特許第6906515号(P6906515)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6906515
(24)【登録日】2021年7月1日
(45)【発行日】2021年7月21日
(54)【発明の名称】組織試料での薬物結合分析法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20210708BHJP
   G01N 33/536 20060101ALI20210708BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20210708BHJP
   C12N 9/50 20060101ALN20210708BHJP
   C12N 9/99 20060101ALN20210708BHJP
【FI】
   G01N33/53 Y
   G01N33/536 B
   G01N27/62 V
   !C12N9/50
   !C12N9/99
【請求項の数】13
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2018-524264(P2018-524264)
(86)(22)【出願日】2016年11月18日
(65)【公表番号】特表2018-537668(P2018-537668A)
(43)【公表日】2018年12月20日
(86)【国際出願番号】EP2016078131
(87)【国際公開番号】WO2017085251
(87)【国際公開日】20170526
【審査請求日】2019年10月8日
(31)【優先権主張番号】1551503-4
(32)【優先日】2015年11月20日
(33)【優先権主張国】SE
(73)【特許権者】
【識別番号】518159142
【氏名又は名称】トリート4ライフ アーベー
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100185269
【弁理士】
【氏名又は名称】小菅 一弘
(74)【代理人】
【識別番号】100202577
【弁理士】
【氏名又は名称】林 浩
(72)【発明者】
【氏名】マルコ−ヴァルガ ジョルジー
(72)【発明者】
【氏名】フェーニンガー トーマス
(72)【発明者】
【氏名】杉原 豊
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特表2003−503707(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/128309(WO,A1)
【文献】 特表2014−526685(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/036885(WO,A1)
【文献】 特表2014−508946(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/126873(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0157328(US,A1)
【文献】 国際公開第2015/038784(WO,A1)
【文献】 特開2009−079046(JP,A)
【文献】 緒方是嗣,イメージング質量顕微鏡による薬物分布の可視化,有機合成化学協会誌,2016年10月 1日,Vol.74 No.10,Page.995-997
【文献】 H. J. Kwon, et al.,DRUG COMPOUND CHARACTERIZATION BY MASS SPECTROMETRY IMAGING IN CANCER TISSUE,ARCHIVES OF PHARMACAL RESEARCH,2015年,vol. 38, no. 9,pp. 1718 - 1727
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 27/62
G01N 33/536
C12N 9/50
C12N 9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
置換競合阻害を使用して、組織試料の結合部位に可逆的に結合するリガンドによる結合部位への特異的結合を決定するための方法であって、未標識リガンドを、標識リガンドの非存在下で第1の組織検体と共にインキュベートするステップ、前記未標識リガンドを、標識リガンドの存在下で第2の組織検体と共にインキュベートするステップ、およびその後、前記第1の組織検体および第2の組織検体におけるリガンド局在化を、MALDIイメージング質量分析法を使用して視覚化するステップを含み、前記第1の組織検体および第2の組織検体が、検体の隣接切片である、方法。
【請求項2】
前記標識リガンドが、同位体で標識されているリガンドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記同位体で標識されているリガンドが、重水素標識リガンドまたは13C−同位体標識リガンドである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
標識リガンドのモル濃度が、置換競合阻害中の前記未標識リガンドのモル濃度より高い、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
標識リガンドのモル濃度が、置換競合阻害中の前記未標識リガンドのモル濃度より5〜10000倍高い、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記未標識リガンドが、ナノモル濃度であり、同位体標識リガンドが、マイクロモル濃度である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記リガンドおよび標識リガンドが同族体である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
標的タンパク質の局在化および同位体の結合が、共局在化により確認される、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
リガンドおよび/または標識リガンドが、MALDIイメージング質量分析法を使用して定量化される、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記未標識リガンドを、少なくとも2つの異なる濃度の標識リガンドと共に、組織検体の隣接切片でインキュベートするステップを含む、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
異なる標識リガンド濃度の滴定を使用するステップを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記リガンドが、最初に第1の時点で第2の組織試料に添加され、前記標識リガンドが、後の第2の時点で添加される、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記リガンドが、ベムラフェニブであり、前記標識リガンドが、13C−ベムラフェニブである、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、質量分析イメージングの分野に関する。より詳しくは、本方法は、薬物特異性および薬物選択性を分析する能力に関し、特に、本発明は、質量分析イメージングにより、患者試料中の薬物および代謝物の存在および局在化を決定することが可能なマルチモーダル法を記述する。
【背景技術】
【0002】
今日、ヘルスケア分野でかつてなく増加の一途をたどる需要は、研究コミュニティに対して、費用効果を向上させつつ臨床転帰を向上させることができる新しい解決策を確立および考案するための高い見通しおよび運用能力を課していることが知られている。
【0003】
こうした課題に答えるために、現代的ヘルスケアは、患者に対してより効率的かつ有益であり、ならびによりコスト削減的である、患者の治療方法を摸索している。規制指示の導入は、研究コミュニティにとって、例えば、より安全で、死亡率が低く、迅速に効力を発揮する薬物を待ち望んでいるがん患者の要求を満たそうとするための中核をなす。
【0004】
したがって、医師が、疾患を診断し、かつ療法に対する患者応答を明らかにすることができる、新しい診断方法が必要とされている。
【0005】
国立がん研究所、NIH、ならびに地方の臨床医および科学者が共に取り組んだ結果、タンパク質バイオマーカーの発見および検証戦略を案出および提供するための広範な進展が得られている。こうした規制ガイドラインは、規制当局(例えば、米国食品医薬品局;FDA)の承認審査過程に、健康、疾患、療法に対する応答に関する、高品質標準化され、感受性であり、特異的であり、定量的であり、容易に入手可能なタンパク質、ペプチド、または他のバイオマーカーを提供する。こうした開発は、医療従事者が、薬物作用機序を理解することにより診断を向上させ、がんを早期に検出し、がん再発の可能性を特定し、生存差異により病期を階層化するために重要である。
【0006】
がんは、悪性新生物または病理学的悪性腫瘍形成としても知られている。がん疾患機序には、異常細胞増殖が関与しており、異常細胞増殖は、身体内の器官および領域の他の部分へのこれらがん細胞の浸潤および最も考え得る拡散をもたらすことになる。症状の最も一般的な徴候としては、通常、異常出血、および/または長い咳、原因不明の体重減少、および便通の変化が挙げられる。こうした症状は、がんを示す場合があり、他の問題により生じる場合もある。また、ヒトに影響を及ぼす何百もの様々な既知のがんが存在し得る。
【0007】
がん死亡の約22%の原因がタバコ使用によることは周知の事実である。別の10%は、体重過多および肥満、偏った食生活、ならびに多くの場合は身体運動の欠如およびアルコールの過剰摂取による。他の因子としては、ある感染症、ならびに/または感染症および環境汚染物質との接触が挙げられる。開発途上世界では、がんの20%近くは、B型肝炎、C型肝炎、およびヒトパピローマウイルス等の伝染症によるものである。こうした因子は、少なくとも部分的には、細胞の遺伝子およびタンパク質を変化させることにより作用する。典型的には、多くのそのような遺伝的変化は、がんを発症する前であることが必要である。統計的には、がんのおよそ5〜10%は、個人の親から受け継いだ遺伝的欠陥によるものである。
【0008】
がん拡散および疾患開始期は、ある徴候および症状または診断検査により検出することができる。その後、それは、典型的には、X線、CT、PET、MRI、または質量分析イメージング等の種々のタイプの医用画像プラットフォームにより更に検査され、生検の病理学診断により確認される。乳がんのスクリーニングの有用性は、乳がんを有する女性ならびに前立腺がんを有する男性の治療により証明されているように、患者ならびに我々の社会の両方にとって価値がある。これら両疾患の場合、診断法が開発されたことより、過去10年で死亡率が著しく低下した。
【0009】
がんは、放射線療法、手術、および/または化学療法の幾つかの組み合わせで治療されることが多い。最近、標的療法が非常に効率的であることが証明されている。生存の可能性は、がんのタイプ、および任意のタイプの療法治療の開始時における疾患の程度に依存する。がんの世界的な統計は、あらゆる国のヘルスケアセクターの課題である。2012年には、全世界でおよそ1400万件の新しいがん症例が生じたことが判明しており、こうしたデータには、皮膚がんおよび他のタイプの悪性黒色腫を有する患者は含まれていない。それは、全世界で、約820万件の死亡、つまり全死亡率の14.6%を引き起こした。
【0010】
男性で最も一般的ながんタイプは、肺がん、前立腺がん、結腸直腸がん、および胃がんである。女性で最も頻繁な事象は、乳がん、結腸直腸がん、肺がん、および子宮頸がんである。しかしながら、皮膚のおよび全タイプの悪性黒色腫を含めると、症例の約40%を占めることになる。小児の場合、がんタイプは様々であり、最も一般的なものは、急性リンパ芽球性白血病および脳腫瘍である。しかしながら、アフリカでは、最も一般的ながん疾患は、非ホジキンリンパ腫である。がんの財務コストは、2010年時点では、年間$1兆1600億米ドルと見積もられている。
【0011】
個別化医療は、個々の患者に合わせた医学的治療モデルである。個別化医療では、最適な療法が、患者の遺伝的内容または他の分子分析もしくは細胞分析の状況に基づき、適切な治療を選択するために使用されることが多い。
【0012】
遺伝情報の使用、つまり薬理ゲノミクスは、個別化医療のある態様において主要な役割を果たしており、この用語は、当初は遺伝学の文脈で造語されたものであるが、それ以降、あらゆる種類の標的個人読み取り診断検査(targeted personal read out diagnosis testing)を包含するように拡大されている。
【0013】
個別化医療の現代的進歩の幾つかは、初期の疾患確認に結び付くDNA/RNA、および/またはタンパク質をマッピングすることにより、患者の基本的な生物学的特徴を確認する「OMICS」技術(ゲノミクス、プロテオミクス、またはメタボロミクス等の、−ミクスで終わる生物学研究分野)に依存する。4P医学(4P medicine)の概念は、こうしたOMICSプラットフォームを使用し、今日、オバマヘルスケアシステムがその開発に著しい資源を投資している現代的ヘルスケアに必須の役割を果たす。
【0014】
研究者らは、支援的バイオ分子分析により、所与の疾患突然変異、およびそれがある疾患と関連し得るか否かを確認するために、GWAS(ゲノムワイド解析)と呼ばれる研究を行うことが多い。GWAS研究では、ある疾患を研究し、その後、その特定の疾患を有する多数の患者のゲノムを配列決定して、ゲノムに共通する突然変異を探し出すことになる。
【0015】
その後、ゲノム配列を探索してその同じ突然変異を見出すことにより、特異的な疾患遺伝子型および場合によっては表現型を診断するために、GWAS解析により疾患と関連することが判明した特異的な体細胞突然変異または点突然変異を使用することができる。
【0016】
複数の遺伝子が、集団的に、多くの一般的で複雑な疾患の発症可能性に影響を及ぼす。したがって、個別化医療の進歩は、個体およびそれらのゲノム特徴に特異的であることが証明されている治療手法の著しい多様化をもたらすことになる。個別化医療は、より良好な診断法開発を提供することにより、効率性を向上させ、より早期の介入、ならびにより効率的な薬物開発および療法をもたらすだろう。
【0017】
ありとあらゆる患者を個体ベースで調査することができることにより、より正確な診断および個別化治療計画が可能になるだろう。現代的な遺伝子型決定は、個体のDNA配列の詳細な説明を提供し、その後、それら個体のゲノムを、考え得る疾患状態を説明することができる既存の遺伝子変異を評価するために、参照ゲノムと比較することができる。
【0018】
個別化医療は、正確な治療に加えて、予防ケアの進展を大きく支援することができる。これは、この数年で証明されており、女性は、それぞれBRCA1およびBRCA2遺伝子のある突然変異について遺伝子型が同定されており、乳がんまたは卵巣がんの家族歴による疾病素質が調査されている。
【0019】
多数の疾患症状源を特定する(ゲノム内に存在する突然変異に従ってマッピングされる)ことは、それらを個体においてより容易に特定することができればできるほど、治療を成功させる機会がより良好になることを示す。
【0020】
個体の遺伝的内容を有することにより、最終的には、疾患源の決定、したがってその治療またはその進行防止における、より良好な判断指針が可能になるだろう。
【0021】
コンパニオン診断は、標的の患者群または亜群に特異的な薬物の効力および安全性を試験するために使用されている定義である。多くの場合、コンパニオン診断アッセイは、治療学的治療効率の増強に有用である。
【0022】
今日、現代的ヘルスケアでは、医師は、患者に最も効果的な治療療法を見出すまで、試行錯誤戦略を使用することが多いことが一般的である。
【0023】
個別化医療では、こうした治療は、より特異的に個体に適合させることができ、ゲノムおよびその後転写されて最終的に発現されたタンパク質に基づいて、身体が薬物に対してどのように応答するかおよびその薬物が作用することになるか否かに対する洞察をもたらすことができる。
【0024】
最近、がん分野では、伝統的な疾患病理学内で提示されているがんタイプの遺伝的多様性に関する多くの事柄が発見されている。がん患者の腫瘍不均一性の定義は、単一腫瘍内の遺伝的多様性である。他にも可能性があるが、こうした発見は、一般集団に適用しても転帰が不良である薬物が、それにも関わらず、特定の遺伝プロファイルを有する一部の場合では成功する場合があることを特定する可能性を高める。
【0025】
非特許文献1では、MALDI質量分析イメージング(MSI)が、組織試料の二次元空間内に未標識小分子を正確に視覚化することを可能にする技術プラットフォームを提供することが示された。BRAF突然変異タンパク質を標的としているプロテインキナーゼ阻害剤であるベムラフェニブを投与した患者の、悪性黒色腫等の種々のがん内部の質量分析イメージングデータも提供されている。
【0026】
したがって、個体を考慮した、向上された治療法は、高度に複雑な疾患生物学における治療指針を支援することができる新規の方法によるものであれば有利だろう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0027】
【非特許文献1】Ho Jeong Kwonら、Arch.Pharm.Res.(2015年)38巻:1718〜1727頁
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0028】
したがって、好ましくは、本発明は、置換競合阻害(displacement competitive inhibitio)を使用して、組織試料の結合部位と可逆的に結合するリガンドの特異的結合を決定するための方法を提供することにより、上記で特定されている当技術分野の欠点の1つまたは複数を軽減、緩和、または除去することを試みるものである。本方法は、リガンドを、標識リガンドの非存在下で第1の組織検体と共にインキュベートするステップ;リガンドを、標識リガンドの存在下で第2の組織検体と共にインキュベートするステップを含み、第1および第2の組織検体は、検体の隣接切片である。その後、MALDIイメージング質量分析法を使用して、第1および第2の組織検体での結合リガンド局在化をそれぞれ視覚化する。
【0029】
本発明が為し得るこれらおよび他の態様、特徴、ならびに利点は、添付の図面を参照して、本発明の実施形態の以下の説明から明白および解明されるだろう。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】(A)組織学的に染色された(H&E)組織切片、(B)マトリックス(MSマトリックス)に含浸された組織切片、(C)MS実験の薬物からのイオンシグナル、ならびに(D)組織学的切片およびイオンシグナルのオーバーレイを示すMSI実験手順の図である。
図2】本方法の薬物定量化原理、ならびに薬物濃度と質量分析イメージングによるシグナル応答との間(BおよびC)の(A)線形関係性を示す図である。
図3】腫瘍組織全体にわたるそれぞれの組織切片間の間隔が10マイクロメートルである組織学的切片の(A)画像、ならびに(B)薬物化合物およびその特異的局在化の質量分析組織イメージングを示す図である。
図4】(A)薬物ベムラフェニブの分子構造、および(B)同位体標識13C−ベムラフェニブ(星印は炭素13同位体を示す)の分子構造を示す図である。
図5】黒色腫がん腫瘍から生成されたMSI画像を示す図である。(A)ベムラフェニブシグナル応答は、MSモード(m/z 490.078)で示されており、(B)は、親イオン(MS/MS、(m/z 383.1))から生成された断片イオンを示し、(C)は、ベムラフェニブ化合物シグナル(MS/MS、(m/z 262.1))に由来する第2の断片イオンを示し、(D)は、3つ全てのシグナルのオーバーレイを示す。
図6】がん患者の組織切片に由来する画像キャプチャを示す。この画像には単離細胞堆積形態(single cell disposition morphology)が示されている。
図7】対応する組織学的画像(A)を示す組織内に100nMベムラフェニブを投与し、その後100mM 13C−ベムラフェニブ(m/z 389.1)および100nMベムラフェニブ(m/z 383.1)を組織内に投与した実験を行って(C)、100mM 13C−ベムラフェニブ競合結合後のベムラフェニブ(m/z 383.1)の残りを観察したがん患者の組織切片からの画像キャプチャ(B)を、対応する組織学的画像(D)と共に示す図である。
図8】(A)は、100nMベムラフェニブを投与した、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を欠如する患者に由来する組織切片からのベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 383.1)による画像キャプチャ(陰性対象)を示し、(B)は、100nMベムラフェニブを、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する患者に由来する組織内に投与した組織切片からのベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 383.1)による画像キャプチャを示し、(C)は、100nMベムラフェニブおよび1μM 13C−ベムラフェニブを組織内に投与した組織切片からの13C−ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。
図9】(A)は、ベムラフェニブ(100nM)を、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する患者に由来する組織内に投与した組織切片からのベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 383.1)による画像キャプチャを示し、(B)は、ベムラフェニブを、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を欠如する患者に由来する組織内に投与した組織切片からのベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 383.1)による画像キャプチャを示し(陰性対照)、(C)は、100nMベムラフェニブおよび1μM 13C−ベムラフェニブを投与した、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する患者の組織切片の細胞からの13C−ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。
図10】同時インキュベーション滴定実験の画像キャプチャを示す図である。この同時インキュベーション滴定実験では、一定濃度のベムラフェニブが組織試料に投与され、13C−ベムラフェニブが、(A)から(D)まで、それぞれ100nM、1μM、10μM、100μMの漸増濃度の滴定系列で添加され、インキュベーション後、13C−ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 389.1)が測定される。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下の説明は、組織試料中で薬物特異性および薬物選択性を測定するための質量分析法、特に、質量分析イメージングによる患者試料中の単一または複数の薬物および代謝物の存在をスクリーニングすることが可能なマルチモーダルアッセイ、および患者組織試料との薬物相互作用特性を特徴付けるための方法に適用可能な本発明の実施形態に注目する。しかしながら、本発明は、この応用に限定されず、組織試料中で分子特性および相互作用を測定するための他の応用に適用することができることが理解されるだろう。
【0032】
質量分析法(MS)は、任意の所与の分子の固有特性、つまりその質量を、非常に高い感度で測定するため、価値のある分析技術である。したがって、MSは、広範な分子タイプおよび広範な試料タイプ/生物学的物質の測定に使用することができる。このイオン化プロセスでは、形成された断片イオンの一部がトラップ内で不安定となる条件下で質量選択的線形イオントラップ内へと加速させることにより、前駆体イオンが活性化される。時間遅延後、以前は不安定だった断片の捕捉が可能になるように、イオントラップの安定性パラメーターが変更される。その結果は、改変された内部エネルギー分布を有する前駆体イオンに由来する産物イオンスペクトルである。線形イオントラップ内に前駆体イオンを進入させた後、数ミリ秒間にわたって前駆体内部エネルギー分布の発生を追跡することが可能である。時間遅延断片化産物イオンスペクトルは、典型的には、低減された連続断片化産物を表示し、より容易に解釈されるスペクトルに結び付く。時間遅延断片化に重要な幾つかの重要な実験パラメーターは特定されており、この技法は、小型前駆体イオンおよび多荷電分子の両方に応用を有する。
【0033】
タンデム型質量分析(MS/MS)は、複雑な混合物の現代的質量分析研究のほとんどの中核をなしている。断片化は、標的ガスとの衝突により前駆体イオンを活性化させることを含み、荷電断片または中性断片を産生することができる。断片イオンの性質ならびにそれらの強度は、前駆体イオンの構造を示していることが多く、したがって、未知の分析物を同定するための有用な情報を生成することができるだけでなく、様々な種類の分析物に有用なスクリーニング技法を提供することができる。多重衝突による活性化は、活性化時間を延長し、かつより高いエネルギーが前駆体イオンに付与されることを可能にする。また、より高い衝突ガス圧力は、より高い衝突緩和速度を意味する。
【0034】
マトリックス支援レーザー脱離/イオン化法(MALDI)は、質量分析法で使用されるソフトイオン化技法である。伝統的なMALDIは、3段階プロセスである。試料を好適なマトリックス材料と混合し、試料金属プレートにアプライする。パルスレーザーを試料に照射し、分析物分子を、アブレーションガスのホットプルーム中でプロトン化または脱プロトン化することによりイオン化し、その後、分析用の質量分析計内へと加速させることができる。
【0035】
MALDI質量分析イメージングは、マトリックス支援レーザー脱離(MALDI−MSI)を、質量分析イメージング技術と共に使用することであると定義される。この場合、試料は、薄い組織切片で構成される。組織切片試料の調製は、MSI内の重要なステップである。MALDIマトリックスが、伝導性顕微鏡スライドにマウントされた薄い切片に添加される。マトリックス物質は、レーザー波長を吸収し、分析物をイオン化しなければならない。マトリックス選択および溶媒系は、イメージングしようとする分析物の種類に大きく依存する。分析物は、マトリックスと混合し、それを再結晶させるために、溶媒に可溶性でなければならない。マトリックスは、感度、強度、および測定間再現性を増加させるために、均一な被覆を有していなければならない。マトリックスをアプライする際は、非局在化を回避するために最小限の溶媒が使用される。
【0036】
このステップ後、顕微鏡スライドは、MALDI質量分析計に挿入される。この機器により、薬物化合物および代謝物薬物分子等の分子種の空間分布が記録されることになる。その後、好適な画像処理ソフトウェアを使用して、質量分析計からデータを取り込んで、試料の光学的画像の視覚化および比較を可能にする。
【0037】
MSI調査が終了したら、組織切片を組織学的染色にかけてもよい。これは、目的の区域を標的とするために実施され、目的の分子を抑制する種を除去するために、洗浄で前処理される。
【0038】
図1には、MSI実験手順が示されている。組織を組織学的染色により特徴付ける。MSI実験は、マトリックス堆積により行われ、MSI実験後は、薬物分析を提供することにより実施される。組織学的切片画像およびイオンシグナルを、オーバーレイし、2つの画像をオーバーレイし、共通の共局在化を特定することにより、右端の画像キャプチャに表示することができる。オーバーレイは、組織内の腫瘍細胞局在化、および薬物の共局在化の証拠を提供する。画像は、試料に由来するデータのイオン強度対相対位置をプロットすることより構築される。その場合、空間分解能は、分析から得られる分子情報に大きな影響を及ぼす。
【0039】
この技法を生物学的研究に応用することは、その導入以来著しく増加している。MALDI−MSIは、疾患の理解に大きく貢献し、診断法および薬物送達を向上させている。MALDI−MSIは、薬物と代謝物とを区別することができ、がん研究に組織学的情報を提供することができているため、新しいタンパク質バイオマーカーを見出すための有望なツールである。質量分析イメージング(MSI)技術は、現在、医薬品産業における創薬ならびに新薬開発プロセスで使用されている。
【0040】
薬物特徴付けの場合、MSI技術は、主要器官における薬物分布を調査するために産業的に使用されている。ADME薬物動態学的特性は、薬物毒性の可能性および薬物代謝と共に、FDAおよびEMEA機関が新医薬品実体を承認するために要求する重要な規制考慮項目である。それには、一般的に動物モデルが使用される。現在では、MALDIプラットフォームは、医薬品およびバイオテクノロジー産業ならびに国立研究センターおよびアカデミアで応用される最も一般的な質量分析技術である。
【0041】
組織内の微小不均一性は、マトリックス内部標準物質の使用により補償することができ、その後、マトリックス内部標準物質は、データおよび定量化の正規化に使用される。組織表面のマトリックス結晶の均一な薄層による(内部標準物質を用いたまたは用いていない)マトリックスの全体的組織被覆は、再現性の高いデータおよび高品質データを提供するために決定的に重要である。
【0042】
薬物の定量化は、MALDI/MSIにより行うことができ、長い年月をかけて開発されており、例は、図2(C)に示されている。薬物定量化は、既知濃度の薬物溶液調製物をアプライし、それを組織表面(B)にアプライすることにより達成することができる。次に、様々なレベルの薬物溶液を、MALDIイメージング実験により分析する。その結果生じるシグナル応答強度を、薬物濃度に対してプロットすることができ、図2に示されているような較正実験(A)で線形関係性を確立することができる。
【0043】
MALDI/MSIは、標識を必要とせず、任意の組織環境内の天然薬物構造およびそれらの代謝物に応用することができる。薬物拡散が器官にわたって生じると共に、種々の細胞層にわたって濃度勾配が生じることになる。組織全体にわたって細胞間または細胞内に局在化されるこうした薬物および代謝物堆積は、組織の微小環境ならびに所与の薬物構造の薬物動態変数に依存するだろう。組織構造および組織形態の全体にわたる濃度勾配を示す薬物の空間分布の特定は、図3A〜Bに示されており、これにより、薬物レベルをアラインし、それを組織形態に関連付けることが可能である。図3では、組織の組織学的画像(図3A)は、腫瘍の組織および形態がわかるように、ここでは隣接する切片順に並べ替えられている。ベムラフェニブ(MS m/z 490.078)を分析する薬物画像データ(図3Bに示されているMSI実験)のアーキテクチャーとして、腫瘍環境を使用する。図から理解できるように、様々な組織構造要素が、ベムラフェニブシグナルと共局在化されている。
【0044】
多くの異なるMSに基づく定量化法が、この10年間で開発中であり、それらは、通常、比較のためのある種の標準物質が関与する少数の基本的技法に依存する。
【0045】
相対的な定量的薬物イメージング法は、2つ以上の試料間の相対存在量比を測定し、標識に基づく方法および標識を用いない方法に分類することができる。技法によって利点は異なる;例えば、in vivo標識はより効率的であり、細胞内のあらゆる分子を標識する可能性があるが、一部の試料(例えば、ヒト試料)では現実的でないことが多い。その一方で、in vitro法は、原理的に任意のタイプの試料に適用することができる。いずれの場合でも、薬物分子レベルで定量値を算出するには、共通の課題が存在する。
【0046】
MSに基づくイメージング定量法は、絶対的定量化および/または相対的定量化のいずれかの2つのグループに分類することができる。
【0047】
無標識薬物分子は、それぞれのシグナル読み取りシグナルを用いて、1つのシグナル応答を別のものに関連付ける相対的分析方法により定量化することができる。ピーク強度を決定し、異なる実験で一致する分子の比を算出する。
【0048】
絶対的定量化は困難であることが判明しており、戦略は、標識型の薬物分子を使用することを含むことが多い。薬物化合物は、通常、構造内に安定同位体を組み込むことにより、任意の所与の試料中の全ての他の分子の質量を予測可能な様式で変更することによって(図4に示されているように)区別することができる。こうした安定同位体は、薬物化合物分子全てに(理想的には)in vivoで代謝的に組み込んでもよく、または化学的試薬を使用してin vitroで標識してもよい。同位体標識薬物は、未標識薬物と同じ物理化学的性質を有する。
【0049】
現在、がん疾患を有する患者の療法選択は少数であり、この致死性疾患の病因に関する新しい洞察が喫緊に求められている。実施可能性研究での患者の研究を、げっ歯動物の疾患モデルと組み合わせることは、本発明者らの研究チームが数年にわたって取っている戦略である。更に、一方では薬物を投与した所与のげっ歯動物モデルと、完全な腫瘍環境を有する単離された器官に由来する組織切片への制御された投与を使用する能力との間の相関性は、疾患モデルで薬物を特徴付けるための価値のあるツールである。
【0050】
本発明の基盤となる研究では、末期段階の黒色腫を治療するためのBRAF酵素阻害剤であるベムラフェニブを使用して、薬物−腫瘍相互作用を研究する。ベムラフェニブは、B−Raf/MEK/ERK経路のB−Raf/MEK段階を妨害することにより、黒色腫細胞株のプログラム細胞死を引き起こすことが示されている。図4Aには、薬物ベムラフェニブ(星印は13C同位体を表わす)の分子構造が示されている。標識13Cベムラフェニブに炭素13同位体が組み込まれていることを除いて、構造は同一である。興味深いことには、ベムラフェニブは、BRAFが一般的なV600E突然変異またはより希少なタイプであるBRAF V600K突然変異を有する場合にのみ、有効であるということである。黒色腫の約60%はこれら突然変異を有するが、これら突然変異を有していない黒色腫細胞は、ベムラフェニブにより阻害されない。
【0051】
図5には、黒色腫がん腫瘍から生成されたMSI画像が示されている。ベムラフェニブシグナル応答は、MSモードで示されており、上段右は、親イオン(MS/MS)から生成された断片イオンを示し、下段左は、ベムラフェニブ化合物シグナル(MS/MS)に由来する第2の断片イオンを示し、下段右は、3つ全てのシグナルのオーバーレイを示す。単離細胞分解能で実施される応用は、薬物および代謝物の局在化を、高い精度および正確性で行うことができるため、好ましい。図6には、組織切片での単離細胞堆積が示されている組織学的画像が示されている。患者のがん組織中の薬物(ベムラフェニブ)局在化を特定するために、レーザー脱離質量分析(MALDI)が使用されている。レーザー直径は、組織区画内の空間分解能が30マイクロメートルの分解能で画像をキャプチャする。
【0052】
伝統的なMALDI−MSI薬物局在化の1つの制限は、薬物および薬物代謝物が、組織試料の非関連部分に非特異的に結合または吸着する場合があることである。これは、より低い溶解度を有するかまたはより高用量を必要とする非最適化薬物の場合に、特に顕著になる。これを最小限に抑えるため、薬物インキュベーション後に、試料を、ここではPBSで3回洗浄し、その後MilliQ水で連続3回洗浄する。しかしながら、そのような洗浄は、非特異的結合に起因するMDシグナルをある程度まで低減することになるが、特にFDAおよびEMEA等の当局を考慮すると、新薬実体(NCE)の承認に際して、主要器官内の薬物分布に関する詳細な情報が必要とされるという問題を依然として提起する。
【0053】
本発明の方法では、組織試料に結合した、低分子薬物等のリガンドは、競合阻害により、より高濃度の標識リガンドにより置換される。実際は、患者に由来する組織試料を、リガンドと共に、同位体標識リガンドを用いておよび用いずに、組織検体の隣接切片でインキュベートし、その後、MALDIイメージング質量分析法を使用して、位置を視覚化し、結合したリガンドおよび/または標識リガンドを定量化する。非特異的結合は競合しないが、特異的結合は競合する。したがって、同位体標識リガンドを使用すると、特異的結合と非特異的結合とを区別することができる。
【0054】
1つの実施形態では、組織試料の結合部位に可逆的に結合するリガンドの特異的結合を決定するための方法は、置換競合阻害を使用する。本方法は、リガンド(未標識)を、標識リガンドの非存在下で第1の組織検体と共にインキュベートするステップ;リガンドを標識リガンドの存在下で第2の組織検体と共にインキュベートするステップを含み、第1および第2の組織検体は、検体の隣接切片である。その後、MALDIイメージング質量分析法を使用し、第1および第2の組織検体でのリガンド局在化をそれぞれ視覚化する。
【0055】
1つの実施形態では、リガンドおよび標識リガンドは、同じ結合部位に特異的に結合する同族体である。1つの実施形態では、標識リガンドは、重水素標識リガンドまたは13C標識リガンド等の、同位体で標識されているものである。1つの実施形態では、リガンドはベムラフェニブであり、標識リガンドは13C−ベムラフェニブである。1つの実施形態では、リガンドおよび/または標識リガンドは、MALDIイメージング質量分析法を使用して定量化される。
【0056】
詳しくは、本発明者らは、以下の実験ステップを連続的に実施した。
(1)凍結ヒト悪性黒色腫組織の10マイクロメートル切片の製作を、−20℃で実施した。その後、(2)腫瘍切片を室温でゆっくりと解凍および乾燥することにより試料調製を実施した。その後、切片をメタノールに5分間浸漬し、室温で乾燥した。同様に、リンパ節から切除された凍結ヒト健常組織を同じ方法で処理し、陰性対照として使用した。(3)100nM(ナノモル濃度)の濃度の未標識リガンド、ここではベムラフェニブを使用することにより、1時間にわたって薬物インキュベーションを実施し、そのタンパク質標的に対するリガンド分子の結合を決定した。また、100nM濃度のリガンド、ここではベムラフェニブおよび過剰量の安定同位体標識リガンド、ここにでは13Cベムラフェニブを有する患者腫瘍切片で、同時インキュベーション実験を実施した。滴定実験中、安定同位体標識ベムラフェニブの濃度は、それぞれ、100nM、1μM、10μM、および100μM(マイクロモル濃度)だった。(4)インキュベーション後、切片をPBSで3回洗浄し、その後MilliQ水で連続3回洗浄し、(5)MALDI LTQ−Orbitrap XL機器(Thermo Scientific社、ドイツ)を使用して質量スペクトルを得、orbitrapおよびイオントラップにより化合物シグナルを得た。ImageQuest(Thermo Scientific社、ドイツ)を使用して画像分析を実施した。組織学的分析は、H&E染色、およびBRAF V600Eに対するモノクローナル抗体を使用した免疫組織化学的分析を両方とも実施した。
【0057】
一実施形態では、凍結組織の切片化を実施し、凍結組織の隣接切片から第1および第2の組織検体を調製する。1つの実施形態では、上記切片を解凍し、乾燥し、メタノールに5分間浸漬する。1つの実施形態では、リガンド(つまり、薬物)インキュベーションは、未標識リガンドを使用して1時間にわたって実施し、同時インキュベーションは、未標識リガンドおよび過剰量の標識リガンドを使用して1時間にわたって実施する。1つの実施形態では、切片を、好ましくはPBSで3回洗浄し、その後MilliQ水で連続3回洗浄する。1つの実施形態では、MALDI LTQ−Orbitrap機器を使用して質量スペクトルを得、orbitrapおよびイオントラップによりシグナルを得、ImageQuestを使用して画像分析を実施する。1つの実施形態では、H&E染色、および/またはモノクローナル抗体を使用した免疫組織化学的分析により組織学的分析を得る。
【0058】
1つの実施形態では、タンパク質標的位置へのリガンド結合は、タンパク質標的に特異的なモノクローナル抗体を使用した免疫組織化学的分析等による共局在化によって確認する。
【0059】
この影響は、図7の、がん患者の組織切片の画像キャプチャに示されており、(A)は、組織試料の組織学的画像を示し、(B)は、100nMベムラフェニブを組織内に投与した後の、同じ組織試料のMSI画像を示し、ベムラフェニブシグナル応答は、MSモードで示されている。次の図もがん患者の組織切片であり、(D)は、組織試料の組織学的画像を示し、(C)は、100mMの13C−ベムラフェニブおよび100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織試料のMSI画像を示し、ベムラフェニブシグナル応答は、MSモードで示されている。選択したアッセイ形式に応じて、ベムラフェニブおよび13C−ベムラフェニブを同時に添加して、それにより、標的タンパク質と結合する際の競合を動力学的に読み取るための方法を提供してもよく、または別々に添加してもよい。図から明らかなように、図7(A)のベムラフェニブシグナルは、13C−ベムラフェニブの競争阻害後に消失する。13C−ベムラフェニブの1000倍高い濃度のために、結合したベムラフェニブは、事実上、13C−ベムラフェニブとの競合により駆逐されてしまうだろう。組織試料の部分に非特異的に吸着した未結合ベムラフェニブは、13C−ベムラフェニブとの特異的な競合では駆逐されないだろう。したがって、特異的に結合したベムラフェニブは、置換競合阻害を使用して決定することができる。好ましくは、標識リガンドは、未標識リガンドと比較して5〜1万倍高い濃度の標識リガンド等、置換中の濃度が未標識リガンドよりも高くなるように調合されている。通常は、未標識薬物の好ましい濃度は、ナノモル濃度範囲であり、同位体標識薬物の濃度は、マイクロモル濃度範囲である。
【0060】
1つの実施形態では、標識リガンドの濃度は、置換競合阻害中の未標識リガンドの濃度よりも高く、例えば5〜10000倍高く、または10〜1000倍高い。1つの実施形態では、未標識リガンドは、ナノモル濃度であり、同位体標識リガンドは、マイクロモル濃度である。
【0061】
図8および図9では、同位体標識化合物(i−ベムラフェニブ)の添加は、i−ベムラフェニブへのベムラフェニブの競合交換を示し、この置換は、特異的および選択的な薬物結合の証拠を提供する。
【0062】
図8には、(A)BRAF標的タンパク質のV600E BRAF突然変異を欠如する患者に由来する陰性対照に由来する組織切片、ならびに(B)および(C)BRAFにV600E突然変異を有する患者に由来する組織切片が示されている。(A)〜(C)では、100nMベムラフェニブを組織内に投与した。画像は、ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 383.1)でキャプチャされている。(C)では、1μM 13C−ベムラフェニブを組織内に同時投与した。画像は、100nMベムラフェニブを競合駆逐する13C−ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 389.1)でキャプチャされている。
【0063】
図9(A)および(C)には、BRAFにV600E突然変異を有する患者に由来する組織切片が示されており、(B)には、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を欠如する患者に由来する陰性対照が示されている。(A)〜(C)では、100nMベムラフェニブを組織内に投与した。画像は、ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 383.1)でキャプチャされている。(C)では、1μM 13C−ベムラフェニブを組織内に同時投与した。画像は、100nMベムラフェニブを競合駆逐する13C−ベムラフェニブ(MS/MS)シグナル応答(m/z 389.1)でキャプチャされている。
【0064】
対照組織により、V600E BRAF突然変異を欠如する組織ではベムラフェニブの結合の程度が大きくないことが確認される。その代わり、BRAFにV600E突然変異を有する患者由来の組織試料は、組織内に局在化された細胞との明らかな結合を示す。更に、競合的結合が特異的であることが明確に示されることにより、がん細胞およびタンパク質標的への薬物結合が特異的であることが証明される。
【0065】
本方法では、生成されたデータは、ベムラフェニブ薬物投与後および/またはi−ベムラフェニブ薬物投与後に決定することができる特異的結合特性を提供する。図10(A)〜(D)には、同時インキュベーション滴定実験が示されている。同位体標識化合物(13C−ベムラフェニブ)の添加は、i−ベムラフェニブへのベムラフェニブの競合交換を示し、この置換は、特異的および選択的な薬物結合の証拠を提供する。
【0066】
一実施形態では、本方法は、未標識リガンドを、少なくとも2つの異なる濃度の標識リガンドと共に組織検体の隣接切片でインキュベートするステップを含む。1つの実施形態では、本方法は、異なる標識リガンド濃度の滴定を使用するステップを含む。
【0067】
図10のi−ベムラフェニブ(ここでは13C−ベムラフェニブ)同位体シグナルは、下記の表1に要約されている。i−ベムラフェニブの競合的結合は、投与レベルが増加すると共に増加していることが明白に示されている。質量分析法結果は、ベムラフェニブのバックグラウンドでは、i−ベムラフェニブ薬物濃度と、がん細胞への結合との間に線形関係性があることを明らかに示す。更に、治療時の薬物動態ならびに代謝物動態を、記載されている方法論を使用して決定することができる。滴定をプロットすることにより、用量応答曲線がもたらされ、IC50値、つまり13−Cベムラフェニブによるベムラフェニブの50%阻害に必要な濃度を導出することができる。同様に、リガンド解離定数(K)等の他の定数を、例えば、ChengおよびPrussoffの関係性を使用して、IC50値から導出することができる。阻害剤(ベムラフェニブ等、MAPK/ERK経路のB−Raf/MEK段階の阻害剤として作用する)の場合、阻害定数(K)を導出することができる。阻害定数(K)は、標的タンパク質特徴ならびに阻害様式(つまり、競合阻害、非競合阻害、または混合阻害)に応じて、好適な数式を使用して算出される。一般的に、同じ阻害剤または作用機序が同じである2つの異なる阻害剤(IおよびI)の、同じアッセイ条件下で測定されたKおよびIC50は、Ki,1/Ki,2=IC50,1/IC50,2として比較することができる。
【0068】
したがって、1つの実施形態では、本方法を使用して、リガンドおよび/または代謝物および/または標的受容体の動力学的結合特徴を算出する。1つの実施形態では、動力学的結合特徴は、K(解離定数)、K(阻害剤解離定数)、IC50(半最大阻害濃度)である。
【0069】
結合特性は、薬物作用機序を解明および理解するために重要である。薬物機序は、がん患者の治療に重要であり、考え得る毒性態様および患者の安全性と直接的に関連する。したがって、本発明の方法は、個々の患者の詳細な薬物−組織相互作用情報を提供することができる。例えば、薬物が腫瘍タイプと特異的に結合する場合、および薬物が腫瘍組織全てと均一に結合する場合、これは、個体を考慮に入れた、高度に複雑な疾患生物学の治療における指針を支援する、向上された治療方法を可能にする。
【0070】
また、1つよりも多くの薬物化合物(つまり、リガンド)および同位体化合物(つまり、標識リガンド)の対の混合物を使用して、結合特性を調査することができる。この薬物カクテル混合物は、単一の又は複数の薬物結合の結合特徴が所与の時間的経過にわたって生じる特有の画像キャプチャを提供する。それにより、特異的結合特性の動力学は、薬物結合特異性情報および詳細データにより決定される。
【0071】
1つの実施形態では、本方法は、1対よりも多くのリガンドおよび標識リガンド、つまり少なくとも1つの第1のリガンドおよび対応する第1の標識リガンド;ならびに第2のリガンドおよび対応する第2の標識リガンドの混合物を使用し、試料の結合部位に可逆的に結合する第1のリガンドおよび/または第2のリガンドの特異的結合を、置換競合阻害を使用して決定する。
【0072】
また、薬物(つまり、リガンド)カクテル混合物は、複数の結合標的に結合する複数の薬物を含んでいてもよい。そのような混合物の場合、有効な薬物カクテルの選択を支援するために、または特異的薬物カクテルを使用した治療が臨床的に有効であるが、広範な副作用を示すことが判明している場合は、薬物カクテルを治療のために最適化するために、全てのカクテル成分が、腫瘍組織と選択的に結合することを決定することが非常に重要である場合がある。
【0073】
1つの実施形態では、本方法は、1対よりも多くのリガンドおよび標識リガンド、つまり、第1の標的と結合する少なくとも1つの第1のリガンドおよび対応する第1の標識リガンド、ならびに第2の標的に結合する第2のリガンドおよび対応する第2の標識リガンドの混合物を使用する。置換競合阻害を使用して、第1のリガンドおよび/又は第2のリガンドの特異的結合を決定する。
【0074】
標識リガンドは、リガンド−受容体結合が、インキュベーション後に既に平衡状態にあるかほぼ平衡状態にある系に添加してもよい。このようにすると、競合交換を時間的経過にわたってモニターし、組織中の薬物分散に関する情報および場合によっては非平衡動力学的データを両方とも提供することができる。1つの実施形態では、本方法は、(1)組織試料を未標識リガンドと共にインキュベートするステップ、およびその後(2)上記組織試料を標識リガンドと共にインキュベートするステップを含む。すなわち、リガンドを、最初に(1つの時点で)組織試料に添加してもよく、標識リガンドを、後の時点で(第2の時点で)添加する。そのような実験は、試料中の薬物浸透および分布に関するより多くの情報、および場合によっては結合リガンドの滞留時間(t)および半減期(t1/2)等の更なる動力学的情報を提供することができる。こうした特徴は、濃度依存性ではなく、薬物効力に重要であることが多い。
【0075】
物質および方法
以下の例は単なる例であり、本発明の範囲を限定するとは決して解釈されるべきでない。むしろ、本発明は、添付の特許請求の範囲によってのみ限定される。
【0076】
凍結ヒト悪性黒色腫組織を、腫瘍組織を含むリンパ節から切除した。組織切片は、クライオスタットを使用することより10μm(マイクロメートル)の薄片厚を有する切片とした。これは−20℃で実施した。切片化後、薄片を、室温でゆっくりと解凍および乾燥した。その後、切片をメタノールに5分間浸漬し、室温で乾燥した。同様に、リンパ節から切除した凍結ヒト健常組織を陰性対照として使用した。
【0077】
100nM(ナノモル濃度)の濃度の未標識ベムラフェニブを使用することにより、1時間にわたってインキュベーションを実施して、そのタンパク質標的に対する薬物分子の結合を決定した。また、100nM濃度のベムラフェニブおよび過剰量の安定同位体標識ベムラフェニブを有する患者腫瘍切片で、同時インキュベーション実験を実施した。競合結合中のインキュベーション時間は、1時間だった。インキュベーション時間は、実施する実験のタイプに応じて様々であってもよい。滴定実験中、安定同位体標識ベムラフェニブの濃度は、それぞれ、100nM、1μM、10μM、および100μM(マイクロモル濃度)だった。
【0078】
ベムラフェニブおよび同位体標識13C−ベムラフェニブの構造式は、図4Aおよび4Bに示されている。
【0079】
インキュベーション後、切片をPBSで3回洗浄し、その後MilliQ水で連続3回洗浄した。
【0080】
MALDI LTQ−Orbitrap XL機器(Thermo Scientific社、ドイツ)を使用して質量スペクトルを得た。orbitrapおよびイオントラップにより化合物シグナルを得た。ImageQuest(Thermo Scientific社、ドイツ)を使用して画像分析を実施した。組織学的分析は、H&E染色、およびBRAF V600Eに対するモノクローナル抗体を使用した免疫組織化学的分析を両方とも実施した。
【0081】
質量分析画像から結合面積を特定することにより結合強度を算出し、シグナルおよびバックグラウンドデータから上記機器のImageQuestソフトウェアにより強度読み取り値を算出する。
【0082】
結果
図6では、MSI実験用に処理されたヒト悪性黒色腫組織切片の画像は、組織切片試料の単離細胞堆積形態を示す。がん組織中の薬物(ベムラフェニブ)局在化を特定するために使用されるレーザー脱離質量分析は、組織区画内の空間分解能が30マイクロメートルの分解能で画像をキャプチャするレーザー直径を有する。
【0083】
図5(A)は、未標識ベムラフェニブでインキュベートしたヒト悪性黒色腫組織切片の、MSモードにおけるベムラフェニブシグナル応答のMSI画像を示す。ベムラフェニブの親イオン(MS/MS)から生成された第1および第2の断片イオンのシグナル応答は、それぞれ図5(B)および(C)に示されている。全てのシグナル(A〜C)のオーバーレイは、図5(D)に示されている。
【0084】
同時インキュベーション実験は図7に示されている。図7(A)は、患者のヒト悪性黒色腫組織切片の組織学的画像を示し、(B)は、100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片の画像キャプチャを示す。図7(D)は、別のヒト悪性黒色腫組織切片の組織学的画像を示し、(C)は、100mMの13C−ベムラフェニブおよび100nMベムラフェニブを組織内に投与した同時インキュベーション実験を示す。同位体標識化合物(13C−ベムラフェニブ)の添加は、i−ベムラフェニブへのベムラフェニブの競合交換を示し、この置換は、特異的および選択的な薬物結合の証拠を提供する。この場合、対照組織は、測定可能な薬物結合を一切示さない(非表示)。
【0085】
図8(A)は、100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片からのベムラフェニブシグナル応答(m/z 383.1)による画像キャプチャを示す。組織(A)切片は、BRAF標的タンパク質にV600F BRAF突然変異を欠如する患者(患者1)に由来する陰性対照組織である。図8(B)は、100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片からのベムラフェニブシグナル応答(m/z 383.1)による、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する患者(患者2)の画像キャプチャを示す。図8(C)は、100nMベムラフェニブおよび1μM 13C−ベムラフェニブを組織内に投与し、100nMベムラフェニブを競合駆逐した、患者2(BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する)の組織切片からの13C−ベムラフェニブシグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。
【0086】
同様に、図9(A)は、100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片の細胞からのベムラフェニブシグナル応答(m/z 383.1)による、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する患者(患者3)の画像キャプチャを示す。図9(B)は、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を欠如する患者(患者4)に由来する陰性対照組織であり、100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片の細胞からのベムラフェニブシグナル応答(m/z 383.1)による画像キャプチャを示す。図9(C)は、100nMベムラフェニブおよび1μM 13C−ベムラフェニブを組織内に投与し、100nMベムラフェニブを競合駆逐した組織切片の細胞からの13C−ベムラフェニブシグナル応答(m/z 389.1)による、BRAF標的タンパク質にV600E突然変異を有する患者(患者3)の画像キャプチャを示す。
【0087】
i−ベムラフェニブへのベムラフェニブの競合交換は、特異的および選択的な薬物結合の証拠を提供する。また、競合交換は、更により多くの情報を提供することができる。図10(A)〜(D)には、同時インキュベーション滴定実験が示されている。図10(A)は、100nMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片の細胞からの13C−ベムラフェニブシグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。図10(B)は、1μMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片の細胞からの13C−ベムラフェニブシグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。図10(C)は、10μMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片の細胞からの13C−ベムラフェニブシグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。最後に、図10(D)は、100μMベムラフェニブを組織内に投与した組織切片からの13C−ベムラフェニブシグナル応答(m/z 389.1)による画像キャプチャを示す。同位体標識化合物(13C−ベムラフェニブ)の添加は、i−ベムラフェニブへのベムラフェニブの競合交換を示し、この置換は、特異的および選択的な薬物結合の証拠を提供する。13C−ベムラフェニブシグナル応答は、下記の表1に要約されている。
【0088】
【表1】
【0089】
13C−ベムラフェニブの結合は、投与レベルが増加すると共に増加している。これは、表1に示されているように、ベムラフェニブのバックグラウンドでは、13C−ベムラフェニブ薬物濃度と、がん細胞への結合との間に線形関係性があることを明らかに示す。競合的結合が特異的であることが明確に示されることにより、がん細胞およびタンパク質標的への薬物結合が特異的であることが証明され、シグナル/濃度関係性を使用して、リガンドおよび/または代謝物および/または標的受容体の動力学的結合特徴を算出することができる。
【0090】
本発明は、(a)上記では特定の実施形態に関して説明されているが、本明細書に示されている特定形態に限定されることは意図されていない。むしろ、本発明は、添付の特許請求の範囲によってのみ限定される。例えば、上述されているものとは異なる、上記で特定されているもの以外の他の実施形態が、添付の特許請求の範囲の範囲内で同様に可能である。
【0091】
特許請求の範囲では、用語「含む/含むこと(comprises/comprising)」は、他の要素またはステップの存在を除外しない。更に、個々に列挙されている複数の手段、要素、または方法ステップは、例えば、単一のユニットまたはプロセッサにより実施されてもよい。加えて、個々の特徴が、異なる請求項に含まれている場合があるが、それらは、組み合わせることが有利である可能性があってもよく、異なる請求項に含まれていることは、特徴の組み合わせが、実施可能および/または有利でないことを示唆するものではない。加えて、単数の参照は、複数を除外しない。用語「a」、「an」、「第1の」、「第2の」等は、複数を排除しない。特許請求の範囲にある参照符号は、理解を助けるための例として提供されているに過ぎず、いかなる点でも、特許請求の範囲を限定するものとして解釈されないものとする。
図1A-1B】
図1C-1D】
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図5C
図5D
図6
図7A
図7B
図7C
図7D
図8
図9
図10