特許第6893836号(P6893836)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6893836
(24)【登録日】2021年6月4日
(45)【発行日】2021年6月23日
(54)【発明の名称】複層焼結板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 7/04 20060101AFI20210614BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20210614BHJP
   B22F 9/08 20060101ALI20210614BHJP
   C22C 1/08 20060101ALI20210614BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20210614BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20210614BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20210614BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20210614BHJP
【FI】
   B22F7/04 H
   B22F1/00 M
   B22F1/00 T
   B22F9/08 A
   C22C1/08 C
   C22C19/03 G
   C22C33/02 101
   C22C38/00 304
   F16C33/12 B
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-130724(P2017-130724)
(22)【出願日】2017年7月3日
(65)【公開番号】特開2019-14923(P2019-14923A)
(43)【公開日】2019年1月31日
【審査請求日】2020年3月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000103644
【氏名又は名称】オイレス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白坂 康広
(72)【発明者】
【氏名】大野 正人
【審査官】 酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−039984(JP,A)
【文献】 特開2016−109235(JP,A)
【文献】 特開2009−035757(JP,A)
【文献】 特開平10−001756(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−8/00,
C22C 1/08,38/00,38/08,
F16C 33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合された多孔質焼結合金層とを具備しており、多孔質焼結合金層は、ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有すると共に鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部に析出したニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを具備した組織を有し、
マトリックス相は、少なくともマイクロビッカース硬さ(HMV)220を有しており、硬質相は、少なくともマイクロビッカース硬さ(HMV)700を有している複層焼結板。
【請求項2】
裏金は、フェライト系、オーステナイト系又はマルテンサイト系のステンレス鋼板を具備しており、裏金の一方の面は、このステンレス鋼板の一方の面である請求項に記載の複層焼結板。
【請求項3】
裏金は、フェライト系、オーステナイト系又はマルテンサイト系のステンレス鋼板と、このステンレス鋼板の少なくとも一方の面を被覆したニッケル皮膜とを具備しており、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面である請求項に記載の複層焼結板。
【請求項4】
裏金は、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板を具備しており、裏金の一方の面は、この一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面である請求項に記載の複層焼結板。
【請求項5】
裏金は、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板と、この一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面を被覆したニッケル皮膜とを具備しており、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面である請求項に記載の複層焼結板。
【請求項6】
裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合された多孔質焼結合金層とを備えた複層焼結板の製造方法であって、
(a)裏金として、フェライト系、オーステナイト系若しくはマルテンサイト系のステンレス鋼板又は一般構造用圧延鋼板若しくは冷間圧延鋼板からなる鋼板を準備する工程と、
(b)ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有した合金を得ることができる所定量の鉄単体、ニッケル単体、鉄−燐合金、ニッケル−燐合金及び錫単体の原料金属を溶解して溶湯を作製すると共に当該溶湯をアトマイズ法により粉末化し、アトマイズ合金粉末を作製する工程と、
(c)アトマイズ合金粉末を裏金の一方の面に一様な厚さに散布し、これを還元性雰囲気に調整した焼結炉内で890〜930℃の温度で5〜10分間焼結し、裏金の一方の面に、ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有する多孔質焼結合金層を一体的に接合する工程と、
を具備しており、
鋼板からなる裏金の一方の表面に一体的に接合された多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と、マトリックス相の内部に析出したニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを具備した組織を有する複層焼結板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、裏金の一方の面に多孔質焼結合金層を備えた複層焼結板及びその製造方法に関し、更に詳しくは、内燃機関又はトランスミッション等の摺動部において塩素又は硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油の存在下で用いられて好適な複層摺動部材に用いられる複層焼結板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合されていると共に青銅、鉛青銅又は燐青銅等の青銅系銅合金からなる多孔質焼結合金層と、多孔質焼結合金層の孔隙及び表面に充填被覆された合成樹脂組成物の被覆層とを具備した複層摺動部材が提案されており、また、この多孔質焼結合金層の耐摩耗性、耐焼付性及びなじみ性を向上させるべく、多孔質焼結合金層に例えば燐、アルミニウム及びビスマス等を添加したりする提案もなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭50−43006号公報
【特許文献2】特開昭53−117149号公報
【特許文献3】特開平11−173331号公報
【特許文献4】特開平10−330868号公報
【特許文献5】特開2005−163074号公報
【特許文献6】特開2017−39984号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、この種の多孔質焼結合金層に青銅系銅合金が用いられる一つの理由は、多孔質焼結合金層の孔隙及び表面に充填被覆される合成樹脂組成物からなる滑り層の該多孔質焼結合金層への強固な接合強度(アンカー効果)を達成することができることと、相手材との摺動摩擦によって合成樹脂組成物からなる滑り層に摩耗が生じて該滑り層(摺動面)に多孔質焼結合金層の一部が露出しても、露出した青銅系銅合金が具有する良好な摺動性能により、複層摺動部材としての摩擦摩耗等の良好な摺動特性を維持することができることとにある。
【0005】
しかしながら、斯かる複層摺動部材は、多くの異なった条件下、例えば乾燥摩擦条件又は油中若しくは油潤滑条件等の条件下で使用されるが、油中又は油潤滑条件下の使用、特に摩擦面での面圧が高く、油膜の破断に起因する焼付きを生じやすい極圧条件下であって、塩素、硫黄、燐等、特に硫黄を含む極圧添加剤を含有する油中又は油潤滑条件下の使用では、複層摺動部材の切削加工による切削面又は摺動面に露出した多孔質焼結合金層の銅と、極圧添加剤として含有されている潤滑油中の硫黄との反応により硫化物(CuS、CuS等)の生成に伴う青銅系銅合金からなる多孔質焼結合金層に硫化腐食を生じさせ、この生成された硫化物は、多孔質焼結合金層の強度を低下させ、かつ被覆層の摩耗を促進させるという欠点として現れる。
【0006】
上記欠点を解決するべく本発明者らは、先に、鋼板を有した裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合されていると共に鉄又は鉄基合金30〜60質量%及びニッケル−燐合金40〜70質量%を含む多孔質焼結合金層とを具備した複層摺動部材を提案した(特許文献6)。
【0007】
本発明者らの提案に係る複層摺動部材は、潤滑油中、特に硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油を用いた油中又は油潤滑条件下においても、硫化腐食の進行を抑えることができると共に摩擦摩耗特性に優れている。
【0008】
本発明者らは、耐硫化腐食性という効果を有する特許文献6に記載された多孔質焼結合金層に着目し、鉄とニッケル及び燐に対し、更に所定量の錫を含有すると共に鉄、ニッケル、燐及び錫から作製したアトマイズ合金粉末を焼結して形成した多孔質焼結合金層は、更に硫化腐食を生じることがないと共に多孔質焼結合金層の耐摩耗性を大幅に向上させることを見出し、本発明をなすに至った。
【0009】
本発明は、前記諸点に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油を用いた油中又は油潤滑条件下においても、更に硫化腐食を生じる虞がないと共に耐摩耗性により優れた多孔質焼結合金層を備えた複層焼結板及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の複層焼結板は、裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合された多孔質焼結合金層とを具備しており、多孔質焼結合金層は、ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有すると共に鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部に析出したニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを具備した組織を有し、
マトリックス相は、少なくともマイクロビッカース硬さ(HMV)220を有しており、硬質相は、少なくともマイクロビッカース硬さ(HMV)700を有している
【0011】
本発明の複層焼結板によれば、多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部に析出したニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを具備した組織を有している結果、大幅に向上された耐摩耗性を有し、硫黄等の極圧添加剤を含有する潤滑油中又は潤滑油の供給条件下においても、硫化腐食等の不具合を生じることはないので、充填被覆される合成樹脂組成物の被覆層に硫化腐食等に起因する剥離を生じさせない。
【0012】
裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合された多孔質焼結合金層とを備えた本発明の複層焼結板の製造方法は、(a)裏金として、フェライト系、オーステナイト系若しくはマルテンサイト系のステンレス鋼板又は一般構造用圧延鋼板若しくは冷間圧延鋼板からなる鋼板を準備する工程と、(b)ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有した合金を得ることができる所定量の鉄単体、ニッケル単体、鉄−燐合金、ニッケル−燐合金及び錫単体の原料金属を溶解して溶湯を作製すると共に当該溶湯をアトマイズ法により粉末化してアトマイズ合金粉末を作製する工程と、(c)アトマイズ合金粉末を裏金の一方の面に一様な厚さに散布し、これを還元性雰囲気に調整した加熱(焼結)炉内で890〜930℃の温度で5〜10分間焼結し、裏金の一方の面に、ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有する多孔質焼結合金層を一体的に接合する工程とを具備しており、鋼板からなる裏金の一方の表面に一体的に接合された多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と、マトリックス相の内部に析出したニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを具備した組織を有している。
【0013】
本発明の複層焼結板において、裏金は、好ましい例では、フェライト系、オーステナイト系又はマルテンサイト系のステンレス(SUS)鋼板のみからなっていても、斯かるステンレス鋼板を具備していてもよく、このステンレス鋼板としては、冷間圧延ステンレス鋼板が好ましく、このうち、フェライト系ステンレス鋼板のJIS鋼種としては、例えば、SUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS434、SUS436L、SUS444、SUS447J1等を、オーステナイト系ステンレス鋼板のJIS鋼種としては、例えば、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS309、SUS310、SUS316、SUS316L、SUS317、SUS321、SUS347、SUS384等を、そして、マルテンサイト系ステンレス鋼板のJIS鋼種としては、例えば、SUS403、SUS410、SUS416、SUS420、SUS431、SUS440等を挙げることができる。
【0014】
裏金が斯かるステンレス鋼板からなる場合、裏金の一方の面は、このステンレス鋼板の一方の面であってもよく、また、裏金は、ステンレス鋼板と、このステンレス鋼板の表面を被覆したニッケル皮膜とを具備していてもよく、ニッケル皮膜を具備した裏金の場合には、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面であってもよい。
【0015】
ステンレス鋼板は、その表面が不働態皮膜によって覆われて安定な耐食性を有しているために、特にニッケル皮膜を必要としないが、この不働態皮膜は、極薄で壊れやすいため、当該不働態皮膜の補強を目的として、ステンレス鋼板にニッケル皮膜を形成してもよい。
【0016】
本発明の複層焼結板において、裏金は、他の好ましい例では、JISG3101に規定されている一般構造用圧延鋼板(SS400等)又はJISG3141に規定されている冷間圧延鋼板(SPCC等)からなっており、裏金が斯かる一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板からなる場合、裏金の一方の面は、この一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面であってもよく、また、裏金は、この一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の表面を被覆したニッケル皮膜を更に具備していてもよく、ニッケル皮膜を更に具備した裏金の場合には、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面であってもよい。
【0017】
裏金としての前記鋼板の厚さは、0.3〜2.0mmであることが好ましく、またニッケル皮膜の厚さは、概ね3〜50μmであることが好ましい。
【0018】
裏金としてニッケル皮膜を備えた鋼板を使用した複層焼結板においては、多孔質焼結合金層はニッケル皮膜を介して裏金の一方の面に接合されるため、その接合強度が高められると共に、裏金に当該ニッケル皮膜による耐蝕性が付与される。
【0019】
本発明の複層焼結板の製造方法において、アトマイズ合金粉末は、鉄単体、ニッケル単体、鉄−燐合金、ニッケル−燐合金及び錫単体を適宜選択して作製したニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%及び錫2.5〜10質量%の割合で含有し、しかも、残部として鉄及び不可避不純物を含む溶融合金(溶湯)を、高速で噴射された流体(液体又は気体)に衝突させることにより、溶湯を微粉化すると共に冷却して得られる。流体として気体(不活性ガスなど)を使用したガスアトマイズ合金粉末は、粒子形状が球形状を呈し、流体として液体(水など)を使用した水アトマイズ合金粉末は、不規則形状を呈している。本発明の複層焼結板においては、いずれの形状のアトマイズ合金粉末を使用してもよい。アトマイズ合金粉末では、鉄、ニッケル、燐及び錫を溶解することにより合金化が促進されるので、アトマイズ合金粉末を焼結して得られる多孔質焼結合金層では、アトマイズ鉄粉末とニッケル−燐合金粉末との混合粉末を焼結して得られる多孔質焼結合金層よりも耐摩耗性が向上される。
【0020】
このように作製されたアトマイズ合金粉末において、ニッケルは、主成分をなす鉄に固溶して鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相を形成し、多孔質焼結合金層の強度を向上し、該マトリックス相の耐摩耗性を向上させる。また、ニッケルは、後述する燐、錫及び主成分をなす鉄とニッケル−燐−鉄−錫合金とを含む液相を発生し、当該液相は、マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相を析出する。ニッケルの含有量が30質量%未満では多孔質焼結合金層における鉄−ニッケル合金を主体としたマトリックス相の強度の向上が得られず、耐摩耗性、耐荷重性が不充分となる虞があり、また含有量が50質量%を超えると多孔質焼結合金層の耐摩耗性を低下させる虞がある。したがって、アトマイズ合金粉末におけるニッケルの含有量は30〜50質量%、好ましくは40〜50質量%である。
【0021】
燐は、ニッケル、鉄及び錫とニッケル−燐−鉄−錫合金との液相を発生し、当該液相は、マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相を析出する。このニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相は、多孔質焼結合金層の耐摩耗性及び耐荷重性を向上させる。燐の含有量が1質量%未満では、ニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相の割合が少なく、耐摩耗性の向上に効果が充分発揮されず、また含有量が10質量%を超えるとニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相が多くなりすぎ、却って耐摩耗性を悪化させる虞がある。したがって、多孔質焼結合金層における燐の含有量は1〜10質量%、好ましくは3〜7質量%である。
【0022】
錫は、鉄−ニッケル合金を含むマトリックス相及びニッケル−燐−鉄合金を含む硬質相に拡散してマトリックス相及び硬質相を強化すると共に耐摩耗性を向上させる。また、錫は、アトマイズ合金粉末の焼結を低い焼結温度での製作を可能とするので、焼結炉に装備される炉心管、ヒーター、メッシュベルト等の熱(焼結温度)による早期の損傷を回避し得、焼結炉のメンテナンス回数を減らすことができる結果、メンテナンス費用を削減することができる。錫の含有量が2.5質量%未満では、上記効果が十分発揮されず、また含有量が10質量%を超えると耐摩耗性を低下させる虞がある。したがって、アトマイズ合金粉末における錫の含有量は2.5質量%〜10質量%、好ましくは2.5〜7質量%である。
【0023】
本発明において、ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有するアトマイズ合金粉末の多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と、このマトリックス相の内部に析出したニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを有する金属組織を呈しており、本発明の好ましい例では、マトリックス相のマイクロビッカース硬度(HMV)は、当該マトリックス相の7か所の部位の測定値の平均値で少なくとも220を有しており、硬質相のマイクロビッカース硬度(HMV)は、当該硬質相の7か所の部位の測定値の平均値で少なくとも700を有している。
【0024】
裏金がステンレス鋼板、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板であって、裏金の一方の面がステンレス鋼板、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面である場合には、裏金の一方の面に一様に散布されたアトマイズ合金粉末は、加熱(焼結)炉において890〜930℃の温度で5〜10分間焼結し、ニッケルが裏金の一方の面に固溶してその面を合金化し、多孔質焼結合金層の裏金への接合強度を増大させると共に、ニッケル−燐−鉄−錫合金が多孔質焼結合金層と裏金との接合界面に介在して界面でニッケルの固溶による合金化と相俟って多孔質焼結合金層を裏金の一方の面に強固に接合一体化させる。裏金の一方の面に一体的に接合される多孔質焼結合金層の厚さは、概ね0.1〜0.5mmであることが好ましく、空孔率が20%以上50%以下であることが好ましい。
【0025】
裏金がステンレス鋼板、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板とこのステンレス鋼板、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面を被覆したニッケル皮膜とを備えている場合は、マトリックス相の鉄−ニッケル合金がニッケル皮膜に拡散固溶して合金化するので、多孔質焼結合金層を裏金により強固に接合一体化させることができる。
【0026】
本発明の複層焼結板を用いて、該複層焼結板の多孔質焼結合金層の空孔及び表面に合成樹脂組成物を充填被覆した合成樹脂組成物の被覆層を備えた複層摺動部材としてもよい。
【0027】
合成樹脂組成物は、ふっ素樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂及びポリアミドイミド樹脂から選択される少なくとも一つの主成分をなす合成樹脂と、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂、ポリフェニレンスルホン樹脂、オキシベンゾイルポリエステル樹脂、硫酸バリウム、珪酸マグネシウム及びリン酸塩から選択される少なくとも一つの充填剤を含んでおり、更に、合成樹脂組成物は、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン及び窒化ホウ素から選択される固体潤滑剤の少なくとも一つを含んでいてもよい。
【0028】
合成樹脂組成物の具体例としては、(1)硫酸バリウム5〜30質量%、珪酸マグネシウム1〜15質量%、リン酸塩1〜25質量%、酸化チタン0.5〜3質量%及び残部ポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下「PTFE」と略称する。)からなる合成樹脂組成物、(2)硫酸バリウム5〜40質量%、燐酸塩1〜30質量%、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂及びポリフェニレンスルホン樹脂から選択される1種又は2種以上の有機材料1〜10質量%及び残部PTFEからなる合成樹脂組成物、(3)オキシベンゾイルポリエステル樹脂6.5〜11.5質量%、燐酸塩1〜12.5質量%、硫酸バリウム9.5〜34.5質量%及び残部PTFEからなる合成樹脂組成物、(4)飽和脂肪酸と多価アルコールとから誘導される多価アルコール脂肪酸エステル0.5〜5質量%、ホホバ油0.5〜3質量%及び残部ポリアセタール樹脂からなる合成樹脂組成物等を例示することができる。
【0029】
本発明の複層焼結板の多孔質焼結合金層の空孔及び表面に充填被覆された合成樹脂組成物の被覆層の厚さは0.02〜0.15mmとされ、当該被覆層を備えた複層摺動部材は、相手材との摺動摩擦によって被覆層に摩耗を生じ、当該被覆層に多孔質焼結合金層の一部が露出しても、露出した多孔質焼結合金層の良好な摺動性能により、複層摺動部材としての良好な摺動特性を発揮することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相を含んだ組織を有している結果、大幅に向上された耐摩耗性を有し、硫黄等の極圧添加剤を含有する潤滑油中又は潤滑油の供給条件下においても硫化腐食を生じることのない複層焼結板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、本発明の好ましい例の複層焼結板の製造装置の説明図である。
図2図2は、本発明の好ましい例の多孔質焼結合金層の断面組織の走査型電子顕微鏡像の説明図である。
図3図3は、図2の部分拡大走査型電子顕微鏡像の説明図である。
図4図4は、スラスト試験方法を説明するための斜視説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
次に、本発明及びその実施の形態を、図に示す好ましい実施例に基づいて更に詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に何等限定されないのである。
【0033】
本発明に係る複層焼結板を、図1に示すような製造装置1を用いて製造する方法について説明する。
【0034】
製造装置1は、裏金2としてコイル状に巻いてフープ材として提供される厚さ0.3〜2.0mmの連続条片からなる鋼板をその一端から引き出して搬送しながら当該鋼板のうねり等を矯正するレベラー3を備えている。裏金2としての鋼板は、必ずしも連続条片に限らず、適当な長さに切断した条片でもよい。また、裏金2は、鋼板とこの鋼板の少なくとも一方の面に形成されたニッケル皮膜とを具備していてもよい。
【0035】
裏金2は、レベラー3によって方向(搬送方向)Aに搬送されながらうねり等が矯正される。レベラー3よりも方向Aの下流側には、合金粉末4が貯蔵されたホッパー5が配置されており、レベラー3を通過した裏金2の表面には、ホッパー5に貯蔵された合金粉末4が供給(散布)される。ホッパー5の下端部には、裏金2の表面に供給された合金粉末4を平滑化する掻き板6が固定されており、掻き板6を通過した合金粉末4は平滑化され、これにより裏金2の一方の面には、一様な厚さの未焼結の合金粉末層7が形成される。
【0036】
ホッパー5に貯蔵される合金粉末4は、アトマイズ合金粉末である。
【0037】
アトマイズ合金粉末は、次のようにして作製する。
【0038】
原料金属として、鉄単体、ニッケル単体、鉄−19質量%燐合金、鉄−25質量%燐合金、ニッケル−4〜12質量%燐合金及び錫単体を準備し、これら原料金属からニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物をもった合金原料を作製する。合金原料を溶解して溶融合金(溶湯)を作製し、溶湯を高速で噴射された流体(液体又は気体)に衝突させて微粉化すると共に冷却して、ニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物をもったアトマイズ合金粉末を作製する。このように作製されたアトマイズ合金粉末では、鉄、ニッケル、燐及び錫を溶解することにより合金化が促進されている。
【0039】
溶湯を高速で噴射する流体として気体(不活性ガス)を使用して作製されたガスアトマイズ合金粉末の粒子形状は、球形状を呈し、流体として液体(水)を使用して作製された水アトマイズ合金粉末の粒子形状は、不規則形状を呈している。アトマイズ合金粉末の粒径は、44〜149μm(325〜100メッシュ)である。
【0040】
偏析を生じることなく一様な厚さの未焼結のアトマイズ合金粉末層が一方の面に形成された裏金2は、図1に示すように、真空又は水素(H)ガス、H・窒素(N)混合ガス(25体積%H−75体積%N)、アンモニア分解ガス(AXガス:75体積%Hと25体積%Nの混合ガス)等の還元性雰囲気に調整された加熱(焼結)炉8に搬入され、加熱炉8内で890〜930℃の温度で5〜10分間焼結される。この焼結で、アトマイズ合金粉末のニッケルが裏金2の表面に拡散固溶してその表面を合金化し、アトマイズ合金粉末の多孔質焼結合金層の裏金2への接合強度を増大させると共に、アトマイズ合金粉末のニッケル−燐−鉄−錫合金が多孔質焼結合金層と裏金2との接合界面に介在し、界面でニッケルの拡散固溶による合金化と相俟って多孔質焼結合金層を裏金2に強固に接合一体化させる。裏金2の一方の面に一体的に接合された多孔質焼結合金層の厚さは、概ね0.1〜0.5mmとされる。
【0041】
鋼板とこの鋼板の表面に形成されたニッケル皮膜とを備えた裏金2を使用した複層焼結板においては、アトマイズ合金粉末のニッケルがニッケル皮膜に相互拡散して焼結が進行するので、裏金2の一方の面にアトマイズ合金粉末の多孔質焼結合金層をより強固に接合させることができる。
【0042】
図2は、冷間圧延鋼板とこの冷間圧延鋼板の表面に形成されたニッケル皮膜とからなる裏金2の一方の面であるニッケル皮膜の面に、ニッケル47質量%、燐3質量%及び錫2.5質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有したアトマイズ合金粉末の多孔質焼結合金層を一体的に接合した複層焼結板の断面の走査型電子顕微鏡像(SEM像)であり、図3は、図2の一部拡大SEM像である。図中、符号2は、裏金、9は、裏金2の表面に施されたニッケル皮膜、10は、ニッケル皮膜9を介して裏金2の一方の面に一体的に拡散接合した多孔質焼結合金層、11は、多孔質焼結合金層10に形成される空孔、12は、多孔質焼結合金層10の鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相、13は、マトリックス相12の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相である。
【0043】
多孔質焼結合金層10における鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相12及びニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相13のマイクロビッカース硬さ(HMV)を測定したところ、マトリックス相12のマイクロビッカース硬さは、当該マトリックス相12の7か所の部位の測定値の平均値で264を示し、また硬質相13のマイクロビッカース硬さは、当該硬質相13の7か所の部位の測定値の平均値で796を示した。
【0044】
このように裏金2の一方の面に一体的に接合されたニッケル30〜50質量%、燐1〜10質量%、錫2.5〜10質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物を有したアトマイズ合金粉末の多孔質焼結合金層10は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と、マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを備えた組織を有しており、マトリックス相のマイクロビッカース硬度(HMV)は、当該マトリックス相の7か所の部位の測定値の平均値で少なくとも220を有しており、硬質相のマイクロビッカース硬度(HMV)は、当該硬質相の7か所の部位の測定値の平均値で少なくとも700を有しているので、相手材との摺動摩擦において、ニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相が該硬質相よりも軟質な鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相よりも高い荷重を支承することができ、多孔質焼結合金層10の耐摩耗性が高められる。
【0045】
次に、複層焼結板の多孔質焼結合金層の空孔及び表面に充填被覆した合成樹脂組成物の被覆層を備えた複層摺動部材について説明する。
【0046】
合成樹脂組成物の一例として、硫酸バリウム5〜40質量%、燐酸塩1〜30質量%、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂及びポリフェニレンスルホン樹脂から選択される1種又は2種以上の有機材料からなる充填材1〜10質量%、残部PTFEをヘンシェルミキサーで撹拌混合したPTFEと硫酸バリウムと燐酸塩と有機材料からなる充填材とを含む混合物100質量部に対し石油系溶剤を15質量部以上30質量部以下配合し、PTFEの室温転移転(19℃)以下、好ましくは10〜18℃の温度で混合して湿潤性が付与された合成樹脂組成物を作製する。前記複層焼結板の多孔質焼結合金層に、この湿潤性が付与された合成樹脂組成物を散布供給し、ローラで圧延して多孔質焼結合金層の空孔に合成樹脂組成物を充填するとともに多孔質焼結合金層の表面に一様な厚さの合成樹脂組成物からなる被覆層を形成する。ついで、多孔質焼結合金層に充填被覆された合成樹脂組成物の被覆層を備えた複層焼結板を200〜250℃の温度に加熱された乾燥炉内で数分間保持して石油系溶剤を除去し、その後、乾燥した合成樹脂組成物をローラによって所定の厚さになるように300〜600kgf/cmの加圧下で加圧ローラ処理する。そして、これを加熱炉に導入して360〜380℃の温度で数分乃至10数分間加熱して焼成を行なった後、炉から取り出し、再度ローラ処理によって寸法のバラツキを調整し、複層焼結板の多孔質焼結合金層の空孔及び表面に充填被覆された被覆層を備えた複層摺動部材とする。複層摺動部材における合成樹脂組成物から形成された被覆層の厚さは0.02〜0.15mmとされる。
【0047】
このようにして作製された複層摺動部材は、相手材との摺動摩擦によって合成樹脂組成物からなる被覆層(摺動面)に摩耗が生じ、当該被覆層に多孔質焼結合金層の一部が露出し、相手材との摺動摩擦がこの両者が混在した摺動面に移行しても、露出したアトマイズ合金粉末の多孔質焼結合金層は耐摩耗性に優れているので、被覆層の低摩擦性と相俟って複層摺動部材としての良好な摺動特性を発揮することができる。
【実施例】
【0048】
実施例1
厚さ0.70mmの冷間圧延鋼板(SPCC)を幅170mm、長さ600mmの寸法に切断した条片を準備し、この条片の一方の面を含む全面に電解ニッケルめっきによる厚さ20μmのニッケル皮膜を施し、これを裏金とした。
【0049】
原料金属として、鉄単体、ニッケル単体、ニッケル−4質量%燐合金及び錫単体を準備し、これらの原料金属からニッケル−4質量%燐合金25質量%、ニッケル単体23.5質量%、鉄単体49質量%及び錫単体2.5質量%を計量した。これら原料金属を溶解した溶湯を高速で噴射された流体(不活性ガス)に衝突させて微粉化すると共に冷却して、ニッケル47.5質量%、燐1質量%、錫2.5質量%並びに鉄及び不可避不純物からなる残部49質量%を含むアトマイズ合金粉末を作製した。このアトマイズ合金粉末の粒径は、45〜150μmであった。
【0050】
予めアセトンにて脱脂清浄した前記裏金の一方の面のニッケル皮膜の表面にアトマイズ合金粉末を散布し、一様な厚さの未焼結のアトマイズ合金粉末層を作製した。ついで、水素・窒素混合ガス(25vol%H−75vol%N)の還元性雰囲気に調整した焼結炉に搬送して890℃の温度で10分間焼結し、裏金の一方の面にニッケル皮膜を介して一体的に接合された厚さ0.3mmのニッケル47.5質量%、燐1質量%、錫2.5質量%並びに鉄及び不可避不純物からなる残部49質量%を含む多孔質焼結合金層を有する複層焼結板を得た。複層焼結板の多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部に発生されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む液相から析出されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを備えた組織を呈しており、該マトリックス相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、当該マトリックス相の7か所の部位の測定値の平均値で220を示し、硬質相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、当該硬質相の7か所の部位の測定値の平均値で878を示した。
【0051】
実施例2〜実施例9
前記実施例1と同様の冷間圧延鋼板とこの冷間圧延鋼板の一方の面を含む全面に施した厚さ20μmのニッケル皮膜とからなる裏金を用意した。
【0052】
原料金属として、鉄単体、ニッケル単体、鉄−19質量%燐合金、鉄−25質量%燐合金、ニッケル−4〜12質量%燐合金及び錫単体を準備し、これらの原料金属を適宜選択して表1から表3に示す成分組成のアトマイズ合金粉末を作製し、実施例1と同様の方法で裏金の一方の面にニッケル皮膜を介して一体的に接合された厚さ0.3mmの多孔質焼結合金層を有する複層焼結板を得た。複層焼結板の多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相とを備えた組織を呈しており、該マトリックス相及び硬質相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、表1から表3に示す。
【0053】
比較例1(特許文献6の実施例2相当)
前記実施例1と同様の裏金を用意した。
【0054】
200メッシュ(74μm)の篩を通過する粒度のアトマイズ鉄粉末50質量%と、350メッシュ(44μm)の篩を通過する粒度のアトマイズニッケル−11質量%燐合金粉末50質量%(ニッケル44.5質量%、燐5.5質量%)とを30分間V型ミキサーで混合して作製した混合粉末を、予めアセトンにて脱脂清浄したニッケル皮膜の一方の面に一様な厚さに散布し、これを水素・窒素混合ガス(25vol%H−75vol%N)の還元性雰囲気に調整した加熱炉内で890℃の温度で10分間焼結し、ニッケル皮膜の一方の面に、鉄粉末50質量%及びニッケル−11質量%燐合金粉末50質量%を含む混合粉末の焼結合金からなる厚さ0.3mmの多孔質焼結合金層を一体的に接合した複層焼結板を作製した。複層焼結板の多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル合金を含むマトリックス相と、該マトリックス相の粒界にニッケル−燐合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐合金を含む硬質相とを備えた組織を呈しており、該マトリックス相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、当該マトリックス相の7か所の部位の測定値の平均値で260を示し、硬質相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、当該硬質相の7か所の部位の測定値の平均値で620を示した。
【0055】
比較例2
原料金属として、鉄単体、ニッケル単体及びニッケル−8質量%燐合金を準備し、これらの原料金属から鉄単体48質量%、ニッケル単体15質量%及びニッケル−8質量%燐合金37質量%を計量した。これらの原料金属を溶解した溶湯を高速で噴射された流体(不活性ガス)に衝突させて微粉化すると共に冷却して、ニッケル49質量%、燐3質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物48質量%を含むアトマイズ合金粉末を作製した。このアトマイズ合金粉末の粒径は、45〜106μmであった。
【0056】
前記裏金の一方の面のニッケル皮膜の表面にアトマイズ合金粉末を散布し、一様な厚さの未焼結のアトマイズ合金粉末層を作製した。ついで、水素・窒素混合ガス(25vol%H−75vol%N)の還元性雰囲気に調整した焼結炉に搬送して890℃の温度で10分間焼結した。冷却後、焼結炉から取り出したところ、多孔質焼結合金層は裏金の一方の面にニッケル皮膜を介して一体的に接合されていなかったことを確認した。
【0057】
比較例3
比較例2と同様の裏金及びニッケル49質量%、燐3質量%に加えて残部として鉄及び不可避不純物48質量%を含むアトマイズ合金粉末を用意した。裏金の一方の面のニッケル皮膜の表面にアトマイズ合金粉末を散布し、一様な厚さの未焼結のアトマイズ合金粉末層を作製した。ついで、水素・窒素混合ガス(25vol%H−75vol%N)の還元性雰囲気に調整した焼結炉に搬送して900℃、910℃、920℃及び930℃の温度で夫々10分間焼結した。冷却後、焼結炉から取り出したところ、焼結温度が930℃の温度で焼結した場合に限り、多孔質焼結合金層が裏金の一方の面にニッケル皮膜を介して一体的に接合されていることを確認した。複層焼結板の多孔質焼結合金層は、鉄−ニッケル合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐−鉄合金を含む硬質相とを備えた組織を呈しており、該マトリックス相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、当該マトリックス相の7か所の部位の測定値の平均値で267を示し、硬質相のマイクロビッカース硬さ(MVH)は、当該硬質相の7か所の部位の測定値の平均値で660を示した。
【0058】
次に、実施例1から実施例9並びに比較例1及び比較例3の複層焼結板について、以下に示す試験条件にて摩擦摩耗特性を評価した。評価結果は、表1から表4に示す。
【0059】
<複層焼結板の摩擦摩耗特性についての試験条件>
速度 1.3m/min
荷重(面圧) 300kgf/cm
試験時間 20時間
相手材 機械構造用炭素鋼(S45C)
潤滑 油中(出光興産社製「ダフニースーパーマルチオイル#32(商品名)」)
【0060】
<複層焼結板の摩擦摩耗特性の試験方法>
図4に示すように、実施例1から実施例9並びに比較例1及び比較例3の夫々の複層焼結板から作製された一辺が30mmの方形状の軸受試験片17を試験台に固定し、相手材となる円筒体18から軸受試験片17の一方の面19に、当該面19に直交する方向Xの所定の荷重をかけながら、円筒体18を当該円筒体18の軸心20の周りで方向Yに回転させ、軸受試験片17と円筒体18との間の摩擦係数及び20時間試験後の面19の摩耗量を測定した。
【0061】
試験結果を表1ないし表4に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
表4中の比較例2については、裏金の一方の面にニッケル皮膜を介して多孔質焼結合金層が一体的に接合されなかったため、摩擦摩耗特性の評価を行えなかった。
【0067】
試験結果から、実施例1から実施例9の複層焼結板においては、摩擦摩耗特性、特に耐摩耗性が大幅に向上されていることが分かる。実施例2と比較例3との対比から分かるように、実施例2の多孔質焼結合金層のマトリックス相及び硬質相の夫々には、錫が拡散して析出しており、この錫の析出によりマトリックス相及び硬質相の耐摩耗性が向上し、多孔質焼結合金層の耐摩耗性が大幅に向上したものと推察する。
【0068】
また、多孔質焼結合金層を形成するアトマイズ合金粉末に錫が含有されることにより、実施例1から実施例9の複層焼結板の製造においては、焼結温度が890〜930℃と焼結可能温度の幅(50℃)を広く採ることができるのに対し、比較例2及び比較例3のアトマイズ合金粉末を用いた複層焼結板の製造においては、焼結温度が930℃のみと焼結可能温度の幅を採ることができなかった。このことは、アトマイズ合金粉末に錫を含有させることにより、焼結温度を下げることができることであり、加熱(焼結)炉に装備される炉心管、ヒーター、メッシュベルト等の熱(焼結温度)による早期の損傷を回避し得、加熱炉のメンテナンス回数を減らすことができる結果、メンテナンス費用を大幅に削減することができるという副次的な効果を生むことができる。
【0069】
以上説明したように、本発明に係る複層焼結板は、鉄−ニッケル−錫合金を含むマトリックス相と該マトリックス相の内部にニッケル−燐−鉄−錫合金を含んで発生された液相から析出されたニッケル−燐−鉄−錫合金を含む硬質相を含んだ組織を呈する多孔質焼結合金層を有しており、当該多孔質焼結合金層は、マトリックス相及び硬質相に拡散した錫の析出により耐摩耗性が大幅に向上すると共に、多孔質焼結合金層は、硫黄等の極圧添加剤を含有する潤滑油中又は潤滑油の供給条件下においても、硫化腐食等の不具合を生じることはないので、硫化腐食等に起因する多孔質焼結合金層に充填被覆された合成樹脂組成物の被覆層の剥離を生じることがない。また、製造方法においては、錫を含有したアトマイズ合金粉末を使用することにより、裏金の一方の面に金属粉末の偏析を生じることなく低い焼結温度で焼結できるので、加熱(焼結)炉に装備される炉心管、ヒーター、メッシュベルト等の熱(焼結温度)による早期の損傷を回避し得、加熱炉のメンテナンス回数を減らすことができる結果、メンテナンス費用を大幅に削減することができる。
【符号の説明】
【0070】
1 製造装置
2 裏金
4 アトマイズ合金粉末
5 ホッパー
7 未焼結のアトマイズ合金粉末層
8 加熱(焼結)炉
9 ニッケル皮膜
10 多孔質焼結合金層
11 空孔
12 マトリックス相
13 硬質相
図1
図2
図3
図4