(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6895787
(24)【登録日】2021年6月10日
(45)【発行日】2021年6月30日
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼、ろう付け構造体、ろう付け構造部品および排気ガス熱交換部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20210621BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20210621BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20210621BHJP
B23K 1/19 20060101ALI20210621BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/44
C22C38/60
B23K1/19 J
【請求項の数】10
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-70005(P2017-70005)
(22)【出願日】2017年3月31日
(65)【公開番号】特開2018-172709(P2018-172709A)
(43)【公開日】2018年11月8日
【審査請求日】2019年11月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(72)【発明者】
【氏名】安部 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】平出 信彦
(72)【発明者】
【氏名】吉見 敏彦
【審査官】
浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】
特開平06−128699(JP,A)
【文献】
特開2013−199661(JP,A)
【文献】
特開2014−162980(JP,A)
【文献】
特開平01−154848(JP,A)
【文献】
特開2014−005497(JP,A)
【文献】
国際公開第2016/076254(WO,A1)
【文献】
特開2010−031313(JP,A)
【文献】
特開2006−291290(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0111529(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00〜38/60
B23K 1/19
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001〜0.012%、
Si:0.37〜0.79%、
Mn:0.01〜0.89%、
P:0.050%以下、
S:0.0050%以下、
Ni:17.00〜35.00%、
Cr:18.00〜30.00%、
Mo:4.00〜7.49%、
Cu:0.10〜3.00%、
N:0.100〜0.400%および
Al:0.001〜0.100%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記式(1)を満たすことを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦50.000 ・・・ (1)
但し、上記式(1)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
【請求項2】
さらに質量%で、
B:0.0001〜0.0050%、
Ti:0.001〜0.300%、
Nb:0.001〜0.300%、
W:0.01〜1.00%、
V:0.01〜0.50%、
Sn:0.001〜0.500%、
Sb:0.005〜0.500%および
Co:0.010〜0.500%
のうち何れか1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
さらに質量%で、
Mg:0.0001〜0.0050%、
Zr:0.001〜0.300%、
Ga:0.0001〜0.0100%、
Ta:0.001〜0.050%および
REM:0.001〜0.100%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が1.00%以下であることを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
排気ガス熱交換部品に使用される請求項1〜請求項4の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
ろう付け構造部品に使用される請求項1〜請求項4の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
ろう付け後の鋼において、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が1.00%以下であることを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の鋼成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項8】
請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなるろう付け構造体。
【請求項9】
請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなるろう付け構造部品。
【請求項10】
請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなる排気ガス熱交換部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はオーステナイト系ステンレス鋼、ろう付け構造体、ろう付け構造部品および排気ガス熱交換部品に関する。
【背景技術】
【0002】
CrやNi、Mo等を多量に含有したオーステナイト系ステンレス鋼は耐食性に優れるため、海洋構造物や排煙脱硫装置等のろう付け構造体および自動車排気系部品等のろう付け構造部品は、非常に腐食性の高い環境で使用される。
【0003】
上述のオーステナイト系ステンレス鋼が海洋構造物に使用される場合は、Cl
−濃度の高い海水による腐食が懸念される。特に、Cl
−による腐食により、構造物の穴あきや寿命低下が懸念されるため、材料には孔食発生起点の低減が求められる。
【0004】
また、排煙脱硫装置に使用される場合は、配管内で排気ガス温度が低下した際に、SO
xが排気ガス中の水分と反応して硫酸となり、配管内面に結露するため、厳しい腐食環境に曝される。さらに、実環境ではCl
−が混入し、乾湿の繰り返しにより、SO
xおよびCl
−を含む水分が濃縮する場合がある。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼が排煙脱硫装置に使用される場合も同様に、高い耐食性が求められる。
【0005】
また、近年、自動車分野においては、排気ガスに含まれるCO
2、NO
x、SO
x等の各成分が大気汚染や環境汚染の原因となるため、様々な規制強化が行われている。そのため、自動車のCO
2排出量削減、燃費改善を目的として、高効率燃焼やアイドリングストップ等によるエンジン効率の向上、材料置換による軽量化のみならず、ハイブリッド車(HEV)やバイオ燃料、水素/燃料電池自動車(FCV)、電気自動車(EV)等のエネルギー多様化による改善が必要とされている。
【0006】
その中で、排気熱を回収する熱交換器、いわゆる排熱回収器を取り付けて燃費向上を図る取り組みもなされている。排熱回収器は、排気ガス熱を熱交換によって冷却水に伝達し、熱エネルギーを回収、再利用して冷却水温度を上昇させることで、車室内の暖房性能を向上させるとともに、エンジン暖気時間を短縮して燃費性能を向上させるシステムであり、排気熱再循環システムとも呼ばれる。
【0007】
また、排気ガスを再循環させる排気ガス再循環装置を設置する取り組みもなされている。排気ガス再循環装置としては、例えば、EGRクーラがある。EGRクーラはエンジンの排気ガスをエンジン冷却水や空気により冷却させた後、吸気側に戻して再燃焼させることで燃焼温度を下げ、有害ガスであるNO
xの排出量を低下させる装置である。
【0008】
このようなEGRクーラや排熱回収器の熱交換部は、良好な熱効率が要求され、熱伝導率が良好であると共に、排気ガスと接するため排気ガス凝縮水に対して優れた耐食性が要求される。特に、これらの部品はエンジン冷却水が流れることから、腐食による穴あきが生じた場合には重大事故に繋がる危険があること、また、使用される材料は熱交換効率を高めるために板厚が薄いことから、排気系下流部材よりも優れた耐食性を有する材料が求められる。
【0009】
排気ガス凝縮水の組成は燃料の品位によって変化する。燃料の精製が不十分で燃料中のS量が多い場合、排気ガス中のSO
x濃度が高くなり、排気ガス凝縮水中のSO
42−、SO
32−濃度が高くなる。その結果、排気ガス凝縮水のpHが高くなることで、厳しい腐食環境となる。また、燃料中にCl
−が含まれる場合がある。Cl
−は排気ガスを経由して排気ガス凝縮水中に含まれ、孔食発生の原因となる場合がある。
このように排気ガス凝縮水の腐食性は燃料の品位に大きく左右される。特に、排気ガス凝縮水中のCl
−、SO
42−、SO
32−濃度が高い燃料を使用する地域は、粗悪燃料地域と呼ばれる。
【0010】
従来、マフラーを主体とした排気系下流部材の中で、特に耐食性が求められる部位には、SUS430LX、SUS436J1L、SUS436Lといった、17%以上のCrを含むフェライト系ステンレス鋼が用いられているが、排熱回収器やEGRクーラの材料にはこれら以上の耐食性が求められ、SUS444等の高耐食フェライト系ステンレス鋼が用いられる。そして、粗悪燃料地域で使用される排熱回収器やEGRクーラの材料にはさらなる耐食性が求められ、Ni、Cr、Moなどを多く含有させた高合金オーステナイト系ステンレス鋼が用いられる。
【0011】
ここで、EGRクーラや排熱回収器は、ろう付け接合によって組み立てられることが一般的であるが、高合金オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け等の真空熱処理を施すことによって、材料の耐食性が低下する場合がある。その原因は、σ相と呼ばれるCrやMoに富む金属間化合物の析出である。ろう付けによりσ相が析出すると、σ相近傍の母材でCr、Mo濃度が低下して腐食起点となると考えられている。
【0012】
そのため、製造後はもちろん、ろう付けを施されて、種々の構造物やプラント、EGRクーラや排熱回収器等の自動車部品に製造される際にも、σ相が析出し難く、且つσ相が析出しても耐食性低下幅の小さなオーステナイト系ステンレス鋼が求められる。
【0013】
特許文献1には、重量%で、C:≦0.03、Si:≦0.5、Mn:≦6.0、Cr:28〜30、Ni:21〜24、(Mo+W/2):4〜6、そのうちW:≦0.7、N:0.5〜1.1、Cu:≦1.0を含有し、残部がFeおよび鋼の製造を起源とする通常含有量の不純物からなる組成を有することを特徴とし、PRE=Cr+3.3Mo+1.65W+30Nで表されるPRE値が少なくとも60以上となる量を含有することを特徴とする鋼が開示されている。σ相生成を促進するMo含有量を低く抑え、Moの代わりにNを含有させることでσ相生成を抑制するとともに、高い耐食性を有するステンレス鋼を提案している。しかし、Mo含有量を低く抑えると、排気ガス凝縮水環境で孔食が発生した際の溶解速度を抑制する効果が低減されるため、排熱回収器やEGRクーラなどの薄肉材を用いる部品では、孔食が生じた際に短期間で貫通した穴あきが生じる恐れがある。
【0014】
特許文献2には、C:0.001〜0.030質量%、Si:0.10〜0.70質量%、Mn:0.10〜1.00質量%、P:0.005〜0.045質量%、S:0.003質量%以下、Ni:18.00〜40.00質量%、Cr:20.00〜30.00質量%、Cu:2.00質量%以下、Mo:3.00〜8.00質量%、N:0.05〜0.30質量%、Al:0.13質量%以下、さらにCr+2Mo+0.5Ni≧40であって、残部が実質的にFeである組成を有する、排気ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。上記鋼を煮沸結露試験で評価した結果を示しているが、ろう付けによりσ相が析出した後の耐食性について言及されていない。
【0015】
特許文献3には、C:0.015mass%以下、Si:0.01〜0.20mass%、Mn:0.01〜2.0mass%、P:0.020mass%以下、S:0.010mass%以下、Ni:10〜30mass%、Cr:16〜30mass%、N:0.20mass%以下を含有し、かつ、(1)式;20×Si+100×P≦4.5・・・(1)(ただし、上記式中のSi、Pは、各成分の含有量(mass%)を示す。)を満たすSiとPとを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。低P化かつ低Si化することで耐粒界腐食性を向上させているが、ろう付けによりσ相が析出した後の耐食性について言及されていない。
【0016】
特許文献4には、C:0.030質量%以下、Si:0.10〜0.70質量%、Mn:0.10〜2.00質量%、Ni:10.00〜40.00質量%、Cr:17.00〜30.00質量%、P:0.005〜0.40質量%、S:0.0005〜0.003質量%、Cu:0.01〜0.5質量%、Mo:1.00〜6.00質量%、Al:0.1質量%以下、N:0.005〜0.050質量%、Nb:2.00質量%以下であり、さらにNb/(C+N)≧20を満たす、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、固溶C量が0.005質量%以下であり、laves相が析出していない、耐食性に優れた排気ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法が開示されている。熱処理時間を制御することで耐粒界腐食性を向上させているが、ろう付けによりσ相が析出した後の耐食性について言及されていない。
【0017】
特許文献5には、質量%で、C:0.08%以下、Si:4.0%以下,Mn:1.5%以下、P:0.05%以下,S:0.005%以下、Cr:20〜30%、Ni:20〜35%、Mo:3〜8%,N:0.02〜0.3%、Al:0(無添加)〜4.0%,Cu:0(無添加)〜4.0%,La+Ce:0(無添加)〜0.3%以下、B:0(無添加)〜0.05%で、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、σ相が1.0体積%以下であるオーステナイト系ステンレス鋼板が開示されている。熱間圧延条件を制御することでσ相析出を抑制して延性や加工性を向上させているが、ろう付け後のσ相析出についてや、その耐食性への影響については言及されていない。
【0018】
特許文献6には、質量%で、C:0.1%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.1%以下、S:0.005%以下、Ni:20.0〜37.0%、Cr:18.0〜28.0%、Mo:4.0〜7.0%、Cu:0.5〜2.5%、N:0.10〜0.40%、Al:0.001〜0.10%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式で定義されるPI値が44.0〜50.0、下記(2)式で定義されるGI値が120.0〜150.0、下記(3)式で定義されるMd値が0.920未満、下記(4)式で定義されるMdc値が0.40未満であり、面積率で、板厚中央のσ相が1.0%未満である、高合金オーステナイト系ステンレス鋼板が開示されている。
PI=Cr+3.3Mo+16N … (1)
GI=−Cr+4Ni+5Mo+18Cu … (2)
Md=(1.142Cr+0.717Ni+1.550Mo+0.957Mn+0.6515Cu+1.33Si+1.9Al+0.858Fe−1.4N−0.43C)/100 … (3)
Mdc=(Md−0.91)×(Cr+2Mo) … (4)
ただし式(1),(2),(4)中の元素記号は、各元素の含有率(質量%)であり、式(3)中の元素記号は、各元素の含有率(原子%)である。
PI値を高くすることで腐食の発生を抑制し、GI値を高くすることで腐食が発生した場合の溶解速度を遅くしている。また、Md値、Mdc値を低くすることで、板厚中心部のσ相の析出を抑制しているが、ろう付け後のσ相析出についてや、冷却条件を調整することで表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合を低減させ、さらに高耐食化することについて言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特表2008−525643号公報
【特許文献2】特開2013−199661号公報
【特許文献3】特開2014−34694号公報
【特許文献4】特開2015−189990号公報
【特許文献5】特開2002−322545号公報
【特許文献6】国際公開第2016/076254号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、海洋構造物や排煙脱硫装置等のろう付け構造体および、自動車部品である排熱回収器やEGRクーラ等の排気ガス熱交換部品等のろう付け構造部品に使用される場合において、優れた耐食性を示すオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、前述の課題を解決すべく、様々な添加元素を含有させたオーステナイト系ステンレス鋼を作製し、種々の熱処理を施した後の耐食性を調べた結果、鋼の化学成分を調整し、Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦50.000を満足し、且つ冷却速度を調整することで、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合を1.00%以下とすることができ、良好な耐食性を有する鋼が得られることを見出した。
【0022】
上記課題を解決することを目的とした本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1] 質量%で、
C:0.001〜0.012%、
Si:0.37〜0.79%、
Mn:0.01〜
0.89%、
P:0.050%以下、
S:0.0050%以下、
Ni:17.00〜35.00%、
Cr:18.00〜30.00%、
Mo:4.00〜7.49%、
Cu:0.10〜3.00%、
N:0.100〜0.400%および
Al:0.001〜0.100%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記式(1)を満たすことを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦50.000 ・・・ (1)
但し、上記式(1)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。
[2] さらに質量%で、
B:0.0001〜0.0050%、
Ti:0.001〜0.300%、
Nb:0.001〜0.300%、
W:0.01〜1.00%、
V:0.01〜0.50%、
Sn:0.001〜0.500%、
Sb:0.005〜0.500%および
Co:0.010〜0.500%
のうち何れか1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
[3] さらに質量%で、
Mg:0.0001〜0.0050%、
Zr:0.001〜0.300%、
Ga:0.0001〜0.0100%、
Ta:0.001〜0.050%および
REM:0.001〜0.100%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]または[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
[4] 表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が1.00%以下であることを特徴とする[1]〜[3]の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
[5] 排気ガス熱交換部品に使用される[1]〜[4]の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
[6] ろう付け構造部品に使用される[1]〜[4]の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
[7] ろう付け後の鋼において、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が1.00%以下であることを特徴とする[1]〜[3]の何れか一項に記載の鋼成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼。
[8] [7]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなるろう付け構造体。
[9] [7]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなるろう付け構造部品。
[10] [7]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなる排気ガス熱交換部品。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、海洋構造物や排煙脱硫装置等のろう付け構造体および、自動車排気系部品である排熱回収器やEGRクーラ等の排気ガス熱交換部品等のろう付け構造部品に使用される場合において、優れた耐食性を示すオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】鋼中のFe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu量とσ相析出割合との関係および、ろう付け後の凝縮水腐食試験結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
なお、以下の説明では、一例として、上述した適用例の中でも特に使用環境が厳しく、より優れた耐食性が求められる排気ガス熱交換部品について説明する。
排熱回収器やEGRクーラ等の排気ガス熱交換部品は、ろう付け接合後に排気ガス凝縮水環境に曝されるため、前述の適用例の中でも特に厳しい使用環境となる。本発明者等は、種々の組成の鋼板を作製して、ろう付けに相当する熱処理を施した試験片を作製し、凝縮水腐食試験を行った。また、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析面積出割合を調べた。
【0026】
図1に、鋼中のFe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu量とσ相析出割合との関係および、ろう付け後の凝縮水腐食試験結果を示す。ここで、
図1内の実験点は、後述する実施例の表1(鋼種No.A1〜No.8、No.A11、No.A12、鋼種No.B5〜No.B8)から抜粋した。また、凝縮水腐食試験の判定基準は、最大孔食深さが100μm未満となるものを○、100μm以上となるものを×とした。
【0027】
図1より、下記式(1)を満足する、本発明範囲内である鋼種は、ろう付け後の耐食性が優れていることがわかる。一方で、下記式(1)を満足せず、本発明範囲外である鋼種は、ろう付け後の耐食性が劣っていることがわかる。
なお、下記式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有質量%を意味する。下記式(1)中のFe含有量は、本発明の有効成分を除いた残部の全量として求めた。
【0028】
Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦50.000 ・・・ (1)
【0029】
図1より、上記式(1)を満たさない鋼種は、σ相析出面積割合が高いことがわかる。これより、多量に析出したσ相近傍のCr、Mo濃度の低い領域が腐食起点となったため、腐食性が劣っていると考えられる。
【0030】
なお、前述の規定式(1)は、より好ましくはFe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦45.000であり、さらに好ましくはFe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦40.000である。すなわち、下記式(2)を満足することがより好ましく、下記式(3)を満足することがさらに好ましい。
【0031】
Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦45.000 ・・・ (2)
Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦40.000 ・・・ (3)
【0032】
以下に、本発明で規定する鋼の化学組成についてさらに詳しく説明する。なお、%は質量%を意味する。
【0033】
C:0.001〜0.100%
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。そのため、C含有量の上限を0.100%以下とする。しかしながら、過度に低減することは、ろう付け時の結晶粒粗大化や鋭敏化、σ相析出を助長し、かつ精練コストを上昇させるため、C含有量の下限を0.001%以上とする。好ましいC含有量は、0.003〜0.050%であり、より好ましくは、0.005〜0.020%である。
【0034】
Si:0.01〜1.00%
Siは、脱酸元素として有用であるが、過剰に含有するとσ相の析出を促進させるため、その含有量を0.01〜1.00%とする。好ましいSi含有量は、0.02〜0.80%であり、より好ましくは0.03〜0.70%である。
【0035】
Mn:0.01〜1.00%
Mnは、脱酸元素として有用であるが、過剰に含有すると耐食性を劣化させるので、その含有量を0.01〜1.00%とする。好ましいMn含有量は、0.02〜0.80%であり、より好ましくは0.03〜0.70%である。
【0036】
P:0.050%以下
Pは、加工性、溶接性および耐食性を劣化させる元素であり、その含有量を制限する必要がある。そのため、P含有量の上限を0.050%以下とする。好ましいP含有量の上限は0.040%以下であり、より好ましくは0.030%以下である。
【0037】
S:0.0050%以下
Sは、耐食性を劣化させる元素であるため、その含有量を制限する必要がある。そのため、S含有量の上限を0.0050%以下とする。好ましいS含有量の上限は0.0030%以下であり、より好ましくは0.0010%以下である。
【0038】
Ni:17.00〜35.00%
Niは、粗悪燃料地域の排気ガス凝縮水環境での耐食性を確保し、さらにろう付け性の改善やσ相析出を抑制する上で、17.00%以上の含有量が必要である。そのため、Ni含有量の下限を17.00%以上とする。ただし、過剰に含有すると合金コストが増大するため、その上限を35.00%以下とする。好ましいNi含有量は17.20〜28.00%であり、より好ましくは17.50〜26.00%である。
【0039】
Cr:18.00〜30.00%
Crは、粗悪燃料地域の排気ガス凝縮水環境での耐食性を確保する上で、少なくとも18.00%以上必要であるため、Cr含有量の下限を18.00%以上とする。含有量を増加させるほど耐食性は向上するが、加工性、製造性を低下させるため、Cr含有量の上限を30.00%以下とする。好ましいCr含有量は18.50〜27.00%であり、より好ましくは19.00〜24.50%である。
【0040】
Mo:4.00〜8.00%
Moは、粗悪燃料地域の排気ガス凝縮水環境での耐食性を確保する上で、少なくとも4.00%以上必要であるため、Mo含有量の下限を4.00%以上とする。ただし、含有量を増加させるとσ相の析出を促進させるため、Mo含有量の上限を8.00%以下とする。好ましいMo含有量は4.50〜7.50%であり、より好ましくは5.00〜7.00%である。
【0041】
Cu:0.10〜3.00%
Cuは、耐食性を向上させ、さらにσ相の析出を抑制させるため重要な元素であり、少なくとも0.10%以上必要であるため、Cu含有量の下限を0.10%以上とする。ただし、過剰に含有すると熱間加工時に割れが発生するため、Cu含有量の上限を3.00%以下とする。好ましいCu含有量は0.30〜2.00%であり、より好ましくは0.55〜1.50%である。
【0042】
N:0.100〜0.400%
Nは、耐食性を向上させ、さらにσ相の析出を抑制させるため、少なくとも0.100%以上必要であるため、N含有量の下限を0.100%以上とする。ただし、過剰に含有すると鋳造時の気泡発生感受性を高めるため、N含有量の上限を0.400%以下とする。好ましいN含有量は0.120〜0.350%であり、より好ましくは0.150〜0.300%である。
【0043】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸効果等を有するため精練上有用な元素であり、少なくとも0.001%以上必要であるため、Al含有量の下限を0.001%以上とする。しかしながら、過剰に含有すると、Alが優先的に酸化されて表面に濃縮し、ろう付け性を低下させるため、Al含有量の上限を0.100%以下とする。好ましいAl含有量は0.005〜0.080%であり、より好ましくは0.010〜0.070%である。
【0044】
以上が本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の基本となる化学組成であり、残部はFeおよび不可避的不純物である。なお、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼では、更に、次のような元素を必要に応じて含有してもよく、含有しなくてもよい。含有しない場合のそれぞれの元素含有量の下限は、0%以上である。
【0045】
B:0.0001〜0.0050%
Bは、熱間加工性の向上に有用な元素であり、必要に応じて0.0001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると耐食性を低下させるため、B含有量の上限を0.0050%以下とする。好ましいB含有量は0.0005〜0.0040%であり、より好ましくは0.0010〜0.0030%である。
【0046】
Ti:0.001〜0.300%
Tiは、耐食性を向上させるのに有用な元素であり、必要に応じて0.001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると、Tiが優先的に酸化されて表面に濃縮し、ろう付け性を低下させるため、Ti含有量の上限を0.300%以下とする。好ましいTi含有量は0.002〜0.200%であり、より好ましくは0.003〜0.100%である。
【0047】
Nb:0.001〜0.300%
Nbは、耐食性の向上に有用な元素であり、必要に応じて0.001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Nb含有量の上限を0.300%以下とする。好ましいNb含有量は0.005〜0.200%であり、より好ましくは0.010〜0.100%である。
【0048】
W:0.01〜1.00%
Wは、σ相析出を抑制しつつ耐食性を向上させるために非常に有用な元素であり、0.01%以上含有することが好ましい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、W含有量の上限を1.00%以下とする。より好ましいW含有量は0.03〜0.70%であり、さらに好ましくは0.05〜0.50%である。
【0049】
V:0.01〜0.50%
Vは、耐食性の向上に有用な元素であり、必要に応じて0.01%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、V含有量の上限を0.50%以下とする。好ましいV含有量は0.03〜0.40%であり、より好ましくは0.05〜0.30%である。
【0050】
Sn:0.001〜0.500%
Snは、耐食性の向上に有用な元素であり、必要に応じて0.001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Sn含有量の上限を0.500%以下とする。好ましいSn含有量は0.005〜0.400%であり、より好ましくは0.010〜0.300%である。
【0051】
Sb:0.005〜0.500%
Sbは、耐食性の向上に有用な元素であり、必要に応じて0.005%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Sb含有量の上限を0.500%以下とする。好ましいSb含有量は0.008〜0.400%であり、より好ましくは0.010〜0.300%である。
【0052】
Co:0.010〜0.500%
Coは、二次加工性と靭性とを向上させる元素であり、必要に応じて0.010%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Co含有量の上限を0.500%以下とする。好ましいCo含有量は0.020〜0.400%であり、より好ましくは0.030〜0.300%である。
【0053】
なお、以上説明したB、Ti、Nb、W、V、Sn、Sb、Coの1種または2種以上の合計の含有量は、合金コストの増加を抑制する観点から、6%以下が望ましい。
【0054】
Ca:0.0001〜0.0050%
Caは、脱硫や熱間加工性を向上させる元素であり、必要に応じて0.0001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると、水溶性の介在物であるCaSが生成して耐食性を低下させるため、Ca含有量の上限を0.0050%以下とする。好ましいCa含有量は0.0002〜0.0045%であり、より好ましくは0.0003〜0.0040%である。
【0055】
Mg:0.0001〜0.0050%
Mgは、組織を微細化し、加工性および靭性を向上させる元素であり、必要に応じて0.0001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると熱間加工性を低下させるため、Mg含有量の上限を0.0050%以下とする。好ましいMg含有量は0.0003〜0.0040%であり、より好ましくは0.0005〜0.0030%である。
【0056】
Zr:0.001〜0.300%
Zrは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて0.001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Zr含有量の上限を0.300%以下とする。好ましいZr含有量は0.005〜0.200%であり、より好ましくは0.010〜0.100%である。
【0057】
Ga:0.0001〜0.0100%
Gaは、耐食性と耐水素脆化性とを向上させる元素であり、必要に応じて0.0001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Ga含有量の上限を0.0100%以下とする。好ましいGa含有量は0.0005〜0.0080%であり、より好ましくは0.0010〜0.0050%である。
【0058】
Ta:0.001〜0.050%
Taは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて0.001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、Ta含有量の上限を0.050%以下とする。好ましいTa含有量は0.005〜0.040%であり、より好ましくは0.010〜0.030%である。
【0059】
REM:0.001〜0.100%
REMは、脱酸効果等を有するため精練上有用な元素であり、必要に応じて0.001%以上含有してもよい。ただし、過剰に含有すると加工性や製造性を低下させるため、REM含有量の上限を0.100%以下とする。好ましいREM含有量は0.005〜0.080%であり、より好ましくは0.010〜0.050%である。
なお、REM(希土類元素)は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらの元素を単独で含有させても良いし、混合物であっても良い。
【0060】
以上説明した本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、上述した化学成分を有し、Fe+1.2×Cr+1.5×Mo−2×Ni−5×Cu≦50.000を満足するため、ろう付け後の鋼においても、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が1.00%以下となり、優れた耐食性を示すオーステナイト系ステンレス鋼となる。本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け後においても耐食性に優れるため、海洋構造物や排煙脱硫装置等のろう付け構造体および、排気ガス熱交換部品等のろう付け構造部品の部材として好適に用いることができる。
【0061】
次に、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、基本的にはオーステナイト系ステンレス鋼を製造する一般的な方法により製造するとよい。例えば、以下に示す製造方法が挙げられる。まず、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼として、AOD(Argon Oxygen Decarburization)炉やVOD(Vacuum Arc Degassing)炉等で精錬する。その後、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延−熱延板焼鈍−酸洗−冷間圧延−仕上げ焼鈍−酸洗の工程を経て製造する。必要に応じて、熱延板焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延−仕上げ焼鈍−酸洗を繰り返し行ってもよい。また、仕上げ焼鈍と酸洗との間に、ショットブラストや研削ブラシなどの機械的処理や、溶融ソルト処理や中性塩電解処理などの化学的処理を行ってもよい。
【0062】
また、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼にろう付けを施して、ろう付け構造体、自動車排気系部品等のろう付け構造部品を製造する場合、σ相析出を抑制する為には、最適なろう付けが必要である。ろう付けにおける真空雰囲気は100Pa以下が望ましく、ろう付け時間は5〜20分が望ましい。また、ろう付け温度は1000〜1200℃の範囲が望ましい。さらに望ましくは、ろう付け後の表面のσ相析出を抑制するため、ろう付け後直ちにN
2を表面に吹きかけて、最表面のみを急速に冷却する。最表面の冷却速度は5℃/分以上が望ましく、10℃/分以上がさらに望ましい。上記冷却速度が必要な温度範囲は800〜1200℃であり、より望ましくは500〜1200℃である。
【0063】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼に、以上説明した方法によってろう付けを施すことにより、ろう付け後においても表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が1.00%以下となり、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【実施例】
【0064】
実施例に基づいて、本発明をより詳細に説明する。
まず、表1に示す組成の鋼を転炉で溶製し、AOD炉で製錬した後、連続鋳造機により鋳造して1200℃に均熱後、熱間鍛造した。その後、厚さ6mmまで熱間圧延を施し、1150℃で10分間焼鈍を行った後、酸洗を施した。その後、厚さ1mmまで冷間圧延を施し、1150℃で10分間の焼鈍を行って冷延焼鈍板を作製した。そして、ソルトに浸漬した後、HF:20g/L、HNO
3:50g/L、50℃の条件で酸洗を施して、板厚1.0mmの鋼板を作製した。
この鋼板を、N
2を含む50Paの真空雰囲気中にて、1150℃で10分間熱処理を施した。上記熱処理を以後ろう付けと記載する。また、ろう付け終了後、直ちにN
2を表面に吹きかけて最表面のみ急速に冷却した。最表面の温度範囲500〜1200℃での冷却速度は8℃/分であった。
なお、表1中のFe含有量は、本発明の有効成分を除いた残部の全量として求めた。
【0065】
ろう付けを施した鋼板から幅25mm、長さ100mmの試験片を切り出し、半浸漬試験によって腐食性を評価した。
半浸漬試験に使用した模擬凝縮水は、試薬に塩酸、塩化アンモニウム、硫酸、亜硫酸アンモニウムを用いて、100000ppmCl
−+1000ppmSO
42−+1000ppmSO
32−に調整したものを使用した。模擬凝縮水は試薬添加後、アンモニア水を用いて、pH2.0に調整した。80℃に加熱したこの模擬凝縮水に、試験片が約55°でおおよそ半分浸漬されるように調整したジグを用いて、試験片を半浸漬させた。試験は168時間行い、試験片を半浸漬させた模擬凝縮水は24時間ごとに新しく調整したものと交換した。
【0066】
腐食性は最大孔食深さにより評価した。上記半浸漬試験終了後、くえん酸2水素アンモニウム水溶液を用いて腐食生成物を除去し、試験片の最も深く腐食している箇所の深さを顕微鏡を用いた焦点深度法によって求めた。半浸漬試験の判定基準は、孔食の成長が著しくなる100μmとした。最大孔食深さが100μm未満のものを「○」、100μm以上のものを「×」として評価した。結果を表1に示す。
【0067】
また、ろう付けを施した鋼板から幅20mm、長さ30mmの試験片を切り出し、圧延方向に沿った鋼板の断面が観察できるように樹脂埋めした試料を作製して、鏡面研磨を施した。KOH電解エッチングでσ相を現出させた後、×1000の視野で観察されるσ相の面積を画像解析により測定した。画像解析には株式会社ニレコ製のLUZEX(登録商標)SEを用いた。直径0.1μm以上のσ相を測定対象とした。視野数は200視野とした。測定は鋼表面から深さ0.1μmの範囲までとした。以上の方法により、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合を求めた。結果を表1に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
表1より、化学組成および式(1)の値が本発明範囲内の鋼種(No.A1〜No.A12)は、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合(以下、単にσ相析出面積割合と記載する)が1.00%以下であり、ろう付け後の耐食性が優れていることがわかる。一方で、化学組成および式(1)の値のいずれか一つでも本発明範囲外である鋼種(No.B1〜No.B8)は、ろう付け後の耐食性が劣っていることがわかる。化学成分は本発明範囲内だが、式(1)の値が本発明範囲外である鋼種(No.B5〜No.B8)は、表面から深さ0.1μmの範囲のσ相析出面積割合が高くなり、耐食性が劣っていることがわかる。これは、多量に析出したσ相近傍の低Cr、Mo濃度域が腐食起点となり、最大孔食深さの増加に繋がり、耐食性が劣化したと考えられる。以下、各比較例について説明する。
【0070】
鋼種No.B1は、Ni含有量が本発明の範囲外であったため、耐食性が劣った例である。鋼種No.B2は、Cr含有量が本発明の範囲外であったため、耐食性が劣った例である。鋼種No.B3は、Mo含有量が本発明の範囲外であったため、耐食性が劣った例である。鋼種No.B4は、Cu含有量が本発明の範囲外であったため、耐食性が劣った例である。
【0071】
鋼種No.B5〜No.B8はそれぞれ、化学組成は本発明の範囲内であるが、式(1)の値が本発明の範囲外であったため、σ相析出面積割合が多くなり、耐食性が劣った例である。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明に係る耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け後においてもσ相の析出が抑制できるため、海洋構造物や排煙脱硫装置等のろう付け構造体、自動車排気系部品である排熱回収器やEGRクーラ等の、排気ガス熱交換部品等のろう付け構造部品に使用される部材として好適である。