【実施例】
【0016】
次いで、本発明の好適な実施例、及び本発明に属さない比較例につき、数例説明する(実施例1〜8,比較例1〜7)。尚、本発明の捉え方により、実施例が比較例となったり、比較例が実施例となったりすることがある。
【0017】
実施例1〜8,比較例1〜7に係るプラスチック基材NDフィルタとして、直径75ミリメートル(mm)の丸玉である眼鏡用凸レンズが作成された。その度数は何れもS−4.00であり、凸面側(表面側)が非球面形状であって、中心の厚みは1.2mmである。
基材は、何れもエピスルフィド樹脂により形成されており、屈折率は1.76、アッベ数は30、比重は1.49g/cm
3(グラム毎立方センチメートル)である。
基材の表裏両面の上には、ハードコート膜(HC膜)が形成された。何れのハードコート膜も、同じハードコート液を同様に塗布することにより形成された。
ハードコート液は、次のように作成された。まず、容器中に、メタノール206g(グラム)、メタノール分散チタニアゾル(日揮触媒化成株式会社製、固形分30%)300g、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン30g、テトラエトキシシラン60gが滴下され、その混合液中に0.01N(規定度)の塩酸水溶液が滴下されたうえで撹拌されて加水分解が行われた。次いで、フロー調整剤0.5g及び触媒1.0gが加えられ、室温で3時間撹拌されて、ハードコート液とされた。
ハードコート液は、スピンコート法によりハードコート液を基材の面に均一に行き渡らせ、その後120℃の環境に1.5時間置くことで加熱硬化させて、ハードコート膜となった。
かように形成されたハードコート膜の物理膜厚は、2.5μm(マイクロメートル)となった。
【0018】
更に、基材の凸面(表面)側に反射防止膜(AR膜)及び撥水層が形成された。
即ち、ハードコート膜付きの基材が固定する治具(ドーム)にセットされて、真空装置内に扉から投入される。その後、扉が閉められ、真空装置内が真空排気される。基材の水分を抜くため、真空装置内の温度は60℃に保持される。真空装置内の真空度が1.0E−03(1.0×10
−3)Pa(パスカル)となると、次のような成膜が開始される。即ち、まず中間層(ハードコート膜)とこれから形成される光学多層膜の密着性を向上するために、基材表面に酸素イオンを60秒間照射することで、基材表面を活性化させる。次に、低屈折材料であるSiO
2と高屈折材料であるZrO
2が交互に各所定時間だけ蒸着されて、各層がそれぞれ所望の膜厚を有する全5層の反射防止膜が基材の凸面上に成膜された。
続いて、真空装置内で反射防止膜付きの基材の凸面側に撥水剤が蒸着され、反射防止膜の上(最表層)に撥水層が形成された。
実施例1〜8,比較例1〜7に係る凸面側の光学多層膜の構成は、次の表1に記載の通りである。尚、特に記載されない限り、膜厚は物理膜厚である。
【0019】
【表1】
【0020】
又、基材の凹面(裏面)側に光吸収膜及び撥水層が形成された。
即ち、光吸収膜の成膜は、反射防止膜の形成と同様に成膜開始時の条件を整えて行われる。成膜においては、同様に酸素イオンを照射した後、次の材料を次の条件で成膜した。光吸収膜の蒸着においては、最初の酸素イオンの照射を除き、イオンは照射されず、光吸収膜の蒸着はイオンのアシストのない状態(Ion Assist Depotitionではない状態)で行われた。
SiO
2として、キヤノンオプトロン株式会社製「SiO
2」が用いられ、成膜レート10.0Å/s(オングストローム毎秒)で蒸着された。成膜後のSiO
2層の屈折率(基準波長λ=500nm)は1.465であった。
ZrO
2として、キヤノンオプトロン株式会社製「ZrO
2」が用いられ、成膜レート6.0Å/sで蒸着された。成膜後のZrO
2層の屈折率(λ=500nm)は2.037であった。
シリカ化合物の一つであるSiO
2+Al
2O
3混合材料として、キヤノンオプトロン株式会社製「S5F」が用いられ、成膜レート10.0Å/sで蒸着された。成膜後のSiO
2+Al
2O
3混合層の屈折率(λ=500nm)は1.491であった。一般に、SiO
2+Al
2O
3混合材料は、SiO
2の重量がAl
2O
3の重量に比べて高く、例えばSiO
2の重量比に対するAl
2O
3の重量比は数%程度である。尚、本発明において、SiO
2とAl
2O
3の重量比は特に限定されず、シリカ化合物の成分もSiO
2とAl
2O
3に限定されない。
Al
2O
3として、キヤノンオプトロン株式会社製「Al
2O
3」が用いられ、成膜レート10.0Å/sで蒸着された。成膜後の屈折率(λ=500nm)は1.629であった。
NiO
x用のNiやCoO
x’用のCoとして、株式会社高純度化学研究所製のものが用いられ、何れも成膜レート3.0Å/sで蒸着された。この蒸着時、酸素ガスが流量10sccm(standard cubic centimeter per minute)で供給されて、NiO
x層やCoO
x’層が形成された。成膜後のNiO
x層の屈折率(λ=500nm)は1.928であり、消衰係数は2.134であった。尚、NiO
x層の屈折率が約2.00程度と比較的に高いので、NiO
x層は高屈折率層として用いることができる。更に、成膜後のCoO
x’層の屈折率(λ=500nm)は、NiO
x層の屈折率と非常に近い値であった。
又、撥水層が、光吸収膜の上(空気側)に、反射防止膜の上のものと同様にして形成された。
実施例1〜8,比較例1〜7は、光吸収膜の構成のみが互いに異なる。それぞれの構成は、次の表2〜5に記載の通りである。
【0021】
【表2】
【表3】
【表4】
【表5】
【0022】
ここで、SiO
2膜とAl
2O
3膜に係るイオンアシストの有無と蒸着膜の密度(これと密接に関連した水蒸気透過性)に関する試験の結果が、次の表6に示される。尚、表6の「No.」列は、水蒸気透過性が大きいものからの順位が記載されている。
この試験は、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムを基材とし、基材のみの場合と、基材にSiO
2膜やAl
2O
3膜、SiO
2+Al
2O
3混合膜がイオンアシストの有無を変化させて蒸着された場合における、水蒸気透過性(1日当たりのグラム毎立方メートル,g/m
2・day)を調べたものである。
基材のみの場合、水蒸気透過性は、7.29である。
これに対し、SiO
2膜,Al
2O
3膜,SiO
2+Al
2O
3混合膜(表5の「材料」列に蒸着材料を記載している)がイオンアシストなしで膜厚90.3,94.8,74.4nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が6.75,6.28,6.12と、基材のみの場合より僅かに下がる。これは、SiO
2膜,Al
2O
3膜,SiO
2+Al
2O
3混合膜が水蒸気の透過を妨げるからである。
更に、SiO
2膜がイオンアシストあり(イオン銃における加速電圧900ボルト(V),加速電流900ミリアンペア(mA),バイアス電流600mA,導入酸素(O
2)ガス50sccm)で膜厚69.1nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が3.77と更に大きく下がる。これは、イオンアシストのある蒸着によって形成されたSiO
2膜の密度がイオンアシストなしの場合の密度より大きく、かように密度の大きいSiO
2膜が水蒸気の透過を更に妨げるからである。
同様に、Al
2O
3膜がイオンアシストあり(加速電圧1000V,加速電流1000mA,バイアス電流600mA,導入酸素ガス50sccm)で膜厚79.0nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が0.89と大きく下がる。これは、イオンアシストのある蒸着によって形成されたAl
2O
3膜の密度がイオンアシストなしの場合の密度より大きく、かように密度の大きいAl
2O
3膜が水蒸気の透過を更に妨げるからである。
更に同様に、SiO
2+Al
2O
3混合膜がSiO
2膜と同様のイオンアシストのある状態で膜厚75.0nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が1.61と小さくなる。これは、イオンアシストのある蒸着によって形成されたSiO
2+Al
2O
3混合膜の密度がイオンアシストなしの場合の密度より大きく、かように密度の大きいSiO
2+Al
2O
3混合膜が水蒸気の透過を更に妨げるからである。
【0023】
【表6】
【0024】
図1は、実施例1〜4の可視域における分光透過率分布が示されるグラフである。
分光透過率分布の測定は、分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ製U−4100)によって行われた。
実施例1〜4(NiO
x層)の何れも、可視域における透過率が51±3%の帯状領域に収まっており、可視光が吸収率50%程度で均一に吸収されていて、グレーの外観でありながら、装用時に認識される色みが裸眼視とさほど変わらない眼鏡用NDフィルタとなっている。均一に吸収する際の吸収率は、様々に変更することができる。次の表7には、実施例1〜8に係る、Lab色空間(UCS空間)におけるL,a,bの各値が示されている。尚、これらの値は、D65光源を用いて2°視野において測定されている。
図2は、実施例5〜8の可視域における分光透過率分布が示されるグラフである。
実施例5(NiO
x層),実施例6(CoO
x’層)は、実施例1〜4と同様の分光透過率分布を呈し、実施例1〜4と同様のL,a,bの各値を備えている。即ち、実施例5〜6では、可視域における透過率が54±3%の帯状領域に収まっており、可視光が吸収率46%程度で均一に吸収されていて、グレーの外観でありながら、装用時に認識される色みが裸眼視とさほど変わらない眼鏡用NDフィルタとなっている。又、実施例5,6を対比すれば、NiO
x層とCoO
x’層は、同様の特性を有しており、同様に用いることが可能であることが分かる。
実施例7は、光吸収層(NiO
x層)の数が、実施例1〜5の2層に対して3層と増加しているため、可視光の吸収率が実施例1〜5より高くなっている。実施例7では、可視域における透過率が31±2%の帯状領域に収まっており、可視光が吸収率70%程度で均一に吸収されていて、グレーの外観でありながら、装用時に認識される色みが裸眼視とさほど変わらない眼鏡用NDフィルタとなっている。実施例7は、実施例1〜6と同様のa,bの各値を備え、L値が実施例1〜6に対して減少している。
実施例8は、光吸収層としてNiO
x層とCoO
x’層の双方が用いられたものである。実施例8では、可視域における透過率が47±2%の帯状領域に収まっており、可視光が吸収率53%程度で均一に吸収されていて、グレーの外観でありながら、装用時に認識される色みが裸眼視とさほど変わらない眼鏡用NDフィルタとなっている。実施例8は、実施例1〜6と同様のa,bの各値を備え、L値が実施例1〜6に対して僅かに減少している。
図3は、グレーのサングラス(50%濃度)として市販されている染色眼鏡レンズの分光透過率分布が示されるグラフである。この染色眼鏡レンズは、実施例1〜8と同様にグレー色を呈しながら、可視域における分光透過率分布が45%〜94%の範囲で多数の極値を有する状態となっており、装用時の色みが裸眼視の色みと大きく相違してしまう。
【0025】
【表7】
【0026】
図4は、実施例1〜4の凹面(ND成膜面)側に係る、可視域における分光反射率分布(片面)が示されるグラフである。
分光反射率分布は、反射率測定器(オリンパス株式会社製USPM−RU)によって測定された。
実施例1〜4の凹面側において、可視域で概ね反射率が5%以下となっており、又視認性に大きく関与する緑色域内(450nm以上580nm以下程度)に反射率分布の最小値(全体的な分布の極小値)が入っているので、各光吸収膜は、反射防止膜としての機能も備えている。
図5は、実施例5〜8の凹面(ND成膜面)側に係る、
図4同様のグラフである。
実施例5〜8の凹面側においても、可視域で概ね反射率が5%以下となっており、又視認性に大きく関与する緑色域内ないしその隣接領域(440nm以上580nm以下程度)に反射率分布の最小値(全体的な分布の極小値)が入っているので、各光吸収膜は、反射防止膜としての機能も備えている。
図6は、同様に測定された、実施例1〜8の凸面側に係る、可視域における分光反射率分布(片面,共通)が示されるグラフである。
実施例1〜8の凸面側においても、可視域で概ね反射率が5%以下となっており、又可視域の大部分である430nm以上670nm以下の域において反射率2%以下となっているので、凸面側では十分に可視光の反射が防止されている。
実施例1〜8では、NDフィルタとしての機能(均一な吸収)は、光吸収膜が配置された凹面側のみで十分に果たしているため、凸面側では、反射防止機能を更に追求した反射防止膜を配置することができる。
【0027】
次の表8〜11には、実施例1〜8,比較例1〜7について、耐久性に関する各種の試験、即ち恒温恒湿試験、凹面の耐候密着試験、塩水煮沸試験を行った際の結果が示される。
恒温恒湿試験では、恒温恒湿試験機(エスペック株式会社製LHU−113)が用いられ、60℃,95%の環境となった試験機内に、それぞれのNDフィルタが投入された。投入開始から1日,3日,7日が経過した後に、NDフィルタがそれぞれ一旦取り出され、むくみや変色、クラック等の外観異常の発生の有無が観察された。
凹面(光吸収膜形成面)の耐候密着試験では、各凹面において計100マスが形成されるようにカッターでマス目が入れられ、マス目全体にセロハンテープが貼り付けられて、勢いよく剥がされた。これを計5回繰り返し、計5回完了後とその途中とにおいて内部で剥がれを生じなかったマスの数が確認された(初期,計5回完了後における剥がれなしのマスの数/途中における剥がれなしのマスの数)。更に、NDフィルタがサンシャインウェザーメータ(スガ試験機株式会社製S80B)に投入され、投入時間が60時間(hr)となったら取り出されて、上記のマス目形成、5回のセロハンテープ剥がし及びマス数確認が行われた。同様にして、更に投入のうえで投入時間が計120,180,240時間となった場合にも、上記のマス目形成、5回のセロハンテープ剥がし及びマス数確認が行われた。
塩水煮沸試験では、塩化ナトリウム45g、純水1000gが混ぜられて塩水が作製され、その塩水がヒータにより沸騰状態とされた。そして沸騰状態の塩水中に各NDフィルタが浸漬され、浸漬時間の合計が10,20,30,40分間となった後、NDフィルタが取り出されて、恒温恒湿試験と同様に外観が観察された。
【0028】
【表8】
【表9】
【表10】
【表11】
【0029】
実施例1〜8,比較例1〜7の何れも、塩水煮沸試験において、剥がれを始めとする外観異常は観察されなかった。
更に、実施例1〜8では、恒温恒湿試験において、7日経過後も外観異常は観察されなかった(変化なし)。但し、実施例5では、3日経過の時点では外観異常は認められなかったが、7日経過後で周辺部変色とクラックの発生が認められた。
又、実施例1〜8では、耐候密着試験において、全てのマスで剥がれが認められなかった(100/100)。
【0030】
比較例1では、耐候密着試験において、120時間と180時間で計5回の剥がし完了後に1マス内の部分的な剥がれが認められたものの(99.5/100)、他に剥がれが認められず、良好な耐候性が示された。
しかし、恒温恒湿試験において、1日経過後において中心部の変色が認められ、3日経過後からはクラックの発生が認められた。
変色は、NiO
x層において認められ、その様子から水分の作用によるものと考えられる。クラックは、凹面において発生しており、光吸収膜の応力バランスの状態に応じて発生するものと考えられる。
比較例1では、基材側から(以下同様)1層目がSiO
2層やAl
2O
3層ではなくZrO
2層である。ZrO
2層は、SiO
2層やAl
2O
3層に比べ、膜密度が小さすぎて水蒸気を通し易く、プラスチック基材からの水分がすぐに2層目以降に達して、特にNiO
x層に影響し、変色を起こすものと考えられる。
1層目の膜密度向上の観点からは、実施例1〜8の1層目がイオンアシストありで蒸着されるようにして密度が高められるようにすることが想定される。しかし、イオンアシストありの場合、密度が高すぎて水蒸気がほとんど通過しないこととなり(表6参照)、基材の水分は凹面において逃げ場を失って蓄積され、その蓄積量が限度を超えると水分が光吸収膜(1層目)の弱い部分から一点突破的に通過して、点状の外観異常を呈することとなる。これに対し、イオンアシストなしの場合、かような水分の蓄積ないし点状の外観異常が起こらない丁度良い密度となる。よって、1層目は、イオンアシストなしの状態に係る密度とされることが好ましい。
又、比較例1では、2つのNiO
x層の基材側隣接層とその反対側の隣接層は、何れもSiO
2+Al
2O
3混合層である。SiO
2+Al
2O
3混合層は、SiO
2層やAl
2O
3層に比べ、密度が比較的に高くなって水分を通し難い(緻密な構造となって高いパッキング効果を有する)。これは、SiO
2をAl
2O
3が架橋することによるものと考えられる。
しかし、SiO
2+Al
2O
3混合層は、NiO
x層と応力が互いに異なり、NiO
x層の応力とSiO
2+Al
2O
3混合層の応力の差は比較的に大きい。よって、NiO
x層の双方の隣接層ともSiO
2+Al
2O
3混合層とすると、光吸収膜の応力バランスが比較的に良好ではなくなる。従って、恒温恒湿試験においてクラックが発生したものと考えられる。
これに対し、実施例1〜5,7のように、少なくとも何れかのNiO
x層において、基材側隣接層と反対側隣接層が互いに異なる材質とされれば、その異なる材質の層から応力が逃げて全体の応力が緩和されることとなり、クラックの発生が防止される。例えば、実施例1では、3層目のNiO
x層の基材側隣接層である2層目のAl
2O
3層が、反対側隣接層である4層目のSiO
2+Al
2O
3混合層と異なる材質であるため、その基材側隣接層から応力を逃がすことができる。5層目のNiO
x層の基材側隣接層(4層目)と反対側隣接層(6層目)は、何れもSiO
2+Al
2O
3混合層となるが、2層目のAl
2O
3層によって応力を緩和することができる。又、実施例2では、5層目のNiO
x層の反対側隣接層である6層目のSiO
2+Al
2O
3混合層が、基材側隣接層である4層目のAl
2O
3層と異なる材質であるため、その反対側隣接層から応力を逃がすことができる。
又、実施例6のCoO
x’層や、実施例8のNiO
x層及びCoO
x’層の少なくとも一方においても、実施例1〜5,7のNiO
x層と同様に、少なくとも一つの光吸収層において基材側隣接層と反対側隣接層の材質を互いに相違させれば、応力が緩和され、クラックの発生が防止される。
尚、SiO
2+Al
2O
3混合層におけるパッキング効果や応力差については、他のシリカ化合物においても同様な傾向となる。
【0031】
比較例2では、耐候密着試験において、何れの時間であっても剥がれが認められず、良好な耐候性が示された。
しかし、恒温恒湿試験において、1日経過後において周辺部(端部)に極薄いシミ(変色)が認められ、7日経過後では端部のシミが濃くなっていると共に線状の変色が発生している状況が確認された。
比較例2における1層目のZrO
2層はSiO
2層やAl
2O
3層に比べ水分をより多く透過可能であるところ、プラスチック製の基材から放出される水分がその周辺部において2層目のNiO
x層に達し、NiO
x層を変性させたものと考えられる。
これに対し、実施例1〜8では、光吸収膜の1層目がSiO
2層又はAl
2O
3層であるため、ZrO
2層ほど水分を通さず、NiO
x層の水分による変性が防止される。尚、実施例1〜8では、1層目のSiO
2層又はAl
2O
3層がイオンアシストのない蒸着で形成される程度の密度であり、点状の変色の発生可能性がより低減され、より好ましい。
【0032】
比較例3では、耐候密着試験において、何れの時間であっても剥がれが認められず、良好な耐候性が示された。
しかし、恒温恒湿試験において、1日経過後から全体的に線状の変色が発生し、7日経過後では更に中心部における変色箇所の増加が認められた。比較例3の光吸収膜の構成は、比較例2の1層目と2層目の間にSiO
2層とZrO
2層を加え、その分1層目のZrO
2層の膜厚を薄くしたもの、即ち比較例2の1層目を3層に分割したものとなっているが、試験の結果を比較例2に比べて改善することはできず、よって1層目の分割を行っても、1層目がZrO
2層であれば、NiO
x層への水分透過の影響は防止することができないと考えられる。
【0033】
比較例4では、耐候密着試験において、初期から剥がれの有るマスが生じ、60時間において計5回の剥がし完了時に剥がれなしのマスが10マスしか残らなかったことから、その後の試験が中止された。
又、恒温恒湿試験において、1日経過後から中心部におけるクラックが認められた。
かように、比較例4は、耐候性や耐温性、耐湿性に乏しい。これは、比較例4が、比較例1と同様、何れのNiO
x層もSiO
2+Al
2O
3混合層で挟まれる構造を備えており、応力バランスが崩れた状態を保持していることによるものと考えられる。
尚、比較例4では変色の発生はなく、SiO
2層が1層目であれば、NiO
x層への水分の到達を防止できるものと考えられる。これに対し、比較例3では2層目にSiO
2層が配置されるものの、1層目がZrO
2層であるため、NiO
x層への水分の到達を防止できない。
【0034】
比較例5では、恒温恒湿試験では、7日経過後も外観異常は観察されなかった。
しかし、耐候密着試験では、60時間で多くの剥がれが認められた。
比較例5では、1層目がZrO
2層であって水分をより透過し、又3層目と5層目のNiO
x層が比較例1と同様にSiO
2+Al
2O
3混合層で挟まれており、耐候性に影響がでたものと考えられる。
【0035】
比較例6では、耐候密着試験において、何れの時間であっても剥がれが認められず、良好な耐候性が示された。
しかし、恒温恒湿試験において、1日経過後から、端部において三日月状の変色が認められた。
基材の凹面端部においては、蒸着時、NiO
x(蒸着物質)の入射方向が基材の面の接線に対して垂直になっておらず、その垂直線から角度を持って傾いている。よって、NiO
xの基材に対する入射方向が垂直である部分(中心部)に比べ、端部ではNiO
x層におけるNiO
xの密度が比較的に小さいものと考えられる。かようにNiO
xの密度が小さいと、その分だけNiO
x層が多孔質化し、多孔質化したNiO
x層における孔部の断面積が閾値以上となると、孔部から水分が進入して、NiO
x層が変質するようになる。比較例6では、可視光の吸収のためにNiO
x層の膜厚が7.5nmとなっており、端部における多孔質化が比較的に顕著に現れて、主に大気側からの水分によりNiO
x層が変性され、変色されるものと考えられる。
実施例1〜5,7,8では、NiO
x層の膜厚が4.2nm以上4.7nm以下となっており、端部における多孔質(ポーラス)化の影響が緩和されている。又、NiO
x層の膜厚が薄ければ、隣接する層に対する応力の差がその分緩和される。実施例6,8のCoO
x’層でも、同様に膜厚が4.5nm以下となっており、端部における多孔質化の影響が緩和されている。実施例1〜8,比較例1〜7、そしてシミュレーションの結果から、NiO
x層やCoO
x’層の膜厚が6nm以下であれば、多孔質化や応力差の緩和効果が良く発揮されることが分かった。NiO
x層やCoO
x’層を薄くすることにより可視光の吸収量が十分でなくなる場合には、(6nm以下の)層が複数設けられて良い(光吸収層の分割)。
【0036】
比較例7では、比較例6と同様に、1日経過後から三日月状の変色が認められた。
比較例7では、NiO
x層(6層目)の膜厚が比較的に大きく、更にNiO
x層の基材側隣接層(5層目)と反対側隣接層(7層目)が何れもSiO
2+Al
2O
3混合層であり、特に端部に応力差や多孔質化の影響が及んだものと考えられる。
【0037】
以上の通り、実施例1〜8のように、少なくとも一つの光吸収層(NiO
x層及びCoO
x’層の少なくとも一方で、複数層ある場合には少なくとも何れか1つの層)における基材側隣接層と、その反対側の隣接層とで、層の材質を相違させれば、基材がプラスチック製であり、耐久性に優れたNDフィルタを提供することができるのである。