(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、燃料噴射弁における噴射ノズルの噴射穴にNiの被膜を施したとしても、デポジットとNiとの付着力が大きいので、デポジットが噴射穴の表面から剥離して脱落しない場合がある。これにより、噴射ノズルの噴射穴へのデポジットの堆積を抑制することが困難となる可能性がある。
【0005】
そこで本発明の目的は、噴射ノズルにおける燃料を噴霧する噴射穴へのデポジットの堆積を抑制可能な燃料噴射弁を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る燃料噴射弁は、燃料を噴射する噴射穴を有する噴射ノズルを備え、前記噴射穴の表面は、Feと不可避的不純物とからなる純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金で形成されていることを特徴とする。
【0007】
本発明に係る燃料噴射弁において、前記噴射穴は、前記純鉄または前記鉄合金で形成される鉄材層で被覆されていることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る燃料噴射弁において、前記純鉄は、0.030質量%以下のCと、0.200質量%以下のSiと、0.50質量%のMnと、0.030質量%のPと、0.030質量%以下のSと、を含み、残部がFeからなることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る燃料噴射弁において、前記鉄合金は、クロムモリブデン鋼、またはCrとMoとを含むステンレス鋼であることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る燃料噴射弁において、前記クロムモリブデン鋼は、0.13質量%以上0.18質量%以下のCと、0.15質量%以上0.35質量%以下のSiと、0.6質量%以上0.90質量%以下のMnと、0.030質量%以下のPと、0.030質量%以下のSと、0.25質量%以下のNiと、0.9質量%以上1.20質量%以下のCrと、0.15質量%以上0.25質量%以下のMoと、を含み、残部がFeと不可避的不純物とからなることを特徴とする。
【0011】
本発明に係る燃料噴射弁において、前記ステンレス鋼は、0.4質量%のCと、0.4質量%のSiと、0.4質量%のMnと、13.5質量%のCrと、0.6質量%のMoと、を含み、残部がFeと不可避的不純物とからなることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る燃料噴射弁は、燃料を噴射する噴射穴を有する噴射ノズルを備え、前記噴射穴の表面は、鉄材料で形成されており、前記噴射穴の表面の算術平均粗さ(Ra)が、0.08μm以上であることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る燃料噴射弁は、前記噴射穴の表面の算術平均粗さ(Ra)が、1.0μm以上であることを特徴とする。
【0014】
本発明に係る燃料噴射弁において、前記燃料は、バイオ燃料またはバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
上記構成の燃料噴射弁によれば、燃料噴射時に噴射ノズルの噴射穴から噴射される燃料によりデポジットが脱落し易くなるので、噴射穴へのデポジットの堆積を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の実施の形態について図面を用いて詳細に説明する。
【0018】
[第1実施形態]
本発明の第1実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
図1は、燃料噴射弁10の構成を示す図である。燃料噴射弁10は、例えば、ディーゼルエンジン等の内燃機関などに用いられる。燃料は、例えば、化石燃料(軽油等)、バイオ燃料(植物油、動物油脂等を原料としたもの)、軽油とバイオ燃料とを混合したバイオディーゼル燃料(主成分が脂肪酸メチルエステル等)等であるとよい。燃料噴射弁10が、例えば、ディーゼルエンジンに用いられる場合には、燃料には、軽油、バイオディーゼル燃料、軽油とバイオディーゼル燃料との混合油等が用いられる。
【0019】
燃料噴射弁10は、燃料を噴射する噴射穴12を有する噴射ノズル14を備えている。噴射ノズル14の材質は、特に限定されないが、鉄材料等で形成されているとよい。噴射ノズル14は、燃料タンク(図示せず)から高圧で送られる燃料を、噴射ノズル14の先端部15に供給する燃料供給路16を有している。噴射ノズル14は、噴射ノズル14の先端部15に、エンジンの燃焼室(図示せず)等に燃料を噴射する噴射穴12を有している。噴射穴12は、貫通穴で形成されており、少なくとも1つも設けられていればよく、複数設けられているとよい。噴射穴12は、例えば、噴射ノズル14の先端部15に、放射状に5箇所から6箇所設けることができる。噴射穴12は、丸穴等で形成されているとよい。噴射穴12の内径は、例えば、0.10mm以上0.15mm以下とするとよい。噴射穴12の長さは、例えば、0.8mm以上1.2mm以下とするとよい。
【0020】
燃料噴射弁10は、噴射ノズル14に駆動可能に挿入されるニードル弁18を備えている。ニードル弁18は、例えば、棒状に形成されている。ニードル弁18は、油圧サーボシステム等により上下に駆動可能に構成されている。ニードル弁18が下方に駆動して噴射穴12を塞ぐことにより、燃料の噴射が停止する。ニードル弁18が上方に駆動して噴射穴12を開放することにより、燃料が噴射される。
【0021】
噴射穴12の表面は、Fe(鉄)と不可避的不純物とからなる純鉄、またはCr(クロム)とMo(モリブデン)とを含む鉄合金で形成されている。噴射穴12は、Feと不可避的不純物とからなる純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金で形成される鉄材層20で被覆されているとよい。純鉄や、CrとMoとを含む鉄合金は、燃料のコーキングにより生成する炭素質系の堆積物であるデポジットの付着力を小さくすることができる。このため、噴射穴12の内周面に鉄材層20が被覆されていることにより、噴射穴12から燃料が高圧で噴射されるときに、デポジットが容易に剥離して脱落し、噴射穴12へのデポジットの堆積を抑制することが可能となる。鉄材層20の厚みは、例えば、0.1μmから10μmとするとよく、0.1μmから5μmとすることが好ましい。
【0022】
鉄材層20は、純鉄で形成されているとよい。鉄材層20が純鉄で形成されている場合には、デポジットの付着力がより小さくなるので、デポジットが脱落して除去され易くなるからである。純鉄の純度は、特に限定されないが、98質量%以上であるとよく、99質量%以上であることが好ましい。純鉄に含まれる不可避的不純物は、特に限定されないが、例えば、C(炭素)、Si(珪素)、Mn(マンガン)、P(リン)、S(硫黄)等であるとよい。
【0023】
純鉄には、例えば、SUY1材を用いることが可能である。SUY1材の組成は、0.030質量%以下のCと、0.200質量%以下のSiと、0.50質量%以下のMnと、0.030質量%のPと、0.030質量%以下のSと、を含み、残部がFeで構成されている。
【0024】
CrとMoとを含む鉄合金は、主成分がFeからなり、CrとMoとを含む鉄合金である。主成分とは、CrとMoとを含む鉄合金を構成する合金成分の中で最も含有率が大きい合金成分のことである。CrとMoとを含む鉄合金に含まれるCrの含有率は、0.5質量%以上15質量%以下とするとよい。CrとMoとを含む鉄合金に含まれるMoの含有率は、0.1質量%以上1質量%以下とするとよい。CrとMoとを含む鉄合金は、クロムモリブデン鋼(Cr−Mo鋼)、またはCrとMoとを含むステンレス鋼とするとよい。
【0025】
クロムモリブデン鋼は、例えば、0.13質量%以上0.48質量%以下のCと、0.15質量%以上0.35質量%以下のSiと、0.60質量%以上0.85質量%以下のMnと、0.030質量%以下のPと、0.030質量%以下のSと、0.25質量%以下のNiと、0.90質量%以上1.20質量%以下のCrと、0.15質量%以上0.45質量%以下のMoと、を含み、残部がFeと不可避的不純物とから構成される鉄合金である。クロムモリブデン鋼には、SCM415材、SCM418材、SCM420材、SCM421材、SCM425材、SCM430材、SCM432材、SCM435材、SCM440材、SCM445材、SCM822材等を用いることができる。また、クロムモリブデン鋼には、SCM415材やSCM425材を用いるとよい。
【0026】
SCM415材は、0.13質量%以上0.18質量%以下のCと、0.15質量%以上0.35質量%以下のSiと、0.6質量%以上0.90質量%以下のMnと、0.030質量%以下のPと、0.030質量%以下のSと、0.25質量%以下のNiと、0.9質量%以上1.20質量%以下のCrと、0.15質量%以上0.25質量%以下のMoと、を含み、残部がFeと不可避的不純物とからなるクロムモリブデン鋼である。
【0027】
SCM425材は、0.23質量%以上0.28質量%以下のCと、0.15質量%以上0.35質量%以下のSiと、0.6質量%以上0.90質量%以下のMnと、0.030質量%以下のPと、0.030質量%以下のSと、0.25質量%以下のNiと、0.9質量%以上1.20質量%以下のCrと、0.15質量%以上0.30質量%以下のMoと、を含み、残部がFeと不可避的不純物とからなるクロムモリブデン鋼である。
【0028】
CrとMoとを含むステンレス鋼には、HPM38材等を用いることができる。HPM38材は、0.4質量%のCと、0.4質量%のSiと、0.4質量%のMnと、13.5質量%のCrと、0.6質量%のMoと、を含み、残部がFeと不可避的不純物とからなるステンレス鋼である。
【0029】
鉄材層20は、一般的な、乾式めっき法や湿式めっき法等で形成することが可能である。乾式めっき法には、スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法等の被膜形成方法を用いることができる。スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法等に用いる装置は、一般的なスパッタリング装置、イオンプレーティング装置、真空蒸着装置等を用いることが可能である。例えば、鉄材層20をスパッタリング法で形成する場合には、純鉄のターゲット、またはCrとMoとを含む鉄合金のターゲットを用いてスパッタリングすることにより、噴射穴12の内周面に成膜すればよい。なお、鉄材層20を設けない部位については、予めマスキングしておくとよい。
【0030】
また、鉄材層20は、噴射穴12の内周面に、純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金で形成した円筒状等のスリーブを嵌合させて形成することも可能である。このような円筒状等のスリーブは、一般的な金属材料の成形加工方法等で形成可能である。
【0031】
次に、燃料噴射弁10の作用について説明する。燃料には、例えば、軽油、バイオディーゼル燃料、軽油とバイオディーゼル燃料との混合油等が用いられる。また、燃料は、燃料タンク(図示せず)から送られて噴射穴12から噴射されるまでの間に、微量のZn(亜鉛)を含む場合がある。燃料噴射弁10は、エンジンの燃焼室等に、所定の時間間隔で燃料を高圧で噴射する。燃料噴射弁10による燃料噴射の休止期間中では、燃料に含まれる油分が高温で酸化や炭化等することによりコーキングして、デポジットが噴射ノズル14の噴射穴12の表面に付着する。デポジットは、例えば、粘着性を有する半固体状等で形成されている。また、燃料が、バイオディーゼル燃料やZn(亜鉛)を含む場合には、デポジットは、噴射ノズル14の噴射穴12の表面により付着し易くなる。
【0032】
燃料噴射弁10による燃料噴射期間では、燃料が、噴射ノズル14の噴射穴12から高圧で噴射される。噴射ノズル14の噴射穴12は、鉄材層20で被覆されているので、噴射穴12の表面と、デポジットとの付着力は小さくなり、高圧で噴射された燃料によりデポジットが容易に脱落して洗い流される。これにより、噴射ノズル14の噴射穴12へのデポジットの堆積が、抑制される。
【0033】
なお、上記構成では、噴射ノズル14の噴射穴12が、鉄材層20で被覆されるようにして構成したが、噴射ノズル14の先端部15を、純鉄、またはCrとMoを含む鉄合金で形成し、噴射ノズル14の先端部15をドリル等で穿孔することにより噴射穴12を形成してもよい。このようにして噴射穴12を形成することにより、噴射穴12の表面が、純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金で形成されているので、デポジットの堆積を抑制することが可能となる。
【0034】
上記構成の燃料噴射弁によれば、噴射ノズルの噴射穴の表面は、純鉄、またはCrとMoを含む鉄合金で形成されているので、デポジットの付着力が小さくなる。これにより、燃料が噴射穴から高圧で噴射されるときにデポジットが容易に脱落するので、噴射穴へのデポジットの堆積を抑制することができる。また、噴射穴がデポジットの堆積により塞がれることによる燃料の供給の低下が抑制されるので、ディーゼルエンジン等の内燃機関の出力低下を抑制することができる。
【0035】
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
図2は、燃料噴射弁30の構成を示す図である。なお、同様の要素には同じ符号を付し、詳細な説明を省略する。燃料噴射弁30は、第1実施形態の燃料噴射弁10と、噴射ノズル14の噴射穴32の構成が相違している。
【0036】
燃料噴射弁30は、燃料を噴射する噴射穴32を有する噴射ノズル14を備えている。噴射穴32の表面は、鉄材料で形成されており、噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)が、0.08μm以上である。鉄材料は、例えば、炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼、耐熱鋼等とすることが可能である。
【0037】
噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)は、0.08μm以上である。算術平均粗さ(Ra)は、粗さ曲線の基準長さにおけるZ(x)の絶対値の平均値であり、例えば、JIS B 0601に規定されている。なお、Z(x)は、粗さ曲線の平均線からの位置xにおける粗さ曲線の高さ(平均線より上側が正、平均線より下側が負)を示している。噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)を0.08μm以上とすることにより、噴射穴32の表面粗さが粗くなるので、デポジットの付着力を小さくすることができる。また、噴射穴32の表面粗さを粗くすることにより、燃料噴射時の燃料流れの乱れが大きくなり、デポジットの脱落を促進することができる。一方、噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)が0.08μmより小さい場合には、デポジットの付着力が大きくなると共に、燃料噴射時の燃料流れの乱れが小さくなり、デポジットが脱落し難くなる。
【0038】
噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)は、1.0μm以上とするとよい。噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)を1.0μm以上とすることにより、噴射穴32の表面粗さがより粗くなるので、デポジットの付着力がより小さくなるからである。また、噴射穴32の表面粗さをより粗くすることにより、燃料噴射時の燃料流れの乱れがより大きくなり、デポジットの脱落をより促進することができるからである。
【0039】
噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)は、0.08μm以上5μm以下とするとよく、1.0μm以上5μm以下とすることが好ましい。噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)が5μmより大きい場合には、燃料噴射時の燃料の微粒化特性等に影響が生じる可能性があるからである。
【0040】
噴射穴32の表面粗さは、一般的な表面粗さの調整方法で調整することが可能である。例えば、噴射穴32の表面粗さは、リーマ等の切削工具を用いて調整することができる。噴射穴32の表面粗さは、粒度や硬さの異なるセラミックス粉末等を噴射穴32に流すことにより調整してもよい。また、噴射穴32の表面粗さは、鉄材料を腐食可能なエッチィング液を噴射穴32に流すことにより調整してもよい。
【0041】
次に、燃料噴射弁30の作用について説明する。燃料噴射弁30は、エンジンの燃焼室等に、所定の時間間隔で燃料を高圧で噴射する。燃料噴射弁30による燃料噴射の休止期間中では、燃料に含まれる油分がコーキングして、デポジットが噴射ノズル14の噴射穴32の表面に付着する。燃料噴射弁30による燃料噴射期間では、燃料が、噴射ノズル14の噴射穴32から高圧で噴射される。噴射穴32の表面は、鉄材料で形成されており、噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)が0.08μm以上であるので、噴射穴32の表面と、デポジットとの付着力は小さくなり、高圧で噴射された燃料によりデポジットが脱落して洗い流される。これにより、噴射ノズル14の噴射穴32へのデポジットの堆積が、抑制される。
【0042】
なお、燃料噴射弁30の噴射穴32の表面を形成する鉄材料は、第1実施形態の燃料噴射弁10の噴射穴12の表面を形成する純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金と同じ鉄材料とするとよい。より詳細には、噴射穴32の表面は、Feと不可避的不純物とからなる純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金からなる鉄材料で形成されており、噴射穴32の表面の算術平均粗さ(Ra)が、0.08μm以上とするとよく、1.0μm以上することが好ましい。噴射穴32の表面が、SUY1材等の純鉄、またはクロムモリブデン鋼(SCM415材、SCM425材等)、CrとMoとを含むステンレス鋼(HPM38材等)などのCrとMoとを含む鉄合金で形成されていることにより、デポジットの付着力をより小さくすることができる。これにより、燃料が噴射穴32から高圧で噴射されるときにデポジットが容易に剥離して脱落するので、デポジットの堆積をより抑制することができる。なお、燃料噴射弁30の噴射穴32は、噴射ノズル14の先端部15を、純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金で形成し、ドリル等で穿孔した後に、表面粗さを調整して形成すればよい。また、燃料噴射弁30の噴射穴32は、噴射穴32の内周面に、第1実施形態の燃料噴射弁10の噴射穴12に被覆される鉄材層20と同様の鉄材層を被覆した後に、鉄材層の表面粗さを調整して形成するようにしてもよい。
【0043】
上記構成の燃料噴射弁によれば、噴射ノズルの噴射穴の表面は、鉄材料で形成されており、噴射穴の表面の算術平均粗さ(Ra)が、0.08μm以上であるので、デポジットの付着力を小さくすると共に、燃料噴射時の燃料流れの乱れを大きくして、デポジットの脱落を促進することができる。これにより、噴射ノズルの噴射穴へのデポジットの堆積を抑制することが可能となる。
【実施例】
【0044】
デポジットの堆積に対する金属材質の影響について評価した。まず、デポジットを堆積させる供試体について説明する。供試体の形状は、矩形状の平板(幅14mm×長さ10mm×板厚1mm)とした。実施例1の供試体は、SCM415材で形成した。実施例2の供試体は、SUY1材で形成した。実施例3の供試体は、HPM38材で形成した。比較例1の供試体は、SUS304材で形成した。なお、SUS304材の合金組成は、0.08質量%以下のCと、1.00質量%以下のSiと、2.00質量%のMnと、0.045質量%以下のPと、0.030質量%以下のSと、8.00質量%以上10.50質量%以下のNiと、18.00質量%以上20.00質量%以下のCrと、残部がFeと不可避的不純物とから構成されている。比較例2の供試体は、純Niで形成した。また、各供試体の表面粗さは、同じ表面粗さとした。
【0045】
次に、デポジットの堆積方法について説明する。各供試体をデポジット堆積用試験油に浸漬して加熱することにより、各供試体の表面にデポジットを堆積させた。デポジット堆積用試験油は、バイオディーゼル燃料と、Zn(亜鉛)化合物と、を含み、残りが軽油からなる混合油とした。試験雰囲気は、大気雰囲気成分(空気)とした。供試体温度は、250℃とした。加熱時間は、900秒とした。そして、試験前後の各供試体の重量を測定し、試験前後の供試体の重量の差をデポジットの堆積量とした。
【0046】
図3は、デポジットの堆積量を示すグラフである。
図3のグラフでは、横軸に各供試体を取り、縦軸にデポジットの堆積量を取り、各供試体におけるデポジットの堆積量を棒グラフで示している。実施例1の供試体は、堆積量が2.5mgであった。比較例1の供試体は、堆積量が2.2mgであった。実施例2の供試体は、堆積量が3.2mgであった。比較例2の供試体は、堆積量が3.0mgであった。実施例3の供試体は、堆積量が2.5mgであった。このように、全ての供試体について、デポジットの堆積が認められた。
【0047】
次に、デポジットの洗い流しに対する金属材質の影響について評価した。供試体については、上記の実施例1から3、比較例1から2の供試体と同じ材質で同じ形状のものを使用した。まず、各供試体をデポジット堆積用試験油に浸漬して加熱することにより、各供試体の表面にデポジットを堆積させた。デポジット堆積用試験油は、バイオディーゼル燃料と、Zn(亜鉛)化合物と、を含み、残部が軽油からなる混合油とした。試験雰囲気は、大気雰囲気成分(空気)とした。供試体温度は、200℃とした。加熱時間は、900秒とした。
【0048】
デポジットの堆積後、堆積させたデポジットの洗い流しを行った。
図4は、デポジットの洗い流し方法を説明するための図である。供試体40の表面の略中心上に、試験油噴射ノズル42を垂直に配置した。試験油噴射ノズル42の噴射穴の口径は、0.5mmとした。試験油噴射ノズル42の先端と、供試体40の表面との距離は、約0.2mmとした。試験油噴射ノズル42から供試体40の表面の略中心に向けて、洗い流し用試験油を噴射した。洗い流し用試験油は、バイオディーゼル燃料を含み、残部が軽油からなる混合油とした。雰囲気は、大気圧の窒素雰囲気とした。供試体温度は、200℃とした。洗い流し用試験油の流速は、65m/sとした。噴射時間は、4.8sとした。また、デポジットの堆積厚さについては、デポジットの堆積前と、デポジットの洗い流し後との各供試体の厚みを高精度接触式センサGT2(株式会社キーエンス)で測定し、デポジットの堆積前と、デポジットの洗い流し後との供試体の厚みの差をデポジットの堆積厚さとした。
【0049】
図5は、洗い流し後のデポジットの堆積厚さを示すグラフである。
図5のグラフでは、横軸に各供試体を取り、縦軸に洗い流し後のデポジットの堆積厚さを取り、各供試体における洗い流し後のデポジットの堆積厚さを棒グラフで示している。実施例1の供試体は、洗い流し後の堆積厚さが1.5μmであった。比較例1の供試体は、洗い流し後の堆積厚さが9.5μmであった。実施例2の供試体は、洗い流し後の堆積厚さが0μmであった。比較例2の供試体は、洗い流し後の堆積厚さが7.5μmであった。実施例3の供試体は、洗い流し後の堆積厚さが0.5μmであった。
【0050】
このように、洗い流し後のデポジットの堆積厚さが小さい金属材質は、SCM415材、SUY1材、HPM38材であった。また、洗い流し後のデポジットの堆積厚さが最も小さい金属材質は、SUY1材であった。一方、SUS304材と、純Ni材とは、洗い流し後のデポジットの堆積厚さが大きくなった。この試験結果から、SUY1材のような純鉄、SCM415材のようなクロムモリブデン鋼、HPM38材のようなCrとMoとを含むステンレス鋼は、デポジットとの付着力が小さくなることがわかった。また、SUY1材のような純鉄は、デポジットとの付着力がより小さくなることがわかった。これに対して、SUS304材のようなMoを含まないステンレス鋼、純Ni材は、デポジットとの付着力が大きくなることがわかった。以上のことから、燃料噴射弁における噴射ノズルの噴射穴の表面が、純鉄、またはCrとMoとを含む鉄合金で形成されていることにより、燃料噴射時にデポジットの脱落が促進されて、噴射穴へのデポジットの堆積を抑制可能であることが明らかとなった。
【0051】
次に、供試体の表面粗さを変化させた場合における洗い流し後のデポジットの堆積厚さを評価した。供試体の形状は、矩形状の平板(幅14mm×長さ10mm×板厚1mm)とした。供試体の材質は、HPM38材とした。実施例Aの供試体は、供試体表面の算術平均粗さ(Ra)を0.08μmとした。実施例Bの供試体は、供試体表面の算術平均粗さ(Ra)を1.0μmとした。参考例Aの供試体は、供試体表面の算術平均粗さ(Ra)を0.001μmから0.005μmとした。各供試体についてデポジットの堆積後、堆積させたデポジットの洗い流しを行った。デポジットの堆積条件と、堆積したデポジットの洗い流し条件とは、上記におけるデポジットの洗い流しに対する金属材質の影響について評価したときの条件と同じ条件とした。
【0052】
次に、デポジットの洗い流し後の評価方法について説明する。デポジットの洗い流し後の評価方法については、供試体の外観観察と、デポジットの堆積厚さとに基づいて行った。
図6は、デポジットの堆積厚さの測定箇所を示す図である。デポジットの堆積厚さの測定箇所は、供試体の中心部の5点とした。より詳細には、デポジットの堆積厚さの測定箇所は、供試体の中心のA点と、A点から右側に1mm離れた位置のB点と、B点から右側に1mm離れた位置のC点と、A点から左側に1mm離れた位置のD点と、D点から左側に1mm離れた位置のE点の5箇所とした。また、デポジットの堆積厚さの測定方法は、上記におけるデポジットの洗い流しに対する金属材質の影響について評価したときの測定方法と同じ測定方法とした。
【0053】
図7は、デポジットの洗い流し後の各供試体の外観観察結果を示す写真であり、
図7(a)は、参考例Aの供試体の写真であり、
図7(b)は、実施例Aの供試体の写真であり、
図7(c)は、実施例Bの供試体の写真である。参考例Aの供試体は、供試体表面の全面に、デポジットが残留して薄く堆積しているのが認められた。これに対して、実施例A、Bの供試体は、供試体の中心部では、デポジットの堆積がほとんど認められなかった。実施例A、Bの供試体は、デポジットが洗い流された領域の外側に、洗い流されたデポジットの集積物が認められた。この理由は、供試体の中心部及びその近傍に堆積していたデポジットが洗い流されて、供試体の中心部及びその近傍の外側に集積したと考えられる。また、実施例A,Bの供試体を比較すると、実施例Bの供試体は、実施例Aの供試体よりもデポジットが洗い流された領域が大きくなった。この理由は、実施例Bの供試体は、実施例Aの供試体より供試体表面の算術平均粗さ(Ra)が大きいので、供試体表面を流れる洗い流し用試験油の乱れや流速が大きくなり、デポジットが洗い流された領域が大きくなったと考えられる。
【0054】
図8は、供試体表面の中心部のデポジットの堆積厚さを示すグラフである。
図8のグラフでは、横軸にデポジットの堆積厚さの測定箇所(
図6に示すA点からE点)を取り、縦軸にデポジットの堆積厚さを取り、実施例Aの供試体を黒四角形で示し、実施例Bの供試体を白三角形で示し、参考例Aの供試体を黒菱形で示している。参考例Aの供試体は、供試体表面の中心部におけるデポジットの堆積厚さが約5μmから約7μmであった。これに対して実施例A、Bの供試体は、供試体表面の中心部におけるデポジットの堆積厚さが1μm以下であった。また、実施例Bの供試体は、実施例Aの供試体よりも、供試体表面の中心部におけるデポジットの堆積厚さが小さくなった。
【0055】
このように実施例A、Bの供試体は、参考例Aの供試体よりも、デポジットの堆積が抑制された。この試験結果から、供試体表面の算術平均粗さ(Ra)は、0.08μm以上とするとよいことがわかった。また、実施例Bの供試体は、実施例Aの供試体よりも、デポジットの堆積厚さが小さくなると共に、デポジットが洗い流される領域が大きくなることから、供試体表面の算術平均粗さ(Ra)は、1.0μm以上とすることが好ましいことがわかった。以上のことから、燃料噴射弁における噴射ノズルの噴射穴の表面が、鉄材料で形成されており、噴射穴の表面の算術平均粗さ(Ra)が0.08μm以上とすることにより、燃料噴射時にデポジットの脱落が促進されて、噴射穴へのデポジットの堆積を抑制可能であることが明らかとなった。