(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層の組成が、Ti:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%、Si:0〜2.0質量%、およびFe:0〜2.5質量%からなる群から選ばれる1つ以上の条件を満たしていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
前記距離が2mm以上15mm以下の範囲に収まるように、前記溶接ワイヤの先端と前記溶接対象部との相対位置を制御する位置制御機構を用いて行われることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。本出願における各図面に記載した構成の形状および寸法(長さ、奥行き、幅等)は、実際の形状および寸法を反映させたものではなく、図面の明瞭化と簡略化とのために適宜変更している。また、本明細書において、「A〜B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0025】
以下の説明においては、本発明の実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法についての理解を容易にするため、先ず、比較例としての一般的なパルスアーク溶接法の概要を
図1に基づいて説明する。本発明の実施形態におけるパルスアーク溶接法の原理は、一般的なパルスアーク溶接法の原理と同様である。
【0026】
図1は、比較例のパルスアーク溶接法による溶融Zn系めっき鋼板同士の隅肉溶接を模式的に示す断面図である。
図1に基づいて、比較例としての一般的なパルスアーク溶接法を用いて、横板101に縦板102の端面102aを当接させてT字継手(T継手とも称される)における隅肉溶接を行う場合について説明する。横板101および縦板102は、いずれも溶融Zn系めっき鋼板である。
【0027】
なお、本明細書において、横板とは、隅肉溶接を行うに際して、該板の板面が水平方向または略水平方向に広がるように、一般に横向きと認識される向きに配置された板を意味し、例えば作業台等の上に載置された板である。また、縦板とは、隅肉溶接を行うに際して、該板の板面が鉛直方向または略鉛直方向に広がるように、一般に縦向きと認識される向きに配置された板を意味し、例えば、一端面が上記横板の板面に当接するように配置された板である。
【0028】
パルスアーク溶接法において、ピーク電流値を適切に設定すると、小粒の溶滴130が溶接ワイヤ110から溶融池140に移行する状態(スプレー移行状態)にて溶接を行うことができ、これにより、短絡を発生しにくくすることができる。また、パルスアーク120によりアーク直下の溶融池140が押し下げられ、溶融池の深さが浅くなるとともに溶融池140が撹拌される。そのため、Zn蒸気の排出が促進され、スパッタおよびブローホールの発生を抑制し得る。このように、パルスアーク溶接法では、パルスアーク溶接条件を適切に選定すればスパッタおよびブローホールを抑制し得る。
【0029】
しかしながら、パルスアーク溶接法では、アーク長が比較的長くなり、アーク120が広がってしまう。アーク120が広がることにより、アーク120によって溶融されて溶融池140となる領域が、縦板102の板面における鉛直方向の上方向に広がることになり、溶融池140の高さが高くなる。
【0030】
溶融池140は、冷え固まって溶接ビードを形成する。その際、溶融池140は、重力の影響を受けて鉛直方向の下方向に垂れ下がり易い。それゆえ、パルスアーク溶接法では、溶融池140が冷え固まって溶接ビードとなる過程において、溶融池140の高さが高くなるので、溶融池140が重力方向に垂れ下がって溶接ビード止端部のアンダーカット150が発生しやすくなる。
【0031】
また、一般に、Alは、ごく微量の添加によりFeの粘度を下げる作用を有する。そのため、特に、めっき層にAlを1質量%以上含む溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板をパルスアーク溶接法で隅肉溶接する場合、めっき層中のAlが溶融池140に取り込まれて溶融池140の粘度が低下する。これにより、溶融池140が垂れ下がりやすくなり、その結果、アンダーカット150の発生が著しくなる。
【0032】
アンダーカット150が発生すると、(i)ビード外観が損なわれる、および(ii)溶接の接合強度が低下するという問題が生じる。詳しくは後述するが、アンダーカット150の深さeの限界許容差は一般に0.5mmと規定され、深さeが0.5mmを超えると溶接強度が不足し得る。
【0033】
本発明者らは、鋭意研究の結果、溶接ワイヤの先端と溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部との距離、および溶接ワイヤの供給量の両方を適正範囲内に制御することでスパッタおよびブローホールの発生を抑制するとともに、アンダーカットの発生を抑制することができるという知見を得て本発明を完成した。
【0034】
すなわち、本発明のパルスアーク溶接方法は、溶接ワイヤ先端と溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部との距離を適正範囲内に制御することで、アーク力により溶融池の垂れ下がりを防止し、さらに溶接ワイヤの供給量を適正範囲内に制御することで、溶融池の体積を多くして溶融池の垂れ下がりを防止し、この二つの効果によりアンダーカットの発生を抑制するものである。
【0035】
以下に本発明の実施の形態について詳述する。
【0036】
〔溶接ワイヤと溶接前の溶接対象部との位置関係〕
本実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のパルスアーク溶接方法における、溶接ワイヤのワイヤ先端と、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部と、の位置関係について、
図2に基づいて説明する。
【0037】
図2の(a)は、横板としての溶融Zn系めっき鋼板1に、縦板としての溶融Zn系めっき鋼板1’の端面1’aが当接されたT字継手における隅肉溶接を行う場合の、溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部6の溶接対象部6aとワイヤ先端2aとの位置関係を模式的に示す断面図である。
図2の(b)は、縦板としての溶融Zn系めっき鋼板1’に、横板としての溶融Zn系めっき鋼板1の端面1aが当接されたT字継手における隅肉溶接を行う場合の、溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部6の溶接対象部6aとワイヤ先端2aとの位置関係を模式的に示す断面図である。
図2の(a)、(b)はいずれも、溶接方向に対して垂直な方向の断面を示しているとともに、溶接前の状態を示している。
【0038】
図2の(a)および(b)に示すように、溶接前において、溶接の対象となる溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とはT字継手に配置されている。配置された溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’との間には、それらが互いに当接する当接面である当接部6が形成される。
【0039】
当接部6において、ワイヤ先端2aに最も近い端部を、溶接対象部6aと称する。この溶接対象部6aは、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とをT字継手形状に配置した際に形成される当接部6において、アークが照射されて溶接ビードが形成される部分である。より詳細には、溶接対象部6aは、
図2の(a)の状態において、溶融Zn系めっき鋼板1の上面に立設された溶融Zn系めっき鋼板1’の、前記上面に対して略垂直な幅広の面を含む平面と、溶融Zn系めっき鋼板1の前記上面とが交差する部分である。
図2の(b)の状態においても同様に溶接対象部6aが規定される。
【0040】
なお、溶融Zn系めっき鋼板1および溶融Zn系めっき鋼板1’の加工精度等により当接部6に隙間が生じる場合は、
図2のように平面視したときの、縦板または横板における溶接ワイヤ2側の面を仮想的に延長した線と、当接する相手材の板面の線との交点を溶接対象部6aとする。また、本実施形態では、板間ギャップの設定値は0とする。
【0041】
パルスアーク溶接時に形成される溶融池5(
図4参照)は、パルスアークによる押し下げ効果によりパルスアークの波形とほぼ同調してごく短時間の内に上下動しており、溶接中にアーク長そのものを測定し、管理することは困難である。そこで、本明細書では、
図2の(a)および(b)に示す溶接ワイヤ2のワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離Dを、(i)ワイヤ先端2aと溶融池5とが互いに短絡しない長さであり、かつ(ii)パルスアークによる押下げ効果で溶融池5からZn蒸気が排出されてブローホールの発生が抑制され、さらに溶融池5の鉛直方向の垂れ下がりが防止されてアンダーカットが抑制される長さとする。
【0042】
本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のパルスアーク溶接方法において、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離Dを2mm以上15mm以下の範囲とすることが好ましい。距離Dが2mmを下回るとワイヤ先端2aと溶融池5とが短絡してスパッタが発生してしまう。スパッタが発生すると溶融池5の押し下げによる撹拌が行われないので、(i)Zn蒸気が排出されず、ブローホールが発生するとともに、(ii)溶融池5の押し下げが不十分でアンダーカットが発生する。
【0043】
一方、距離Dが15mmを超えるとアークが広がってアーク力が弱くなり、溶融池5の押し下げが不十分でブローホールおよびアンダーカットが発生する。また、電磁力によるピンチ効果が弱くなるので溶滴が切れにくくなり、その結果、溶滴が粗大化して浮遊し大粒のスパッタも発生してしまう。
【0044】
ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離Dを2〜15mmの範囲とすることは、溶接ワイヤ2の供給速度、パルスの周期等の溶接条件を適切に設定することにより実現できる。
【0045】
〔溶接ワイヤの供給量〕
パルスアーク溶接中に溶接ワイヤ2が順次供給され、溶接ワイヤ2の先端は溶融池5にスプレー移行して減耗していくことから、溶接ワイヤ2の供給量は、溶融池5の体積と相関する。本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のパルスアーク溶接方法において、溶接ワイヤ2の供給量は100〜300mm
3/sが好適である。この溶接ワイヤ2の供給量は、溶接ワイヤ2の供給速度およびワイヤ径に基づいて算出することができる。
【0046】
溶接ワイヤ2の供給量が100mm
3/sを下回ると溶融池5の体積が減少し、それゆえ溶融池5の押し下げによって鉛直方向の垂れ下がりを防止する効果が低減し、アンダーカットが発生する。
【0047】
逆に、溶接ワイヤ2の供給量が300mm
3/sを超えると溶融池5の体積が過剰となり、溶融池5が厚くなりすぎてZn蒸気が排出され難くなるため、スパッタおよびブローホールが発生し易くなる。スパッタが発生すると、その間は溶融池5の押し下げができないので、アンダーカットも発生する。
【0048】
溶接ワイヤ2の供給速度は、溶接ワイヤ2の供給量に関わるだけでなく、上記距離Dにも影響する。そのため、上記距離Dが上述した所定の範囲内となるように、かつ、溶接ワイヤ2の供給量が上述した所定の範囲内となるように、溶接ワイヤ2の供給速度が調節されるようになっていてよい。
【0049】
〔シールドガス中のCO
2濃度〕
本実施形態のパルスアーク溶接法では、溶滴をスプレー移行させるためにシールドガスとしてAr+CO
2混合ガスが用いられる。シールドガス中のCO
2濃度は5〜30体積%が好適である。CO
2濃度が5体積%未満では、パルスアークが不安定になり、ハンピング現象によりビードが蛇行してビード外観が著しく低下する。また、アーク力が変動してスパッタ、ブローホール、およびアンダーカットの発生も著しくなる。CO
2濃度が30体積%を超えた場合は、溶滴がスプレー移行せず、短絡移行となるため、スパッタ、ブローホール、およびアンダーカットの発生が著しくなる。
【0050】
〔ピーク電流〕
図3にパルスアークを発生させるための電流波形を示す。パルスアーク溶接法では、ピーク電流とベース電流とを交互に供給することによってアークを発生させる。ピーク電流IPは350〜650Aの範囲とすることが好ましい。
【0051】
ピーク電流IPが350Aを下回ると溶接ワイヤ2が溶融不足となる。この場合、ワイヤ先端2aと溶接対象部6aとの距離Dが2mmを下回り、スパッタ、ブローホール、およびアンダーカットが発生する。
【0052】
逆にピーク電流IPが650Aを超えると溶接ワイヤ2が溶融過多となる。この場合、距離Dが15mmを超え、スパッタ、ブローホール、およびアンダーカットが発生する。
【0053】
〔パルスの周期〕
周期fは1〜20msが好適である。周期fが1ms未満と短くなり過ぎると、溶接ワイヤ2が溶融過多となり、距離Dが15mmを越える。それゆえ、スパッタ、ブローホール、およびアンダーカットが発生する。一方、周期fが20msを超えて長くなり過ぎると、溶接ワイヤ2が溶融不足となって距離Dが2mmを下回り、パルスアーク3で溶融池5を押し下げる回数が減少するのでZn蒸気が排出されなくなり、スパッタおよびブローホールが発生する。また、アンダーカットも発生する。
【0054】
図4は本発明による隅肉溶接部の断面を模式図に示す図である。本実施形態のパルスアーク溶接方法では、上記のようにワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、溶接ワイヤ2の供給量、シールドガス中のCO
2濃度、ピーク電流IP、周期fを適正範囲内に制御する。これにより、スパッタ、ブローホールが抑制でき、また、
図4に示すようにアンダーカットの発生も抑制することができる。
【0055】
〔めっき付着量〕
また、本実施形態のパルスアーク溶接法を用いることにより、めっき付着量が薄目付のものから厚目付のものまで、スパッタ、ブローホール、およびアンダーカットの発生を抑制することができる。
【0056】
通常、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付の場合、Zn蒸気の発生量が多くなるため、パルスアーク溶接法を用いても溶融池からZn蒸気が抜けきらず溶融池内に滞留したZn蒸気が一気に噴出する。これにより溶融池が波打ち、溶接ワイヤの先端と溶融池とが短絡してスパッタの発生が著しくなってしまう。
【0057】
ここで、溶融Zn系めっき鋼板のめっき付着量が少ないと、めっき面の耐食性および犠牲防食作用を長期にわたって維持するうえで不利となる。種々検討の結果、片面当たりのめっき付着量は15g/m
2以上とすることがより効果的である。一方、片面当たりのめっき付着量が250g/m
2を超えるとZn蒸気の発生量が多くなり過ぎ、本実施の形態のパルスアーク溶接方法を用いてもスパッタ、ブローホール、およびアンダーカットの発生を抑制することが困難になるので、片面当たりのめっき付着量が250g/m
2以下とすることが好ましい。
【0058】
つまり、本実施形態のパルスアーク溶接法を用いることにより、溶融Zn系めっき鋼板の片面あたりのめっき付着量が15〜250g/m
2の範囲で、スパッタおよびブローホールの発生を抑制し、かつ、アンダーカットの発生を抑制することができる。そのため、溶接部外観および溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板の溶接部材を製造することができる。
【0059】
以下に、本実施形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法における、その他の各種溶接条件の好ましい具体例について説明する。
【0060】
〔溶融Zn系めっき鋼板〕
本実施の形態において溶接の対象となる溶融Zn系めっき鋼板は、溶融Znめっき鋼板、合金化溶融Znめっき鋼板、溶融Zn−Alめっき鋼板、溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板等、めっき層がZnを主成分とする溶融めっき鋼板である。
【0061】
溶融Zn系めっき鋼板のなかでも、溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板は、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:0.05〜10.0質量%を含有し、耐食性に優れるので好適である。
【0062】
ここで、前述のように、めっき層にAlを1質量%以上含むと、溶融池5の粘度が低下する。本実施形態のパルスアーク溶接法を用いることにより、めっき層にAlを1.0〜22.0質量%含む溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板を隅肉溶接する場合であっても、アンダーカットの発生を抑制することができ、溶接部外観および溶接強度に優れた溶接部材を製造することができる。
【0063】
溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板のめっき層は、めっき層外観と耐食性を低下させる原因となるZn
11Mg
2系相の生成および成長を抑制するためにTi:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%を添加してもよい。また、めっき原板表面とめっき層との界面に生成するFe−Al合金層の過剰な成長を抑制して加工時のめっき層の密着性を向上させるためにSiを2.0質量%まで添加してもよい。
【0064】
〔溶接ワイヤ〕
溶接ワイヤ2は、例えば、JIS Z3312に規定された各種ソリッドワイヤを用いることができ、具体的には、JIS Z3312 YGW15またはJIS Z3312 YGW16を用いることができる。このように、本実施形態のアーク溶接方法では、特殊な溶接ワイヤが不要であり、一般的なソリッドワイヤを用いて、スパッタ、ブローホール、およびアンダーカットの発生を抑制することができる。そのため、コストの増大を抑制しつつ、溶接部外観および溶接強度に優れた溶接部材を製造することができる。
【0065】
或いは、溶接ワイヤ2は、他の種類のものを用いてもよい。
【0066】
溶接ワイヤ2のワイヤ径は、前記供給量が確保できれば特に限定されず、例えば直径1.2mmのものを用いることができ、直径0.8〜1.6mmの範囲のものであってもよい。
【0067】
〔ベース電流〕
ベース電流IB(
図3参照)は、10〜200Aが好適である。10A未満ではアークの消灯が発生しやすく、200Aを越えると溶滴が切れにくくなる。
【0068】
〔アーク電圧〕
アーク電圧は、10〜100Vが好適である。10V未満ではワイヤ先端2aから溶融池5までの距離が短くなり、100Vを越えるとワイヤ先端2aから溶融池5までの距離が長くなりすぎる。
【0069】
〔トーチ保持角度〕
トーチ保持角度の内、トーチ角は縦板1’の板面を基準面として30〜60°が好適である。また、前進角あるいは後退角は0〜30°が好適である。トーチ角、前進角あるいは後退角は、溶接機におけるアームの溶接姿勢等の溶接条件により適宜上記範囲内で選択される。
【0070】
〔溶接姿勢、進行方向〕
溶接姿勢、進行方向は特に限定されない。横向き、縦向き、上進、下進は溶接部材の形状等により、適宜選択すればよい。
【0071】
〔溶接電源方式〕
溶接電源は特に限定されない。直流アーク方式、交流アーク方式のいずれも使用できる。溶接部材の板厚、形状、溶け込みに応じて適宜選択すればよい。
【0072】
〔溶接速度〕
溶接速度は、例えば0.4m/minとすることができ、0.1〜2m/minの範囲で、各種の溶接条件に応じて設定すればよい。なお、溶接速度が速い場合、ワイヤ径の太いワイヤを用いて、かつワイヤ供給速度を速くしてワイヤ供給量を多くすることにより、溶融池の体積の減少を防止する。
【0073】
〔ブローホール占有率、スパッタ付着個数、アンダーカット深さ〕
本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法によれば、スパッタ、ブローホールおよびアンダーカットの発生を抑制して溶融Zn系めっき鋼板同士の溶接を行うことができ、該溶接されてなる溶接部材を提供することができる。該溶接部材の評価(スパッタ付着個数、ブローホール占有率、アンダーカット深さ)について、
図5、
図6および
図1に基づいて説明する。
【0074】
図5は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材8におけるスパッタ付着個数の測定方法を説明するための図であって、隅肉溶接部を斜め上方向から観察した模式図である。ここで、隅肉溶接部とは、溶接部材8における、溶融Zn系めっき鋼板1’と溶融Zn系めっき鋼板1とが溶接され、溶接ビード7が形成されている部分およびその周辺部分のことを意味している。また、ここでは、縦板としての溶融Zn系めっき鋼板1’に、横板としての溶融Zn系めっき鋼板1の端面1aが当接されたT字継手における隅肉溶接の場合を例として説明する。
【0075】
図5の点線で示す、溶接ビード7を中心とした縦板側の縦50mm、横100mmの領域9’と、横板側の縦50mm、横100mmの領域9とを合わせた領域のスパッタ付着個数が20個以下であればスパッタが目立たず、耐食性への影響も小さい。本発明における溶接部材8は、領域9と領域9’とを合わせた領域9・9’のスパッタ付着個数が20個以下であり、溶接外観と耐食性に優れる。
【0076】
図6は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材8におけるブローホール占有率の測定方法を説明する図であって、隅肉溶接部を斜め上方向から観察した模式図である。
図6に示すように、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とが溶接されてなる溶接部材8には溶接ビード7が形成されており、該溶接ビード7はブローホール7aを有していることが多い。また、溶接ビード7の長手方向(溶接線方向)の長さを長さLとし、溶接ビード7の一端部からi番目のブローホールの長さをdiとする。
【0077】
建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル(建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル編集委員会)によれば、
図6に模式図的に示す各ブローホール7aの長さdiの積算値、すなわち溶接ビード7に形成された全てのブローホール7aの長さを測定して積算した積算値Σdi(mm)の測定値から下記(1)式により算出されるブローホール占有率Brが30%以下であれば溶接強度に問題ないとされている。本発明における溶接部材8は、ブローホール占有率Brが30%以下であり、溶接強度に優れる。
【0078】
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(1)
ここで、
di:溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ
である。
【0079】
また、次に、アンダーカットの限界許容差について、
図1を用いて説明する。日本建築学会建築工事標準仕様書(JASS6鉄骨工事)では、
図1に示す隅肉溶接におけるアンダーカットの深さeの限界許容差は0.5mm以下と規定されている。アンダーカットの深さeが0.5mmを超えると溶接強度不足で不良品と判定され、再製作または補修が必要となる。本発明による隅肉溶接のアンダーカットの深さeは0.5mm以下であり、溶接強度に優れる。
【0080】
(アーク溶接機)
以下に、本発明の一実施形態におけるパルスアーク溶接方法を実施するために用いられるアーク溶接機について、
図7を用いて説明する。
図7は、本実施の形態におけるアーク溶接方法を実施する装置の一例としてのアーク溶接機10の構成を示す概略図である。
【0081】
図7に示すように、アーク溶接機10は、溶接電源11、表示入力部12、シールドガス供給機構13、ワイヤ送給装置14、アーム駆動部15、溶接トーチ16、およびワークテーブル17を備えている。なお、アーク溶接機10としては、以下に格別に記載することを除いて、公知の機器を使用することができる。そのため、説明の便宜上、詳細な説明は省略し、概略的に説明する。
【0082】
溶接電源11は、パルスアークを発生させるための電力を溶接トーチ16に供給する。また、溶接電源11は、母材である溶融Zn系めっき鋼板1と母材側ケーブル11bによって電気的に接続されている。
【0083】
また、溶接電源11は、制御部11aを備えている。この制御部11aは、表示入力部12を用いてユーザが設定した溶接条件に基づいて、アーク溶接機10の各部を制御する。制御部11aは、CPU(Central Processing Unit)等の演算素子、およびHDD(Hard Disc Drive)等のメモリ部品により構成されている。
【0084】
表示入力部12は、例えばタッチパネルにより構成されている。表示入力部12の具体的な態様は特に限定されない。
【0085】
シールドガス供給機構13は、シールドガスとしてAr+CO
2混合ガスを供給する。ワイヤ送給装置14は、シールドガス供給機構13から供給されたシールドガスとともに溶接ワイヤ2を溶接トーチ16に送給する。
【0086】
アーム駆動部15は、溶接トーチ16を移動可能に保持したロボットアーム15aを駆動して、溶接トーチ16の三次元的な位置を決定する。溶接トーチ16は、その内部を溶接ワイヤ2および上記シールドガスが通過するとともに、溶接電源11からワイヤ送給装置14を介して送電される電力を用いて、アーク溶接を行う。ロボットアーム15aは、溶接トーチ16を介して溶接ワイヤ2を支持する。
【0087】
ワークテーブル17は、制御部11aからの信号に基づいて、水平方向の二次元方向に移動可能となっている。ワークテーブル17が、
図7の紙面を垂直に貫く方向に移動することにより、溶融Zn系めっき鋼板1・1’が移動して隅肉溶接が行われる。つまり、ワークテーブル17の移動速度によって、溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の溶接速度が決定される。また、ワークテーブル17は鉛直方向にも移動可能となっていてもよい。
【0088】
制御部11a、ワイヤ送給装置14、アーム駆動部15、およびワークテーブル17は、ワイヤ先端2aと溶接対象部6aとの距離D(相対位置)を制御する位置制御機構として機能する。
【0089】
(溶接機の作動方法)
前述のように、本実施形態のアーク溶接方法では、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、溶接ワイヤ2の供給量、シールドガス中のCO
2濃度、ピーク電流IP、周期fを適正範囲内に制御する。
【0090】
本実施形態において、アーク溶接機10は、下記のステップにて作動する。
【0091】
{第1ステップ(位置セッティング)}
先ず、制御部11aは、アーム駆動部15を用いて、距離Dが2〜15mmの範囲となるために適した基準位置に溶接トーチ16を配置する。この基準位置は、例えば、溶接ワイヤ2の先端が溶接対象部6aに当接する位置である。このように基準位置を決める場合には、アークが点弧して瞬時に溶接ワイヤ2が溶融することにより距離Dが発生する。
【0092】
基準位置に溶接トーチ16を配置するために、ユーザが表示入力部12を用いてXYZパラメータを設定してもよい。
図7に示す状態では、溶融Zn系めっき鋼板1の板厚を考慮して、XYZパラメータを設定することになる。
【0093】
{第2ステップ(溶接条件入力)}
次に、ユーザが、表示入力部12を用いて各種溶接条件を入力する。制御部11aは、入力された条件に基づいて、溶接ワイヤ2の適切な供給速度を算出する。溶融Zn系めっき鋼板の板厚から、溶接ビードにおける必要な脚長が決まる。算出された脚長から、溶融池における必要な体積がほぼ決まり、溶融池の体積と溶接速度とからワイヤ供給量が算出できる。算出したワイヤ供給量と溶接ワイヤ2の径とからワイヤ供給速度を算出することができる。これらの算出に用いる値と算出される値(例えば、板厚および脚長)との関係は、予め数式で規定されているか、または両者の対応関係がテーブルとして予め定められていればよい。
【0094】
{第3ステップ(溶接)}
アーク溶接中において、制御部11aは、距離Dを2〜15mmの範囲内に維持し、溶接ワイヤ2の供給量を100〜300mm
3/sとするために、以下の(i)〜(iv)のような制御を行う。
【0095】
すなわち、制御部11aは、(i)ワイヤ送給装置14によるワイヤ供給速度を調節する、(ii)ワークテーブル17の移動速度(溶接速度)を調節する、(iii)アーム駆動部15を用いて溶接トーチ16の位置を調節する、(iv)ワークテーブル17を移動させて、距離Dを調節する、といった制御を行う。
【0096】
なお、上記(i)〜(iv)以外の方法によって、アーク溶接中における、距離Dを2〜15mmの範囲とし、溶接ワイヤ2の供給量を100〜300mm
3/sとしてもよい。例えば、実際に距離Dが2〜15mmの範囲内に収まっているかどうかを確認するために、撮像装置(例えば、ハイスピードカメラ)によって撮像した画像を解析することにより、距離Dを測定してもよい。この構成では、アーク溶接機10は、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離Dを示す画像を取得する撮像装置、および当該撮像装置が取得した画像を解析し、距離Dを算出する画像解析装置を備えている。上記画像を解析することにより距離Dを算出する方法については、公知の技術を用いればよい。
【0097】
距離Dの実測値が適正範囲内にない場合には、溶接条件を再設定する。溶接条件の再設定については、ユーザが行ってもよいし、制御部11aが行ってもよい。制御部11aが溶接条件を再設定する場合には、溶接中にリアルタイムに溶接条件を再設定してもよい。
【実施例】
【0098】
表1に示す4種類の溶融Zn系めっき鋼板を用いて、隅肉溶接継手を構成してパルスアーク溶接を行った。溶接ワイヤ2は直径1.2mmのJIS Z3312 YGW12を用い、溶接速度0.4m/min、ビード長さ180mmとした。
【0099】
【表1】
【0100】
また、溶接中に、ワイヤ先端2aと、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部6における溶接状態を下記に示す条件でハイスピードカメラ撮影することにより、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離Dを測定した。パルスアーク溶接後、前述の方法でスパッタ付着個数およびブローホール占有率Brを測定した。また、アンダーカットの深さeはダイヤルゲージで測定した。
【0101】
〔ハイスピードカメラ撮影条件〕
ハイスピードカメラ:(株)ノビテック社製M310
可視化用レーザ光源:Cavitra社製CAVLUX HF
パルス波長:810nm
撮影コマ数:4000コマ/秒。
【0102】
表2は、溶融Zn系めっき鋼板として溶融Zn−6%Al−3%Mgめっき鋼板を用い、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、および溶接ワイヤ供給量を変化させて、スパッタ付着個数、ブローホール占有率Br、アンダーカットの深さeを調査した結果である。
【0103】
【表2】
【0104】
No.1〜22の実施例のように、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、および溶接ワイヤ供給量、が本発明の範囲内である場合、スパッタ付着個数を20個以下、ブローホール占有率Brを30%以下、アンダーカットの深さeを0.5mm以下とすることができる。それゆえ、スパッタ、ブローホール、アンダーカットが抑制されて溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られることがわかる。
【0105】
これに対して、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、溶接ワイヤ供給量のいずれかが本発明の条件範囲外であるNo.23〜31の比較例では、スパッタ、ブローホール、アンダーカットの発生が著しく、溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られない。
【0106】
表3は、種々のめっき組成と付着量を有する溶融Zn系めっき鋼板を用いて、種々のパルスアーク溶接条件、距離D、溶接ワイヤ供給量において溶接を行い、スパッタ付着個数、ブローホール占有率Br、アンダーカットの深さeを調査した結果である。
【0107】
【表3】
【0108】
No.32〜44に示すように、めっき付着量、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、および溶接ワイヤ供給量が本発明の範囲内である場合、スパッタ付着個数を20個以下、ブローホール占有率Brを30%以下、アンダーカットの深さeを0.5mm以下とすることができる。それゆえ、スパッタ、ブローホール、アンダーカットが抑制されて溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られることがわかる。
【0109】
これに対して、めっき付着量、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、溶接ワイヤ供給量のいずれかが本発明の条件範囲外であるNo.45〜53の比較例では、スパッタ、ブローホール、アンダーカットの発生が著しく、溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られない。
【0110】
表4は、片面あたりのめっき付着量が190g/m
2の溶融Zn−6%Al−3%Mgめっき鋼板を用い、種々のパルスアーク溶接条件、距離D、溶接ワイヤ供給量、および溶接ワイヤ直径において溶接を行い、スパッタ付着個数、ブローホール占有率Br、アンダーカットの深さeを調査した結果である。
【0111】
【表4】
【0112】
No.54〜75に示すように、種々の溶接ワイヤ直径に関わらず、めっき付着量、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、および溶接ワイヤ供給量が本発明の範囲内である場合、スパッタ付着個数を20個以下、ブローホール占有率Brを30%以下、アンダーカットの深さeを0.5mm以下とすることができる。それゆえ、スパッタ、ブローホール、アンダーカットが抑制されて溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られることがわかる。
【0113】
これに対して、めっき付着量、シールドガスの組成、ピーク電流IP、周期f、ワイヤ先端2aから溶接対象部6aまでの距離D、溶接ワイヤ供給量のいずれかが本発明の条件範囲外であるNo.76〜84の比較例では、スパッタ、ブローホール、アンダーカットの発生が著しく、溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られない。