(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
外周に雄ネジが形成された送りネジ軸と、この送りネジ軸の雄ネジに螺合する雌ネジが形成された前記樹脂製ナットとを備える滑りネジ装置において、前記樹脂製ナットが請求項1または2に記載の樹脂製ナットであることを特徴とする滑りネジ装置。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下本発明に係る滑りネジ装置に用いる樹脂製ナットについて、図面を用いて説明する。
図1は、樹脂製ナット100を評価するための耐久試験装置10の原理を示す概略正面図である。耐久試験装置(寿命試験装置とも称す)10は、樹脂製ナット100に螺合する送りネジ軸130が垂直方向を向いた、縦軸の試験装置である。樹脂製ナット100はフランジ付ナットであり、フランジ部110と本体部120を有する。本体部120には、一般的に用いられる60度三角ネジ(1条ネジ)の雌ネジ122が内面側に切られており、相手材である送りネジ軸130の外周部に形成された雄ネジ132と僅かな隙間を形成して螺合する。
【0018】
フランジ部110は本体部120の下側にあり、樹脂製ナット100と送りネジ軸130を含む滑りネジ装置の負荷となる平板140をその上面に載置している。以下の実施例1および実施例2では、平板140の質量は2.5kgである。平板140の外周側複数箇所に孔142が形成されており、ベース12に立設された複数のガイド軸16に嵌合している。従って樹脂製ナット100が上下動すると平板140も抵抗少なく上下動することが可能になる。
【0019】
垂直に配設された送りネジ軸130の下端部近傍にはこの送りネジ軸130を回転保持する下軸受150が配置されている。一方、送りネジ軸130の上端部近傍にも送りネジ軸130を回転保持する上軸受152が配設されている。なお上軸受152は、実施例1では配設されていない。下軸受150と上軸受152の間に樹脂製ナット100が配設される。
【0020】
送りネジ軸130の下端部は、カップリング162を介して駆動用のDCモータ(駆動モータと称す)160に連結されている。駆動モータ160はベース12に固定されている。駆動モータ160は制御器170により制御される。樹脂製ナット100の上下動範囲を設定するため、樹脂製ナット100または負荷である平板140に対向して上、下リミットスイッチ172、174が配設されている。制御器170は、樹脂製ナット100または平板140が上または下リミットスイッチ172、174に達すると、駆動モータ160にその回転動を止め反対方向の回転に移るよう指令する。
【0021】
正常運転時には、樹脂製ナット100は上下リミットスイッチ172、174間を繰り返し往復動する。樹脂製ナット100の雌ネジ122面および/または送りネジ軸130の雄ネジ132面が摩耗し、樹脂製ナット100の雌ネジ122面と送りネジ軸130の雄ネジ132面の螺合が外れると、樹脂製ナット100は負荷である平板140重量により落下し、下リミットスイッチ174よりも下方のストッパ176に当接して停止する。このような現象が生じたら寿命試験における寿命とみなし、制御器170は駆動モータ160を即座に停止する。
【0022】
以上のように構成した寿命試験装置を用いて、上下ストローク140mm(上下リミットスイッチ172、174間の距離70mm)、駆動モータ160の回転速度500rpmで、樹脂製ナット100の各種試料を連続運転して試験した結果を以下に示す。
【実施例1】
【0023】
初めに、主としてガラス繊維を樹脂に分散させて樹脂を強化したガラス繊維強化樹脂を樹脂製ナット材の有力候補と考え、ガラス繊維強化樹脂製ナットを射出成形で製作し、
図1に示した寿命試験装置10を用いて耐久試験を実施した。
図2に、この耐久試験に用いた試料の代表仕様を示す。試験した樹脂製ナット100は試料名F1〜F3で表される。
【0024】
試料F1〜F3は、すべて同一のペレット[ポリフェニリンサルファイド(PPS樹脂)とガラス繊維の混合物]から射出成形された、同一組成の樹脂製ナット100である。ガラス繊維(GF)の含有量は30重量%であり、残りの基材はPPS樹脂である。試料F1、F2は、射出成形された外径がφ6mm、ネジ呼び径が3mmのガラスファイバ(GF)強化樹脂製ナット100であり、公称肉厚((外径-ネジ内径)/2)が、1.5mmである。試料F3は、外径が4mm、ネジ呼び径が2mm、公称肉厚が1.0mmである。送りネジ軸130は、SUS303ステンレス鋼の未処理材である。本試験では、垂直軸の下端部付近のみ軸受支持し、上端側は樹脂製ナット100が軸受の役割をも果たしている。本実施例では、ガラス繊維のもつ耐久性および強度と、PPSのもつ高融点と広範な環境での寸法安定性および易加工性を組み合わせて利用している。樹脂製ナット100のフランジ部110に取付けた平板140が負荷であり、本実施例1および実施例2ではその重さは2.5(kg)である。
【0025】
耐久試験においては、所定走行距離(所定ストローク繰り返し数)または所定時間経過するごとに耐久試験を一旦停止し、耐久試験装置10から被試験体である樹脂製ナット100を取り外し、別途製作したガタ計測装置300を用いて、送りネジ軸130に螺合した状態における樹脂製ナット100と送りネジ軸130の間の軸方向移動可能距離(ガタ)を計測した。
【0026】
図3に、ガタ計測装置300を模式的に部分断面正面図で示す。耐久試験で用いる送りネジ軸130の往復ストロークとほぼ同じ長さの測定用送りネジ軸334の軸方向ほぼ中央部に、所定時間(例えば150(h))または所定走行距離(例えば0.5(km))だけ耐久試験した被試験体である樹脂製ナット100を螺合する。測定用送りネジ軸334の一方端には、測定機であるデジタルフォースゲージ310の当接部312に当接する当接部336が形成されている。両当接部312、336は、デジタルフォースゲージ310が付勢する軸方向付勢力の作用方向が、測定用送りネジ軸334の軸方向に一致する形状に形成されている。デジタルフォースゲージ310は付勢力を表示する表示部314と、入力の入り/切りや入力量を指示する複数の押しボタン316を有する。デジタルフォースゲージ310には、例えば日本電産シンポ(株)のデジタルフォースゲージFGP−20を用いる。
【0027】
樹脂製ナット100のフランジ部110にはスタンド302が取付けられていて、測定中の樹脂製ナット100の軸方向移動を防止する。計測時にデジタルフォースゲージ310から軸方向付勢力が付勢された結果、樹脂製ナット100が回転し始めるのを防止するために、スタンド302の一部に回り止め306が取付けられている。スタンド302の中央部を貫通して、測定用送りネジ軸334が延在している。延在した測定用送りネジ軸334の先端部には当接部304が形成されており、押え板322の裏面側に当接する。押え板322とスタンド302の間にはバネ保持具326が配置されている。バネ保持具326には貫通穴が形成されておりその穴にバネ328の一端部が配置され、その背面側を押え軸324が押えている。これによりバネ328は、バネ保持具326とスタンド302間に保持される。ダイヤルゲージ330の当接部332が、押え板322の表面側に当接する。バネ328は、ダイヤルゲージ330とデジタルフォースゲージ310の軸心を調整する。ダイヤルゲージ330には、例えば1μm目盛のミツトヨ製標準型ダイヤルゲージ2109S−10を用いる。
【0028】
従って、デジタルフォースゲージ310から測定用送りネジ軸334に軸力が付勢されると、樹脂製ナット100は回転も軸方向移動もせずに静止した状態を保つ。一方、測定用の樹脂製ナット100は樹脂製ナット100と測定用送りネジ軸334の間に形成される隙間(ガタ分)だけ、デジタルフォースゲージ310の付勢力により軸方向に変位可能になる。ガタ量変化の計測に当たっては、デジタルフォースゲージ310の軸方向付勢力を1.96(N)ずつ3.92(N)から19.6(N)まで増加させて、そのときの累積ガタ量の変化を記録した。
【0029】
図4に、実施例1における試験結果を示す。
図4(a)は、結果の概要を示す表であり、
図4(b)は各試料におけるガタ量の変化を示す図である。
図4(a)において、試料F1と試料F2は上述したとおり同一構成のものである。先行した試料F1の耐久時間(走行時間)が286(h)、走行距離3.8(km)と予測をかなり下回ったので、確認のため同一試験条件で試料F2を再試験の目的で試験した。試料F2においても、耐久時間(走行時間)271(h)、走行距離3.6(km)と予測を下回った。
【0030】
試料F1、F2の、走行距離(km)に対するガタ量の変化を
図4(b)に示す。この
図4(b)では、後述する実施例2での試験結果を対比のために併記する。0.5(km)走行するごとに、樹脂製ナット100を耐久試験装置10から取り外し、ガタ計測装置300に取付けて測定した結果である。ガタ量は、デジタルフォースゲージ310の付勢力を3.92(N)〜19.6(N)まで変化させた9回の測定結果の内の最大値を示している。折れ線410は試料F1についての結果であり、折れ線412は試料F2についての結果である。また比較例の折れ線610は短繊維炭素繊維含有PPS試料A1についての結果であり、折れ線612は同様に試料A2についての結果である。
【0031】
送りネジ軸130に樹脂製ナット100が抵抗なくかつ余分なガタが無く螺合するためには、初期ガタ量として1(μm)程度必要であることが分かる。走行距離2.5(km)程度までは、いずれの試料においても、初期状態から0.5(μm)程度のガタ量の増大が見られる程度であったが、その後ガラス繊維含有PPS試料であるF1、F2はガタ量が増大し、3.5(km)を超えると2.5(μm)以上のガタを生じて、事実上試験運転の継続が困難になった。それとともに、耐久試験時には大きな音が発生し、無処理の送りネジ軸130表面を攻撃している様子が見て取れた。試料F1、F2内に含有されたガラス繊維の硬度が高くて、SUS303製の軸表面との摺動時に多大な摩擦と摩耗が生じたものと思われる。これらの試料F1、F2の最終的な摩耗量は、それぞれ2.60(μm)、4.30(μm)であった。なお詳細な試験結果を記載しないが、試料FI〜F3と同一組成の樹脂製ナット100の公称肉厚を0.5(mm)とした場合には、走行距離が0.6(km)に達しない内に樹脂製ナットが破断した。
【0032】
上述の知見をもとに、試料F3では送りネジ軸130の軸径をφ2(mm)とし、樹脂製ナット100の公称肉厚を1.0(mm)として上記と同一の試験条件で試験した。走行距離が8(km)に達したときに、試料F1、F2が走行距離3.5(km)前後で示したのとほぼ同程度の最大ガタ量2.6(μm)が検出されたので、耐久試験を中断した。試料F3においても、予測以下の結果しか得られなかった。
【実施例2】
【0033】
実施例1においては、樹脂製ナットに求める耐久性が得られなかったので、主として炭素繊維を含有するPPS製の樹脂製ナット100について耐久試験した。なお、耐久試験を継続して樹脂製ナット100および送りネジ軸が摩耗すると、樹脂製ナット100には負荷である平板140の自重に起因する軸方向力の他に、走行時間とともに増大する半径方向力(軸振れ力)が作用することが判明した。そこで、送りネジ軸130の摩耗を無くし、樹脂製ナット100に走行時間とともに増大する半径力が発生するのを防止するために、耐久試験装置10に次の変更を加えた。
変更:「送りネジ軸130に上側軸受を追加した。」
【0034】
また、ネジ軸の耐摩耗性を向上させ、加工精度を上げるためにネジ軸の硬化処理(熱処理)を実施した。硬化処理を行うことにより、硬くなるので研削精度が向上し、研削精度が向上するので加工精度も向上することになる。
【0035】
図5(a)に、実施例2で用いた試料の主要仕様を示す。実施例2では、耐久試験装置10を改良するとともに、被試験体である樹脂製ナット100の構造も統一した。すなわち、送りネジ軸130は、外径が3(mm)でピッチが0.5(mm)である。この送りネジ軸130に螺合する試料A1〜E1は、すべて外径がφ4(mm)で、公称肉厚((外径−ネジ呼び径)/2)が0.5(mm)であり、試料E1を除いた残りのすべては基材となる、短繊維炭素繊維を含有するPPS製である。試料E1は、ガラス繊維を含有するPPSである。試料A1と試料A2は、PPSに40重量%の短繊維炭素繊維を含み、試料A1はPPSに短繊維炭素繊維の他にクレイ等の層状ケイ酸塩を5%程度添加した、非特許文献1に記載のものである。短繊維炭素繊維、層状ケイ酸塩およびPPSを含む材料を高剪断成形加工してペレットを作製し、そのペレットから射出成形により樹脂製ナット100を形成している。
【0036】
試料B1とB2は、PPSに30重量%の短繊維炭素繊維を含む点で、試料A1、A2と相違している。試料B1は、非特許文献1に記載されたPPSに短繊維炭素繊維の他にクレイ等の層状ケイ酸塩を5%以下添加している。なお、試料A1、A2では短繊維炭素繊維として再生材料(R)を使い、試料B1、B2では短繊維炭素繊維として新製材料(V)を使用している。再生材料(R)は何らかのものに使用されたか使用しようとしたものを再度作り直した(リサイクルした)短繊維炭素繊維であり、新製材料(V)は新たに作り出した(ヴァージンの)短繊維炭素繊維である。
【0037】
試料C1とD1は、それぞれ異なるメーカで製造されたペレットを使用しているが、PPSに30重量%の短繊維炭素繊維を含有させている点で共通している。試料C1とD1は、メーカのカタログ記載の値を用いて添加物0%として示している。試料C2、C3は試料C1と同一メーカ製であり、短繊維炭素繊維の含有量だけが10%と低下している点で相違する。
【0038】
上記各試料についての、耐久試験結果(現状値)の概要を、
図6Aに示す。試験条件は、質量2.5kgの平板140を軸方向荷重として作用させ、片側70mmのストロークで繰り返し往復動させる。駆動モータ160、すなわち送りネジ軸130の回転速度は500(rpm)である。なお、試料B1については樹脂製ナット100を製造したが、他の試料の試験結果および実施例1の試験結果を鑑みて、試験には及ばなかった。
【0039】
耐久試験装置10の個数の制限から、試験時間はそれぞれ異なっているが、目標走行距離42(km)を超えて運転できた試料および目標走行距離を超えると思われる試料がいくつか見られた。走行距離が目標走行距離を超えた試料は、試料A1、C1、D1である。短繊維炭素繊維の含有量が40%である試料A1は、目標走行距離の2倍である84(km)までガタ量に大きな変動が出現せずに安定して走行した後、破損して運転を終了した。試料C1も目標走行距離を大幅に超える70(km)走行後に破損して試験を終了した。試料C1においても、破損前まではガタ量に大きな変動は出現しなかった。試料D1は現時点(優先権主張出願時点)では、目標走行距離を超える66(km)まで走行を継続している。
【0040】
上記の結果を踏まえて、試料A2、B2は目標走行距離には達していないものの、他の試験を優先するために中断した。これらの試料は、短繊維炭素繊維含有量が40%と30%であり、上記目標走行距離を達成した試料と同程度の短繊維炭素繊維含有量であるので、同様の結果が得られることが想定される。遅れて試験を開始したガラス繊維含有PPS製のナット(試料E1)は、目標走行距離よりわずかに短い35.7(km)で破損した。試料E1は、後述するように走行の初期からガタ量が大きく、またガタ量が走行距離と共に漸増していた。
【0041】
各試料についての、走行距離30(km)までのガタ量の変化を
図6Bに示す。
図6B(a)はX社製の試料A1、A2、B2についての結果であり、
図6B(b)は、Y社製の試料C1、Z社製の試料D1についての結果である。樹脂製ナット100と送りネジ軸130が円滑にかつ余分なガタが無く螺合するためには、1(μm)程度のガタが必要であり、それは初期ガタ量として表されるが、各試料A1〜D1においても初期ガタ量は1(μm)程度で示されている。走行距離30(km)までの耐久試験結果では、
図6B(b)に示す試料C1のグラフ625と試料D1のグラフ626において、走行距離が1(km)程までの馴染み運転時にガタ量が0.4(μm)程度増加し、その後走行距離が30(km)程度までの間ではガタ量が0.2(μm)程度の増大に収まっている。これにより、総合的に優良(◎)と判定した。
【0042】
一方、短繊維炭素繊維の起源および含有量を変えた試料A1、A2、B2の耐久試験においては、40重量%の炭素繊維を含む試料A1の折れ線グラフ621と試料A2の折れ線グラフ622の間では、初期状態から初期馴染み運転時までのガタ量の増加が0.5(μm)であり、ほぼ同一の軌跡を辿る。しかしながらその後は、両者の間のガタ量が0.2〜0.3(μm)程度乖離したまま、ほぼ一定のガタ量が継続する。30重量%の短繊維炭素繊維(ヴァージン材)を含むPPS試料B2の折れ線グラフ624では、初期馴染み運転までは40重量%の炭素繊維を含む試料A1、A2よりも低いガタ量を示すが、走行距離が4(km)を超えると試料A2とほぼ同じ軌跡を辿る。ただし、平均のガタ量は、試料C1、D1にやや近い。
【0043】
走行試験結果の他の例を、
図6Cに示す。
図6C(a)は、長寿命であった試料についての結果を示す図であり、
図6B(a)に対応する図である。試料A1の破損までの走行距離に対応する走行距離84(km)を限度としてプロットしている。試料A1の折れ線グラフ621が示すように、試料A1は破損までガタ量が2(μm)以下で継続運転可能であった。試料C1の折れ線グラフ625は、破損時の走行距離70(km)まで終始試料A1の折れ線グラフ621の下方にあり、ガタ量が2(μm)を下回る1.7程度で破損した。ただし、ガタ量の増加割合(勾配)は試料A1より大きい。試料D1の折れ線グラフ626は、試料C1の折れ線グラフ625とほぼ同じ軌跡を辿って、走行距離66(km)を超えて運転中である。
【0044】
図6C(a)では、比較のためにガラス繊維を30%含有した試料E1の結果を併せて示している。走行開始数キロメートルまでは、試料E1の折れ線グラフ654は、最も長寿命であった試料A1の折れ線グラフ621よりも下側に位置しているが、試料A1の折れ線グラフ621よりも大きな勾配で漸増しすぐにガタ量が2(μm)を超え、目標走行距離に達しない35.7(km)で破損した。破損直前のガタ量は2.7(μm)を超え、破損時のガタ量は17.5(μm)にも達した。
【0045】
図6C(b)に、短繊維炭素繊維含有量が10%と少ない試料C2、C3についての走行試験結果を、C2の折れ線グラフ644と試料C3の折れ線グラフ646で示す。比較のために最長の寿命を有する試料A1の、当該走行距離における結果の折れ線グラフ621を併記する。短繊維炭素繊維含有量が10%の試験は着手したばかりであるが、いずれも短繊維炭素繊維を30%含む試料と傾向が似ている。この
図6C(b)に折れ線グラフ642で示したのは、本明細書では詳細を省略した、短繊維炭素繊維を30%含む試料D1と同一組成のナットを、相手材であるネジ軸だけを変えて試験した結果である。具体的にはネジ軸にSUS304の切削加工材(表面研磨せず)を用いている。表面研磨しないため、ネジ軸表面に切削痕である微細な凹凸が発生し、その凹凸が試料E1のネジ面を攻撃しているものと考えられ、走行距離9(km)で破損した。
【0046】
図6Dに、走行距離が1番目と2番目に長い、試料A1、C1のガタ量を初期値とともに示す。
図6D(a)は、54(km)走行後の試料A1についてガタ計測装置300を用いてガタ量を測定した結果である。デジタルフォースゲージ310が付勢する付勢力に対するガタ量の変化を示している。
図6D(b)は、46(km)走行後の試料C1について、同様の計測を実行した結果のガタ量の変化を示す図である。各図において横軸は、デジタルフォースゲージ310の付勢力(N)であり、縦軸はダイヤルゲージ330が示すガタ量である。ガタ量は、累積変化値である。折れ線グラフ630は耐久試験前の試料A1のガタ量であり、折れ線グラフ631は54(km)走行後の試料A1のガタ量である。同様に、46(km)走行した後の試料C1について、ガタ計測装置300を用いてガタ量を測定した結果を示す。
図6D(b)において、折れ線グラフ635は、耐久試験前の試料C1のガタ量を示しており、折れ線グラフ636は46(km)走行後の試料C1のガタ量を示している。
【0047】
初期状態では、デジタルフォースゲージ310の付勢力が14(N)程度を越えると0.3(μm)程ガタが増大する。これは付勢力によりPPSが弾性変形することによるものと考えられる。一方、54(km)運転時の試料A1では、約18(N)より大きい付勢力時にガタ量が増大している。換言すれば、付勢力が約18(N)以下であればガタ量が2.0(μm)と安定しており、付勢力が約18(N)以下であれば樹脂製ナット100の摺動特性に付勢力は大きな影響を与えないことが分かる。46(km)走行後の試料C1では、付勢力が約12(N)以降で、ガタ量が2.0(μm)と54(km)走行後の試料A1の安定荷重時に等しい値を示しており、付勢力の影響が少ない範囲がより広がっている。
【0048】
図6Eに、耐久試験を終了する直前における、ガタ計測装置300を用いたガタ量の測定結果を示す。これらの図は、
図6Dに対応する図であり、
図6E(a)は試料A1について、
図6E(b)は試料C1についての図である。デジタルフォースゲージ310の付勢力が約18(N)以上のときに、ガタ量が3(μm)に増大している以外は、
図6Dの結果とほぼ同じである。これらの結果から、本試験装置では、デジタルフォースゲージの付勢力を大きくしたときに、最大ガタ量が3(μm)を超えると滑りねじ機構の運転が安定性を欠くことが分かる。
【0049】
実施例1の耐久試験では良好な結果を得られなかったガラス繊維含有PPS製ナットであるが、ナットの負荷条件を上記のように変更しているので、再度確認のため耐久試験を開始した。
図6Fに、ガラス繊維を含有する試料E1の試験結果を示す。
図6F(a)は、走行試験結果のグラフであり、
図6F(b)は、破損直前における付勢力によるガタ量変化を示す図であり、折れ線グラフ656が破損直前の測定結果を、折れ線グラフ650が参考として初期状態の測定結果を示している。
図6F(a)において、試料E1の折れ線グラフ654は、目標走行距離42(km)に達しない、走行距離35.7(km)で破損した。ガラス繊維で補強しているため炭素繊維に比べてガタ量が走行初期から大きく、走行距離が約10(km)を超えた時点でガタ量が2(μm)を超え、その後も漸増してガタ量が約2.8に達して破損した。破損直前のガタ量は、付勢力の全範囲において3を超えており、付勢力が約20(N)ではガタ量は27を超えている。初期の段階では、
図6Aに示す最大ガタ量や摩耗量が、30(km)以上の走行実績がある試料B2にほぼ等しく、同様に30(km)以上の走行実績がある試料C1、D1よりも劣っていた。そして、試料C1とは走行距離で10倍ほどの開きがあるにもかかわらず摩耗が進行していて、上記結果につながった。
【実施例3】
【0050】
樹脂の種類を変えて上記走行試験装置を用いて耐久試験した結果を、
図5(b)および
図6A(b)に示す。
図5(b)は、3種の試料H1〜H3の組成を示す表であり、
図6A(b)はそれぞれの走行試験結果の概略を示す表である。まだ耐久試験に着手したばかりであり、走行距離は目標走行距離の1割にも満たないが、既にABS樹脂製のナットである試料H1は0.4(km)で破損した。ナイロン66製のナットである試料H2は、走行試験を継続はしているもののガタ量が3.8(μm)にも達しており、長寿命は期待できない。ポリアセタール樹脂製の試料H3は走行距離2(km)までではあるがガタ量が約2.4(μm)あり、試料H2ほどではないがガタ量が長寿命であった試料A1等に比べて大きい。
【0051】
図7A、
図7Bに、試料A1〜試料D1に用いる短繊維炭素繊維の繊維長の測定結果の一例を、
図8Aに、測定に用いた短繊維炭素繊維の一例の写真を、
図8Bに、短繊維炭素繊維を含有するPPSの一例の拡大写真をそれぞれ示す。
図7Aに示す短繊維炭素繊維の測定では、射出成形後の短繊維炭素繊維を含有したPPSから一部を切り取り加熱し、加熱後に短繊維炭素繊維のみをエタノールに分散させ、光学式顕微鏡で観察および長さを計測した。短繊維炭素繊維を含有するPPSの異なる2カ所からサンプルSA、SBを切り出している。
図7Bに示す短繊維炭素繊維の測定では、ペレットおよびネジに成形した後に切り出した部分を測定している。サンプルSDはピッチ0.5のネジの一部であり、サンプルSEはピッチ2.1のネジの一部である。なお、エタノールに分散させる代わりに、界面活性剤を用いて分散させた。
【0052】
図8Aに、サンプルAの一部を示す。エタノール中に短繊維炭素繊維分散させた状態である。
図8Aの写真でも明らかなように、短繊維炭素繊維の径はほぼ一様であり、その大きさは7.5(μm)程度であった。図示しないが、サンプルSBについても同様である。短繊維炭素繊維長さは、
図7A、
図7Bに示すように、サンプルSAでは7.3〜200.2(μm)、サンプルSBでは68.3〜198.2(μm)、サンプルSCでは36.1〜301.4(μm)とバラバラではあるが、殆どが約30〜200(μm)の範囲である。ネジに成形された部分からなるサンプルSDでは、その長さが56.1〜183.3(μm)、サンプルSEでは46.6〜180.0(μm)であり、平均長さも約113(μm)とサンプルSDとサンプルSEでほぼ同じであった。ネジに形成されたものには、100(μm)以下が少ないことが分かる。
【0053】
サンプルSEおよびサンプルSDの短繊維炭素繊維の太さ(径)は、それぞれ5.8〜8.7(μm)、6.1〜8.1(μm)であり、その平均はいずれも7.2(μm)であるとともに、7(μm)台が殆どであった。従って樹脂製ナットに含有させる炭素繊維の太さは、平均太さが7〜8(μm)であることが望ましい。
【0054】
以上記載したように、滑りネジ装置に用いる樹脂製ナットを耐久試験した本発明によれば、PPSに10〜45重量%、好ましくは30〜40重量%程度の短繊維炭素繊維を含有させることにより、長寿命の樹脂製ナットが得られた。なお、短繊維炭素繊維を45重量%を超えて多量にPPSに含有させると、射出成形時にPPSに割れ等が生じて所望の形状となるナットの歩留まりが低下する。さらに、ガラス繊維も短繊維炭素繊維も含まないPPS単独では、剛性が欠如して射出成形を適用することができないのみならず、樹脂製ナットに求められる強度を担保する能力が無い。
【0055】
また、短繊維炭素繊維の代わりにガラス繊維をPPSに含有させた場合には、長寿命の短繊維炭素繊維入りPPSに比べて、ガタおよび摩耗が試験の初期から大きかった。なお、上記各実施例ではネジ呼び径を2または3mmとしているが、ネジ呼び径はこれらに限るものではなく、所望ネジ呼び径の樹脂製ナットに適用できることは言うまでも無い。しかしながら樹脂製ナットの強度上の制限から、過大な負荷が予想される過度に大径のネジには不適であり、所望ネジ呼び径は12mm程度までであり、特に呼び径が0.6〜5mm程度のネジに適用して好適である。