(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、具体的な形態例を説明する。ただし本発明はこれら形態に限定されるものではない。
【0021】
1つの形態に係る歯科補綴物用ブロック体(以下、「ブロック体」と記載することがある。)は、角柱、円柱等の柱状、又は、板状(ディスク状)であり、ここから切削や研削等の機械加工により変形や削り出しをして歯科補綴物とする。その中でも切削により歯科補綴物を作製する場合には角柱又は板状(ディスク状)とすることができる。角柱のブロック体は主に単品の歯科補綴物を削り出すために用いられることが多く、板状のブロック体は、1つのブロック体から複数の歯科補綴物を削り出すために用いられることがある。
【0022】
図1には角柱であるブロック体10の外観斜視図を表した。角柱の場合には、幅W、奥行きD、高さHのそれぞれが10mm以上35mm以下の範囲とすることができる。一方、板状のブロック体の場合には厚さが10mm以上35mm以下の範囲となるように構成することができる。
これにより、切削加工で歯科補綴物を作製しやすいブロック体となる。
【0023】
そして、
図1に示した本形態に係るブロック体10は次のような構造を具備している。
図2には、
図1に符号A
1で示した点線に沿って切断したブロック体10の切断面のうち、その一部を拡大した図を表した。この図は縦(幅方向)5μm、横(奥行方向)5μmの視野で拡大した図である。このような図は走査型電子顕微鏡(SEM)画像により得ることができる。
【0024】
ブロック体10は、その主とする結晶相が二ケイ酸リチウムである。ここで「主とする結晶相」とは、X線回折装置による分析により観測される結晶相中、結晶析出割合が最大の結晶相を意味する。
【0025】
そして、ブロック体10は、
図2で示した視野範囲において、表れている個々の結晶のうち0.5μm以上の長さを有する結晶を抽出したとき、抽出した結晶の面積の総和が、
図2で示した視野の面積(5μm×5μm)に対して21%以下の比率である。この比率は10%以下であることが好ましく、1%以下であることがさらに好ましい。
これにより、主とする結晶相が二ケイ酸リチウムであるブロック体としても、従来の加工し易い(例えばメタケイ酸リチウムを主結晶相とするような)材質によるブロック体の加工と同等以上の条件で切削や研削が可能となる。そしてこれによれば、例えばメタケイ酸リチウムを主結晶相とするようなブロック体に対して必要とされる加工後の熱処理を必要としないので、形状が変わることなく機械加工の精度を維持したまま歯科補綴物とすることができる。
【0026】
このような比率は次のように得る。
図1に示したブロック体10を例にすると、最も大きい方向(
図1の例では高さ方向)において、中央A
1、全長Hに対して端面から10%の位置の2つの端部A
2、及び端部A
3における3つの切断面を得る。
図3には3つの切断面のうち中央A
1における切断面を示した。
そして中央A
1、端部A
2、端部A
3における切断面のそれぞれについて、点線で示した中央B
1、当該B
1に対して幅W方向に隣り合い、全幅Wに対して端部から10%の位置の2つの端部B
2、及び、中央B
1に対して奥行きD方向に隣り合い、全奥行きDに対して端部から10%の位置の2つの端部B
3のそれぞれについて、
図2のような5μm×5μmの視野で走査型電子顕微鏡による画像を得る。従って、1つの切断面当たり5つ、全部で15個の当該画像を得る。得られる画像の例を
図4の上部に示した。
【0027】
次に、各画像について、
図4の下部に示したように、ここに表れている結晶のうち、結晶の長さが0.5μm以上のもの(
図4の下部の図のうち塗りつぶした部分)を抽出し、その結晶の面積の総和Sを求める。次に、当該面積の総和Sを画像の視野面積S
0(5μm×5μm)で除して百分率で表し、画像ごとに個別に比率を得る(S/S
0×100%)。従って全部で15個の個別の比率を得る。
そして、これら個別の比率の平均値を算出し、これを比率とする。
【0028】
上記のように得た比率が21%以下とすることができる。
【0029】
本形態に係るブロック体は、次の成分を含んで構成することができる。そして、その主とする結晶相は二ケイ酸リチウムである。
SiO
2を60質量%以上80質量%以下、
Li
2Oを10質量%以上20質量%以下、
Al
2O
3を3質量%以上15質量%以下、
P
2O
5を4.2質量%以上10質量%以下。
【0030】
上記各成分については次の通りである。
SiO
2の含有量が60質量%未満、又は80質量%を超えると、均質なブロック体を得ることが困難となる。より好ましくは65質量%以上75質量%以下である。
Li
2Oの含有量が10質量%未満、又は20質量%を超えると、均質なブロック体を得ることが困難となるとともに、機械加工性が低下する傾向がある。より好ましくは12質量%以上18質量%以下である。
Al
2O
3の含有量が3質量%未満であると、二ケイ酸リチウムが主とする結晶相として析出するが、機械加工性が低下する傾向がある。一方、15質量%を超えると、主とする結晶相が二ケイ酸リチウムでなくなり、強度が低下する傾向がある。より好ましくは3質量%以上7質量%以下である。
P
2O
5の含有量が4.2質量%未満であると長さが0.5μm以上の結晶が増加する傾向にあり、機械加工性が低下する虞がある。好ましくは5質量%以上である。一方、10質量%を超えると失透し透明なブロック体が得られ難くなる傾向がある。
【0031】
さらに、歯科補綴物用ブロック体は、上記成分に加えて次の成分を含んでいてもよい。ただしここに表される成分は0質量%を含んでいることからもわかるように、必ずしも含まれている必要はなく、いずれかが含まれてもよいという意味である。
【0032】
溶融温度を調整するための成分を0質量%以上15質量%以下で含有させることができる。これにより後述する製造において溶融温度を適切なものとすることが可能となる。それぞれについて15質量%より多く含有させてもよいが、その効果の向上は限定的である。溶融温度調整材として具体的には、Na、K、Ca、Sr、Ba、Mg、Rb、Cs、Fr、Be、Raの酸化物を挙げることができる。さらに好ましくは次の通りである。
Na
2O:2.8質量%以下
K
2O:10質量%以下
CaO:3質量%以下
SrO:10質量%以下
BaO:10質量%以下
MgO:3質量%以下
Rb
2O:2.8質量%以下
Cs
2O:2.8質量%以下
Fr
2O:2.8質量%以下
BeO:3質量%以下
RaO:10質量%以下
【0033】
また、結晶核を形成するための成分を合計で0質量%以上10質量%以下で含有させることができる。これにより二ケイ酸リチウム結晶を形成する核が効率よく生成される。ただし、これより多くの当該化合物を含有させても効果の向上は限定的であるため10質量%以下とした。ここで結晶核形成材として機能する化合物としてはZr、Tiの酸化物(ZrO
2、TiO
2)を挙げることができる。その際には、ZrO
2及びTiO
2から選ばれる少なくとも1つが含まれ、その合計が0質量%以上10質量%以下であることが好ましい。
【0034】
歯科補綴物用ブロック体は、審美性を高める観点から、さらに公知の着色剤を含めてもよい。これには例えばV
2O
5、CeO
2、Er
2O
3、MnO、Fe
2O
3、Tb
4O
7から選ばれる少なくとも1つを挙げることができる。
【0035】
ここで、歯科補綴物用ブロック体には空隙が認められないことが好ましい。ただし、若干の空隙は影響が小さいと考えられるので、上記比率を測定した15か所において、縦(幅方向)60μm×横(奥行き方向)60μmの観察範囲で空隙が占める面積が平均で2%以下であることが好ましい。
また、上記比率を測定した15か所において、倍率200倍の顕微鏡写真で着色材の粒状物が目視にて認められないことが好ましい。
これら空隙や粒状物は、母材との界面を生じ、機械加工性に影響を与える虞がある。また、着色材の粒状物の存在は歯科補綴物の色むらの原因となる虞もある。
このような歯科補綴物用ブロック体は、粉末成型ではなく、後で説明するように材料の溶融によって成型することにより確実に実現が可能となる。
【0036】
以上の歯科補綴物用ブロック体、及びここから加工して作製された歯科補綴物によって、歯科補綴物として基本機能である強度、硬さ、口腔内環境に対する化学的耐久性、及び天然歯と同様の審美性(色合い、質感)を備えることができる。これに加えて機械加工性も向上し、加工後の熱処理が不要であるという強度を有しているにもかかわらず、従来における切削用のセラミックブロック体と同程度以上の加工条件で不具合を生じることなく機械加工することが可能となる。
【0037】
次に、歯科補綴物を作製する方法の例について説明する。ここには歯科補綴物用ブロック体を作製する方法が含まれる。本形態の作製方法は、溶融工程、ガラスブランク作製工程、核形成工程、熱処理工程、冷却工程、及び加工工程を備えて構成されている。
【0038】
溶融工程は、上記説明した各成分を1100℃以上1600℃以下にて溶融する。これにより歯科補綴物用ブロック体のための溶融ガラスを得ることができる。この溶融は十分に均一な性質を得るために数時間にわたって行われることが好ましい。
【0039】
ガラスブランク作製工程は、歯科補綴物用ブロック体の形状に近い形状を有するガラスブランクを得る工程である。溶融工程で得た溶融ガラスを型に流し込み、室温にまで冷却することによりガラスブランクが得られる。材料の変質や割れを防止するため当該冷却はゆっくりとした温度変化により行われる。
【0040】
核形成工程は、ガラスブランク作製工程で得られたガラスブランクを加熱し、400℃以上600℃以下にて所定の時間維持する工程である。これにより結晶生成のための核が形成される。維持の時間は核が十分に形成される時間であればよいので10分以上が好ましい。当該時間の上限は特に限定されることはないが、6時間以下とすることができる。
【0041】
熱処理工程は、冷却することなくガラスブランクを加熱し、800℃以上1000℃以下にて所定の時間維持する工程である。これにより主とする結晶相が二ケイ酸リチウムである二ケイ酸リチウムブランクを得ることができる。維持の時間は好ましくは1分以上、さらに好ましくは3分以上である。当該時間の上限は特に限定されることはないが、3時間以下とすることができる。
【0042】
また、核形成工程及び熱処理工程においては、上記の通り、所定の温度範囲内に維持する必要があるが、所定の温度範囲内であれば、必ずしも一定の温度に維持する必要はない。即ち、昇温し続けてもよい。
【0043】
なお、熱処理工程は温度が異なる中間の過程を設けてもよい。すなわち、上記のように800℃以上1000℃以下で維持する前に、核形成工程に引き続き冷却することなくガラスブランクを加熱し、例えば、600℃以上800℃以下にて所定の時間維持する。これにより結晶が生成され、中間物を得る。その際の維持の時間は10分以上が好ましい。当該時間の上限は特に限定されることはないが、6時間以下とすることができる。この中間の過程の後に冷却することなく上記のように800℃以上1000℃以下で維持する加熱を行ってもよい。
【0044】
冷却工程は、熱処理工程により得られた二ケイ酸リチウムブランクを室温まで冷却する工程である。これにより二ケイ酸リチウムブランクが歯科補綴物用ブロック体となり、加工工程に供給することが可能となる。
【0045】
加工工程は、得られた歯科補綴物用ブロック体を機械加工して、歯科補綴物の形状に加工する工程である。機械加工の方法は特に限定されることはないが、切削や研削等が挙げられる。これにより歯科補綴物を得ることができる。
【0046】
この加工は、生産性の良い条件で行うことができる。すなわち、これまで二ケイ酸リチウムを主とする結晶相に有する歯科補綴物用のブロック体は機械加工性が乏しいため効率の良い切削をすることが難しかった。そのため二ケイ酸リチウムを主とする結晶相としない加工し易い材質のブロック体(例えばメタケイ酸リチウムを主結晶相とするブロック体。)で加工を行い、これをさらに熱処理して二ケイ酸リチウムに変換し、後から強度を高める工程を経る必要があった。
これに対して本形態によれば、二ケイ酸リチウムを主とする結晶相を有するブロック体であっても、加工し易い材質による加工と同等以上の条件で切削や研削が可能である。そして加工した後に熱処理が必要ないので形状が変わることなく機械加工の精度を維持したまま歯科補綴物とすることができる。
【実施例】
【0047】
実施例1乃至実施例10、及び比較例1乃至比較例4では、含まれる成分を変更して上記説明した溶融成型法による作製方法で、主とする結晶相が二ケイ酸リチウムであるブロック体を準備し、切削により歯科補綴物を作製して機械加工性を評価した。
【0048】
各例におけるブロック体は次のように作製した。
各例について、表1に示した材料をその割合に応じて混ぜて1300℃にて3時間溶融し溶融ガラスを得た(溶融工程)。次いで、この得られた溶融ガラスを型に流し込み、室温まで冷却することによりガラスブランクとした(ガラスブランク作成工程)。そして、得られたガラスブランクを加熱し、650℃で60分間維持した(核形成工程)。これをさらに加熱し、850℃で10分間維持し、主とする結晶相が二ケイ酸リチウムである二ケイ酸リチウムブランクとした(熱処理工程)。その後室温まで徐冷して(冷却工程)ブロック体を得た。
得られたブロック体は幅Wが14mm、奥行きDが12mm、高さHが18mmの直方体である。
【0049】
表1には成分ごとにその含有量を質量%で表した。また、表1には上記説明した方法により得た0.5μm以上の長さの結晶が占める比率(%)、機械加工性をそれぞれ表した。なお、表1の成分の項目における空欄は0質量%を表している。
【0050】
主結晶は、X線回折装置(Empyrean(登録商標);スペクトリス株式会社製)を用いて測定し、リートベルト法による定量分析の結果、観測された結晶相中、結晶析出割合が最も高い結晶相とした。本実施例及び比較例におけるブロック体はいずれも二ケイ酸リチウムが主とする結晶相であった。
【0051】
「比率」は上記した0.5μm以上の長さを有する結晶の比率であり、上記した方法により得た面積の比率(%)である。
【0052】
「機械加工性」は、評価に際し、従来における加工用のブロック体を参考1、参考2として2種類準備した。それぞれ次のようなブロック体である。
(参考1)メタケイ酸リチウムを主結晶相としたブロック体であり、SiO
2が72.3質量%、Li
2Oが15.0質量%、Al
2O
3が1.6質量%の割合で含まれている。
(参考2)メタケイ酸リチウムの結晶相と二ケイ酸リチウムの結晶相とが概ね同じ割合で含有されたブロック体であり、SiO
2が56.3質量%、Li
2Oが14.7質量%、Al
2O
3が2.1質量%の割合で含まれている。
実施例及び比較例について、セラミック加工機(CEREC(登録商標) MC XL;シロナデンタルシステムズ株式会社製)で加工した際の参考1、参考2のブロック体に対する、加工時間、工具の消耗具合、及びチッピングの程度をそれぞれ評価した。参考1、参考2のブロック体と比較して加工時間、工具の消耗具合、及びチッピングのいずれについても良好であるものを「良好」、その中でも特に優れたものを「特に良好」とし、同等であるものを「同等」、加工時間、工具の消耗具合、及びチッピングのいずれかにおいて参考1、参考2のブロック体と比較して同等未満であったものを「不良」で表した。
【0053】
【表1】
【0054】
表1からわかるように、実施例の歯科補綴物用ブロック体によれば、主結晶が二ケイ酸リチウムであるにも関わらず、機械加工性が良好である。なお、実施例及び比較例のいずれのブロック体も必要な強度は具備していた。また、空隙や粒状物についても上記した好ましい条件を満たしていた。