(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6903385
(24)【登録日】2021年6月25日
(45)【発行日】2021年7月14日
(54)【発明の名称】スポット溶接方法及びスポット溶接の溶接条件設定方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20210701BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20210701BHJP
【FI】
B23K11/24 315
B23K11/11 540
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2018-223593(P2018-223593)
(22)【出願日】2018年11月29日
(65)【公開番号】特開2020-82168(P2020-82168A)
(43)【公開日】2020年6月4日
【審査請求日】2020年4月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】森田 智也
(72)【発明者】
【氏名】草部 孝行
【審査官】
正木 裕也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−250247(JP,A)
【文献】
特許第5582277(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/24
B23K 11/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3枚以上の金属板からなる板厚比5以上の板組みをスポット溶接により接合するための方法であって、
通電開始から0.1秒以内の期間に設定された縦成長期に、ナゲットを成長させる電流を流し続けることにより、ナゲットを板厚方向に成長させて全ての金属板に溶け込ませ、
前記縦成長期が、電流値I1で通電するステップS1と、ステップS1の後に続けて行われ、電流値I1よりも大きい電流値I2で通電するステップS2と、ステップS2の後に続けて行われ、電流値I2よりも大きい電流値I3で通電するステップS3とを有するスポット溶接方法。
【請求項2】
3枚以上の金属板からなる板厚比5以上の板組みをスポット溶接により接合する際の溶接条件を設定する際に、通電開始から0.1秒以内の期間に設定された縦成長期に、ナゲットを成長させる電流を流し続けることにより、ナゲットを縦方向に成長させて全ての金属板に溶け込ませる通電パターンを作成するための方法であって、
前記縦成長期が、電流値I1で通電するステップS1と、ステップS1の後に続けて行われ、電流値I1よりも大きい電流値I2で通電するステップS2と、ステップS2の後に続けて行われ、電流値I2よりも大きい電流値I3で通電するステップS3とを有し、
前記縦成長期の複数の時刻において、隣接する金属板同士の接触部のエネルギー密度を取得する工程と、
前記エネルギー密度に基づいて前記縦成長期の通電パターンを設定する工程とを有するスポット溶接の溶接条件設定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接方法及びスポット溶接の溶接条件の設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、板厚比(=板組みの総板厚/最表層の鋼板の板厚)が大きい板組みをスポット溶接により接合することは難しいことが知られている。特に、最表層の鋼板が軟鋼板で形成され、他の鋼板が高張力鋼板で形成される場合、まず、通電抵抗の高い高張力鋼板同士の接合予定部にナゲットが形成され、このナゲットを板厚方向に成長させて最表層の鋼板に溶け込ませる必要があるが、このようにナゲットを板厚方向に成長させることは容易ではない。
【0003】
例えば、下記の特許文献1には、通電時間内に、ナゲットを成長させる程度の高い電流値を維持する時間帯と、スパッタを発生させずに鋼板を軟化させる程度の低い電流値を維持する時間帯を交互に繰り返しながら、電流値を徐々に高くする通電パターンが示されている。これにより、ナゲットが急成長するのを抑え、スパッタの発生を抑えることができるので、溶接部位の品質を確保し、効率良くスポット抵抗溶接を行うことができる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−181621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、板厚比の大きい複数の金属板を接合するにあたり、上記のような通電パターンで通電すると、ナゲット横方向(板厚方向と直交する方向)に成長させることはできるが、ナゲットを縦方向(板厚方向)に成長させて全ての金属板を接合することは非常に難しい。
【0006】
そこで、本発明は、板厚比の大きい複数の金属板をスポット溶接で接合するにあたり、ナゲットを縦方向に成長させて全ての金属板を確実に接合することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らの検証によれば、板厚比が大きい板組みをスポット溶接で接合する際、通電開始から所定以上の時間が経過すると、いくら通電し続けてもナゲットは縦方向にほとんど成長しなかった。従って、隣接する金属板同士の接触面積が小さい通電初期(縦成長期)に大きな電流を流してナゲットの縦方向の成長を完了させることが、ナゲットを全ての金属板に溶け込ませるための重要な条件であることが明らかになった。
【0008】
上記の知見に基づいてなされた本発明は、3枚以上の金属板からなる板厚比5以上の板組みをスポット溶接により接合するための方法であって、通電開始から0.1秒以内の期間に設定された縦成長期に、ナゲットを成長させる電流を流し続けることにより、ナゲットを板厚方向に成長させて全ての金属板に溶け込ませることを特徴とするものである。
【0009】
ところで、従来、スポット溶接の溶接条件(通電パターン)を設定する際には、板組みのサンプルに対してスポット溶接を施した後、ナゲット径等を評価し、その評価結果に基づいて通電パターンを調整していた。しかし、上記のように、通電初期の短時間に大電流を流してナゲットを縦方向に成長させる場合、従来のようにスポット溶接後のナゲットを評価するだけでは、縦成長期における通電パターン(電流値及び通電時間)を適切に設定することは非常に困難である。
【0010】
そこで、上記のスポット溶接方法の溶接条件を設定するにあたっては、縦成長期の複数の時刻において、隣接する金属板同士の接触部のエネルギー密度を取得し、このエネルギー密度に基づいて縦成長期の通電パターンを設定することが好ましい。すなわち、通電時間の経過に伴って、金属板が軟化して隣接する金属板同士の接触面積が増大し、エネルギー密度が時々刻々と低下するため、複数の時刻におけるエネルギー密度を取得し、エネルギー密度の低下を抑えるように各時刻の電流値を設定することにより、ナゲットを縦方向に成長させて全ての金属板に溶け込ませるための最適な通電パターンを設定することができる。尚、金属板同士の接触部のエネルギー密度とは、当該接触部に投入された単位時間あたりのエネルギーEを当該接触部の接触面積Sで割った値(E/S)である。
【発明の効果】
【0011】
以上のように、本発明のスポット溶接方法によれば、板厚比の大きい複数の金属板をスポット溶接で接合するにあたり、ナゲットを縦方向に成長させて全ての金属板を確実に接合することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】本実施形態で溶接する板組みの断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る通電パターンを示すグラフである。
【
図4】
図3の通電パターンの時刻t2における板組みの断面図である。
【
図5】
図3の通電パターンの時刻t3における板組みの断面図である。
【
図6】
図3の通電パターンの時刻t5における板組みの断面図である。
【
図7】
図3の通電パターンの時刻t9における板組みの断面図である。
【
図8】上記通電パターンで溶接したときの実測電流値及び金属板同士の接触部におけるエネルギー密度を示すグラフである。
【
図10】通電パターンの他の例を示すグラフである。
【
図11】通電パターンの他の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0014】
本実施形態で用いられるスポット溶接装置は、
図1に示すように、一対の電極10、20と、一対の電極10、20間に通電する電流値を制御する電流制御部30と、一対の電極10、20による加圧力を制御する加圧制御部40と、一対の電極10,20間に流れる電流を測定する電流計50とを備える。図示例のスポット溶接装置は、一対の電極10、20を同軸上に配置して互いに対向させ、板組みを板厚方向両側から挟持して通電する、いわゆるダイレクトスポット溶接装置である。
【0015】
本実施形態で溶接を施す板組みは、
図2に示すように、4枚の金属板(例えば鋼板)W1〜W4からなる板組みに溶接を施す場合を示す。この板組みの板厚比(板組みの総板厚h/最表層の金属板W1の板厚h1)は5以上である。最表層の金属板W1は、他の金属板W2〜W4よりも板厚が薄く、例えば、金属板W1の板厚が0.6mm、他の金属板W2〜W4の板厚が1.0mmとされる。金属板1〜4としては、例えば鋼板、特に亜鉛メッキ鋼板や冷間圧延鋼板が使用できる。最表層の金属板W1としては、例えば引張強度300MPa以下の軟鋼板が使用される。他の金属板W2〜W4としては、例えば引張強度490MPa以上の高張力鋼板や、引張強度980MPa以上の超高張力鋼板が使用される。本実施形態では、金属板W2〜W4のうち、一枚が超高張力鋼板であり、他の二枚が高張力鋼板である。
【0016】
上記の金属板W1〜W4からなる板組みを電極10、20で挟持加圧しながら、電極10、20間に通電する。本実施形態では、加圧力を一定とした状態で、
図3に示す通電パターンで通電される。この通電パターンのうち、前半がナゲットを主に縦方向(板厚方向)に成長させる縦成長期であり、後半がナゲットを主に横方向(板厚と直交する方向)に成長させる横成長期である。縦成長期は、通電開始から0.1秒(6サイクル(1サイクル=1/60秒))以内の期間に設定され、例えば通電開始から5サイクルの期間が縦成長期とされる。全通電時間は、例えば15サイクル以下、特に12サイクル以下とされる。
【0017】
縦成長期では、アップスロープS0の後、ナゲットを成長させる電流値を流し続ける。図示例では、縦成長期が、アップスロープS0及びステップS1〜S3からなる通電パターンで構成される。
【0018】
ステップS1(時刻t1〜t3)では、金属板W1〜W4を電極10,20で挟持加圧しながら、電極10,20間に電流値I1を通電する。ステップS1の途中(時刻t2)に、
図4に示すように、電極20が当接する金属板W4とこれに隣接する金属板W3との接触点がスパッタを生じることなく溶融し、ナゲットNが形成される。そして、通電が進むにつれて、ナゲットNが縦方向、特に、電極10側(図中上側)に向けて成長すると共に、ナゲットNが横方向に成長してナゲット径が拡大する。ステップS1の終了時(時刻t3)では、
図5に示すように、ナゲットNが金属板W2に溶け込んでいる。
【0019】
ステップS2(時刻t3〜t4)では、ステップS1の電流値I1よりも大きい電流値I2を通電し、ステップS3(時刻t4〜t5)では、ステップS2の電流値I2よりも大きい電流値I3を通電する(
図3参照)。これにより、
図6に示すように、ナゲットNがさらに電極10側(図中上側)に成長して最表層の金属板W1に溶け込むと同時に、ナゲットNが横方向に成長してナゲット径が拡大する。
【0020】
以上のように、通電初期の短時間(0.1秒以内)に、ナゲットを成長させる程度の大きな電流を流し、隣接する金属板同士の接触部にエネルギーを供給し続けることで、ナゲットNの縦方向の成長を促してナゲットNを全ての金属板W1〜W4に溶け込ませることができる。
【0021】
上記のように、縦成長期でナゲットNを全ての金属板W1〜W4に溶け込ませた後、その後の横成長期において、やや電流値を下げて通電し続けることにより、ナゲットNを主に横方向に成長させる(
図7参照)。本実施形態では、横成長期において、ステップS3の電流値I3よりも小さい電流値を通電する。具体的には、
図3に示すように、横成長期が、ステップS3の電流値I3よりも小さい電流値I4を通電するステップS4(時刻t5〜t6)と、ステップS4の電流値I4よりも小さい電流値I5を通電するステップS5(時刻t6〜t9)とで構成される。以上により、金属板W1〜W4からなる板厚比の大きい板組みが、ナゲットNにより接合される。
【0022】
以下、上記のスポット溶接方法の溶接条件(通電パターン)を設定する手順を説明する。
【0023】
(1)サンプルの作成
まず、上記と同じ構成の金属板W1〜W4からなる板組みを、電極10、20で挟持加圧しながら
図3に示す通電パターンで通電し、通電開始から複数の時刻(本実施形態では、時刻t2〜t9)で通電を止めた複数のサンプルを作成する。
【0024】
(2)接触面積の測定
上記の各サンプルを溶接点で切断し、各サンプルにおいて、隣接する金属板の接触面積(金属板W1−W2間の接触面積、金属板W2−W3間の接触面積、及び、金属板W3−W4間の接触面積)をそれぞれ測定する。具体的には、各サンプルの断面から、隣接する金属板同士の接触部の直径を測定し、この直径から当該接触部の面積を算出する。尚、このときの接触部とは、各サンプルの断面において金属板同士が実際に接触している領域(例えばナゲット形成部)だけでなく、両電極10,20で加圧することで圧接していた痕跡のある領域を含む。
【0025】
(3)エネルギー密度の算出
上記(2)で測定した各サンプルの金属板同士の接触面積及びそのときの実測電流値とから、各時刻t2〜t9における各接触部のエネルギー密度を算出する。実測電流値とは、隣接する金属板同士の接触部を流れる実際の電流値であり、本実施形態では
図1に示す電流計50により測定される。エネルギー密度は、各時刻に板組みに投入されたエネルギーEを、その時刻における各接触部の接触面積Sで割った値(E/S)である。エネルギー密度は、例えばI
2t/S(Iは電流値I、tは単位時間)で表される。この他、エネルギー密度として、簡易的に電流密度(I/S)を使用することもできる。
【0026】
(4)通電パターンの設定
上記(3)で取得した各時刻t2〜t9における各接触部のエネルギー密度に基づいて、通電パターン、特に縦成長期における通電パターンを調整する。例えば、
図8に、通電中における実測電流値及び各接触部のエネルギー密度(I
2t/S)の時間変化を示す。図示のように、縦成長期では、時間の経過に伴ってエネルギー密度が低下する。このとき、
図3に示すように、縦成長期の後期(例えば時刻t3(通電開始から3サイクル目)以降)に電流値を上昇させることで、エネルギー密度の低下を抑制することができる。特に、上記のように、縦成長期の複数の時刻におけるサンプルのエネルギー密度を取得し、このエネルギー密度に基づいて縦成長期の各時刻における電流値を調整することで、各時刻に応じた最適な電流値を設定できるため、ナゲットNを縦方向に成長させる最適な通電パターンを設定することができる。
【0027】
このように、各時刻のエネルギー密度に基づいて通電パターンを調整する結果、通電パターンの形状そのものが変わることもある。例えば、当初は
図3に示す通電パターンを設定していた場合でも、各時刻のエネルギー密度に基づいて電流値を調整した結果、ステップS2の電流値I2がステップS3の電流値I3よりも高い通電パターン(
図9参照)や、ステップS1からステップS3にかけて電流値が徐々に低下する通電パターン(
図10参照)、あるいは、ステップS1〜S3の電流値が一定である通電パターン(
図11参照)となることもある。
【0028】
本発明は上記の実施形態に限られない。例えば、本発明に係るスポット溶接方法は、
図2に示す板組みに限らず、板厚比5以上の他の板組み(例えば、3枚の金属板あるいは5枚以上の金属板からなる板組み)に適用することもできる。また、通電パターンは上記に限らず、例えば、縦成長期のみで所望のナゲットが得られれば、その後の横成長期を省略してもよい。
【符号の説明】
【0029】
10,20 電極
30 電流制御部
40 加圧制御部
50 電流計
N ナゲット
W1-W4 金属板