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特許6906688フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6906688
(24)【登録日】2021年7月1日
(45)【発行日】2021年7月21日
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210708BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20210708BHJP
   C21D 9/48 20060101ALI20210708BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
   C21D9/48 R
【請求項の数】4
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2020-509785(P2020-509785)
(86)(22)【出願日】2019年3月7日
(86)【国際出願番号】JP2019009147
(87)【国際公開番号】WO2019188094
(87)【国際公開日】20191003
【審査請求日】2020年6月11日
(31)【優先権主張番号】特願2018-69775(P2018-69775)
(32)【優先日】2018年3月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】田口 篤史
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】小森 唯志
(72)【発明者】
【氏名】木村 謙
(72)【発明者】
【氏名】田村 眞市
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−048417(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/106725(WO,A1)
【文献】 特開2007−314837(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
Cr:11.0%以上30.0%以下、
C:0.001%以上0.030%以下、
Si:0.01%以上2.00%以下、
Mn:0.01%以上2.00%以下、
P:0.003%以上0.100%以下、
S:0.0100%以下、
N:0.030%以下、
B:0%以上0.0025%以下、
Sn:0%以上0.50%以下、
Ni:0%以上1.00%以下、
Cu:0%以上1.00%以下、
Mo:0%以上2.00%以下、
W:0%以上1.00%以下、
Al:0%以上1.00%以下、
Co:0%以上0.50%以下、
V:0%以上0.50%以下、
Zr:0%以上0.50%以下、
Ca:0%以上0.0050%以下、
Mg:0%以上0.0050%以下、
Y:0%以上0.10%以下、
Hf:0%以上0.10%以下、
REM:0%以上0.10%以下、
Sb:0%以上0.50%以下を含み、さらに、
Ti:0.40%以下、Nb:0.50%以下のうち、いずれか一方又は両方を含み、残部がFe及び不純物からなり、
リン化物として存在しているP量が0.003質量%以上であり、
JIS G 0551にて測定される結晶粒度番号が9.0以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
質量%にて、更に、
B:0.0001%以上0.0025%以下、
Sn:0.005%以上0.50%以下、
Ni:0.05%以上1.00%以下、
Cu:0.05%以上1.00%以下、
Mo:0.05%以上2.00%以下、
W:0.05%以上1.00%以下、
Al:0.05%以上1.00%以下、
Co:0.05%以上0.50%以下、
V:0.05%以上0.50%以下、
Zr:0.05%以上0.50%以下、
Ca:0.0001%以上0.0050%以下、
Mg:0.0001%以上0.0050%以下、
Y:0.001%以上0.10%以下、
Hf:0.001%以上0.10%以下、
REM:0.001%以上0.10%以下、
Sb:0.005%以上0.50%以下の1種または2種以上を含有していることを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の成分を有する鋼を、熱間圧延する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後、850℃以上900℃以下の温度で熱処理を施す熱延板焼鈍工程と、
前記熱延板焼鈍工程後、圧延率を75%以上90%以下として圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程に引き続いて行う冷延板焼鈍工程と、を備え、
前記冷延板焼鈍工程において、昇温過程のうち400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度が80℃/s以上であり、板温の最高到達温度が880℃以上980℃以下であり、最高到達温度に到達後5sec以内に冷却を開始し、最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度を50℃/s以上として冷却することを特徴とする、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の成分を有する鋼を、熱間圧延する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後、850℃以上900℃以下の温度で熱処理を施して、リン化物として存在するP量を0.003質量%以上とする熱延板焼鈍工程と、
前記熱延板焼鈍工程後、圧延率を75%以上90%以下として圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程に引き続いて行う冷延板焼鈍工程と、を備え、
前記冷延板焼鈍工程において、昇温過程のうち400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度が80℃/s以上であり、板温の最高到達温度が880℃以上980℃以下であり、最高到達温度に到達後5sec以内に冷却を開始し、最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度を50℃/s以上として冷却することを特徴とする、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関し、特に、成形加工する際の成形性並びに耐加工肌荒れ性に優れるフェライト系ステンレス鋼板とその製造方法に関する。
本願は、2018年3月30日に、日本に出願された特願2018−069775号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼の代表鋼種であるSUS304(18Cr−8Ni)は、耐食性、加工性、美麗性等に優れることから家電、厨房品、建材等に広く用いられている。但し、SUS304は高価かつ価格変動の激しいNiを多量に添加しているため、鋼板の価格が高いとされている。一方、フェライト系ステンレス鋼は、Niを含有しない、もしくは含有量が極めて少ないため、コストパフォーマンスに優れる材料として需要が増加している。しかし、フェライト系ステンレス鋼を成形用途として使用する場合、問題となるのが成形限界と成形後に表面凹凸が形成されることによる耐加工肌荒れ性の劣化である。
【0003】
まず成形限界について比較すると、オーステナイト系ステンレス鋼の場合は張り出し性に優れるが、フェライト系ステンレス鋼の張り出し性は低く、形状を大きく変化させることが出来ない。しかし結晶方位(集合組織)を調整して深絞り性を制御することが出来るため、フェライト系ステンレス鋼を成形用途として用いる場合では、深絞りを主体とした成形手法を用いる場合が多い。
【0004】
次に、成形加工後の表面特性、特に加工肌荒れ(成形後の表面凹凸)について述べる。ここで「表面凹凸」とは、加工や成形を行った後に鋼板表面に生じる微細な凹凸(肌荒れ)を指し、この微細な凹凸は結晶粒に対応していることから、結晶粒径が大きいほど表面凹凸も顕著になる。
オーステナイト系ステンレス鋼の場合、加工硬化特性に優れており細粒組織が比較的作りやすいため、結晶粒度番号が約10の鋼板が製造されている。このため、成形加工後の表面凹凸(肌荒れ)は小さく、ほとんど問題とならない。一方、フェライト系ステンレス鋼の結晶粒度はSUS430で9程度、SUS430LXで7程度とオーステナイト系ステンレス鋼に比べて小さい。ここで粒度番号が小さいことは、結晶粒径が大きいことを示している。
フェライト系ステンレス鋼が粗粒になりやすい要因としては、フェライト系ステンレス鋼では、再結晶粒径が大きくなりやすいことに加え、SUS430LXのような、C、Nを低減させて加工性、成形性の向上を図った高純度フェライト系ステンレス鋼では、粒成長しやすいためである。またフェライト系ステンレス鋼において、冷延回数を増やして結晶粒径が細かい製品板を製造しても肌荒れが生成する場合があり、その原因は必ずしも明確ではない。
【0005】
家電製品の筺体あるいは器物のように比較的厳しい成形性が要求される場合、フェライト系ステンレス鋼では、SUS430LXのような高純度フェライト系ステンレス鋼が用いられることが多い。また、成形後の強度を担保するために、用いられるステンレス鋼板の板厚は大半の場合は0.6mm以上であるが、前述のようにフェライト系ステンレス鋼は結晶粒径が大きいために成形後の肌荒れが大きく、研磨による表面凹凸の除去が通常行われている。
【0006】
上述した背景から、高純度フェライト系ステンレス鋼の肌荒れを軽減する手法が開示されている。
特許文献1には、高純度のフェライト系ステンレス鋼を用いて析出粒子のサイズ及び結晶粒径を制御して、加工肌荒れの少ない成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼及びその製造方法が開示されている。しかし特許文献1では、結晶粒径が小さい鋼板が得られているものの、成形した際の深絞り性は十分ではなく、また結晶粒径が小さいにもかかわらず、成形後の肌荒れが発生しやすい問題があった。
【0007】
特許文献2には、TiとNbを含有したフェライト系ステンレス鋼において、低温で熱間圧延を実施し、かつ高い冷間圧延率を取ることで細粒とし、成形時の耐肌荒れ性に優れたステンレス鋼を製造する技術を開示している。このような技術によって特許文献2のステンレス鋼は、結晶粒度番号は9.5と細粒組織が得られているものの、カップ絞り成形をした後の肌荒れ性は必ずしも十分ではない。
【0008】
特許文献3には、Nb及び/またはTiを含有する成分組成を有する鋼の最終冷延前の結晶粒径を制御することで深絞り性、リジング性および耐肌荒れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。しかし、特許文献3では、最終製品の結晶粒径は15μm(結晶粒度番号で9.1)であり、肌荒れ性が不十分である。
【0009】
以上のように、フェライト系ステンレス鋼の成形加工を考えた場合、所定の形状に成形が出来、かつ成形後の表面特性を満足させることは非常に困難であるのが現状である。このためフェライト系ステンレス鋼を成形用途として使用する場合は、成形後に生じた表面凹凸を除去するために研磨工程を行う必要がある。しかしこの研磨工程において研磨時間がかかり製造コストがかさむ。さらに、研磨にて生じた粉じんが多く発生するなどの問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4749888号公報
【特許文献2】特開平7−292417号公報
【特許文献3】特許第3788311号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであり、成形加工性及び成形加工後の耐加工肌荒れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼板とその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
フェライト系ステンレス鋼の加工肌荒れに影響を及ぼす因子として、結晶粒度と歪量が知られている。しかし、上述したように、冷延条件等の制御によって結晶粒度や歪量を高めても加工肌荒れが発生する場合があり、近年、加工肌荒れの発生をより安定して抑制できる鋼が望まれていた。
そこで本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼における加工肌荒れと金属組織の関係を調査した。従来から知られている結晶粒度と歪量だけでなく、鋼中の析出物の析出量が加工肌荒れに影響することを初めて知見した。また、析出量を適正範囲に制御するためには、冷間圧延前後の熱処理温度を制御する必要があり、さらに冷間圧延後の熱処理において急速加熱が必要であることを明らかにした。
【0013】
本発明の一態様の要旨は、以下のとおりである。
[1]質量%にて、
Cr:11.0%以上30.0%以下、
C:0.001%以上0.030%以下、
Si:0.01%以上2.00%以下、
Mn:0.01%以上2.00%以下、
P:0.003%以上0.100%以下、
S:0.0100%以下、
N:0.030%以下、
B:0%以上0.0025%以下、
Sn:0%以上0.50%以下、
Ni:0%以上1.00%以下、
Cu:0%以上1.00%以下、
Mo:0%以上2.00%以下、
W:0%以上1.00%以下、
Al:0%以上1.00%以下、
Co:0%以上0.50%以下、
V:0%以上0.50%以下、
Zr:0%以上0.50%以下、
Ca:0%以上0.0050%以下、
Mg:0%以上0.0050%以下、
Y:0%以上0.10%以下、
Hf:0%以上0.10%以下、
REM:0%以上0.10%以下、
Sb:0%以上0.50%以下を含み、さらに、
Ti:0.40%以下、Nb:0.50%以下のうち、いずれか一方又は両方を含み、残部がFe及び不純物からなり、
リン化物として存在しているP量が0.003質量%以上であり、
JIS G 0551にて測定される結晶粒度番号が9.0以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
[2]質量%にて、更に、
B:0.0001%以上0.0025%以下、
Sn:0.005%以上0.50%以下、
Ni:0.05%以上1.00%以下、
Cu:0.05%以上1.00%以下、
Mo:0.05%以上2.00%以下、
W:0.05%以上1.00%以下、
Al:0.05%以上1.00%以下、
Co:0.05%以上0.50%以下、
V:0.05%以上0.50%以下、
Zr:0.05%以上0.50%以下、
Ca:0.0001%以上0.0050%以下、
Mg:0.0001%以上0.0050%以下、
Y:0.001%以上0.10%以下、
Hf:0.001%以上0.10%以下、
REM:0.001%以上0.10%以下、
Sb:0.005%以上0.50%以下の1種または2種以上を含有していることを特徴とする上記[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0014】
[3]上記[1]又は[2]に記載の成分を有する鋼を、熱間圧延する熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後、850℃以上900℃以下の温度で熱処理を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍工程後、圧延率を75%以上90%以下として圧延する冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程に引き続いて行う冷延板焼鈍工程と、を備え、前記冷延板焼鈍工程において、昇温過程のうち400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度が80℃/s以上であり、板温の最高到達温度が880℃以上980℃以下であり、最高到達温度に到達後5sec以内に冷却を開始し、最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度を50℃/s以上として冷却することを特徴とする、上記[1]又は[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
[4]上記[1]又は[2]に記載の成分を有する鋼を、熱間圧延する熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後、850℃以上900℃以下の温度で熱処理を施して、リン化物として存在するP量を0.003質量%以上とする熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍工程後、圧延率を75%以上90%以下として圧延する冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程に引き続いて行う冷延板焼鈍工程と、を備え、前記冷延板焼鈍工程において、昇温過程のうち400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度が80℃/s以上であり、板温の最高到達温度が880℃以上980℃以下であり、最高到達温度に到達後5sec以内に冷却を開始し、最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度を50℃/s以上として冷却することを特徴とする、上記[1]又は[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様によれば、成形加工性及び成形加工後の耐加工肌荒れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板の再結晶組織のTEM観察結果(TEM写真)である。
図2】本実施例に係る結晶粒度番号とPの析出量(Pp)の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0018】
(I)成分の限定理由を以下に説明する。
【0019】
Crは、ステンレス鋼の基本特性である耐食性を向上する元素である。11.0%未満では、十分な耐食性は得られないため、下限は11.0%以上とする。一方、過度量のCrを含有させると、σ相(Fe−Crの金属間化合物)相当の金属間化合物の生成を促進して製造時の割れを助長するため、上限は30.0%以下とする。安定製造性(歩留まり、圧延疵等)点から14.0%以上、25.0%以下が望ましい。更に望ましくは16.0%以上、20.0%以下がよい。
【0020】
Cは、本実施形態において重要な成形性を低下させる元素であるため、少ない方が好ましく、上限を0.030%以下とする。但し、過度な低減は精錬コストの上昇を招くため、下限は0.001%以上とする。精錬コスト及び成形性の両者を考慮した場合、0.002%以上、0.020%以下が好ましい。
【0021】
Siは、耐酸化性を向上させる元素であるが、過剰量のSiを含有させると成形性の低下を招くため、上限を2.00%以下とする。成形性の点からSi量は低い方が好ましいが、過度の低下は原料コストの増加を招くため、下限を0.01%以上とする。製造性の観点から、望ましい範囲は0.05%以上、1.00%以下であり、さらに望ましくは0.05%以上、0.30%以下である。
【0022】
MnはSiと同様に、多量のMnを含有させると成形性の低下を招くため、上限を2.00%以下とする。成形性の点からMn量は低い方が好ましいが、過度の低下は原料コストの増加を招くため、下限を0.01%以上とする。製造性の観点から、望ましい範囲は0.05%以上、1.00%以下であり、さらに望ましくは0.05%以上、0.30%以下である。
【0023】
Pは、本実施形態の鋼板中において、リン化物として析出することで耐加工肌荒れ性の向上に寄与する重要な元素である。リン化物の析出量を確保し、耐加工肌荒れ性を向上させるために、P量は0.003%以上とする。しかし、Pは成形性を低下させる元素であるため、上限を0.100%以下とする。なお、P量の過度な低減は原料コストの上昇をもたらすことに加え、成形性と耐加工肌荒れ性の両者を考慮した場合、好ましい範囲は0.010%以上、0.050%以下、更に望ましくは0.020%以上、0.040%以下である。
【0024】
Sは不純物元素であり、製造時の割れを助長するため、低い方が好ましく、上限を0.0100%以下とする。S量は低いほど好ましく、0.0030%以下が望ましい。一方、過度の低下は精錬コストの上昇を招くため下限は0.0003%以上とすることが望ましい。製造性とコストの点から、好ましい範囲は0.0004%以上、0.0020%以下である。
【0025】
Nは、Cと同様に成形性を低下させる元素であり、上限を0.030%以下とする。但し、過度な低減は精錬コストの上昇に繋がるため、下限は0.002%以上とすることが好ましい。成形性と製造性の点から、好ましい範囲は0.005%以上、0.015%以下である。
【0026】
TiおよびNbのうち、いずれか一方又は両方を下記のように含有する。
Tiは、C,Nと結合し、TiC、TiN等の析出物としてC,Nを固定し、高純度化を通じてr値及び製品伸びの向上をもたらす。これらの効果を得るため、Tiを含有させる場合は、下限を0.03%以上とすることが好ましい。一方、過度に含有させると、合金コストの上昇や再結晶温度上昇に伴う製造性の低下を招くため、上限は0.40%以下とする。成形性及び製造性の点から、好ましい範囲は0.05%以上、0.30%以下である。更に、Tiの上記効果を積極的に活用する好適な範囲は0.10%以上、0.20%以下である。
【0027】
Nbも、Tiと同様にC,Nを固定する安定化元素であって、この作用による鋼の高純度化を通じて、r値及び製品伸びの向上をもたらす。これら効果を得るため、Nbを含有させる場合は下限を0.03%以上とすることが好ましい。一方、過度に含有させると、合金コストの上昇や再結晶温度の上昇に伴う製造性の低下に繋がるため、上限は0.50%以下とする。合金コストや製造性の点から、好ましい範囲は0.03%以上、0.30%以下である。更に、Nbの上記効果を積極的に活用する好適な範囲は0.04%以上、0.15%以下である。更に望ましくは0.06〜0.10%である。
【0028】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、上述してきた元素以外(残部)は、Fe及び不純物からなるが、本実施形態では、更に上記の基本組成に加えて、下記の元素群のうち1種または2種以上を選択的に含有させてもよい。すなわち、B、Sn、Ni、Cu、Mo、W、Al、Co、V、Zr、Ca、Mg、Y、Hf、REM、Sbの含有量の下限は0%以上である。
なお、本実施形態における「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分であり、不可避的に混入する成分も含む。
【0029】
Bは二次加工性を向上させる元素である。その効果を発揮するには0.0001%以上が必要であるため、これを下限とする。一方、過度に含有させると製造性、特に鋳造性の劣化を招くため、0.0025%以下を上限とする。好ましい範囲は0.0003%以上、0.0012%以下である。
【0030】
Snは耐食性を向上させる効果を有する元素であるため、室温での腐食環境に応じて含有させてもよい。その効果は0.005%以上で発揮されるため、これを下限とする。一方、多量に含有させると、製造性の劣化を招くため、0.50%以下を上限とする。製造性を考慮して、好ましい範囲は0.02%以、0.10%以下である。
【0031】
Ni、Cu、Mo、Al、W、Co、V、Zrは、耐食性あるいは耐酸化性を高めるのに有効な元素であり、必要に応じて含有してよい。Ni、Cu、Mo、Al、W、Co、V、Zrのそれぞれの含有量を0.05%以上とすることで、効果が発現する。但し、過度に含有させると、成形性の低下を招くばかりでなく、合金コストの上昇や製造性を阻害することに繋がる。そのため、Ni、Cu、Al、Wの上限は1.00%以下とする。Ni、Cu、Al、Wの上限は、好ましくは0.50%以下である。Moは製造性の低下をもたらすため、上限は2.00%以下とする。Moの上限は、好ましくは1.00%以下である。Co、V、Zrの上限は、耐食性あるいは耐酸化性が向上する効果の発現を考慮して、0.50%以下とする。Ni、Cu、Mo、Al、W、Co、V、Zrのいずれの元素もより好ましい含有量の下限は0.10%以上とする。
【0032】
Ca、Mgは、熱間加工性や2次加工性を向上させる元素であり、必要に応じて含有させてもよい。但し、過度に含有させると、製造性を阻害することに繋がるため、Ca、Mgの上限は0.0050%以下とする。好ましい下限は、ともに0.0001%以上とする。製造性と熱間加工性を考慮した場合、好ましい範囲は、Ca、Mgともに0.0002%以上、0.0010%以下である。
【0033】
Y、Hf、REMは、熱間加工性や鋼の清浄度の向上、ならびに耐酸化性改善に対して有効な元素であり、必要に応じて含有してもよい。含有させる場合、上限はそれぞれ0.10%以下とする。好ましい下限は、Y、Hf、REMともに0.001%以上とする。ここで、本実施形態における「REM」とは、原子番号57〜71に帰属する元素群(ランタノイド)から選択される1種以上で構成されるものあり、例えば、La、Ce、Pr、Nd等である。また、本実施形態でいう「REM」の含有量とはランタノイドの合計量である。
【0034】
SbはSnと同様に耐食性を向上させる効果を持つ元素であり、必要に応じて含有させてもよい。ただし多量に含有させると、製造性の劣化を招くため、0.50%以下を上限とする。一方、耐食性を向上させる効果は0.005%以上で発揮されるため、これを下限とする。
【0035】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼鈑は、上述してきた元素以外は、Fe及び不純物(不可避的不純物を含む)からなるが、以上説明した各元素の他にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。本実施形態では、例えばBi、Pb、Se、H、Ta等が含有されていてもよいが、その場合は可能な限り低減することが好ましい。一方、これらの元素は、本実施形態の課題を解決する限度において、その含有割合が制御され、必要に応じて、Bi≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、H≦100ppm、Ta≦500ppmの1種以上を含有してもよい。
【0036】
(II)次に、金属組織について説明する。
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼鈑は、結晶粒度番号が9.0以上のフェライト単相組織からなる。
結晶粒度番号は9.0以上とする。成形後の加工肌荒れは結晶粒度番号が大きいほど、すなわちフェライト結晶粒の粒径が小さいほど生じにくいためこれを下限とする。肌荒れをさらに抑制するためには9.5超が好ましく、更に望ましくは10.0超である。但し、結晶粒の粒径が過度に小さくなると、強度が上昇しプレス成型性が低下する恐れがある。このため、結晶粒度番号は12以下であることが好ましい。
【0037】
結晶粒度番号は、JIS G 0551(2013)の線分法で求めることができる。なお、「粒度番号:9」は、結晶粒内を横切る1結晶粒あたりの平均線分長が14.1μmであることに相当し、「粒度番号:10」は、結晶粒内を横切る1結晶粒あたりの平均線分長が10.0μmであることに相当する。結晶粒度の測定では、試験片断面の光学顕微鏡組織写真より、1試料につき横切る結晶粒数を500以上とする。エッチング液は王水または逆王水がよいが、結晶粒界が判断できるのであれば他の溶液でも構わない。また隣接する結晶粒の方位関係によっては、粒界が鮮明に見えない場合があるため、濃くエッチングするのが好ましい。また結晶粒界の測定に当たって、双晶粒界は測定しないこととする。
【0038】
また本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の金属組織は、フェライト単相組織よりなり、かつ後述するPの析出物(リン化物)が生成されている。これはオーステナイト相やマルテンサイト組織を含まないことを意味している。オーステナイト相やマルテンサイト組織を含む場合は、結晶粒径を細かくすることが比較的容易であるためである。さらにオーステナイト相は、TRIP効果により高い成形性を示す。しかし、原料コストが高くなることに加えて、製造時に耳割れ等の歩留まり低下が起こりやすくなるため、金属組織はフェライト単相組織とする。なお、鋼中にリン化物以外にも炭窒化物等の析出物が存在する場合もあるが、本実施形態の効果を大きく左右するものではないため、これらは考慮せず、上記は主相の組織について述べている。
【0039】
(III)次に、Pの析出量について説明する。
通常、フェライト系ステンレス鋼板におけるPは、成形性(r値および製品伸び)を低下させることから、その含有量を低減させるべきと考えられている。しかし、本発明者らの検討の結果、鋼中のリン化物の析出量が加工肌荒れに影響することを初めて知見した。このことから、本実施形態においては、結晶粒度の制御に加え、リン化物として存在しているP量、すなわちPの析出量Ppを制御することにより、安定的に加工肌荒れをさらに抑制できることを明らかにし、Pの析出量Ppを規定した点に特徴がある。
【0040】
このように、鋼中のリン化物は加工肌荒れ抑制に大きく貢献するため、Pの析出量を確保する必要がある。このことから、本実施形態ではリン化物として存在するP量(Pの析出量Pp)を0.003質量%以上とする。望ましくは0.004質量%以上とし、更に好ましくは0.005質量%以上とする。Pの析出量Ppの上限は特に限定しないが、鋼板のP含有量の上限が0.100%以下であることから、同じようにPの析出量Ppも上限を0.100%以下としてよい。なお、本実施形態でいうリン化物は、例えばFeリン化物、Mnリン化物、Tiリン化物、Nbリン化物、Alリン化物等が挙げられるが、種類や組成は特に限定しない。すなわち本実施形態では、リン化物の具体的な組成、存在形態が問わず、リン化物として存在しているP量(Pの析出量Pp)が上記範囲内であることが重要である。
【0041】
Pの析出量Ppを上記範囲内に制御する方法の詳細は後述するが、冷間圧延工程の前後に実施する熱処理(熱延板焼鈍および仕上げ焼鈍)の処理温度を制御し、かつ冷間圧延後の熱処理における加熱過程を急速にて行うことで制御することができる。
【0042】
析出したリン化物が加工肌荒れ抑制に寄与する原因は鋭意調査中であるが、現時点では次のように考えている。
一般的に、析出物は粒界上に析出しやすいため、熱延板焼鈍により析出するリン化物もその多くが粒界上に析出していると考えられる。その後、冷間圧延により金属組織が潰れて圧延方向に伸びることに伴い、粒界上に析出していたリン化物が圧延方向に概ね平行に並んだ状態になっていると考えられる。その状態から、急速加熱、短時間保持、急速冷却とする仕上げ焼鈍を施して再結晶化を図ると、リン化物の上記析出状態をほとんど変えずに金属組織の再結晶組織を得ることとなる。すなわち、仕上げ焼鈍を急速加熱、短時間保持、急速冷却とすることで、リン化物が圧延方向に平行に並んだ状態を維持した再結晶組織となる。
実際に本発明者らは、このような製法(後述する本実施形態の製造方法範囲内)で製造した製品板の薄膜TEM観察において、再結晶組織の結晶粒内のリン化物が圧延方向に平行に並んでいる様子を確認できている。図1は、後述する本実施形態を満たす条件で製造した鋼板における再結晶組織のTEM観察結果を示す。図1からも明らかなように、再結晶組織の結晶粒内において、圧延方向に沿うようにP化物が析出しているのが確認できる。なお、結晶粒内に析出している析出物がP化物であるか否かは、EDS分析および電子回折パターン解析によって同定した。
このような析出状態のリン化物を備えたステンレス鋼板を加工し歪を加えると、互いに平行に並んだリン化物によって転位の移動が妨げられる。結果的にこのリン化物が結晶粒界と同様の作用効果を示し、加工肌荒れの抑制に寄与したと考えられる。
【0043】
Pの析出量Ppは次のような電解抽出残渣法により測定する。
ステンレス鋼板の幅方向中心から、30mm角程度の大きさの試験片を切り出し、鋼板表面に相当する試験片の全面を番数♯600の耐水研磨紙で湿式研磨する。研磨した後、10%無水マレイン酸および2%テトラメチルアンモニウムクロライドを含むメタノール溶液中で−100mVの定電位で電解することにより試験片母材(ステンレス母材)を溶解する。電気分解後、溶解せずに溶液中に残存した残渣(析出物)を200nmメッシュのフィルタを用いて捕捉する。捕捉した析出物を、純水で洗浄および乾燥する。次いで王水と過塩素酸により析出物を溶解させ、JIS G 1258に準拠してICP発光分光分析法を用いて元素分析を行い析出物中のPの質量を求める。得られたP量を、電解による試験片の質量変化量(「電気分解前の試験片の質量」−「電気分解後の試験片の質量」)で除して百分率で表示したものを「Pの析出量Pp」(質量%)とする。
【0044】
(IV)次に、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法を説明する。
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板の製造方法は、熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延及び冷延板焼鈍(仕上げ焼鈍)を組み合わせることとし、必要に応じて、適宜、酸洗を行うこととする。すなわち、製造方法の一例として、例えば、製鋼−熱間圧延−熱延板焼鈍−冷間圧延−冷延板焼鈍(仕上げ焼鈍)の各工程からなる製法を採用できる。
本実施形態において重要な結晶粒径とリン化物の析出状態の両者を上記のとおりに満足するために制御すべき条件は、熱間圧延後の熱処理(熱延板焼鈍)の条件、冷間圧延率、冷延後の熱処理(冷延板焼鈍)の条件であり、それ以外の工程、条件については特に制限はない。
【0045】
熱間圧延後、850℃以上900℃以下の温度で熱処理(熱延板焼鈍)を施し、熱処理後のリン化物の析出量Ppを確保する。熱処理温度が850℃未満であると、板厚中心部に再結晶不良が生じ、r値の低下による成形性低下やリジング発生による加工後の研磨特性の悪化を引き起こすおそれがある。このため、熱延板焼鈍の熱処理温度の下限は850℃以上とする。望ましくは860℃以上である。また熱処理温度が900℃超であると、リン化物の析出量が不足し、上述した析出量Ppを確保できない。そのため、熱延板焼鈍の熱処理温度の上限を900℃以下とする。望ましくは880℃以下であり、より好ましくは870℃未満である。なお、冷延後の焼鈍(仕上げ焼鈍)では析出状態をほとんど変化させないため、この段階でのPの析出量Ppを制御することが重要である。熱延板焼鈍により、熱延板焼鈍後の段階で、リン化物として存在するP量(Pの析出量Pp)を0.003質量%以上とすることが好ましい。
【0046】
その後の冷間圧延における圧延率は75%以上90%以下とする。
冷間圧延後に行う熱処理によって再結晶粒径を細かくするためには、導入ひずみ量を多くする必要がある。再結晶はひずみが多く導入されている部分から始まる。すなわち、加工量が多い(圧延率が大きい)材料ほど、再結晶の起点となる部分(核)が多いため、再結晶粒径が小さくなる。これらのことから、結晶粒度番号を大きくする(結晶粒径を小さくする)ためには、圧延率は高いほうがよい。圧延率が75%未満だと、これら効果を得られず、かつr値が低下して成形性が低下するおそれもある。このため、本実施形態では圧延率は75%以上とする。また圧延率が高いほど、r値は向上するため、圧延率は80%以上であることが望ましい。一方、圧延率が90%超では、逆にr値が低下し、成形性の低下が起こるおそれがある。そのため圧延率は90%以下の範囲とする。
【0047】
冷間圧延後、引き続いて熱処理(冷延板焼鈍)を行うが、本実施形態ではこの熱処理を急速で行うことに特徴がある。具体的には、冷延板焼鈍において、昇温過程のうち400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度を80℃/s以上とする。最高到達温度が880℃以上980℃以下である。最高到達温度に到達後5sec以内に冷却を開始し、最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度を50℃/s以上として冷却する。
なお、本実施形態でいう「400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度」とは、当該温度範囲の鋼板温度の上昇幅(400℃)を、当該温度範囲の昇温に要した時間で除した値とする。「最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度」とは、最高到達温度から700℃までの鋼板の温度降下幅を、最高到達温度に到達した時点から700℃となった時点までの所要時間で除した値とする。また、以下の説明における温度(℃)はすべて鋼板温度を指す。
【0048】
上述したように、本実施形態では、熱延板焼鈍によって析出させたリン化物を冷間圧延によって圧潰して冷延方向に平行に並んだ析出状態とし、この析出状態を維持したまま再結晶を行い、製品板を得る。そして、前述の析出状態とされたリン化物を備える製品板は成形加工して歪を加えても、リン化物によって転位の移動が妨げることができるため、加工肌荒れを抑制することが可能となる。
このことから、冷延板焼鈍は、冷間圧延後の析出状態を維持したまま再結晶できる条件で実施することが重要となる。
【0049】
冷間圧延後の析出状態を維持し、耐加工肌荒れ効果を得るために昇温過程の400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度を80℃/s以上とし、かつ最高温度に到達後5秒以内に冷却を開始する。すなわち、400℃〜800℃の温度範囲を平均昇温速度が80℃/s以上で急速昇温し、最高到達温度(880℃以上980℃以下)まで加熱して当該最高到達温度での保持時間を5秒以内として冷却を開始する。なお本実施形態においては、最高到達温度にて保持する際、温度を一定に保ってもよいが、最高到達温度±10℃(最高到達温度−10℃〜最高到達温度+10℃)の範囲内であれば保持温度が変動しても許容される。ただし、保持温度が前記範囲内で変動する場合は、最高到達温度の適正範囲(880℃以上980℃以下)から外れないように制御する必要がある。
【0050】
400℃〜800℃の温度範囲における平均昇温速度が80℃/s未満または保持時間が5秒超では、リン化物が固溶して製品としての析出量を確保できない場合がある。また、400℃〜800℃の温度範囲での急速昇温は、再結晶粒径を微細化する効果もあり、加工肌荒れの抑制に有効である。さらに析出物が存在する状態で急速昇温すると、析出物のピン止め効果により粒成長を抑制するため、製品粒径を更に微細化し、加工肌荒れをさらに抑制する効果がある。このような観点から、望ましくは400℃〜800℃の温度範囲の平均昇温速度は150℃/s以上である。
また、リン化物の析出状態を維持する観点から、最高到達温度での保持時間は2秒以下とすることが望ましい。保持時間0秒、すなわち最高到達温度に達してすぐに冷却を開始しても構わない。
【0051】
本実施形態では昇温過程を急速加熱によって行うため、昇温に要する時間が短時間となる。この短時間に再結晶を完了させるために、最高到達温度を880℃以上とする。最高到達温度が880℃未満であると、再結晶が不十分となり、伸び低下により加工性が劣化するおそれがある。そのため、本実施形態では、最高到達温度は880℃以上とし、好ましくは、900℃以上とする。一方、再結晶完了後の結晶粒成長が進行すると、結晶粒の粗大化やリン化物固溶による析出量の不足によって、耐加工肌荒れ性が悪化するおそれがあるため、最高到達温度は980℃以下を上限とする。望ましくは950℃以下である。
【0052】
冷却過程において結晶粒成長やリン化物の固溶が進行すると、耐加工肌荒れ性が劣化するため、最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度の下限を50℃/s以上とする。望ましくは100℃/s以上である。最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度の上限は、好ましくは500℃/s以下である。
【0053】
なお、冷延板焼鈍において、上記の条件よりも低温域で長時間熱処理することによって、リン化物を担保し再結晶組織を得ることも可能であるが、結晶粒径が大きくなり、耐肌荒れ特性が劣化する。さらに、粒内のリン化物の析出状態が圧延方向に平行に並んだ状態となってはじめて耐加工肌荒れを抑制する効果を発揮する。このため、冷延板焼鈍の過程でリン化物を析出させたとしても、それは当該効果を発揮しない。つまり、冷間圧延によってリン化物の析出状態を制御し、かつこの析出状態を維持させうる上記の条件で冷延板焼鈍を行うことが重要である。
【0054】
以上説明した製造方法によって、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板を製造することができる。
なお、本実施形態においては、熱延板焼鈍および冷延板焼鈍は、バッチ式焼鈍でも連続式焼鈍でも構わない。また、各焼鈍は、必要であれば水素ガスあるいは窒素ガスなどの無酸化雰囲気で焼鈍する光輝焼鈍でもよいし、大気中で焼鈍しても構わない。
【0055】
また本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板に適用される板厚は、特に限定しないが、強度確保の観点から0.5mm以上、好ましくは0.6mm以上であることが望ましい。板厚が薄い場合は、成形後の部品において強度が不十分となる場合があるためである。製造対象となる部品のサイズや形状、耐荷重等を考慮して設計する必要がある。
【0056】
以上、本実施形態によれば、成形加工性及び成形後の耐加工肌荒れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。また、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、耐加工肌荒れ性に優れるため、特に、成形加工後に表面凹凸(肌荒れ)を除去するための研磨を要する用途に好適である。
【実施例】
【0057】
次に本発明の実施例を示す。本実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要件を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
なお、下記にて示す表中の下線は、本実施形態の範囲から外れているものを示す。
【0058】
表1に示す成分組成を有するステンレス鋼を溶製してスラブに鋳造し、スラブを熱間圧延にて所定の板厚まで圧延した。その後、熱延板焼鈍、冷間圧延、冷延板焼鈍を施して0.6mm厚のステンレス鋼板(製品板)No.1〜44を製造した。熱延板焼鈍の熱処理温度(焼鈍温度)、冷延率、冷延板焼鈍における400〜800℃間の平均昇温速度、最高到達温度、冷却開始までの所要時間(保持時間)、ならびに最高到達温度から700℃までの温度範囲における平均冷却速度は表2〜表4のように変化させた。なお、熱延板焼鈍における焼鈍時間(保持時間)は、40〜60秒の範囲内とした。
【0059】
次に、得られたステンレス鋼板No.1〜No.44の幅中央付近から試験片を切り出し、JIS G 0551(2013)に準拠して線分法によって結晶粒度番号(GSN)を測定した。なお、結晶粒度を測定する際は、試験片断面の光学顕微鏡組織写真より、1試料につき横切る結晶粒数を500以上とした。
【0060】
さらに、ステンレス鋼板No.1〜No.44よりφ110mmの試料を切り出し、油圧成形試験機により、絞り比2.2のカップ成形試験を行った。カップ成形後の肌荒れには絞り比が大きく影響するが、その他の成形条件は、影響を及ぼさないことが分かっている。なお、今回実施したカップ成形試験条件は、ポンチ径が50mm、ポンチ肩Rが5mm、ダイス径が52mm、ダイス肩Rが5mm、しわ押さえ圧が1トン、クリアランスが片側1.67t(tは板厚)とした。さらに、試料とポンチ間の潤滑剤として、出光興産株式会社製の防錆油「ダフニーオイルコートZ3(登録商標)」を塗布した。その後に成形後の鋼板表面を保護するために潤滑シート「ニチアス株式会社製ナフロンテープTOMBO9001」を貼り付けた。
【0061】
絞り比2.2で成形が出来た試料については、カップ成形後の表面粗さを測定し加工肌荒れを評価した。
ここで、カップ成形後の試料(成形品)の部位毎の表面粗さの程度、ばらつきについて調査したところ、縦壁部の内側と外側でばらつきがあること知見した。調査結果について詳述する。
本発明者らは、カップ成形後の試料の各部位の表面粗さを調査した。カップ成形した後の加工肌荒れは、一般に知られているように単純に結晶粒度と歪量に比例するわけではなく、成形時の金型との接触により成形品の表面での凹凸の生成が抑制されるため、表面粗さが小さくなることを知見した。特に成形品の縦壁部のうち外壁においては、成形時に金型に押さえつけられる力が強く、成形時の凹凸の生成と金型との接触による凹凸の抑制とが競合しているため、成形品の粗さは測定位置ごとにばらつきが大きくなることが分かった。よって、カップ成形後の加工肌荒れの評価を縦壁部の外壁で行うことは不適切と考えた。
そこで、金型に押さえつけられる力が比較的小さい縦壁部の内壁の表面粗さを測定した。その結果、カップ成形後の表面粗さを精度良く測定できることを知見した。また、外壁よりも内壁の方が表面粗さは大きいため、成形後の研磨工程において粗さが大きい内壁が最も研磨時間がかかってしまう。そのため、成形後の研磨を想定した表面粗さの測定(加工肌荒れの評価)は、成形品の縦壁部の内壁で実施するのが適切と考えられる。加工肌荒れの評価が、成形品の縦壁部の内壁で良好であれば、外壁でも良好であると判断することができる。
【0062】
カップ成形後の試料の縦壁部の内側の高さ中央部において、高さ方向に平行に5mm長さについて、二次元接触式の表面粗さ測定機を用いて、JIS B 0601に記載の表面粗さ測定を行い、算術平均粗さRaを算出した。算術平均粗さRa1.00μmを基準とし、Raが1.00μm未満の場合を加工肌荒れ評価が良好(「○」)と判断し、Raが1.00μm以上の場合を加工肌荒れ評価を不良(「×」)と判断した。
【0063】
また、上記と同様に、電解抽出残渣法によって製品板におけるPの析出量Ppを測定した。
まず、ステンレス鋼板の幅方向中心から、30mm角程度の大きさの試験片を切り出し、鋼板表面に相当する試験片全面を番数♯600の耐水研磨紙で湿式研磨した。研磨した後、10%無水マレイン酸および2%テトラメチルアンモニウムクロライドを含むメタノール溶液中で−100mVの定電位で電解することにより試験片母材(ステンレス母材)を溶解した。電気分解後、溶解せずに溶液中に残存した残渣(析出物)を200nmメッシュのフィルタを用いて捕捉した。捕捉した析出物を、純水で洗浄および乾燥した。次いで、王水と過塩素酸により析出物を溶解させ、JIS G 1258に準拠してICP発光分光分析法を用いて元素分析を行い析出物中のPの質量を求めた。得られたP量を、電解による試験片の質量変化量(「電気分解前の試験片の質量」−「電気分解後の試験片の質量」)で除して百分率で表示したものを「Pの析出量Pp」(質量%)とした。
なお、冷間圧延を施す前の熱延焼鈍板におけるPの析出量Ppついても同じ方法によって測定した。
以上、測定結果、評価結果を表5〜表7に示す。
【0064】
表2〜表7に示すように、本実施形態によると、焼鈍条件、圧延条件の適正化によりリン化物の析出量を制御することで、加工後の肌荒れ性に優れ、かつ成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を得ることが出来ることが分かった。
本発明例では、Ra<1.00μmであり加工肌荒れは抑制された。
【0065】
一方、表2〜表7のNo.25、26は成分組成が範囲外となった例であるが、いずれもPの析出量Ppおよび結晶粒度番号は実施形態の範囲内となったものの、成形性が劣化し絞りきることができなかった。またNo.27、28はともにTi、Nbが無添加の鋼Lを用いた例であるが、Pの固定化が不十分でPの析出量Ppが0.001%未満となるとともに、成形性が劣化し絞りきることができなかった。
No.3、22は、冷延板焼鈍時の平均昇温速度が低すぎたため、リン化物の固溶が進行してPの析出量Ppが不足した。さらに、結晶粒度番号が小さくなり、加工肌荒れ性が劣化した。
No.5、10、12、24は、保持時間が長すぎたため、リン化物の固溶が進行してPの析出量Ppが不足した。さらに、結晶粒度番号も小さくなり、加工肌荒れ性が劣化した。
No.6、15は、熱延板焼鈍時の焼鈍温度が低く、かつ平均昇温速度が低すぎたため、結晶粒度番号が小さくなり、加工肌荒れ性が劣化した。
No.7は、冷延率が小さく、さらに最高到達温度が高すぎたため、粒成長が進行して結晶粒度番号が小さくなり、加工肌荒れ性が劣化した。
No.9は、熱延板焼鈍時の焼鈍温度が高すぎたため、Pの析出量Ppを確保できず加工肌荒れ性が劣化した。
No.16は、最高到達温度が高すぎたため、結晶粒度番号が小さくなり、加工肌荒れ性が劣化した。
No.19は、冷延板焼鈍時の平均昇温速度が低く、かつ保持時間が長すぎたため、リン化物の固溶が進行してPの析出量Ppが不足した。さらに、結晶粒度番号も小さくなり加工肌荒れ性が劣化した。
No.20は、冷延率が小さすぎたため、結晶粒度番号が小さくなった。その結果、加工肌荒れ性が劣化した。
No.21は、熱延板焼鈍時の焼鈍温度が高すぎたため、Pの析出量Ppを確保できず加工肌荒れ性が劣化した。
No.14は、最高到達温度が高すぎたため、粒成長が進行して結晶粒度番号が小さくなり、加工肌荒れ性が劣化した。
No.31は、冷延板焼鈍時の平均冷却速度が低いため、リン化物の固溶が進行してPの析出量Ppが不足し、かつ結晶粒度番号も小さくなり加工肌荒れ性が劣化した。
No.32は、冷延板焼鈍時の平均冷却速度が低いため、リン化物の固溶が進行してPの析出量Ppが不足し、加工肌荒れ性が劣化した。
No.36は、熱延板焼鈍時の焼鈍温度が高すぎたため、Pの析出量Ppを確保できず加工肌荒れ性が劣化した。
No.38は、冷延板焼鈍時の平均昇温速度が低く、さらに最高到達温度が高すぎたため、粒成長が進行して結晶粒度番号が小さくなり加工肌荒れ性が劣化した。
【0066】
また図2において粒度番号9.0以上かつ析出P量0.003%未満の領域では、比較的細粒のため加工肌荒れは多少の低下は望めるが、P化物による加工肌荒れを抑制する効果が無いため、同程度の粒度番号で析出P量の多い本発明例に比べて耐加工肌荒れ性で劣っている。
【0067】
なお、Pが0.003%未満の鋼成分については、表2〜表7のNo.4と同様に製造したところ、析出P量が0.003%以下であり、成形試験後のRaは1.00μm以上であった。Pが0.1%超の鋼組成については、表2〜表7のNo.4と同様に製造したところ、成形性が劣り、成形できなかった。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
【表3】
【0071】
【表4】
【0072】
【表5】
【0073】
【表6】
【0074】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0075】
本実施形態によれば、成形加工性及び成形加工後の耐加工肌荒れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼板とその製造方法を提供することが可能である。このため、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、成形用途に好適に適用される。
図1
図2