(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
同一回転軸線上で相対回転可能な第1及び第2の回転部材と、前記第1の回転部材と一体に回転する第1のクラッチプレート及び前記第2の回転部材と一体に回転する第2のクラッチプレートを軸方向に配置してなる多板クラッチと、前記多板クラッチを押圧する押圧部材と、供給される電流に応じたトルクを発生する電動モータと、前記電動モータの回転量に応じて前記押圧部材を軸方向に移動させる移動機構部と、前記電動モータを制御する制御部とを備え、前記多板クラッチを介して前記第1及び第2の回転部材間で伝達される回転力を調節可能なクラッチ装置であって、
前記制御部は、前記押圧部材が前記多板クラッチから離間した位置にある初期状態からの前記電動モータの回転量を累積した累積回転量を演算すると共に、前記電動モータに供給する電流を増大させて前記第1及び第2の回転部材間で伝達される回転力を高める際、前記累積回転量が前記第1及び第2の回転部材間で伝達すべき目標回転力に応じた回転量よりも少ない特定値となるまで、前記目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を前記電動モータに供給して前記押圧部材を軸方向に移動させ、前記累積回転量が前記特定値となった後に、前記目標回転力に応じた電流を前記電動モータに供給する、
クラッチ装置。
前記移動機構部は、前記電動モータによって駆動されるポンプを有し、前記ポンプから吐出された作動流体が供給されるシリンダ室の圧力によって前記押圧部材を前記多板クラッチ側に移動させる、
請求項1又は2に記載のクラッチ装置。
同一回転軸線上で相対回転可能な第1及び第2の回転部材と、前記第1の回転部材と一体に回転する第1のクラッチプレート及び前記第2の回転部材と一体に回転する第2のクラッチプレートを軸方向に配置してなる多板クラッチと、前記多板クラッチを押圧する押圧部材と、供給される電流に応じたトルクを発生する電動モータと、前記電動モータの回転量に応じて前記押圧部材を軸方向に移動させる移動機構部とを備え、前記多板クラッチを介して前記第1及び第2の回転部材間で伝達される回転力を調節可能なクラッチ装置の制御方法であって、
前記押圧部材が前記多板クラッチから離間した位置にある初期状態からの前記電動モータの回転量を累積した累積回転量を演算すると共に、前記電動モータに供給する電流を増大させて前記第1及び第2の回転部材間で伝達される回転力を高める際、前記累積回転量が前記第1及び第2の回転部材間で伝達すべき目標回転力に応じた回転量よりも少ない特定値となるまで、前記目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を前記電動モータに供給して前記押圧部材を軸方向に移動させ、前記累積回転量が前記特定値となった後に、前記目標回転力に応じた電流を前記電動モータに供給する、
クラッチ装置の制御方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態について、
図1乃至
図8を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る駆動力伝達制御装置が搭載された四輪駆動車の構成例を模式的に示す構成図である。
【0014】
四輪駆動車100は、走行用の駆動力を発生させる駆動源としてのエンジン102、トランスミッション103、左右一対の主駆動輪としての前輪104L,104R及び左右一対の補助駆動輪としての後輪105L,105Rと、エンジン102の駆動力を前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達可能な駆動力伝達系101とを備えている。この四輪駆動車100は、エンジン102の駆動力を前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達する四輪駆動状態と、エンジン102の駆動力を前輪104L,104Rのみに伝達する二輪駆動状態とを切り替え可能である。なお、本実施の形態において、各符号における「L」及び「R」は、車両の左側及び右側の意味で使用している。
【0015】
駆動力伝達系101は、本発明のクラッチ装置の一態様である駆動力伝達制御装置1と、フロントデファレンシャル11と、プロペラシャフト12と、リヤデファレンシャル13と、前輪側のドライブシャフト106L,106Rと、後輪側のドライブシャフト107L,107Rとを有する。前輪104L,104Rには、エンジン102の駆動力が常に伝達される。後輪105L,105Rには、リヤデファレンシャル13及び駆動力伝達制御装置1のクラッチ部2を含む後輪側の駆動力配分機構14を介してエンジン102の駆動力が伝達される。駆動力配分機構14は、エンジン102の駆動力を左右の後輪105L,105Rに断続可能かつ差動を許容して配分することが可能である。
【0016】
フロントデファレンシャル11は、一対の前輪側のドライブシャフト106L,106Rにそれぞれ連結された一対のサイドギヤ111、一対のサイドギヤ111にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ112、一対のピニオンギヤ112を支持するピニオンギヤシャフト113、及びこれら一対のサイドギヤ111と一対のピニオンギヤ112とピニオンギヤシャフト113を収容するフロントデフケース114と、フロントデフケース114の外周側に固定されたリングギヤ115とを有している。フロントデフケース114には、トランスミッション103で変速されたエンジン102の駆動力がリングギヤ115を介して入力される。
【0017】
プロペラシャフト12は、エンジン102のトルクをフロントデフケース114を介して受け、駆動力配分機構14側に伝達する。プロペラシャフト12の前輪側端部にはピニオンギヤ121が設けられており、このピニオンギヤ121が、フロントデフケース114に筒状部116を介して連結固定されたリングギヤ117に噛み合っている。
【0018】
リヤデファレンシャル13は、フロントデファレンシャル11と同様に、一対のサイドギヤ131と、一対のピニオンギヤ132と、ピニオンギヤシャフト133と、リヤデフケース134と、リングギヤ135とを有している。一対のサイドギヤ131のうち一方のサイドギヤ131には、ドライブシャフト107Rが相対回転不能に連結され、他方のサイドギヤ131には中間シャフト108が相対回転不能に連結されている。
【0019】
中間シャフト108とドライブシャフト107Lとの間には、駆動力伝達制御装置1のクラッチ部2が配置されている。クラッチ部2は、中間シャフト108からドライブシャフト107Lに伝達される駆動力を調節可能である。一方、ドライブシャフト107Rには、リヤデファレンシャル13を介して、クラッチ部2によって伝達される駆動力と同等の駆動力が伝達される。また、クラッチ部2が駆動力を伝達しない開放状態で四輪駆動車100が走行する際には、一対のピニオンギヤ132が空転してドライブシャフト107L,107Rに駆動力が伝達されない。
【0020】
駆動力伝達制御装置1は、クラッチ部2と、油圧ユニット3と、油圧ユニット3を制御する制御部4とを有している。駆動力伝達制御装置1の詳細については後述する。
【0021】
(駆動力配分機構14の構成)
図2は、駆動力配分機構14の構成例を示す断面図である。
図3は、
図2の部分拡大図である。
【0022】
駆動力配分機構14は、リヤデファレンシャル13及びクラッチ部2と、車体に支持されるデフキャリア15と、プロペラシャフト12が連結される連結部材16と、連結部材16と一体に回転するピニオンギヤシャフト17と、中間シャフト108とを有している。
【0023】
連結部材16とピニオンギヤシャフト17とは、ボルト161及び座金162によって結合されている。また、ピニオンギヤシャフト17は、軸部171とギヤ部172とを有し、軸部171が一対の円錐ころ軸受181,182によって回転可能に支持されている。ギヤ部172は、複数のボルト136によってデフケース134と一体に回転するように固定されたリングギヤ135に噛み合っている。デフケース134は、円錐ころ軸受183,184によってデフキャリア15に回転可能に支持されている。
【0024】
デフキャリア15は、クラッチ部2を収容する第1キャリア部材151と、リヤデファレンシャル13及びピニオンギヤシャフト17を収容する第3キャリア部材153と、第1キャリア部材151と第3キャリア部材153との間に配置された第2キャリア部材152とを有している。第1キャリア部材151と第2キャリア部材152、及び第2キャリア部材152と第3キャリア部材153は、それぞれボルト締結されている。
図2及び
図3では、第1キャリア部材151と第2キャリア部材152とを結合する複数のボルト150を図示している。
【0025】
第1キャリア部材151にはドライブシャフト107Lの一端部が収容され、第3キャリア部材153にはドライブシャフト107Rの一端部が収容されている。ドライブシャフト107Lを挿通させる第1キャリア部材151の開口にはシール部材191が嵌着され、ドライブシャフト107Rを挿通させる第3キャリア部材153の開口にはシール部材192が嵌着されている。また、第3キャリア部材153には連結部材16の一端部が収容されており、連結部材16と第3キャリア部材153との間にシール部材193が配置されている。
【0026】
(クラッチ部2の構成)
クラッチ部2は、油圧ユニット3から供給される作動油(作動流体)の圧力によって動作する押圧部材としてのピストン20と、中間シャフト108と一体に回転する第1の回転部材としてのクラッチハブ21と、ドライブシャフト107Lと一体に回転する第2の回転部材としてのクラッチドラム22と、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間に配置された多板クラッチ23と、ピストン20と多板クラッチ23との間に配置されたプレッシャプレート24及びスラストころ軸受25と、クラッチハブ21とプレッシャプレート24との間に配置されたリターンスプリング26とを有している。クラッチハブ21とクラッチドラム22とは、回転軸線Oを共有しており、同一回転軸線上で相対回転可能である。
【0027】
多板クラッチ23は、
図3に示すように、クラッチハブ21と一体に回転する複数の第1のクラッチプレートとしてのインナクラッチプレート231と、クラッチドラム22と一体に回転する複数の第2のクラッチプレートとしてのアウタクラッチプレート232とからなる。インナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との摩擦摺動は、図略の潤滑油によって潤滑される。複数のインナクラッチプレート231及び複数のアウタクラッチプレート232は、軸方向に沿って交互に配置されている。
【0028】
多板クラッチ23は、ピストン20の押圧力をプレッシャプレート24及びスラストころ軸受25を介して受けることによって発生するインナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との摩擦力により、クラッチハブ21とクラッチドラム22の間で回転力を伝達する。ピストン20は、回転軸線Oに沿う軸方向の移動により多板クラッチ23を押圧する。
【0029】
クラッチハブ21は、外周面に軸方向に沿って延びる複数のスプライン突起からなるスプライン係合部211aが形成された円筒状の円筒部211と、円筒部211よりも小径で、中間シャフト108がスプライン嵌合により連結される有底円筒状の連結部212と、円筒部211と連結部212とを接続する接続部213とを一体に有している。連結部212の外周面には、第2キャリア部材152に支持されたシール部材194が摺接する。シール部材194は、クラッチ部2の収容空間とリヤデファレンシャル13の収容空間とを区画している。
【0030】
プレッシャプレート24は、クラッチハブ21の円筒部211の端部に形成された突起211bを挿通させる挿通孔240が形成されており、クラッチハブ21に対して相対回転不能かつ軸方向移動可能である。プレッシャプレート24は、クラッチハブ21の円筒部211よりも外周側に配置されて多板クラッチ23を押圧する押圧部241と、円筒部211の内側に配置された内壁部242とを有している。挿通孔240は、押圧部241と内壁部242との間に形成されている。プレッシャプレート24の内壁部242と、クラッチハブ21の接続部213との間には、複数のリターンスプリング26が軸方向に圧縮された状態で配置されている。
図2及び
図3では、このうち1つのリターンスプリング26を図示している。リターンスプリング26は、コイルバネからなり、プレッシャプレート24をピストン20側に付勢している。
【0031】
クラッチドラム22は、
図3に示すように、ドライブシャフト107Lが連結される連結部221と、連結部221のクラッチハブ21側の端部から軸方向に突出するボス部222と、連結部221から外方に張り出した環状の壁部223と、壁部223の外周端部から軸方向に延びる円筒状の円筒部224とを一体に有している。
【0032】
多板クラッチ23は、クラッチハブ21の円筒部211と、クラッチドラム22の円筒部224との間に配置されている。インナクラッチプレート231には、その内周側の端部にクラッチハブ21の円筒部211のスプライン係合部211aに係合する複数の突起231aが形成されている。これにより、インナクラッチプレート231は、クラッチハブ21に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に連結されている。また、アウタクラッチプレート232には、その外周側の端部にクラッチドラム22の円筒部224の内周面に形成されたスプライン係合部224aに係合する複数の突起232aが形成されている。これにより、アウタクラッチプレート232は、クラッチドラム22に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に連結されている。
【0033】
クラッチハブ21は、第2キャリア部材152に取り付けられた玉軸受185によって支持されている。クラッチドラム22は、連結部221と第1キャリア部材151との間に配置された玉軸受186によって支持されている。クラッチドラム22のボス部222の外周面とクラッチハブ21との間には、玉軸受187が配置されている。また、クラッチドラム22の壁部223と第1キャリア部材151の内面との間には、スラストころ軸受188が配置されている。
【0034】
第2キャリア部材152には、ピストン20に油圧を付与して多板クラッチ23側に移動させる作動油が供給される環状のシリンダ室140、及びシリンダ室140に作動油を供給する作動油供給孔141が設けられている。シリンダ室140は、回転軸線Oを中心として同心状に形成された円環状である。
【0035】
シリンダ室140には、作動油供給孔141を介して油圧ユニット3から作動油が供給される。ピストン20は、軸方向の一部がシリンダ室140内に配置された状態で軸方向に進退移動可能であり、シリンダ室140に供給される作動油の油圧によって多板クラッチ23を押圧し、インナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232とを摩擦接触させる。
【0036】
また、ピストン20は、シリンダ室140の作動油の圧力が低下すると、プレッシャプレート24を介して受けるリターンスプリング26の付勢力によってシリンダ室140の奥側に移動し、多板クラッチ23から離間する。ピストン20の内周面及び外周面には、それぞれ周方向溝が形成され、これらの周方向溝にOリング201,202が保持されている。このOリング201,202により、ピストン20を移動させるための作動油と多板クラッチ23を潤滑するための潤滑油とが混じり合わないように分離されている。ピストン20の軸方向位置は、シリンダ室140の作動油から受ける圧力と、リターンスプリング26の付勢力及び多板クラッチ23から受ける反力とが釣り合う位置となる。
【0037】
ピストン20には、シリンダ室140の外部において径方向外方に突出した係止突起200が設けられている。シリンダ室140の圧力が低い場合には、リターンスプリング26の付勢力により、係止突起200がシリンダ室140の開口周辺における第2キャリア部材152の係止面152aに当接する位置までピストン20が移動する。以下、係止突起200が第2キャリア部材152の端面152aに当接したときのピストン20の位置を初期位置という。
図2及び
図3では、回転軸線Oよりも下側に、ピストン20が初期位置にある状態を示している。
【0038】
図4(a)〜(c)は、多板クラッチ23の一部及びその周辺部を拡大して示す拡大図である。
図4(a)は、ピストン20が初期位置にある状態を示し、
図4(b)は、多板クラッチ23のインナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232とが隙間詰めされた状態を示している。
図4(c)は、
図4(b)に示す状態からさらにピストン20が移動してインナクラッチプレート231及びアウタクラッチプレート232が押し付けられた状態を示している。
【0039】
インナクラッチプレート231は、金属からなる円環板状の基材230の両側面に摩擦材233が張り付けられている。摩擦材233は、例えばペーパー摩擦材又は不織布からなり、アウタクラッチプレート232と対向する部分に貼着されている。基材230は、例えば鉄系金属からなり、潤滑油を流通させる流通孔231b(
図3参照)が摩擦材233よりも内側に形成されている。アウタクラッチプレート232は、基材230と同様に例えば鉄系の金属からなる円環板状であり、その表面には図略の油溝が形成されている。
【0040】
図4(a)に示すように、ピストン20が初期位置にある初期状態では、インナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との間、より具体的にはインナクラッチプレート231の摩擦材233とアウタクラッチプレート232との間に隙間が形成される。この隙間には潤滑剤が導入され、クラッチハブ21とクラッチドラム22とは自在に相対回転可能である。
【0041】
図4(b)に示すように、ピストン20が初期位置から移動して複数のインナクラッチプレート231と複数のアウタクラッチプレート232とが全て隙間詰めされると、インナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との間から大部分の潤滑油が排出される。この状態では、インナクラッチプレート231(摩擦材233)とアウタクラッチプレート232とが接触し、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間で潤滑油の粘性による引き摺りトルクは伝達され得るが、インナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との摩擦接触による回転力の伝達はなされない。
【0042】
このように多板クラッチ23が隙間詰めされた後、さらにピストン20が移動すると、
図4(c)に示すようにインナクラッチプレート231の摩擦材233が圧縮され、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間で、インナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との摩擦接触による回転力の伝達が行われる。これにより、四輪駆動車100が四輪駆動状態となる。
【0043】
図5は、ピストン20の初期位置からの移動量(ピストンストローク)と、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間で多板クラッチ23を介して伝達される回転力(クラッチトルク)との関係の一例を示すグラフである。このピストンストロークとクラッチトルクとの関係は、予め実験により求められ、制御部4の記憶装置41(後述)に記憶されている。
【0044】
このグラフにおいてピストンストロークを示す横軸のP
0はピストン20の初期位置を示し、P
1は
図4(b)に示すように多板クラッチ23が隙間詰めされる位置を示している。クラッチトルクは、ピストンストロークがP
1以下であるときには緩やかに変化し、ピストンストロークがP
1を超えると急激に大きくなる。
【0045】
(油圧ユニット3及び制御部4の構成及び動作)
図6は、駆動力伝達制御装置1のクラッチ部2、油圧ユニット3、及び制御部4を模式的に示す構成図である。油圧ユニット3は、供給される電流に応じたトルクを発生する電動モータ31と、電動モータ31によって駆動される油圧ポンプ32と、油圧ポンプ32から吐出された作動油の一部をリザーバ33に還流させる固定絞り弁34とを有している。電動モータ31と油圧ポンプ32とは、連結軸311によって連結されている。電動モータ31は、例えば三相ブラシレスDCモータであるが、電動モータ31としてブラシ付きのDCモータを用いてもよい。
【0046】
制御部4は、電動モータ31にモータ電流を供給することで、電動モータ31を制御する。駆動力伝達制御装置1は、電動モータ31が発生させるトルクの増減により、多板クラッチ23を介してクラッチハブ21とクラッチドラム22との間で伝達される回転力(駆動力)を調節可能である。
【0047】
油圧ポンプ32は、それ自体は周知のものであり、電動モータ31の回転量に応じた量の作動油をリザーバ33から汲み上げて吐出する。固定絞り弁34は、油圧ポンプ32の吐出圧に応じた量の作動油をリザーバ33に還流させる。油圧ポンプ32としては、例えば外接ギヤポンプや内接ギヤポンプ、あるいはベーンポンプを用いることができる。本実施の形態では、油圧ポンプ32及び固定絞り弁34が、電動モータ31の回転量に応じてピストン20を軸方向に移動させる本発明の移動機構部30に相当する。移動機構部30は、油圧ポンプ32から吐出された作動油が供給されるシリンダ室140の圧力によってピストン20を多板クラッチ23側に移動させる。
【0048】
電動モータ31には、連結軸311の回転量を検出可能な回転量センサ312が設けられている。回転量センサ312は、連結軸311の回転速度に応じたパルス幅のパルス信号を制御部4に出力する。制御部4は、回転量センサ312から出力されるパルス信号を累積的にカウントすることで、ピストン20が初期位置にある初期状態からの連結軸311の回転量すなわち油圧ポンプ32の回転量を認識することができる。ピストン20の初期位置からの移動量は、初期状態からの電動モータ31の回転量、換言すれば油圧ポンプ32の回転量に比例する。
【0049】
制御部4は、半導体記憶素子によって構成された記憶装置41と、記憶装置41に記憶されたプログラム411を実行するCPU等の演算処理装置42と、パワートランジスタ等のスイッチング素子を有するモータ電流出力部43と、モータ電流出力部43から電動モータ31に供給されるモータ電流を検出する電流センサ44とを有している。モータ電流出力部43は、演算処理装置42が出力するPWM(Pulse Width Modulation)信号によってスイッチング素子のオン・オフ状態が切り替わる。演算処理装置42は、電動モータ31に供給すべきモータ電流に応じてPWM信号のデューティー比を変化させる。
【0050】
演算処理装置42は、プログラム411を実行することで、四輪駆動車100の走行状態に基づいてクラッチハブ21とクラッチドラム22との間で伝達すべき目標回転力を演算する目標回転力演算手段421、電動モータ31に供給すべき電流の指令値である指令電流値を演算する指令電流演算手段422、及び指令電流値の電流が電動モータ31に供給されるようにデューティー比を演算してモータ電流出力部43にPWM信号を出力するフィードバック制御手段423として機能する。
【0051】
目標回転力演算手段421は、例えば運転者によるアクセルペダルの踏み込み操作量が大きいほど、また前輪104L,104Rの平均回転速度と後輪105L,105Rの平均回転速度との差である差動回転速度が高いほど、目標回転力を高く設定する。フィードバック制御手段423は、電流センサ44によって検出される実電流値が指令電流値よりも低い場合にはデューティー比を高め、実電流値が指令電流値よりも高い場合にはデューティー比を低くする。
【0052】
指令電流演算手段422は、四輪駆動車100が四輪駆動状態となった後は、指令電流値を目標回転力演算手段421によって演算された目標回転力に応じた値とするが、二輪駆動状態から四輪駆動状態に移行する際には、指令電流値を目標回転力に応じた値よりも大きな値とする。すなわち、制御部4は、電動モータ31に供給する電流を増大させてクラッチハブ21とクラッチドラム22との間で伝達される回転力を高める際、一時的に目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を電動モータ31に供給してピストン20を軸方向に移動させる。
【0053】
より具体的には、制御部4は、ピストン20が初期位置にある状態からの電動モータ31の回転量を累積した累積回転量を演算すると共に、電動モータ31に供給する電流を増大させてクラッチハブ21とクラッチドラム22と間で伝達される回転力を高める際、この累積回転量が目標回転力に応じた回転量よりも少ない特定値となるまで目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を電動モータ31に供給する。また、制御部4は、累積回転量がこの特定値となった後に、目標回転力に応じた電流を電動モータ31に供給する。以下、目標回転力に応じた電動モータ31の初期状態からの累積回転量を、「目標回転力対応累積回転量」という。
【0054】
記憶装置41には、
図5に示すピストンストロークとクラッチトルクとの関係を表す情報がクラッチトルク関係情報412として記憶されている。クラッチトルク関係情報412は、予め実験等により求められ、例えばマップの形式で不揮発性メモリに記憶されている。指令電流演算手段422は、このクラッチトルク関係情報412を参照して指令電流値を演算する。
【0055】
(駆動力伝達制御装置1の制御方法)
次に、駆動力伝達制御装置1の制御方法の具体例について、
図7を参照して説明する。
図7は、演算処理装置42が実行する処理手順の具体例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す処理は、四輪駆動車100の駆動状態が二輪駆動状態から四輪駆動状態に移行する際に実行される処理であり、演算処理装置42は、所定の制御周期ごとにこの処理を実行する。
【0056】
この一連の処理において、演算処理装置42はまず、目標回転力演算手段421として、車両情報に基づいて目標回転力を演算する(ステップS1)。この車両情報には、例えばアクセルペダルの踏み込み操作量や前後輪の差動回転速度等の走行状態を示す情報が含まれる。また、車速や操舵角、あるいは運転者によるスイッチ操作の操作状態を車両情報に含めてもよい。
【0057】
次に演算処理装置42は、ステップS1で演算した目標回転力に応じて指令電流値を演算する(ステップS2)。この指令電流値は、その電流を電動モータ31に供給し続けた場合に、クラッチハブ21とクラッチドラム22と間で伝達される回転力が目標回転力となる電流である。
【0058】
次に演算処理装置42は、ステップS1で演算した目標回転力に応じて累積回転判定閾値を演算する(ステップS3)。この累積回転判定閾値は、上記の特定値に相当するものであり、目標回転力対応累積回転量よりも小さい値である。目標回転力対応累積回転量は、クラッチトルク関係情報412を参照して求められる。例えば、目標回転力が
図5の縦軸に示すクラッチトルクのT
1である場合、目標回転力対応累積回転量はピストンストロークのP
2に対応する値となる。また、累積回転判定閾値は、目標回転力対応累積回転量よりも
図5に示すストローク幅Aに相当する所定量だけ小さいである、ピストンストロークのP
3に対応する値である。
【0059】
本実施の形態では、演算処理装置42が、目標回転力が大きいほど累積回転判定閾値を大きく設定する。より具体的には、累積回転判定閾値を、例えば目標回転力対応累積回転量に1よりも小さい所定の係数(例えば0.8)を乗じた値とする。この場合、P
3はP
2の80%の値となる。ただし、これに限らず、累積回転判定閾値を、多板クラッチ23が隙間詰めされる位置であるP
1に対応するとしてもよい。また、累積回転判定閾値を、目標回転力対応累積回転量から所定の値(例えば0.5回転)を減じた値としてもよい。
【0060】
次に演算処理装置42は、ピストン20が初期位置にある状態からの電動モータ31の回転量を累積した累積回転量を演算する(ステップS4)。この処理は、回転量センサ312から出力されるパルス信号を累積的にカウントすることにより行うことができる。
【0061】
次に演算処理装置42は、ステップS4で求めた累積回転量がステップS3で演算した累積回転判定閾値以下か否かを判定する(ステップS5)。この判定の結果、累積回転量が累積回転判定閾値以下である場合(S5:Yes)、演算処理装置42は、指令電流値を大きくなるように補正し、ステップS2で演算した指令電流値よりも大きな電流値を新たな指令電流値とする(ステップS6)。この処理は、例えばステップS2で演算した指令電流値に1よりも大きな所定の係数を乗じた積を新たな指令電流値とするものでもよく、ステップS2で演算した指令電流値に所定の固定値を加算するものでもよい。一方、累積回転量が累積回転判定閾値未満である場合(S5:No)、演算処理装置42はステップS2で演算した指令電流値を増大させる処理を行わない。ステップS2〜S6の処理は、演算処理装置42が指令電流演算手段422として実行する処理である。
【0062】
次に、演算処理装置42は、フィードバック制御手段423として、ステップS2〜S6で演算された指令電流値の電流が電動モータ31に供給されるようにフィードバック制御を行い、デューティー比を演算してモータ電流出力部43にPWM信号を出力する(ステップS7)。
【0063】
図8(a)〜(d)は、本実施の形態に係る駆動力伝達制御装置1のように、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間で伝達される回転力を高める際に、一時的に目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を電動モータ31に供給してピストン20を軸方向に高速で移動させる処理を実行する場合の実行状況を示すグラフであり、それぞれのグラフの横軸は時間軸である。
図8(a)のグラフの縦軸は、ステップS2〜S6の処理によって演算される指令電流値を示し、
図8(b)のグラフの縦軸は、電動モータ31に実際に供給される電流(実モータ電流)の値を示している。
図8(c)のグラフの縦軸は、ステップS4で演算される累積回転量を示している。
図8(d)のグラフの縦軸は、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間で伝達される実際の回転力である実クラッチトルクを示している。
【0064】
また、比較例として示す
図9(a)〜(d)は、
図7に示すフローチャートのステップS3〜S6の処理を行わない場合の各値の変化を示すグラフであり、各グラフの縦軸及び横軸が示す物理量は
図8(a)〜(d)と同じである。
【0065】
図8と
図9の比較から明らかなように、
図7に示すフローチャートのステップS5,S6の処理によって指令電流値を増大補正することにより、累積回転量が速く大きくなり、実クラッチトルクが速やかに立ち上がる。
【0066】
(第1の実施の形態の作用及び効果)
以上説明した本発明の第1の実施の形態によれば、電動モータ31に供給する電流を増大させてクラッチハブ21とクラッチドラム22との間で伝達される回転力を高める際、一時的に目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を電動モータ31に供給してピストン20を軸方向に移動させるので、駆動力伝達制御装置1の作動時における応答性を高めることができる。これにより、ピストン20が初期位置にあるときのインナクラッチプレート231とアウタクラッチプレート232との隙間を広くして多板クラッチ23の引き摺りトルクを抑制しながらも、四輪駆動車100の二輪駆動状態から四輪駆動状態への切り替えを速やかに行うことが可能となる。
【0067】
また、制御部4は、ピストン20が
図5のグラフに示すP
2の手前のP
3の位置に到達した後は目標回転力に応じた電流を電動モータ31に供給するので、例えば電動モータ31や油圧ポンプ32の回転慣性によってピストン20がP
2の位置を行き過ぎてしまうことが抑制され、クラッチハブ21とクラッチドラム22との間で多板クラッチ23を介して伝達される回転力がオーバーシュートしてしまうことが抑制される。
【0068】
また、制御部4は、目標回転力が大きいほど累積回転判定閾値を大きく設定するので、目標回転力対応累積回転量と累積回転判定閾値との差を目標回転力に応じた適切な値とすることができ、回転力のオーバーシュートをより確実に抑制しながら、駆動力伝達制御装置1の応答性を高めることができる。
【0069】
[第1の実施の形態の変形例]
図10は、第1の実施の形態の変形例に係る駆動力伝達制御装置1Aの構成を模式的に示す構成図である。この駆動力伝達制御装置1Aは、第1の実施の形態に説明したものと同様のクラッチ部2及び制御部4を有しているが、油圧ユニット3Aの構成が第1の実施の形態とは異なっている。具体的には、油圧ユニット3Aが、電動モータ31、油圧ポンプ32、及び固定絞り弁34に加え、制御部4から供給される電流に応じて弁開度が変化する制御弁35をさらに有している。油圧ポンプ32、固定絞り弁34、及び制御弁35は、移動機構部30Aを構成する。
【0070】
制御弁35は、油圧ポンプ32とシリンダ室140との間に配置され、油圧ポンプ32からシリンダ室140に供給される作動油の圧力を調節する。制御弁35により、四輪駆動車100が四輪駆動状態で走行する際に、後輪105L,105Rに伝達される駆動力をより高精度に制御することが可能となる。また、制御部4は、二輪駆動状態から四輪駆動状態に移行する際に、大きな電流を電動モータ31に供給することによるピストン20の高速移動を妨げないよう、目標回転力に応じた電流よりも大きな電流を電動モータ31に供給している間、制御弁35の弁開度を目標回転力に応じた弁開度よりも大きくする。
【0071】
この変形例によっても、第1の実施の形態の作用及び効果と同様の作用及び効果を得ることが可能である。
【0072】
[第2の実施の形態]
次に、
図11乃至
図15を参照して本発明の第2の実施の形態について説明する。本実施の形態では、四輪駆動車100の駆動力伝達系101の構成、及びクラッチ装置としての駆動力伝達制御装置1Bの構成が、第1の実施の形態と異なる。
【0073】
図11は、本発明の第2の実施の形態に係る四輪駆動車100の概略の構成を示す構成図である。
図11において、第1の実施の形態について説明したものと共通する部材等については、
図1に付したものと同一の符号を付して重複した説明を省略する。
【0074】
第1の実施の形態では、リヤデファレンシャル13の一対のサイドギヤ131のうち左側のサイドギヤ131とドライブシャフト107Lとの間にクラッチ部2を配置した場合について説明したが、本実施の形態では、右側のサイドギヤ131とドライブシャフト107Rとの間に駆動力伝達装置10が配置されている。駆動力伝達装置10、及び駆動力伝達装置10を制御する制御部4Bは、駆動力伝達制御装置1Bを構成する。
【0075】
図12は、駆動力伝達装置10の構成を示す断面図である。
図12において、回転軸線Oよりも上側は駆動力伝達装置10の非作動状態を示し、下側は作動状態を示している。
【0076】
駆動力伝達装置10は、第1及び第2のクラッチプレートとしての複数のアウタクラッチプレート51及びインナクラッチプレート52を軸方向に配置してなる多板クラッチ5と、同一回転軸線上で相対回転可能な第1及び第2の回転部材としてのクラッチドラム53及びクラッチハブ54と、多板クラッチ5を押圧する押圧部材55と、制御部4Bから供給される電流に応じたトルクを発生する電動モータ60と、電動モータ60の回転量に応じて押圧部材55を軸方向に移動させる移動機構部6と、電動モータ60及び移動機構部6を多板クラッチ5と共に収容するハウジング7と、ハウジング7内に図略の潤滑油を封入するためのシール部材78,79と、各部の回転を円滑にする軸受80〜89とを備えている。
【0077】
移動機構部6は、電動モータ60のロータ601に相対回転不能に連結された駆動軸61と、駆動軸61の回転を減速する減速機構62と、減速機構62の出力を伝達するカウンターギヤ63と、電動モータ60の回転力を減速機構62及びカウンターギヤ63を介して受け、多板クラッチ5を押圧する押圧力を発生させるカム機構64とを備えている。
【0078】
ハウジング7は、第1乃至第3のハウジング部材71〜73からなる。第1のハウジング部材71は、電動モータ60を収容し、第2及び第3のハウジング部材72,73は、多板クラッチ5及び移動機構部6を収容する。カウンターギヤ63は、第2ハウジング部材72と第3ハウジング部材73との間に支持された支持軸74に軸受80を介して支持されている。ハウジング7内には、図略の潤滑油が封入されている。
【0079】
本実施の形態では、減速機構62がインボリュート減速機構からなり、駆動軸61の軸線O
1に対して所定の偏心量をもって偏心する軸線O
2を中心軸線とする偏心部材622と、偏心部材622を収容する中心孔を有する外歯歯車からなる入力部材623と、軸線O
1を中心軸とする内歯歯車からなる自転力付与部材624と、自転力付与部材624に形成された収容孔624aに軸受を介して収容された複数の軸状部材625と、自転力付与部材624によって入力部材623に付与された自転力を複数の軸状部材625から受けて回転する出力部材626とを有している。出力部材626は、軸受81,82によって回転可能に支持され、カウンターギヤ63と噛み合うギヤ部626aを有している。
【0080】
クラッチドラム53は、軸状の軸部531と、有底円筒状の円筒部532とを一体に有している。クラッチドラム53の軸部531は、リヤデファレンシャル13の右側のサイドギヤ131と相対回転不能にスプライン嵌合する。クラッチドラム53と第1ハウジング部材71との間には、軸受83,84、及びシール部材78が配置されている。
【0081】
クラッチハブ54は、回転軸線Oを軸線とする軸状のボス部541と、有底円筒状の円筒部542とを一体に有している。クラッチハブ54は、ボス部541が軸受85を介してクラッチドラム53の軸部531に形成された凹部531aに収容され、円筒部542におけるボス部541側の一部がクラッチドラム53の円筒部532に収容されている。円筒部542におけるボス部541側の軸方向端面とクラッチドラム53との間には、軸受86が配置されている。円筒部542におけるボス部541側とは反対側の端部と第3ハウジング部材73との間には、軸受87及びシール部材79が配置されている。
【0082】
多板クラッチ5は、クラッチドラム53の円筒部532とクラッチハブ54の円筒部542との間に配置されている。クラッチドラム53の円筒部532には、アウタクラッチプレート51の複数の突起51aが係合するストレートスプライン嵌合部532aが内周面に形成されている。また、クラッチハブ54の円筒部542には、インナクラッチプレート52の複数の突起52aが係合するストレートスプライン嵌合部542aが外周面に形成されている。アウタクラッチプレート51は、クラッチドラム53に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。インナクラッチプレート52は、クラッチハブ54に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0083】
多板クラッチ5は、環状の押圧部材55によって軸方向に押圧され、複数のアウタクラッチプレート51と複数のインナクラッチプレート52とが摩擦接触する。インナクラッチプレート52は、第1の実施の形態に係るインナクラッチプレート231と同様に、金属からなる円環板状の基材の両側面に摩擦材が張り付けられている。アウタクラッチプレート51は、第1の実施の形態に係るアウタクラッチプレート232と同様に、金属からなる円環板状である。押圧部材55は、その外周面に形成された複数のスプライン突起551がクラッチドラム53のストレートスプライン嵌合部532aに係合し、クラッチドラム53に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0084】
クラッチドラム53の外周側における第2ハウジング部材72と第3ハウジング部材73との間には、カム機構64の動作のための複数(3つ)のガイド部材75が回転軸線Oと平行に配置されている。
図12では、このうち1つのガイド部材75を図示している。ガイド部材75は、円柱状であり、軸方向の一端部が第2ハウジング部材72に形成された保持孔72aに嵌合して固定され、他端部が第3ハウジング部材73に形成された保持孔73aに嵌合して固定されている。また、ガイド部材75には、次に述べるカム機構64の第2カム部材67を軸方向に付勢する付勢部材としてのリターンスプリング76が外嵌されている。リターンスプリング76は、コイルスプリングからなり、軸方向に圧縮された状態で第2ハウジング部材72と第2カム部材67との間に配置され、その復元力によって第2カム部材67を第3ハウジング部材73側に弾性的に押し付けている。
【0085】
図13は、カム機構64の構成例を示す斜視図である。カム機構64は、回転軸線Oに対して傾斜したカム面651aが形成された第1カム部材65と、カム面651aを転動する複数(3つ)の転動部材66と、転動部材66の転動により発生する推力を多板クラッチ5側に出力する環状の第2カム部材67と、転動部材66を転動可能に支持する支持ピン68とを有している。第2カム部材67は、第1カム部材65よりも多板クラッチ5側に配置されている。転動部材66は第2カム部材67の内側に配置されている。
【0086】
第1カム部材65は、クラッチハブ54を挿通させる環状であり、回転軸線O方向に所定の厚みを有する環板状の基部650と、基部650の側面から多板クラッチ5側に突出して形成された複数(3つ)の円弧状の凸部651と、基部650の外周面の一部から外方に突出して形成された扇状のギヤ部652とを一体に有している。基部650と第3ハウジング部材73との間には、軸受88(
図12参照)が配置されている。また、基部650とクラッチハブ54との間には、軸受89が配置されている。
【0087】
第1カム部材65の凸部651は、多板クラッチ5側の軸方向端面がカム面651aとなっている。転動部材66は、カム面651aを転動することにより、第2カム部材67と共に回転軸線Oに沿って移動する。ギヤ部652の外周面には、カウンターギヤ63と噛み合うギヤ歯が形成されている。ただし、
図13では、このギヤ歯の図示を省略している。
【0088】
第2カム部材67は、回転軸線O方向に所定の厚みを有する環板状のリテーナ基部670と、リテーナ基部670の多板クラッチ5側の端面から突出して形成された円筒状の筒部671と、リテーナ基部670の外周面の一部から外方に突出して形成された複数(3つ)の凸片672と、を一体に有している。
【0089】
リテーナ基部670には、支持ピン68を挿通させる複数(3つ)のピン挿通孔が放射状に形成されている。支持ピン68は、リテーナ基部670から外周側に突出した部分に形成された雄ねじ部にナット69が螺合することにより、第2カム部材67に固定されている。転動部材66は、針状ころ軸受661(
図12に示す)を介して支持ピン68の端部に支持されている。
【0090】
第2カム部材67のそれぞれの凸片672には、ガイド部材75を挿通させるガイド挿通孔672aが形成されている。第2カム部材67は、ガイド挿通孔672aをガイド部材75が挿通することで、ハウジング7に対する相対回転が規制され、かつ軸方向移動が可能である。また、凸片672におけるガイド挿通孔672aの開口端面は、リターンスプリング76からの押し付け力を受ける受け面として機能する。
【0091】
第2カム部材67の筒部671の外周側には、押圧部材55、及び針状ころ軸受56(
図12参照)が配置されている。針状ころ軸受56は、押圧部材55とリテーナ基部670の軸方向端面670aとの間に配置されている。カム機構64は、電動モータ60の回転によって第1カム部材65と第2カム部材67とが相対回転し、第1カム部材65と第2カム部材67との相対回転により軸方向のカム推力を発生させる。
【0092】
より詳細には、制御部4Bから電動モータ60にモータ電流が供給され、電動モータ60が回転すると、その回転が減速機構62で減速され、カウンターギヤ63を介してカム機構64の第1カム部材65に伝達される。そして、第1カム部材65が回転すると、転動部材66が凸部651に形成されたカム面651aを転動し、第2カム部材67がガイド部材75にガイドされて回転軸線Oに沿って軸方向に移動する。押圧部材55は、カム機構64のカム推力によって多板クラッチ5を押圧する。
【0093】
図14は、3つの凸部651のうち1つの凸部651及びその周辺部を第1カム部材65の周方向に沿って見た状態を転動部材66と共に模式的に示す説明図である。凸部651のカム面651aは、急勾配の第1カム面651bと緩勾配の第2カム面651cとからなり、第1カム面651bと第2カム面651cとが境界点651dにおいて滑らかに連続して形成されている。
図14の左右方向は、第1カム部材65の周方向に相当する。
【0094】
駆動力伝達装置10の非作動状態では、転動部材66が第1カム部材65における基部650の軸方向端面650aに当接する。転動部材66が基部650の軸方向端面650aに当接した状態では、押圧部材55が最も第3ハウジング部材73側(多板クラッチ5とは反対側)に位置する。この位置を押圧部材55の初期位置とする。押圧部材55が最初期位置にあるとき、複数のアウタクラッチプレート51と複数のインナクラッチプレート52との間には隙間が形成され、クラッチドラム53とクラッチハブ54とが相対回転自在である。
【0095】
この初期状態から電動モータ60が回転すると、第1カム部材65が第2カム部材67に対して相対回転し、転動部材66が第1カム面651bを転動する。これにより押圧部材55が多板クラッチ5側に移動してアウタクラッチプレート51とインナクラッチプレート52との隙間が狭くなり、転動部材66が境界点651dに到達したとき、アウタクラッチプレート51とインナクラッチプレート52との隙間詰めが完了する。
【0096】
この状態からさらに電動モータ60が回転すると、転動部材66が第2カム面651cを転動し、アウタクラッチプレート51とインナクラッチプレート52とが押圧部材55によって押圧される。そして、アウタクラッチプレート51とインナクラッチプレート52との間に発生する摩擦力によってクラッチドラム53とクラッチハブ54との間で回転力が伝達される。
図14では、第1カム面651b及び第2カム面651cを転動する転動部材66をそれぞれ仮想線(二点鎖線)で示している。
【0097】
クラッチドラム53とクラッチハブ54との間で伝達される回転力は、転動部材66の初期位置からの変位量が大きいほど大きくなる。制御部4Bは、電動モータ60を制御することにより、多板クラッチ5を介してクラッチドラム53とクラッチハブ54との間で伝達される回転力を調節可能である。
【0098】
制御部4Bは、
図6を参照して説明した第1の実施の形態に係る制御部4と同様に構成されている。すなわち、制御部4Bは、記憶装置41、演算処理装置42、モータ電流出力部43、及び電流センサ44を有し、記憶装置41にはプログラム411及びクラッチトルク関係情報412が記憶されている。演算処理装置42は、プログラム411を実行することで、目標回転力演算手段421、指令電流演算手段422、及びフィードバック制御手段423として機能する。
【0099】
クラッチトルク関係情報412には、押圧部材55の初期位置からの移動量と、クラッチドラム53とクラッチハブ54との間で多板クラッチ5を介して伝達される回転力との関係が記憶されている。目標回転力演算手段421、指令電流演算手段422、及びフィードバック制御手段423が実行する制御処理は、第1の実施の形態と同様である。
【0100】
図15は、押圧部材55の初期位置からの移動量(ストローク)とクラッチドラム53とクラッチハブ54との間で多板クラッチ5を介して伝達される回転力(クラッチトルク)との関係の一例を示すグラフである。このストロークとクラッチトルクとの関係は、予め実験により求められ、記憶装置41に記憶されている。
【0101】
このグラフにおいてストロークを示す横軸のP
0は押圧部材55の初期位置を示し、P
1は転動部材66の外周面が境界点651dに接する位置を示している。クラッチトルクは、ピストンストロークがP
1以下であるときには緩やかに変化し、ピストンストロークがP
1を超えると急激に大きくなる。例えば、目標回転力が
図15の縦軸に示すクラッチトルクのT
1である場合、目標回転力対応累積回転量はストロークのP
2に対応する値となり、累積回転判定閾値は、目標回転力対応累積回転量よりも小さいであるストロークのP
3に対応する値となる。
【0102】
この第2の実施の形態によっても、第1の実施の形態の作用及び効果と同様の作用及び効果を得ることが可能である。また、第1カム部材65のカム面651aが急勾配の第1カム面651bと緩勾配の第2カム面651cとからなるので、転動部材66が第1カム面651bを転動する際に押圧部材55がより高速で多板クラッチ5側に移動し、多板クラッチ5の隙間詰めが速やかに行われ、駆動力伝達制御装置1Bの応答性をより高めることができる。
【0103】
(付記)
以上、本発明を第1及び第2の実施の形態に基づいて説明したが、これらの実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0104】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。例えば、上記の実施の形態では、駆動源として内燃機関であるエンジンを用いた場合について説明したが、電動モータによって駆動源を構成してもよく、エンジンと電動モータの組み合わせによって駆動源を構成してもよい。また、上記の実施の形態では、本発明のクラッチ装置を四輪駆動車の駆動力伝達系に適用した場合について説明したが、クラッチ装置の用途はこれに限らず、例えば工作機械等の各種の機器に本発明のクラッチ装置を用いることも可能である。