特許第6898917号(P6898917)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6898917
(24)【登録日】2021年6月15日
(45)【発行日】2021年7月7日
(54)【発明の名称】織布ウェブ又は不織布ウェブ
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/56 20060101AFI20210628BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20210628BHJP
   C25B 13/08 20060101ALI20210628BHJP
【FI】
   D06M11/56
   C25B9/00 A
   C25B13/08 301
【請求項の数】15
【全頁数】42
(21)【出願番号】特願2018-503710(P2018-503710)
(86)(22)【出願日】2016年4月7日
(65)【公表番号】特表2018-513927(P2018-513927A)
(43)【公表日】2018年5月31日
(86)【国際出願番号】EP2016057615
(87)【国際公開番号】WO2016162417
(87)【国際公開日】20161013
【審査請求日】2018年11月14日
(31)【優先権主張番号】102015004528.8
(32)【優先日】2015年4月8日
(33)【優先権主張国】DE
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】517351042
【氏名又は名称】ストジャディノヴィック ジェレーナ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ストジャディノヴィック ジェレーナ
(72)【発明者】
【氏名】ラ マンティア ファビオ
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2002−532634(JP,A)
【文献】 特開昭50−026798(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 11/56
C25B 9/00
C25B 13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法であって、
(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
なお、該織布ウェブ又は不織布ウェブは、第1の主要面及び第2の主要面を有し、またポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、
(ii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、バリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の塩又はそれらの混合物の第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、硫酸塩、硫酸若しくはそれらの混合物の第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)前記第1の溶液と、前記第2の溶液又は前記気体若しくは気体混合物とを接触させることで、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)及びそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩を前記繊維の少なくとも一部の表面上に形成する工程と、
を含む、方法であって、
前記織布ウェブ又は前記不織布ウェブが、
ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)及びそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
前記1つ以上の無機塩が硫酸バリウムを含み、前記硫酸バリウムは、約0.02μm〜約5μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含み、
前記1つ以上の無機塩が前記繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブである、方法。
【請求項2】
(i)前記未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
(ii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの前記第1の主要面の少なくとも一部を前記第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの前記第2の主要面の少なくとも一部を、その前記第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む前記気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)前記第1の溶液と、前記第2の溶液又は前記気体若しくは気体混合物とを接触させる工程と、
を含む、請求項1に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法。
【請求項3】
(i)前記未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
(ii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの前記第1の主要面の少なくとも一部及び前記第2の主要面の少なくとも一部を、前記第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの前記第1の主要面の少なくとも一部及び前記第2の主要面の少なくとも一部を、前記第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む前記気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)前記第1の溶液と、前記第2の溶液又は前記気体若しくは気体混合物とを接触させる工程と、
を含む、請求項1に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法。
【請求項4】
前記第1の溶液が、バリウムの過塩素酸塩若しくは塩化物塩又はこれらの塩の混合物を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記第2の溶液が硫酸塩、硫酸又はそれらの混合物を含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
約0℃〜約200℃の範囲内の温度で前記工程を1つ以上行う、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
工程ii)及び工程iii)を同時又は順次に行う、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記第1の溶液が塩化バリウムを含み、前記第2の溶液が硫酸ナトリウムを含み、前記織布ウェブ又は不織布ウェブが、ポリフェニレンスルフィド及びポリプロピレンからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
アルカリ水電解における隔膜又は膜としての、織布ウェブ又は不織布ウェブの使用であって、
前記織布ウェブ又は前記不織布ウェブが、
ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)及びそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
前記1つ以上の無機塩が前記繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブである、使用。
【請求項10】
織布ウェブ又は不織布ウェブを備える、アルカリ水電解を行うための電解セルであって、
前記織布ウェブ又は前記不織布ウェブが、
ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)及びそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
前記1つ以上の無機塩が前記繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブである、電解セル。
【請求項11】
織布ウェブ又は不織布ウェブを使用する、アルカリ水電解を行う方法であって、
前記織布ウェブ又は前記不織布ウェブが、
ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)及びそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
前記1つ以上の無機塩が前記繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブである、方法。
【請求項12】
ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)及びそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
前記1つ以上の無機塩が前記繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブであって、
前記1つ以上の無機塩が硫酸バリウムを含み、前記硫酸バリウムは、約0.02μm〜約5μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含む、織布ウェブ又は不織布ウェブ。
【請求項13】
前記ポリマーがポリアリーレンスルフィド、特にポリフェニレンスルフィドを含むか又はそれのみからなる、請求項12に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
【請求項14】
平均繊維直径が約0.01μm〜約20μmであり、及び/又は平均繊維長が約0.01μm〜約500μmである、請求項12又は13に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
【請求項15】
前記織布ウェブ又は不織布ウェブの総重量に対して約0.01wt−%〜約70wt−%の量で前記1つ以上の無機塩を含む、請求項12〜14のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1つ以上のポリマーと1つ以上の無機塩とを含む織布ウェブ又は不織布ウェブに関する。本発明は更に、織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法、アルカリ水電解における該織布ウェブ又は不織布ウェブの使用、該織布ウェブ又は不織布ウェブを備える電解セル、及び該織布ウェブ又は不織布ウェブを用いてアルカリ水電解を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ水電解槽の各セルは通常、カソード(cathode:陰極)を備えるカソード区画と、アノード(anode:陽極)を備えるアノード区画とからなる。セパレータは、これらの区画間に設置され、水酸化カリウム(KOH)又は水酸化ナトリウム(NaOH)等の電解質で満たされている。
【0003】
アルカリ水電解では、水素(H)がカソードに生成する。
2HO+2e→H+2OH
【0004】
アノードでは酸素(O)が生成する。
2OH→1/2O+HO+2e
【0005】
アルカリ水電解中に起こる全反応は部分反応を合わせたものである。
O→H+1/2O
【0006】
ガスセパレータの機能は、区画間のガス交換を防止する一方、他方では水素区画から酸素区画への水酸化物イオン(OH)の透過を可能にすることにある。セパレータは、ガスクロスオーバーを最小限に抑え、電解中に発生する生成物である水素及び酸素の汚染(酸素による水素の汚染及びその逆)を回避しなければならず、そうでなければ爆発性混合物が生成するおそれがある。
【0007】
工業用電解槽のゼロギャップ原理は、電極が分離膜又は隔膜と直接接触する構成について述べている。それにより、電極とセパレータとの間にギャップがある従来の電解槽と比べて内部電気抵抗を最小限に抑えることが可能である。ゼロギャップ電解槽に加えて、非ゼロギャップ設計も使用されている。工業用電解槽は、その設計に応じて大気圧又はより高い圧力、すなわち1bar〜約120barで動作し得る。
【0008】
加圧アルカリ水電解槽の分野において、現行の技術水準のセパレータは、アスベスト系セパレータ、セラミック系セパレータ(Zirfon Perl(商標))、及び酸化ニッケル(NiO)をベースとするセパレータを含む。これらのタイプは、ナノメートル範囲の孔径を有する多孔質構造を特徴とする。
【0009】
アスベスト系隔膜は、ゼロギャップアルカリ水電解槽における使用にも適するものとなる良好な機械的安定性及び化学安定性、イオン伝導率並びに湿潤性を示した。しかしながら、アスベストセパレータ及び酸化ニッケルセパレータとの接触は、重篤な健康被害をもたらすことが確認されている。ヒトの健康を守るとともに、水電解槽に使用されるアスベスト隔膜に関する処分問題を解決するために、欧州委員会は2005年にアスベスト及び関連製品の販売及び使用を禁止した。健康に関する問題に加えて、アスベスト隔膜を用いたアルカリ水電解槽の効率は、90℃を超える温度における苛性環境ではアスベストの不安定性のために制限される(非特許文献1及び非特許文献2を参照)。
【0010】
電解槽セルの過電圧を最小限に抑えるためには、可能な動作温度が高いほど好ましいと考えられる。これまで、NiO系隔膜及びZirfon Perl(商標)が、90℃より高い温度における効率及び安定性を考慮して、アスベストの好適な代替物とみなされてきた。それにもかかわらず、NiO隔膜の難点は低い費用対効果、短い寿命、及び毒性に関する問題である(非特許文献3〜非特許文献7を参照)。Zirfon Perl(商標)膜に関しては、一部のゼロギャップアルカリ水電解槽への設置には厚さが不十分であることの他にも、高圧アルカリ電解槽におけるそれらの使用に関して報告される低いイオン伝導率及びガス純度の問題という欠点がある(非特許文献8〜非特許文献10を参照)。Zirfon Perl(商標)膜の厚さは通常0.5mmである。これは、膜全体の電圧降下を著しく増大させるとともに、電解中の電力消費を増大させる乏しいイオン伝導率に起因して、厚さが大きいとプロセス効率の低下がもたらされると考えられるためである。
【0011】
代替物としては、商品名Nafion(商標)で販売されるスルホン化テトラフルオロエチレンが、場合によっては最大250℃の動作温度の高温アルカリ水電解に好適な材料とみなされてきた(非特許文献11を参照)。しかしながら、スルホン化テトラフルオロエチレンの伝導率はその含水率に強く影響を受ける。それ故、水酸化カリウム又は水酸化ナトリウムの高濃度溶液を使用する場合、スルホン化テトラフルオロエチレンの電気伝導率は、電解質中の比較的低い含水率に起因して減少する。さらに、通例0.12mm〜0.25mmであるスルホン化テトラフルオロエチレン膜の厚さはゼロギャップ電解槽に不十分なものである(非特許文献11を参照)。機械的安定性に必要な隔膜の比較的大きな幅に起因して、かかる隔膜を介する伝導率の大幅な減少が観察される。
【0012】
更なる代替物として、純ポリマー系セパレータの使用が議論されている。純ポリマー系セパレータは、例えばポリフェニレンスルフィドニードルフェルトをベースとし得るものであり、大きな孔寸法を特徴とし、大気圧でのみアルカリ水電解におけるセパレータとして使用することができる。高い圧力で行われる電解プロセス中には小さな気泡が生じ、これが純ポリフェニレンスルフィドフェルトを透過することがある。それらの低効率に起因して、これらの純ポリマー系セパレータはアルカリ水電解に広く利用されてこなかった。
【0013】
このため、低い毒性とともに、良好なイオン伝導率、気密性、機械的、化学的及び熱的安定性、並びに費用対効果を有する隔膜の開発に対する要求が存在している。エネルギー消費を削減するとともにアルカリ水電解プロセスの効率を増大させるために、高度な非毒性材料の開発に向けた更なる開発及びアスベストフリー技術が必要とされている。
【0014】
アルカリ水電解における隔膜又は膜として使用される物品はそれ故、複数の要件、例えば、水酸化カリウム又は水酸化ナトリウムの高濃度溶液中における85℃以上での良好なガス分離、表面からの気泡の急速な排出(低い付着係数(sticking coefficient))、高いイオン伝導率及び化学安定性を満たしていなければならない。その上、工業スケールの隔膜が1.6m以上の直径を有し、高温に曝されることを踏まえて、高い機械強度が必要となる。さらに、材料は、費用対効果が高く環境適合性のものでなければならず、また少なくとも20年にわたって安全な動作を提供するものでなければならない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Montoneri, E.; Giuffre, L.; Modica, G.; Tempesti, E.; Int. J. Hydrogen Energy 1987, 11(4), 831
【非特許文献2】Helmet, L.; Mezgolits, H.; Prasser, J.; Schall, A.; Stockmans, W.; Uhde Services and Consulting GmbH, Dortmund, 1984
【非特許文献3】Divisek, J.; Electrochemical Hydrogen Technologies, Edited by H. Wendt, Elsevier 1990
【非特許文献4】Divisek, J.; Jung R.; Britz D.; J. Appl. Electrochem. 1990, 20(2), 186
【非特許文献5】Ghosh, P.C.; Emonts, B.; Janssen, H.; Mergel, J.; Stolten, D.; Sol. Energy 2003, 75(6), 469
【非特許文献6】Divisek, J.; Malinowski, P.; Mergel, J.; Schmitz, H.; Int. J. Hydrogen Energy 1988, 13(3), 141
【非特許文献7】Divisek, J.; Schmitz, H.; Balej, J.; J. Appl. Electrochem. 1989, 19(4), 519
【非特許文献8】Vermeiren, P.; Moreels, J.P.; Leysen, R.; J. Porous Mat. 1996, 3(1), 33
【非特許文献9】Kerres, J.; Eigenberger, G.; Reichle, S.; Schramm,V.; Hetzel, K.; Schnurnberger, W.; Seybold I.; Desalination 1996, 104(1-2), 47
【非特許文献10】Leysen, R.; Vandenborre, H.; Mater. Res. Bull. 1980, 15(4), 437
【非特許文献11】Yeo, R. S.; McBreen, J.; Kissel, G.; Kulesa, F.; Srinivasan, S.; J. Appl. Electrochem. 1980, 10, 741
【発明の概要】
【0016】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
前記1つ以上の無機塩が前記繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブに関する。
【0017】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、
(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
なお、該織布ウェブ又は不織布ウェブは、第1の主要面及び第2の主要面を有し、またポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、
(ii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、バリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の塩又はそれらの混合物の第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)前記織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、硫酸塩、硫酸若しくはそれらの混合物の第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)前記第1の溶液と、前記第2の溶液又は前記気体若しくは気体混合物とを接触させることで、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩を前記繊維の少なくとも一部の表面上に形成する工程と、
を含む、方法によって製造することができる。
【0018】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、アルカリ水電解における隔膜又は膜として使用することができることが好ましい。
【0019】
本発明はまた、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを備える、電解セルを提供する。
【0020】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを使用する、アルカリ水電解を行う方法も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】ポリフェニレンスルフィド繊維のウェブ上における無機塩沈殿剤の走査型電子顕微鏡写真である。a)沈殿剤濃度0.1M、沈殿温度8℃、b)沈殿剤濃度0.1M、沈殿温度22℃。
図2】未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブの繊維上に無機塩を沈殿させるための沈殿セル(ラボスケール)を示す図である。1−20mm直径を有するポリフェニレンスルフィド(PPS)ウェブ、2−0.1M Ba(ClO、3−0.1M HSO
図3】未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブの繊維上に無機塩を沈殿させるための沈殿セル(プロトタイプ試験スケール)を示す図である。4−平たいOリング、5−300mm直径を有するポリフェニレンスルフィド(PPS)、2−0.1M Ba(ClO、3−0.1M HSO
図4】膜材料に電解質を浸すための装置を示す図である。6−25wt.%のKOH、7−セパレータ(膜)、8−セラミックフリット、9−真空ポンプへ。
図5】膜抵抗測定及び酸素透過測定に使用され得る非ゼロギャップ電気化学セルを示す図である。10−Pb/PbF参照電極、11−Pb/PbFセンス電極、12−PVCキャピラリー(QMS検出キャピラリー用のホルダー)、13−Oリング、14−カソードNiディスク、15−アノードNiディスク、16−非ゼロギャップ酸素排気口、17−非ゼロギャップ水素排気口。
図6】例えば単純化膜抵抗測定に使用され得るゼロギャップ電気化学セルを示す図である。18−アノードNiメッシュ、19−カソードNiメッシュ、20−カソードNiメッシュのための電気接続部、21−ゼロギャップ酸素排気口、22−四重極質量分析計キャピラリー開口、23−ゼロギャップ水素排気口。
図7】Pb/PbFをベースとする参照電極を示す図である。24−外部接触子、25−鉛ワイヤ、26−フッ化鉛、27−コットントラップ(cotton trap)、28−参照電極セラミックフリット。
図8】a)及びb)非ゼロギャップセル構成並びにc)ゼロギャップセル構成を用いた膜の抵抗の測定スキームを示す図である。
図9】(a)50mm直径及び(b)100mm直径の円筒ディスク上で曲げ加工中の膜を示す図である。
図10】非ゼロギャップセルにおける抵抗測定(アスベストセパレータ、160mA/cm)中に得られる一般的な電気化学インピーダンス分光スペクトルを示す図である。
図11】電流密度及び浸漬期間による、非ゼロギャップセル構成を用いた種々の膜の伝導率に対する影響を示す図である。
図12】非ゼロギャップセル構成を用いた四重極質量分析計(ポリフェニレンスルフィドセパレータ、160mA/cm)による酸素透過検出測定により得られる一般的な値を示す図である。
図13】非ゼロギャップセル構成を用いた種々の膜についての四重極質量分析計スペクトルを示す図である。
図14】測定前の25wt.%の水酸化カリウム溶液への膜の曝露期間による、非ゼロギャップセル構成を用いた25wt.%の水酸化カリウム中における電解中に各膜を透過するカソード区画内の酸素のパーセンテージに対する影響を示す図である。
図15】ポリフェニレンスルフィド(PPS)、BaSOを伴うPPS、Zirfon Perl(商標)及びアスベストについてのゼロギャップセル構成を用いて求めたイオン伝導率(3週間の浸漬後)及び非ゼロギャップセル構成を用いて求めた酸素透過率を示す図である。
図16】非ゼロギャップセル構成の酸素生成区画における四重極質量分析による水素透過検出に関するデータを示す図である。a)及びb)BaSOを伴うポリフェニレンスルフィドの第1のサンプル(繰返し)、c)及びd)BaSOを伴うポリフェニレンスルフィドの第2のサンプル(繰返し)、e)及びf)膜なし。
図17】BaSOを含有するポリフェニレンスルフィド膜を用いた非ゼロギャップセル構成の水素生成区画において四重極質量分析による水素透過検出に関する値を示す図である。
図18】非ゼロギャップセル構成における35wt.%の水酸化ナトリウム水溶液中の電解中にBaSOを含有するポリフェニレンスルフィド膜を透過するカソード区画内の酸素のパーセンテージを示す図である。
図19】温度による、種々の沈殿剤濃度を用いて生成されるセパレータのイオン伝導率(ゼロギャップセル構成を用いて求められる)及び酸素透過率(非ゼロギャップセル構成を用いて求められる)に対する影響を示す図である。a)0.01M、b)0.1M及びc)0.5M(沈殿剤:Ba(ClO溶液及びHSO溶液)。
図20】温度及び沈殿剤濃度による、a)PPSマトリックスから別々に沈殿する粉末BaSO結晶子サイズ、b)PPSマトリックス中に沈殿するBaSO結晶子サイズ(沈殿剤:Ba(ClO溶液及びHSO溶液)に対する影響を示す図である。
図21】種々の沈殿剤濃度:a)0.01M、b)0.1M及びc)0.5M(沈殿剤:Ba(ClO溶液及びHSO溶液)を用いて22℃でPPSマトリックス上に沈殿するBaSO結晶子サイズの走査型電子顕微鏡画像である。
図22】本発明による膜(2mm〜3mmの厚さを有し、周囲温度で0.1Mの沈殿剤濃度を用いて作製される、PPS上にBaSOを沈殿させたもの)について工業条件(周囲圧力、80℃)下で測定したセル電圧対電流密度を示す図である。カソード材料:NRGrコーティングを伴うTyp v6、アノード材料:サンドブラスト加工したエキスパンドメタルNi、a)2mmの厚さ、30wt.%のKOHを有する本発明による膜、b)1mmの厚さを有する本発明による膜(評価したところk=0.035と合致)。
図23】沈殿プロセス中に存在するナトリウムイオンによる、PPS 1mm(フェルトタイプ306P05 0/0、400g/m、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)に関するa)及びb)膜のイオン伝導率(κ)並びにc)及びd)膜の電圧降下(U)に対する影響を示す図である。a)及びc)測定前に25wt.%のKOH中に8日間浸漬し、沈殿プロセスの初期段階で脱気させる。b)及びd)測定前に25wt.%のKOH中に3ヶ月間浸漬し、沈殿プロセスの初期段階で脱気させる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、1つ以上の特定のポリマーを含む繊維と1つ以上の特定の無機塩とを含み、該1つ以上の無機塩が繊維の少なくとも一部の表面上に存在する。
【0023】
繊維に含まれる1つ以上のポリマーは、ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーからなる群から選択される。ポリオレフィンはハロゲン化ポリオレフィンを含んでいても含んでいなくてもよい。好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブの繊維に含まれる1つ以上のポリマーは、ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリールエーテルケトン及びそれらのコポリマーからなる群から選択される。より好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブの繊維に含まれる1つ以上のポリマーは、ポリフェニレンスルフィド及びポリスルホン、例えばポリアリールエーテルスルホンからなる群から選択される。より更に好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維は、ポリアリーレンスルフィド又はポリオレフィン、好ましくはパラ−ポリフェニレンスルフィド又はポリプロピレンを含む。最も好ましくは、繊維は、ポリフェニレンスルフィド又はポリプロピレン、好ましくはパラ−ポリフェニレンスルフィド又はポリプロピレンのみからなる。ポリプロピレンの好ましい例はシンジオタクチックポリプロピレンである。
【0024】
織布ウェブ又は不織布ウェブは種々の材料の繊維を含んでいてもよい。例えば、織布ウェブ又は不織布ウェブは、ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーから選択される1種のポリマーを含む第1のタイプの繊維と、好ましくはこのリストから選択される別のタイプのポリマーを含む繊維の第2のタイプの繊維とを含んでいてもよい。繊維のタイプの1つは改善された機械的安定性等の第1の特性をもたらすことができ、繊維の第2のタイプは良好なガス分離、又は表面からの気泡の急速な排出等の第2の特性をもたらすことができる。
【0025】
織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維は好ましくは、上記のタイプのポリマーの少なくとも1つを少なくとも約10wt−%、より好ましくは少なくとも約20wt−%、少なくとも約30wt−%、少なくとも約40wt−%、少なくとも約50wt−%、少なくとも約60wt−%、少なくとも約70wt−%、少なくとも約80wt−%又は少なくとも約90wt−%含む。最も好ましくは、繊維は上記のタイプのポリマーの少なくとも1つのみからなる。
【0026】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維はいずれの平均繊維長を示すものであってもよい。好ましくは、平均繊維長は約0.01μm〜約500μm、より好ましくは約0.1μm〜約500μm、更に好ましくは約1μm〜約500μm、より更に好ましくは約5μm〜約400μm、最も好ましく約10μm〜約300μmである。
【0027】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維は、織布ウェブ又は不織布ウェブにおける使用に適すると考えられ得るいずれの平均繊維直径を示すものであってもよい。好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維の平均繊維直径は約0.01μm〜約20μm、好ましくは約0.1μm〜約20μm、より好ましくは約0.5μm〜約15μm、更に好ましくは約1μm〜約15μm、最も好ましくは約5μm〜約15μmである。
【0028】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維のアスペクト比は好ましくは20:1〜500:1、より好ましくは50:1〜200:1である。
【0029】
好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維は、約0.01μm〜約20μmの平均繊維直径及び約0.01μm〜約500μmの平均繊維長を示す。より好ましくは、繊維は、約0.1μm〜約20μmの平均繊維直径及び約1μm〜約500μmの平均繊維長を示す。更に好ましくは、繊維は、約0.5μm〜約15μmの平均直径及び約20μm〜約300μmの平均繊維長を示す。より更に好ましくは、繊維は、約1μm〜約15μmの平均直径及び約25μm〜約200μmの平均繊維長を示す。
【0030】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは好ましくは約20μm〜約10mmの厚さを有する。より好ましくは、織布ウェブ又は不織布ウェブの厚さは約30μm〜約7mm、より好ましくは約50μm〜約3mm、更に好ましくは約100μm〜約1mm、最も好ましくは約100μm〜約500μmである。
【0031】
特に特定の工業スケールの用途に関して、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブの厚さはより好ましくは約50μm〜約10mm、更に好ましくは約150μm〜約8mm、より更に好ましくは約250μm〜約7mm、最も好ましくは約500μm〜約5mmである。
【0032】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは好ましくは約50g/m〜約1200g/mの密度を有する。より好ましくは、織布ウェブ又は不織布ウェブの密度は約70g/m〜約1000g/m、より好ましくは約100g/m〜約900g/m、更に好ましくは約200g/m〜約800g/m、最も好ましくは約300g/m〜約600g/mである
【0033】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブはいずれの形状を有していてもよい。例えば、織布ウェブ又は不織布ウェブは円形、正方形又は矩形シートの形状を有していてもよい。シートとは三次元におけるよりも少なくとも20倍二次元に拡張することを特徴とする物体である。形状は通常、織布ウェブ又は不織布ウェブを膜又は隔膜として使用することが意図される電解槽のタイプに応じて決まる。
【0034】
織布ウェブ又は不織布ウェブとして市販のウェブを使用してもよい。
【0035】
本発明の織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる繊維は1つ以上の有機又は無機フィラーを含んでいてもよい。これらのフィラーは、繊維の少なくとも一部の表面上に存在する1つ以上の無機塩と同じであっても異なっていてもよい。フィラーは、繊維の少なくとも一部の表面上に存在する1つ以上の無機塩と異なることが好ましい。フィラーは、導電性材料、半導体材料又は非導電性材料を含んでいてもよい。導電性フィラーの例としては、金属、例えばニッケル、タングステン、モリブデン、銀、金、白金、鉄、アルミニウム、銅、タンタル、亜鉛、コバルト、クロム、鉛、チタン、錫又はそれらの合金が含まれる。好ましい導電性フィラーはニッケルである。フィラーの粒径は0.01μm〜100μm、好ましくは0.05μm〜20μm、より好ましくは0.1μm〜5μm、最も好ましくは0.2μm〜2μmの範囲とすることができる。
【0036】
フィラーの更なる例としては、ケイ酸塩、例えばクレイ、滑石、珪灰石及び沈降ケイ酸カルシウム;酸化物、例えば酸化アルミニウム、シリカ及び二酸化チタン;炭酸塩、例えば沈降及び重質炭酸カルシウム;並びに硫酸塩、例えば硫酸バリウム及び硫酸カルシウムが挙げられる。フィラーの好ましい例としては、ケイ酸塩、例えばクレイ、滑石、珪灰石及び沈降ケイ酸カルシウム;酸化物、例えば酸化アルミニウム、シリカ及び二酸化チタンが挙げられる。
【0037】
繊維の少なくとも一部の表面上に存在する1つ以上の無機塩は、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される。硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム及びそれらの混合物が好ましい。繊維の少なくとも一部の表面上に存在する無機塩は硫酸バリウムであることがより好ましい。
【0038】
1つ以上の無機塩は繊維の少なくとも一部の表面上にいずれの結晶形態又は非晶質形態で存在していてもよい。1つ以上の無機塩は、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブ中の繊維の少なくとも一部の表面上に結晶形態で存在していることが好ましい。繊維が2タイプ以上存在する場合、異なるタイプの無機塩が異なるタイプの繊維上に存在していてもよい。
【0039】
織布又は不織布が形成された後に1つ以上の無機塩が繊維上に堆積されることが好ましい。
【0040】
1つ以上の無機塩は、好ましくはウェブの総重量に対して約0.01重量パーセント〜約70重量パーセントの量で本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる。より好ましくは、1つ以上の無機塩の量はウェブの総重量に対して約0.1重量パーセント〜約60重量パーセントである。更に好ましくは、1つ以上の無機塩の量はウェブの総重量に対して約0.5重量パーセント〜約50重量パーセントである。より更に好ましくは、1つ以上の無機塩の量はウェブの総重量に対して約1重量パーセント〜約40重量パーセントである。より更に好ましくは、1つ以上の無機塩の量はウェブの総重量に対して約5重量パーセント〜約30重量パーセントである。最も好ましくは、1つ以上の無機塩の量はウェブの総重量に対して約10重量パーセント〜約20重量パーセントである。
【0041】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる1つ以上の無機塩は硫酸バリウムを含むことが好ましい。本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる1つ以上の無機塩は硫酸バリウムのみからなることがより好ましい。
【0042】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブに含まれる1つ以上の無機塩が硫酸バリウムを含むか又はそれのみからなる場合、硫酸バリウムは、約0.01μm〜約50μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含むか又は好ましくはそれのみからなる。より好ましくは、硫酸バリウムは、約0.02μm〜約5μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含むか又はそれのみからなる。更に好ましくは、硫酸バリウムは、約0.05μm〜約1μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含むか又はそれのみからなる。より更に好ましくは、硫酸バリウムは、約0.05μm〜約0.5μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含むか又はそれのみからなる。最も好ましくは、硫酸バリウムは、約0.1μm〜約0.5μmのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含むか又はそれのみからなる。
【0043】
結晶子サイズをX線回折(XRD)によって求めてもよく、また走査型電子顕微鏡法(SEM)を使用して凝集体のサイズを求めてもよい。
【0044】
X線回折(XRD)によって結晶子サイズを求める際、粒子を含有する材料のXRDスペクトルが第1の工程で収集される。続いて、例えばXPowder 12ソフトウェアを用いてXRDスペクトルのピーク021、121及び002について全値半幅(half-width at full maximum value)(HWFM)を求める。メジアン結晶子サイズの算出は、
【数1】
(式中、
τ(Å)は配列(結晶)領域の平均サイズであり、結晶粒径以下であってもよい。
Kは無次元形状因子であり、1に近い値を有する。形状因子は約0.89の一般的な値を有するが、結晶子の実際の形状によって変わる。
λ(Å)は入射ビーム(X線)波長である。
β(rad)は、機械線の広がりを取り除いた後に最大強度の半分の値において幅をとった線(FWHM)である。このパラメータは「Δ(2θ)」として表すこともできる。
θ(rad)はブラッグ角(Bragg angle)である)として一般に知られるシェラーの式(Scherrer equation)を用いて行う。
【0045】
沈殿プロセス中の温度及び電解質濃度に応じて、結晶子は凝集する傾向にあってもよい。このような場合、走査型電子顕微鏡法を使用して凝集体の粒径を求めることが望ましいと言える。通常では織布ウェブ又は不織布ウェブの非導電性に起因して、走査型電子顕微鏡測定を行う前にサンプルに金スパッタリングを施す。この目的で、例えば20nmの厚さを有するスパッタリングされた金(Au)層は、高品質の走査型電子顕微鏡の撮像を得るのに十分なものである。
【0046】
詳細には、走査型電子顕微鏡法では、サンプルを平面基板上に固定し、通常、導電薄層、多くの場合、金及び/又はパラジウムのアマルガムで被覆する。その後、通常5kV〜50kVの集束電子ビームをサンプル上に平行線で走査する。電子がサンプルと相互作用すると、一連の副次的な影響、例えば画像に検出及び変換され得る後方散乱がもたらされる。その後、画像をデジタル化し、画像解析器にかけ、個々の粒子を特定し、それらの形態についての詳細な情報を記録する。このようにして、粒子のサイズ及び形状を正確に評価することができる。走査型電子顕微鏡検査は、粒子を計数する技法として使用されることが多い。走査型電子顕微鏡解析の主な利点は、粒径だけでなく粒子形状及び表面性状にも及ぶ極めて詳細な情報をもたらすことである。
【0047】
走査型電子顕微鏡写真から平均結晶粒径を判断するために、単純な切り取り技法を使用することができる。この目的でランダムな直線を顕微鏡写真に引く。線と交わる結晶粒の境界の数を計数する。平均結晶粒径は交点の数を実際の線の長さで除算することによって求められる。平均結晶粒径は1/(交点の数/線の実際の長さ)に等しく、実際の線の長さは倍率で除算した測定長に等しい。
【0048】
好ましい実施形態では、本発明の織布ウェブ又は不織布ウェブが、p−ポリフェニレンスルフィドと、繊維の少なくとも一部の表面上に存在する硫酸バリウムとのみからなる繊維を含む不織布ウェブであり、ポリフェニレンスルフィドの平均繊維直径が約5μm〜約20μmであり、該不織布ウェブが約0.2mm〜2mmの厚さを有する。
【0049】
第2の態様では、本発明は、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法に関する。1つ以上の無機塩は、無機塩を堆積する任意の既知の方法によって堆積され得る。好ましくは、1つ以上の無機塩は2つ以上の溶液から沈殿によって堆積される。当業者が認識するように、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは任意の方法によって製造することができ、本発明の第2の態様の方法に従って製造される製品に限定されるものではない。
【0050】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法は、
(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
なお、該織布ウェブ又は不織布ウェブは、第1の主要面及び第2の主要面を有し、またポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、
(ii)織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、バリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の塩又はそれらの混合物の第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、硫酸塩、硫酸若しくはそれらの混合物の第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)第1の溶液と、第2の溶液又は気体若しくは気体混合物とを接触させることで、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩を繊維の少なくとも一部の表面上に形成する工程と、
を含む。
【0051】
本出願の方法では、いずれの順序で工程(ii)及び工程(iii)を行ってもよい。さらに、各工程の間に付加的な工程があってもよい。1つの付加的な工程は、織布ウェブ又は不織布ウェブを、工程(ii)と工程(iii)との間又は工程(iii)と工程(ii)との間に完全又は部分的に乾燥させることを含むものであってもよい。この場合、工程(iv)において溶液を接触させるとは、第1の溶液からの乾燥物質を第2の溶液と接触させること又はその逆を意味し得る。三酸化硫黄を含む気体又は気体混合物を工程(iii)で使用する場合、「溶液」という用語は、例えば工程(iv)においてこの気体又は気体混合物のことも指すことが理解されよう。
【0052】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法に使用される「未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブ」は、好ましくは硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩を織布ウェブ又は不織布ウェブの繊維の表面上に含まない点でのみ本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブと異なるものである。織布ウェブ又は不織布ウェブの任意の他の特質及び特徴、例えば本明細書に記載される、繊維に含まれるポリマー(複数の場合もある)の種類、平均繊維直径及び平均繊維長は、明示的に別段の記述がない限り、「未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブ」にも適用可能であることが好ましい。
【0053】
未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブ及び本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、当業者に既知のいずれのタイプの織布ウェブ又は不織布ウェブであってもよい。例としては、ニードルフェルト、カーディング(carded)、エアレイド、湿式、スパンレース、スパンボンド、電界紡糸若しくは溶融紡糸、例えばメルトスパン若しくはメルトブローン、又はそれらの組合せにより得られるウェブが挙げられる。
【0054】
本発明の好ましい実施形態では、織布ウェブ又は不織布ウェブの第1の主要面の少なくとも一部を第1の溶液と接触させ、その後、織布ウェブ又は不織布ウェブの第2の主要面の少なくとも一部を第2の溶液、気体又は気体混合物と接触させる。
【0055】
本発明の特に好ましい実施形態では、織布ウェブ又は不織布ウェブが、ウェブを第1の溶液及び第2の溶液又は気体若しくは気体混合物と同時に又は続けて接触させることで連続的に作製される。
【0056】
連続的なものであろうと不連続なものであろうと、第1の溶液及び第2の溶液又は気体若しくは気体混合物を続けて接触させる場合には、2つの接触工程の間にウェブを乾燥させてもよく、又は先の乾燥工程を伴わずに第2の接触工程を行ってもよい。
【0057】
織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、バリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の塩又はそれらの混合物の第1の溶液と接触させる工程、及び織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、硫酸塩、硫酸若しくはそれらの混合物の第2の溶液、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程はいずれの順序で行ってもよく、介在工程の有無にかかわらず行うことができることが理解されよう。
【0058】
プロセスはロール・ツー・ロール方式で行われることが特に好ましい。ロール・ツー・ロールは、材料の2つの回転するロール間にフレキシブル基板を移送しながらフレキシブル基板の連続加工を伴う一群の製造法である。他の方法としてはシート・ツー・シート法、シート・オン・シャトル(sheet-on-shuttle)法及びロール・ツー・シート法が挙げられる。
【0059】
本発明の別の好ましい実施形態では、織布ウェブ又は不織布ウェブの第1の主要面の少なくとも一部及び第2の主要面の少なくとも一部を第1の溶液と接触させ、その後、織布ウェブ又は不織布ウェブの第1の主要面の少なくとも一部及び第2の主要面の少なくとも一部を第2の溶液、気体又は気体混合物と接触させる。
【0060】
第1の溶液は好ましくはバリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の過塩素酸塩、塩素酸塩、塩化物塩、ヨウ化物塩若しくは臭化物塩、又はこれらの塩の混合物を含む。より好ましくは、第1の溶液はバリウム、ストロンチウム若しくはカルシウムの過塩素酸塩若しくは塩化物又はこれらの塩の混合物を含む。より更に好ましくは、第1の溶液はバリウム若しくはストロンチウムの過塩素酸塩若しくは塩化物又はこれらの塩の混合物を含む。更に好ましくは、第1の溶液はバリウム若しくはストロンチウムの過塩素酸塩又はこれらの塩の混合物を含む。最も好ましくは、第1の溶液はバリウムの過塩素酸塩を含む。
【0061】
第2の溶液は好ましくは硫酸塩、硫酸又はそれらの混合物を含む。硫酸塩は、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物の他に任意の硫酸塩及び硫酸水素塩を含む。具体例としては、硫酸アンモニウム、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸ルビジウム、硫酸セシウム、硫酸マグネシウム、硫酸チタン、硫酸マンガン、硫酸鉄、硫酸コバルト、硫酸ニッケル、硫酸銅、硫酸亜鉛、硫酸イットリウム、硫酸ジルコニウム、硫酸ランタン、硫酸セリウム、硫酸アルミニウム、硫酸ガリウム、並びにそれらの対応する硫酸水素塩及び混合物が挙げられる。好ましい例は硫酸ナトリウム、硫酸カリウム及び硫酸である。
【0062】
本明細書で使用される場合、「溶液」という用語は、分散液、例えばペーストも包含するものである。このような分散液では、塩が幾らか溶媒に一部溶解していればよい。分散液は2つ以上の相を含む材料である。相の少なくとも1つが微細相領域からなり、該微細相領域は任意にコロイドサイズ範囲をとって連続相に分散し得るものである。
【0063】
本発明の更なる実施形態では、三酸化硫黄を含む気体又は気体混合物を、第2の溶液の代わりに又はそれに加えて使用してもよい。かかる気体混合物の例は、純粋な三酸化硫黄、又は空気中の三酸化硫黄若しくは窒素中の三酸化硫黄の混合物である。
【0064】
第1及び第2の溶液のモル濃度は好ましくは約0.0001M〜約10Mの範囲内にある。第1の溶液のモル濃度は第2の溶液におけるモル濃度とは無関係に選ぶことができ、逆もまた同様である。より好ましくは、第1及び/又は第2の溶液のモル濃度は約0.001M〜約5Mの範囲内にある。更に好ましくは、第1及び/又は第2の溶液のモル濃度は約0.01M〜約2Mの範囲内にある。より更に好ましくは、第1及び/又は第2の溶液のモル濃度は約0.05M〜約1Mの範囲をとる。最も好ましくは、第1及び/又は第2の溶液のモル濃度は約0.05M〜約0.5Mの範囲をとる。
【0065】
第1及び第2の溶液のモル濃度間の比率は好ましくは約5:1〜約1:5の範囲内、より好ましくは約3:1〜約1:3の範囲内、更に好ましくは約2:1〜約1:2の範囲内、より更に好ましくは約1.5:1〜約1:1.5の範囲内にある。最も好ましくは、第1及び第2の溶液のモル濃度間の比率は約1:1である。
【0066】
織布ウェブ又は不織布ウェブは好ましくは第1及び/又は第2の溶液と約1秒〜約750時間の間、より好ましくは約1秒〜約72時間の間、更に好ましくは約1秒〜約20時間の間、より更に好ましくは約1秒〜約1時間の間、より更に好ましくは約1秒〜約30分の間、最も好ましくは約1秒〜約1分の間接触する。第1及び第2の溶液と異なる時点で接触させる場合、又はウェブをその表面の異なる領域で第1の溶液及び第2の溶液と接触させる場合、接触時間は第1及び第2の溶液にて無関係に選ぶことができる。
【0067】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法の工程の少なくとも1つは、約0℃〜約100℃、好ましくは約0℃〜約90℃、より好ましくは約5℃〜約80℃、更に好ましくは約7℃〜約70℃、より更に好ましくは約8℃〜約60℃、より更に好ましくは約8℃〜約50℃、より更に好ましくは約8℃〜約40℃、より更に好ましくは約10℃〜約35℃、最も好ましくは約15℃〜約30℃の範囲内の温度で行う。
【0068】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法における工程の1つ以上は、10kPa〜20MPaの範囲の圧力で行うことができる。その上、圧力は各工程にて無関係に選ぶことができ、織布ウェブ又は不織布ウェブの表面の種々の部分で異なっていてもよい。好ましくは、圧力は50kPa〜10MPaの範囲、より好ましくは100kPa〜5MPaの範囲、更に好ましくは100kPa〜1MPaの範囲をとることができる。
【0069】
本出願の好ましい実施形態では、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法に採用される第1又は第2の溶液が水溶液であってもよい。第1及び第2の溶液は水溶液であることがより好ましい。
【0070】
本出願の別の好ましい実施形態では、第1及び/又は第2の溶液が、1つ以上の有機溶媒を含有する溶液であってもよい。有機溶媒は当業者に既知のいずれの有機溶媒であってもよい。好ましくは、有機溶媒は、織布ウェブ又は不織布ウェブが不溶性又はほんの僅かに可溶性の有機溶媒から選ばれる。有機溶媒は水溶液と相溶性又は非相溶性であってもよい。水溶液と相溶性の有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセロール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、1,4−ジオキセン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、酢酸、ブタノン及びアセトンが挙げられる。有機溶媒の他の例は、1−ブタノール、2−ブタノール、クロロホルム、ジクロロメタン、トリクロロエタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、デカン、酢酸エチル、ジエチルエーテル、メチルt−ブチルエーテル(MTBE)、石油エーテル、トルエン及びキシレンである。
【0071】
本発明の別の実施形態では、例えば1つ以上の無機塩の溶解度を低下させるために、1つ以上の無機塩の第1の溶媒溶液を織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部に施し、続いて第1の溶媒と異なる溶媒を添加することによって、1つ以上の無機塩の沈殿を行うことができる。
【0072】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、アルカリ水電解における隔膜又は膜として使用することができる。本発明の隔膜又は膜は、ゼロギャップタイプ又は非ゼロギャップタイプを含み得るアルカリ水電解槽のタイプにかかわらず、また動作圧力、厚さ及び容量にかかわらず、アルカリ水電解槽における設置に好適なものである。例えば、これらのアルカリ水電解槽は大気圧で動作するものであってもよく、又は加圧されてもよい、すなわち、大気圧を上回る圧力で動作し得る。さらに、これらのアルカリ水電解槽は例えば単極式又は双極式であってもよい。
【0073】
本出願における「隔膜(diaphragm)」という用語は、非イオン選択性材料のみからなる物品を指す。対照的に、本出願で使用される「膜(membrane)」という用語は、イオン選択性材料のみからなる物品を指す。「イオン選択性」という用語は、少なくとも1種のイオンに対して透過率を増大又は減少させる特性を指す。本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブはいずれも隔膜又は膜のどちらかとして使用することができる。隔膜及び膜の両方を包含する一般用語であるセパレータも使用される。
【0074】
さらに、本発明は本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを備える電解セルに関する。
【0075】
更なる態様では、本発明は、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを使用する、アルカリ水電解を行う方法に関する。好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブはアルカリ水電解を行う方法において隔膜又は膜として使用される。より好ましくは、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、アルカリ水電解を行う方法のゼロギャップ構成における隔膜又は膜として使用される。このような構成では、好ましくは電極の1つ又は2つが隔膜又は膜と直接接触する。
【0076】
液体の水の代わりに水蒸気を電解することは、電気エネルギーの要求量を減少させる。その上、アルカリ水電解の温度を上昇させると抵抗損が小さくなる。それ故、アルカリ水電解は高温、好ましくは85℃〜180℃、より好ましくは90℃〜160℃の範囲の温度で行うことが好ましい。
【0077】
さらに、本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブは、塩素アルカリ電解セルにおいても隔膜又は膜として使用することができる。これらのセルでは、概してNaCl溶液を電解質として使用し、隔膜又は膜の1つの役割は反応生成物である苛性ソーダ(NaOH)、水素及び塩素の反応を防止することである。塩素アルカリ電解セルにおける隔膜又は膜として使用するために、膜を改良して水酸化物イオン及び/又は塩化物イオンの通過を阻止し得ることが好ましい。例えば、膜は、塩化物アニオン又は水酸化物アニオンを含有する塩を沈殿又は共沈させることによって改良され得る。
【0078】
本発明の好ましい実施形態では、硫酸バリウム(BaSO)結晶をポリフェニレンスルフィドマトリックス中に沈殿させてマトリックスの孔寸法を小さくする結果、セパレータの気密特性を改善することによって、ポリマー系ニードルフェルト、好ましくはポリフェニレンスルフィド(PPS)を、最大120bar、好ましくは1bar〜80barの高い圧力でアルカリ水電解槽におけるセパレータとして使用するように改良する。硫酸バリウムの沈殿プロセスは流体相から開始し得る。この好ましい実施形態では、硫酸(HSO)及び過塩素酸バリウム(Ba(ClO)の2つの電解質を使用して結晶を生成する。沈殿プロセスは下記式に従うものである。
SO+Ba(ClO→BaSO↓+2HClO
【0079】
高度な複合セパレータを作製するために、ポリフェニレンスルフィド(PPS)フェルトを沈殿セルの2つの区画間に固定する。1つの区画には硫酸(HSO)を充填すると同時に第2の区画には過塩素酸バリウム(Ba(ClO)を充填する。両液体ともフェルト内に侵入する。2つの液体が接触するフェルトの多孔質構造内部又はその表面上の層では、硫酸バリウム(BaSO)結晶の形成が開始する。繊維マトリックス構造内部の沈殿のSEM画像を図1に示す。
【0080】
アルカリ水電解におけるガスセパレータに要求される2つの相反する条件(高いイオン伝導率及び低いガス透過率)は、22℃で0.1Mの濃度をそれぞれ有する硫酸(HSO)と過塩素酸バリウム(Ba(ClO)とを混合する場合に最適に満たされる。沈殿プロセスに影響を及ぼしていると考えられる別のパラメータは好ましくは0.5時間〜72時間の沈殿時間である。沈殿プロセス後に、製造したセパレータを蒸留水で洗い流し、アルカリ水電解槽におけるその適用前の輸送を助けると考えられる場合には任意に乾燥してもよい。
【0081】
本発明者らは、硫酸バリウムが繊維の表面上に存在するポリフェニレンスルフィドを含む本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブのイオン伝導率が、アスベスト隔膜に関するものよりも約20%高いことを見出した。酸素気密性は純ポリフェニレンスルフィド隔膜に関するものよりも約90%高く、アスベスト隔膜に関するものよりも約15%低い。加えて、硫酸バリウムが繊維の表面上に存在するポリフェニレンスルフィドを含む本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブの測定した水素気密性があまりに良好であるため、アルカリ水電解セルの酸素側の水素濃度は検出限界未満、すなわち0.01%未満である。ポリフェニレンスルフィドフェルト中へのBaSOの沈殿が、セパレータを通るガスクロスオーバーを低減させて、高純度の生成ガスである水素及び酸素を可能にすることが示された。これらの特性により、気密性に関してはアスベストにより近く、イオン伝導率に関してはアスベストを上回る本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを含むセパレータがもたらされる。
【0082】
理論に束縛されることを望むものではないが、膜を通るイオン輸送は、H及びOHイオンの飽和濃度より低いBa2+、SO2−及びHSOイオンの飽和濃度によって制御されることが考えられる。それ故、Ba2+及びSO2−は強く相互作用するのに対し、H及びOHは相互作用せず、妨げられることなく膜を通過することができる。
【0083】
本発明者らは驚くべきことに、水酸化カリウム溶液中における、BaSOが沈殿したポリフェニレンスルフィドの浸漬が、膜の伝導率に大きな影響を与え、この影響が浸漬期間に伴って増大することを見出した。浸漬期間の影響は、アスベスト隔膜及びBaSOが沈殿したポリフェニレンスルフィド膜に対するよりも純ポリフェニレンスルフィド隔膜に対してあまり顕著でない。水酸化カリウム溶液又は水酸化ナトリウム溶液へのより長い曝露は、BaSOが沈殿したポリフェニレンスルフィドのサンプルの浸透特性にそれほど影響を及ぼさない。
【0084】
金属円筒上に曲げ加工を行う膜の重量が減少したことが見出された。50mmの円筒上に曲げ加工した後、酸素透過が約12%増大したのに対し、(より大きなゴムバンド圧に対応する)より大きな円筒上への曲げ加工は、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィドの曲げ加工していないサンプルと比較して約30%の酸素透過の増大をもたらした。
【0085】
本発明による織布ウェブ又は不織布ウェブを電解槽における膜として使用する場合、それらは好ましくは、沈殿プロセス中にBa(ClO溶液に曝された側面(参照用PPSマトリックス306P41 5/5(面積比重量(area weight)550g/m、2mm厚、Heimbach Filtrationにより供給)の場合にはより滑らかな側面)がカソード(水素生成部位)に対向し、沈殿プロセス中にHSO溶液に曝された側面(PPSマトリックス306P41 5/5の場合にはより粗い側面)がアノード(酸素生成部位)に対向するように電解セル内に設置される。
【0086】
本発明の好ましい実施形態では、織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法が、
(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
なお、該織布ウェブ又は不織布ウェブは、第1の主要面及び第2の主要面を有し、またp−ポリフェニレンスルフィドのみからなる繊維を含む、
(ii)織布ウェブ又は不織布ウェブの一部を、15℃〜30℃で0.02M〜0.5Mの濃度の過塩素酸バリウム又は塩化バリウムの第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)織布ウェブ又は不織布ウェブを、15℃〜30℃で0.02M〜0.5Mの濃度の硫酸ナトリウム又は硫酸の第2の溶液と接触させる工程と、
(iv)第1の溶液と、第2の溶液又は気体若しくは気体混合物とを接触させることで、BaSOの結晶を繊維の一部の表面上に形成する工程と、
を含む。
【0087】
最適な結果、すなわち、最低の酸素透過率と併せた最高のイオン伝導率は、0.1Mの沈殿剤濃度及び22℃の沈殿温度により実現する。
【0088】
より詳細には、下記項目1〜42によって本発明を説明することができる:
1.ポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維と、
硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩と、
を含み、
1つ以上の無機塩が繊維の少なくとも一部の表面上に存在する、織布ウェブ又は不織布ウェブ。
2.1つ以上の無機塩が沈殿により繊維の少なくとも一部の表面上に施される、項目1に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
3.ポリマーがポリアリーレンスルフィド、特にポリフェニレンスルフィドを含むか又はそれのみからなる、項目1又は2に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
4.ポリマーがポリオレフィン、特にポリプロピレンを含むか又はそれのみからなる、項目1又は2に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
5.平均繊維直径が約0.01μm〜約20μmであり、及び/又は平均繊維長が約0.01μm〜約500μmである、上記項目のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
6.約20μm〜約10mmの厚さを有する、上記項目のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
7.約100g/cm〜約600g/cmの密度を有する、上記項目のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
8.織布ウェブ又は不織布ウェブの総重量に対して約0.01wt−%〜約70wt−%の量で1つ以上の無機塩を含む、上記項目のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
9.1つ以上の無機塩が硫酸バリウムを含むか又はそれのみからなる、上記項目のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
10.硫酸バリウムが、約0.01μm〜約50μmのサイズのメジアン粒径(d50)を有する結晶子を含むか又はそれのみからなる、項目9に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブ。
11.項目1〜10のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法であって、
(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
なお、織布ウェブ又は不織布ウェブは、第1の主要面及び第2の主要面を有し、またポリアリーレンスルフィド、ポリオレフィン、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン又はそれらのコポリマーからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、
(ii)織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、バリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の塩又はそれらの混合物の第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)織布ウェブ又は不織布ウェブの少なくとも一部を、硫酸塩、硫酸若しくはそれらの混合物の第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)第1の溶液と、第2の溶液又は気体若しくは気体混合物とを接触させることで、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸鉛(II)又はそれらの混合物からなる群から選択される1つ以上の無機塩を繊維の少なくとも一部の表面上に形成する工程と、
を含む、方法。
12.(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
(ii)織布ウェブ又は不織布ウェブの第1の主要面の少なくとも一部を第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)織布ウェブ又は不織布ウェブの第2の主要面の少なくとも一部を、その第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)第1の溶液と、第2の溶液又は気体若しくは気体混合物とを接触させる工程と、
を含む、項目11に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法。
13.(i)未加工の織布ウェブ又は不織布ウェブを準備する工程と、
(ii)織布ウェブ又は不織布ウェブの第1の主要面の少なくとも一部及び第2の主要面の少なくとも一部を、第1の溶液と接触させる工程と、
(iii)織布ウェブ又は不織布ウェブの第1の主要面の少なくとも一部及び第2の主要面の少なくとも一部を、第2の溶液と、又は三酸化硫黄を含む気体若しくは気体混合物と接触させる工程と、
(iv)第1の溶液と、第2の溶液又は気体若しくは気体混合物とを接触させる工程と、
を含む、項目11に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを製造する方法。
14.第1の溶液が、バリウム、ストロンチウム、カルシウム、鉛の過塩素酸塩、塩素酸塩、塩化物塩、ヨウ化物塩若しくは臭化物塩、又はこれらの塩の混合物を含む、項目11〜13のいずれか一項に記載の方法。
15.第1の溶液が、バリウム若しくはストロンチウムの過塩素酸塩、塩素酸塩若しくは塩化物塩、又はこれらの塩の混合物を含む、項目11〜13のいずれか一項に記載の方法。
16.第1の溶液が、バリウムの過塩素酸塩若しくは塩化物塩又はこれらの塩の混合物を含む、項目15に記載の方法。
17.第1の溶液がバリウムの塩化物塩を含む、項目16に記載の方法。
18.第2の溶液が硫酸塩、硫酸又はそれらの混合物を含む、項目11〜17のいずれか一項に記載の方法。
19.第2の溶液が硫酸塩を含む、項目18に記載の方法。
20.第2の溶液がナトリウム又はカリウムの硫酸塩を含む、項目19に記載の方法。
21.第2の溶液が硫酸ナトリウムを含む、項目19に記載の方法。
22.第1の溶液と第2の溶液とのモル濃度の比率が約5:1〜約1:5の範囲内にある、項目11〜21のいずれか一項に記載の方法。
23.第1の溶液及び第2の溶液のモル濃度が約0.0001M〜約10Mの範囲内にある、項目11〜22のいずれか一項に記載の方法。
24.織布ウェブ又は不織布ウェブを第1の溶液及び第2の溶液又は気体若しくは気体混合物と約1秒〜約750時間の間接触させる、項目11〜23のいずれか一項に記載の方法。
25.織布ウェブ又は不織布ウェブを第1の溶液及び第2の溶液又は気体若しくは気体混合物と約1秒〜約1時間の間接触させる、項目24に記載の方法。
26.織布ウェブ又は不織布ウェブを第1の溶液及び第2の溶液又は気体若しくは気体混合物と約1秒〜約10分の間接触させる、項目24に記載の方法。
27.約0℃〜約200℃の範囲内の温度で工程を1つ以上行う、項目11〜26のいずれか一項に記載の方法。
28.約10kPa〜約20MPaの圧力で工程を1つ以上行う、項目11〜27のいずれか一項に記載の方法。
29.第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方又は両方が水溶液である、項目11〜28のいずれか一項に記載の方法。
30.第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方又は両方が1つ以上の有機溶媒を含有する溶液である、項目11〜29のいずれか一項に記載の方法。
31.工程ii)及び工程iii)を同時に行う、項目11〜30のいずれか一項に記載の方法。
32.工程ii)及び工程iii)を順次行う、項目11〜30のいずれか一項に記載の方法。
33.工程ii)を工程iii)の前に行う、項目32に記載の方法。
34.工程iii)を工程ii)の前に行う、項目32に記載の方法。
35.織布ウェブ又は不織布ウェブを工程ii)と工程iii)との間に乾燥させる、項目32〜34のいずれか一項に記載の方法。
36.第1の溶液がバリウムの過塩素酸塩若しくは塩化物塩又はこれらの塩の混合物を含み、第2の溶液が硫酸塩、硫酸又はそれらの混合物を含む、項目11〜35のいずれか一項に記載の方法。
37.第1の溶液が塩化バリウムを含み、第2の溶液が硫酸ナトリウムを含む、項目11〜35のいずれか一項に記載の方法。
38.第1の溶液が塩化バリウムを含み、第2の溶液が硫酸ナトリウムを含み、織布ウェブ又は不織布ウェブが、ポリアリーレンスルフィド及びポリオレフィンからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、項目11〜35のいずれか一項に記載の方法。
39.第1の溶液が塩化バリウムを含み、第2の溶液が硫酸ナトリウムを含み、織布ウェブ又は不織布ウェブが、ポリフェニレンスルフィド及びポリプロピレンからなる群から選択される1つ以上のポリマーを含む繊維を含む、項目11〜35のいずれか一項に記載の方法。
40.アルカリ水電解における隔膜又は膜としての、項目1〜10のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブの使用。
41.項目1〜10のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを備える、電解セル。
42.項目1〜10のいずれか一項に記載の織布ウェブ又は不織布ウェブを使用する、アルカリ水電解を行う方法。
【0089】
本発明の範囲を逸脱しない限り、本発明の様々な修飾形態及び変更形態が当業者には明らかであろう。本発明は特定の好ましい実施形態に関して説明しているが、特許請求の範囲に記載される発明がかかる特定の実施形態に過度に限定されるべきではないことを理解されたい。実際、記載される発明を実施するための形態の様々な修飾形態は、関連分野における当業者に明らかであり、本発明に包含されることが意図されるものである。
【0090】
以下の実施例は本発明の単なる例示に過ぎず、添付の特許請求の範囲により規定される本発明の範囲を限定するように解釈されるべきものではない。
【実施例】
【0091】
材料
本研究で使用されるポリフェニレンスルフィド(PPS)ニードルフェルトは2mmの厚さを有し、Heimbach GmbHにより供給されたものとする。ポリフェニレンスルフィド(PPS)タイプは、面積比重量550g/m及び200Paで空気透過率160l/dm/minを有する306P41 5/5とした。4mm厚のアスベスト膜サンプルをアルカリ電解槽用の一般的な隔膜とした(クリソタイル、MgSi(OH))。
【0092】
0.5mmの厚さを有するZirfon Perl(商標)(AGFA)も比較目的で使用した。過塩素酸バリウム無水物及び硫酸(95%〜97%)をAlfa Aesar及びJ.T. Bakerからそれぞれ購入し、更なる精製を行うことなく使用した。過塩素酸バリウム及び硫酸(95%〜97%)の溶液は、それらの対応する量を脱イオン水に溶解することによって調製した。
【0093】
本研究では電解質に、高圧ゼロギャップアルカリ水電解槽に使用される一般的な電解質に相当する25wt.%の水酸化カリウム、及び食塩電解に使用される一般的な電解質に相当する35wt.%の水酸化ナトリウムを使用した。
【0094】
沈殿方法
基礎となる膜材料中へのBaSOの沈殿(ラボスケール)
ラボスケールの沈殿膜(直径20mm、厚さ2mm)の製造に使用されるセルは2つの区画からなる(図2)。ポリフェニレンスルフィドの基礎となる膜材料1を区画間に固定した。0.1Mの過塩素酸バリウム溶液2及び0.1Mの硫酸溶液3を各区画内に同時に注入した。これらの溶液を、膜を介して3日間室温で相互作用させることによって沈殿が基礎となる膜材料本体において起こった。
【0095】
1つのラボスケールのポリフェニレンスルフィド膜サンプルの重量を沈殿前後に測定した。沈殿前の重量は0.183gであったのに対し、図2に示されるようなセルにおける沈殿後、ラボスケールのポリフェニレンスルフィド膜サンプル重量が0.213gに増大した。
【0096】
基礎となる膜材料中へのBaSOの沈殿(プロトタイプスケール)
プロトタイプ電解槽において工業条件で膜を試験するために、より大きな沈殿セルを設計し、そこには直径300mm及び2mm厚のポリフェニレンスルフィドマトリックス4を設置し、同様の沈殿剤2及び3により沈殿プロセスにかけた。沈殿前のプロトタイプサイズのポリフェニレンスルフィド膜サンプルの重量は39.036gであった。図3に示されるようなセルにおける沈殿後、ポリフェニレンスルフィド膜サンプル重量が43.590gに増大した。
【0097】
膜の調整
膜は全て測定前に図4に示されるような機器を用いて25wt.%の水酸化カリウム電解質に浸した。電解質6を、セラミックフリット8上に設けた膜7上に注ぎ入れ、真空ポンプ9を用いて膜本体に強制的に通した。
【0098】
特性化方法
概略
セパレータ材料の作製に加えて、イオン伝導率及び気密性の決定に関する方法体系が本発明者らにより開発され、Electrochimica Acta 2014, 127, pages 153 to 158に掲載されている。これらの2つのパラメータの最適化は、実のところ相反する要件であり、電解プロセス効率の改善をもたらし得るものである。それ故、室温で動作する非ゼロギャップ及びゼロギャップの両方の大気圧ラボスケール構成を室内に(in house)図5及び図6それぞれに示されるように構築した。
【0099】
非ゼロギャップセル(図5)は25wt.%の水酸化カリウム6で充填される2コンパートメント四電極セルである。アノード15及びカソード14として作用する2つのNiディスクは、区画間に設置したセパレータ7から離して置く。図7に詳細に図示した2つの鉛/フッ化鉛電極(25℃でNHEに対して−0.317V)を、センス電極10及び参照電極11として使用する。16及び17と符号をつけた開口はそれぞれ酸素排気口及び水素排気口として作用する。
【0100】
ゼロギャップセル(図6)は、セパレータ7がアノード18及びカソード19として作用する2つのNiメッシュ間に挟まれている点で非ゼロギャップセルと異なる。このセルでは、センス電極10及び参照電極11が電線の外側に設けられ、それらの浸漬深さが、測定される抵抗に影響を及ぼし得ない。カソードの電気接続部20は、膜7の左側に位置するアノードのものに対して対称をなす。21及び23と符号をつけた開口はゼロギャップセルにおいてそれぞれ酸素排気口及び水素排気口として作用する。
【0101】
非ゼロギャップセル(5)は、四重極質量分析計(QMS)と連結した場合、電解中にアノード区画に発生し、セパレータを越えてカソード区画内の生成する水素の純度を低減させる酸素のモニタリングも可能にする。QMS検出キャピラリーをPVCホルダー12に設ける。
【0102】
抵抗測定
ゼロギャップ構成及び非ゼロギャップ構成を両方とも抵抗測定に使用した。抵抗測定は、Gamryのポテンショスタットによる定電流モードの電気化学インピーダンス分光法(EIS)を用いて実施した。膜タイプ(ポリフェニレンスルフィド、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド、アスベスト及びZirfon Perl(商標))毎に少なくとも3回の測定を行った。膜を用いない測定は、膜を設置しない際のゼロギャップ構成における短絡を回避するために、非ゼロギャップ構成でのみ行った。周波数を1kHzから100mHzまで掃引するとともに、印加する直流密度は160mA/cm及び200mA/cmとし(測定中に電解状態をもたらす)、交流の振幅は10mA/cmとした。両者の電流密度(160mA/cm及び200mA/cm)は工業用アルカリ水電解槽において印加される電流密度と略同等のものである。
【0103】
非ゼロギャップ構成では、接点はあるものの電流の流れを妨げないために、溶液中への参照電極及びセンス電極の浸漬深さはわずか約2mmとした。セルには25wt.%の水酸化カリウム溶液を完全に充填した。
【0104】
非ゼロギャップ構成では、セルに膜を実装する場合、膜を実装しないセンス電極と参照電極との間の距離と比較して、膜の厚さのためにアノードとカソードとの間の距離を長くした。それ故この場合、電極同士がより近くなり、膜厚が相殺される(図8)。非ゼロギャップセル(図5)は、セルに膜を実装しない(図8)25wt.%の水酸化カリウム溶液の伝導率の測定にも使用した。ゼロギャップセル構成(図6)では、その設計に起因して、センス電極10及び参照電極11が電線の外側に設けられ、それらの浸漬深さが、測定される抵抗に影響を及ぼさなかった。
【0105】
酸素透過測定
或る一定量の発生した酸素がアノード側からカソード側へと膜を通って流れる。非ゼロギャップセル構成(図5)は、電解中にアノード区画に発生し、セパレータを越えてカソード区画内の生成する水素の純度を低減させる酸素のモニタリングを可能にする。
【0106】
種々のセパレータに関する酸素クロスオーバーのin situ測定は、所望の電解レジーム(regime)をもたらすクロノポテンショメトリー法を四重極質量分析計と併せることによって行った。四重極質量分析計(QMS)キャピラリーをPVCキャピラリー12に最大1cm挿入し、酸素クロスオーバーを検出するようにカソード区画に固定した。センス電極及び参照電極の浸漬深さは酸素透過測定に影響しなかった。
【0107】
所望の電解状態を得るとともに、膜を通る酸素クロスオーバーを四重極質量分析によって測定するために、Gamryのポテンショスタットと併せたクロノポテンショメトリー法を使用して、一定電流を印加した。ガス透過測定は160mA/cmの電流密度で実施した。200mA/cmのより高い電流では、水酸化カリウム溶液がPVCキャピラリー内で上昇し、四重極質量分析計キャピラリーを損傷させる傾向にあった。キャピラリーの損傷を回避するとともに測定精度を維持するために、透過測定は全て160mA/cmの電流密度で行った。
【0108】
非ゼロギャップセルにおける酸素透過測定中、参照電極及びセンス電極を、セルの底面から約5mm以内まで浸漬させ、セル容積の70%を25wt.%の水酸化カリウム溶液で充填した。セルを電解質で70%を超えて充填させた幾つかの試行実験を行ったところ、四重極質量分析計キャピラリーを設けたPVCキャピラリー内に電解質の泡が広がることにより、四重極質量分析計キャピラリーが損傷するおそれがあった。工業条件との確実な類似性が存在し、なお、懸濁液−気体(セパレータにおける電解質と気泡との混合物)の密度はセパレータの下部でより大きく、上方向に減少することが期待される。再現性を確実にするために各酸素透過測定は少なくとも2回実施した。
【0109】
理論に束縛されることを望むものではないが、ゼロギャップセル、より正確には大気圧で動作するゼロギャップセル(図6)が酸素透過率の決定に適さない1つの理由は、大気圧におけるゼロギャップ構成において発生した気泡が著しく大きいことから、電解質に溶解した分子酸素しかセパレータ7を越えることができないためであると考えられる。しかしながら、セパレータを越える分子酸素はNiメッシュカソード19において容易に減少する、すなわち、Oは、セル開口22に取り付けたPVCホルダー12に設けられるQMS検出キャピラリーに達する前に還元されてOHへと戻る。非ゼロギャップセル(図5)では、そのPVCホルダー12に設けられるQMS検出キャピラリーがセパレータ7とカソード14との間に位置する。したがって、分子酸素はNiディスクカソードで還元される前にQMS検出キャピラリーに達する。これらの検討は、Electrochimica Acta 2014, 127, pages 153 to 158に詳細に提示されている。
【0110】
水素透過測定
アノード及びカソード並びにセンス電極及び参照電極を交換した以外は酸素透過測定に使用したものと同じ非ゼロギャップ電気化学セル(図5)を用いて、カソード区画で発生する水素の、酸素が生成するアノード区画へのクロスオーバーをモニタリングした。
【0111】
化学安定性
沈殿膜の化学安定性を求めるために、沈殿膜を25wt.%の水酸化カリウム及び35wt.%の水酸化ナトリウムに3ヶ月間浸漬させた後に、抵抗測定及び酸素透過測定を繰り返した。水酸化カリウム溶液のこの濃度は、アルカリ水電解で使用される水酸化カリウム溶液と略同等のものである。水酸化ナトリウム溶液の上記の濃度は、膜を備える食塩電解構成における水酸化ナトリウム濃度と略同等のものである。
【0112】
機械的安定性
膜の機械的安定性は、膜を50mm及び100mm直径の円筒ディスク上に曲げ加工する前後に秤量することによって評価した(図9)。曲げ加工後、抵抗及び酸素透過を先の段落に記載したように測定した。
【0113】
沈殿剤濃度及び沈殿温度による、沈殿膜のイオン伝導率及び酸素透過に対する影響
沈殿剤濃度及び沈殿温度を変えることによって、ラボスケールの沈殿膜(直径20mm、厚さ2mm)を作製するのに図2に示されるセルを使用した。3つの異なるHSO及びBa(ClO沈殿剤濃度は0.01M、0.1M及び0.5Mとした。沈殿プロセスは、同じ濃度のHSO及びBa(ClO沈殿剤溶液を同時に注入することによって行った。これらの3つの選んだ濃度を用いた沈殿を8℃、22℃及び40℃で実施して、沈殿が形成する温度による、得られるセパレータの物理化学特性に対する影響を評価した。
【0114】
イオン伝導率(測定したイオン抵抗により得られる)及び酸素透過率は、先の段落で説明したようにゼロギャップセル構成(図6)及び非ゼロギャップセル構成(図5)をそれぞれ用いて求めた。これらの測定に使用される溶液も25wt.%の水酸化カリウムとした。
【0115】
膜は全て、これらの測定前に25wt.%のKOH電解質6に浸すことによって予め調整しておいた。電解質を、セラミックフリット8上に設けた膜7上に注ぎ入れ、真空ポンプ9により膜本体に強制的に通した。
【0116】
セパレータのイオン抵抗はおよそ3週間の浸漬後に測定したが、本発明者らのこれまでの作業の結果から、浸漬期間は抵抗には影響を及ぼすものの、酸素透過率には影響を及ぼさないことが示されたことから、酸素透過率測定に関しては浸漬期間を厳密にモニタリングしなかった。
【0117】
XRD測定は、PPSマトリックスを除く3つのモル濃度の沈殿剤溶液を混合することによってBaSO粉末について行った。これらの溶液の温度は、沈殿前に8℃、22℃又は40℃に調節した。BaSO粉末沈殿プロセス自体も、セパレータの作製と同様にこれらの3つの温度で起きた。同様に、XRD測定は、BaSOをPPSマトリックス中に沈殿させることによって形成されるセパレータについても行った。X線回折ソフトウェアXPowder 12vers. 04.10をXRDスペクトル解析のために使用した。BaSOをPPSマトリックス中に沈殿させることによって形成されるセパレータ形態は、走査型電子顕微鏡検査(SEM)によって評価した。
【0118】
特性化結果
抵抗測定
セル定数K(表I)を算出するために、既知の伝導率kstの0.1M KCl及び1M KClの2つの標準電解質の抵抗Rstは、図5に示される非ゼロギャップ四電極セルを用いて測定した。セル定数の平均値はK平均=1.38±0.03cm−1であった。
【数2】
【0119】
表I:開回路電位(OCP)での非ゼロギャップセルにおける標準溶液の抵抗測定値Rst、既知の標準溶液の伝導率κst及び算出したセル定数K。
【0120】
【表1】
【0121】
電解質の抵抗Relは同じ非ゼロギャップ電気化学セル(図5)を用いて測定した。25wt.%の水酸化カリウム(5.5Mの水酸化カリウム)電解質のイオン伝導率は次のように算出した。
【数3】
【0122】
非ゼロギャップ及びゼロギャップ構成の両方の測定において実施した電気化学インピーダンス分光法を用いてセルインピーダンスZを求めた:
【数4】
(式中、Zは複素インピーダンスであり、ZRe及びZImはそれぞれ複素インピーダンスの実数部及び虚数部である)。実施した測定全てに関する複素インピーダンスの虚数部はミリオーム範囲であり、オーム範囲にあるインピーダンスの実数部と比較して無視することができる。それ故、測定されるZReがセル抵抗Rを表す(図10)。
【0123】
及びRelが分かると、非ゼロギャップ構成(図5及び図8a、図8b)に関する膜抵抗Rを算出することができる。
【数5】
【0124】
ゼロギャップセル(図6)では、測定されるセル抵抗がセパレータ抵抗に直接的に対応するため、セパレータの抵抗測定は単純化され(図8c)、次のように求めることができる。
【数6】
【0125】
続いて、下記式を用いて膜の伝導率kを算出した:
【数7】
(式中、Lは膜の厚さであり、Aは電解質に曝される膜の表面である(Oリングによりセル内に設置後2.54mm)。表IIは、非ゼロギャップセル構成を用いて求めた純ポリフェニレンスルフィド、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド、アスベスト及び電解質自体の伝導率の概要を示すものである。
【0126】
表II:非ゼロギャップセルにおいて水酸化カリウム溶液中、開回路電位(OCP)で実施した抵抗測定に関して算出した溶液及び膜の伝導率(κ)。
【0127】
【表2】
【0128】
短期間の浸漬の測定後、ポリフェニレンスルフィド及びBaSOを伴うポリフェニレンスルフィドのサンプルをセルから取り出し、密封プラスチック管に入れ、これに20mlの25wt.%の水酸化カリウム溶液を充填した。長期間の浸漬による伝導率及びガス透過に対する効果を調査するために、水酸化カリウム溶液を含有するこれらの管内でサンプルを3ヶ月間保持した。アスベストサンプルは測定中に水酸化カリウム溶液で湿潤し、その後、セルから取り出した。水酸化カリウム溶液中における3ヶ月間のアスベストサンプルの浸漬は、構造劣化をもたらすと考えられる。それ故、アスベストサンプルは、水酸化カリウム溶液を更に添加することなくプラスチック管内で浸潤させたままとした。
【0129】
沈殿膜及び純ポリフェニレンスルフィドの伝導率は類似するため、アルカリ水電解槽に沈殿膜を使用した場合、エネルギー消費の増大をもたらす付加的な電圧降下は生じないと考えられることが示される。理論に束縛されることを望むものではないが、本発明者らは、160mA/cmで行った測定と比較して200mA/cmにおけるポリフェニレンスルフィド及びBaSOを伴うポリフェニレンスルフィドのより高い伝導率は、測定前の水酸化カリウム中におけるサンプルのより長い浸漬に起因するものと考えている(図11)。浸漬期間の影響は、アスベストサンプル及びBaSOを伴うポリフェニレンスルフィドにとって等しく顕著なものである。当業者等の測定におけるより大きな電流は純電解質又はアスベストサンプルの伝導率に影響を及ぼさなかったことから、より大きな電流はイオン伝導率に影響を及ぼすとは思われない。
【0130】
ゼロギャップセル構成(図6)によって抵抗がより単純に求められ、またより良好な測定再現性がもたらされたことを考慮して、ゼロギャップ構成(図6)のみを用いて更なる抵抗測定を行った。加えて、現行の技術水準のZirfon Perl(商標)膜を特性化した。それらは図4に示されるように調整して、封止プラスチック管に入れ、測定前にこれに20mlの25wt.%の水酸化カリウム溶液を充填した。
【0131】
Mini Test Cell(作用面積120cm)における付加的な試験を行って、工業スケールの電解セルに使用されるような2kA/m(200mA/cm)及び6kA/m(600mA/cm)の電流密度を印加した場合の80℃における電圧降下を求めた。本発明による膜の厚さは約2mmであり、Zirfon Perl(商標)膜の厚さは0.5mmであった。本発明による膜及びZirfon Perl(商標)膜により得られる電圧降下は、厚さがかなり違うにもかかわらず類似することが分かった(図22を参照)。これにより、Zirfon Perl(商標)膜と比較して本発明による膜のイオン伝導率が著しく改善したことが示される。例えば2.7mの膜表面を有する、工業スケールのアルカリ水電解槽セルにおける本発明による膜の適用が実現可能である。
【0132】
本発明による膜を伴うセルの測定電圧は6kA/mで2.07Vであった。さらに、図22における曲線の傾き(線形適合(linear fit))を表す、本発明による2mm厚の膜のk因子を、30wt.−%のKOH水溶液及び20%wt.−%のNaOH水溶液において求めた。得られた値はそれぞれ0.07V/(kA/m)〜0.08V/(kA/m)及び0.085V/(kA/m)〜0.095V/(kA/m)であった。1mm厚の相当する膜に関するk因子は0.035V/(kA/m)であると評価される。本発明による膜によりもたらされるラボスケールのイオン伝導率は276mS/cm(3週間の浸漬後)であり、得られるk因子は0.073V/(kA/m)を示し、工業用プロトタイプ試験(0.07V/(kA/m)〜0.08V/(kA/m)との極めて良好な合致が確認される。Goreにより供給されるPTFEを伴うPPSセパレータのイオン伝導率は極めて低い値(伝導率は27±12mS cm−1に等しい)に起因して図22には示さない。
【0133】
酸素透過
非ゼロギャップセル構成において実施される酸素透過測定は、電解前、電解中及び電解後に水素、水、窒素、酸素及びアルゴンのイオン電流をモニタリングすることに基づくものとした。電解前、電解中及び電解後に得られた水素、水、窒素、酸素及びアルゴンに関するイオン電流の四重極質量分析による結果の一般的な例を、図12に示す。
【0134】
電解中、セル内に膜を設置しない場合、アノード区画からの酸素は妨げられることなく四重極質量分析計キャピラリーに接近し得るため、酸素イオン電流が僅かに増大し、水素イオン電流は著しく増大した。他方、空気を表すNに関するイオン電流は減少した。セル内に設置される沈殿膜が、純ポリフェニレンスルフィドと比較して酸素イオン電流のより顕著な低下をもたらしたことにより、これらの膜の酸素透過特性の違いが示される。
【0135】
ポリフェニレンスルフィド膜を設置すると、電解中に生成するより少量の酸素が、カソード区画内に到達し、四重極質量分析計キャピラリーにより検出された。イオン電流の低下は、四重極質量分析計キャピラリーの近くで発生する水素圧力に由来するものである。しかしながら、酸素及び窒素のイオン電流プロットから、膜を設置しない場合又はポリフェニレンスルフィド膜、ポリフェニレンスルフィドのBaSO沈殿膜若しくはアスベストを設置した場合の酸素透過において明確な違いが示される。
【0136】
ポリフェニレンスルフィドのBaSO沈殿膜の挙動は、電解が開始したときにはアスベストと類似するが、それらのアノード電流は電解の後期で異なる(図13)。
【0137】
種々の膜を越える酸素透過の定量化
電解中にアノード区画に発生して膜を越えた後、四重極質量分析計によりカソード区画内で測定した酸素の分圧yO2ELS(atm)を定量化するために、電解が停止する直前に測定した酸素イオン電流j32ELS(A)を次のように規定した:
【数8】
(式中、S32,O2(A/atm)はOの感度因子であり、S32,air(A/atm)はOの感度因子である)。
【0138】
水素流中の空気の分圧yair(atm)は下記式により表すことができる:
【数9】
(式中、j28ELS(A)は電解が停止する直前に測定した窒素イオン電流であり、j28air(A)は電解が開始する前に測定した窒素イオン電流である)。
【0139】
空気中のOの感度因子S32,air(A/atm)はj32air(A)、すなわち空気中のOイオン電流に等しい。
【数10】
【0140】
空気中の酸素イオン電流も次のように表すことができる:
【数11】
(式中、S32,O2はOの感度因子(A/atm)である)。
【0141】
式(8)〜式(10)を式(7)に組み込むことによって、電解中にアノード区画に発生して膜を越えた後、四重極質量分析計によりカソード区画内で測定した酸素の分圧yO2ELS(atm)を次のように算出することができる。
【数12】
【0142】
酸素透過の定量化のために、電解が開始する前及び電解が停止する直前の酸素及び水素のイオン電流値を、各測定に関する四重極質量分析計スペクトル(図13)から抜き出した。
【0143】
これらの測定は大気圧で実施した。それに応じて、式(11)を用いて算出した結果に100を乗じることによって、膜を越える酸素のパーセンテージが得られた(図14)。
【0144】
BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜を使用した場合の酸素クロスオーバーの値はアスベスト膜のクロスオーバーに近く、これは、BaSOが純ポリフェニレンスルフィドの酸素気密性を著しく改善させることを意味するものである。値は、水酸化カリウム中における1ヶ月間の浸漬後及びこの電解質中における3ヶ月間の長期間の浸漬後にサンプルを測定することにより示されるものである。
【0145】
水酸化カリウムへのより長い曝露はサンプルの透過特性にそれほど影響を及ぼさない。おそらく水酸化カリウム中における3ヶ月間の浸漬後のアスベストの構造劣化のために、より大きな散乱がアスベストサンプルで観察された。
【0146】
BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜及びアスベストに関する透過値は、アスベストに関する最後の極めて低い値を考慮しなければ約20%異なっていた。他方、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜に関する透過値は、純ポリフェニレンスルフィド膜の透過値の約半分であった。
【0147】
図15に示される結果から、本発明の環境に優しいセパレータ材料(BaSOを伴うPPS、沈殿剤濃度0.1M、沈殿温度22℃)がZirfon Perl(商標)及びアスベストに匹敵する気密性を有し、更にはそれらのイオン伝導率を上回ることが示される。これらの結果は短期間の浸漬に関するものである。イオン伝導率はゼロギャップセル構成(ZG)で得られる抵抗値を用いて算出したのに対し、酸素透過は非ゼロギャップセル構成を用いて求めた。
【0148】
付加的な試験を行って、工業スケールの電解セルにおけるような2kA/m及び6kA/mの電流密度を印加した場合の80℃における電圧降下を求めた。本発明による膜の厚さは約2mmであり、Zirfon Perl(商標)膜の厚さは0.5mmであった。本発明による膜及びZirfon Perl(商標)膜により観察される酸素透過は類似する、すなわち、H中のOの濃度が6kA/mで約0.2vol.−%及び2kA/mで約0.6体積%であることが分かった。160mA/cm(1.6kA/m)において実験室条件下で測定したH中のOは0.08vol.−%に等しかった。例えば2.7mの膜表面を有する、工業スケールのアルカリ水電解槽セルにおける本発明による膜の適用が実現可能である。
【0149】
水素透過
水素透過測定についてセル構成で測定したイオン電流を、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜を用いたサンプルに関して図16a)〜d)、及び膜を用いないサンプルに関して図16e)及びf)に示す。電解中にカソード区画内に生成し膜を越えて、水素透過測定用の四重極質量分析計キャピラリーが設けられたアノード区画において検出した水素の量は、図16a)〜d))に示されるより小さい検出限界よりも小さかった。水素のイオン電流は電解前及び電解中に10−10Aの範囲にあった。
【0150】
膜を用いずに酸素区画内で測定した水素イオン電流(図16e)及びf))は電解前の10−10Aの範囲から電解中の10−6A〜10−7Aへと上昇した。これにより、システムが原則として膜を透過する水素の変化及び膜を透過する少量の水素を検出し得ることが示される。
【0151】
他方、水素区画内で測定した水素イオン電流は電解前の10−10Aの範囲から電解中の10−6A〜10−7Aへと上昇した結果(図16)、下記式を用いて0.01%の水素検出能限界が算出された:
【数13】
(式中、yH2ELS(%)は水素区画内の水素の分圧であり、jair(A)は電解が開始する前に水素区画内で測定した水素イオン電流であり、jELS(A)は電解が停止する直前に水素区画内で測定した水素イオン電流である)。
【0152】
それ故、図16a)〜d)による水素のクロスオーバーが0.01%を遥かに下回ることから、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜を用いた場合には水素及び酸素の混合が防止されると結論づけることができる。
【0153】
化学安定性
沈殿膜の化学安定性を求めるために、ポリフェニレンスルフィド、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド及びアスベストのサンプルを25wt.−%の水酸化カリウム溶液に浸漬し、抵抗(表II)及び透過(図14)を3ヶ月間の浸漬後に測定した。
【0154】
BaSOを伴うポリフェニレンスルフィドのサンプルを、抵抗測定及び酸素透過測定前に、35wt.%、すなわち膜タイプの食塩電解セルにおける濃度に相当する水酸化ナトリウム中における長期間、すなわち3ヶ月間の浸漬に曝し、短時間の浸漬(表III、表IV、図18)について得られる値と比較した。短期間の浸漬(1週間未満)後の3つの測定値の平均として算出した伝導率は、35wt.%の水酸化ナトリウム中における電解に関して、この溶液中で膜を用いない又はBaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜を用いた場合、それぞれ約184mS/cm及び20mS/cmとなった。長期間の浸漬後に測定したこの膜の伝導率は約20mS/cmとなり、これにより、浸漬期間が伝導率にそれほど影響しないことが示される(表III)。BaSOが沈殿したポリフェニレンスルフィド膜の水酸化カリウム溶液中における浸漬は、膜の伝導率に大きな影響を与えたのに対し、水酸化ナトリウム溶液中における浸漬期間の効果はごく僅かなものであった(表II及び表III)。
【0155】
表III:非ゼロギャップセルにおいて水酸化ナトリウム溶液中、開回路電位で実施した抵抗測定に関して算出した溶液及び膜の伝導率(k)
【0156】
【表3】
【0157】
水酸化カリウム及び水酸化ナトリウム溶液の両方に関する酸素透過値(パーセント)の要約を表IVに示す。酸素透過は長期間の浸漬後、これらの電解質のどちらでも変化しなかった(表IV)。
【0158】
表IV:非ゼロギャップセルにおける160mA/cmでの25wt.%の水酸化カリウム及び35wt.%の水酸化ナトリウム中における電解中に膜を越える酸素透過のパーセンテージ(yO2ELS
【0159】
【表4】
【0160】
機械的安定性
BaSOを伴うポリフェニレンスルフィド膜の機械的安定性は、膜を50mm直径の円筒アルミニウムディスク上及び100mm直径の円筒銅ディスク上に曲げ加工する前後に秤量することによって評価した。サンプルは図9に示されるようにゴムバンドを用いて円筒ディスクに取り付けた。同じバンド(同じ弾力性)を両方の円筒サイズに用いたため、サンプル上へのゴムバンドの圧力はより大きな円筒の場合により大きくなった。24時間の曲げ加工の後、抵抗及び酸素透過を測定した(表VI)。円筒に取り付けた際にサンプルを乾燥させても、曲げ加工後の銅円筒上には反応の痕跡が観察された(図9d)。曲げ試験にかけたサンプルを水酸化カリウム中に約3ヶ月間貯蔵し、曲げ加工前に60℃の炉内で乾燥させた。
【0161】
表V:金属円筒上への曲げ加工前後のBaSO膜の重量(m)
【0162】
【表5】
【0163】
表VI:非ゼロギャップセルにおける160mA/cmでの25wt.%の水酸化カリウム中における電解中の伝導率(κ)及び酸素透過(yO2ELS
【0164】
【表6】
【0165】
金属円筒上への曲げ加工の前後で膜を秤量し、約2mg〜9mgの重量の減少が両円筒に関して検出された(表V)。
【0166】
曲げ加工したサンプルの伝導率は、短期間(232mS cm−1、表II、表VI)及び長期間(716mS cm−1)水酸化カリウム中に浸漬させた曲げ加工しなかったサンプルの値の間にある(表II)。理論に束縛されることを望むものではないが、機械的処理(曲げ加工)よりも浸漬期間及び湿潤性の方が伝導率に大きな影響を与えると考えられる。曲げ加工したサンプルの湿潤性は、水酸化カリウム中に短時間又は長時間浸漬させた両サンプルとも異なるものの、水酸化カリウム中に短時間浸漬させたサンプルに近いと考えることができ、それ故、伝導率の結果を、短時間浸漬させたサンプルの伝導率及び酸素透過と比較すべきである(表VI)。
【0167】
曲げ加工によって伝導率の大幅な増大がもたらされるのに対し、BaSOを伴うポリフェニレンスルフィドの曲げ加工サンプルの酸素透過は依然として小さい。50mmの円筒上に曲げ加工した後の酸素透過は、水酸化カリウム中に短期間又は長期間浸漬させたBaSOを伴うポリフェニレンスルフィドの曲げ加工していないサンプルと比較して約12%増大するものの、より大きな円筒上への曲げ加工(より大きなゴムバンド圧力を伴う)は酸素透過の約30%の増大に影響を及ぼした(表V及び表VII)。
【0168】
沈殿剤濃度及び沈殿温度による、沈殿膜のイオン伝導率及び酸素透過に対する影響
イオン伝導率の増大及び酸素透過率の減少が(相反するものの)セパレータが満たす望ましい特性である。図19aは0.01Mの沈殿剤濃度について温度を増大させる場合に望ましい傾向を示すものである。低い酸素透過率と同時に実現されるイオン伝導率の最適値は0.1Mの沈殿剤濃度について22℃及び40℃で観察される(図19b)。
【0169】
XPowder 12ソフトウェアによってXRDスペクトルのピーク021、121及び002について全値半幅(HWFM)を求め、これによりシェラーの式を用いて結晶子サイズを算出することができる。粉末サンプルに関するHWFM(図20a)はバックグラウンドを差し引かずに求めたのに対し、PPSマトリックス上に沈殿するBaSO結晶(図20b)については、純粉末BaSOサンプルと比較して検出に利用可能なBaSOの量が不十分なことから、バックグラウンドを差し引いた(オートローラ(auto roller)、フラットローラ(flat roller)、2.0)。
【0170】
沈殿剤濃度0.5Mを使用した場合に最小結晶子サイズ(約25nm)が観察された。沈殿剤濃度0.1Mでは、0.5Mと比較してサイズシフトが観察される一方で、サイズに関して同じ傾向が温度とは略無関係に8℃及び22℃において観察されたものの、この傾向は40℃で著しく増大した。同じ傾向が両濃度、すなわち0.1M及び0.5Mについて観察された(図20)。
【0171】
0.01Mでは、SEMによって観察されるより大きな粒子への結晶成長も結晶の凝集も、より高い濃度で行った実験とは対照的に多数の核形成部位によって妨げられることがない。結晶子サイズ及び凝集粒子は、溶液中におけるBaSO核の核形成プロセス及び成長の競合性に起因して、XRD(図20)及びSEM(図21)によって観察されるように0.01M沈殿剤濃度を使用する場合により大きな寸法をとり得る。
【0172】
沈殿剤濃度0.1Mを用いて沈殿温度22℃で、並びに0.01M及び0.5Mを用いて22℃で作製したセパレータについて観察される凝集体のSEM拡大図を図21に示す。
【0173】
Naイオン(沈殿剤としてのNaSO)の影響。沈殿時間
材料特性に対するNaイオンの影響は、HSOの代わりにNaSO溶液を使用することによって1mm厚のPPSマトリックス(フェルトタイプ306P05 0/0、400g/m、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)への沈殿プロセス中に確認した。このように作製した膜について得られる膜のイオン伝導率(κ)及び膜の電圧降下(U)に関する値を沈殿プロセス期間に応じて図23に示す。イオン伝導率(κ)及び膜の電圧降下(U)に関する対応データをそれぞれ表VII及び表VIIIに示す。表には両方とも、HSOを沈殿物として用いて得られる結果を比較目的で示してある。
【0174】
25wt.%のKOH中における8日間の浸漬後に得られる結果から、HSOをNaSOに置き換えることによって僅かに低い伝導率がもたらされるものの、3ヶ月間の浸漬後には、HSO及びNaSOの両方によって得られる値が類似することが示された。NaSOを沈殿剤として用いて8日間の浸漬後に得られるより低い伝導率に関する本発明者らの仮説は、沈殿剤であるNaSOの使用が、BaSOをより内部に堆積させた結果、より高い疎水性がもたらされたというものである。このため、膜がKOH溶液中に完全に浸るまでにより長い時間が必要とされる。これは3ヶ月間の浸漬後に得られる結果によって確認された。
【0175】
結果(表VII及び表VIII)に基づき、またNaSOの高い環境適合性及び調製時の安全上の注意点を考慮して、この沈殿剤が工業スケールにおける膜の製造に選ばれると考えられる。
【0176】
表VII:HSO又はNaSOを用いた沈殿によって作製した1mm幅のPPS膜(フェルトタイプ306P05 0/0、400g/m、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)に対する25wt.%のKOH溶液中における8日間及び3ヶ月間の浸漬後に、160mA/cmで実施した抵抗測定に関して算出した膜の伝導率(κ)。
【0177】
【表7】
【0178】
表VIII:HSO又はNaSOを用いた沈殿によって作製した1mm幅のPPS膜(フェルトタイプ306P05 0/0、400g/m、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)に対する25wt.%のKOH溶液中における8日間及び3ヶ月間の浸漬後に、160mA/cmで実施した抵抗測定に関して算出した膜の電圧降下(U)。
【0179】
【表8】
【0180】
沈殿時間に関しては、3ヶ月間の浸漬後の結果から、HSO及びNaSOの両方について、沈殿の2時間後に著しく高い伝導率が観察されることが示される(表VII)。
【0181】
後沈殿プロセス
SOをNaSOに置き換えることに加えて、第2の沈殿剤Ba(ClOをBaClに置き換える可能性を調査した。図2に描かれる鉛直方向の沈殿プロセスの代わりに、「後沈殿」プロセスを使用した。後沈殿とは、マトリックス材料を第1の溶液(Ba塩)に1時間曝した後、2時間の乾燥工程を行うか又は行わずに、続いて第2の溶液(HSO又はNaSO)に1時間曝すプロセスを指すものである。算出した伝導率及び電圧降下に関するデータをそれぞれ表IX及び表Xに示す。
【0182】
表IX:Ba(ClO又はBaClの後にHSO又はNaSOを用いた、浸漬工程の間の乾燥工程(2時間)を行うか又は行わない後沈殿プロセス(沈殿剤溶液中における1時間+1時間の浸漬)によって作製した1mm幅のPPS膜サンプル(フェルトタイプ306P05 0/0、400g/m、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)に対する25wt.%のKOH溶液中における8日間の浸漬後に、160mA/cmで実施した抵抗測定に関して算出した膜の伝導率(κ)。
【0183】
【表9】
【0184】
表X:Ba(ClO又はBaClの後にHSO又はNaSOを用いた、浸漬工程の間の乾燥工程(2時間)を行うか又は行わない後沈殿プロセス(沈殿剤溶液中における1時間+1時間の浸漬)によって作製した1mm幅のPPS膜サンプル(フェルトタイプ306P05 0/0、400g/m、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)に対する25wt.%のKOH溶液中における8日間の浸漬後に、160mA/cmで実施した抵抗測定に関して算出した膜の電圧降下(U)。
【0185】
【表10】
【0186】
マトリックス材料としてのポリプロピレン(PP)の使用
ポリプロピレンマトリックス(1.6mm厚、ポリプロピレンニードルフェルト851914−000−5/5、親水性処理は施さない)上における沈殿プロセス(図2)によって作製した膜についても抵抗測定を実行した。沈殿プロセスは1時間継続し、溶液はBa(ClO及びHSOを使用した。測定前に、膜を25wt.%のKOHに12日間浸漬させた。算出したイオン伝導率及び膜の電圧降下に関するデータを表XIに示す。
【0187】
表XI:沈殿させていない及び1時間の沈殿プロセスにおいてBa(ClO及びHSOを用いて沈殿させた1.6mm幅のポリプロピレンサンプル(フェルトタイプ851914−000−5/5、Heimbach Filtrationにより供給、親水性処理は施さない)に対する25wt.%のKOH溶液中における12日間の浸漬後に、160mA/cmで実施した抵抗測定に関して算出した膜の伝導率(κ)。
【0188】
【表11】
【0189】
沈殿プロセスによって伝導率が増大した結果、ポリプロピレン膜を介する電圧降下が減少した(表XI)。これは、これらの膜をアルカリ電解槽又は他のエネルギー変換システムに使用する際のエネルギー消費の削減に有益なものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16-1】
図16-2】
図16-3】
図17
図18
図19-1】
図19-2】
図20
図21
図22
図23