特許第6894211号(P6894211)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6894211アルミニウム部材、および、アルミニウム部材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6894211
(24)【登録日】2021年6月7日
(45)【発行日】2021年6月30日
(54)【発明の名称】アルミニウム部材、および、アルミニウム部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20210621BHJP
   C23C 8/06 20060101ALI20210621BHJP
   H01M 4/66 20060101ALI20210621BHJP
   H01M 50/50 20210101ALI20210621BHJP
【FI】
   C23C26/00 C
   C23C26/00 Z
   C23C8/06
   H01M4/66 A
   H01M50/50 101
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-215609(P2016-215609)
(22)【出願日】2016年11月2日
(65)【公開番号】特開2018-70980(P2018-70980A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年9月18日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】芦澤 公一
【審査官】 馳平 憲一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−169415(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/133144(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/088430(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/052392(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム電極であって、
上記アルミニウム電極の表面皮膜は、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムのうちの少なくとも一方を含み、
上記表面皮膜中において水が凝集した部分に形成された、p型半導体となっている半導体部が、上記アルミニウム電極の一表面の1.0cmの面積当たりに100000箇所以上存在し、上記半導体部が上記アルミニウム電極の上記一表面における電流通過点を形成していることを特徴とするアルミニウム電極
【請求項2】
アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム電極であって、
上記アルミニウム電極の表面皮膜は、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムのうちの少なくとも一方を含み、
上記表面皮膜中において水が凝集した部分に形成された、p型半導体となっている半導体部が、上記アルミニウム電極の一表面において占める面積率が、5ppm以上であり、上記半導体部が上記アルミニウム電極の上記一表面における電流通過点を形成していることを特徴とするアルミニウム電極
【請求項3】
請求項1または2に記載のアルミニウム電極を用いたことを特徴とするバスバー。
【請求項4】
請求項1または2に記載のアルミニウム電極を用いたことを特徴とする二次電池用集電体。
【請求項5】
アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム電極の製造方法であって、
アルミニウム電極の表面皮膜を粗化処理、熱処理、または圧延処理することにより、上記表面皮膜中における水が凝集した部分に形成された、p型半導体となっている半導体部の存在密度を100000個/cm以上にし、上記半導体部によって上記アルミニウム電極の一表面における電流通過点を形成する処理工程を含むことを特徴とするアルミニウム電極の製造方法。
【請求項6】
アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム電極の製造方法であって、
アルミニウム電極の表面皮膜を粗化処理、熱処理、または圧延処理することにより、上記表面皮膜中における水が凝集した部分に形成された、p型半導体となっている半導体部が、上記アルミニウム電極の一表面において占める面積率を5ppm以上にし、上記半導体部によって上記アルミニウム電極の上記一表面における電流通過点を形成する処理工程を含むことを特徴とするアルミニウム電極の製造方法。
【請求項7】
上記処理工程は、上記表面皮膜中において含有水が凝集している部分が、上記アルミニウム電極の一表面において占める面積率を増加させることを特徴とする請求項5又は6に記載のアルミニウム電極の製造方法。
【請求項8】
上記処理工程は、上記アルミニウム電極の一表面におけるCube方位の存在率を増加させる熱処理である、最終冷間圧延の前にアルゴンガス中で200℃で10時間行われる熱処理を含むことを特徴とする請求項5から7のいずれか1項に記載のアルミニウム電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウムの表面皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムは空気中においてすぐに酸化し、アルミニウムの表面には、金属酸化膜である表面皮膜(自然皮膜)が形成される。通常、アルミニウム酸化物は絶縁性である。ところが不思議なことに、例えば、アルミニウム部材と他の導電部材(銅、ステンレス、またはカーボン等)を接触させて両者の間に電流を流しても、両者の間で大きな電圧降下は生じない。アルミニウムと他の導電部材との間に介在するアルミニウム表面皮膜の抵抗が小さいためである。しかし、アルミニウム表面皮膜の抵抗をさらに小さくする方法が求められるようになってきた。一般には、表面皮膜の抵抗をR、表面皮膜の抵抗率をρ、表面皮膜の厚さをl、両者の接触面積をSとすれば、式(1)の関係があると考えられている。
【0003】
R=ρl/S (1)
抵抗Rを下げるためには、ρを小さくする、lを小さくする(表面皮膜の厚さを薄くする)、または、Sを大きくする(接触面積を大きくする)しか方法がないと考えられていた。
【0004】
ρはアルミニウムの自然皮膜、または、何らかの表面処理によって形成されたアルミニウムの表面皮膜の特性に応じて決まる。しかしながら、ρを小さくする良い方法は見出されていない。lに関して、自然皮膜の厚さは約3nmである。自然皮膜の厚さはアルミニウム部材の製造条件によって若干変化し、また、使用環境または保管状態によっては、自然皮膜は徐々に厚くなる。表面処理によって形成される表面皮膜の厚さは、一般に自然皮膜より厚くなる。それゆえ、lを小さくする良い方法は見出されていない。Sに関して、接触面の形状を工夫することによってSを大きくすることができる。一般にはSを大きくすることが行われるが、Sを増大させることには限度がある。
【0005】
例えば、アルミニウム部材に接触する他の導電部材の形状が粒子状である場合、アルミニウム部材と粒子状導電部材との接触面積Sが小さくなる。この場合、アルミニウム部材の表面に導電性膜を付与する方法がある。具体的には、カーボンを主体とする導電剤またはDLC(ダイアモンドライクカーボン)を表面皮膜上に付与することにより、表面皮膜と粒子状導電部材との間に入り込む導電性膜を形成する。これにより、実質的に接触面積Sを大きくし、Rを小さくすることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】吉森孝良 他、「階段状加熱−電量滴定法によるアルミニウム表面の水の挙動の検討」、日本金属学会誌、p950-p955、47巻、1983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、導電性膜を形成する方法では、アルミニウム部材と他の導電部材との間に、追加の膜を設ける必要がある。また、上記方法は、他の導電部材の表面形状によっては効果が見込めない。
【0008】
本発明の一態様は、アルミニウム部材の導電性を向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係るアルミニウム部材は、アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム部材であって、上記アルミニウム部材の表面皮膜は、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムのうちの少なくとも一方を含み、上記表面皮膜中において水が凝集した部分に形成された半導体部が、上記アルミニウム部材の一表面の1.0cmの面積当たりに100000箇所以上存在する構成である。
【0010】
本発明の一態様に係るアルミニウム部材は、アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム部材であって、上記アルミニウム部材の表面皮膜は、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムのうちの少なくとも一方を含み、上記表面皮膜中において水が凝集した部分に形成された半導体部が、上記アルミニウム部材の一表面において占める面積率が、5ppm以上である構成である。
【0011】
本発明の一態様に係るバスバーは、上記アルミニウム部材を用いた構成である。
【0012】
本発明の一態様に係る二次電池用集電体は、上記アルミニウム部材を用いた構成である。
【0013】
本発明の一態様に係るアルミニウム部材の製造方法は、アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム部材の製造方法であって、アルミニウム部材の表面皮膜を粗化処理、熱処理、または圧延処理することにより、上記表面皮膜の導電性を向上させる処理工程を含む方法である。
【0014】
上記処理工程によって、上記表面皮膜中において水が凝集した部分に形成された半導体部の、上記アルミニウム部材の一表面の面積当たりの数を増加させてもよい。
【0015】
上記処理工程によって、上記表面皮膜中において水が凝集した部分に形成された半導体部が、上記アルミニウム部材の一表面において占める面積率を増加させてもよい。
【0016】
本発明の一態様に係るアルミニウム部材は、アルミニウムまたはアルミニウム合金であるアルミニウム部材であって、アルミニウム部材の表面皮膜を粗化処理、熱処理、または圧延処理することにより、上記表面皮膜の導電性を向上させる処理が施された構成である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一態様によれば、アルミニウム部材の導電性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】電流分布を測定する測定装置の構成を示す模式図である。
図2】アルミニウム部材とプローブとの接触箇所を拡大して示す断面図である。
図3】上記測定装置を用いて得られたAFM像、および電流分布を示す画像である。
図4】電流通過点ではない箇所と、電流通過点とにおいて測定したI−V特性(電流−電圧特性)を示す図である。
図5】アルミニウム箔A、Bに対して、XPS(X線光電子分光)分析を行った結果を示す図である。
図6】アルミニウム箔A、BのXPS分析結果について、エネルギーピークで分離した面積率(%)を示す図である。
図7】TOF−SIMSで検出された、アルミニウム箔Aの表面皮膜のOHの分布を示す画像(ネガ像)である。
図8】熱処理の有無による、Cube方位存在率(%)、電流通過点密度(個/cm)、および銅板との接触抵抗(Ωcm)を示す図である。
図9】粗化処理の有無による、「イオン移動抵抗+電子移動抵抗」と「反応抵抗」とを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
アルミニウムの表面皮膜自体の導電性を高める方法を見出すに当たり、まず、式(1)におけるアルミニウムの表面皮膜の抵抗率ρの意味を見直した。通常、ρは体積固有抵抗率である。アルミニウムの表面皮膜の主成分は、酸化アルミニウム(ρ=1014〜1015Ωcm)であり、導電性はほとんどないと言える。また、これら酸化アルミニウムまたは水酸化アルミニウム自体のρを小さくすることは技術的に不可能である。しかしながら、実際にはアルミニウムの表面皮膜には十分な導電性がある。このような矛盾が生じる理由について以下に説明する。
【0020】
アルミニウムの表面皮膜の導電性を向上させるために、まず表面皮膜に導電性が発現するメカニズムを解明することが重要である。アルミニウムの表面皮膜の導電メカニズムについては、皮膜欠陥説及びトンネル効果説等が提唱されているが、解明されていなかった。本発明者は、後述の実験及び分析結果より、アルミニウムの表面皮膜に導電性がある理由を初めて解明した。
【0021】
(電流通過点)
アルミニウムの表面皮膜の局所的性質を調べるために、2種類のアルミニウム箔について表面皮膜を流れる電流分布の測定を行った。測定にはコンタクティングAFM(原子間力顕微鏡:日本電子製の走査型プローブ顕微鏡JSPM-5200)を用いた。
【0022】
図1は、電流分布を測定する測定装置の構成を示す模式図である。アルミニウム部材8の評価は、大気中、室温で行った。アルミニウム部材8は、測定装置の支持台15に設置されたステージ16上に配置される。アルミニウム部材8の下面がステージ16と接触し、アルミニウム部材8の上面がプローブ17の先端と接触する。
【0023】
図2は、アルミニウム部材8とプローブ17との接触箇所を拡大して示す断面図である。アルミニウム部材8は、アルミニウム箔であり、酸化されていない内部の金属アルミニウム8aと、表面皮膜8bとを含む。表面皮膜8bは、酸化アルミニウムと水酸化アルミニウムとの混合物である。図2には示されていないが、金属アルミニウム8aのステージ16側にも表面皮膜8bが形成されている。
【0024】
ステージ16と、コンタクティングAFMのカンチレバー18との間には、アルミニウム部材8に両方向の電圧を印加可能な電源装置19及び、電流計20が直列接続されている。一方、カンチレバー18とステージ16との間には電圧計21が接続されている。電流計20を用いてアルミニウム部材8を流れる電流Iを測定し、電圧計21を用いてアルミニウム部材8に印加された電圧Vを測定することができる。なお、電流計20の内部抵抗は測定系に対して十分低く、電圧計21の内部抵抗は測定系に対して十分高い。
【0025】
コンタクティングAFMのカンチレバー18には、Budget sensors社製、型番Tap190E-Gを用いた。カンチレバー18には、プローブ17が設けられている。プローブ17には、シリコンの上に5nm厚のクロムメッキがされ、クロムメッキの上にさらに25nm厚の白金メッキがされたプローブを用いた。プローブ17の先端径は約25nmであった。すなわち、プローブ17の先端にある白金メッキ層がアルミニウム箔の表面皮膜に接触する部分の直径が約25nmであり、表面皮膜と白金メッキ層の接触面積は約450nmであった。共振周波数は190kHzであった。
【0026】
アルミニウム部材8としては、アルミニウム箔Aとアルミニウム箔Bとの2種類を用いた。アルミニウム箔A、Bともに、材質は1085(Alは99.85%、他元素として主にFe、Siを含有)、サイズは50mm×50mm、厚さは約0.1mmである。アルミニウム箔Aは、一般的なプレーンのアルミニウム箔であり、表面加工は行われていない。アルミニウム箔Bは、プレーンのアルミニウム箔に対してサンドブラストによって表面に凹凸加工が施されたアルミニウム箔である。
【0027】
上記測定装置を用いて、アルミニウム部材8側にバイアス電圧として−50mVを印加し、かつ、アルミニウム部材8の表面にプローブ17をコンタクトさせた状態で、プローブ17の先端を25μm×25μmの範囲でスキャンさせた。すなわち、負のバイアス電圧を印加することは、プローブ17に対して、ステージ16側がマイナス電圧となっていることを意味する。電流はアルミニウム部材8の表面に垂直な方向に流れる。
【0028】
図3は、上記測定装置を用いて得られたAFM像、および電流分布を示す画像である。図3の(a)は、アルミニウム箔AについてAFMによって得られた表面形状を示す画像である。図3の(b)は、アルミニウム箔BについてAFMによって得られた表面形状を示す画像である。図3の(c)は、アルミニウム箔Aについて電流が流れた箇所を示す画像である。図3の(d)は、アルミニウム箔Bについて電流が流れた箇所を示す画像である。図3の(c)(d)において、濃い箇所(黒い点)は電流が流れた箇所を示す。明るい箇所(白い箇所)では、電流はほとんど流れなかった(流れる電流が非常に小さかった)。
【0029】
図3の(c)(d)から分かるように、アルミニウム箔の表面において、一様に電流が流れるのではなく、電流が流れるいくつかの点が分散して存在していた。アルミニウム箔の表面において電流が流れる各領域は小さいので、ここでは、この領域のことを電流通過点と呼ぶことにする。アルミニウム箔Aに比べて、表面加工がされたアルミニウム箔Bでは、電流通過点の数(密度)が多いことが分かった。
【0030】
図4は、電流通過点ではない箇所と、電流通過点とにおいて測定したI−V特性(電流−電圧特性)を示す図である。図4の(a)は、電流通過点ではない箇所のI−V特性を示す。図4の(b)は、電流通過点のI−V特性を示す。アルミニウム箔上において、プローブ17を電流通過点または電流通過点ではない箇所に固定して、I−V特性を測定した。アルミニウム箔側のバイアス電圧を−0.2Vから+0.2Vまで変化させ、掃引速度を25mV/sとした。
【0031】
図4の(a)に示すように、電流通過点ではない箇所においては、このバイアス電圧の範囲では電流は流れなかった。このことは、電流通過点ではない箇所におけるアルミニウムの表面皮膜が絶縁体または高抵抗体であることを意味する。これに対し、図4の(b)に示すように、電流通過点においては、+0.2V〜−0.015Vの範囲では電流は流れなかったが、−0.015Vより低いバイアス電圧で大きな電流が流れた。このように、電流通過点では、表面皮膜は整流性を示した。整流性が見られるということは、アルミニウム箔の金属(アルミニウム)部分と表面皮膜との界面がショットキー接合されていることを意味し、電流通過点における表面皮膜がp型半導体であることを意味する。図3の(c)に示すように、アルミニウム箔Aにおいて、25μm×25μmの範囲に存在する電流通過点は20個程度であり、該範囲の大部分は絶縁性を示した。図3の(d)に示すように、アルミニウム箔Bにおいて、25μm×25μmの範囲に存在する電流通過点はアルミニウム箔Aに比べてかなり多いものの、ほとんどの領域は絶縁性を示した。
【0032】
アルミニウム箔の表面皮膜の電流分布の測定結果より、アルミニウム箔の表面皮膜の大部分は絶縁体であるのに対し、ごく一部の領域は、電流を通すことが可能で、整流性を有し、かつ、p型半導体であることが判明した。
【0033】
(表面皮膜における水)
一般に、アルミニウムの表面皮膜には吸着水および結合水が存在する。吸着水は、表面皮膜の外側(表面)に吸着する水である。結合水は、水酸化アルミニウムの一種であるギブサイトまたはバイヤライト(Al(OH)またはAl・3HO)を200℃〜300℃に加熱すると酸化アルミニウムAlと水HOまたはベーマイトAl・HOと水HOに分解されて出てくる水である。結合水は、常温では水としては存在しない。
【0034】
酸化アルミニウムAlに水が結合したAl・3HOと水酸化アルミニウムAl(OH)は、いずれも同じ化学式HAlOで表すことができる。結合水が酸化アルミニウムと反応して水酸化アルミニウムになり、水酸化アルミニウムとして表面皮膜中に存在するとの見方がある。しかしながら、水酸化アルミニウム粉末を大気中で加熱してTG・DTA分析を行うと、200〜300℃で熱分解を起こし、水酸化アルミニウムは酸化アルミニウムと水に分解される。
【0035】
非特許文献1の実験結果では、アルミニウム箔を加熱すると、100℃で表面の吸着水が脱離し、400℃で脱離した0.4mg/mの水が検出されている。また、非特許文献1の実験結果では、600℃でも水が脱離することが報告されている。600℃で脱離する水は、ベーマイトAl・HOに由来すると考えられている。なお、4N高純度アルミニウムと99.4%アルミニウム箔とでは、熱挙動は同じであったとのことである。
【0036】
後述の通り、XPS分析によるとアルミニウム箔の表面においてAl(OH)の占める面積率は約10%である。表面皮膜の厚さを3nmとすると、Al(OH)に由来するHOは0.25mg/m程度と計算できる。この値は、非特許文献1の実験で検出された0.4mg/mよりも小さな値である。このことは、表面皮膜中に水酸化アルミニウムに由来しない水がかなり含まれていることを示している。ここでは、この水を含有水と呼ぶことにする。酸化アルミニウムと水とが反応して水酸化アルミニウムが生成された場合、余剰の水は水酸化アルミニウムと弱い力で結合して含有水として存在すると考えられる。この含有水と水酸化アルミニウムとの結合が強くなければ、含有水分子は近接する含有水分子と水素結合で引き合い、(表面皮膜中を比較的自由に移動して)凝集すると推測できる。
【0037】
(XPS分析)
表面皮膜の電流通過点がどのような物質であるかを調べるため、アルミニウム箔A、Bに対して、XPS分析を行った。なお、XPS分析の前に、アルミニウム箔A、Bに対してArスパッタ処理を行い、表面の油分を除去した。ここでは、アルミニウム箔A、Bの表面の直径数mmの範囲についてXPS分析を行った。得られた物質の存在割合は、上記範囲での平均を示すものである。
【0038】
図5は、アルミニウム箔A、Bに対して、XPS(X線光電子分光)分析を行った結果を示す図である。図5の(a)は、アルミニウム箔Aについての結合エネルギーの分布を示す図である。図5の(b)は、アルミニウム箔Bについての結合エネルギーの分布を示す図である。図5の(a)(b)において、結合エネルギーの分布を、O1sのピークについて、Al、Al(OH)、HOのエネルギーピーク(面積%)で分離した結果も示す。
【0039】
図6は、アルミニウム箔A、BのXPS分析結果について、エネルギーピークで分離した面積率(%)を示す図である。これらの結果から、アルミニウム箔A、Bの両方において、Alが80%以上、Al(OH)が10%程度、HOはAl(OH)の半分程度存在することが分かった。アルミニウム箔Aよりアルミニウム箔Bの方が、Al(OH)およびHOの面積%が共に大きい(Al(OH)およびHOが多く存在している)ことが分かった。これより、HOは、Al(OH)が多く存在しているところに多く存在すると推定できる。ここで示すHOは含有水であると考えられる。
【0040】
Alの抵抗率は例えば1×1012Ωcm以上であり、良好な絶縁体である。またAl(OH)の抵抗率は例えば粉末で2×10〜5×10Ωcmであり、高抵抗体である。本発明者は、表面皮膜中の水HOが電流通過点に関係していると考えた。その場合、電流通過点はアルミニウム箔の表面のごく一部にしか存在しないという事実を考え合わせると、水HOは表面皮膜に均一に分散しているのではなく、微視的には水HOは、所々に凝集しており、不均一に分散して存在していると考えられる。特に水HOが凝集している部分が電流通過点になると推測できる。この凝集した水は上述の含有水であると考えられる。
【0041】
(表面皮膜における水の分布)
次に、アルミニウム箔の表面皮膜における水の分散状態を調べた。図6に示すように、水HOが占める面積率は水酸化アルミニウムの面積率と関係があるが、酸化アルミニウムの面積率とは関係がないことが分かった。すなわち、XPS分析の結果は、水酸化アルミニウムの占める面積率が高いと、水HOの占める面積率も高いことを示している。表面皮膜中において、水酸化アルミニウムが多く存在する部分には、水HOも多く存在し、酸化アルミニウムが多く存在する部分には、水HOは少ないと言うことができる。表面皮膜の表面における水酸化アルミニウムの分布の測定は、TOF−SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)を用いて調べることができる。
【0042】
図7は、TOF−SIMSで検出された、アルミニウム箔Aの表面皮膜のOHの分布を示す画像(ネガ像)である。濃い箇所(黒い点)は、二次イオン(OH)の検出が多いことを示す。測定範囲は100μm×100μmである。図中のm/zは質量電荷比(質量数を電荷数で割ったもの)である。m/z=17はOHを示す。すなわち、OHの分布は、水酸化アルミニウムAl(OH)の分布を示す。図7に示すように、圧延によるアルミニウム箔表面の模様に起因する濃淡の他に、濃い点がいくつか存在していた。これは、水酸化アルミニウムが占める割合が高い箇所が、点状に分散して存在することを示す。水HOは水酸化アルミニウムが多いところに多く存在するので、アルミニウムの表面皮膜には水の密度が高い部分が存在することが確認できた。
【0043】
の(c)に示すように、アルミニウム箔Aの25μm×25μmの範囲には20個ほどの電流通過点が存在しているが、複数の電流通過点が集合している部分は1つしかなかった。一方、図7に示すように、アルミニウム箔Aの100μm×100μmの範囲には10個ほどの水密度が高い部分が存在している。それゆえ、電流通過点の密度と水密度が高い部分の密度とは、概略して同程度と言うことができる。このことより、アルミニウムの表面皮膜の電流通過点は、表面皮膜の表面の水密度が高い部分に形成されると考えられる。
【0044】
(表面皮膜の導電メカニズム)
アルミニウムの表面皮膜に導電性が生じるメカニズムを以下にまとめる。
【0045】
アルミニウムの表面皮膜は、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムのうちの少なくとも一方を含む。通常は、アルミニウムの表面皮膜は、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムの両方を含む。表面皮膜の主成分である酸化アルミニウムは、絶縁体であり導電性はない。
【0046】
アルミニウムの表面皮膜中には、結合水以外の水(含有水)が存在する。含有水は、表面皮膜中において分散して存在しているが、均一に分散しているのではなく、含有水の一部は高密度に凝集して存在する。また、含有水は酸化アルミニウムが存在する部分よりも水酸化アルミニウムが存在する部分により多く凝集しやすい。
【0047】
表面皮膜中において、含有水が高密度に凝集した部分は点状に存在する。該部分はp型半導体となって導電性を示す。該部分が電流通過点に対応する。半導体部分は、表面に垂直な方向に、表面皮膜を貫通するように存在する。電流通過点の面密度は低く、一般的なアルミニウム箔では、30000個/cm程度である。なお、1つの電流通過点の大きさ(直径)は、およそ0.1μm程度である。電流通過点は、単体で存在する点もあるが、数個〜数十個が集合することが多い。
【0048】
金属アルミニウムと上記p型半導体の接合部分は、ショットキー接合となり、整流性を示す。
【0049】
金属アルミニウム側に負のバイアス電圧を印加すると、極性の方向はショットキー接合の順方向となる。約−0.015VがON電圧となり、これ以上の電圧(−0.015〜0V)では微少電流しか流れない。約−0.015Vより低い電圧(絶対値が大きい負電圧)で電流が立ち上がり、順方向電流が流れる。
【0050】
金属アルミニウム側に正のバイアス電圧を印加すると、極性の方向はショットキー接合の逆方向となる。そのため、微少電流しか流れない。正のバイアス電圧が降伏電圧よりも大きくなると急に大きな電流が流れる。降伏電圧は+0.04〜+0.3V辺りであると考えられる。
【0051】
表面皮膜上の電流通過点では、順方向および逆方向の比較的低いバイアス電圧で両方向に電流が流れる。すなわち、バイアス電圧が−0.015〜+0.04Vの範囲では微少電流しか流れないが、−0.015Vより低いバイアス電圧または+0.04Vより高いバイアス電圧ではよく電流が流れる。よって、実質的にアルミニウムの表面皮膜(酸化皮膜)は整流性を示さず、良好な導電性を示す。
【0052】
(導電性を向上させる方法)
アルミニウムの表面皮膜の導電性を改善するためには、体積固有抵抗ではなく、単位面積当たりの、電流通過点の数または電流通過点が占める面積に着目することが重要である。
【0053】
通常のアルミニウムの表面皮膜は、主として酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムを含む。上述のように、酸化アルミニウムおよび水酸化アルミニウムの抵抗率は極めて大きく、表面皮膜の大部分は実質的に絶縁体と考えられる。これに対し、表面皮膜の電流通過点の抵抗率は1.3Ωcm程度と考えられる。1つの電流通過点の占める面積は、およそ1.0×10−10cm(0.1μm×0.1μm)であり、いずれの電流通過点もほぼ同程度の面積である。表面皮膜の厚さを3nmとすると、1つの電流通過点の抵抗値は約3.8kΩと計算できる。通常のアルミニウムの表面皮膜における電流通過点の存在密度は、約32000個/cmである。これから、表面皮膜の平均の面抵抗は0.12Ωcmと計算できる。
【0054】
表面皮膜における電流通過点の面密度を増加させると、これに反比例して、表面皮膜の面抵抗は下がることになり、表面皮膜の導電性を向上させることができる。このように、アルミニウムの表面皮膜の導電性は、表面皮膜における電流通過点の面密度で決定される。
【0055】
アルミニウムの表面皮膜は、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム、またはそれらの混合物と、含有水とを含む。含有水は、表面皮膜中において、凝集し、不均一に存在している。表面皮膜中において、含有水が高密度に存在する部分が、電流通過点となり、導電性を有する。
【0056】
アルミニウムの表面皮膜の導電性を向上させるために、(1)表面皮膜中において含有水が凝集している部分を増やす、または(2)含有水が凝集している部分の面積率を高くすることが考えられる。これにより微視的に、電流通過点の数または面積が増加することにより、導電性が向上したアルミニウムの表面皮膜が得られる。これにより、アルミニウム部材の導電性を向上させることができる。
【0057】
電流通過点の存在密度が100000個/cm以上であることにより、実質的に表面皮膜の抵抗を通常の表面皮膜の抵抗の約1/3以下にすることができ、導電性の向上に効果的である。さらには電流通過点の存在密度が200000個/cm以上であることにより、表面皮膜の抵抗を実質的に約1/6以下にすることができ、より効果的である。通常の表面被膜の電流通過点の面積率は約3.2ppmである。電流通過点の面積率が5ppm以上であることにより、実質的に表面皮膜の抵抗を通常の表面皮膜の抵抗の約2/3以下にすることができ、導電性の向上に効果的である。さらには電流通過点の面積率が10ppm以上であることにより、実質的に表面皮膜の抵抗を約1/3以下にすることができ、より効果的である。さらには電流通過点の面積率が20ppm以上であることにより、実質的に表面皮膜の抵抗を約1/6以下にすることができ、より効果的である。以下により具体的な方法について説明する。
【0058】
[実施形態1]
アルミニウム部材の表面を機械的に粗化処理し、アルミニウム部材の表面を微視的に粗く加工する。上記粗化処理としては、例えば、サンドブラスト、液体ホーニング、ショットピーニング、放電加工、レーザダル加工、微粉末溶射等の方法を用いることができる。これ以外の方法として、以下の機械的方法、化学的方法、または物理的方法を採用することもできる。機械的方法として、例えば、アルミニウム部材の表面をエメリー紙等の研磨紙で擦る方法、および、サンドブラスト等のブラスト加工を用いてアルミニウム部材の表面を粗面化する方法を挙げることができる。化学的方法として、アルミニウム部材の表面を酸等によりエッチングする方法等を挙げることができる。物理的方法として、スパッタリング等により、アルミニウム部材の表面にイオンを衝突させて、表面を粗面化する方法等を挙げることができる。これらの方法から、1つの方法を使用してもよいし、複数の方法を併用してもよい。
【0059】
アルミニウム部材の表面を加工すると、アルミニウム部材の表面皮膜が局所的に破断し、瞬間的に金属アルミニウムが露出する。ただし、露出した金属アルミニウムはすぐに空気中の酸素と反応して、新たなアルミニウム酸化物(酸化アルミニウムまたは水酸化アルミニウム)が生成される。この過程で、空気中の水蒸気が、表面皮膜中に取り込まれ、表面皮膜中の含有水となる。これにより、含有水が凝集している部分を増加させることができ、表面皮膜における電流通過点を増加させることができる。含有水が凝集している部分(電流通過点)は半導体として振る舞う。半導体部の中のキャリア移動によって、表面皮膜全体が表面に垂直な方向に高い導電性を示す。それゆえ、アルミニウム部材の表面の導電性を向上させることができる。
【0060】
[実施形態2]
表面皮膜において金属アルミニウムの(100)結晶方位が細かく分散するように、圧延法でアルミニウム部材を製造する。また、熱間圧延後冷間圧延を繰り返して製造する際に、最終冷間圧延の前に熱処理を行ってもよい。例えば、熱処理は、アルゴン等の不活性ガス雰囲気中で200℃、10時間の条件で行うことができる。金属アルミニウムの結晶方位には、(100)、(110)、(111)等がある。このうち、(100)の仕事関数が最も高く、それゆえ含有水を引きつけやすい。よって、金属アルミニウムの表面(表面被膜との界面)に(100)面を多く露出させることで、電流通過点を増加させることができる。
【0061】
なお、含有水の凝集点(電流通過点)をSEMで観察しても、表面被膜に特別な構造は見出されない。そこで、金属アルミニウムの(100)結晶方位と(100)面に接する表面被膜中の水濃度に関係があると推定した。金属アルミニウムの仕事関数は結晶方位により異なり、(100)面が4.41eV、(110)面が4.06eV、(111)面が4.24eVと言われている。表面被膜の酸化アルミニウムの仕事関数は4.28eV程度と言われている。(100)面は、他の面より電子を受け取りやすい状態(電気化学では貴な電位)である。(100)面と水分子の酸素電子対(δ−)との間で結合力が生じ、これにより(100)面の表面の水濃度が高くなると考えられる。
【0062】
(効果)
上述の実施形態で得られるアルミニウム部材では、以下の効果が得られる。
【0063】
表面皮膜における電流通過点を増加させることにより、アルミニウム部材に接触させる他の導電部材との、電気的接点または接触面積が増加する。そのため、アルミニウム部材と他の導電部材との間の接触抵抗を大幅に低減することができる。
【0064】
(応用)
上記の方法で得られた導電性のよいアルミニウム部材は、導電部材として利用することができる。例えば、該アルミニウム部材を、バスバーまたはリチウムイオン電池(二次電池)の集電体(正極または負極)として利用することができる。バスバーは、電気接続に用いられる導体である。
【0065】
なお、上記の実施形態におけるアルミニウム部材は、主としてアルミニウムを材料とするものでも、アルミニウム合金を材料とするものでも、いずれでもよい。アルミニウム部材の形状は、箔、板、線に限らず、任意の形状の部材であってよい。
【0066】
また、上記の方法は、アルミニウム以外のバルブ金属である、チタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、タングステン、ハフニウム、および、これらそれぞれの合金においても適用することができる。
【0067】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0068】
本発明の一実施例について説明する。ここでは、加熱処理により(100)が成長しやすい高純度アルミニウム板を用いた。なお、バスバー用アルミニウム部材としてよく使用される6000系合金(Al−Mg−Si)を用いてもよい。
【0069】
試料として、4Nアルミニウム板(厚さ0.1mm、表面粗さRa=0.7μm)100mm×100mmから切り出した小片(10mm×50mm)を3個用意した。各試料の先端20mmの部分の片面(一表面)を、電解研磨による表面仕上げで、表面粗さRaを0.1μmにした。この電解研磨された面を以下の観察対象とした。このようにして得られた3個の試料を試料1〜3とした。また、最終冷間圧延の前にアルゴンガス中で200℃で10時間熱処理を行ったこと以外は試料1〜3と全く同じ処理を行った3個の試料を用意し、試料4〜6とした。これらの試料を用いて、表面皮膜の電流通過点と表面皮膜の(100)結晶方位(Cube方位)との関係を調べた。
【0070】
試料1(熱処理なし)と試料4(熱処理あり)とのそれぞれについて、EBSP(Electron Backscatter Diffraction Pattern:電子後方散乱回折像)観察を行い、試料表面の結晶方位の分布像を得た。得られた像から(100)結晶方位であるCube方位の存在率(面積率)を測定した。試料の表面におけるCube方位の存在率は、試料1(熱処理なし)で0.1%、試料4(熱処理あり)で10%であった。
【0071】
試料2(熱処理なし)と試料5(熱処理あり)とのそれぞれについて、AFMをコンタクトモードにし、プローブの先端を試料の表面に接触させた。プローブを基準として試料2、5にバイアス電圧−0.05Vを印加して、25μm×25μmの範囲をスキャニングすることにより電流通過点の数を数えた。次に、試料2、5にバイアス電圧+0.05Vを印加して、別の25μm×25μmの範囲をスキャニングすることにより電流通過点の数を数えた。電流通過点の存在密度は、バイアス電圧の違いにはほとんど関係なかった。ただし、試料2(熱処理なし)における電流通過点の存在密度は、約34000個/cmであった。一方、試料5(熱処理あり)における電流通過点の存在密度は、約240000個/cmであった。熱処理によって電流通過点の存在密度が大幅に増加することが分かった。ただし、Cube方位の存在率と電流通過点の存在密度とは、比例関係ではなかった。
【0072】
試料3(熱処理なし)と試料6(熱処理あり)とのそれぞれについて、試料の電解研磨された面と、銅板(厚さ0.1mm、10mm×50mm、表面粗さRa=0.1μm)の面とが面積1.0cmの範囲で均一に接触するよう、各試料と銅板とをプレスした。各試料と銅板の間に定電流10.0mAを流し、各試料と銅板との接触面の中央の電圧を精密に測定した。ここから、各試料と銅板との接触抵抗を求めた。試料3(熱処理なし)について、接触抵抗は0.15Ωcmであった。試料6(熱処理あり)について、接触抵抗は0.05Ωcmであった。
【0073】
図8は、熱処理の有無による、Cube方位存在率(%)、電流通過点密度(個/cm)、および銅板との接触抵抗(Ωcm)を示す図である。これより、アルミニウム部材の(100)面(Cube方位)を増加させることは、表面皮膜の導電性を向上させる手段として、大変有用であることが分かった。
【実施例2】
【0074】
本発明の他の実施例について説明する。リチウムイオン電池の正極集電体によく使用される、アルミニウム箔(1N30(99.3%Al)、100mm×100mm×厚さ15μm、表面粗さRa=0.2μm)を2個用意し、試料11、12とした。試料12については表面を機械的に粗くする粗化処理を行った。具体的には、上記アルミニウム箔の両面に、粒径40μmの投射グリッド粒子を用いてショットダル加工を施した。ショットダル加工の後、蒸留水でアルミニウム箔の表面に残留する投射グリッド粒子を洗い流したものを試料12とした。試料12の表面粗さRaは0.8μmになった。試料11(粗化処理なし)の中央付近から10mm×10mmを切り出した試料を試料13とした。試料12(粗化処理あり)の中央付近から10mm×10mmを切り出した試料を試料14とした。
【0075】
試料13(粗化処理なし)と試料14(粗化処理あり)とのそれぞれについて、AFMをコンタクトモードにし、プローブの先端を試料の表面に接触させた。プローブを基準として試料13、14にバイアス電圧−0.05Vを印加して、25μm×25μmの範囲をスキャニングすることにより電流通過点の数を数えた。試料13(粗化処理なし)における電流通過点の存在密度は、約32000個/cmであった。一方、試料14(粗化処理あり)における電流通過点の存在密度は、約260000個/cmであった。粗化処理によって電流通過点の存在密度が大幅に増加することが分かった。
【0076】
試料11(粗化処理なし)および試料12(粗化処理あり)をリチウムイオン電池の正極集電体として使用した場合の内部抵抗を調べるために、実際に正極を製作した。試料11(粗化処理なし)および試料12(粗化処理あり)を、それぞれ30mm×100mmに切断した。リチウムイオン電池の正極とするために、各試料の先端から30mmまでの片面に、正極活物質のペーストを塗工した。具体的には、活物質としてLFP(リン酸鉄リチウム、平均粒子径1.0μm)、導電助剤としてアセチレンブラック(一次粒子径5nm)を5質量%、バインダーとしてPVDF(ピリフッ化ビニリデン)を5質量%、溶剤としてNMP(N−メチル−2−ピロリドン)をそれぞれ用い、これらを混ぜ合わせたものをペーストとした。各試料にペーストを塗工した後、大気中80℃で、30分間乾燥させた。電極面積が2.0cmになるように塗工部周囲および試料の反対面を絶縁材で被覆して、試料の電極作用面以外は電解液と接触しないようにした。試料11から製作した正極を正極1とし、試料12から製作した正極を正極2とした。正極1と正極2との違いは、アルミニウム箔の表面に粗化処理を行ったか否かであり、それ以外は全く同じとした。
【0077】
電極内部抵抗の測定を界面インピーダンス法で行った。対極にリチウム金属を用い、電解液としてLiPFをEC:EMC=3:7の溶媒に溶解した溶液を用いた。電解液の温度は25℃とした。測定したインピーダンスをナイキストプロットにまとめ、「イオン移動抵抗+電子移動抵抗」と「反応抵抗」とに分離した。
【0078】
図9は、粗化処理の有無による、「イオン移動抵抗+電子移動抵抗」と「反応抵抗」とを示す図である。正極2(粗化処理あり)は正極1(粗化処理なし)に比べて、「イオン移動抵抗+電子移動抵抗」が47%減少し、「反応抵抗」が64%減少していた。粗化処理によって、正極の内部抵抗を大きく減少させることができることが分かった。
【符号の説明】
【0079】
8 アルミニウム部材
8a 金属アルミニウム
8b 表面皮膜
16 ステージ
17 プローブ
18 カンチレバー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9