特許第6893973号(P6893973)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6893973成形性に優れた高強度薄鋼板及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6893973
(24)【登録日】2021年6月4日
(45)【発行日】2021年6月23日
(54)【発明の名称】成形性に優れた高強度薄鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210614BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20210614BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20210614BHJP
【FI】
   C22C38/00 301S
   C22C38/00 301T
   C22C38/14
   C21D9/46 G
   C21D9/46 J
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-506715(P2019-506715)
(86)(22)【出願日】2017年8月4日
(65)【公表番号】特表2019-527775(P2019-527775A)
(43)【公表日】2019年10月3日
(86)【国際出願番号】KR2017008435
(87)【国際公開番号】WO2018030715
(87)【国際公開日】20180215
【審査請求日】2019年3月18日
(31)【優先権主張番号】10-2016-0102946
(32)【優先日】2016年8月12日
(33)【優先権主張国】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコ
【氏名又は名称原語表記】POSCO
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【弁理士】
【氏名又は名称】原 裕子
(72)【発明者】
【氏名】ハン、 サン−ホ
(72)【発明者】
【氏名】イ、 ジェ−ウン
【審査官】 橋本 憲一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平05−239554(JP,A)
【文献】 特開2002−167645(JP,A)
【文献】 特開2015−063729(JP,A)
【文献】 特開昭61−276923(JP,A)
【文献】 特開昭61−276931(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46−9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.001〜0.004%、Si:0.5%以下(0%を除く)、Mn:0.8%以下(0%を除く)、P:0.005〜0.12%、S:0.01%以下、N:0.01%以下、酸可溶Al:0.1%以下(0%を除く)、Ti:0.01〜0.04%と、Nb:0.005〜0.04%及びB:0.0005〜0.002%からなる群より選択された1種以上と、残部Fe及び不可避不純物とからなり
前記Ti、N及びSの含有量は下記関係式1を満たし、
板厚方向にt/4(t:薄鋼板の厚さ)の地点における(001)[1−10]〜(110)[1−10]方位グループの平均ランダム強度比(a)に対する(111)[1−10]〜(111)[−1−12]方位グループの平均ランダム強度比(b)の比(b/a)が2.3以上であり、焼付硬化性(BH)が4MPa以上である、高強度薄鋼板。
[関係式1]−0.02≦[Ti]−(24/7)[N]−(3/2)[S]≦0.025
(ここで、[Ti]、[N]及び[S]はそれぞれ、該当元素の含有量(重量%)を意味する。)
【請求項2】
下記数学式1で定義されるPinが80%以上である、請求項1に記載の高強度薄鋼板。
[数1]Pin(%)={Nin/(Nin+Ngb)}×100
(但し、Ninは、結晶粒内に存在する20nm以下の円相当直径を有する炭化物の数であり、Ngbは結晶粒界に存在する20nm以下の円相当直径を有する炭化物の数である。)
【請求項3】
0.2個/μm以下のFeTiP析出物を含む、請求項1又は2に記載の高強度薄鋼板。
【請求項4】
降伏強度(Yield Strength、YS)及び平均塑性異方性係数(Lankford value、r−value)の積が290MPa以上である、請求項1から3のいずれか1項に記載の高強度薄鋼板。
【請求項5】
重量%で、C:0.001〜0.004%、Si:0.5%以下(0%を除く)、Mn:0.8%以下(0%を除く)、P:0.005〜0.12%、S:0.01%以下、N:0.01%以下、酸可溶Al:0.1%以下(0%を除く)、Ti:0.01〜0.04%と、Nb:0.005〜0.04%及びB:0.0005〜0.002%からなる群より選択された1種以上と、残部Fe及び不可避不純物とからなる鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階と、
前記熱延鋼板を450〜750℃の温度で巻取る段階と、
前記巻取られた熱延鋼板を75%以上の圧下率で冷間圧延して冷延鋼板を得る段階と、
前記冷延鋼板を830〜880℃の焼鈍温度まで昇温した後、前記焼鈍温度で焼鈍時間40〜70秒を保持して連続焼鈍する段階と、
前記連続焼鈍された冷延鋼板を650℃以下の温度まで2〜10℃/sの速度で冷却する段階と、
前記冷却された冷延鋼板を0.3〜1.6%の圧下率で調質圧延する段階と、を含み、
前記鋼スラブに含まれる前記Ti、N及びSの含有量は下記関係式1を満たし、
前記冷延鋼板の昇温における(再結晶開始温度+20)℃から焼鈍温度までの平均昇温速度が3.8℃/s以下であり、
前記冷延鋼板は、板厚方向にt/4(t:薄鋼板の厚さ)の地点における(001)[1−10]〜(110)[1−10]方位グループの平均ランダム強度比(a)に対する(111)[1−10]〜(111)[−1−12]方位グループの平均ランダム強度比(b)の比(b/a)が2.3以上であり、焼付硬化性(BH)が4MPa以上である、高強度薄鋼板の製造方法。
[関係式1]−0.02≦[Ti]−(24/7)[N]−(3/2)[S]≦0.025
(ここで、[Ti]、[N]及び[S]はそれぞれ、該当元素の含有量(重量%)を意味する。)
【請求項6】
前記熱間圧延における仕上げ圧延温度はAr3℃以上である、請求項5に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記仕上げ圧延温度から前記巻取温度までの平均冷却速度は10〜200℃/sである、請求項6に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記連続焼鈍における焼鈍温度(T、℃)及び焼鈍時間(t、秒)は下記関係式2を満たす、請求項5から7のいずれか1項に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
[関係式2]30≦0.001×T×t≦70
【請求項9】
前記調質圧延された冷延鋼板の表面に溶融亜鉛めっきする段階をさらに含む、請求項5から8のいずれか1項に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記溶融亜鉛めっき後に、450〜600℃で合金化熱処理する段階をさらに含む、請求項9に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度薄鋼板及びその製造方法に関するもので、より詳細には、自動車用外板材などの素材として好適に適用されることができる成形性に優れた高強度薄鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の内板及び外板(ドア、フード、フェンダー、フロアなど)の素材として適用される鋼には、高強度だけでなく優れた成形性が要求される。これは、事故から乗客の安全を守り、車体の軽量化を通じた燃費向上を図るためである。
【0003】
しかし、鋼板の強度の増加は成形性の悪化を招くため、上記二つの因子(強度及び成形性)を両方とも満足させることは非常に難しく、特にドアインナーやリアフロアなどのようなさらに高い成形性を必要とする部品では、加工時にクラックが発生するなどの成形不良が頻繁に発生するため、これら部品への高強度鋼の適用は未だ不十分であるのが実情である。
【0004】
現在までに開発された強度及び成形性に優れた公知の鋼板としては、いわゆるIF鋼(Interstitial Free Steel)が挙げられる。これは、強力な炭窒化物形成元素であるチタン(Ti)及び/又はニオブ(Nb)などを添加して、炭素(C)、窒素(N)、硫黄(S)などの固溶元素を除去することで強度及び成形性をともに確保するものであって、代表的に特許文献1〜4に開示されている。しかし、このIF鋼は、平均塑性異方性係数(Lankford value、r値)が1.5〜1.8を示し、従来のDDQ(Deep Drawing Quality)級の軟質冷延鋼板が用いられた部品を代替するためには非常に不十分なレベルである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−280943号公報
【特許文献2】特開平5−070836号公報
【特許文献3】特開平5−263184号公報
【特許文献4】特開平10−096051号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的の一つは、成形性に優れた高強度薄鋼板及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一側面は、重量%で、C:0.001〜0.004%、Si:0.5%以下(0%を除く)、Mn:1.2%以下(0%を除く)、P:0.005〜0.12%、S:0.01%以下、N:0.01%以下、酸可溶Al:0.1%以下(0%を除く)、Ti:0.01〜0.04%、残部Fe及び不可避不純物を含み、上記Ti、N及びSの含有量は下記関係式1を満たし、板厚方向にt/4(t:薄鋼板の厚さ)の地点における(001)[1−10]〜(110)[1−10]の方位グループの平均ランダム強度比(a)に対する(111)[1−10]〜(111)[−1−12]の方位グループの平均ランダム強度比(b)の比(b/a)が2.3以上であり、焼付硬化性(BH)が4MPa以上である高強度薄鋼板を提供する。
[関係式1]−0.02≦[Ti]−(24/7)[N]−(3/2)[S]≦0.025
(ここで、[Ti]、[N]及び[S]はそれぞれ、該当元素の含有量(重量%)を意味する。)
【0008】
本発明の他の一側面は、重量%で、C:0.001〜0.004%、Si:0.5%以下(0%を除く)、Mn:1.2%以下(0%を除く)、P:0.005〜0.12%、S:0.01%以下、N:0.01%以下、酸可溶Al:0.1%以下(0%を除く)、Ti:0.01〜0.04%、残部Fe及び不可避不純物を含む鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階と、上記熱延鋼板を450〜750℃の温度で巻取る段階と、上記巻取られた熱延鋼板を75%以上の圧下率で冷間圧延して冷延鋼板を得る段階と、上記冷延鋼板を830〜880℃の焼鈍温度まで昇温した後、上記焼鈍温度で焼鈍時間30〜80秒を保持して連続焼鈍する段階と、上記連続焼鈍された冷延鋼板を650℃以下の温度まで2〜10℃/sの速度で冷却する段階と、上記冷却された冷延鋼板を0.3〜1.6%の圧下率で調質圧延する段階と、を含み、上記冷延鋼板の昇温における(再結晶開始温度+20)℃から焼鈍温度までの平均昇温速度が5℃/s以下である高強度薄鋼板の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のいくつかの効果の一つとして、本発明による薄鋼板は、強度及び成形性に優れ、自動車用外板材などの素材として好適に適用されることができる点が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】発明例1の集合組織の発達程度を分析したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、上述した従来技術の問題点を解決するために深く研究した結果、鋼中の強力な炭窒化物形成元素であるチタン(Ti)を単独で添加するか、又はチタン(Ti)及びニオブ(Nb)を複合添加して、炭素(C)、窒素(N)、硫黄(S)などの固溶元素を除去し、且つ固溶元素を除去して生成される炭化物などの位置分布を適切に制御するとともに、集合組織を制御することにより、強度及び絞り性を著しく改善させることができ、焼鈍中に再溶解された固溶炭素を適正なレベルで残存させることにより、焼付硬化性を大幅に向上させることができる点を確認し、本発明を完成するに至った。
【0012】
以下、本発明の一側面による成形性に優れた高強度薄鋼板について詳細に説明する。
【0013】
まず、高強度薄鋼板の合金成分及び好ましい含有量の範囲について詳細に説明する。後述する各成分の含有量は、特に言及しない限り、すべて重量基準であることを予め明らかにしておく。
【0014】
C:0.001〜0.004%
炭素は、侵入型固溶元素であって、冷延及び焼鈍過程で鋼板の集合組織の形成に大きい影響を与える。特に、鋼中の固溶炭素量が多くなると、絞り性に有利な{111}集合組織を有する結晶粒成長が抑制され、{110}及び{100}集合組織を有する結晶粒成長が促進されて、薄鋼板の絞り性が劣化することがある。また、炭素含有量が多すぎる場合には、これを炭化物として析出させるために必要なTi含有量が多すぎるようになって、経済性の面において不利となりうるだけでなく、微細なTiCの炭化物が鋼中に多く分布して絞り性を急激に劣化させるという問題がある。したがって、本発明では、炭素含有量の上限を0.004%、好ましくは0.0035%に制御する。一方、炭素含有量が低いほど絞り性を改善させるためには有利であり得るが、その含有量が過度に低い場合には、薄鋼板の焼付硬化性が急激に劣化するという問題がある。したがって、本発明では、炭素含有量の下限を0.001%、好ましくは0.0012%に制御する。
【0015】
Si:0.5%以下(0%を除く)
シリコンは、固溶強化によって薄鋼板の強度上昇に寄与する。但し、その含有量が多すぎる場合には、表面スケール欠陥を誘発し、めっき表面特性が劣化するという問題があるため、本発明では、その上限を0.5%、好ましくは0.05%に制御する。一方、本発明では、シリコン含有量の下限については特に限定しないが、好ましくは0.001%であることができ、より好ましくは0.002%であることができる。
【0016】
Mn:1.2%以下(0%を除く)
マンガンは、固溶強化元素であって、鋼の強度向上に寄与するだけでなく、鋼中SをMnSとして析出させ、熱間圧延におけるSによる板破断の発生及び高温脆化を抑制させる役割を果たす。但し、その含有量が多すぎる場合には、過剰のMnが固溶されて絞り性を劣化させるという問題がある。本発明では、マンガン含有量の上限を1.2%以下、好ましくは1.0%以下、より好ましくは0.8%以下に制御する。一方、本発明では、マンガン含有量の下限については特に限定しないが、好ましくは0.01%であることができ、より好ましくは0.1%であることができる。
【0017】
P:0.005〜0.12%
リンは、固溶効果に非常に優れており、絞り性を大きく損うことなく鋼の強度を向上させるために最も効果的な元素である。本発明では、リン含有量の下限を0.005%、好ましくは0.008%、より好ましくは0.010%に制御する。但し、その含有量が多すぎる場合には、過剰のPがFeTiPとして析出し、絞り性が劣化するという問題がある。本発明では、リン含有量の上限を0.12%、好ましくは0.10%、より好ましくは0.08%に制御する。
【0018】
S:0.01%以下、N:0.01%以下
硫黄及び窒素は、鋼中に不可避に存在する不純物であって、優れた溶接特性を確保するためには、これら含有量をできるだけ低く制御することが好ましい。本発明では、適切な溶接特性の確保の点において硫黄及び窒素含有量の上限をそれぞれ0.01%以下に管理する。
【0019】
Sol.Al:0.1%以下(0%を除く)
酸可溶アルミニウムは、AlNを析出させて、薄鋼板の絞り性及び延性の向上に寄与する。但し、その含有量が多すぎる場合には、製鋼操業時にAl系介在物が過剰に形成されて鋼板内部に欠陥が発生するという問題がある。本発明では、酸可溶アルミニウム含有量の上限を0.1%、好ましくは0.08%、より好ましくは0.05%に制御する。一方、本発明では、酸可溶アルミニウム含有量の下限については特に限定しないが、好ましくは0.01%であることができ、より好ましくは0.02%であることができる。
【0020】
Ti:0.01〜0.04%
チタンは、熱延中の固溶炭素及び固溶窒素と反応してTi系炭窒化物を析出させることで薄鋼板の絞り性の向上に大きく寄与する元素である。本発明では、チタン含有量の下限を0.01%以上、好ましくは0.012%以上、より好ましくは0.015%以上に制御する。但し、その含有量が多すぎる場合には、固溶炭素及び固溶窒素と反応して残ったTiがPと結合して、過剰のFeTiP析出物を形成させて絞り性が劣化するおそれがあり、TiCあるいはTiN析出物が鋼中に多く分布して固溶炭素量が過度に低くなり、薄鋼板の焼付硬化性が劣化するおそれがある。本発明では、チタン含有量の上限を0.04%、好ましくは0.03%に制御する。
【0021】
これに加えて、残部Fe及び不可避不純物を含む。但し、通常の製造過程では、原料や周囲の環境から意図しない不純物が不可避に混入される可能性があるため、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程における技術者であれば誰でも分かるものであるため、そのすべての内容を具体的に言及することはしない。さらに、上記の組成に加えて、有効な成分の添加が排除されるわけではなく、特に鋼板の機械的物性をより向上させるために以下のような成分をさらに含むことができる。
【0022】
Nb:0.005〜0.04%
ニオブは、熱間圧延中の固溶炭素を(Ti,Nb)Cの複合炭化物の形で析出させることにより、焼鈍中の集合組織の形成を容易にする役割を果たす。また、適量のNbが添加される場合には、方向別塑性異方性(0°、45°、90°)を改善させるという効果があり、90°方向に対する0°方向及び45°方向の塑性変形異方性(r−value)が増加する。結果的に、材料の平面異方性(Δr、Planar anisotropy)がほぼゼロ(0)に到達し、板面上にr値が均等に分布する特性を示して、成形時に材料の耳の形の成形不良が防止されるという長所がある。本発明では、かかる効果を得るために、ニオブ含有量の下限を0.005%以上、より好ましくは0.008%以上に制御する。但し、その含有量が多すぎる場合には、鋼中のほとんどの固溶炭素が微細なNbCとして析出し、焼鈍後も固溶炭素がほとんど再溶解されることができず、焼付硬化性が劣化するという問題がある。さらに、微細な(Ti,Nb)Cの複合炭化物の析出量が比較的少なく、絞り性(r−value)が劣化するだけでなく、再結晶温度が上昇して材料劣化をもたらすという問題もある。ニオブ含有量の上限は、0.04%であることが好ましく、0.03%であることがより好ましく、0.025%であることがさらに好ましい。
【0023】
B:0.002%以下(0%を除く)
ホウ素は、鋼中Pによる二次加工脆性を抑制する。但し、その含有量が多すぎる場合には、鋼板の延性低下を伴うことがあるため、本発明では、ホウ素含有量の上限を0.002%以下、好ましくは0.0015%以下に制御する。一方、本発明では、ホウ素含有量の下限については特に限定しないが、好ましくは0.0003%であることができ、より好ましくは0.0005%であることができる。
【0024】
一方、上記のような成分の範囲を有する薄鋼板の合金設計時に、上記Ti、N及びSの含有量は下記関係式1を満たすようにすることが好ましい。もし、[Ti]−(24/7)[N]−(3/2)[S]の値が−0.02未満の場合には、鋼中CをTiCで析出させるためのTi含有量が絶対的に不足して、加工性評価指数であるr値が著しく低くなりうる。これに対し、その値が0.025を超えると、加工性に有利なTiC析出物の他にFeTiP析出物が形成されて焼鈍時の{111}方位の発達を著しく阻害する。より好ましくは、その値を−0.01〜0.01に制御する。
[関係式1]−0.02≦[Ti]−(24/7)[N]−(3/2)[S]≦0.025
(ここで、[Ti]、[N]及び[S]はそれぞれ、該当元素の含有量(重量%)を意味する。)
【0025】
以下、高強度薄鋼板の組織及び析出物などについて詳細に説明する。
【0026】
結晶内部に生成された一定の面と方位を有する配列を集合組織とし、かかる集合組織が一定の方向に帯状に発達した状態をファイバー集合組織とする。集合組織は、絞り性と密接な関係を有し、かかる集合組織のうち{111}面が圧延面に垂直に形成されるガンマ(γ)−ファイバー集合組織の面強度値が高いほど、絞り性が改善されることで知られている。通常、アルファ(α)−ファイバー集合組織は、RD//<110>で定義され、ガンマ(γ)−ファイバー集合組織は、ND//<111>で定義される。
【0027】
一方、本発明者らは、上記のようなガンマ(γ)−ファイバー集合組織を形成させるためには、鋼板表面から板厚方向にt/4(t:鋼板の厚さ)の地点におけるアルファ(α)−ファイバー集合組織((001)[1−10]〜(110)[1−10]の方位グループ)の平均ランダム強度比(a)に対するガンマ(γ)−ファイバー集合組織((111)[1−10]〜(111)[−1−12]の方位グループ)の平均ランダム強度比(b)の割合が非常に重要であることを確認した。より具体的には、鋼板表面から板厚方向にt/4(t:薄鋼板の厚さ)の地点における(001)[1−10]〜(110)[1−10]方位グループの平均ランダム強度比(a)に対する(111)[1−10]〜(111)[−1−12]方位グループの平均ランダム強度比(b)の比(b/a)が2.3以上確保される場合には、平均塑性異方性係数(Lankford value、r値)が1.9以上確保され、優れた絞り性を確保することができる点を確認した。一方、ガンマ(γ)−ファイバー集合組織((111)[1−10]〜(111)[−1−12]の方位グループ)の平均ランダム強度比が比較的高いほど絞り性に有利であるため、本発明ではその上限を特に限定しない。
【0028】
特に、本発明では、自動車部品の成形時に特定の方向ではなく、いくつかの方向別に優れた絞り性を確保しなければ、クラックが発生することのない完全な部品の成形が不可能であることが確認された。また、ガンマ(γ)−ファイバー集合組織の発達程度を0〜90°ですべて分析してその値を示す場合、完全な成形性を示すことができる点が確認された。すなわち、ガンマ(γ)−ファイバー集合組織の0°((111)[1−10])、30°((111)[1−21])、60°((111)[0−11])、90°((111)[−1−12])のすべての方向に対して平均ランダム強度比の発達が全般的に高いほど有利である。
【0029】
一方、圧延方向に対して方向別に測定した塑性異方性係数から得られる平均塑性異方性係数(Lankford value、r値)は、絞り性を示す代表的な材料特性値であって、その値は以下の式1から計算される。
r値=(r0+r90+2r45)/4(式1)
(但し、riは、圧延方向からi°方向に採取した試験片で測定した塑性異方性係数を示す。)
上記式1において、r値が大きいほど、絞り加工時の成形カップの深さを増加させることができ、絞り性がよいと判断することができる。本発明の一実施例による薄鋼板は1.9以上のr値を有するため、優れた絞り性を示す。
【0030】
一例によると、高強度薄鋼板の平均結晶粒サイズは5μm以上であることができ、好ましくは7μm以上であることができる。ここで、平均結晶粒サイズとは、結晶粒の平均円相当直径(equivalent circular diameter)を意味する。本発明では、結晶粒サイズが粗大であるほど成形性の面において有利であるため、できる限り粗大な結晶粒を確保することが有利である。このために、成分の制御を介してC含有量を40ppm以下の極低炭素鋼のレベルに下げるとともに、炭化物析出を最大限に効果的に制御して焼鈍時の結晶粒成長を図る。これは、結晶粒サイズが粗大であるほど結晶粒界に対する結晶粒内の炭化物析出が容易となって、加工時にクラックが発生する可能性を大幅に下げることができるためである。一方、平均結晶粒サイズが大きいほど、成形性の面において有利であるため、本発明では、平均結晶粒サイズの上限については特に限定しないが、結晶粒成長のための860℃以上の高温焼鈍が原因となって焼鈍炉内の耐火レンガが損傷するおそれがある点を考慮すると、その上限を20μmに限定するとよい。
【0031】
一例によると、本発明の高強度薄鋼板は、下記数学式1で定義されるPinが80%以上であることができ、好ましくは82%以上であることができる。上記の割合(Pin)が80%未満の場合、すなわち、結晶粒界に多量の炭化物が析出する場合には、加工時にクラックが発生する可能性が著しく高くなり、その結果、延性及び絞り性が劣化するおそれがある。上記の割合(Pin)が高いほど、延性及び絞り性の向上に有利であるため、本発明では、上記の割合(Pin)の上限については特に限定しない。ここで、炭化物とは、TiC単独炭化物、NbC単独炭化物、又は(Ti,Nb)C複合炭化物を意味する。
[数1]
in(%)={Nin/(Nin+Ngb)}×100
(但し、Ninは、結晶粒内に存在する20nm以下の円相当直径を有する炭化物の数であり、Ngbは、結晶粒界に存在する20nm以下の円相当直径を有する炭化物の数である。)
【0032】
一例によると、本発明の高強度薄鋼板は、FeTiP析出物を単位面積(μm)当たりに0.2個以下含むことができ、好ましくは0.1個以下含むことができる。上記FeTiP析出物は、主に針状に析出して、焼鈍時の{111}方位の発達を低下させる。上記FeTiP析出物が0.2個/μmを超えて形成される場合には、絞り性が劣化するおそれがある。一方、単位面積当たりのFeTiP析出物の個数が少ないほど絞り性の向上に有利であるため、本発明では、上記FeTiP析出物の数の下限については特に限定しない。
【0033】
一例によると、本発明の高強度薄鋼板は4MPa以上、より好ましくは10MPa以上、さらに好ましくは15MPa以上の焼付硬化性(BH)を有し、優れた焼付硬化性を示す。
【0034】
一例によると、本発明の高強度薄鋼板は、0.8mm以下の厚さを有し、降伏強度(YS、MPa)と平均塑性異方性係数(Lankford value、r−value)の積が290MPa以上の値を有するため、外部の物理的な力に対する抵抗性を意味する、耐デント性及び成形性に非常に優れ、自動車外板用素材として好適に適用することができる。
【0035】
以上で説明した本発明の高強度薄鋼板は、様々な方法で製造することができ、その製造方法は特に制限しない。但し、好ましい一例として、次のような方法により製造することができる。
【0036】
以下、本発明の他の一側面による成形性に優れた高強度薄鋼板の製造方法について詳細に説明する。
【0037】
まず、上述した成分系を有する鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る。
一例によると、熱間圧延における仕上げ圧延は、オーステナイト単相域温度(Ar3℃以上の温度)で行うことができる。もし、熱間仕上げ圧延温度がAr3℃未満の場合には、2相域圧延が起こる可能性が高く、材質不均一性がもたらされるおそれがある。参考として、Ar3℃は下記数学式2から計算されることができる。
[数2]
Ar3(℃)=910−310[C]−80[Mn]−20[Cu]−15[Cr]−55[Ni]−80[Mo]
(ここで、[C]、[Mn]、[Cu]、[Cr]、[No]及び[Mo]はそれぞれ、該当元素の重量%を意味する。)
【0038】
次に、熱延鋼板を巻取る。
このとき、巻取温度は450〜750℃であることが好ましく、500〜700℃であることがより好ましい。もし、巻取温度が450℃未満の場合には、FeTiP析出物が多量析出して絞り性が低下し、板反りが発生するおそれがある。これに対し、750℃を超えると、析出物が粗大化するとともに、焼鈍中に固溶炭素の再溶解が難しくなり焼付硬化性(BH)が劣化するおそれがある。
【0039】
一例によると、熱間仕上げ圧延温度から巻取温度までの平均冷却速度は10〜200℃/sであることができる。もし、平均冷却速度が10℃/s未満の場合には、フェライト結晶粒が不均一に成長し、FeTiP析出物が形成されて、本発明で目的とする成形性の確保が難しくなりうる。これに対し、200℃/sを超えると、過度な冷却が原因で熱延鋼板の温度が不均一になり、熱延鋼板の形状が不良になることがある。
【0040】
次に、巻取られた熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板を得る。
このとき、冷間圧下率は75%以上であることが好ましい。もし、冷間圧下率が75%未満の場合には、ガンマ(γ)−ファイバー集合組織が十分に成長することができず、絞り性が劣っているという問題がある。一方、冷間圧下率が高いほどガンマ(γ)−ファイバー集合組織の成長に有利であるため、本発明では、冷間圧下率の上限については特に限定しない。但し、冷間圧下率が高くなりすぎる場合には、圧延時のロール負荷が激しくなって鋼板の形状が不良になることがあるため、これを考慮すると、その上限を85%に限定するとよい。
【0041】
次に、冷延鋼板を連続焼鈍する。
このとき、焼鈍温度(T)は、830〜880℃であることが好ましく、840〜870℃であることがより好ましい。もし、焼鈍温度(T)が830℃未満の場合には、加工性に有利なガンマ(γ)−ファイバー集合組織が十分に成長できず、絞り性が劣っている可能性があり、焼鈍中に析出物が再溶解されず焼付硬化性(BH)が劣化するおそれがある。これに対し、焼鈍温度(T)が880℃を超えると、加工性には有利であり得るが、結晶粒サイズのばらつきが原因となって鋼板の形状が不良となり、焼鈍加熱炉設備に問題が発生するおそれがある。
【0042】
一方、焼鈍時間(t)、すなわち、焼鈍温度における保持時間は、30〜80秒であることが好ましく、40〜70秒であることがより好ましい。ガンマ(γ)−ファイバー集合組織を十分に発達させた後、焼鈍時間を十分に確保する場合には、いくつかの炭化物が固溶炭素として再溶解し、かかる固溶炭素が存在する状態で冷却を行うと、薄鋼板に固溶炭素が適正なレベルで残存して、優れた焼付硬化性(BH)を示すようになる。もし、焼鈍時間(t)が30秒未満の場合には、再溶解時間が不足して薄鋼板内の固溶炭素が残存しないか、又は十分でなくなり焼付硬化性(BH)が劣っていることがある。これに対し、80秒を超えると、長すぎる保持時間が原因となって結晶粒が粗大化し、結晶粒サイズのばらつきが発生して鋼板形状が不良になり、経済性の面においても不利である。
【0043】
一例によると、連続焼鈍における、焼鈍温度(T、℃)及び焼鈍時間(t、秒)は下記関係式2を満たすことができる。もし、0.001×T×t値が30未満の場合には、絞り性及び焼付硬化性が劣化することがある。これに対し、0.001×T×t値が70を超えると、結晶粒が粗大化するとともに、結晶粒サイズのばらつきが発生して鋼板形状が不良になることがある。
[関係式2]30≦0.001×T×t≦70
【0044】
一方、連続焼鈍における、再結晶開始温度+20℃から焼鈍温度までの平均昇温速度は5℃/s以下であることが好ましく、4.5℃/s以下であることがより好ましく、3.8℃/s以下であることがさらに好ましい。ここで、再結晶開始温度は、冷間圧延によって長く延伸された圧延組織を焼鈍する過程において新たな再結晶粒が形成され始める温度と定義する。より具体的には、全結晶粒のうち新たな再結晶粒の面積分率が50%を占める時点の温度と定義する。再結晶が始まる初期段階では、新たな結晶粒の核生成及び成長を伴うようになるが、この段階における昇温速度が低いほど加工性に有利な{111}集合組織の核生成が増加するようになり、結果的に高いr値を確保することができるようになる。もし、上記温度範囲における昇温速度が5℃/sを超えると、再結晶時の{111}集合組織の核生成も十分ではなくなり、結晶粒も微細化して、本発明で要求される加工性が十分に確保されないおそれがある。一方、上記温度範囲における昇温速度が遅いほど、加工性に有利な{111}集合組織の核生成及び核成長が有利となるため、本発明では、その下限値については特に限定しない。
【0045】
次に、連続焼鈍された冷延鋼板を650℃以下の温度まで冷却する。
このとき、平均冷却速度は、2〜10℃/sであることが好ましく、3〜8℃/sであることがより好ましい。もし、平均冷却速度が2℃/s未満の場合には、焼鈍中に再溶解された固溶炭素が炭化物として再析出して、焼付硬化性が劣化するおそれがある。これに対し、10℃/sを超えると、板反りが発生するおそれがある。一方、650℃は、炭化物の析出及び拡散がほぼ完了する温度であって、それ以降の冷却条件については特に限定しない。
【0046】
次に、冷却された冷延鋼板を調質圧延して高強度薄鋼板を得る。
このとき、調質圧下率は0.3〜1.6%であることが好ましい。調質圧延は、鋼の降伏強度を増加させるとともに、圧延中に導入された多量の可動転位によって耐時効性を増加させることで、固溶炭素と転位の相互作用によって焼付硬化性を増加させる。もし、調質圧下率が0.3%未満の場合には、板の形状制御において不利となるだけでなく、可動転位が十分に確保されず、ストレッチャーストレイン欠陥が発生する可能性が高くなりうる。これに対し、1.6%を超えると、顧客社の部品成形時にクラック発生の可能性が高まるだけでなく、成形性指数のr値に減少する傾向が現れる。
【0047】
次に、必要に応じて、高強度薄鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを施して溶融亜鉛めっき鋼板を得るか、又は溶融亜鉛めっきを施してから合金化熱処理して合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。このとき、合金化熱処理温度は、450〜600℃であることが好ましい。もし、合金化熱処理温度が450℃未満の場合には、合金化が十分ではなく、犠牲防食作用が低下するか、又はめっき密着性の低下を誘発する可能性がある。これに対し、600℃を超えると、合金化が過度に進行してパウダリング性の低下を誘発することがある。一方、合金化熱処理後のめっき層のFe濃度は、8〜12重量%であることが好ましい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明する。但し、下記実施例は、本発明をより詳細に説明するための例示であるだけで、本発明の権利範囲を限定しない。
【0049】
下記表1の合金組成を有する鋼スラブ(厚さ220mm)を1200℃で加熱し、熱間圧延して熱延鋼板(厚さ3.2mm)を製造した。このとき、仕上げ圧延温度はAr3直上の約930℃と同一にした。その後、下記表2の条件で熱延鋼板を、巻取り、冷間圧延、連続焼鈍、冷却、及び調質圧延して薄鋼板を製造した。
【0050】
次に、製造されたそれぞれの薄鋼板に対して析出物数及び分布、集合組織などを観察及び測定して、その結果を下記表3に示した。より具体的には、炭化物数及びFeTiP析出物数は、TEMを用いてレプリカで析出物を観察した後、単位長さ(μm)当たりの析出物数を5ヶ所数え、その平均値を計算した。また、集合組織は、鋼板の1/4t地点におけるR(Rolling)、T(Transverse)、N(Vertical)の条件でND方向の結晶方位度を基準にEBSDを用いて各方位別強度比(ODF利用)を計算し、分析した。一方、図1は発明例1の集合組織の発達程度を分析したグラフであり、すべての発明例はいずれも発明例1と同様の傾向を示した。
【0051】
次に、製造されたそれぞれの薄鋼板に対してr値及び焼付硬化性(BH)を測定した。JIS5号規格に準じて試験片を採取しており、r値は、ASTM STD試験片を用いて測定し、焼付硬化性は、2%のプレストレイン後、降伏強度値と、かかる試験片を再び170℃で20分間保持した後の降伏強度値の差で評価した。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
表3を参照すると、本発明で提案する合金組成及び製造条件を満たす発明例1〜5、7の場合には、単位面積当たりのFeTiP析出物数、フェライト結晶粒内に存在する20nm以下のサイズを有する炭化物の割合及び平均ランダム強度比(b/a)がいずれも本発明の制御範囲を満たし、基本的にr−valueは1.9以上を確保することができ、(降伏強度×r値)の値も290MPa以上を確保することができるだけでなく、BHも4MPa以上を確保することが分かっている。
【0056】
しかし、比較例1〜7の場合には、合金組成は本発明で提案する範囲を満たしているが、製造条件のうちいずれか一つ以上が、本発明で提案する範囲を満たしていないため、絞り性及び焼付硬化性が劣っていた。また、比較例8〜11の場合には、合金組成が本発明で提案する範囲を満たしていないため、絞り性及び焼付硬化性が劣っていた。
図1