特許第6903839号(P6903839)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6903839
(24)【登録日】2021年6月28日
(45)【発行日】2021年7月14日
(54)【発明の名称】下顎支持具
(51)【国際特許分類】
   A61F 5/56 20060101AFI20210701BHJP
【FI】
   A61F5/56
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-20093(P2017-20093)
(22)【出願日】2017年2月7日
(65)【公開番号】特開2018-126232(P2018-126232A)
(43)【公開日】2018年8月16日
【審査請求日】2020年1月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】517040939
【氏名又は名称】上田 照子
(74)【代理人】
【識別番号】100158883
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 哲平
(72)【発明者】
【氏名】上田 恵介
(72)【発明者】
【氏名】上田 照子
【審査官】 望月 寛
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第06409694(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 5/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一連の棒状部材で形成される下顎支持具であって、
一部開口した環状の基礎部と、下顎中央部を支える第1支持部と、下顎側部を支える第2支持部と、を備え、
前記第1支持部は、左側第1支持材と右側第1支持材で構成され、
前記第2支持部は、左側第2支持材と右側第2支持材で構成され、
前記基礎部の開口部左端と前記左側第1支持材の下端が接続されるとともに、該左側第1支持材の上端と前記左側第2支持材の前方端が接続され、
前記基礎部の開口部右端と前記右側第1支持材の下端が接続されるとともに、該右側第1支持材の上端と前記右側第2支持材の前方端が接続され、
前記左側第2支持材の後方端が自由端であって、前記右側第2支持材の後方端が自由端であり、
前記基礎部を肩上に載置すると、前記第1支持部は下顎中央部の下方に配置され、前記第2支持部は下顎側部に沿って配置され、
前記第1支持部は、下顎の上下移動に追随して弾性変形し得る、
ことを特徴とする下顎支持具。
【請求項2】
使用者が装着すると、前記左側第2支持材が使用者のオトガイ部分から左側の下顎角を経由して左耳下まで伸びるラインに沿って配置されるとともに、右側第2支持材が使用者のオトガイ部分から右側の下顎角を経由して右耳下まで伸びるラインに沿って配置される、
ことを特徴とする請求項1記載の下顎支持具。
【請求項3】
前記第2支持部を使用者の肩上に載置すると、該第2支持部が使用者の首に巻き付くように配置されるとともに、前記第1支持部が下顎中央部の下方に配置され、さらに前記基礎部が下顎側部に沿って配置され、
前記左側第2支持材及び前記右側第2支持材は、使用者の肩に沿って調整可能である、
ことを特徴とする請求項1記載の下顎支持具。
【請求項4】
前記左側第2支持材の後方端がエンドキャップで保護され、前記右側第2支持材の後方端がエンドキャップで保護された、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の下顎支持具。
【請求項5】
前記棒状部材が、可撓性を有する心材と、該心材を被覆する被覆シースと、によって構成され、
前記被覆シースは、前記心材より柔らかい材料が用いられた、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の下顎支持具。
【請求項6】
前記左側第1支持材及び前記右側第1支持材が、心材をコイル状にしたバネ構造である、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の下顎支持具。
【請求項7】
前記基礎部が、左側基礎部と右側基礎部で構成されるとともに、該左側基礎部と該右側基礎部は着脱可能に接続され、
前記左側基礎部と前記右側基礎部のうち一方の接続端が、他方の接続端の中空管内に挿入される機構であり、
一方の前記接続端にはバネ固定された突起体が設けられるとともに、他方の前記接続端には該突起体が貫入する小孔が設けられ、
前記突起体を押し込めた状態の一方の前記接続端を、他方の前記接続端に挿入して該突起体と前記小孔の位置を合わせると、バネの作用により該突起体が該小孔に貫入される、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の下顎支持具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、下顎の支持に関する技術であり、より具体的には、一連の棒状部材で形成される支持具とこれを用いた支持方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
睡眠時におけるいびきは気道の狭窄が原因とされており、特に仰向け姿勢で睡眠すると顎の筋肉が弛緩して下顎が後退することで気道が狭窄され、呼吸時に軟口蓋等が振動する結果いびきが生じるといわれている。また、下顎の後退がさらに進行し、気道を閉塞する程度になると、無呼吸の症状(閉塞性睡眠時無呼吸症候群)を引き起こすと考えられている。
【0003】
また、高齢者は身体機能や筋力の低下により、身体の各部に拘縮が生じるケースがある。特に認知症が進行したり脳梗塞が合併したりして拘縮状態が生じると、関節や筋肉を正しい位置に保つこと(いわゆる、ポジショニング)ができなくなることさえある。このような状態が続くと、介護が困難となるばかりか、拘縮症状を生じた者の生活機能の低下にもつながる。
【0004】
自らの意思によって下顎の位置を制御することができない状況は、当然ながら当事者にとって好ましい状態ではなく、またポジショニング保持が困難な状況が発現するきっかけとしていびきや閉塞性睡眠時無呼吸が関与しているとの指摘もある。いびきや閉塞睡眠時無呼吸を改善するためには下顎のポジショニングが重要な予防対策と考えられており、これまでも種々の対策がとられてきた。例えば、下顎を前方向に押し出すように構成されたマウスピースを使用する方法(スリープスプリント療法)や、適圧の空気を送り込む小型マスクを鼻に装着する方法(CPAP療法:Continuous Positive Airway Pressure)などが行われ、いびきを軽減するために下顎を支える頸部装着用のサポーター等も市販されている。
【0005】
また特許文献1では、いびきや閉塞睡眠時無呼吸症候群は睡眠時の仰向け姿勢が要因であると位置づけ、この仰向け姿勢を防止することができる頭部装着具を提案している。この頭部装着具の背面には突起状の「棒状弾性体」が取り付けられており、これを装着すると棒状弾性体が障害となって仰向け姿勢を取ることができず、その結果、いびきや閉塞睡眠時無呼吸症候群を防止できるとしている。
【0006】
一方、下顎の位置を改善するためには、マッサージやストレッチなどの拘縮改善のリハビリテーションが行われるほか、姿勢保持のために屈曲側にクッション等を宛がうといった対策が講じられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013−233188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に示す技術は、仰向け姿勢を回避することができるものの、頭部装着具は頭部全体を覆うものであり、しかも「あご保持部材」で顎を締め付けるため、睡眠にとっては快適な状態とはならない。さらに、「棒状弾性体」が後頭部に装着されているため、寝返りがうちにくく、その都度目が覚めることにもなりかねない。
【0009】
また、従来から行われてきたいびき等の改善手法にも、それぞれ問題を指摘することができる。スリープスプリント療法は、口の中に装着するため異物感が甚だしいうえ、顎関節症を発症するおそれさえある。長期的に下顎を前方向に押し出すことは、すなわち顎関節に不自然な力を加えることであり、その結果、顎関節症を引き起こすわけである。CPAP療法は、大掛かりな装置を必要とするうえ、気道の乾燥や鼻からの出血等を生じるケースもあって全ての患者に適合するわけではない。頸部に装着して下顎を支えるサポーターは、その構造から就寝中に外れることもあり、これを回避するためには強力に締め付けて装着しなければならない。この場合、使用者は不快を感じるうえに、顎関節への恒常的な加圧状態が続き、スリープスプリント療法と同様に顎関節症を発症するおそれさえある。
【0010】
さらに、下顎の拘縮症状を改善するための従来手法も、長時間安定しかつ柔軟性のある下顎ポジショニングという観点から、やはり問題を指摘することができる。そのうえリハビリテーションは、多くの場合介助者が必要であることから手軽に実施することができず、また比較的長期にわたって継続しなければ効果が表れない。姿勢保持のため屈曲側にクッションを宛がうという対策も、あくまで応急的な措置であって、根本的な改善は望めない。
【0011】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解決することであり、すなわち、手軽に装着できて、睡眠時に装着しても不快となることがなく、しかも多少の動きを許容しつつ下顎を支持することができる下顎支持具と、これを用いて下顎を支持する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明は、一連の棒状部材で形成するという点、そして下顎側部をサポートしつつ下顎中央部を支えるという点に着目してなされたものであり、これまでにない発想に基づいて行われた発明である。
【0013】
本願発明の下顎支持具は、一連の棒状部材で形成されるものであり、一部開口した環状の基礎部と、下顎中央部を支える第1支持部、下顎側部を支える第2支持部を備えたものである。この第1支持部は、左側第1支持材と右側第1支持材で構成されており、下顎の上下移動に追随して弾性変形する。また第2支持部は、左側第2支持材と右側第2支持材で構成されている。基礎部の開口部左端(開口部を構成する左端)と左側第1支持材の下端が接続されるとともに、この左側第1支持材の上端と左側第2支持材の前方端が接続され、基礎部の開口部右端(開口部を構成する左端)と右側第1支持材の下端が接続されるとともに、この右側第1支持材の上端と右側第2支持材の前方端が接続されて、下顎支持具は形成される。このような構造とすることで、基礎部を肩上に載置すると第1支持部は下顎中央部の下方に配置され、第2支持部は下顎側部に沿って配置される。
【0014】
本願発明の下顎支持具は、可撓性を有する心材と、この心材を被覆する被覆シースによって構成された棒状部材を、備えたものとすることもできる。
【0015】
本願発明の下顎支持具は、下顎の移動軸に対して凸状に湾曲して形成された左側第1支持材と右側第1支持材を、備えたものとすることもできる。
【0016】
本願発明の下顎支持具は、左側第2支持材の後方側が下方に屈曲して後方端が基礎部に固定され、同様に、右側第2支持材の後方側が下方に屈曲して後方端が基礎部に固定されたものとすることもできる。
【0017】
本願発明の下顎支持具は、左右連結材をさらに備えたものとすることもできる。この左右連結材は、左側第1支持材と右側第1支持材を任意の間隔で結束し得るものである。
【0018】
本願発明の下顎支持具は、左側基礎部と右側基礎部で構成された基礎部を、備えたものとすることもできる。この場合の基礎部は、左側基礎部と右側基礎部は着脱可能に接続される。
【0019】
本願発明の下顎支持具は、下顎支持具を用いて下顎を支持する方法であり、調整工程と装着工程を備えた方法である。このうち調整工程では、下顎の形状に合わせて下顎支持具を変形する。また装着工程は、調整工程で変形した下顎支持具の基礎部を肩上に載置して、第1支持部を下顎中央部の下方に配置するとともに、第2支持部を下顎側部に沿って配置する。これにより、第2支持部で下顎側部を支えながら、下顎の上下移動に追随して弾性変形しつつ第1支持部で下顎中央部を支えることができる。
【0020】
本願発明の下顎支持具は、第2支持部を肩上に載置する方法とすることもできる。具体的には、装着工程で第2支持部を肩上に載置し、第1支持部を下顎中央部の下方に配置するとともに、基礎部を下顎側部に沿って配置する。この場合、基礎部で下顎側部を支えながら、下顎の上下移動に追随して弾性変形しつつ第1支持部で下顎中央部を支えることができる。
【発明の効果】
【0021】
本願発明の下顎支持具、及び下顎の支持方法には、次のような効果がある。
(1)いびきを矯正することができ、さらに閉塞睡眠時無呼吸症候群に伴う症状を軽減することができる。
(2)拘縮を有する患者のポジショニングや姿勢保持に用いることができる。この結果、患者の生活機能を高めるだけでなく、高齢者に多発する食事中の誤嚥を予防し、介護の負担を軽減することができる。
(3)主として、一連の棒状部材で形成することができるため、比較的安価に製作することができる。
(4)一連の棒状部材で形成されることから、装着しても重量感や圧迫感といった不快感がなく、しかも手軽に持ち運びできる。
(5)下顎中央部を第1支持部で、下顎側部を第2支持部で支えることから、比較的安定して下顎を支持することができる。また、第1支持部が下顎の上下移動に追随して弾性変形するため、ある程度の開口が可能であり、食事や会話なども自由に行うことができる。
(6)面的に下顎側部を支えるのではなく、いわば線的に(ライン状で)下顎側部を支えることから、高温多湿化環境においても使用可能であり、睡眠中に使用してもすっきりとした寝覚めの感覚を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】(a)は本願発明の下顎支持具の斜視図、(b)は本願発明の下顎支持具を上方から見た平面図、(c)は本願発明の下顎支持具を側方から見た側面図、(d)は本願発明の下顎支持具を後方から見た背面図。
図2】(a)は本願発明の下顎支持具を装着した使用者を表す正面図、(b)は本願発明の下顎支持具を装着した使用者を表す側面図、(c)は本願発明の下顎支持具を装着した使用者を表す背面図。
図3】左右連結材が設けられた下顎支持具を装着した使用者を表す正面図。
図4】(a)は第2支持部の後方端を基礎部に固定した下顎支持具の斜視図、(b)はは第2支持部の後方端を基礎部に固定した下顎支持具を上方から見た平面図、(c)はは第2支持部の後方端を基礎部に固定した下顎支持具を側方から見た側面図、(d)はは第2支持部の後方端を基礎部に固定した下顎支持具を後方から見た背面図。
図5】下顎支持具を装着して睡眠した被験者の音声を示す波形図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本願発明の下顎支持具、及び下顎の支持方法の実施形態の一例を、図に基づいて説明する。なお、本願発明の「下顎支持具」は、本願発明の「下顎の支持方法」に使用されるものである。したがって、まずは下顎支持具について詳しく説明し、その後に下顎の支持方法について説明することとする。
【0024】
1.下顎支持具
図1は、本願発明の下顎支持具100を示す図であり、(a)はその斜視図、(b)は上方から見た平面図、(c)は側方から見た側面図、(d)は後方から見た背面図である。この図に示すように下顎支持具100は、一連の棒状部材で形成される。そして下顎支持具100は、図2に示すように使用者の肩上に載置して下顎を支持するものである。図2は下顎支持具100の使用状態を示す図であり、(a)は下顎支持具100を装着した使用者を表す正面図、(b)はその側面図、(c)はその背面図である。
【0025】
以下、下顎支持具100を構成する主な要素ごとに説明する。なお、下顎支持具100を説明する中で方向(上下、左右、前後)を示すことがあるが、これは下顎支持具100が図1の状態となった場合における方向である。例えば、「上下」とは図1の状態の下顎支持具100における上方又は下方であり、「左右」とは図1の状態となった使用者にとっての右手側又は左手側であり、「前後」とは図1の状態となった使用者にとっての前方(腹側)又は後方(背側)である。
【0026】
(棒状部材)
既述のとおり下顎支持具100は、一連の棒状部材で形成される。ここでいう「棒状部材」とは、断面寸法に対して長手方向(以下、「軸方向」という。)の寸法が著しく大きい形状の材料のことである。また「一連」とは、元は直線状である材料を加工(変形)して目的の形状にした状態を意味し、換言すると、棒状部材の一端から軸方向に沿っていくと同じ点を通ることなく棒状部材の他端にたどり着く状態を意味している。
【0027】
下顎支持具100に用いる棒状部材は、心材と被覆シースで構成するとよい。この心材は、下顎を支持する程度の強度を有する材料であり、なまし鉄線(いわゆる、針金)といった金属材料や、比較的高強度の合成樹脂材料など、従来から用いられている種々の材料を利用することができる。心材をそのまま棒状部材とすることもできるが、この心材が使用者の肌に直接触れると痛みを感じることもある。そこで、心材の外周を覆う被覆シースによって心材を保護するとよい。そのため被覆シースは、柔らかい材料を用いるとよく、例えばシリコン樹脂や、シリコン樹脂発泡体、EVA(Ethylene−Vinyl Acetate)樹脂発泡体、ゴム等の合成樹脂、あるいは綿や不織布などの材料を使用するとよい。
【0028】
下顎支持具100は、後述するように使用者の下顎に沿って支持するものであるが、当然ながら使用者の下顎形状は一様ではない。下顎支持具100を容易に変形しないように堅固に形成することもできるが、この場合は多様な下顎形状を想定する必要があり、すなわち様々なサイズと形状の下顎支持具100をあらかじめ用意しなければならない。そこで下顎支持具100は、使用者の下顎形状に合わせて容易に変形(調整)できるように形成することが望ましく、この場合の心材としては可撓制性を有する材料を使用するとよい。なお、ここでいう「可撓性」とは、人の力で切断はしないが容易に変形(この場合は、塑性変形)し得る柔軟性がある物性のことであり、材質に加え断面寸法によって決定される性状である。例えば、心材としてなまし鉄線を用いる場合は、可撓性を有する程度の径のものが選択される。
【0029】
(全体構成)
下顎支持具100は、図1に示すように基礎部110と、第1支持部120、第2支持部130によって構成される。基礎部110と第2支持部130は上下に離れて配置され、いわば2層構造となっており、上下方向に立設する第1支持部120がこれらを連結している。
【0030】
(基礎部)
基礎部110は、図1(a)(b)に示すように一部が開口した環状を呈しており、いわば「C字状」となっている。下顎支持具100を装着する際は、基礎部110のうち開口した部分(以下、「開口部」という。)を使用者の首の後方から挿入していき、肩上の所定位置に基礎部110を載置する。この結果、基礎部110が使用者の首に巻き付くように装着されるため下顎支持具100は安定し、頸部下顎支持具100に作用する荷重は基礎部110を介して肩上に伝達される。
【0031】
(第1支持部)
第1支持部120は、図1(d)に示すように左側第1支持材121と右側第1支持材122で構成され、開口部に位置する基礎部110の両端と接続される。具体的には、基礎部110の開口部における左端(開口部左端)と左側第1支持材121の下端が接続され(連続し)、基礎部110の開口部における右端(開口部右端)と右側第1支持材122の下端が接続され(連続し)ている。
【0032】
下顎支持具100を装着すると、図2(a)に示すように第1支持部120は使用者の下顎中央部の下方に配置される。より詳しくは、左側第1支持材121と右側第1支持材122が、下顎のうちオトガイ部分の下方で基礎部110から立ち上がるように配置される。これにより第1支持部120は、下顎中央部(つまり、オトガイ部分)を支持することができるわけである。
【0033】
第1支持部120を変形(この場合は、弾性変形)し難い部材にすると、使用者は開口することができず、すなわち食事や会話を行うことが困難となる。そこで、第1支持部120を下顎の上下移動に追随して弾性変形し得る部材とし、ある程度の開口は許容する構造にするとよい。具体的には、図2(c)に示すように左側第1支持材121と右側第1支持材122を、下顎が上下移動する軸(以下、「移動軸」という。)に対して前方に凸状に湾曲した形状とする。このような形状にすることで、左側第1支持材121と右側第1支持材122は上下方向の荷重に対して曲げ変形しやすくなり、すなわち第1支持部120は下顎の上下移動に追随して弾性変形しやすくなる。なお、左側第1支持材121と右側第1支持材122を湾曲形状とするほか、左側第1支持材121と右側第1支持材122をバネ構造とする(つまり、心材をコイル状にする)など、従来から用いられている種々の弾性変形機構を採用することで、第1支持部120を上下移動に追随して弾性変形し得る部材とすることもできる。
【0034】
ところで図2(a)から分かるように、左側第1支持材121と右側第1支持材122の間隔が離れすぎていると、これらは下顎中央部の下方に配置されず、つまり下顎中央部を適切に支持することができなくなる。そこで、左側第1支持材121と右側第1支持材122を束ねる(結束する)ための左右連結材を設けるとよい。図3は、左右連結材140が設けられた下顎支持具100を装着した使用者を表す正面図である。この図に示す左右連結材140は、面ファスナーを具備するテープ状のものであり、その一端が左側第1支持材121に巻き付けて取り付けられている。この左右連結材140を用いて結束するには、左側第1支持材121と右側第1支持材122の間隔を所望の間隔になるように引き寄せ、その状態で左右連結材140の自由端を右側第1支持材122に巻き付けたうえで、面ファスナーによって固定する。もちろん左右連結材140は、使用者の利き手(右利きや左利き)に応じて左側第1支持材121の右側第1支持材122のどちらを自由端としてもよい。また左右連結材140は、上記した面ファスナー形式に限らず、フック形式やボタン形式、その他従来から用いられている種々の固定形式を採用することができる。
【0035】
(第2支持部)
第2支持部130は、図1(b)(d)に示すように左側第2支持材131と右側第2支持材132で構成され、それぞれ第1支持部120と接続される。具体的には、左側第1支持材121の上端と左側第2支持材131の前方端が接続され(連続し)、右側第1支持材122の上端と右側第2支持材132の前方端が接続され(連続し)ている。
【0036】
下顎支持具100を装着すると、図2(b)に示すように第2支持部130は使用者の下顎側部に沿って配置される。より詳しくは、左側第2支持材131が、下顎のうちオトガイ部分から左側の下顎角を経由して左耳下まで伸びるラインに沿って配置され、同様に右側第2支持材132が、オトガイ部分から右側の下顎角を経由して右耳下まで伸びるラインに沿って配置される。これにより第2支持部130は、下顎側部(つまり、オトガイ部分〜下顎角〜耳下)を支えることができるわけである。
【0037】
一連の棒状部材の両端でもある第2支持部130の後方端は、図1図2(b)に示すように他に固定されることのない自由端とすることもできるし、図4に示すように基礎部110に固定することもできる。図4は、第2支持部130の後方端を基礎部110に固定した下顎支持具100を示す図であり、(a)はその斜視図、(b)は上方から見た平面図、(c)は側方から見た側面図、(d)は後方から見た背面図である。なおここでは便宜上、第2支持部130の後方端を自由端とした下顎支持具100を特に「開放型の下顎支持具100a」と、第2支持部130の後方端を基礎部110に固定した下顎支持具100を特に「支持型の下顎支持具100b」ということとする。
【0038】
開放型の下顎支持具100aでは、左側第2支持材131と右側第2支持材132の一端(後方端)が自由端であり、すなわち片持ち梁(キャンチレバー)構造となっていることから、左側第2支持材131や右側第2支持材132は上下方向に変位しやすい機構となっている。そのため、開放型の下顎支持具100aを装着すると、下顎の支持が比較的緩やかとなる反面、使用者は比較的自由に開口することができる。このような特性を有する開放型の下顎支持具100aは、使用者にとって睡眠中の使用もあまり抵抗がなく、したがっていびきや閉塞睡眠時無呼吸症候群を改善するために使用すると特に有効である。なお、左側第2支持材131と右側第2支持材132の後方端は、心材が剥き出しとならないようにケーブルエンドキャップ等で保護するとよい。
【0039】
支持型の下顎支持具100bは、図4に示すように左側第2支持材131と右側第2支持材132の後方側が下方に屈曲し、その先端である後方端が基礎部110上に当接して固定されている。なお、図4に示す左側第2支持材131と右側第2支持材132の後方側は、凸状に湾曲した形状で屈曲しているが、これに限らず直線的に(垂直に)折り曲げることもできる。また、第2支持部130の後方端を基礎部110に固定するには、双方の心材を溶接したり、被覆シースどうしを溶着したり、両者を糸状のもので結束するなど、従来から用いられている種々の手法を採用することができる。あるいは、第2支持部130の支持を目的とすれば、第2支持部130の後方端を基礎部110上に単に載置するだけにとどめておくこともできる。
【0040】
支持型の下顎支持具100bの第2支持部130は、すなわち両端支持の梁構造となっていることから、左側第2支持材131や右側第2支持材132は上下方向に変位し難い機構となっている。そのため、支持型の下顎支持具100bを装着すると、開口する自由度は開放型の下顎支持具100aに比べやや抑制される反面、比較的堅固に下顎を支持することができる。このような特性を有する支持型の下顎支持具100bは、下顎の位置を安定して保持することができるため、頸部の変形拘縮がある者のポジショニングや姿勢保持として使用すると特に有効である。
【0041】
(分割式の下顎支持具)
下顎支持具100は、複数のパーツに分割したものを使用時に組み立てる構造とすることもできる。下顎支持具100を分割可能とすると、持ち運びやすく、また収容しやすくなって好適である。例えば、下顎支持具100を2分割する場合、基礎部110は左側基礎部と右側基礎部で構成される。つまり下顎支持具100は、左側基礎部、左側第1支持材121、及び左側第2支持材131からなる左側パーツと、右側基礎部、右側第1支持材122、及び右側第2支持材132からなる右側パーツで構成されるわけである。
【0042】
左側基礎部と右側基礎部は、基礎部110の途中部分に設けられる接続端で分離して形成される。換言すると、左側基礎部と右側基礎部はそれぞれ接続端を具備しており、この接続端どうしを接続することで下顎支持具100が完成し、この接続を解除することで下顎支持具100は分離されるわけである。
【0043】
左側基礎部と右側基礎部を着脱可能に接続するには、従来から用いられてきた種々の機構を採用することができる。例えば、双方の接続端にネジを設けリング状のカプラーで接続する機構としてもよいし、接続端の一方を中空管として他方をその中空管に挿入する機構としてもよい。接続端の一方を他方に挿入する場合、左側基礎部と右側基礎部の方向性が規制される断面形状とすれば、適切に下顎支持具100を組み立てることができて好適となる。さらに接続端の一方を他方に挿入する場合、接続端の一方にバネ固定された突起体を設け、他方にはこの突起体が貫入する小孔を設けた機構とすることもできる。突起体を押し込めた状態の一方の接続端を、他方の接続端に挿入し、突起体と小孔の位置を合わせ、バネの作用により突起体を小孔に貫入させる。
【0044】
2.下顎の支持方法
次に、本願発明の下顎の支持方法について説明する。なおここで説明する方法は、ここまで説明した下顎支持具100を使用して下顎を支持する方法であり、したがって「1.下顎支持具」と重複する説明は避け、下顎の支持方法に特有の内容のみ説明することとする。すなわち、ここに記載されていない内容は、「1.下顎支持具」で説明したものと同様である。
【0045】
はじめに、使用者の下顎の形状に合わせて下顎支持具100を変形する。具体的には、
第1支持部120(左側第1支持材121と右側第1支持材122)が、下顎中央部(つまり、オトガイ部分)の下方に配置されるように位置を調整する。また、第2支持部130(左側第2支持材131と右側第2支持材132)が、下顎側部(つまり、オトガイ部分〜下顎角〜耳下)に沿って配置されるように第2支持部130を変形する。したがって、ここで使用する下顎支持具100の心材は、可撓性を有するものとすることが望ましい。
【0046】
下顎支持具100を所望の形状に変形できると、基礎部110の開口部を使用者の首の後方から挿入していき、肩上の所定位置に基礎部110を載置する。これにより、基礎部110が使用者の首に巻き付くように配置され、第1支持部120が下顎中央部の下方に配置され、第2支持部130が下顎側部に沿って配置される。このとき、左右連結材140が設けられていれば、これを用いて左側第1支持材121と右側第1支持材122を結束するとよい。このように下顎支持具100を装着した結果、使用者の下顎側部が第2支持部130でサポートされつつ、下顎中央部が第1支持部120によって支持される。なお、既述したとおり第1支持部120は下顎の上下移動に追随して弾性変形するため、下顎を支持されながらも使用者はある程度開口することが可能となり、下顎支持具100の装着によって食事や会話が妨げられることはない。
【0047】
ところで下顎支持具100は、後述するように図2に示す状態から上下反転して装着しても効果があることを発明者は確認している。具体的には、第2支持部130を肩上に載置して下顎支持具100を装着するわけである。この場合、第2支持部130が使用者の首に巻き付くように配置され、第1支持部120が下顎中央部の下方に配置され、基礎部110が下顎側部に沿って配置される。このように下顎支持具100を装着した結果、使用者の下顎側部が基礎部110でサポートされつつ、下顎中央部が第1支持部120によって支持される。なお上下反転して下顎支持具100を装着する場合、左側第2支持材131と右側第2支持材132を使用者の肩に沿って調整したうえで使用するとよい。また、使用時に若干の圧迫感があるため、睡眠時よりも日中の使用に向いている。
【0048】
3.実験結果
以下、本願発明の効果を確認するために本願の発明者が実施した実験結果について説明する。
【0049】
(いびきの改善矯正効果を確認するための実験1)
いびきの習慣がある3名の者が、開放型の下顎支持具100aを装着して睡眠したところ、いずれの患者においても睡眠を妨げることなくいびきが軽減された。さらに、6ヶ月間連続して開放型の下顎支持具100aを装着した者は、その後、開放型の下顎支持具100aを装着することなく睡眠してもいびきが軽減されている。
【0050】
(いびきの改善矯正効果を確認するための実験2)
次のような症状をもつ被験者が、開放型の下顎支持具100aを装着して睡眠した。
症状: 終夜にわたって間歇的にいびきを発しており、その音は被験者の寝室から離れた部屋においても聞こえる程度の大きさであった。
実験内容: 開放型の下顎支持具100aを装着して睡眠している被験者の音声を、IC(integrated circuit)レコーダにて録音した。
結果: 図5に録音した音声の波形を示す。この波形は、所定のソフトウェア(WavePadマスター版)を利用して表示したものであり、寝息と無呼吸の判別を容易にするためゲイン50を選択して波形表示している。図5に示す波形はいくつかピークとなる部分があるが、録音した音声を再生するといびきではないもの(鼻詰まりを解消する音や、体動により夜具の擦れる音、など)も含まれていた。そこで、これらはノイズと判断し、就寝後2時間52分と3時間49分のピークがいびきであると確認できた。参考までに所定のソフトウェア(Wavesurfer)を利用して解析したところ、1回目(2時間52分)の波形は52dBの音量レベルであり、2回目(3時間49分)の波形が49dBの音量レベルであり、騒音計によるいびきの騒音レベルが50〜60dBといわれていることから考えても、この2回をいびきとする妥当性が確認できる。上記のとおり間歇的に発生したいびきが2回に収まったことから、さらに当該被験者から起床時のスッキリ感が報告されたことから、開放型の下顎支持具100aの装着はいびきの改善矯正に効果があるといえる。
【0051】
(無呼吸症状の改善矯正効果を確認するための実験)
次のような症状をもつ被験者が、開放型の下顎支持具100aを装着して睡眠した。
症状: 睡眠中、30秒から60秒にわたる無呼吸症状を有し、起床時の寝起きの悪さを訴えており、また恒常的な鼻閉症状も訴えていた。
実験内容: 開放型の下顎支持具100aを装着して睡眠している被験者の音声を、ICレコーダにて録音した。
結果: 前記説明したとおり、得られた波形表示からノイズを除去したうえでいびきの音量レベルを求めたところ、その大きさは従前とほぼ同程度であった。しかしながら、録音を再生すると無呼吸状態が大幅に減少しており、さらに被験者から起床時の寝起きが非常にすっきりしたものになったと報告された。このように開放型の下顎支持具100aの装着が、当該被験者にとって無呼吸症状の改善に効果があったことが確認できる。なお、いびきの音量に改善が認められなかったのは、鼻閉の影響によるものと思われる。したがって、鼻閉に対する治療を施すことにより、鼾の音量も改善されるものと推測する。
【0052】
(拘縮を有する患者のポジショニング・姿勢保持の効果を確認するための実験)
拘縮症状がある3名の者が、支持型の下顎支持具100bを装着した後の状態を表1に示す。いずれの患者においても、姿勢保持ポジショニングや姿勢保持に改善が見られた。
【0053】
【0054】
(上下反転して下顎支持具を装着した場合の効果を確認するための実験)
次のような症状をもつ者(94歳の女性)が、(図2に示す状態から)上下反転した状態で開放型の下顎支持具100aを使用した。
病歴: アミロイドーシスによる重症認知症があり、半年前より中枢性無呼吸と意識消失のために救急病院搬送を繰り返しており、入院時には全身浮腫が顕著で摂食不能の状態であった。また、終日閉眼して発語がなく、意思疎通はできなかった。
【0055】
使用した結果、日中の開放型の下顎支持具100aの使用と夜間のみCPAP(Corrective Action; Preventive Action)呼吸補助により、低酸素血症が改善し、浮腫も著明な改善がみられた。また開眼、発語が出現して意思疎通が可能となり、嚥下しやすい基本姿勢が保たれたことから介助下に誤嚥の不安を感じることなく摂食可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本願発明の下顎支持具、及び下顎の支持方法は、いびきの矯正や、閉塞睡眠時無呼吸症候群に伴う症状の軽減、あるいは拘縮を有する患者のポジショニングや姿勢保持に利用することができる。その他、顎関節症により顎関節脱臼を生じやすい者が、下顎を固定するために利用することもできる。
【符号の説明】
【0057】
100 本願発明の下顎支持具
100a 開放型の下顎支持具
100b 支持型の下顎支持具
110 (下顎支持具の)基礎部
120 (下顎支持具の)第1支持部
121 (第1支持部の)左側第1支持材
122 (第1支持部の)右側第1支持材
130 (下顎支持具の)第2支持部
131 (第2支持部の)左側第2支持材
132 (第2支持部の)右側第2支持材
140 (下顎支持具の)左右連結材
図1
図2
図3
図4
図5