特許第6907174号(P6907174)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6907174-アミロイド線維形成の抑制又は阻害剤 図000005
  • 特許6907174-アミロイド線維形成の抑制又は阻害剤 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6907174
(24)【登録日】2021年7月2日
(45)【発行日】2021年7月21日
(54)【発明の名称】アミロイド線維形成の抑制又は阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/196 20060101AFI20210708BHJP
   A61K 9/00 20060101ALI20210708BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210708BHJP
【FI】
   A61K31/196
   A61K9/00
   A61P43/00 101
   A61P43/00 111
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-215533(P2018-215533)
(22)【出願日】2018年11月16日
(62)【分割の表示】特願2016-514694(P2016-514694)の分割
【原出願日】2015年4月14日
(65)【公開番号】特開2019-23235(P2019-23235A)
(43)【公開日】2019年2月14日
【審査請求日】2018年11月16日
【審判番号】不服2020-12507(P2020-12507/J1)
【審判請求日】2020年9月7日
(31)【優先権主張番号】特願2014-90476(P2014-90476)
(32)【優先日】2014年4月24日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514105000
【氏名又は名称】想い出創造株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591038624
【氏名又は名称】高田 任康
(73)【特許権者】
【識別番号】502253559
【氏名又は名称】竹村 司
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100198074
【弁理士】
【氏名又は名称】山村 昭裕
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(72)【発明者】
【氏名】高田 任康
【合議体】
【審判長】 藤原 浩子
【審判官】 穴吹 智子
【審判官】 滝口 尚良
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/024543(WO,A1)
【文献】 CONNORS,C.R.et al,Biochemistry,2013,Vol.52,pp.3995−4002
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00−31/80
A61P1/00−43/00
CAPLUS(STN)
REGISTRY(STN)
MEDLINE(STN)
EMBASE(STN)
BIOSIS(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、アミロイド線維の沈着の抑制又は阻害剤(但し、テクスメテン軟膏及びウレパール軟膏の混合薬と併用する場合を除く)であって、経口投与することを特徴とする、前記抑制又は阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミロイド線維を融解又は消失(排出)する作用等を有する、トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有するアミロイド線維形成を抑制又は阻害するための製剤や、かかる製剤を含有するアミロイド斑の予防又は治療剤や、上記製剤を含有するアミロイドーシスの予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アミロイド線維は、ミスフォールディングしたタンパク質が凝集して形成された線維状の超分子重合体である。アミロイド線維は、病理学的にはアルカリコンゴレッド染色で橙赤色に染まり、偏光顕微鏡による観察では緑色の複屈折を示し、電子顕微鏡による観察では幅7〜15nmの枝分かれのない線維構造を示す。
【0003】
アミロイドーシスは、アミロイド線維が、働き続けている臓器又は組織や消耗性疾患に罹患した臓器や組織に沈着することによって機能障害を引き起こす疾患の総称である。1980年にGlenner, G.C.により、個々の病気に特有のアミロイド線維を構成するタンパク質(アミロイドタンパク質)が、βシート構造に富むアミロイド線維を形成し沈着することが示され、その後、アミロイドタンパク質と疾患との関連について種々の報告がされている。例えば、アミロイドβによって構成されるアミロイド線維と、アルツハイマー型痴呆、ダウン症候群等の疾患との関連や、α-シヌクレインによって構成されるアミロイド線維と、パーキンソン病、レヴィー小体型痴呆症、多系統萎縮症等の疾患との関連や、プリオンによって構成されるアミロイド線維と、クロイツフェルト・ヤコブ病、ゲルストマン・ストロイスラー症候群、狂牛病等の疾患との関連や、タウが構成するアミロイド線維と、アルツハイマー型痴呆、FTDP−17、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症、ピック病等の疾患との関連が報告されている(非特許文献1)。
【0004】
アミロイド線維の沈着自体の他、アミロイド線維形成に関与するオリゴマーやプロトフィブリル等の中間分子が、細胞死や細胞障害を引き起こす原因の一つであると考えられている(非特許文献2、3)。このため、アミロイド線維形成を抑制することで、アミロイド線維を構成するタンパク質の不安定性を増加させ、アミロイドーシスを治療できると考えられている(非特許文献4)。
【0005】
これまでに、アミロイド線維形成を抑制する化合物として、クリオキノール(特許文献1)、クルクミン(非特許文献5)、タンニン酸(非特許文献6)、ヘミン(非特許文献7)、メラトニン(非特許文献8)、4,5−ジアニリノフタルイミド(非特許文献9)、L−ドーパ(非特許文献10)、ヘキサデシル−N−メチルピペリジニウム(非特許文献11)、蛍光染色剤であるコンゴーレッド(非特許文献12)等が報告されている。
【0006】
他方、トラニラストは、アレルギー性疾患治療薬「リザベン」としてキッセイ薬品工業社からすでに市販された化合物であり、ケロイド、肥厚性瘢痕に対しても優れた薬効を示すことも報告されている(非特許文献13、14)。しかしながら、トラニラストがアミロイド線維形成を抑制する作用を有するかどうかは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第98/06403号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Chiti, F. & Dobson, C.M. Nat. Chem. Biol. 5: 15-22 (2009)
【非特許文献2】Kayed, R. et al., Science 300: 486-489 (2003)
【非特許文献3】Tsai, J. et al., Nature Neuroscience 7: 1181-1183 (2004)
【非特許文献4】Hammarstrom, P., Science 293: 2459-2462 (2001)
【非特許文献5】Ono, K. et al., J. Neurosci. Res. 75: 742-750 (2004)
【非特許文献6】Ono, K. et al., Biochim. Biophys. Acta, 1690: 193-202 (2004)
【非特許文献7】Howlett, D.R. et al., FEBS Lett. 417: 249-251 (1997)
【非特許文献8】Pappolla, M. et al., J. Biol. Chem. 273: 7185-7188 (1998)
【非特許文献9】Blanchard, B. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101: 14326-14332 (2004)
【非特許文献10】Li, J. et al., FASEB J. 18: 962-964 (2004)
【非特許文献11】Wood, S. et al., J. Biol. Chem. 271: 4086-4092 (1996)
【非特許文献12】Lorenzo, A. & Yankner, B.A., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 91: 12243-12247 (2004)
【非特許文献13】市川潔等 応用薬理 43(5) 401 (1992)
【非特許文献14】須澤東夫 日薬理誌 99(4) 231 (1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、生体内におけるアミロイド線維を融解又は消失(排出)させる等により、アミロイド線維形成を効果的に抑制又は阻害する作用を有する製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を続けている。その過程において、アトピー性皮膚炎の治療薬として知られているトラニラスト(商品名:リザベン)を用いて、皮膚におけるアミロイド沈着を減少できるかどうかや、皮膚アミロイド苔癬を治療できるかどうか検討したところ、トラニラスト投与によりアミロイド線維形成が抑制され、皮膚機能を改善できることを見いだした。さらに、かかる知見を基に、アミロイド線維の沈着に起因する認知症についても改善できるかどうか検討したところ、トラニラスト投与により明確な改善効果が認められることを確認した。本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0011】
すなわち、本発明は(1)トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、アミロイド線維の沈着の抑制又は阻害剤(但し、テクスメテン軟膏及びウレパール軟膏の混合薬と併用する場合を除く)であって、経口投与することを特徴とする、前記抑制又は阻害剤や、(2)アミロイド線維を融解又は排出する作用を有することを特徴とする上記(1)に記載の抑制又は阻害剤に関する。
【0012】
また、本発明の実施の他の形態として、トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を含有することを特徴とするアミロイド斑の予防又は治療剤や、()アミロイド斑が脳におけるアミロイド斑であることを特徴とする上記()に記載の予防又は治療剤や、()アミロイド斑が皮膚におけるアミロイド斑であることを特徴とする上記()に記載の予防又は治療剤を挙げることができる
【0013】
また、本発明の実施の他の形態として、トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を含有することを特徴とするアミロイドーシスの予防又は治療剤や、()アミロイドーシスが脳アミロイドーシスであることを特徴とする上記()に記載の予防又は治療剤や、()脳アミロイドーシスが、脳におけるアミロイド線維の沈着に起因する認知症であることを特徴とする上記()に記載の予防又は治療剤や、()アミロイドーシスが皮膚アミロイドーシスであることを特徴とする上記()に記載の予防又は治療剤や、(10)皮膚アミロイドーシスが皮膚アミロイド苔癬であることを特徴とする上記()に記載の予防又は治療剤を挙げることができる
【0014】
また本発明の実施の他の形態として、トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有するアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤を、アミロイド線維形成の抑制又は阻害を必要とする患者に投与することにより、アミロイド斑を予防又は治療する方法や、アミロイド線維の沈着に起因する疾患(沈着したアミロイド線維自体に起因する疾患やアミロイド線維の沈着に伴い臓器又は組織の機能障害を引き起こす疾患)を予防又は治療する方法を挙げることができる。
【0015】
また本発明の実施の他の形態として、アミロイド線維形成の抑制又は阻害剤として使用するためのトラニラスト又はその薬理学的に許容される塩や、アミロイド斑の予防又は治療剤として使用するためのトラニラスト又はその薬理学的に許容される塩や、アミロイドーシスの予防又は治療剤として使用するためのトラニラスト又はその薬理学的に許容される塩を挙げることができる。
【0016】
また本発明の実施の他の形態として、アミロイド線維形成の抑制又は阻害剤を製造するためのトラニラスト又はその薬理学的に許容される塩の使用や、アミロイド斑の予防又は治療剤を製造するためのトラニラスト又はその薬理学的に許容される塩の使用や、アミロイドーシスの予防又は治療剤を製造するためのトラニラスト又はその薬理学的に許容される塩の使用を挙げることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、アミロイド線維の融解又は消失(排出)等の作用により生体内におけるアミロイド線維形成を効果的に抑制又は阻害することができるため、アミロイド斑を予防又は治療することや、アミロイド線維の沈着に起因する疾患(沈着したアミロイド線維自体に起因する疾患やアミロイド線維の沈着に伴い臓器又は組織の機能障害を引き起こす疾患)を予防又は治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】トラニラストを皮膚アミロイド苔癬患者(症例2)に投与し、症状が改善した結果を示す図である。
図2】トラニラストを皮膚アミロイド苔癬患者(症例3)に投与し、症状が改善した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤は、トラニラスト又はその薬理学的に許容される塩(以下、これらを総称して「トラニラスト類」という)を有効成分として含有するものであり、必要に応じて、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、等張剤、添加剤、被覆剤、可溶化剤、潤滑剤、滑走剤、溶解補助剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、溶剤、ゲル化剤、栄養剤などの配合成分がさらに添加されたものでもよい。かかる配合成分としては、具体的に、水、生理食塩水、動物性脂肪及び油、植物油、乳糖、デンプン、ゼラチン、結晶性セルロース、ガム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリンを例示することができる。
【0020】
本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤は、生体内におけるアミロイド線維形成を抑制又は阻害する作用を有する。生体内におけるアミロイド線維形成を抑制又は阻害する作用としては、例えば、アミロイド線維が沈着した細胞・組織において、アミロイド線維を構成するタンパク質(アミロイドタンパク質)の産生を抑制する作用や、アミロイドタンパク質の凝集を抑制する作用や、アミロイドタンパク質を分解する作用や、アミロイド線維(構造)を融解(分解)する作用や、上記細胞・組織外へのアミロイドタンパク質又はアミロイド線維を排出する作用を挙げることができ、アミロイド線維(構造)を融解(分解)する作用や、上記細胞・組織外へのアミロイドタンパク質又はアミロイド線維を排出する作用が好ましい。
【0021】
本発明において、「アミロイド線維」とは、ミスフォールディングした(誤った高次構造を形成した)タンパク質(アミロイドタンパク質)が凝集して形成された線維状の超分子重合体を意味し、βシートに富む構造を有するものである。上記アミロイドタンパク質としては、アミロイドβ、タウ、免疫グロブリン軽鎖、アミリン、アミロイドA、トランスサイレチン、リソザイム、BriL、シスタチンC、スクレイピー、β2ミクログロブリン、アポリポプロテインA1、ゲルゾリン、ランゲルハンス島アミロイド、フィブリノーゲン、プロラクチン、インシュリン、カルシトニン、ケラチン、心房ナトリウム利尿ペプチド、α−シヌクレイン、プリオン、ハンチンチン、スーパーオキサイドジスムターゼ、ニューロセルピン、α1−アンチキモトリプシン等のタンパク質を挙げることができる。
【0022】
本発明のトラニラストは、N−(3,4−ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸であり、下記の化学構造式で示される化合物である。
【0023】
【化1】
【0024】
本発明のトラニラストの薬理学的に許容される塩には、アルミニウム、カルシウム、リチウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム及び亜鉛から生成された金属塩や、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、クロロプロカイン、コリン、ジエタノールアミン、エチレンジアミン、N−メチルグルカミン、リジン、プロカイン等から生成された有機塩などが含まれる。
【0025】
本発明のアミロイド斑の予防又は治療剤や、本発明のアミロイドーシスの予防又は治療剤としては、本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤を含有するもの、すなわち、トラニラスト類をアミロイド線維形成の抑制又は阻害作用の有効成分として含有するものであれば特に制限されず、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、等張剤、添加剤、被覆剤、可溶化剤、潤滑剤、滑走剤、溶解補助剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、溶剤、ゲル化剤、栄養剤等の配合成分がさらに添加されたものを例示することができる。かかる配合成分としては、具体的に、水、生理食塩水、動物性脂肪及び油、植物油、乳糖、デンプン、ゼラチン、結晶性セルロース、ガム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリンを例示することができる。
【0026】
本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤や、本発明のアミロイド斑の予防又は治療剤や、本発明のアミロイドーシスの予防又は治療剤の投与形態としては、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液などの剤型で投与する経口投与や、溶液、乳剤、懸濁液などの剤型を注射する、経皮剤の型で皮膚に投与する、点眼薬の型で目に投与する、或いは点鼻薬、スプレー剤などの型で鼻孔内投与する非経口投与を挙げることができ、経口投与が好ましい。
【0027】
本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤におけるトラニラスト類や、本発明のアミロイド斑の予防又は治療剤におけるトラニラスト類や、本発明のアミロイドーシスの予防又は治療剤におけるトラニラスト類の投与量は、年齢、体重、性別、症状、薬剤への感受性等に応じて適宜決定される。通常、1mg〜30g/dayの投与量の範囲で、好ましくは10〜3000mg/dayの投与量の範囲で、より好ましくは50〜2000mg/dayの投与量の範囲で、さらに好ましくは100〜1000mg/dayの投与量の範囲で、さらにより好ましくは200〜600mg/dayの投与量の範囲で、一日あたり単回又は複数回(例えば、2〜4回)に分けて投与されるが、症状の改善の状況に応じて投与量を調節してよい。本発明の有効成分であるトラニラスト類は、既にアトピー性皮膚炎患者に使用されてきた薬剤(商品名:リザベン[RIZABEN])であり、その用法や副作用も熟知されているところから、本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤や、本発明のアミロイド斑の予防又は治療剤や、本発明のアミロイドーシスの予防又は治療剤の使用に当たっては、それらの経験に基づいた投与量や投与形態を選択することもできる。
【0028】
本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤の適応となるアミロイド線維としては、臓器や組織において形成されるアミロイド線維であれば特に制限されず、また、本発明のアミロイド斑の予防又は治療剤の適応となるアミロイド斑としては、臓器や組織においてアミロイドタンパク質が凝集して形成されたアミロイド線維が沈着したものであれば特に制限されず、また、本発明のアミロイドーシスの予防又は治療剤の適応となるアミロイドーシスとしては、アミロイド線維の沈着に起因する疾患(沈着したアミロイド線維自体に起因する疾患やアミロイド線維の沈着に伴い臓器又は組織の機能障害を引き起こす疾患)であれば特に制限されず、ここで臓器や組織としては、脳、肺、肝臓、腎臓、心臓、腸(大腸、小腸、結腸等)、膵臓、骨(骨髄)、皮膚等を挙げることができ、これらの中でも脳又は皮膚を好適に例示することができる。
【0029】
アミロイド斑は、任意の方法で検出することができる。例えば、脳におけるアミロイド斑のち、アミロイドβにより構成されるアミロイド斑(老人斑)は、かかる部位に蓄積する11Cで標識したPIB(Pittsburgh Compound-B)(特表2004−506723号公報)と陽電子放射断層撮像法(PET;Positron Emission Tomography)と、コンピュータ断層撮影(CT;Computerized Tomography)を同時に検査する装置(PET−CT)とを用いた方法により検出することができる。また、皮膚におけるアミロイド斑は、毛孔を避けて皮丘(しわの間の盛り上がったところ)にできた点状褐色色素斑として検出することができる。なお、かかる点状褐色色素斑は、直径2〜3mmの点状色素斑が線条に配列し、さざ波状配列に見えるのが特徴である。
【0030】
上記アミロイドーシスとしては、具体的に免疫細胞性アミロイドーシス(例えば、ALアミロイドーシス、AHアミロイドーシス)、反応性AAアミロイドーシス(続発性アミロイドーシス)、家族性アミロイドーシス(例えば、家族性アミロイドポリニューロパチー[FAP;Familial Amyloid. Polyneuropathy]I、FAPII、FAPIII、FAPIV、家族性地中海熱[FMF;Familial Mediterranean fever]、マックル・ウェルズ[Muckle-Wells]症候群)、透析アミロイドーシス、老人性TTRアミロイドーシス等の全身性アミロイドーシスや、脳アミロイドーシス、内分泌アミロイドーシス(甲状腺髄様癌、II型糖尿病・インスリノーマ、限局性心房性アミロイド)、皮膚アミロイドーシス、限局性結節性アミロイドーシス等の限定性アミロイドーシスを挙げることができ、これらの中でも脳アミロイドーシス又は皮膚アミロイドーシスを好適に例示することができる。
【0031】
上記脳アミロイドーシスとしては、具体的に、脳アミロイドアンギオパチー、脳におけるアミロイド線維の沈着に起因する遺伝性脳出血(オランダ型又はアイスランド型)、及び脳におけるアミロイド線維の沈着に起因する認知症を挙げることができ、これらの中でも脳におけるアミロイド線維の沈着に起因する認知症を好適に例示することができる。かかる「認知症」としては、アルツハイマー型認知症(痴呆症)、パーキンソン病で発症する認知症、ダウン症で発症する認知症、プリオン病で発症する認知症、レヴィー小体型認知症(痴呆症)、多系統萎縮症で発症する認知症、クロイツフェルト・ヤコブ病で発症する認知症、ゲルストマン・ストロイスラー症候群で発症する認知症、狂牛病で発症する認知症、FTDP−17で発症する認知症、進行性核上性麻痺で発症する認知症、皮質基底核変性症で発症する認知症、及びピック病で発症する認知症を例示することができる。
【0032】
また、上記皮膚アミロイドーシスとしては、具体的に、皮膚におけるアミロイド線維の沈着に起因する摩擦黒皮症、苔癬(皮膚アミロイド苔癬)、斑状(皮膚斑状アミロイドーシス)、及び肛門仙骨部皮膚(肛門仙骨部皮膚アミロイドーシス)を挙げることができ、これらの中でも皮膚アミロイド苔癬を好適に例示することができる。
【0033】
上記トラニラスト類は、化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法によっても製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、リザベンカプセル、リザベン細粒、リザベンドライシロップ(すべて、キッセイ薬品工業社製)、アインテールカプセル100mg、アインテールドライシロップ(すべて長生堂製薬社製)などの市販品を挙げることができる。
【0034】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
1.本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤が、皮膚アミロイドーシスの治療効果を有することの確認
1−1 症例1
上背部に皮膚アミロイドーシス特有の色素を伴う浸潤とそう痒の症状が認められる患者(N.Y、60歳、女性)は、当初トラニラストを含まない治療を4年間行っていたが、治療効果が全く認められなかった。このため、トラニラストによる治療に移行した。上記患者に対して、トラニラスト(商品名:リザベン、キッセイ薬品工業社製)100mgのカプセルを1日当たり3回経口投与したところ、経口投与を開始して約1カ月後から色素沈着が薄くなり始め、さらに1カ月後にかけて色素沈着レベルが段階的に減少するとともに、そう痒が減弱し、皮疹が大幅に改善することが示された。その後、少なくとも3年間皮疹の悪化又は再発は認められなかった。
【0036】
1−2 症例2
上背部に典型的なアミロイド苔癬の症状が認められる患者(27歳、女性、幼少時にアトピー性皮膚炎発症)は、当初「Very Strong:II群」に分類されるステロイド外用剤であるジフルプレナート軟膏(マイザー軟膏)による治療を行っていたが、改善が認められなかった。このため、トラニラストによる治療に移行した。上記患者に対して、トラニラスト(商品名:リザベン、キッセイ薬品工業社製)100mgのカプセルを1日当たり3回経口投与したところ、2014年6月30日に経口投与を開始(図1A参照)して16日目(2014年7月16日)(図1B参照)からアミロイド沈着褐色丘疹は明らかに薄く小さくなり改善した。日を追うごとに皮疹の改善度合いは増し(図1C〜E参照)、経口投与を開始して151日目(2014年11月28日)(図1F参照)にアミロイド沈着褐色丘疹はほぼ消失し、少なくとも238日目(2015年2月23日)(図1H参照)までその状態は維持された。
【0037】
1−3 症例3
数年来上背部に激しい掻痒(そうよう)を伴う発疹があり、慢性湿疹が認められる患者(23歳、女性)に対して、トラニラストによる治療を開始した。かかる患者に、トラニラスト(商品名:リザベン、キッセイ薬品工業社製)100mgのカプセルを1日当たり3回経口投与したところ、2014年7月29日に経口投与を開始したときはアミロイド沈着褐色丘疹が密に苔癬化していた(図2A参照)が、経口投与開始後15日目(2014年8月13日)(図2B参照)には症状の改善が認められた。さらに、経口投与開始後29日目(2014年8月27日)(図2C参照)には明らかな症状の改善が認められ、その後、少なくとも89日目(2014年10月26日)までは改善状態が維持された(図2D〜G参照)。
【0038】
これらの結果は、アミロイド線維が沈着した皮膚組織又は細胞において、トラニラストが、ケラチン等のアミロイドタンパク質の産生を抑制したり、アミロイドタンパク質の凝集を抑制したり、アミロイドタンパク質の融解(分解)を促進したり、或いは、アミロイドタンパク質の皮膚組織や細胞外への排出を促進することにより、皮膚組織や細胞におけるアミロイド線維形成を抑制又は阻害し、皮膚機能を改善させたことを示している。
【実施例2】
【0039】
2.本発明のアミロイド線維形成の抑制又は阻害剤が、脳アミロイドーシスの治療効果を有することの確認
トラニラストが、皮膚におけるアミロイド線維形成を抑制する作用を有することが示されたので、脳におけるアミロイド線維の沈着に起因する認知症やアルツハイマー病についても改善できるかどうか検討した。
【0040】
2−1 症例4
認知症患者(H.Y、79歳、男性)に対して、トラニラスト(商品名:リザベン、キッセイ薬品工業社製)100mgのカプセルを1日当たり3回経口投与した。2012年8月にトラニラストによる投与を開始してから1年4カ月後に、2種類の認知症の検査法(HDS−R[改訂長谷川式簡易知能評価スケール]及びMMSE[認知機能検査])により、明確な改善効果が認められた(表1参照)。
【0041】
【表1】
【0042】
2−2 症例5
アルツハイマー病患者(88歳、男性)に対して、トラニラスト(商品名:リザベン、キッセイ薬品工業社製)100mgのカプセルを1日当たり3回経口投与した。2014年10月11日にトラニラストによる投与を開始してから約5カ月後に、2種類の認知症の検査法(HDS−R及びMMSE)により、アルツハイマー型認知症の症状の明確な改善効果が認められた(表2参照)。
【0043】
【表2】
【0044】
これらの結果は、トラニラストが、アミロイド線維が沈着した神経組織又は細胞において、アミロイドβ等のアミロイドタンパク質の産生を抑制したり、アミロイドタンパク質の凝集を抑制したり、アミロイドタンパク質の融解(分解)を促進したり、アミロイドタンパク質の神経組織や細胞外への排出を促進することにより、神経組織や細胞におけるアミロイド線維形成を抑制又は阻害し、神経機能を改善させたことを示している。
【0045】
3.まとめ
ある組織に長期間持続的に消耗状態が存在する場合、例えばアトピー性皮膚炎のような消耗性疾患に長期間罹患するとアミロイド線維が皮膚に沈着し難治性の皮膚アミロイド苔癬となることは従来から知られている。従来治療により症状の改善が認められなかった皮膚アミロイド苔癬患者やアルツハイマー型認知症等の認知症患者に対して、トラニラストを全身投与すると、トラニラストが効果的に皮膚や海馬の脳組織に沈着したアミロイド線維を減少させるように作用したものと考えられる。すなわち、トラニラストによる治療は、脳組織でも有効であることから、トラニラストは脳血管関門を通過したと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、トラニラストが有するアミロイド線維の融解又は消失(排出)等の作用により、生体内におけるアミロイド線維形成を効果的に抑制又は阻害できるため、アミロイド斑の予防又は治療や、アミロイド線維の沈着に起因する疾患(沈着したアミロイド線維自体に起因する疾患やアミロイド線維の沈着に伴い臓器又は組織の機能障害を引き起こす疾患)の予防又は治療に有効である。
図1
図2