(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6903346
(24)【登録日】2021年6月25日
(45)【発行日】2021年7月14日
(54)【発明の名称】外壁の浮き補修工法、及び注入口付きアンカーピン
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20210701BHJP
【FI】
E04G23/02 B
【請求項の数】9
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2019-89082(P2019-89082)
(22)【出願日】2019年5月9日
(65)【公開番号】特開2020-20254(P2020-20254A)
(43)【公開日】2020年2月6日
【審査請求日】2020年6月12日
(31)【優先権主張番号】特願2018-134696(P2018-134696)
(32)【優先日】2018年7月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598067784
【氏名又は名称】日本樹脂施工協同組合
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】大塚 毅
(72)【発明者】
【氏名】渡部 秀晴
(72)【発明者】
【氏名】相馬 和博
【審査官】
河内 悠
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−141966(JP,A)
【文献】
特開2014−237987(JP,A)
【文献】
特開2017−226986(JP,A)
【文献】
特開2006−342562(JP,A)
【文献】
特開2018−091027(JP,A)
【文献】
特開2015−117542(JP,A)
【文献】
特開2018−197477(JP,A)
【文献】
韓国登録特許第10−1014230(KR,B1)
【文献】
米国特許出願公開第2005/0097849(US,A1)
【文献】
韓国公開特許第10−2005−0026826(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
E04F 13/02
E04F 13/08
B05D 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外壁の浮きが生じている領域に、孔部を穿孔する穿孔工程、
頭部とねじ部を備えるねじ形状であり、前記頭部に設けられた注入口と、前記ねじ部の側面に設けられた開口とを接続する樹脂注入路を有する注入口付きアンカーピンを、前記孔部に固定するアンカーピン固定工程、
前記注入口から注入材を注入し、該注入材を前記開口から浮き領域内部に注入し、前記浮きを接着する接着工程、
を備えることを特徴とする補修工法。
【請求項2】
前記外壁が、押出成形セメント板タイル仕上げ外壁であることを特徴とする請求項1に記載の補修工法。
【請求項3】
前記孔部をタイルの中央部に穿孔することを特徴とする請求項2に記載の補修工法。
【請求項4】
前記注入材がJIS A6024で規定される高粘度形であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の補修工法。
【請求項5】
20cm以上35cm以下の間隔で複数個の孔部を穿孔することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の補修工法。
【請求項6】
頭部とねじ部を備えるねじ形状であり、
前記頭部に設けられた注入口と、前記ねじ部の側面に設けられた開口とを接続する樹脂注入路を有することを特徴とする注入口付きアンカーピン。
【請求項7】
前記開口が、前記頭部側の端部から5mm以上20mm以下の範囲に設けられていることを特徴とする請求項6に記載の注入口付きアンカーピン。
【請求項8】
前記ねじ部が、ねじ山を備えない平坦領域を有し、
前記開口が、平坦領域内に位置することを特徴とする、請求項6または7に記載の注入口付きアンカーピン。
【請求項9】
前記ねじ部が、前記頭部側から第一のねじ山を備える第一のねじ領域、ねじ山を備えない平坦領域、第二のねじ山を備える第二のねじ領域からなり、
前記開口が、平坦領域内に位置することを特徴とする、請求項6〜8のいずれかに記載の注入口付きアンカーピン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物のタイル仕上げ外壁やモルタル仕上げ外壁等において、外壁の剥落を防止するための補修工法と、この補修工法に使用する注入口付きアンカーピンに関する。補修工法としては、特に、押出成形セメント板(ECP:Extruded Cement Panel)に、モルタルまたは接着剤でタイルを張り合わせてなる押出成形セメント板タイル仕上げ外壁のタイル剥落を防止するための補修工法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビルやマンション等の建築物は、コンクリート躯体の保護や美観の向上のため、躯体表面に、タイル仕上げ外壁、モルタル仕上げ外壁等を備えている。例えば、押出成形セメント板は、セメント、けい酸質原料、繊維質原料を含む組成物を、内部に中空を有する板状に押出成形し、オートクレーブ養生した建築材料である。押出成形セメント板は、矩形状であり、長辺の一辺に凸部、他辺に凹部を備えており、凸部と凹部とを嵌合し、金物で固定することにより、外壁を構築することができる
押出成形セメント板は、耐火性、デザイン性、防音性、軽量性等に優れるため、建築物の外壁として広く使用されている。また、押出成形セメント板で構築した外壁表面にタイルを張り合わせて、押出成形セメント板タイル仕上げ外壁とすることがある。
【0003】
図5に、押出成形セメント板タイル仕上げ外壁(以下、「ECPタイル仕上げ外壁」ともいう)の断面図を示す。ECPタイル仕上げ外壁は、押出成形セメント板1の表面に張付けモルタル2を介してタイル3が張付けられている。なお、本明細書において、同一部材には同一符号を付す。
ここで、ECPタイル仕上げ外壁のタイルと張付けモルタルとの間、または、張付けモルタルと押出成形セメント板との間に剥離(以下、「浮き」ともいう)が生じると、日常の振動や地震等の際にタイルが剥落する危険性がある。そして、剥離したタイル等が高所から落下した場合には、死傷等の大きな事故が起こりかねないため、タイルの浮きは、適切に補修する必要がある。
【0004】
タイルの浮きを補修するためには、タイルを張り替えればよいが、タイルの張り替えは、騒音、粉塵、振動等を伴うため、補修対象の建築物及び周辺建築物の居住者、利用者等に迷惑が生じる。また、タイルの張り替えは、コストを抑えるために浮きが生じた領域のみ行うことが一般的であるが、既設タイルと同じ色調のタイルを入手することが難しいため、補修後に異なる色調のタイルが混在して建築物の美観が損なわれる場合がある。
【0005】
より低コストで簡便な浮き補修工法として、躯体に穿孔した孔に注入口付きアンカーピンを挿入し、その先端を拡開して躯体に食い込ませて固着し、この注入口付きアンカーピンを用いて浮き領域に樹脂を注入し、アンカーピンと硬化した樹脂によりタイルを固定して落下を防止する落下防止工法が知られている(例えば、特許文献1、2)。
このような落下防止工法に使用される注入口付きアンカーピンは、先端を拡開して躯体に食い込ませるため、注入口は先端まで貫通した筒状であり、その先端にはスリットが設けられている。
【0006】
押出成形セメント板タイル仕上げ外壁における浮きの補修に、上記した従来の注入口付きアンカーピンを用いると、注入口付きアンカーピンの先端が押出成形セメント板内部の中空部に到達してしまう。そして、先端が中空部に到達した注入口付きアンカーピンは、先端を拡開して固着することもできず、さらに、注入した樹脂は中空部に漏出して浮き領域内部に充填されない。そのため、従来の注入口付きアンカーピンを用いる方法では、押出成形セメント板タイル仕上げ外壁の浮きを補修することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4289627号公報
【特許文献2】特許第5608931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、外壁の浮きによる剥落を防止する補修工法、及び、この補修工法に使用する注入口付きアンカーピンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
1.外壁の浮きが生じている領域に、孔部を穿孔する穿孔工程、
頭部とねじ部を備えるねじ形状であり、前記頭部に設けられた注入口と、前記ねじ部の側面に設けられた開口とを接続する樹脂注入路を有する注入口付きアンカーピンを、前記孔部に固定するアンカーピン固定工程、
前記注入口から注入材を注入し、該注入材を前記開口から浮き領域内部に注入し、前記浮きを接着する接着工程、
を備えることを特徴とする補修工法。
2.前記外壁が、押出成形セメント板タイル仕上げ外壁であることを特徴とする1.に記載の補修工法。
3.前記孔部をタイルの中央部に穿孔することを特徴とする2.に記載の補修工法。
4.前記注入材がJIS A6024で規定される高粘度形であることを特徴とする1.〜3.のいずれかに記載の補修工法。
5.20cm以上35cm以下の間隔で複数個の孔部を穿孔することを特徴とする1.〜4.のいずれかに記載の補修工法。
6.頭部とねじ部を備えるねじ形状であり、
前記頭部に設けられた注入口と、前記ねじ部の側面に設けられた開口とを接続する樹脂注入路を有することを特徴とする注入口付きアンカーピン。
7.前記開口が、前記頭部側の端部から5mm以上20mm以下の範囲に設けられていることを特徴とする6.に記載の注入口付きアンカーピン。
8.前記ねじ部が、前記頭部側から第一のねじ山を備える第一のねじ領域、ねじ山を備えない平坦領域、第二のねじ山を備える第二のねじ領域からなり、
前記開口が、平坦領域内に位置することを特徴とする、6.または7.に記載の注入口付きアンカーピン。
【発明の効果】
【0010】
本発明の補修工法は、ねじ部側面に開口を有する注入口付きアンカーピンを用いることにより、浮き領域内に確実に注入材を注入することができるため、外壁で生じた浮きを、低コスト、かつ、簡便に補修することができる。本発明の補修工法は、従来の注入口付きアンカーピンを用いる方法とほぼ同一の作業により施工できるため、施工者が研修等により新たな技能を習得する必要がなく、また、経験不足による施工ミス等が起こりにくい。本発明の注入口付きアンカーピンは、従来の先端を拡開する注入口付きアンカーピンと異なり、先端を拡開して躯体に食い込ませる必要がないため、施工時の騒音を抑えることができる。
【0011】
本発明の補修工法は、使用する注入口付きアンカーピンの先端から注入材が流出しないため、内部に中空を有する押出成形セメント板のタイル仕上げ外壁に好適に利用することができる。タイルは目地と比較して強度に優れる。タイル中央部に穿孔した孔部から注入材を注入する本発明の補修工法は、注入に伴う共浮きによるタイル、目地の割れが起こりにくい。さらに、強度に優れたタイル中央部に穿孔した孔部から注入材を注入することにより、高粘度形の注入材を用いることができる。高粘度形の注入材は、浮きの内部に隙間なく充填されるため、補修後のタイル仕上げ外壁は、接着強度に優れ、浮きの発生、タイルの剥落を長期間に亘って防止することができる。
【0012】
注入口付きアンカーピンは、ねじ形状であり、ねじ山により孔部に強固に固定することができる。また、注入口付きアンカーピンは、ねじ部側面の開口のみから注入材が流出するため、浮き領域内部へ効率的に注入材を注入することができる。本発明の注入口付きアンカーピンは、先端が押出成形セメント板内部の中空部に到達しても、注入材が中空部へ漏出せず、浮き領域内部へ注入材を確実に注入することができるため、押出成形セメント板タイル仕上げ外壁に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の補修工法が施工された一実施態様である押出成形セメント板タイル仕上げ外壁の断面図。
【
図2】本発明の補修工法が施工された一実施態様である押出成形セメント板タイル仕上げ外壁の正面図。
【
図3】第一実施態様である注入口付きアンカーピンの模式図(a)と、この模式図(a)に示す注入口付きアンカーピンの90度回転断面図(b)。
【
図4】第二実施態様である注入口付きアンカーピンの模式図。
【
図5】従来の押出成形セメント板タイル仕上げ外壁の断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、外壁に発生した浮きによるタイル剥落を防止するための補修工法に関する。
具体的には、本発明の補修工法は、
外壁の浮きが生じている領域に、孔部を穿孔する穿孔工程、
頭部とねじ部を備えるねじ形状であり、頭部に設けられた注入口とねじ部の側面に設けられた開口とを接続する樹脂注入路を有する注入口付きアンカーピンを、孔部に固定するアンカーピン固定工程、
この注入口付きアンカーピンの注入口から注入材を注入し、注入材を開口から浮き領域内部に注入し、浮きを接着する接着工程、
を備えることを特徴とする。
【0015】
本発明の補修工法が施工された一実施態様である押出成形セメント板タイル仕上げ外壁の断面図を
図1に、正面図を
図2に示す。以下、
図1、2を参照して、本発明の一実施態様である補修工法について説明する。
図1、2に示す補修工法が施された一実施態様であるタイル仕上げ外壁は、内部に中空部11を有するタイルベースパネルタイプの押出成形セメント板1と、張付けモルタル2と、タイル3と、押出成形セメント板1と張付けモルタル2との間に生じた浮きに充填された注入材4とを備える。タイル3の中央部には孔部5が穿孔されており、孔部5には第一実施態様である注入口付きアンカーピン6が固着している。また、隣接するタイル3の間には目地が存在する。
【0016】
なお、
図1、2に示す例は一実施態様であり、本発明の補修工法はこの一実施態様に限定されず、浮きが生じる外壁であれば特に制限することなく施工することができる。例えば、コンクリート躯体、ALC版、PC版等のタイル仕上げ外壁及びモルタル仕上げ外壁等に施工することができる。また、押出成形セメント板のタイル仕上げについては、日本建築学会(JASS)の「建築工事標準仕様書・同解説JASS19 陶磁器質タイル張り工事」に、接着剤でタイルを張る場合はフラットパネルタイプの押出成形セメント板、モルタルでタイルを張る場合はタイルベースパネルタイプの押出成形セメント板を使用することが規定されているが、押出成形セメント板1をフラットパネルタイプとし、張付けモルタルに代えて接着剤を使用することもできる。さらに、本発明の注入口付きアンカーピンは、第一実施態様である注入口付きアンカーピン6に限定されない。
【0017】
「穿孔工程」
最初に、テストハンマー等を用いてタイル仕上げ外壁の表面を軽く打診し、押出成形セメント板から剥離した張付けモルタルの浮きを確認し、浮き領域をマーキングする。また、必要に応じて、内視鏡等により、浮き代(押出成形セメント板と張付けモルタルとの間隔)の幅を確認する。
浮き領域内で最も浮き代が大きい部分、または、浮き領域の中心に位置するタイル3の中央部に、無振動ドリル等を用いて基準となる孔部5を穿孔する。
【0018】
次いで、浮き領域内において、この基準となる孔部5から上下左右に約30cmの間隔で複数個の孔部をタイルの中央部に穿孔する。この際、浮き領域の端部から孔部の間隔の半分以内の部分(例えば、孔部の間隔が30cmである一実施態様である補修工法では、浮き領域の端部から15cm以内の部分)には、孔部を穿孔しないことが好ましい。孔部が浮き領域の端部に近いと、この孔部に注入材を注入した際に起こる共浮きにより、浮き領域が広がってしまう場合がある。孔部は、原則、躯体内に20mm以上の深さとなるように穿孔する。また、孔部5の開口に、後述する化粧キャップ7を収容するための、孔部の孔径よりも径が大きい浅い孔を穿つ、いわゆる2段掘を行う。
なお、
図1、2に示す一実施態様では、注入口付きアンカーピン6の先端が押出成形セメント板の中空部11まで到達しているが、注入口付きアンカーピン6は中空部11の間に位置するリブに固定される場合もある。また、本発明のECPタイル仕上げ外壁の補修工法は、注入口付きアンカーピン6の先端が中空部11まで到達しない深さで穿孔する態様を排除するものではない。
【0019】
本発明の補修工法において、浮き領域内の端部等に、エア抜きのための孔を設けることができる。エア抜き用の孔は、注入材注入時に内部の気体を放出し、共浮きなどを抑制するためのものであり、アンカーピンの挿入や、注入材の注入は行われない。タイル仕上げ外壁の浮き補修の場合、エア抜き用の孔は、タイル、目地のどちらに設けてもよいが、施工後の穴埋めが容易であることから、目地に設けることが好ましい。
【0020】
本発明の補修工法において、孔部の間隔は、20cm以上35cm以下であることが好ましい。孔部の間隔が20cm未満では、穿孔する孔部の数が多くなり、施工に手間がかかる。孔部の間隔が35cmより大きいと、一つの孔部に注入する注入材量が多くなり、注入材が孔部を中心とする円形に広がりにくくなる。また、複数個の孔部は、上下左右に四角形の頂点位置となるように設けることが容易ではあるが、このような配置に限定されず、例えば、三角形の頂点位置となるように設けることもできる。
【0021】
「アンカーピン固定工程」
孔部5の内部から、接着の妨げとなる粉塵を圧縮空気等で除去した後、孔部5に注入口付きアンカーピン6をねじ込む。注入口付きアンカーピン6は、その有効径が孔部5の径と略等しく、ねじ山により孔部5に固着される。
【0022】
ここで、第一実施態様である注入口付きアンカーピン6の模式図と、この模式図に示す注入口付きアンカーピンの90度回転断面図をそれぞれ
図3(a)、(b)に示す。注入口付きアンカーピン6は、頭部61とねじ部62を備えるねじ形状であり、ねじ部62の側面にはねじ山63を有する。注入口付きアンカーピン6は、頭部61に設けられた注入口64と、ねじ部62の側面に設けられた開口65A〜Dとを接続する樹脂注入路Pが形成されている。開口65A〜Dは、ねじ山63の間に、ねじ部62を貫通しないように設けられる。開口65A〜Dをこのように設けることにより、ねじ山63が開口65A〜Dにより分断されず、注入口付きアンカーピン6を孔部5にねじ込み易くなる。
【0023】
「接着工程」
手動式注入器等を用いて、注入口付きアンカーピン6の注入口64から注入材4を注入する。注入材4は、樹脂注入路Pを通って開口65A〜Dから流出し、孔部5を中心として浮き領域内で円形に拡散する。この際、注入材により、孔部を中心とした共浮きが生じる場合がある。一実施態様である補修工法では、孔部5が目地と比較して硬いタイル3の中央部に穿孔されているため、共浮きが生じても、タイル、目地の割れを防ぐことができる。なお、タイル仕上げ外壁の補修工法において、孔部の穿孔箇所は制限されない。タイルに穿孔した場合は、上記したように共浮きによるタイル、目地の割れを防ぐことができるが、タイルと化粧キャップの色調が微妙に異なることにより美観を損ねてしまう場合がある。そのため、補修後の美観を重視する場合は、目地に孔部を穿孔すればよい。
【0024】
注入材としては、揺変性(チキソ性)と、浮き内で流れ落ちないだけの粘度を備えているものであれば、エポキシ系樹脂、アクリル系樹脂等からなるものを特に制限することなく使用することができる。注入材としては、JIS A6024で規定される高粘度形のものが、浮き内でゆっくりと拡散し、重力に逆らって上方にも拡がることができるため好ましい。また、高粘度形の中でもJIS A6024に準拠するスランプ性が3.0以下のものがより好ましく、スランプ性が1.0以下のものがより好ましく、JIS K6833に準拠する粘度が21000mPa・s以上35000mPa・s以下である(中粘度形は5000〜20000mPa・s)ものが、揺変性に優れるため最も好ましい。このような揺変性に優れた高粘度形注入材としては、市販されているものを適宜用いることができる。なお、高粘度形は、拡散が遅いため、注入直後の共浮きが大きくなる傾向があるがため、タイルの中央部に孔部を穿孔することが好ましい。
【0025】
一実施態様である補修工法では、注入材4は、孔部5を中心として、孔部5の間隔と同一の直径である直径30cmの円形領域を充填できる量だけ注入されている。一実施態様である補修工法では、0.54m
2(=90cm×60cm)の浮き領域に対し、30cm間隔で設けられた6個の孔部を中心として直径30cmの領域に注入材が拡散しており、注入材が拡散している注入領域は、0.424m
2(=15cm×15cm×π×6)である。そのため、一実施態様である補修工法において、接着比率は78.5%(=0.424/0.54)となる。日本建築学会(JASS)の「建築工事標準仕様書・同解説JASS19 陶磁器質タイル張り工事」の規定に定められている接着比率は60%以上であるから、一実施態様である補修工法により、十分に浮き領域を補修し、タイルの剥落を防ぐことができる。なお、実際には、注入材が存在しない未注入領域が存在することにより、応力集中が緩和されるため、浮き領域の全面に注入材が充填された場合よりも、剥落抑制効果が高い。ただし、施主等の要求に応じて、例えば、孔部5を頂点とする四角形の略中心に穿孔し、直径10cmほどの円形領域(
図2の4’)を形成するように注入材を注入することにより、未注入領域を減らして接着比率をさらに高くすることもできる。
【0026】
最後に、孔部5からはみ出した注入材4を除去し、孔部の開口にタイルと同系色に焼付けした化粧キャップ7をプラスチックハンマー等を用いて打ち込み装着する。また、必要に応じてエア抜き孔の埋め戻し等を行う。
【0027】
「注入口付きアンカーピン」
図4に、第二実施態様である注入口付きアンカーピン60の模式図を示す。第二実施態様である注入口付きアンカーピン60において、第一実施態様である注入口付きアンカーピン6と同一部材には同一符号を付す。
第二実施態様である注入口付きアンカーピン60は、先端がとがり先であり、ねじ部62が、第一のねじ山631を備える第一のねじ領域621、ねじ山を備えない平坦領域623、第二のねじ山632を備える第二のねじ領域622からなり、開口65A、Bが、平坦領域623内に位置する。開口65A、Bは、ねじ部62を貫通するように設けられている。開口を、ねじ部を貫通するように設けることにより、穿孔工程の数を減らすことができる。
【0028】
ここで、本発明の注入口付きアンカーピンは、孔部に固着して使用するものである。そのため、本発明の補修工法において、注入口付きアンカーピンにおける開口の深さ位置と浮きの深さ位置とがズレた場合、開口から流出した注入材を浮き内部に注入するには、高い圧力が必要となるため、注入に時間がかかり、また、注入材が孔部からはみ出す量が増加してしまう場合がある。
【0029】
第二実施態様である注入口付きアンカーピン60は、奥行方向における開口65A、Bの深さ位置と浮きの深さ位置が多少ズレたとしても、開口65A、Bから流出した注入材が平坦領域623や、第二のねじ山632により形成された溝に沿って伝わり、注入材を浮き内部に注入することができる。第二実施態様である注入口付きアンカーピンにおいて、平坦領域の軸長さ方向における長さは、5mm以上であることが好ましく、10mm以上であることがより好ましく、15mm以上であることがより好ましい。
【0030】
第二実施態様である注入口付きアンカーピンにおいて、第一のねじ山631は、ねじ部62を1周以上するように設けられていることが好ましい。第一のねじ山631を、ねじ部62を一周以上するように設けらることにより、注入時に孔部からはみ出す注入材の量を減らすことができる。また、第一のねじ山631を有することにより、第二実施態様である注入口付きアンカーピン60は抜けにくくなり、また、断面二次モーメントが大きくなることにより曲げ強度が向上する。第一のねじ山631は、ねじ部を1.2周以上することがより好ましく、1.5周以上することがより好ましい。
【0031】
本発明の注入口付きアンカーピンは、
図3、4に示す第一及び第二実施態様に限定されない。例えば、本発明の注入口付きアンカーピンにおいて、その先端は、平先、とがり先、丸先、みぞ先、切り刃先等とすることができ、開口の形状はスリット状とすることができる。また、本発明の注入口付きアンカーピンにおいて、開口の数、開口方向は特に制限されないが、注入材の拡散性の点から開口の方向が複数方向であることが好ましく、強度の点から開口の数が4個または2個であることが好ましい。
【0032】
本発明の注入口付きアンカーピンにおいて、開口は頭部側の端部から5mm以上20mm以下の範囲に設けられていることが好ましい。外壁に用いられるタイルの厚さは、一般的に7mm以上12mm以下であるため、開口が頭部側の端部から5mm以上20mm以下の範囲に位置することにより、タイルと張付けモルタルとの間、張付けモルタルと押出成形セメント板との間のいずれか、または両方に生じた浮きの内部に注入材を効率的に注入することができ、さらに、中空部への注入材の流出を防ぐことができる。
【符号の説明】
【0033】
1 押出成形セメント板
11 中空部
2 張付けモルタル
3 タイル
4 注入材
4’ 注入材
5 孔部
6 第一実施態様である注入口付きアンカーピン
61 頭部
62 ねじ部
63 ねじ山
64 注入口
65 開口
P 樹脂注入路
7 化粧キャップ
60 第二実施態様である注入口付きアンカーピン
621 第一のねじ領域
622 第二のねじ領域
623 平坦領域
631 第一のねじ山
632 第二のねじ山