(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6908138
(24)【登録日】2021年7月5日
(45)【発行日】2021年7月21日
(54)【発明の名称】イオン化装置及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/14 20060101AFI20210708BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20210708BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20210708BHJP
H01J 49/32 20060101ALI20210708BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20210708BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20210708BHJP
【FI】
H01J49/14 700
H01J49/42 150
H01J49/00 500
H01J49/32
G01N27/62 G
H01J49/40
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-570181(P2019-570181)
(86)(22)【出願日】2018年2月6日
(86)【国際出願番号】JP2018004080
(87)【国際公開番号】WO2019155530
(87)【国際公開日】20190815
【審査請求日】2020年6月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西口 克
【審査官】
大門 清
(56)【参考文献】
【文献】
実開昭62−129760(JP,U)
【文献】
特開昭54−78198(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/022125(WO,A1)
【文献】
国際公開第2016/042627(WO,A1)
【文献】
特開平2−304854(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/14
H01J 49/42
H01J 49/00
H01J 49/32
G01N 27/62
H01J 49/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子イオン化により試料ガスをイオン化するイオン化装置であって、
a) イオン化室と、
b) 前記イオン化室に設けられた、試料ガスを導入する試料ガス導入口と、
c) 前記イオン化室に向けて電子ビームを放出する電子ビーム放出部と、
d) 前記イオン化室の壁面のうち前記電子ビーム放出部から放出される前記電子ビームの経路上に形成された、該経路の方向の長さが該方向に直交する断面の幅よりも長い電子ビーム通過口と、
e) 前記イオン化室に設けられた、前記電子ビームの照射により生成された前記試料ガスのイオンを放出するイオン出口と
を備えることを特徴とするイオン化装置。
【請求項2】
2つの前記電子ビーム通過口が、前記イオン化室の内部空間の中心を挟んで対称に形成されている対称に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項3】
前記イオン化室の内部に、イオンを前記イオン出口の方向に押す押し出し電場を形成するためのリペラ電極をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項4】
請求項1に記載のイオン化装置と、
前記イオン化装置で生成されたイオンを所定の質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、
前記質量分離部で分離されたイオンを検出する検出器と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイオン化装置と、
前記イオン化装置で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタと、
前記四重極マスフィルタで分離されたイオンを検出する検出器と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載のイオン化装置と、
前記イオン化装置で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する前段四重極マスフィルタと、
前記前段四重極マスフィルタで選択されたイオンを解離させるイオン解離部と、
前記イオン解離部での解離により生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離する後段四重極マスフィルタと、
前記後段四重極マスフィルタで分離されたイオンを検出する検出器と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載のイオン化装置と、
前記イオン化装置で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する直交加速方式の飛行時間型質量分離部と、
前記飛行時間型質量分離部で分離されたイオンを検出する検出器と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1に記載のイオン化装置と、
前記イオン化装置で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタと、
前記四重極マスフィルタで選択されたイオンを解離させるイオン解離部と、
前記イオン解離部での解離により生成されたプロダクトイオンを質量電荷比に応じて分離する直交加速方式の飛行時間型質量分離部と、
前記飛行時間型質量分離部で分離されたイオンを検出する検出器と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項1に記載のイオン化装置と、
扇形磁場と扇形電場により前記イオン化装置で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する二重収束型質量分離部と、
前記二重収束型質量分離部で分離されたイオンを検出する検出器と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料ガスをイオン化するためのイオン化装置に関し、更に詳しくは、電子イオン化(EI:Electron Ionization)
法により試料ガスをイオン化するイオン化装置に関する。また、そのようなイオン化装置を備えた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)のように試料ガスをイオン化して分析する質量分析装置では、電子イオン化法、化学イオン化法、あるいは負化学イオン化法により試料ガスをイオン化するイオン化装置が用いられる。電子イオン化法では、イオン化室内に試料ガスを導入して電子ビームを照射することにより試料ガス中の分子をイオン化する(例えば特許文献1)。化学イオン化法では、試料ガスとともに反応ガスをイオン化室内に導入して電子ビームを照射することにより反応ガス中の分子をイオン化し、さらに、そのイオンと試料ガス中の分子を反応させることにより試料ガス中の分子をイオン化する。負化学イオン化には複数のイオン化機構があるが、例えば熱電子が試料ガス中の分子に捕獲されることにより負イオンが生成される。生成されたイオンは四重極マスフィルタなどの質量分離部へと輸送され、質量電荷比に応じて分離され検出される。
【0003】
図1に、電子イオン化法により試料ガスをイオン化する従来のイオン化装置100の概略構成を示す。このイオン化装置100では、真空排気されたチャンバ(図示せず)内に配置されたイオン化室110内に試料ガスを導入してイオン化する。イオン化室110は板状部材を組み合わせて成る箱状のものである。イオン化室110の外側には、イオン化室110を挟んで2つのフィラメント111、112が配置されている。使用時には一方のフィラメント111に所定の電流を供給して熱電子を生成し、他方のフィラメント112に向かって放出させる。イオン化室110の壁面のうち、これらのフィラメント111、112を結ぶ電子ビームの経路上には電子ビーム通過口110a、110bが形成されている。また、イオン化室110の別の壁面にはイオン出口110cが形成されており、その外側には、イオン化室110から取り出したイオンを収束して質量分離部等に輸送するイオン輸送光学系120が配置されている。イオン化室110内にはリペラ電極113が配置されており、該リペラ電極113に測定対象イオンと同極性の直流電圧を印加することによりイオン化室110内にイオンをイオン出口110cに向かって押す電場を形成し、これによりイオン化室110からイオンを放出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016−157523号公報
【特許文献2】特開2009−210482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
質量分析装置では測定感度の向上が求められる。上述の電子イオン化法はイオン化室110内に存在する試料ガス中の分子に電子ビームを照射してイオンを生成する方式のため、測定感度を向上するには、イオン化室110内の試料ガスの分子数密度を高くしてイオンの生成量を増加することが考えられる。
【0006】
イオン化室110内に導入された試料ガスは、電子ビーム通過口110a、110b、あるいはイオン出口110cから流出するため、これらの開口を小さくすればイオン化室110内の分子数密度を高めることができる。しかし、電子ビーム通過口110a、110bを小さくするとイオン化室110への電子ビームの入射量が減少するため、イオン化室110内の試料ガスの分子数密度が高くなったとして
もイオンの生成量は増加しない。また、イオン出口110cを小さくするとイオン化室110から流出する試料ガスの量が減少してイオン化室110内の分子数密度が高くなり、イオンの生成量は増加するものの、イオン化室110から放出されるイオンの量が減少するため測定感度は向上しない。つまり、電子ビーム通過口110a、110b、あるいはイオン出口110cを小さくしてイオン化室110内の分子数密度を高くしても測定感度を向上させることは難しい。
【0007】
ここでは、電子イオン化法を用いるイオン化装置の場合を例に説明したが、電子イオン化法と同様に電子ビームを用いて試料ガスをイオン化する化学イオン化法や負化学イオン化法を用いるイオン化装置においても同様である。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、試料ガスから生成されるイオンの測定感度を向上することができるイオン化装置を提供することである。また、そのようなイオン化装置を備えた質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明
は、電子イオン化により試料ガスをイオン化するイオン化装置であって、
a) イオン化室と、
b) 前記イオン化室に設けられた、試料ガスを導入する試料ガス導入口と、
c) 前記イオン化室に向けて電子ビームを放出する電子ビーム放出部と、
d) 前記イオン化室の壁面のうち前記電子ビーム放出部から放出される前記電子ビームの経路上に形成された、該経路の方向の長さが該方向に直交する断面の幅よりも長い電子ビーム通過口、
e) 前記イオン化室に設けられた、前記電子ビームの照射により生成された前記試料ガスのイオンを放出するイオン出口と
を備えることを特徴とする。
【0010】
前記電子ビーム通過口の断面形状は、例えば円形であり、その場合、前記幅は直径により規定される。ただし、本発明において電子ビーム通過口は円形に限らず、楕円形や多角形であってもよい。例えば、電子ビーム放出部が電子ビームの出射方向に直交する方向に長いフィラメントを有する場合には、該方向に長い断面を有する電子ビームが生成されることから該方向に長い矩形や楕円形の電子ビーム通過口を形成することが望ましい。本発明に係るイオン化装置は、後述のように電子ビーム通過口における分子流のコンダクタンスを低下するという技術的思想に基づいており、上記のように電子ビーム通過口の断面が円以外の形状(楕円形、矩形等)である場合、前記幅は、断面積が同じ円の直径に相当する長さにより規定される。
【0011】
本発明に係るイオン化装置は、そのイオン化室に設けられた電子ビーム通過口について、電子ビームが通過する方向の長さが該方向に直交する断面の幅よりも長いという特徴を有する。従来のイオン化装置で用いられているイオン化室は板状部材を組み合わせてなるものであり、その板状部材の厚さは例えば1mm以下、そして板状部材に形成される電子ビーム通過口の直径は例えば約3mmであった。即ち、従来のイオン化装置では、イオン化室に形成される電子ビーム通過口の、電子ビームが通過する方向の長さが該方向に直交する断面の幅よりも短かった。これに対し、本発明に係るイオン化装置では、例えば厚さ5mmの板状部材を使用して従来同様に直径約3mmの電子ビーム通過口を形成する。これにより、従来のイオン化装置に比べて電子ビーム通過口における分子流のコンダクタンスが低下し、イオン化室からの試料ガスの流出が抑えられる。その結果、イオン化室内の試料ガスの分子数密度が高くなる。本発明に係るイオン化装置では、イオン化室に形成する電子ビーム通過口の幅は従来同様とすればよく、イオン化室への電子ビームの入射量が低下することはないため、イオンの生成量が増加する。また、イオン出口についても従来同様とすればよいため、イオン化室から放出されるイオンの量が減少することもない。従って、測定感度を向上することができる。
【0012】
本発明に係るイオン化装置では、2つの前記電子ビーム通過口が、前記イオン化室の内部空間の中心を挟んで対称に形成されていることが好ましい。これにより、例えば2つのフィラメントを配置することで、電子ビーム放出部として用いていた一方のフィラメントが切れた場合に他方のフィラメントを電子ビーム放出部として動作させることができ、また2つの電子ビーム通過口が等価な位置に配置されるため、仮にフィラメントを切替えたとしても等価な構成を維持できる。
【0013】
本発明に係るイオン化装置は、質量分析装置のイオン化部として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るイオン化装置、あるいは該イオン化装置を備えた質量分析装置を用いることにより試料ガスから生成されるイオンの測定感度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】本発明に係るイオン化装置の一実施例の概略構成図。
【
図3】本発明に係る質量分析装置の一実施例である四重極型質量分析装置の概略構成図。
【
図4】本実施例のイオン化装置のイオン化室内の分子数密度に関するシミュレーション結果。
【
図5】本実施例の四重極型質量分析装置をガスクロマトグラフと組み合わせてなるガスクロマトグラフ質量分析装置を用いて取得したマスクロマトグラム。
【
図6】本発明に係る質量分析装置の別の一実施例である三連四重極型質量分析装置の全体構成図。
【
図7】本発明に係る質量分析装置のさらに別の一実施例である直交加速方式の飛行時間型質量分析装置の全体構成図。
【
図8】本発明に係る質量分析装置のさらに別の一実施例である四重極−飛行時間型質量分析装置の全体構成図。
【
図9】本発明に係る質量分析装置のさらに別の一実施例である電場磁場二重収束型質量分析装置の全体構成図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るイオン化装置の一実施例、及び該実施例のイオン化装置を備えた質量分析装置の一実施例である四重極型質量分析装置について、以下、図面を参照して説明する。
図2は本実施例のイオン化装置1及びその後段に配置されるイオン輸送光学系20の要部構成図、
図3は本実施例のイオン化装置1を備えた四重極型質量分析装置60の要部構成図である。
【0017】
本実施例のイオン化装置1は、イオン化室10に導入された試料ガスを電子イオン化法によりイオン化する装置である。イオン化室10は板状部材を組み合わせて成る箱状のものである。イオン化室10の外側には、イオン化室10を挟んで同一形状である2つのフィラメント11、12が配置されており、イオン化室10の壁面のうち、一方のフィラメント11から他方のフィラメント12に至る電子ビームの経路上には電子ビーム通過口10a、10bが形成されている。また、イオン化室10の別の壁面には試料ガス導入口14が配置されており、この試料ガス導入口14から試料ガスがイオン化室10内に導入される。さらに、イオン化室
10のさらに別の壁面にはイオン出口10cが形成されており、その外側には、イオン化室10から取り出したイオンを収束して質量分離部等に輸送するイオン輸送光学系20が配置されている。イオン化室10内にはリペラ電極13が配置されており、電圧印加部15から該リペラ電極13に測定対象イオンと同極性の直流電圧を印加することにより、イオン化室10内にイオンをイオン出口10cに向かって押す押し出し電場を形成し、これによりイオン化室10からイオンを放出する。本実施例のイオン化装置1では、2つのフィラメント11、12がイオン化室10の内部空間の中心を挟んで対称に配置されており、また2つの電子ビーム通過口10a、10bがイオン化室10の内部空間の中心を挟んで対称に形成されている。本実施例のイオン化装置1は、このように、フィラメント11及び電子ビーム通過口10aと、フィラメント12及び電子ビーム通過口10bを等価な位置に配置することにより、電子ビーム放出部として用いていた一方のフィラメント11が切れた場合に他方のフィラメント12を電子ビーム放出部として動作させることができるように構成されている。
【0018】
本実施例のイオン化装置1では、イオン化室10を構成する板状部材のうち、電子ビーム通過口10a、10bが形成される板状部材には、他の壁面を形成する板状部材より厚いものが用いられる。本実施例のイオン化装置1は、それらの板状部材に形成されている電子ビーム通過口10a、10bのそれぞれの、電子ビームの経路の方向の長さが該方向に直交する断面の幅よりも長いという点に特徴を有している。具体的には、厚さ5mmの2枚の板状部材のそれぞれに2mm×4mmの大きさの断面を有する貫通孔が形成されており、これらが電子ビーム通過口10a、10bとして用いられている。2mm×4mmという貫通孔の断面の形状はフィラメント11、12の外形に対応している。本実施例ではフィラメント11、12の長手方向に長い矩形状の開口を形成しているが、フィラメント11、12以外の電子ビーム放出部を用いる場合にはその外形に対応した適宜の形状の開口を電子ビーム通過口10a、10bとすればよい。なお、本実施例のように、電子ビーム通過口10a、10bの断面形状が円形以外の形状の場合、その幅は断面積が同じ円の直径に相当する長さにより規定される。即ち、本実施例の場合、電子ビーム通過口10a、10bの幅は、面積が8mm
2の円の直径である2×(8/π)
1/2(=約3mm)と規定される。
【0019】
本実施例の四重極型質量分析装置60は、図示しない真空ポンプにより所定の真空度に維持されたチャンバ50内に配置された、
図2に示すイオン化装置1及びイオン輸送光学系20と、イオン輸送光学系20の下流側に配置された四重極マスフィルタ30及びイオン検出器40とを備えた、いわゆるシングル四重極型の質量分析装置である。なお、
図3では、試料ガス導入口14等の図示を省略し、イオン化装置1を簡略化して図示している。後述する
図6〜
図9でも同様に、イオン化装置1を簡略化して図示している。
【0020】
本実施例の四重極型質量分析装置60が有するイオン化装置1には、例えばガスクロマトグラフのカラムにおいて時間的に分離された試料成分を含む試料ガスが試料ガス導入口14からイオン化室10内に導入される。電子ビーム放出部として用いる一方のフィラメント11には図示しない電源から電流が供給され、それによってフィラメント11が加熱されて熱電子が生成される。フィラメント11で生成された熱電子は、それぞれに所定の電圧が印加されたフィラメント11と、他方のフィラメント12との電位差によって加速されて該他方のフィラメント12に向かう。即ち、電子ビーム放出部である一方のフィラメント11から他方のフィラメント12に向かって電子ビームが放出される。イオン化室10に導入された試料ガス中の分子はこの熱電子に接触してイオン化される。生成したイオンは、電圧印加部15からリペラ電極13に対して分析対象と同極性の直流電圧を印加することでイオン化室10内に形成された電場の作用によりイオン出口10cから放出されイオン輸送光学系20に導入される。
【0021】
イオン輸送光学系20は複数のリング状電極により構成されている。複数のリング状電極のそれぞれに適宜の極性及び大きさの直流電圧及び/又は高周波電圧が印加されることによりイオンがイオン光軸Cの近傍に収束され、その後段に配置された四重極マスフィルタ30に輸送される。四重極マスフィルタ30は4本のロッド電極により構成されている。これら4本のロッド電極のそれぞれに適宜の極性及び大きさの直流電圧及び/又は高周波電圧が印加されることにより所定の質量電荷比を有するイオンが他のイオンから選別され、その後段に配置されたイオン検出器40に到達し、検出される。本実施例の四重極型質量分析装置60では、上記所定の質量電荷比を走査することによりMSスキャン測定を、上記所定の質量電荷比を固定することにより選択イオンモニタリング(SIM)測定を行うことができる。
【0022】
本実施例のイオン化装置1は、上述のとおり、電子ビーム通過口10a、10bが、電子ビームの経路の方向の長さが該方向に直交する断面の幅よりも長いという点において特徴的な構成を有している。この点について詳しく説明する。
【0023】
従来のイオン化装置では、装置を軽量化するために薄い(例えば厚さ0.5mmの)板状部材を組み合わせてイオン化室が構成されており、電子ビームの経路上に例えば直径約3mmの2つの開口を形成して、それらを電子ビーム通過口として使用していた。
【0024】
これに対し、本実施例のイオン化装置1では、イオン化室10内の分子数密度を高めてイオンの生成量を増加することによって測定感度を向上するという技術的思想に基づき、フィラメント11、12と対向する2枚の板状部材に厚さ5mmのものを使用し、上述のとおり2mm×4mmの矩形の断面を有する貫通孔を形成して、それらを電子ビーム通過口10a、10bとしている。
【0025】
本実施例の四重極型質量分析装置60のように真空に維持されたチャンバ50内にイオン化装置1を配置する場合、イオン化室10内の分子の平均自由行程は長いため、試料ガスの流れは分子流となる。本実施例のイオン化装置1における電子ビーム通過口10a、10bの断面は矩形であるが、説明を容易にするために円形に近似する。分子流領域における円管コンダクタンスは、その断面の半径の3乗に比例し、また管の長さに反比例する。本実施例のイオン化装置1では電子ビーム通過口10a、10bの長さ(5mm)を従来のイオン化装置における電子ビーム通過口の長さ(0.5mm)の10倍にしているため、そのコンダクタンスが10分の1以下に抑えられている。これによりイオン化室10内の分子数密度を従来よりも高めている。
【0026】
なお、コンダクタンスを小さくすることのみを考えれば、電子ビーム通過口を長くするよりも、それらの内径を小さくする方が効率は良い。しかし、電子ビーム通過口の内径を小さくするとイオン化室への電子ビームの入射量が減少するため、イオン化室内の試料ガスの分子数密度が高くなったとしても結果的にイオンの生成量が増加しない。
【0027】
あるいは、イオン出口を長くしたり、内径を小さくしたりすることによりイオン出口のコンダクタンスを小さくしてイオン化室内の分子数密度を高めることも考えられる。しかし、その場合、イオン化室から放出されるイオンの量も減少するため測定感度は向上しない。
【0028】
本実施例のイオン化装置1では、イオン化室10に形成する電子ビーム通過口10a、10bの内径を従来のイオン化装置における電子ビーム通過口と実質的に同じにしており、イオン化室10への電子ビームの入射量が低下することはないため、イオンの生成量が増加する。また、イオン出口10cも従来同様とすればよいため、イオン化室10から放出されるイオンの量が減少することもない。従って、イオンの測定感度を向上することができる。
【0029】
本実施例のイオン化装置1において、イオンの生成量を増加し測定感度を向上する効果が得られる長さとして、本発明者は電子ビーム通過口10a、10bの内径の長さを目安とした。これは、電子ビーム通過口10a、10bの長さをその内径以上とすることにより、従来のイオン化装置では実質的に厚みのない開口であった電子ビーム通過口を、円管のように進行方向に沿って壁面を持つ管とみなせるようになるためである。この要件を満たすように電子ビーム通過口10a、10bを形成することで、イオン化室10内の試料ガスの分子数密度を高め、イオン生成量を増加して測定感度を向上することができる。
【0030】
次に、本実施例のイオン化装置を用いることにより得られる効果を確認するために行ったシミュレーションについて説明する。このシミュレーションでは、本実施例のイオン化装置と従来のイオン化装置(比較例)のそれぞれについて、電子ビームの経路(y軸)上でのイオン化室内での分子数密度を求めた。上述のとおり、本実施例のイオン化装置は真空雰囲気で用いられ、従って試料ガスは分子流として振舞うことから、シミュレーションにはモンテカルロ直接(DSMC: Direct
Simulation Monte Carlo)法(例えば特許文献2)を用いた。
【0031】
本実施例のイオン化装置と、比較例のイオン化装置のいずれについても、電子ビーム入射口及び電子ビーム出射口の断面形状を2mm×4mmの矩形とし、本実施例ではそれらの長さを5mm、比較例ではそれらの長さを0.5mmとした。また、試料ガス流は、電子ビームの経路に平行な一側面の中央から導入する構成とし、電子ビームの経路と試料ガス流の導入方向の交点を原点とした。
【0032】
図4にシミュレーションの結果を示す。比較例では、電子ビームの経路上の試料ガスの分子数密度が約2.0×10
20個/m
3であるのに対し、本実施例では、電子ビームの経路上の試料ガスの分子数密度が約2.5×10
20個/m
3に増加していることが分かる。
【0033】
また、本実施例のイオン化装置を用いることにより得られる効果を確認するために行った実験結果を説明する。この実験では、
図3で説明した構成の四重極型質量分析装置と、従来のイオン化装置を有する四重極型質量分析装置(比較例)のそれぞれの前段にガスクロマトグラフを組み合わせたガスクロマトグラフ質量分析装置に同じ標準試料を導入し、標準試料に含まれる、保持時間が約3.95minである試料成分を選択イオンモニタリング(SIM)測定した。
【0034】
上記実験により得られたマスクロマトグラムを
図5に示す。比較例では、マスクロマトグラムにおけるイオンの検出強度(本実施例と比較例に共通の任意単位)が約14,000であるのに対し、本実施例では、イオンの検出強度が約21,000と大きくなっており、従来よりもイオンの測定感度が約5割向上していることが分かる。
【0035】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。
上記実施例では、2つのフィラメント11、12をイオン化室10の内部空間の中心を挟んで対称に配置し、また2つの電子ビーム通過口10a、10bをイオン化室10の内部空間の中心を挟んで対称に形成した構成としたが、これは本発明に必須の構成要件ではない。例えば、1つのフィラメント11をだけ配置し、1つのイオン通過口10aのみをイオン化室10の壁面に形成してもよい。そのような態様のイオン化装置においても、イオン通過口10aにおけるコンダクタンスを従来よりも小さくしてイオン化室10内の分子数密度を従来よりも高めることができる。
【0036】
上記実施例では電子イオン化法により試料ガスをイオン化する場合を例に説明したが、電子イオン化法と同様に、電子ビームを用いて試料ガスをイオン化する、化学イオン化法や負化学イオン化法を用いるイオン化装置においても上記同様の構成を好適に用いることができる。
【0037】
また、上記実施例では四重極型質量分析装置60について説明したが、他の種類の質量分析装置においても本実施例のイオン化装置1を好適に用いることができる。
図6〜
図9を参照してそのような例を説明する。
【0038】
図6は、コリジョンセルを挟んで前後に四重極マスフィルタを有する、いわゆる三連四重極型質量分析装置61の全体構成図である。この三連四重極型質量分析装置61は、真空排気されるチャンバ51の内部に、上述のイオン化装置1及びイオン輸送光学系20と、前段四重極マスフィルタ31と、内部に多重極イオンガイド32を有するコリジョンセル(イオン解離部)33と、後段四重極マスフィルタ34と、イオン検出器41とを備えている。
【0039】
三連四重極型質量分析装置61において、イオン化室10内で生成されたイオンはイオン輸送光学系20を経て前段四重極マスフィルタ31の内部に導入され、例えば所定の質量電荷比を有するイオンのみが前段四重極マスフィルタ31を通過しプリカーサイオンとしてコリジョンセル33に導入される。コリジョンセル33にはアルゴン等の所定のCIDガスが供給され、プリカーサイオンはCIDガスに接触して衝突誘起解離により開裂する。開裂により生成された各種プロダクトイオンが後段四重極マスフィルタ34の内部に導入され、所定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが後段四重極マスフィルタ34を通過し、イオン検出器41に到達して検出される。
【0040】
この三連四重極型質量分析装置61では、上述したMSスキャン測定やSIM測定の他、プロダクトイオンスキャン測定、プリカーサイオンスキャン測定、ニュートラルロススキャン測定、及び多重反応モニタリング(MRM)測定を行うことができる。
【0041】
図7は、直交加速方式の飛行時間型質量分析装置62の全体構成図である。この直交加速方式の飛行時間型質量分析装置62は、真空排気されるチャンバ52の内部に、上述のイオン化装置1及びイオン輸送光学系20と、直交加速部35と、複数の反射電極が配置された反射器72を含む飛行空間71と、イオン検出器42とを備えている。
【0042】
この飛行時間型質量分析装置では、イオン化室10内で生成されたイオンはイオン輸送光学系20を経て直交加速部35に導入される。直交加速部35では、導入されたイオンを所定のタイミングでその進行方向に略直交する方向にパルス的に加速し、飛行空間71に出射する。イオンは飛行空間71を飛行し、反射器72で折り返されてイオン検出器42に到達する。直交加速部35から出射されたイオンはその質量電荷比に応じた飛行速度を有する。そのため、イオンが飛行してイオン検出器42に到達するまでの間に、イオンは質量電荷比に応じて分離され、時間差を有してイオン検出器42に到達して検出される。
【0043】
図8は四重極−飛行時間型(q−TOF型)質量分析装置63の全体構成図である。この四重極−飛行時間型質量分析装置63は、真空排気されるチャンバ53の内部に、上述のイオン化装置1及びイオン輸送光学系20と、前段四重極マスフィルタ31と、内部に多重極イオンガイド32を有するコリジョンセル(イオン解離部)33と、直交加速部35と、複数の反射電極が配置された反射器72を含む飛行空間71と、イオン検出器43とを備えている。
【0044】
この四重極−飛行時間型質量分析装置63では、イオン化室10内で生成されたイオンはイオン輸送光学系20を経て前段四重極マスフィルタ31の内部に導入され、例えば所定の質量電荷比を有するイオンのみが前段四重極マスフィルタ31を通過しプリカーサイオンとしてコリジョンセル33に導入される。コリジョンセル33においてプリカーサイオンは窒素ガス等のCIDガスに接触して衝突誘起解離により開裂する。開裂により生成されたプロダクトイオンが直交加速部35に導入される。直交加速部35では、導入されたプロダクトイオンを所定のタイミングでその進行方向に略直交する方向にパルス的に加速し、飛行空間71に出射する。プロダクトイオンは飛行空間71を飛行し、反射器72で折り返されてイオン検出器43に到達し、検出される。
【0045】
図9は磁場電場二重収束型質量分析装置64の全体構成図である。この磁場電場二重収束型質量分析装置64は、真空排気されるチャンバ54の内部に、上述のイオン化装置1及びイオン輸送光学系20と、扇形電場を形成する電場セクタ81と、扇形磁場を形成する磁場セクタ82と、イオン検出器44とを備えている。
【0046】
この磁場電場二重収束型質量分析装置64では、イオン化室10内で生成されたイオンはイオン輸送光学系20を経て電場セクタ81に導入され、該電場セクタ81内に形成された扇形電場によりイオンの運動エネルギーのばらつきが補正された後、磁場セクタ82に導入される。磁場セクタ82では、該磁場セクタ82内に形成された扇形磁場により、例えば所定の質量電荷比を有するイオンが他のイオンから選別されてイオン検出器44に到達し、検出される。なお、
図9では電場セクタ81、磁場セクタ82の順にイオンが通過する構成としたが、磁場セクタ82、電場セクタ81の順にイオンを通過させるように構成することもできる。
【符号の説明】
【0047】
1…イオン化装置
10…イオン化室
10a、10b…電子ビーム通過口
10c…イオン出口
11、12…フィラメント
13…リペラ電極
14…試料ガス導入口
15…電圧印加部
20…イオン輸送光学系
30…四重極マスフィルタ
31…前段四重極マスフィルタ
32…多重極イオンガイド
33…コリジョンセル
34…後段四重極マスフィルタ
35…直交加速部
40〜44…イオン検出器
50〜54…チャンバ
60…四重極型質量分析装置
61…三連四重極型質量分析装置
62…飛行時間型質量分析装置
63…四重極−飛行時間
型質量分析装置
64…磁場電場二重収束型質量分析装置
71…飛行空間
72…反射器
81…電場セクタ
82…磁場セクタ