(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、電気刺激により痛みを緩和する方法としては、末梢神経や、脊髄後索の近傍に配置した電極からパルス状の電流を流し、脊髄膠様質および上位中枢に存在する抑制系の神経群を賦活化する方法が用いられてきた。
【0003】
また、刺激の効果を長時間持続させる目的で、パルス頻度を時間とともに不規則的に変化させる方法も提案されている(下記特許文献1参照。)。また、そのパルス頻度の変化は、ゆらぎのパワースペクトルが所謂「1/fゆらぎ則」に従う場合に、生体に与える刺激感が過度の唐突感を与えず、かつ適度に新鮮な快い刺激として感じられることが知られてきた。
【0004】
ところで、この1/fゆらぎ則に従うパルス列の変化を生成する一つの方法としては、名曲として知られるクラッシック音楽の周波数変動を表す一定時間間隔のゼロクロス回数の時間的変化を、分周回路などによって、経皮的電気刺激に適する周波数に変換するなどの方法が用いられ、特に、パルス列抽出の元となった音楽をヘッドホンあるいはスピーカーを介して聴取することで、聴覚から受けるリラックス効果をも期待できることから、音声信号と、これから抽出されるパルス列の時間的関係を調整する技術も提案されている(下記特許文献2参照。)。
【0005】
しかしながら、音楽の嗜好はヒトそれぞれ異なることから、聴取者のリラックス効果を最大限に引き出すためには、音楽の周波数ゆらぎが、所謂「1/fゆらぎ則」に従わない音楽であっても、聴取者の好みを優先して、選曲を行った方が好ましいという選曲上のジレンマが生じていた。実際、意図的にランダムな刺激効果を狙った音楽の一部では、その周波数ゆらぎが白色雑音に近いものも存在し、これから生成したパルス列を電気刺激として生体に与えた場合には、過度な唐突感を与え、場合によっては、恐怖感をも誘発しかねないことから、その改善が望まれている。しかしながら、通常高域の変動を除去する目的で用いられる最も低次のローパスフィルタでも、その周波数特性は、1/f
2特性となってしまい、1/fゆらぎ特性を出力することは必ずしも容易ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、入力信号から得られるパルス列の周波数ゆらぎのパワースペクトルが希望する特性から大幅に逸脱した場合に、パワースペクトル特性を好ましい形になるように補正する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
例えば、周波数ゆらぎのパワースペクトルが1/f様の特性を持つ刺激は、生体との親和性が高いことが指摘されているが、このような傾向は安静状態でのヒトの心拍変動や脳波のα波成分について見られるだけではなく、アフリカマイマイの神経系など、より低次の神経系の活動についても観察されることが指摘されている(上記非特許文献1参照)。さらには、生体末梢神経自体にも、このような1/f様の特性を持つ刺激の伝搬に有利に作用するメカニズムが内在する可能性があり、最も原始的な神経の一つであるヤリイカの巨大軸索を伝搬するパルス列についても、ある長さを伝搬した後には、このような1/f様の特性を示すことが見出されている(上記非特許文献2参照。)。この原因は、先行して伝搬するパルスが軸索の活動性に与える疲労が直ぐには回復せず、後に続くパルスの伝搬速度に影響を与え、入力部で極端に短い間隔で進行する2つのパルスのうちの後側のパルスの伝搬速度は低下し、2つのパルス間隔は開いてくる。反対に入力時点で広い間隔を置いて加えられた2つのパルスのうちの後側のパルスは、先行パルスとの距離を維持して進行し、2つのパルスのうちの前側のパルスがそれよりも前のパルスの影響で速度低下を起こしている場合には、2つのパルス間隔を詰めるように、作用する。
【0010】
従来、この種の解析では、先行する1つのパルスからの間隔のみに依存した速度低下で説明が試みられていたが、生体で観測される現象を説明できていなかった。すなわち、実際のイカ巨大神経軸索では、白色ノイズを印加し、伝搬されていくことで、1/f様の特性が観測されるのに対し、コンピュータシミュレーションでは、極度の密度変調が生じ、スペクトルの傾斜が極度に急峻となり、1/f様の特性からは、大幅に逸脱するものとなっていた(
図5(a)参照)。発明者らは、生体内の軸索の疲労が、現実には、先行パルスとの間隔だけでは決まらず、それよりもさらに先行する複数のパルスの蓄積が影響しているとの認識に基づき、この効果を「平均周波数」という形でパラメータ表現することで、神経軸索中を伝搬するパルス列の挙動をより正確にモデル化し、結果として、パルス列の密度変調から得られる周波数ゆらぎのパワースペクトル特性を所望の特性、例えば1/f様の特性により近づけることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、
音楽の入力信号から得られるパルス列のパルス間隔を時系列的に順次更新して該パルス列のパワースペクトルを
1/f様特性に近いパルス列として補正
し、補正されたパルス信号を生体刺激装置用に出力する信号処理装置であって、
前記パルス列内の時系列的に隣接する少なくとも3つのパルスにおいて、最後行パルスと該最後行パルスに先行する少なくとも2つの先行パルスとから、
先行するパルスほど重み付けを減少させて算出された加重平均周波数である平均周波数を算出し、
神経軸索上を伝搬するパルスをシミュレートした所定のパルス伝搬モデルにおける平均周波数と伝播速度との関係を用いて、算出された前記平均周波数
を伝播速度に変換し、前記パルス伝搬モデルをパルスが該伝播速度で所定距離だけ伝搬される際に要する時間を遅延時間
として求める処理を行い、該遅延時間を前記最後行パルスの時刻に加算す
ることにより前記最後行パルスの時刻を更新するよう構成されていることを特徴とするものである。
【0012】
このように、パルス列内の時系列的に隣接する少なくとも3つのパルスにおいて、最後行パルスと該最後行パルスに先行する少なくとも2つの先行パルスとから、平均周波数を算出し、算出された平均周波数に応じた遅延時間を
求める処理を行い、その遅延時間を最後行パルスに加算
することにより、複数個先行するパルスの伝搬に伴う神経の疲労効果を平均周波数に応じた遅延時間として表現することができ、この平均周波数に応じた遅延時間をパラメータの一つとして適切に調整することで、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形にデザインすることが可能になり、入力信号
として音楽から抽出したパルス列が例えば1/f様特性から逸脱していた場合にも、その逸脱を修正して1/f様特性に近いパルス列
として生体刺激に用いることができる。
【0013】
なお、本発明の信号処理装置にあっては、前記処理を再帰的に複数回行うことにより前記最後行パルスの時刻を更新するよう構成されていることが好ましく、このようにすれば、最後行パルスの時刻を更新するにあたり、最後行パルスの伝搬中に刻々と変化し得る速度を反映させることができ、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形により近づけることができる。
【0014】
また、本発明の信号処理装置にあっては、前記平均周波数は、前記最後行パルスと該最後行パルスに先行する少なくとも2つの前記先行パルスとから、先行するパルスほど重み付けを減少させて算出された加重平均周波数
とする。このようにすれば、先行するパルス程、神経疲労に伴う最後行パルスへの遅延の影響が小さくなる現象を反映させることができ、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形により近づけることができる。
【0015】
さらに、本発明の信号処理装置にあっては、前記平均周波数が所定値を超える場合には、前記最後行パルスは前記パルス列から消去されるよう構成されていることが好ましく、このようにすれば、短い時間間隔をおいて二つの電流パルスが神経軸索に与えられた場合(周波数が高い場合)に、活動電位が励起されなくなる現象を反映させることができ、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形により近づけることができる。
【0016】
さらに、本発明の信号処理装置にあっては、前記平均周波数に応じた遅延時間は、或る神経軸索上を伝搬するパルスの伝搬モデルを用いて算出
される。パルス伝搬モデルには、例えば実在するヤリイカから計測された値からモデル化した、パルスの周波数伝搬速度特性線図を用いることができる。より詳細には、パルス伝搬モデルは、周波数が高くなるに連れて遅延時間が大きくなる特性を含むことが好ましい。例えば実在するヤリイカの巨大神経軸索をモデル化したパルスの周波数‐伝搬速度特性線図(
図4参照)は、一定値c未満の周波数となる疎なパルスは最大速度v(c)で伝搬され、その後、或る一定値bまでは周波数の増大に伴い速度が線形に減少し、上記或る一定値bを超えると全く伝搬されない(パルスが消滅する)という特性を有している。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、入力信号から得られるパルス列の周波数ゆらぎのパワースペクトルが希望する特性から大幅に逸脱した場合に、パワースペクトル特性を好ましい形になるように補正する手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】この発明の一実施形態の信号処理装置のブロック構成図である。
【
図2】パルス伝搬シミュレーション部でパルス列の各々のパルスに対して順次実行される計算フローチャートである。
【
図3】パルス伝搬シミュレーション部に読み込まれる最後行パルスおよび3つの先行パルスの各時間間隔についての模式図である。
【
図4】ヤリイカの巨大神経軸索をモデル化したパルスの周波数−伝搬速度特性線図である。
【
図5】(a)は、先行する1つのパルスとの間隔のみから周波数を求めること以外は実施形態と同様の構成である比較例のパルス伝搬シミュレーション部に、ガウス分布を持つホワイトノイズを印加したときの出力部におけるパワースペクトルであり、(b)は先行する2つのパルスの間隔から得られる平均周波数を用いた実施形態のパルス伝搬シミュレーション部に、ガウス分布を持つホワイトノイズを印加したときの出力部におけるパワースペクトルである。各図において、横軸は周波数、縦軸はパワーを示す。
【
図6】ガウス分布により生成したパルス列と実際の音楽データ(NATプロジェクトPR動画前奏曲)から生成したパルス列とを実施形態の信号処理装置で処理する前後のパワーパワースペクトルを示した図であり、(a)は、平均パルス間隔8ms、パルス間隔の標準偏差2msによって生成された初期パルスのパワースペクトルであり、(b)は、(a)のパルス列を0.5m分だけ本発明のパスル伝搬シミュレーション部に通した後のパワースペクトルであり、(c)は、前述した音楽データの冒頭部におけるゼロクロスパルスを、10回ごとのパルスに間引きして抽出した初期パルス列のパワースペクトルであり、(d)は、(c)のパルス列を0.5m分だけ本発明のパルス伝搬シミュレーション部に通した後のパワースペクトルである。各図において、横軸は周波数、縦軸はパワーを示す。
【
図7】(a)〜(d)は、
図6(a)〜(d)にそれぞれ対応するパルス間隔の時系列データであり、横軸は時間(秒)、縦軸はパルス間隔(m)を示す。
【
図8】ガウス分布により生成したパルス列(平均パルス間隔8ms、パルス間隔の標準偏差2ms)のパルス伝搬シミュレーションにあたり、加重平均周波数f
iを求める際の平均する周波数(パルス間隔の逆数)の項数を変化させた場合の1000回分の処理結果の平均を示した図であり、(a)は、時刻更新すべき最後行パルスの2つ前までのパルスを用いて加重平均周波数f
iを求め、パルス時刻更新処理を行った場合のパワースペクトルの平均を示しており、(b)は、時刻更新すべき最後行パルスの3つ前までのパルスを用いて加重平均周波数f
iを求め、パルス時刻更新処理を行った場合のパワースペクトルの平均を示す。各図において、横軸は周波数、縦軸はパワーを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき詳細に説明する。実施形態の信号処理装置10は、
図1に示すように、信号取得部12と、モノラル変換部14と、無音区間除去部16と、パルス生成部18と、パルス区間縮小部20と、パルス間引き調整部22と、パルス伝搬シミュレーション部24とを備えており、これらの各部12,14,16,18,20,22,24は、CPU(Central Processing Unit)がROMからプログラムを読み出すことによって実行されてもよいし、FPGA(Field Programmable Gate Array)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の集積回路によって実行されてもよい。
【0020】
信号取得部12は、処理すべき信号として音楽等の音声データを取得する。
【0021】
モノラル変換部14は、信号取得部12で取得した音声データをモノラルの波形信号へ変換する。
【0022】
無音区間除去部16は、モノラルへ変換された波形信号から無音区間を検出して除去する。無音区間とは、取得した音声データにおいて所定時間に亘って無音の状態が続く区間のことである。無音区間除去部16は、波形信号の大きさが無音判定閾値(例えば−60dB)以下の区間が例えば3秒続いた場合に無音区間と判定して除去する。
【0023】
パルス生成部18は、波形信号のゼロクロスの時刻と同期したパルス列を生成する。
【0024】
パルス区間縮小部20は、生成されたパルス列から、パルス間隔が大きい区間を検出して所定の間隔まで縮小させる。パルス区間縮小部20は、例えば20ms以上のパルス間隔を20msまで縮小させる。
【0025】
一般的な音楽データから生成されたパルス列では、パルス間隔が1ms以下となる密な区間も多いため、パルス間引き調整部22は、密な区間において例えば10パルスで1パルスになるようパルスの間引きを行う。
【0026】
このようにして適度な間隔に調整されたパルス列はパルス伝搬シミュレーション部24へ入力される。パルス伝搬シミュレーション部24は、パルス列の各パルスが例えばヤリイカの巨大神経軸索上を伝搬していく際の各パルス間隔の変化をシミュレートして出力するものであり、具体的には、まずヤリイカの巨大神経軸索等からパルス伝搬モデルを作成し、このパルス伝搬モデルを用いてパルスが所定の総距離Xだけ伝搬される際に要する時間を遅延時間として元のパルスの時刻に加算し更新することにより、入力されたパルス列の各パルス間隔を順次調整するものである。
【0027】
図2は、パルス伝搬シミュレーション部24でパルス列の各々のパルスに対して順次実行される計算フローチャートである。ステップS1においてパルス伝搬シミュレーション部24は、時刻更新すべきパルス(以下、最後行パルスとも記す。)の時刻t
iと、該最後行パルスに先行する少なくとも2つ(
図2では3つ)のパルス(以下、先行パルスとも記す。)の時刻・・・t
i−3,t
i−2,t
i−1とを読み込む。
図2は、最後行パルスの時刻t
iと3つの先行パルスの時刻t
i−3,t
i−2,t
i−1とを読み込む例を示しているが、最後行パルスの時刻t
iと2つの先行パルスの時刻t
i−2,t
i−1とを読み込むものでもよく、後行パルスの時刻t
iと4つ以上の先行パルスの時刻・・・t
i−4,t
i−3,t
i−2,t
i−1とを読み込むものでもよい。
【0028】
ステップS2では、パルス伝搬シミュレーション部24は、読み込んだ時刻・・・t
i−3,t
i−2,t
i−1,t
iから各パルス間隔・・・τ
i−2,τ
i−1,τ
iを計算する。
図3は、最後行パルスおよび3つの先行パルスから3つのパルス間隔を求める場合を示した模式図である。パルス間隔・・・τ
i−2,τ
i−1,τ
iは後行のパルスの時刻から先行のパルスの時刻を引くことで求める(例えば、τ
i=t
i−t
i−1)。
【0029】
ステップS3では、パルス伝搬シミュレーション部24は、ステップS1で読み込んだパルスから平均周波数f
iを計算する。実施形態では、次式のように、パルス間隔τ
i−2,τ
i−1,τ
iの逆数値に、神経疲労の時系列履歴の深さに応じて一定割合aで減少する係数を掛けて線形結合し、加重平均周波数f
iを計算する。
f
i ={1/τ
i+ a (1/τ
i−1) + a
2 (1/τ
i−2) + ・・・}/(1 + a + a
2 + ・・・)
なお、aは0より大きくかつ1未満の任意の数であり、例えばa=1/e=約0.367とすることができる。eは自然対数の底である。aとして、1/eより大きな数値(例えば0.4、0.5、0.6等)や小さな数値(0.3、0.2、0.1等)を採用してもよい。
【0030】
続くステップS4では、ステップS2で求めた加重平均周波数f
iのパルスが神経軸索上を伝搬する際の伝搬速度v
iに変換する。
図4は、実在するヤリイカの巨大神経軸索から計測された値からモデル化した、パルスの周波数と伝搬速度との変換モデルである。このグラフのように、このモデルでは、周波数が一定値bを超える密なパルスは神経軸索上を伝搬されず、消滅する。また、周波数が一定値cを下回る疎なパルスは最大速度v(c)で伝搬される。そして、一定値c以上一定値b以下の中間周波数のパルスは周波数の増大に連れて伝搬速度が線形に減少する関係になる。したがって、ステップS4において、加重平均周波数f
iが一定値bを超える場合には、ステップS5で時刻t
iのパルスを除去した後、ステップS1に戻り、次のパルスの時刻t
i+1と、これに先行するパルスの時刻とt
i−3,t
i−2,t
i−1を読み込み、当該次のパルスに係るパルス間隔と先行するパルス間隔とから加重平均周波数f
iを計算し、
図4のモデルから加重平均周波数f
i+1を伝搬速度v
i+1に変換する。
【0031】
ステップS6では、ステップS4で求めた伝搬速度v
iから、最後行パルスが神経軸索上を微小距離Δx伝搬されるのに要する時間Δt
iを計算する。微小距離Δxは、上記総距離Xを任意の自然数で除算した値とすることができる。一例として、総距離Xが0.5m、ステップS2〜ステップS8の繰り返し回数を10回すると、微小距離Δxは0.05mとなる。
【0032】
ステップS7では、最後行パルスの時刻t
iにステップS6で求めた時間Δt
iを加算することで最後行パルスの新たな時刻t
iを求める。
【0033】
つづくステップS8では、微小距離Δxの積算値が総距離Xに到達したか否かを判定し、「NO」の場合にはステップS2に戻り、上記新たな時刻t
iを用いて同様の計算を繰り返し行う。一方、「YES」の場合には、ステップS9において、ステップS7で求めた新たな時刻t
iで最後行パルスの当初の時刻t
iを更新する。このように順次時刻更新され、パルス間隔の調整されたパルス列は、パルス整形回路や電力増幅回路を経て経皮装着用電極や磁気発生コイル等の生体刺激装置へ出力したり、図示しない記憶装置に記憶したりすることができる。
【0034】
以上の処理系によれば、進行型フィルタであるパルス伝搬シミュレーション部24を進行するパルス(時刻t
iのパルス)の等価的な伝搬速度は、直前に印加されたパルス(時刻t
i−1のパルス)のみではなく、複数個先行するパルス(時刻t
i−3,t
i−2,t
i−1のパルス)の進行に伴う疲労効果を加重平均周波数f
iというパラメータで表現することができ、このパラメータを適切に調節することで、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形にデザインすることが可能になり、例えば音楽から抽出したパルス列が例えば1/f様特性から逸脱していた場合にもその逸脱を修正した系列として生体刺激に用いることができる。
図5(b)は、パルス伝搬シミュレーション部24に、ガウス分布を持つホワイトノイズを印加したときの出力部におけるパルス列のパワースペクトルを示したもので、加重平均周波数法によって、1/fと特性(点線)に近づいていることがわかる。
【0035】
また、本実施形態の信号処理装置10にあっては、パルスが総距離Xだけ伝搬されるのに要する時間を求める処理を、微小距離Δxに分けて再帰的に複数回行うようにしたので、最後行パルスの時刻t
iを更新するにあたり、最後行パルスの伝搬中に刻々と変化し得る速度を反映させることができ、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形により近づけることができる。
【0036】
また、本実施形態の信号処理装置10にあっては、平均周波数f
iとして、最後行パルスと該最後行パルスに先行する少なくとも2つの先行パルスとから、先行するパルスほど重み付けを減少させて算出した加重平均周波数f
iを用いることで、先行するパルス程、神経疲労に伴う最後行パルスへの伝搬遅延の影響が小さくなる現象を反映させることができ、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形により近づけることができる。
【0037】
さらに、本実施形態の信号処理装置10にあっては、最後行パルスに係る平均周波数f
iが所定値bを超える場合には、該最後行パルスはパルス列から消去されるよう構成されているので、短い時間間隔をおいて二つの電流パルスが神経軸索に与えられた場合(周波数が高い場合)に、活動電位が励起されなくなる現象を反映させることができ、出力パルス列のパワースペクトルを目的に合った形により近づけることができる。
【実施例1】
【0038】
図6は、ガウス分布により生成したパルス列と実際の音楽データ(NATプロジェクトPR動画前奏曲)から生成したパルス列とを実施形態の信号処理装置10で処理する前後の周波数特性を示した図であり、
図6(a)は、平均パルス間隔8ms、パルス間隔の標準偏差2msによって生成された初期パルスの周波数特性であり、ほぼホワイトノイズに近い特性を示している。一方
図6(c)は、前述した音楽データの冒頭部におけるゼロクロスパルスを、10回ごとのパルスに間引きして抽出した初期パルス列の周波数特性であり、ホワイトノイズよりも少し傾きをもったパルス列である。
【0039】
これらの初期特性に差を持った
図6(a),(c)のパルス列をヤリイカの巨大神経軸索のパルス伝搬特性をモデルとした、伝搬フィルタとしてのパルス伝搬シミュレーション部24に通すとそれぞれ
図6(b),(d)のように特性が変化する。パルス伝搬シミュレーション部24において、加重平均周波数f
iは、最後行パルスに係るパルス間隔τ
iと、この1つ前のパルス間隔τ
i−1とを用い、f
i={1/τ
i + a (1/τ
i−1)}/(1+a)から求めた。ここで、a=1/e=0.367とし、サンプルの除去は
図4に示した最大周波数b(約260Hz)を超えるサンプルとした。またパルスが伝搬する総距離Xを0.5m、微小距離Δxを0.05mとし、
図2の計算フローチャートのステップS2〜S8を繰り返し10回行ってパルスの時刻更新を行った。このようなパルス伝搬シミュレーション部24を通した結果、
図6(b),(d)に示すように、周波数とパワーの逆数の比がほぼ1となり、元のパルスが1/f特性から乖離していても1/f特性を生み出すことを可能にした。また参考程度に
図7に
図6に対応したパルス間隔の時系列のデータの一部を示す。
【実施例2】
【0040】
図8は、ガウス分布により生成したパルス列(平均パルス間隔8ms、パルス間隔の標準偏差2ms)のパルス時刻更新処理にあたり、加重平均周波数f
iを求める際の平均する周波数(パルス間隔の逆数)の項数を変化させた場合の1000回分の処理結果の平均を示した図であり、
図8(a)は、更新すべき最後行パルスの2つ前までのパルスを用いて加重平均周波数f
iを求め、パルス時刻更新処理を行った場合の周波数特性を示しており、
図8(b)は、更新すべき最後行パルスの3つ前までのパルスを用いて加重平均周波数f
iを求め、パルス時刻更新処理を行った場合の周波数特性を示している。更新すべき最後行パルスの2つ前までのパルスから得られた加重平均周波数f
iを用いた場合には、
図8(a)から分かるようにパルス列のパワースペクトルが1/fに近い特性となっているものの高周波の領域でその特性が失われているのに対し、更新すべき最後行パルスの3つ前までのパルスから得られた加重平均周波数f
iを用いた場合には、
図8(b)から分かるように高周波の領域を含めてより1/f特性に近いパワースペクトルが得られている。
【0041】
以上図示例に基づき本発明を説明したが、本発明は実施形態に限定されず、特許請求の範囲の記載内で変更、修正、追加が可能
である。