(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態に係る白金酸化物コロイド溶液の製造方法、その製造方法により得られる白金酸化物コロイド溶液、及び、白金酸化物コロイド溶液の注入装置について、図を参照しながら説明する。なお、以下の各図において共通する構成については同一の符号を付して重複した説明を省略する。
【0018】
本実施形態に係る白金酸化物コロイド溶液の製造方法は、原子炉への貴金属注入の用途に好適に用いられる白金酸化物コロイド溶液を製造する方法に関する。白金酸化物コロイド溶液は、白金酸化物又は白金水酸化物のコロイド粒子が水に分散した水溶液のコロイドであり、原子炉の冷却水(原子炉水)に注入されて用いられる。
【0019】
図1は、白金酸化物コロイド溶液の製造方法を示すフローチャートである。
図1に示すように、本実施形態に係る白金酸化物コロイド溶液の製造方法は、水溶液調製工程S101と、第1イオン交換工程S102と、pH調整工程S103と、ガンマ線照射工程S104と、第2イオン交換工程S105と、を含む。水溶液調製工程S101から第2イオン交換工程S105までを経ることにより、低いpHを呈し、不純物の含有量が少なく、コロイド粒子が安定して分散されている白金酸化物コロイド溶液が得られる。
【0020】
水溶液調製工程S101では、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液を調製する。ヘキサヒドロキソ白金酸塩としては、例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム(Na
2Pt(OH)
6)、ヘキサヒドロキソ白金酸カリウム(K
2Pt(OH)
6)等を用いることができる。ヘキサヒドロキソ白金酸塩を固体として入手した場合は、ヘキサヒドロキソ白金酸塩を純水に溶解して所定の濃度の水溶液とする。また、ヘキサヒドロキソ白金酸塩を溶液として入手した場合は、純水で希釈する等して所定の濃度の水溶液とする。調製するヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液の濃度は、好ましくは1〜10g/Lである。
【0021】
第1イオン交換工程S102では、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液に含まれる陽イオンを水素イオンに置換してヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液とする。ナトリウムイオン、カリウムイオン等の陽イオンは、原子炉水の電気伝導率を増加させて、原子炉水に接液した炉内構造物等の腐食を促進する虞がある。また、炉心で放射化して被曝源になる虞がある。そこで、イオンを置換することにより、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液に含まれているナトリウムイオン、カリウムイオン等の陽イオンを除去する。
【0022】
図2は、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液に含まれるイオンを置換する操作を示す図である。
ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液に含まれるイオンの置換は、例えば、水素イオン型陽イオン交換樹脂を用いて行うことができる。
図2の左図のように、水素イオン型陽イオン交換樹脂202と攪拌子204を入れた反応容器201を、攪拌子204を磁力で回転させるスターラー203の上に載置する。反応容器201には、容器205に用意したヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液206を加える。そして、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液206と水素イオン型陽イオン交換樹脂202とを混合してイオン交換を行う。
【0023】
イオン交換が行われると、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液206に含まれていた陽イオンは、水素イオン型陽イオン交換樹脂202に吸着した状態になる。一方、水素イオン型陽イオン交換樹脂202からは、水素イオンが解離する。その結果、反応容器201内の溶液は白濁する。溶液中の水素イオン濃度の増大により、水に難溶性のヘキサヒドロキソ白金酸が析出し、ヘキサヒドロキソ白金酸の粒子が分散した懸濁液の状態になるためである。
【0024】
図2の右図のように、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液206に含まれている陽イオンを水素イオンに置換した後、スターラー203を停止し、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207として上澄みを回収する(
図4参照)。以上の操作でヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207を調製すると、ヘキサヒドロキソ白金酸の粒子は、1〜2日程度、液中に浮遊している。
【0025】
図3は、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液に陽イオン交換樹脂を添加した後の攪拌時間の経過に伴うpHの変化を示す特性図である。
図3においては、2g/LのPtを含むヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの水溶液150mlと、水素イオン型陽イオン交換樹脂(吸着量2.0eq/L−Resin)30mlとを混合して、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液を調製する場合のpHの経時変化を示す。ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの水溶液は、初期pHが約9.4である。これに対し、イオン交換を行うと、pHは150秒程度で約4.0まで低下し、pH4.0付近で一定となる。pHが一定すると、陽イオンの除去が完了する。
【0026】
図4は、ヘキサヒドロキソ白金酸の粒子と水素イオン型陽イオン交換樹脂とを分離する操作を示す図である。
第1イオン交換工程S102において、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液に含まれているヘキサヒドロキソ白金酸の粒子は、例えば、濾過により陽イオン交換樹脂から分離することができる。
図4に示すように、濾紙401を漏斗402の内側に設置し、濾紙401上に、水素イオン型陽イオン交換樹脂202が混在しているヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207を入れる。ヘキサヒドロキソ白金酸は、粒子径がnmオーダーの微粒子であり、濾紙401を通過する。一方、水素イオン型陽イオン交換樹脂202は、粒子径が数百μmオーダー以上であり、濾紙401上に濾別される。そのため、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207が、水素イオン型陽イオン交換樹脂202から分離されて容器404に回収される。
【0027】
pH調整工程S103では、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液にpH調整剤を添加してヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液のpHを調整する。水素イオン型陽イオン交換樹脂を用いて得られるヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液は、pHが4.0付近にある。これに対し、白金酸化物のコロイドの生成には、pH7.8以上が適している(
図6参照)。そこで、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液のpHをpH調整剤で7.8以上に調整する。
【0028】
図5は、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液のpHを調整する操作を示す図である。
ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液のpHは、例えば、アルカリ性のpH調整剤の滴下により調整することができる。
図5に示すように、攪拌子204を入れた反応容器201を、攪拌子204を磁力で回転させるスターラー203の上に載置する。反応容器201には、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207を入れて、pH計501を取り付ける。また、ビュレット502に、pH調整剤の溶液を用意する。ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207を攪拌子204で攪拌しながら、ビュレット502によりpH調整剤の溶液を滴下する。そして、溶液を滴下しながら、pH計501でpHを計測し、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液207のpHを所定値に調整する。
【0029】
図6は、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液のpHと白金酸化物コロイドの生成率との関係を示す特性図である。
図6には、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液のpHをpH調整剤で調整してからガンマ線を照射したときの白金酸化物コロイドの生成率を示す。pH調整剤としては、NaOH、Na
2Pt(OH)
6(ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム)、KOH、NH
3をそれぞれ使用している。懸濁液の濃度は、白金原子換算で2g/Lである。また、ガンマ線の照射量は、約20kGyである。白金酸化物コロイドの生成率は、沈殿せず液中に浮遊した状態で残留した白金酸化物の割合として求めている。
【0030】
図6に示すように、pH調整剤として、NaOH、Na
2Pt(OH)
6、KOHを使用した場合、懸濁液のpHを7.8以上に調整すると、白金酸化物コロイドの生成が確認された。更に、懸濁液のpHを8.3以上に調整すると、いずれの場合も生成率が100%に達した。一方、NH
3を使用した場合、懸濁液のpHを8.3〜8.6まで調整しても、白金酸化物コロイドの生成は確認されなかった。
【0031】
したがって、pH調整剤としては、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物及びヘキサヒドロキソ白金酸塩のいずれかを用いることが好ましい。pH調整剤としてNH
3を使用すると、
図6に示すように、懸濁液にガンマ線を照射しても白金酸化物コロイドは生成しない。また、ヒドラジンやエタノールアミンを使用すると、懸濁液中のヘキサヒドロキソ白金酸が還元されて白金が析出し、白金酸化物コロイドは生成しない。
【0032】
これに対し、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物、ヘキサヒドロキソ白金酸塩のような非還元性pH調整剤を使用すると、pHを7.8以上に調整することにより白金酸化物コロイドの生成率を向上させることができる。pH調整剤の添加による陽イオン濃度の増加は、イオン交換を行う前の陽イオン濃度の10%程度と少ない。
【0033】
アルカリ金属の水酸化物としては、LiOH、NaOH、KOH、RbOH、CsOH等を用いることができる。アルカリ土類金属の水酸化物としては、Mg(OH)
2、Ca(OH)
2、Sr(OH)
2、Ba(OH)
2等を用いることができる。ヘキサヒドロキソ白金酸塩としては、例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムや、ヘキサヒドロキソ白金酸カリウムを用いることができる。アルカリ金属の水酸化物は、アルカリ土類金属の水酸化物と比較して水への溶解度が高く、微量の溶液でpHを調整できるため好ましい。
【0034】
ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液は、pH7.8以上10.0以下の範囲内に調整されることが好ましく、pH8.3以上9.4以下の範囲内に調整されることがより好ましく、pH8.3以上8.4以下の範囲内に調整されることがさらに好ましい。pH7.8以上であれば、白金酸化物コロイドが生成し、pHの増大と共に白金酸化物コロイドの生成率が急激に増加する。pH8.3以上で、生成率が100%となる。一方、pH10.0以下で低いほど、白金が白金酸化物コロイドの生成に無駄なく利用される。また、pH調整剤の添加量が減るため、不純物となる陽イオンの濃度を低く抑えることができる。
【0035】
ガンマ線照射工程S104では、pHを調整したヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液にガンマ線を照射して白金酸化物コロイド溶液とする。ヘキサヒドロキソ白金酸の粒子が懸濁液中に浮遊している間に、所定の照射量以上のガンマ線を照射して還元性化学種を生成し、ヘキサヒドロキソ白金酸の還元により白金酸化物のコロイド粒子を生成させる。ガンマ線を照射すると、白濁している懸濁液は、茶褐色透明のコロイド溶液となる。
【0036】
図7は、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液にガンマ線を照射する操作を示す図である。
ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液に対しては、例えば、静置照射によりガンマ線を照射することができる。
図7に示すように、ガンマ線発生源701の近傍に、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液702を入れた容器703を配置し、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液702を静置させた状態で、液中に浮遊しているヘキサヒドロキソ白金酸の粒子に所定の照射量以上のガンマ線を照射する。ガンマ線を照射する間、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液702について、ガスの注入や、液体の攪拌等の操作は不要である。
【0037】
図8は、ガンマ線の吸収線量と生成した白金酸化物コロイド溶液の濃度との関係を示す特性図である。
図8には、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液に線量率を変えてガンマ線を照射したとき、その吸収線量に応じて生成した白金酸化物コロイド溶液の濃度を示す。ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液は、ヘキサヒドロキソ白金酸の白金原子換算の濃度が約2.6mMである。白金酸化物コロイド溶液の濃度は、沈殿せず液中に浮遊した状態で残留した白金酸化物の白金原子換算のモル濃度として求めている。
【0038】
図8に示すように、ガンマ線の吸収線量が増加するに伴い、白金酸化物のコロイド粒子の生成量も増加した。ガンマ線の線量率が0.22〜2.37kGy/hの範囲のいずれの場合であっても、ガンマ線の吸収線量が7kGyに達すると、統計的ばらつきの範囲で、白金の全量がコロイド粒子を形成することが確認された。白金酸化物コロイド溶液の生成は、ヘキサヒドロキソ白金酸の懸濁液に照射するガンマ線の線量率と照射時間との積である吸収線量に依存している。したがって、ガンマ線の照射は、吸収線量が7kGy以上となるように線量率や照射時間を調整して行うことが好ましい。
【0039】
第2イオン交換工程S105では、白金酸化物コロイド溶液に含まれる陽イオンを水素イオンに置換する。白金酸化物コロイド溶液には、pH調整剤に由来するナトリウムイオン、カリウムイオン等の陽イオンが含まれている。白金酸化物コロイド溶液に含まれている陽イオンは、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液に含まれていた陽イオンと比較して微量である。しかし、ナトリウムイオン、カリウムイオン等の陽イオンは、冷却水の電気伝導率を増加させたり、炉心で放射化したりする可能性がある。そこで、イオンを置換することにより、白金酸化物コロイド溶液に含まれているナトリウムイオン、カリウムイオン等の陽イオンを除去する。
【0040】
白金酸化物コロイド溶液に含まれるイオンの置換は、例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸塩の水溶液についてのイオンを置換する操作と同様、水素イオン型陽イオン交換樹脂を用いて行うことができる(
図2参照)。また、白金酸化物のコロイド粒子と水素イオン型陽イオン交換樹脂とを分離する操作は、ヘキサヒドロキソ白金酸の粒子と水素イオン型陽イオン交換樹脂とを分離する操作と同様、濾過により行うことができる(
図4参照)。
【0041】
図9は、白金酸化物コロイド溶液に陽イオン交換樹脂を添加した後の攪拌時間の経過に伴うpHの変化を示す特性図である。
図9においては、1g/LのPtを含む白金酸化物コロイド溶液50mlと、水素イオン型陽イオン交換樹脂15mlとを混合した場合のpHの経時変化を示す。水素イオン型陽イオン交換樹脂としては、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂(ダイヤイオン SKN−1、三菱ケミカル社製)と、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂(ダイヤイオン WK40L、三菱ケミカル社製)とを使用した。白金酸化物コロイド溶液は、初期pHが約7.8である。これに対し、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂(強酸性樹脂)でイオン交換を行うと、pHは100秒程度で約3.8まで低下し、pH3.8付近で一定となった。一方、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂(弱酸性樹脂)でイオン交換を行うと、pHは120秒程度で約6.0、150秒程度で約5.9、180秒程度で約5.8、210秒程度で約5.6に緩やかに低下した。
【0042】
図10は、白金酸化物コロイド溶液のpHと強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂の樹脂量との関係を示す特性図である。
図10においては、1g/LのPtを含む白金酸化物コロイド溶液50mlと、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂(ダイヤイオン SKN−1、三菱ケミカル社製)とを、陽イオン交換樹脂の樹脂量を変えて混合した場合の最終pHの変化を示す。白金酸化物コロイド溶液の初期pHは、約7.8である。これに対し、pHは強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂(強酸性樹脂)を0.3ml添加すると約7.3に低下し、0.6ml添加すると約6.8に低下し、15.0ml添加すると約3.8に低下した。
【0043】
図10に示すように、白金酸化物コロイド溶液は、初期pH7.8から6.8まで樹脂量に対して直線的に変化したため、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂を2.4ml添加した場合に、pH3.8付近まで低下すると計算された。したがって、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂を2.4ml以上添加し、
図9に示したとおり、100秒程度の反応時間を確保すれば、白金酸化物コロイド溶液に含まれるナトリウムイオン、カリウムイオン等の金属イオンを十分に除去することができると推定される。
【0044】
したがって、白金酸化物コロイド溶液に含まれるイオンの置換は、白金酸化物コロイド溶液と陽イオン交換樹脂との反応時間や、陽イオン交換樹脂の樹脂量や、陽イオン交換樹脂の交換容量を調整して行うことができる。水素イオン型陽イオン交換樹脂としては、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂、及び、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂のいずれも利用可能である。強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂としては、例えば、スルホ基を有する陽イオン交換樹脂が挙げられる。また、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂としては、例えば、カルボキシ基を有する陽イオン交換樹脂が挙げられる。
【0045】
強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂を用いる場合、反応時間は、例えば、100秒以下とすることができる。また、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂を用いる場合、反応時間は、例えば、270秒以下とすることができる。
図9に示すように、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂によると、白金酸化物コロイド溶液のpHの経時変化が緩慢である。そのため、反応時間を調節することによって、所定のpHに正確に調整することができる。
【0046】
以上の工程により、不純物(白金、酸素、水素以外の元素を含む化合物)の含有量が少なく、白金酸化物コロイド粒子が水に安定して分散されている白金酸化物コロイド溶液が得られる。白金酸化物コロイド溶液は、イオン交換により、不純物の含有量が少なく、ナトリウム、カリウム等の陽イオンを実質的に含有しない。そのため、原子炉への貴金属注入に用いたとき、原子炉水の電気伝導率が増大したり、放射化により放射性核種が増えたりするのを防止することができる。原子炉水の電気伝導率の増大が抑制されるため、貴金属注入の所要時間を短縮し、注入作業に伴う費用を削減することができる。また、浄化系への負荷や、放射性廃棄物の量を抑制することができる。
【0047】
白金酸化物コロイド溶液は、詳細には、水の分散媒中に酸化白金のコロイド粒子を含む。コロイド粒子は、白金の価数が2〜4である酸化白金及び水酸化白金を含んでいる。コロイド粒子は、白金原子換算で90原子%以上の二酸化白金を含むことが好ましい。酸化白金及び水酸化白金は、炉心において、放射線分解により白金イオンを生じ、触媒として働く白金を原子炉の炉内構造物等の表面に付着させる。
【0048】
図11は、白金酸化物のコロイド粒子を示す透過型電子顕微鏡像である。また、
図12は、白金酸化物のコロイド粒子の粒子径分布を示す図である。
図11に示すように、白金酸化物コロイド溶液は、微小な白金酸化物のコロイド粒子208を含んでいる。
図12は、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)により観察された白金酸化物のコロイド粒子208について、二軸平均径による粒子径分布を計測した結果を示す。
図12に示すように、正規分布による近似によると、白金酸化物コロイド溶液は、白金酸化物のコロイド粒子208の粒径が、1.0nm以上4.5nm以下の範囲にある。
【0049】
白金酸化物のコロイド粒子208は、粒径が、1.0nm以上4.5nm以下の範囲にある微小なナノ粒子であるため、分散性が良い。そのため、原子炉への貴金属注入を行うとき、貴金属注入用の配管中に貴金属化合物が堆積するのを防止することができる。また、白金酸化物コロイド溶液を原子炉水に注入したとき、原子炉の炉内構造物等に対し、白金を分散的に付着させることができる。
【0050】
図13は、白金酸化物のコロイド粒子のX線光電子分光分析結果を示す説明図である。
図13に示すように、白金酸化物コロイド溶液に含まれる白金酸化物のコロイド粒子をX線光電子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)により分析すると、白金酸化物のコロイド粒子は、PtO
2を主成分とし、PtO及びPt(OH)
2を含有することが確認された。白金原子換算でPtO
2は91原子%、PtOは6原子%、Pt(OH)
2は3原子%含まれていた。また、単体のPt金属は検出されなかった。
【0051】
また、白金酸化物コロイド溶液は、pHが3.8以上7.8未満であり、イオン交換を行う前の初期pH7.8と比較して、酸性側の低いpHを呈する。この理由は、次の式(1)に示すように、コロイド溶液中の白金酸化物のコロイド粒子(式中、PtO
2で表す。)が、水酸化物イオンを吸着するためと考えられる。
PtO
2 + H
2O → PtO
2・OH
− + H
+ ・・・ (1)
【0052】
白金酸化物コロイド溶液は、より好ましくはpHが5.6以上7.8未満である。このようなpHの白金酸化物コロイド溶液は、後記するように、白金酸化物コロイド溶液に含まれる陽イオンを水素イオンに置換する操作を、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂を用いて行うことにより、容易に得ることができる。
【0053】
次に、白金酸化物コロイド溶液を原子炉の冷却水に注入する白金酸化物コロイド溶液の注入装置について説明する。
【0054】
図14は、白金酸化物コロイド溶液の注入装置を示す構成図である。
図14に示すように、白金酸化物コロイド溶液の注入装置801は、コロイド溶液タンク(貯蔵部)802と、第1弁803と、流量計804と、注入ポンプ805と、イオン交換塔(イオン交換部)806と、第2弁807と、配管808と、を備えている。
【0055】
白金酸化物コロイド溶液の注入装置801において、コロイド溶液タンク802、第1弁803、流量計804、注入ポンプ805、イオン交換塔806及び第2弁807は、コロイド溶液タンク802から第2弁807まで、配管808を介して順に接続されている。注入装置801は、イオン交換塔806の出口側が、第2弁807を介して、原子炉の冷却系統809に接続される。
【0056】
注入装置801は、具体的には、冷却系統809を構成する配管のうち、冷却水を炉心に給水する給水配管に接続してもよいし、炉心を冷却した冷却水を浄化系に送る浄化系配管に接続してもよいし、浄化された冷却水を再給水のために戻す浄化系配管に接続してもよいし、冷却水の再循環系を構成する再循環系配管に接続してもよい。
【0057】
注入装置801は、白金酸化物コロイド溶液を、pH3.8以上7.8未満に調整して、原子炉の冷却系統809を流れる冷却水に注入する。白金酸化物コロイド溶液は等電位点よりもアルカリ性側で安定であり、コロイド粒子の分散性はpHが高い方が良い。そのため、注入装置801は、白金酸化物コロイド溶液に含まれる金属イオンを水素イオンに置換する操作を、冷却水が流される原子炉の運転中、白金酸化物コロイド溶液の注入の直前に実行する。
【0058】
コロイド溶液タンク802は、白金酸化物コロイド溶液を原子炉の冷却水に注入するために一時的に貯蔵する。白金酸化物又は白金水酸化物のコロイド粒子が分散した白金酸化物コロイド溶液は、例えば、前記の水溶液調製工程S101からガンマ線照射工程S104までを経て、pHが中性付近にある状態でコロイド溶液タンク802に用意される。コロイド溶液タンク802の出口付近の配管808に設けられた第1弁803は、白金酸化物コロイド溶液の注入時に開放される。
【0059】
流量計804は、イオン交換塔806に導入される白金酸化物コロイド溶液の流量を計測する。流量計804で白金酸化物コロイド溶液の流量を計測し、所定の流量の白金酸化物コロイド溶液をイオン交換塔806に通液させることにより、イオン交換の反応時間が調節される。
【0060】
注入ポンプ805は、コロイド溶液タンク802に用意された白金酸化物コロイド溶液をイオン交換塔806に通し、イオン交換塔806でイオン交換された白金酸化物コロイド溶液を、冷却系統809を流れる冷却水に注入する。注入ポンプ805は、白金酸化物コロイド溶液の流量が所定の流量になるように、流量計804による計測の下で制御される。
【0061】
イオン交換塔806は、白金酸化物コロイド溶液に含まれる陽イオンを水素イオンに置換するための陽イオン交換体を備えている。イオン交換塔806に白金酸化物コロイド溶液が通液されると、充填されている陽イオン交換体と白金酸化物コロイド溶液とが接触し、イオン交換が行われる。陽イオン交換体としては、固定床及び流動床のいずれの形態を用いてもよい。陽イオン交換体は、例えば、ビーズ状、膜状、繊維状、多孔質モノリス状等の適宜の形状として用いることができる。
【0062】
イオン交換塔806は、陽イオン交換体として、水素イオン型陽イオン交換樹脂を備えることが好ましい。水素イオン型陽イオン交換樹脂としては、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂、及び、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂のいずれを用いてもよい。強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂としては、例えば、スルホ基を有する陽イオン交換樹脂が挙げられる。また、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂としては、例えば、カルボキシ基を有する陽イオン交換樹脂が挙げられる。
【0063】
注入装置801において、イオン交換塔806に通される白金酸化物コロイド溶液の流量F[m
3/s]は、イオン交換に要する所要反応時間をT[s]としたとき、水素イオン型陽イオン交換樹脂の総交換容量V[L]に対して、次の数式(I)を満たすように制御されることが好ましい。
F[m
3/s]≦V[m
3]/T[s]・・・(I)
【0064】
例えば、強酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂は、
図9に示すように、100秒程度でイオン交換が終了するため、T=100[s]として前記の数式(I)を計算することができる。イオン交換に要する所要反応時間を予備試験により求めておき、所要反応時間に基づいて、白金酸化物コロイド溶液の流量や水素イオン型陽イオン交換樹脂の総交換容量を設定すると、白金酸化物コロイド溶液に含まれるナトリウムイオン、カリウムイオン等の金属イオンの全体を、任意の流量や総交換容量において確実に除去することができる。
【0065】
配管808は、ステンレス鋼、炭素鋼等の適宜の材料で設けることができる。ステンレス鋼、炭素鋼等で設けた配管808を、高温の冷却水が通流する冷却系統809に繋げた場合、配管808の内面に酸化皮膜が生成し易くなる。酸化皮膜を形成する鉄酸化物の等電位点は、pH5.6付近にある。そのため、白金酸化物コロイド溶液のpHが5.6より低いと、正に荷電した酸化皮膜の表面に白金酸化物のコロイド粒子が容易に吸着し、冷却水に向けた注入が阻害される虞がある。
【0066】
したがって、ステンレス鋼、炭素鋼等で設けた配管808を高温の冷却水が通流する冷却系統809に繋げる場合、イオン交換塔806に充填する水素イオン型陽イオン交換樹脂としては、弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂がより好ましく用いられる。弱酸性のイオン交換基を有する陽イオン交換樹脂であれば、
図9に示すように、イオン交換に伴うpHの経時変化が緩慢である。そのため、反応時間を調節することによって、白金酸化物コロイド溶液のpHを容易にpH5.6以上7.8未満の範囲に調整し、酸化皮膜の表面にコロイド粒子が吸着するのを抑制することができる。
【0067】
以上の白金酸化物コロイド溶液の注入装置801によると、白金酸化物コロイド溶液に含まれる金属イオンを水素イオンに置換する操作が、白金酸化物コロイド溶液の注入の直前に実行され、pHが3.8以上7.8未満に調整された白金酸化物コロイド溶液が、原子炉水に注入される。そのため、貴金属注入を実行する前の貯蔵時には、白金酸化物コロイド溶液の分散状態をpH7.8以上の範囲で安定に保ち、貴金属注入の実行時には、ナトリウムイオン、カリウムイオン等の陽イオンが除去された不純物の含有量が少ない状態で原子炉水に注入することができる。
【0068】
以上、本発明の実施形態及び変形例について説明したが、本発明は、前記の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。例えば、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、実施形態やの構成の一部を他の公知の構成に置き換えたり、実施形態の構成の一部を省略したりすることも可能である。