〜+0.6Vでサイクリックボルタンメトリーを5サイクル行った。
【0136】
【表12】
【0137】
(C) TIPS基の脱保護
上記(B)の電解グラフト後、THF 9.5mLとTBAFのTHF溶液(1mol/L)0.5mLを入れ、20分静置してTIPS基を脱保護した。
【0138】
電解グラフトによるリンカー分子固定化をサイクリックボルタモグラムにより確認した。1サイクル目でのみ、-0.3V(vs Ag/AgCl)付近に還元ピークが見られるサイクリックボルタモグラムが測定できた。これより、電解グラフトによってグラッシーカーボン電極上にリンカー分子を固定できた。
【0139】
さらに、リンカー分子の固定及びTIPS基の脱保護前後で、酸化還元物質であるフェロセンによるCV測定を行った。これよりリンカー分子の固定に加えて、脱保護も行われていることを確認した。
【0140】
(2) ペプチドの固定化(ヒュスゲン環化付加反応)
アルキニル基を提示したGC電極をMilli-Q(登録商標)水、EtOH、アセトンで5分ずつ超音波処理した。 ペプチド仕込み量100倍(ペプチド濃度0.1μM)、又はペプチド仕込み量0.01倍(ペプチド濃度0.01nM)となるようにそれぞれ反応溶液を調製した(表13参照)。それぞれの反応溶液にGC電極を浸し、室温で24時間振とうしながら反応させた。24時間後に反応溶液を取り除き、Milli-Q(登録商標)水、EtOH、アセトンでそれぞれ数秒ずつ超音波処理した。N
2ガスを吹き付けて電極を乾燥させ、デシケーター内で減圧状態にして保存した。
【0141】
【表13】
【0142】
未修飾のグラッシーカーボン(GC)電極及び修飾GC電極を用いたHAの検出
未修飾ダイヤモンド電極におけるHA溶液及びIFV溶液のCV測定では、どちらの溶液でも濃度依存的に1.0V(vs Ag/AgCl)における酸化電流値の増加が見られた。さらにHAでは、アミノ酸由来と考えられる酸化ピークも0.8V(vs Ag/AgCl)付近に現れた。そこでグラッシーカーボン(GC)電極でも同様のサンプルでCV測定を行い、電極の違いを比較した。
【0143】
(1) 未修飾のGC電極を用いたHAのCV測定
未修飾のGC電極、セル、Oリング、Pt線をMilli-Q(登録商標)水及びアセトンでそれぞれ5分ずつ超音波処理した。セルを組み立て、PBSをセルに満たして表14の条件で測定し、電極のクリーニング(洗浄処理)を行った。次にPBS(-)約3mLをセルに加え、表14の測定条件で5サイクルCV測定を行った。PBS(-)を用いて段階希釈したH1型HA(A/New Caledonia/20/99(H1N1))溶液をそれぞれ約3mL用意し、50、125、250、375、500nM(10、25、50、75、100μg/mL)の順に、各濃度で3サイクルずつCV測定を行った。
【0144】
【表14】
【0145】
HA溶液の測定条件は0V(vs Ag/AgCl)から掃引を始め(E Start)、0V〜1.0Vまで(Vertex 1、2)、1サイクル(N Scans)測定を行った。E Stepsはデータ取得幅を表す。
【0146】
(2) ペプチド修飾グラッシーカーボン電極を用いたCV測定
まずペプチド仕込み量0.01倍のGC電極でセルを組み、PBSでバックグラウンドを3サイクル測定した。その後、セル内に500nM HA/PBSを50μL加えて電極部分が浸るように調節し、30分間相互作用させた。30分後、HA溶液を取り除いてPBSで3回洗い流し、PBSをセルに満たしてCV測定を行った。これら操作を電極上の場所を変えて数箇所行い、相互作用を観測した。
【0147】
上記(1)及び(2)の結果を
図8に示す。
図8左は未修飾のGC電極におけるHA溶液のサイクリックボルタモグラムである。未修飾のGC電極ではバックグラウンドが大きく、ダイヤモンド電極で見られたようなHAに由来する酸化電流を観測することができなかった。
図8右はペプチド修飾GC電極を用いた場合のHAの測定結果である。HA相互作用前(PBS)と相互作用後を比較しても、サイクリックボルタモグラムの大きな変化は見られなかった。GC電極ではPBSによるバックグラウンドの大きさがダイヤモンド電極に比べて大きく(ダイヤモンド電極では0〜10μA/cm
2程度)、HAに由来する酸化電流がバックグラウンドに埋もれて検出されなかったと考えられる。
【0148】
未修飾のグラッシーカーボン(GC)電極及び修飾GC電極を用いたIFVの検出
(1) 未修飾のGC電極を用いたIFVのCV測定
10μLずつ分注して冷凍保存してあるIFV(A/PR/8/34(H1N1))を解凍し、2.5mLのPBSに溶解して4000pfu/mLとした。表14の条件でPBSによるバックグラウンドを3サイクル測定した後、20pfu、200pfu、4000pfu(10
1〜10
3オーダー)と大きく濃度を変化させ、それぞれ2.5mLをセルに入れ、同様にCV測定を3サイクル行った。
【0149】
(2) ペプチド修飾されたGC極を用いたIFVのCV測定
まず電極1-3(×0.01ペプチド仕込み量)でセルを組み、PBSでバックグラウンドを3サイクル測定した。その後、セル内にIFV/PBSを約50μL加えて電極部分が浸るように調節し、30分間相互作用させた。30分後、IFV溶液を取り除いてPBSで3回洗い流し、PBSをセルに満たしてサイクリックボルタンメトリー測定を3サイクル行った。
【0150】
上記の(1)及び(2)の結果を
図9に示す。
図9左は未修飾のGC電極におけるIFV溶液のサイクリックボルタモグラムである。未修飾のGC電極ではバックグラウンドが大きく、ダイヤモンド電極で見られたようなIFVに由来する酸化電流を観測することができなかった。
図9右はペプチド修飾GC電極を用いた場合のIFVの測定結果である。0〜1.0V(vs Ag/AgCl)の範囲では、顕著な酸化電流は観測されなかった。IFV相互作用前(PBS)と相互作用後を比較しても、サイクリックボルタモグラムの大きな変化は見られなかった。GC電極ではPBSによるバックグラウンドの大きさがダイヤモンド電極に比べて大きく(ダイヤモンド電極では0〜10μA/cm
2程度)、IFVに由来する酸化電流がバックグラウンドに埋もれて検出されなかったと考えられる。
【0151】
ペプチド修飾GC電極を用いたEIS測定によるHA検出
酸化還元物質の溶液[Fe(CN)
6]
3-/4-/PBSを調製した。EIS測定の条件を表15に示す。
【0152】
【表15】
【0153】
CV測定と同様に三電極法(作用電極:ダイヤモンド電極、対電極:Pt、参照電極:Ag/AgCl)を用い、セルを組んだまま各濃度のHA溶液を相互作用させた。まずGC電極(ペプチド仕込み量100倍)でセルを組み5mM [Fe(CN)
6]
3-/4-/PBSを加え、バックグラウンドを3サイクル測定した。その後、PBSでセル内に5nM HA/PBSを50μL加えて電極部分が浸るように調節し、15分間相互作用させた。15分後、HA溶液を取り除いてPBSで3回洗い流し、5mM [Fe(CN)
6]
3-/4-/PBSをセルに満たして3サイクル測定した。この操作をHA濃度5、50、125、250、375、500nM(それぞれ1、10、25、50、75、100μg/mL)でそれぞれ行った。
【0154】
結果を
図10に示す。
図10左は各周波数におけるインピーダンスをプロットしたナイキストプロットを示しており、ここから電荷移動抵抗R
ctを半円の半径として近似し、解析した結果を
図10中央に示す。GC電極を用いたEIS測定においても、HA濃度依存的にR
ct値が増加した(
図10左及び中央)。しかしR
ct値の増加は線形にはならなかった(
図10右)。さらにBSAでも同じ実験を行い、R
ct値の変化の様子をHAと比較した(
図10右)。BSAとの相互作用と有意な差が見られなかった上に、低濃度域ではBSAの方がR
ct値が大きくなった。以上よりGC電極によるペプチド固定化電極では、HAとBSAが有意に判別できなかった。
【0155】
比較例2 ELISA法によるインフルエンザウイルス検出
ペプチドs2(1-5)をインフルエンザウイルス認識デバイスとして用いた。簡単に説明するとアミノ酸5残基を有するペプチド(配列番号1)に脂質を結合したペプチド脂質を合成した。このペプチド脂質を用いてペプチド脂質膜を形成させた。このペプチド脂質膜とインフルエンザウイルスとの相互作用をELISA法にて評価した。
【0156】
まず、アジド基を導入した5残基のペプチド(配列番号1)とアルキニル基を導入したDPPE(ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン)をヒュスゲン環化付加反応によって結合し、ペプチド脂質(以下pep-DPPEという)を合成した。
【0157】
次に、合成したpep-DPPEを用いてペプチド固定化膜を作製した。水面にpep-DPPEやジオレオイルホスファチジルコリン(以下DOPC)などの脂質分子をラングミュア型トラフを用いて気−液界面に展開し圧縮した。そこに1-パルミトイル-2-オレオイルホスファチジルコリン(以下POPC)被覆マイカを沈めてペプチド固定化膜を作製し、そのペプチド固定化膜の形成を液相中での原子間力顕微鏡(AFM)観察によって確認した。この脂質をプラスチックプレートに累積してペプチド固定化膜を形成し、そこにインフルエンザウイルスを室温で1時間相互作用させ、ELISA及びPCRによってペプチド脂質膜とインフルエンザウイルスとの相互作用を評価した。
【0158】
プラスチックプレート上に作製したpep-DPPE/DOPC(50:50)混合膜(ペプチド固定化膜)とH1N1、H3N2インフルエンザウイルスを室温で1時間相互作用させ、そこに一次抗体、HRP標識した二次抗体を作用させ、吸光度を測定した。
【0159】
結果を
図11に示す。縦軸が492nmでの吸光度、横軸がウイルス量(pfu)である。
図11より、H1N1では1600pfu(左)、H3N2では440pfu(右)のウイルスを相互作用させた時にコントロールとの差が見られた。すなわち、上記ペプチドs2(1-5)(配列番号1)を用いたELISA測定では、H1N1ウイルスの検出限界が1600pfu、H3N2ウイルスの検出限界が440pfuであった。
【0160】
実施例5 BDD電極を用いたIFVの検出
1. ペプチド修飾BDD電極及びLys修飾BDD電極の作製
(1) ペプチド修飾BDD電極
実施例3に記載の方法により作製したアルキニル基を提示したダイヤモンド電極を、下記の表の組成にて調製したクリック反応溶液に浸し、室温で一晩振とうしながら反応させた。表中、TBTAは反応促進剤であり、ペプチドは1μM(×100)、溶媒は水のみであった。この条件でのBDD電極表面上のペプチド固定化密度は3.6pmol/cm
2であった。その後、反応溶液を取り除き、Milli-Q(登録商標)水中で数秒超音波処理を行い、次いでN
2ガスを吹き付けて電極を乾燥させ、シリカゲル入りの密閉容器内で4℃にて保存した。
【0161】
【表16】
【0162】
(2) Lys修飾BDD電極
表16に記載のペプチドの代わりにFmoc-Lys-(N
3)(MW: 390.0)を同じ濃度にて含むクリック反応溶液を作製した。アルキニル基を提示したダイヤモンド電極を、このクリック反応溶液に浸し、室温で一晩振とうしながら反応させた。その後、20%PIP/DMFを約5mL加えて脱Fmoc処理を行なった後、反応溶液を取り除き、DMFおよびMilli-Q(登録商標)水中でそれぞれ数秒ずつ超音波処理を行った。次いでこれにN
2ガスを吹き付けて乾燥させ、得られた電極をシリカゲル入りの密閉容器内で4℃にて保存した。
2. EIS測定法
実施例4に記載の手順にてEIS測定を行った。EIS測定条件は表11に記載のとおりである。IFV溶液(1〜140pfu)として、IFV H1N1及びIFV H3N2についてEIS測定を行った。
3. 結果
結果を
図12に示す。左がIFV H1N1亜型、右がIFV H3N2亜型の結果である。上記の手順にて作製したペプチド修飾BDD電極を用いてIFVのEIS測定を行ったところ、H1N1亜型およびH3N2亜型の両方でシグナルが見られ、幅広いウイルスpfuについて効果的にウイルスが検出できた。
【0163】
これらの結果から、ペプチドが結合できるウイルスであれば同様に本発明の方法及び装置を用いて検出することができる、と当業者であれば理解する。
【0164】
実施例6 4分岐修飾ペプチド修飾電極によるIFV検出
次に4分岐型ペプチドを用いた。4分岐型ペプチド((ARLPR)
2-K)
2-KN
3の構造は次のとおりである。
【0165】
【化6】
【0166】
4分岐型ペプチドの合成方法
4分岐型ペプチド((ARLPR)
2-K)
2-KN
3の合成は以下の手順で行った。自動ペプチド合成装置PSSM-8システム(島津製作所)を用いて残基の伸長を行った。反応容器にFmoc-Lys(N
3)-NH-SAL-樹脂(アミノ酸導入率0.38mmol/g)を13mg(5μmol)加え、リアクションベッセルインサートを挿入した。試薬(Fmoc-AA-OH, HOBt/DMF, NMM/DMF, PIP/DMF)と反応容器をセットし、アミノ酸の伸長を行った。
【0167】
アミノ酸伸長後、アスピレーターで反応溶液を除き、DMF 1mLを反応カラムに注いで軽く振とうした後アスピレーターで除く洗浄操作を4回繰り返した。さらに、メタノール1mLを注いでアスピレーターで除く操作を5回、t-ブチルメチルエーテルを1mL注いでアスピレーターで除く操作を2回繰り返した。アルミホイルとパラフィルムで反応カラムを遮光して、3時間真空乾燥させた。
【0168】
<クリーベイジ(切り出し)>
まずカクテル溶液をTFA 950μL、TIS(トリイソプロピルシラン)25μL、H
2O 25μLの組成で調製した。これをペプチドの入った反応カラムに入れ、氷上、遮光の条件で2時間反応させた。その後、反応カラムの蓋を外し、容器の上部から加圧して反応カラムの中身を15mL遠沈管に落とし、TFA 200μLで2回共洗いした。冷ジエチルエーテル(過酸化物不含)を2mL加えて沈殿ができることを確認した後、10mLまでメスアップし、ボルテックスで撹拌した。続いて3500rpm、1分間遠心後、上清を除いて再び冷ジエチルエーテルで10mLまでメスアップした。この操作を5回繰り返した。遠沈管に残ったペプチドのペレットにN
2ガスを吹きつけて冷ジエチルエーテルを除去し、粗ペプチドを得た。
【0169】
<大量精製>
分取用のODS-3(φ20×250mm)カラムを用いて、HPLCによる分析結果より決定した以下の溶出条件で分取を行った。また、このとき流速を10mL/min、回収を0.25 min/tubeとした。
Gradient:B conc. 0 % /0→10 min、0→100 % / 10→30 min、100 % /31→50 min (洗浄)
【0170】
HPLCにより分取した各画分(0.25min/tube)について、MALDI-TOF MS分析装置を用いて目的のペプチドが得られているか確認した。目的のペプチドを含む画分を凍結乾燥し、HPLC、MALDI-TOF MS装置(UltraflexTM, Bruker Daltnics))による最終分析を行い収量を求めた。HPLCの結果を
図13に示す。収量: 5.7mg(2回分合計、1.9μmol)、収率:19%、純度:>97%、質量の測定値 2932.30([M+H]+、理論値2929.91)。
【0171】
1. ペプチド修飾BDD電極の作製
次に、上記のようにして得られた4分岐型ペプチド((ARLPR)
2-K)
2-KN
3を用いて実施例5と同様の手順でペプチド修飾BDD電極を作製した。4分岐型ペプチドとBDD電極との反応は表16の条件で行った。但し(ARLPR)
2-K-KN
3の代わりに((ARLPR)
2-K)
2-KN
3を1μMにて用いた。
2. EIS測定法
得られた4分岐型ペプチド修飾BDD電極を用い、実施例4に記載の手順にて、EIS測定を行った。EIS測定条件は表11に記載のとおりである。IFV溶液(1〜140pfu)として、IFV H1N1についてEIS測定を行った。
3. 結果
4分岐型ペプチド修飾BDD電極を用いてIFVのEIS測定を行った場合にも、実施例5と同様にシグナルが観察されインフルエンザウイルスを検出することができた。
【0172】
まとめ
以上より、本発明の装置を用いることで20pfuのインフルエンザウイルスや3pfuのインフルエンザウイルスを検出することができた。アルブミンのような生体に存在するタンパク質の非特異的な結合は見られず、従来法で必須となっている増感剤標識抗体を用いることなく、高感度な検出が可能であった。比較例としてGC電極を用いたところ、ノイズが大きくインフルエンザウイルスの結合は検出できなかった。また他の比較例としてELISA法を用いたところ、インフルエンザウイルスは検出限界が1600pfu又は440pfuであった。こうした比較例の結果からも、本発明の導電性ダイヤモンド電極の有用性が示された。
【0173】
配列の簡単な説明
配列番号1 ペプチドs2(1-5) (ARLPR)
配列番号2 ペプチドs2 (ARLPRTMVHPKPAQP)
配列番号3 GLAMAPSVGHVRQHG
配列番号4 GLAMAPSVGHVRQHG (ただし配列中のセリン残基はO-グリコシド結合を介してN-アセチルガラクトサミンにより修飾されているものである)
【0174】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。