(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6908531
(24)【登録日】2021年7月5日
(45)【発行日】2021年7月28日
(54)【発明の名称】アルデヒドに基づく固定溶液における長時間浸漬を用いる、組織試料固定法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20210715BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20210715BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20210715BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20210715BHJP
【FI】
G01N1/28 J
G01N33/48 P
G01N33/53 D
G01N33/53 M
!C12N5/071
【請求項の数】40
【全頁数】32
(21)【出願番号】特願2017-557485(P2017-557485)
(86)(22)【出願日】2016年1月25日
(65)【公表番号】特表2018-508792(P2018-508792A)
(43)【公表日】2018年3月29日
(86)【国際出願番号】EP2016051431
(87)【国際公開番号】WO2016120195
(87)【国際公開日】20160804
【審査請求日】2018年7月25日
(31)【優先権主張番号】62/108,248
(32)【優先日】2015年1月27日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】507179346
【氏名又は名称】ベンタナ メディカル システムズ, インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100157923
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴喰 寿孝
(72)【発明者】
【氏名】チャフィン,デーヴィッド
(72)【発明者】
【氏名】オッター,マイケル
【審査官】
北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】
特表2014−505890(JP,A)
【文献】
特開2004−037215(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0129169(US,A1)
【文献】
特表2006−527181(JP,A)
【文献】
JULIO A. Ibarra,Fixation Time Does Not Affect Expression of HER2/neu A Pilot Study,Am J Clin Pathol,American Society for Clinical Pathology,2010年,134,594-596,DOI: 10.1309/AJCPAIJPSN4A9MJI
【文献】
NEDA A. Moatamed,Effect of Ischemic Time, Fixation Time, and Fixative Typeon HER2/neu Immunohistochemical and FluorescenceIn Situ Hybridization Results in Breast Cancer,Am J Clin Pathol,American Society for Clinical Pathology,2011年,136,754-761,DOI: 10.1309/AJCP99WZGBPKCXOQ
【文献】
KIM, T-J,Increased expression of pAKT is associated with radiation resistance in cervical cancer,British Journal of Cancer,2006年,94,1678-1682
【文献】
WOLFF, Antonio C.,Recommendations for Human Epidermal Growth Factor Receptor 2 Testing in Breast Cancer:,Arch Pathol Lab Meed,2014年 2月,138(2),241-256
【文献】
HAMMOND, M. Elizabeth H.,American Society of Clinical Oncology/College of American Pathologist Guideline Recommendations for Immunohistchemical Testing of Estrogen and Progesterone Receptors in Breast Cancer (Unabridged Version),Arch Pathol Lab Med,2010年 7月,134,e48-e72
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/28
G01N 33/48
G01N 33/53
C12N 5/071
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)第一の期間、第一の温度範囲で、アルデヒドに基づく固定溶液と、組織試料を接触させておき、ここで該第一の温度範囲は、該アルデヒドに基づく固定溶液の凍結点より上から10℃未満までであり、そして該第一の期間は72時間〜14日間である;そして
(b)該第一の期間の後、20℃から55℃未満の第二の温度範囲で、該アルデヒドに基づく固定溶液が該組織試料の固定の誘導を可能にするために十分な第二の期間、該アルデヒドに基づく固定溶液と、該組織試料を接触させておく
を含む、組織固定法。
【請求項2】
(a)および(b)を、さらなる組織プロセシングを行う前に完了させる、請求項1の方法。
【請求項3】
前記組織固定法が(a)および(b)からなる、請求項1の方法。
【請求項4】
前記第一の温度範囲が0℃〜7℃である、請求項1〜3のいずれか1項の方法。
【請求項5】
前記第一の温度範囲が2℃〜5℃である、請求項1〜3のいずれか1項の方法。
【請求項6】
前記第一の温度範囲が4℃である、請求項1〜3のいずれか1項の方法。
【請求項7】
前記第二の温度範囲が20℃〜50℃である、請求項1〜6のいずれか1項の方法。
【請求項8】
前記第二の温度範囲が35℃〜45℃である、請求項1〜6のいずれか1項の方法。
【請求項9】
前記第二の期間が15分〜4時間である、請求項1〜8のいずれか1項の方法。
【請求項10】
前記第二の期間が15分間〜3時間である、請求項1〜8のいずれか1項の方法。
【請求項11】
(a)前記第一の温度範囲で、前記第一の期間、第一のホルマリン溶液中に前記組織試料を浸漬し、ここで該第一の期間は72時間〜14日間である;そして
(b)前記第二の温度範囲で、前記第二の期間、第二のホルマリン溶液中に該組織試料を浸漬する、ここで該第二の期間は15分間〜4時間である
からなる、請求項1〜10のいずれか1項の方法。
【請求項12】
(a)第一の温度範囲の温度で、ある体積のアルデヒドに基づく固定溶液中に、固定されていない組織試料を浸漬し、ここで該第一の温度範囲は、アルデヒドに基づく固定溶液の凍結点より上でありそして10℃未満までである;そして
(b)以下:
(b1)少なくとも該アルデヒドに基づく固定溶液が実質的に組織試料全体に拡散する第一の期間、該アルデヒドに基づく固定溶液の該温度が第一の温度範囲内にあり;そして
(b2)(b1)の後、該アルデヒドに基づく固定溶液の該温度を、第二の期間、第二の温度範囲の温度に上昇させる、ここで該第二の温度範囲は20℃〜28℃であり、そして該第二の期間は該組織試料の固定を可能にするために十分である
の結果をもたらす条件下で、該アルデヒドに基づく固定液中に浸漬した該組織試料を保存する
を含む
ここで、該第一の期間および該第二の期間の合計は72時間〜14日間であり、該第一の期間は少なくとも72時間である
組織固定法。
【請求項13】
前記第二の期間が少なくとも1時間である、請求項12の方法。
【請求項14】
前記第一の温度範囲が2℃〜5℃である、請求項12または13の方法。
【請求項15】
前記第一の温度範囲が4℃である、請求項12〜14のいずれか1項の方法。
【請求項16】
(b1)および(b2)の間、能動的な加熱または冷却なしに、前記組織試料を前記第二の温度範囲内の周囲温度で保存する、請求項12〜15のいずれか1項の方法。
【請求項17】
前記アルデヒドに基づく前記固定溶液の温度を、能動的冷却によって、前記第一の期間、前記第一の温度範囲に保持し、そして次いで、該第一の期間後、能動的冷却を取り除き、そして20℃〜28℃の範囲の周囲温度を有する部屋で前記組織試料を保存することによって、該組織試料を能動的に加熱することなく、該アルデヒドに基づく固定溶液の該温度を該第二の温度範囲に上昇させる、請求項12〜15のいずれか1項の方法。
【請求項18】
前記アルデヒドに基づく固定溶液は低級アルキルアルデヒドを含む、請求項1〜17のいずれか1項の方法。
【請求項19】
前記低級アルキルアルデヒドがホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、グリオキサール、またはその組み合わせである、請求項18の方法。
【請求項20】
前記アルデヒドに基づく固定溶液が10%中性緩衝ホルマリンである、請求項18の方法。
【請求項21】
前記アルデヒドに基づく固定溶液が、有効量の外因性に添加されるホスファターゼ阻害剤またはキナーゼ阻害剤を含有しない、請求項1〜20のいずれか1項の方法。
【請求項22】
前記アルデヒドに基づく固定溶液が、有効量のホスファターゼ阻害剤、キナーゼ阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、またはヌクレアーゼ阻害剤を含有しない、請求項1〜20のいずれか1項の方法。
【請求項23】
前記組織試料が臨床的組織試料である、請求項1〜22のいずれか1項の方法。
【請求項24】
前記アルデヒドに基づく固定溶液がホルマリンを含む、請求項1〜19および21〜23のいずれか1項の方法。
【請求項25】
請求項1〜24のいずれか1項の方法によって得られる固定組織試料。
【請求項26】
組織試料を染色するための組織化学法であって、分析物結合性実体の分析物への結合がおこり、そして該分析物結合性実体が結合している該分析物に近接して、固定組織試料上に検出可能マーカーの沈着がおこる方式で、請求項25記載の固定組織試料を分析物結合性実体と接触させる工程を含む、前記組織化学法。
【請求項27】
前記分析物がペプチドを含み、そして前記分析物結合性実体が該分析物に特異的に結合する抗体、該分析物に特異的に結合する抗体断片、または該分析物に特異的に結合する操作された特異的結合構造である、請求項26の方法。
【請求項28】
前記分析物が翻訳後修飾を含有するタンパク質であり、そして前記分析物結合性実体が該翻訳後修飾を欠くタンパク質に結合しない、請求項26の方法。
【請求項29】
前記翻訳後修飾がリン酸化タンパク質である、請求項28の方法。
【請求項30】
前記分析物が核酸を含み、そして前記分析物結合性実体が該分析物の核酸配列に相補的である核酸プローブである、請求項26の方法。
【請求項31】
前記固定組織試料が臨床組織試料であり、そして前記分析物が疾患状態または障害のバイオマーカーである、請求項26〜30のいずれか1項の方法。
【請求項32】
前記分析物が、癌の診断、予後、または予測バイオマーカーである、請求項31の方法。
【請求項33】
前記バイオマーカーが癌の進行の予測である、請求項32の方法。
【請求項34】
前記バイオマーカーが治療経過に対する癌の反応の予測である、請求項32の方法。
【請求項35】
前記固定組織試料を、自動化染色プラットホーム上で、前記分析物結合性実体と接触させる、請求項26〜34のいずれか1項の方法。
【請求項36】
請求項26〜35のいずれか1項の方法にしたがって得られた組織化学的染色固定組織試料。
【請求項37】
組織試料中の分析物を検出する方法であって:
請求項36の組織化学的染色固定組織試料を得る;そして
該組織化学的染色固定組織試料上に沈着した検出可能標識の存在を検出する
を含む、前記方法。
【請求項38】
癌を診断または予後診断するための方法であって:
請求項36の組織化学的染色固定組織試料を得る、ここで分析物は癌の診断または予後バイオマーカーである;
該組織化学的染色固定組織試料上に沈着した検出可能標識を測定する;そして
該検出可能標識の量または存在を、診断または予後と相関させる
を含む、前記方法。
【請求項39】
癌が進行する可能性を予測するための方法であって:
請求項36の組織化学的染色固定組織試料を得る、ここで該組織試料は臨床組織試料であり、そして分析物は癌の進行に関する予測バイオマーカーである;
該組織化学的染色固定組織試料上に沈着した検出可能標識を測定する;そして
該検出可能標識の量または存在を、癌が進行する可能性と相関させる
を含む、前記方法。
【請求項40】
特定の治療経過に対する癌の反応を予測するための方法であって:
請求項36の組織化学的染色固定組織試料を得る、ここで該組織試料は臨床組織試料であり、そして分析物は治療経過に対する癌の反応を予測するバイオマーカーである;
該組織化学的染色固定組織試料上に沈着した検出可能標識を測定する;そして
該検出可能標識の量または存在を、癌が治療経過に反応する可能性と相関させる
を含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願に関するクロスリファレンス
本明細書において、2015年1月27日に提出された米国仮特許出願第62/108,248号の利益を請求し、その内容全体を本明細書に援用する。
【0002】
I.発明の分野
本出願は、組織試料を保存するための固定法に関する。
【発明の概要】
【0003】
II.関連技術の簡単な説明
適切な医学診断および患者の安全には、染色前の適切な固定が必要である。臨床診断目的のための固定の最も一般的な方法は、室温で、10%中性緩衝ホルマリン(NBF)に組織試料を浸漬することである。不運なことに、多くの下流分析法は、NBF中で費やされた時間に非常に感受性である。例えば、相当な長期間、ホルマリンに曝露されている組織は、しばしば、続く組織化学的プロセスでうまく働かない。例えば、広く発現される癌マーカータンパク質p53は、6〜24時間の間、ホルムアルデヒド中で固定されると、モノクローナル抗体PAb1801に対する反応性のすべてを次第に失う。Silvestriniら, 87 J. Nat. Cancer Inst. 1020(1995)。同様に、診断に重要な上皮細胞マーカータンパク質、ケラチンは、組織を最長24時間、ホルムアルデヒド中で固定すると、次第に、モノクローナル抗ケラチン抗体と結合できなくなる。Battifora & Kopinski, 34 J. Histochem. Cytochem. 1095−1100(1986)。他の抗体が、室温のNBF中での固定に感受性であり、これには、例えば、リンパ球抗原、ビメンチン、デスミン、ニューロフィラメント、サイトケラチン、S100タンパク質、前立腺特異的抗原、サイログロブリン、および癌胎児抗原が含まれる。Leong & Gilham, 4 Pathology 266−268(1989)。同様に、核酸分析はしばしば、固定時間に感受性である。Srinivasan, Am J Pathol., 第161巻, 第6号, p.1961−71(2002); O’Learyら, 26 Histochem. J. 337−346(1994); Greerら, 95 Am. J. Clin. Pathol. 117−124(1991); F. Karisenら, 71 Lab. Invest. 604−611(1994)を参照されたい。他の研究者らは、いくつかのタンパク質に対する翻訳後修飾、例えばリン酸化が、長期室温NBF曝露に感受性であることを示してきている。Muellerら, PLoS One, Vol. 6(8): e23780(2011)を参照されたい。
【0004】
したがって、現在の診療下では、組織形態保存および抗原性損失の間の妥協を達成するために、組織固定時間を調節することが重要である。例えば、ASCOガイドラインは、試料をHER2発現に関して免疫組織化学的にアッセイしようとする場合、少なくとも6時間だが72時間を超えない組織固定を示唆する。しかし、NBFへの曝露の度合いを最小限にすることはしばしば現実的ではない。例えば、週末に向けて収集された組織試料は、しばしば、さらにプロセシング可能となる前に、週末の間、固定液中、室温で保存されうる。他の場合、1つの場所で組織試料を収集し、そして次いで、さらなるプロセシングのため、該試料を第二の場所に輸送する可能性もあり、これはさらにプロセシング時間を長くしうる。これらの場合の各々において、室温のNBF中の時間は珍しくない。実際、LeongおよびGilhamは、典型的な外科切除の大部分は、しばしば、将来の再サンプリングのため、NBF中に保持され、これは3日間またはそれより長いこともあることを報告する。同様に、検屍標本は、技師の都合に応じて、通常、3〜14日間固定される。その結果、組織試料の固定の品質は一定せず、これが下流の分析法において多様な結果を、そしてしばしば誤った診断を導く可能性もある。
【0005】
これらの問題に取り組むため、いくつかの方法が開発されてきている。
例えば、修飾酵素の作用を停止するため、迅速凍結法を用いることが知られる。Lawsonら Cryobiology, 第62巻, 第2号, 115−22(2011)を参照されたい。迅速凍結は、こうした酵素の作用を最初に遅延させうるが、試料の融解に際してこれらの作用を完全に阻害はせず、そしてしたがって不安定なバイオマーカーの損失を常には改善しない。さらに、迅速凍結法は、商業的組織学実験室では一般的には用いられず、そしてしたがって、完全に異なる試薬および系の導入が必要になるであろう。
【0006】
米国特許8,460,859 B2は、リン酸化タンパク質の安定化を達成するための3部分の特別固定液の使用を開示する。固定液は、保存構成要素、安定化剤構成要素および浸透性増進構成要素を含む。長期保存を達成するため、該特許は、組織試料を凍結することを必要とする。しかし、これらの方法は、商業的規模に実際に適用可能であるよりもより複雑である。
【0007】
他の研究者らは、固定中、潜在的な分析物の損失を防止するため、外因性プロテアーゼおよびヌクレアーゼ阻害剤の存在下で組織を固定することによって、内因性分解経路の影響を軽減しようとしてきた。WO 2011−130280 A1およびWO 2008−073187 A2を参照されたい。しかし、組織中の天然存在経路の直接阻害は、最終結果に影響を及ぼしうる。例えば、WO 2008−073187 A2は、ホスファターゼ阻害剤で組織を処理すると、「異常なレベルのリン酸化タンパク質の非常に異常な上方集積」が起こりうることを解説する。これらの方法は、したがって、信頼性がある結果を生じない。さらに、酵素活性を適切にブロックするために必要な阻害剤の量が多いため、該方法を大規模に実行すると桁違いの費用が掛かる。
【0008】
本発明者らは、特別な試薬または複雑なプロセシング工程に頼ることなく、組織試料を固定溶液に長時間曝露することによる負の影響を十分に軽減する、いかなる現存法も知らない。
【0009】
発明の概要
本発明は、組織試料をアルデヒド固定に供する際に、バイオマーカーを保存するための改善された方法に関する。典型的には、最長14日間、架橋が起こることを阻害する有意な拡散を伴うことなく、アルデヒドに基づく固定溶液が組織試料の実質的に全横断面全体に拡散することを可能にするために有効な期間、アルデヒドに基づく固定溶液および組織試料を、第一の温度範囲で、互いに接触させる。第一の温度または温度範囲で固定液に曝露した後、組織試料を第二のより高い温度に、架橋を誘導するために十分な第二の期間、曝露する。該方法は、組織形態、抗体反応性、および不安定なバイオマーカーの優れた保存を維持しながら、組織試料の固定後プロセシングを、最長14日間、そしておそらくはそれより長く、遅延させることを可能にする。
【0010】
方法の態様は、アルデヒドに基づく第一の固定溶液を、第一の温度で、組織試料に適用し、次いで、アルデヒドに基づく第二の固定溶液を、組織試料に適用する工程を含む。本発明のいくつかの態様において、第一の温度範囲は少なくとも0℃〜約10℃である。少なくとも1つの態様において、温度は約2℃〜約8℃の範囲であってもよく、一方、別の態様において、約4℃プラスまたはマイナス3℃の範囲であってもよい。本発明の態様は、約72時間から最長約14日間またはそれより長い、第一の温度で、組織試料をアルデヒドに基づく固定溶液に曝露する時間範囲を有することも可能である。
【0011】
アルデヒドに基づく第二の固定溶液は、アルデヒドに基づく第一の固定溶液とは異なってもよい。例えば、溶液は異なる濃度であってもよく、またはアルデヒドに基づく第二の固定溶液は、第一のアルデヒドとは異なるアルデヒドを含んでもよい。アルデヒドは、典型的には低級アルキルアルデヒド、例えばホルムアルデヒド、グリオキサール、グルタルアルデヒド、またはその組み合わせである。
【0012】
本発明の1つの開示される例示的な態様は、72時間より長く、最長約14日間の第一の期間、0℃に等しいかまたはそれより高く、最高7℃の温度で、ホルマリン溶液内に組織試料を浸漬する工程を含む。次いで、約1時間〜約4時間の第二の期間、約20℃より高く、最高少なくとも45℃の第二の温度で、組織試料をホルマリン溶液内に浸漬する。ホルマリン溶液は、一般的に、10%〜30%NBFである。これらのプロセシング工程には、典型的には、0分間より長く、最長少なくとも約30分間、あるいは約1時間、約2時間、約3時間、または約4時間までの、一連のアルコール洗浄が続き、さらに透明化溶液洗浄、例えばキシレン洗浄が続く。次いでワックスを組織試料に適用して、ワックス含浸ブロックを形成する。
【0013】
操作の理論によって束縛されるわけではないが、現在、低温では、非常にわずかな架橋しか起こらないが、固定溶液は実質的に全組織切片に浸透すると考えられている。さらに、代謝または酵素プロセスは劇的に減少するようである。ひとたび拡散したら、温度を迅速に上昇させ、ここで架橋動力学が非常に増加する。さらに、固定溶液は、実質的に試料内に拡散しているため、より均一な形態学的および抗原保存が観察される。このプロトコルは、開示する作業態様において、固定プロセスを、組織試料への固定溶液の拡散を可能にするが、架橋を最小限にする第一のプロセス工程、および組織試料を固定するために典型的に用いられる期間の間、架橋速度を増加させる第二のプロセス工程に分けることによって、先行技術とは異なる。
【0014】
典型的な態様において、方法は、例えば少なくとも30%、50%、70%、または90%の翻訳後修飾シグナルを、最長14日間保存することによって、組織試料中のタンパク質の翻訳後修飾シグナルを有意に保存する。本発明の組織固定法は、翻訳後修飾シグナルを破壊する酵素活性を有意に停止する、例えばホスファターゼの酵素活性を停止することも可能である。
【0015】
別の典型的な態様において、方法は、例えば少なくとも30%、50%、70%、または90%の翻訳後修飾シグナルを保存することによって、組織試料中のタンパク質のシグナルを有意に保存する。本発明の組織固定法は、タンパク質を分解する酵素活性を有意に停止する、例えばプロテアーゼの酵素活性を、最長14日間、停止することも可能である。
【0016】
1つの例示的な態様において、ホルムアルデヒド固定パラフィン包埋(FFPE)組織試料を用いる。本発明の方法は、FFPE組織から修飾状態を保存するため、現存する試みに勝るいくつかの利点を提供する。該方法は、組織学の実務において、広く使用されている標準的なホルマリン溶液を用いる。低温工程は、最長14日間の低温ホルマリンからなる単純な方式で実行可能であり、その後、加熱したホルマリンを用いる。本発明は、当該技術分野で初めて、FFPE組織中の修飾状態の長期保存を達成する。
【0017】
要約すると、本発明の方法は、当該技術分野において現存する方法よりも少なくとも3つの改善を提供する。第一に、低温環境において、ホルマリンが組織切片に浸透することを可能にすることによって、最長14日間、酵素活性を有意に減少させうる。第二に、組織試料温度を迅速に上昇させることによって、架橋動力学を増加させることにより、細胞構成要素およびバイオマーカーが、室温で観察されるであろうより迅速に、適所に「ロック」される。この組み合わせは、現存する方法よりもこの技術を優れたものにし、そしてFFPE組織中で修飾状態が保存されることを初めて可能にする。第三に、これは、非常に多様な修飾状態および酵素に適用可能と考えられる一般的な方法に相当する。他の方法は、特定の修飾酵素セットをターゲットとするが、この方法は、すべての修飾酵素を迅速に停止させ、そしてしたがって、代表的な室温法よりもはるかに優れて、全体の細胞状態を保存する。本発明は、特定の生体分子セットまたは特定の翻訳後修飾を含有する生体分子に限定されないため、この方法は、いずれの生体分子または修飾状態を保存する一般的な方法に相当すると考えられる。したがって、本発明は、高品質、多量の生体分子、および特定の翻訳後修飾を含有する生体分子を保存しうる。
【0018】
本発明の前述のおよび他の目的、特徴および利点は、付随する図を参照して進められる、以下の詳細な説明からより明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、7℃、10℃または15℃の冷却ホルマリンに、2、4または6時間入れた、4mm Calu3異種移植片腫瘍コアを例示する。24時間の室温固定および2+2(すなわち4℃で2時間、その後45℃で2時間)対照もまた例示する。
【
図2】
図2は、4℃で2時間(カラムA)、1日(カラムB)、2日(カラムC)、5日(カラムD)、7日(カラムE)および14日(カラムF)、冷却ホルマリン中に入れ、その後、45℃で2時間ホルマリン中に入れた、4mm Calu3異種移植片腫瘍コアのデジタル顕微鏡画像である。
【
図3A】
図3Aおよび3Bは、実施例3由来の輸送パッケージ1の温度プロファイルである。
【
図3B】
図3Aおよび3Bは、実施例3由来の輸送パッケージ1の温度プロファイルである。
【
図4A】
図4Aおよび4Bは、実施例3由来の輸送パッケージ2の温度プロファイルである。
【
図4B】
図4Aおよび4Bは、実施例3由来の輸送パッケージ2の温度プロファイルである。
【
図5A】
図5Aおよび5Bは、実施例3由来の輸送パッケージ3の温度プロファイルである。
【
図5B】
図5Aおよび5Bは、実施例3由来の輸送パッケージ3の温度プロファイルである。
【
図6A】
図6Aおよび6Bは、実施例3由来の輸送パッケージ4の温度プロファイルである。
【
図6B】
図6Aおよび6Bは、実施例3由来の輸送パッケージ4の温度プロファイルである。
【
図7】
図7は、ヘマトキシリンおよびエオジン(H&E)で染色したか、またはPD−L1、FoxP3、およびCD68発現に関して免疫組織化学的に染色した、扁桃腺組織のデジタル顕微鏡画像を例示する。組織切片は、実施例3にしたがって輸送された(S列)か、2+2プロセスを用いて固定された(C列)か、いずれかであった。カラムAは、輸送1で用いた組織に対応する。カラムBは、輸送2で用いた組織に対応する。カラムCは、輸送3で用いた組織に対応する。カラムDは、輸送4で用いた組織に対応する。
【
図8】
図8は、FoxP3に関して免疫組織化学的に染色した扁桃腺試料のデジタル画像、およびmm
2あたりのFoxP3細胞の密度を示すヒートマップを例示する。A列は、室温ホルマリン中で24時間固定した試料である。B列は、長期間の低温浸漬(〜5℃で4日間、その後、45℃で1時間)を用いて固定した試料である。C列は、4℃ホルマリン中で2時間、そして次いで45℃ホルマリン中で2時間固定した試料である。
【
図9】
図9は、mm
2あたりのFoxP3細胞の密度を例示する棒グラフである。126〜130は別個の複製物を示す。各複製物に関して、バーは、(左から右に):(1)2+2固定;(2)長期浸漬(〜5℃で4日間、その後、45℃で1時間);および(3)室温のホルマリン中24時間に供された試料を示す。
【
図10】
図10は、PR、Ki−67およびリン酸化AKTタンパク質(pAKT)に関して免疫組織化学的に染色されたCalu−3異種移植片のデジタル顕微鏡画像を例示する。組織切片は、実施例3にしたがって輸送された(S列)か、または2+2プロセスを用いて固定された(C列)か、いずれかであった。カラムAは、輸送1で用いた組織に対応する。カラムBは、輸送2で用いた組織に対応する。カラムCは、輸送3で用いた組織に対応する。カラムDは、輸送4で用いた組織に対応する。
【
図11】
図11は、24時間室温および実施例3に概略する輸送条件を用いたものの間のp−AKT保存における相違を例示する棒グラフである。
【
図12A】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12B】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12C】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12D】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12E】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12F】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12G】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12H】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12I】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12J】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図12K】
図12A〜12Kは、表3に示すような多様な冷/熱固定条件を用いたpAkt保存を例示する。画像は、以下のような条件に相当する:12Bは実験1.1であり;12Cは実験1.2であり;12Dは実験2.1であり;12Eは実験2.2であり;12Fは実験2.3であり;12Gは実験2.4であり;12Hは実験3.1であり;12Iは実験4.1であり;12Jは実験5.1であり;12Kは実験6.1である。
【
図13】
図13は、室温のNBFでの24時間固定(左カラム)、または4℃のNBFでの2時間、その後、45℃のNBFでの2時間固定(右カラム)の後、in situハイブリダイゼーションによってmiR−21またはmiR−200cに関して標識した組織試料のデジタル画像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
I.略語および定義
本開示の多様な例のレビューを容易にするため、略語および特定の用語の以下の説明を提供する:
H&E:ヘマトキシリンおよびエオジン染色。
【0021】
FFPE組織:ホルマリン固定パラフィン包埋組織。
IHC:免疫組織化学。
ISH:in situハイブリダイゼーション。
【0022】
NBF:中性緩衝ホルマリン。
アフィニティ組織化学:分析物結合性実体が、抗体、抗体断片、または核酸プローブ以外の剤である、組織化学的方法。
【0023】
アルデヒドに基づく固定液:組織固定に主に関与する少なくとも1つの剤がアルデヒドである、組織試料の固定に適したいずれの組成物。
分析物:試料中で特異的に検出しようとする実体(例えば分子、分子群、巨大分子、細胞内構造、または細胞)。
【0024】
分析物結合性実体:分析物に特異的に結合可能であるいずれの化合物または組成物。分析物結合性実体の例には:ターゲット抗原に結合する抗体および抗体断片(一本鎖抗体を含む);MHC:抗原複合体に結合するT細胞受容体(一本鎖受容体を含む);MHC:ペプチド多量体(特異的T細胞受容体に結合する);特異的核酸またはペプチドターゲットに結合するアプタマー;特異的核酸、ペプチド、および他の分子に結合するジンクフィンガー;受容体リガンドに結合する受容体複合体(一本鎖受容体およびキメラ受容体を含む);受容体複合体に結合する受容体リガンド;特異的核酸にハイブリダイズする核酸プローブ;ならびにADNECTIN(第10FN3フィブロネクチンに基づく足場;Bristol−Myers−Squibb社)、AFFIBODY(黄色ブドウ球菌(S. aureus)由来のプロテインAのZドメインに基づく足場;Affibody AB、スウェーデン・ソルナ)、AVIMER(ドメインA/LDL受容体に基づく足場;Amgen、カリフォルニア州サウザンドオークス)、dAb(VHまたはVL抗体ドメインに基づく足場;GlaxoSmithKline PLC、英国ケンブリッジ)、DARPin(アンキリン・リピート・タンパク質に基づく足場;Molecular Partners AG、スイス・チューリッヒ)、ANTICALIN(リポカリンに基づく足場;Pieris AG、ドイツ・フライジング)、NANOBODY(VHH(ラクダ科(camelid)Ig)に基づく足場;Ablynx N/V、ベルギー・ヘント)、TRANS−BODY(トランスフェリンに基づく足場;Pfizer Inc.、ニューヨーク州ニューヨーク)、SMIP(Emergent Biosolutions, Inc.、メリーランド州ロックビル)、およびTETRANECTIN(C型レクチンドメイン(CTLD)に基づく足場、テトラネクチン;Borean Pharma A/S、デンマーク・オルフス)を含む操作された特異的結合構造が含まれる。操作された特異的結合構造の記述は、その内容の全体が本明細書に援用される、Wurchら, 画像化および療法のための全抗体の代替物としての新規タンパク質足場の開発:発見研究および臨床検証の状態, Current Pharmaceutical Biotechnology, Vol. 9, pp. 502−509(2008)に概説される。
【0025】
抗体:用語「抗体」は、本明細書において、最も広い意味で用いられ、そして限定されるわけではないが、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、多重特異性抗体(例えば二重特異性抗体)、および望ましい抗原結合活性を示す限り、抗体断片を含む、多様な抗体構造を含む。
【0026】
抗体断片:インタクトな抗体が結合する抗原に結合する、インタクトな抗体の部分を含む、インタクトな抗体以外の分子。抗体断片の例には、限定されるわけではないが、Fv、Fab、Fab’、Fab’−SH、F(ab’)2;ディアボディ;直鎖抗体;一本鎖抗体分子(例えばscFv);および抗体断片から形成される多重特異性抗体が含まれる。
【0027】
抗ホスホ抗体:リン酸化タンパク質またはアミノ酸残基に結合するが、同じタンパク質またはアミノ酸残基の非リン酸化型には結合しない、抗体または抗体断片。抗ホスホ抗体の例には:
・特異的にリン酸化されたアミノ酸残基、例えばリン酸化ヒスチジン(抗ホスホHis)、リン酸化セリン(抗ホスホSer)、リン酸化スレオニン(抗ホスホThr)、およびリン酸化チロシン(抗ホスホTyr)に特異的な抗体;ならびに
・リン酸化アミノ酸を含有する特定の抗原、例えばセリン473でリン酸化されたAktに特異的な抗体(抗ホスホAkt(Ser473))
が含まれる。
【0028】
抗原:特異的体液性または細胞性免疫の産物、例えば抗体分子またはT細胞受容体によって特異的に結合されうる化合物、組成物、または物質。抗原はいずれのタイプの分子であってもよく、これには例えば、ハプテン、単純中間代謝産物、糖(例えばオリゴ糖)、脂質、およびホルモン、ならびに巨大分子、例えば複合糖質(例えば多糖)、リン脂質、核酸およびタンパク質が含まれる。抗原の一般的なカテゴリーには、限定されるわけではないが、ウイルス抗原、細菌抗原、真菌抗原、原生動物および他の寄生虫抗原、腫瘍抗原、自己免疫疾患に関与する抗原、アレルギーおよび移植片拒絶、毒素、ならびに他の種々の抗原が含まれる。
【0029】
細胞性試料:被験体または患者から得た細胞のコレクションを含む試料。本明細書の細胞性試料の例には、限定されるわけではないが、腫瘍生検、循環腫瘍細胞、血清または血漿、初代細胞培養、あるいは腫瘍に由来するかまたは腫瘍様特性を示す細胞株、ならびに保存された腫瘍試料、例えばホルマリン固定パラフィン包埋腫瘍試料または凍結腫瘍試料が含まれる。
【0030】
臨床細胞性試料:疾患または障害を診断し、疾患または障害の予後を決定し、そして/または特定の治療経過に対する疾患または障害の反応を予測する目的のため、ヒトまたは獣医学的被験体から直接得た細胞性試料。
【0031】
臨床試料:疾患または障害を診断し、疾患または障害の予後を決定し、そして/または特定の治療経過に対する疾患または障害の反応を予測する目的のため、ヒトまたは獣医学的被験体から直接得た試料。
【0032】
臨床組織試料:疾患または障害を診断し、疾患または障害の予後を決定し、そして/または特定の治療経過に対する疾患または障害の反応を予測する目的のため、ヒトまたは獣医学的被験体から直接得た組織試料。
【0033】
ホルマリン:典型的には体積〜40%のホルムアルデヒド(重量〜37%)を含有する、ホルムアルデヒドの飽和水溶液。「100%ホルマリン」とも称される。水溶液中、ホルムアルデヒドは水和物、メタンジオール(H
2C(OH)
2)を形成し、これは、濃度および温度に応じて、多様なホルムアルデヒド・オリゴマーと平衡して存在する。したがって、通常、酸化および重合を抑制するため、少量の安定化剤、例えばメタノールが添加される。典型的な商業等級ホルマリンは、多様な金属不純物に加えて、10〜15%メタノールを含有しうる。
【0034】
組織化学:検出可能なマーカー(例えば色素、色素原、またはフルオロフォア)を、分析物に非常に近接して試料上に沈着させる方式で、試料を分析物結合性実体と接触させることによって、組織試料を評価する方法。組織化学の例には、一次染色(例えばH&E染色、酸迅速細菌染色等)、免疫組織化学、in situハイブリダイゼーション、およびアフィニティ組織化学が含まれる。
【0035】
免疫組織化学:分析物結合性実体が、抗体または抗体断片を含む、組織化学法。
in situハイブリダイゼーション:分析物が核酸であり、そして分析物結合性実体が分析物核酸に相補的な核酸プローブを含む、組織化学法。
【0036】
キナーゼ:生体分子上のリン酸結合の形成を触媒する、いずれのポリペプチドあるいはその複合体または断片。
キナーゼ阻害剤:キナーゼがリン酸結合の形成を触媒する能力を特異的に阻害するいずれの分子。
【0037】
ヌクレアーゼ:核酸のヌクレオチドサブユニット間のホスホジエステル結合の切断を触媒する、いずれのポリペプチドあるいはその複合体または断片。
ヌクレアーゼ阻害剤:ヌクレアーゼが核酸のヌクレオチドサブユニット間のホスホジエステル結合の切断を触媒する能力を特異的に阻害するいずれの分子。
【0038】
オリゴペプチド:長さ2〜20アミノ酸のペプチド。
ペプチド:用語「ペプチド」は、オリゴペプチドおよびポリペプチドを含む、アミド結合によってともに連結される2またはそれより多いアミノ酸のいずれの配置を含むと意図される。アミノ酸がアルファアミノ酸である場合、L−光学異性体またはD−光学異性体のいずれかが使用可能である。
【0039】
ホスファターゼ:リン酸結合の切断を触媒する、いずれのポリペプチドあるいはその複合体または触媒活性がある断片。
ホスファターゼ阻害剤:ホスファターゼがリン酸結合を切断する能力を特異的に阻害するいずれの分子。
【0040】
プロテアーゼ:ペプチド結合の切断を触媒する、いずれのポリペプチドあるいはその複合体または断片。
プロテアーゼ阻害剤:プロテアーゼがペプチド結合の切断を触媒する能力を特異的に阻害するいずれの分子。
【0041】
ポリペプチド:長さ20アミノ酸よりも長いペプチド。用語「ポリペプチド」または「タンパク質」は、本明細書において、いずれのアミノ酸配列を含み、そして糖タンパク質などの修飾配列を含むよう意図される。
【0042】
翻訳後修飾:翻訳後のタンパク質の化学的修飾。タンパク質生合成、そしてしたがって多くのタンパク質に関して遺伝子発現の後の工程の1つである。アミノ酸の翻訳後修飾は、タンパク質に他の生化学的官能基(例えばアセテート、ホスフェート、多様な脂質および炭水化物)を付着させるか、アミノ酸の化学的性質を変化させる(例えばシトルリン化)か、または構造変化を行う(例えばジスルフィド架橋の形成)ことによって、タンパク質の機能範囲を拡張する。また、酵素は、タンパク質のアミノ端からアミノ酸を除去するか、または中央でペプチド鎖を切断することも可能である。例えば、ペプチドホルモン、インスリンは、ジスルフィド結合が形成された後、2回切断され、そしてプロペプチドが鎖の中央から除去され;生じるタンパク質は、ジスルフィド結合によって連結された2つのポリペプチド鎖からなる。また、mRNA上の「開始」コドンはまた、アミノ酸、メチオニンをコードするため、最も新生のポリペプチドは、このアミノ酸で始まる。このアミノ酸は通常、翻訳後修飾中に取り除かれる。リン酸化のような他の修飾は、タンパク質の振る舞い、例えば酵素の活性化または不活性化を調節するための一般的な機構の一部である。
【0043】
試料:ゲノムDNA、RNA(mRNAを含む)、タンパク質、またはその組み合わせを含有する、被験体または患者から得られる生物学的標本。例には、限定されるわけではないが、末梢血、尿、唾液、組織生検、外科標本、羊水穿刺試料および検屍材料が含まれる。
【0044】
特異的結合:特異的結合は、実体が、試料中の分析物に、他の潜在的な分析物への結合を実質的に排除するように結合する際に起こる。例えば、実体は、試料中の他の分子に関する結合定数よりも、少なくとも10
3M
−1大きい、10
4M
−1大きい、または10
5M
−1大きい結合定数を有する場合、所定の分子に特異的に結合すると見なされうる。
【0045】
組織試料:試料を得た被験体内で存在するような、細胞間の横断面空間関係を保持する、細胞性試料。「組織試料」は、初代組織試料(すなわち被験体によって産生される細胞および組織)および異種移植片(すなわち被験体内に移植された外来の(foreign)細胞性試料)の両方を含むものとする。
【0046】
「X%ホルマリン」:体積対体積基準で、特定の割合まで、溶媒中に希釈されたホルマリン(上に定義する通り)としての同等量のホルムアルデヒドを含有する液体組成物。したがって、例えば30%ホルマリン溶液は、体積で7部分の溶媒に対して体積で3部分のホルマリン(上に定義する通り)を含有する溶液として、ホルムアルデヒドの同等量を含有する溶液である。
【0047】
II. 序論
固定は、続く検査のため、細胞性試料を保存する。化学固定は、試料を、ある体積の化学固定液中に浸漬することを含む。固定液は、組織試料全体に拡散し、そして可能な限り生存細胞のものと近い構造を(化学的および構造的の両方で)保存する。架橋固定液、典型的にはアルデヒドは、試料に存在する内因性生物学的分子、例えばタンパク質および核酸の間に共有化学結合を生成する。ホルムアルデヒドは、組織学において、最も一般的に用いられる固定液である。ホルムアルデヒドは、固定のため、多様な濃度で使用可能であるが、主に10%中性緩衝ホルマリン(NBF)として用いられ、これは水性リン酸緩衝生理食塩水溶液中、約3.7%のホルムアルデヒドである。パラホルムアルデヒドは、ホルムアルデヒドの重合された型であり、加熱されると脱重合してホルマリンを提供する。グルタルアルデヒドは、ホルムアルデヒドと同様に機能するが、分子がより大きく、膜を通じた拡散速度はより緩慢である。グルタルアルデヒド固定は、より強固であるかまたは緊密に連結された固定産物を提供し、迅速でそして不可逆的な変化を引き起こし、優れた全体の細胞質および核詳細を提供するが、免疫組織化学染色には理想的ではない。いくつかの固定プロトコルは、ホルムアルデヒドおよびグルタルアルデヒドの組み合わせを用いる。グリオキサールおよびアクロレインは、より一般的に用いられないアルデヒドである。多くの他のアルデヒドに基づく固定液もまた知られる。
【0048】
固定液の温度を上昇させることによって、組織固定動力学を増加させうることが周知である。しかし、組織試料を直接、加熱した固定液の中に入れると、ホルマリンが組織中心に浸透する前に、組織の外側の架橋が十分に生じてしまう可能性もあり、これが次に、組織内への固定液の拡散を遅延させるか、さらには妨げる。その結果、組織中心の生体分子は、いかなる有意な架橋も伴わずに加熱され、これらの分子は、分解および損傷に対してより感受性となる。固定溶液への試料の長時間の曝露は、試料の完全性を損なう可能性もあり、そして特定のバイオマーカー、特に不安定なバイオマーカーの損失を導きうることもまた周知である。
【0049】
分解および損傷の度合いは、組織試料を低温固定液にまずあらかじめ浸漬して、固定液が試料全体に拡散することを可能にし、その後、より高い温度で処理して架橋を促進することによって、減少させうることが以前立証された。US 2012−0214195 A1を参照されたい。本発明者らは、予期せぬことに、有意な組織損失を伴わずに、低温プレ浸漬工程を最長14日間に延長可能であることを見出した。
【0050】
III. 試料
原理的には、組織試料および細胞学試料を含めて、アルデヒドに基づく固定液で固定可能ないかなる細胞性試料タイプでも、本発明の方法が使用可能である。
【0051】
1つの態様において、試料は組織試料である。典型的には、固定液拡散が、組織形態を保存するために十分に迅速に、そして十分に適切に起こることを確実にするため、浸漬固定用の組織試料サイズは限定される。したがって、特定の組織試料、例えば腫瘍切除物および全臓器は、固定液の適切な拡散を確実にするために、固定の前に切断されなければならない。これは、組織が組織中の残存酵素活性によって分解に供される関心対象の分析物を含有する際に特に当てはまる。しかし、本発明の方法は、拡散速度を増加させ、そしてしたがって、通常よりも厚みがある組織試料の固定を可能にする。1つの態様において、組織は、腫瘍切除物または全臓器と同程度に大きくてもよい。別の態様において、組織試料は組織生検、例えばコア針生検である。
【0052】
本発明の方法および系は、不安定なバイオマーカー(タンパク質への翻訳後修飾および不安定な核酸を含む)の存在を評価する臨床試料を固定する際に、特に有用である。いくつかの態様において、試料は臨床組織試料である。
【0053】
IV. 固定液組成物
本発明の方法は、アルデヒドに基づく固定液で有用である。特定の態様において、固定液は、アルデヒドに基づく架橋固定液、例えばグルタルアルデヒドおよび/またはホルマリンに基づく溶液である。浸漬固定にしばしば用いられるアルデヒドの例には:
・ホルムアルデヒド(大部分の組織に関しては5〜10%ホルマリンの標準作業濃度であるが、ある組織に関しては、20%ホルマリンもの高濃度が用いられる);
・グリオキサール(標準作業濃度、17〜86mM);
・グルタルアルデヒド(標準作業濃度、200mM)
が含まれる。
【0054】
1つの態様において、固定液は、ホルムアルデヒド、グリオキサール、またはグルタルアルデヒドの標準濃度を含む。1つの例示的な態様において、アルデヒドに基づく固定溶液は、約5%〜約20%ホルマリンである。
【0055】
アルデヒドは、しばしば、互いに組み合わせて用いられる。標準的なアルデヒドの組み合わせには、10%ホルマリン+1%(w/v)グルタルアルデヒドが含まれる。典型的でないアルデヒドがある特殊な固定適用に用いられており、これには以下が含まれる:フマルアルデヒド、12.5%ヒドロキシアジポアルデヒド(pH7.5)、10%クロトンアルデヒド(pH7.4)、5%ピルビン酸アルデヒド(pH5.5)、10%アセトアルデヒド(pH7.5)、10%アクロレイン(pH7.6)、および5%メタクロレイン(pH7.6)。免疫組織化学に用いられるアルデヒドに基づく固定溶液の他の特定の例を表1に示す:
【0056】
【表1】
表1
特定の態様において、固定溶液は表1から選択される。
【0057】
アルデヒドに基づく固定液の構成要素の濃度の関連において、用語「約」は、Bauerら, 超正確拡散監視およびバイオマーカー保存の最適化のための動的サブナノ秒時間飛行検出(Dynamic Subnanosecond Time-of-Flight Detection for Ultra-precise Diffusion Monitoring and Optimization of Biomarker Preservation), Proceedings of SPIE, Vol. 9040, 90400B−1(2014年3月20日)によって測定されるものと同じサイズおよび形状を有する同じタイプの組織において、拡散速度の統計的に有意な相違を生じない、言及される範囲の外のすべての濃度を含むと理解されるものとする。
【0058】
方法および系の別の特徴は、不安定なバイオマーカーが組織化学によって検出可能である状態に該バイオマーカーを実質的に保存するために、外因性分解阻害剤(例えばホスファターゼ阻害剤、キナーゼ阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、またはヌクレアーゼ阻害剤)を必要としないことである。したがって、こうした分解阻害剤が固定溶液中に含まれていてもよいが、これらは必要ではない。1つの態様において、アルデヒドに基づく固定溶液は、外因性に添加されるホスファターゼ阻害剤またはキナーゼ阻害剤の有効量を含有しない。他の態様において、アルデヒドに基づく固定溶液は、有効量のホスファターゼ阻害剤、キナーゼ阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、またはヌクレアーゼ阻害剤を含有しない。
【0059】
V. 固定プロセス
特定の開示される態様は、多工程の、典型的には2工程の、アルデヒドに基づく固定溶液を用いた、組織試料の注入/拡散のための組織固定プロセスに関する。第一のプロセシング工程の間、固定液が試料の横断面全体に実質的に拡散することを可能にする条件下で、アルデヒドに基づく固定溶液で試料を処理する。この第一の工程を、実質的に完全な組織注入/拡散を達成する第一の期間、および第一の温度で、固定液組成物を用いて行う。第二の工程は、第二のより高い温度で、組織試料を固定液組成物に供して、架橋が起こることを可能にするためのものである。操作中、第一および第二のプロセシング工程を、長期間の経過に渡って、典型的には約2日より長く行う。以下の実施例に示すように、プロセスを最長14日間検証しているが、それよりもさらに長く延長可能であるようである。
【0060】
第一に、未固定組織試料を、低温でアルデヒドに基づく固定溶液中に浸漬する。アルデヒドに基づく固定溶液の温度を、少なくとも、固定液が組織試料全体に拡散することを確実にするために十分に長く、低温で維持する。拡散を可能にするための最小限の時間の長さは、低温固定液中、多様な時間および温度の組み合わせを用い、そして組織構造の保存、および免疫組織化学(分析物が、例えば、タンパク質またはリン酸化タンパク質である場合)またはin situハイブリダイゼーション(ターゲット分析物が、核酸、例えばmiRNAまたはmRNAである場合)によるターゲット分析物の保存の損失などの要因を見て、生じた組織試料を評価して、実験的に決定可能である。あるいは、拡散を可能にする時間の最小量を、例えばBauerら, 超正確拡散監視およびバイオマーカー保存の最適化のための動的サブナノ秒時間飛行検出(Dynamic Subnanosecond Time-of-Flight Detection for Ultra-precise Diffusion Monitoring and Optimization of Biomarker Preservation), Proceedings of SPIE, Vol. 9040, 90400B−1(2014年3月20日)に概略されるような方法を用いて、拡散を監視することによって、決定可能である。第一の工程の有効な温度範囲には、アルデヒドに基づく固定溶液の凍結点および10℃未満の間のいずれの温度、例えば約0℃〜約7℃、約2℃〜約5℃、および約4℃が含まれうる。この背景において、用語「約」は、Bauerら, 超正確拡散監視およびバイオマーカー保存の最適化のための動的サブナノセ秒時間飛行検出(Dynamic Subnanosecond Time-of-Flight Detection for Ultra-precise Diffusion Monitoring and Optimization of Biomarker Preservation), Proceedings of SPIE, Vol. 9040, 90400B−1(2014年3月20日)によって測定されるものと同じサイズおよび形状を有する同じタイプの組織において、拡散速度の統計的に有意な相違を生じない温度を含むと理解されるものとする。固定液組成物の組織試料内への拡散は、組成物が試料の横断面全体に実質的に拡散するために有効な期間、続けられる。
【0061】
低温固定溶液が組織試料全体に十分に拡散されたら、低温保存(例えば冷蔵庫または氷のバケツ)または周囲温度(すなわち18℃〜28℃)のいずれかで、2日より長い累積時間の長期間、保存される。いくつかの態様において、累積時間は、2日間より長く、最大2週間またはそれより長く、例えば少なくとも72時間〜14日間である。この関連において、「累積時間」は、拡散時間および続く低温または周囲温度の長期間の保存の合計である。
【0062】
試料を低温で保存する場合、固定を可能にするために十分な時間、温かい温度処理(すなわち18℃から最大55℃の温度)に供する。温かい温度処理に関連する温度は、周囲またはそれより高く、例えば約18℃より高い。1つの態様において、温度範囲は、周囲温度から最大50℃(例えば20℃〜50℃)である。しかし、温度がほぼ55℃に達すると、試料は一般的に分解しはじめ、特定の続く組織学的反応に対して、有害な影響を有しうる。したがって、50℃より有意に高い温度は長期間では回避すべきである。したがって、こうした態様において、続く分析(例えばin situハイブリダイゼーション、組織化学分析および/またはH&E)が有効に進行することを可能にする状態で試料を保存するように、上限の温度および第二の期間を選択すべきである。最適な上限および下限時間および温度は、行われる特定の分析および用いる試料タイプに基づいて、実験的に決定すべきである。特に、時間および温度範囲の保護帯域(guardbanding)を行って、組織構造および/または分析物検出レベルを許容しえないほど損なわない、許容しうる時間/温度の組み合わせを決定すべきである。いくつかの態様において、第一のプロセシング工程を行ったものと同じ固定溶液中で、温かい温度処理を行う。こうした態様において、能動的加熱(例えば加熱要素または他の熱供給源を用いることによって)または受動的加熱(例えば低温環境から温かい環境に固定溶液および試料を移動させ、そして固定溶液の温度が環境と平衡することを可能にすることによるなど)によって、固定溶液を第二の温度範囲にすることも可能である。他の態様において、試料を第一の温度範囲の固定溶液から取り除き、そして第二の温度範囲のある体積のアルデヒドに基づく固定溶液中に試料を浸すことによって、試料を第二の温度範囲の固定溶液と接触させて置く。例えば、第一の温度範囲の固定溶液を、第一の容器に入れてもよく、そして第二の温度範囲の固定溶液を第二の容器に入れてもよく、この場合、第一の期間が過ぎた後に、試料を物理的に第一の容器から第二の容器に移動させてもよい。あるいは、第一の温度範囲の固定溶液を容器から取り除き、そして第二の温度範囲の固定溶液と交換してもよい。さらに別の代替法として、第一の温度範囲の固定溶液の一部のみを取り除き、そして生じる組み合わせが、第二の温度範囲内の温度をもたらすように、熱い固定溶液を残りの固定溶液に添加してもよい。多くの他の潜在的な設定が想定されうる。本段落中のいずれの態様において、第一の温度範囲の固定溶液は、第二の温度の固定溶液と同じであってもまたは異なってもよい(アルデヒド濃度、アルデヒドの同一性、および/または全体の組成の相違を含む)。
【0063】
長期間の保存が周囲温度であれば、さらなる組織プロセシングの前にさらに温かい温度の処理は不要であるが、望ましい場合はこれを行ってもよい。
VI. さらなる組織プロセシング
本明細書において、句「さらなる組織プロセシング」は、保存および/または分析のため、固定組織試料を調製するために用いる、アルデヒド固定後のいずれのプロセスを含むものとする。多くのこうしたプロセスが周知であり、そして一般の当業者によってよく理解されるであろう。例えば、亜鉛ホルマリン、Helly固定液およびHollande固定液を用いたプロトコルは、多様な混入物質を取り除くため、固定後に水洗浄を必要とする。BouinおよびB−5のいくつかのプロトコルは、プロセシング前に、70%エタノール中で固定試料を保存するよう示唆する。さらに、いくつかの標本は、炭酸カルシウムまたはリン酸カルシウム沈着のため、マイクロトーム上で切断することが困難である可能性があり、そしてしたがって、脱灰を必要としうる。他の固定後組織プロセシングが一般の当業者に周知であろう。
【0064】
1つの態様において、固定後組織プロセシングは、ワックス包埋を含む。典型的な例において、アルデヒド固定組織試料を、典型的には約70%〜約100%の範囲の増加するアルコール濃度を用いた、一連のアルコール浸漬に供して、試料を脱水する。アルコールは、一般的には、アルカノール、特にメタノールおよび/またはエタノールである。最後のアルコール処理工程後、試料を、一般的には透明化溶液と称される、別の有機溶媒に浸漬する。透明化溶液は、(1)残渣アルコールを取り除き、そして(2)続くワックス工程のために試料をより疎水性にする。透明化溶媒は、典型的には芳香族有機溶媒、例えばキシレンである。ワックス、典型的にはパラフィンワックスを試料に適用することによって、ワックスブロックを形成する。典型的には、組織分析前に、マイクロトームを用いて、ブロックを薄切片にスライスする。次いで、この薄切片をスライドに乗せ、そして後の分析のため保存し、そして/またはプロセシング後分析に供する。
【0065】
他の例において、組織試料を、ワックスブロックの代わりに、樹脂ブロック(例えばエポキシまたはアクリル樹脂)中に包埋しうる。例示的な樹脂には、メタクリル酸メチル、メタクリル酸グリコール、アラルダイトおよびエポンが含まれる。各々は、特殊な固定後プロセシング工程を必要とし、これらは当該技術分野に周知である。
【0066】
VII. プロセシング後分析
本明細書に開示するプロセスおよび組成物によって得た固定組織試料を、いずれの染色系、ならびに組織化学、アフィニティ組織化学、免疫組織化学およびin situハイブリダイゼーションの分野で知られるプロトコルとともに用いてもよい。本発明はまた、多様な自動化染色系とともに用いてもよく、これらには、Ventana Medical Systems, Inc.(例えば、VENTANA HE600、SYMPHONY、BENCHMARK、およびDISCOVERYシリーズ自動化プラットホーム)、Dako(例えば、COVERSTAINER、OMNIS、AUTOSTAINER、およびARTISANシリーズ自動化スライド染色装置)によって市販されるもの、およびLEICA STシリーズ染色装置などが含まれる。例示的な系は、すべて、本明細書に援用される、米国特許第6,352,861号、米国特許第5,654,200号、米国特許第6,582,962号、米国特許第6,296,809号、および米国特許第5,595,707号に開示される。自動化系および方法に関するさらなる情報はまた、本明細書に援用されるPCT/US2009/067042に見出されうる。
【0067】
1つの態様において、免疫組織化学(IHC)を用いて、特定の分析物を検出する。典型的なIHCプロトコルにおいて、組織試料をまず、分析物に対する分析物特異的抗体の特異的結合を可能にするために十分な条件下で、分析物特異的抗体と接触させる。例示的な態様において、特定の分析物の検出は、多数の酵素(例えばセイヨウワサビ(horse radish)ペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ(AP))とコンジュゲート化された、分析物に特異的に結合可能な抗体(またはその抗体断片)を通じて達成される。この酵素−抗体コンジュゲートは、各抗体にコンジュゲート化された酵素が複数であることを踏まえて、HRPまたはAP多量体と称される。多量体技術は、本明細書にその全体が援用される、米国特許第8,686,122号に開示される。このタイプの検出化学技術は、現在、ultraView Universal DAB検出キット(P/N 760−500)、ultraView Universal AP Red検出キット(P/N 760−501)、ultraView Red ISH DIG検出キット(P/N 760−505)、およびultraView SISH DNP検出キット(P/N 760−098)として、Ventana Medical Systems Inc.によって市販されている。例示的な態様において、該アプローチは、非内因性ハプテンを用いる(例えばビオチンでない。検出化学に関する開示に関して、その全体が本明細書に援用される、米国出願第12/660,017号を参照されたい)。例示的な態様において、このアプローチとともに、チラミド・シグナル増幅を用いて、検出の感度およびダイナミックレンジをさらに増加させてもよい(検出化学に関連する開示に関して、その全体が本明細書に援用される、PCT/US2011/042849を参照されたい)。
【0068】
いずれの適切な酵素/酵素基質系を、開示する分析/検出法のために用いてもよい。作業態様は、典型的には、アルカリホスファターゼおよびセイヨウワサビ・ペルオキシダーゼを用いた。酵素がアルカリホスファターゼである場合、1つの適切な基質はニトロブルーテトラゾリウムクロリド/(5−ブロモ−4−クロロ−1H−インドル−3−イル)二水素ホスフェート(NBT/BCIP)である。酵素がセイヨウワサビ・ペルオキシダーゼである場合、1つの適切な基質はジアミノベンジジン(DAB)である。多くの他の酵素−基質組み合わせが当業者に知られる。これらの一般的な概説には、米国特許第4,275,149号および第4,318,980号を参照されたい。いくつかの態様において、酵素はペルオキシダーゼ、例えばセイヨウワサビ・ペルオキシダーゼまたはグルタチオン・ペルオキシダーゼまたはオキシドレダクターゼである。
【0069】
その全開示が本明細書に援用される、米国特許公報2008/0102006は、マイクロプロセッサによって操作されそして制御されるロボット液体分配装置を記載する。その全開示が本明細書に援用される、米国特許公報2011/0311123は、免疫組織化学(IHC)パターンの自動化検出のための方法および系を記載する。これらの特許出願に開示される自動化検出系を用いて、本発明の固定組織試料において、分析物を検出することも可能である。
【0070】
いくつかの態様において、翻訳後修飾タンパク質の存在に関して、免疫組織化学によって、固定組織試料を分析する。典型的なプロセスにおいて、固定組織試料を、翻訳後修飾タンパク質に特異的に結合可能な分析物結合性実体と、分析物結合性実体の翻訳後修飾タンパク質への結合を達成するために十分な条件下で接触させて;そして翻訳後修飾タンパク質への分析物結合性実体の結合を検出する。有効なIHCのための正確な条件は、一般的に、例えば、用いる正確な抗体、用いる試料のタイプ、試料サイズ、さらなるプロセシング工程等に応じて、個々の基準で検討する必要がある。1つの態様において、翻訳後修飾は、標準的なアルデヒド固定プロセス中、組織試料内の残渣酵素活性のため、損失を受けやすい。翻訳後修飾の存在増加を導く実体で、試料を処理することによって、所定の翻訳後修飾が、残渣酵素活性に感受性であるかどうかを決定可能である。次いで、標準的な技術(例えば室温のNBF中で24時間固定)および本明細書に開示するような固定プロセスを用いて、試料を固定し、そして試料各々において検出可能なシグナルの量を比較してもよい。標準的技術にしたがって固定された試料において、シグナルが存在しないかまたは有意に低い場合、翻訳後修飾が、残渣酵素活性による分解に感受性であると仮定しうる。したがって、1つの態様において、翻訳後修飾は、上述のように2つの温度の固定を用いて固定されている実質的に同一の組織試料におけるよりも、低温前処理を伴わずに室温のNBF中で24時間固定された組織において、より低い検出レベルを有する翻訳後修飾である。1つの態様において、翻訳後修飾は、組織試料の疾患状態に関する診断または予後マーカーである。1つの態様において、翻訳後修飾は、組織の疾患状態に対する療法効果に関する予測マーカーである。1つの態様において、翻訳後修飾はリン酸化である。
【0071】
いくつかの態様において、特定の核酸の存在に関して、in situハイブリダイゼーションによって、固定組織試料を分析する。典型的なプロセスにおいて、固定組織試料を、分析物核酸に相補的な核酸プローブと、分析物核酸へのプローブの特異的ハイブリダイゼーションを達成するために十分な条件下で接触させて;そして分析物核酸への核酸プローブの結合を検出する。有効なISHのための正確な条件は、一般的に、例えば、用いる正確な核酸プローブ、用いる試料のタイプ、試料サイズ、さらなるプロセシング工程等に応じて、個々の基準で検討する必要がある。1つの態様において、分析物核酸は、標準的なアルデヒド固定プロセス中、組織試料内の残渣酵素活性のため、損失を受けやすいものである。核酸の存在増加を導く実体で、試料を処理することによって、所定の核酸が、残渣酵素活性に感受性であるかどうかを決定可能である。次いで、標準的な技術(例えば室温のNBF中で24時間固定)および本明細書に開示するような固定プロセスを用いて、試料を固定し、そして試料各々において検出可能なシグナルの量を比較してもよい。標準的技術にしたがって固定された試料において、シグナルが存在しないかまたは有意に低い場合、分析物核酸が、残渣酵素活性による分解に感受性であると仮定しうる。したがって、1つの態様において、分析物核酸は、上述のように2つの温度の固定を用いて固定されている実質的に同一の組織試料におけるよりも、低温前処理を伴わずに室温のNBF中で24時間固定された組織において、より低い検出レベルを有する。1つの態様において、分析物核酸は、組織試料の疾患状態に関する診断または予後マーカーである。1つの態様において、分析物核酸は、組織の疾患状態に対する療法効果に関する予測マーカーである。1つの態様において、分析物核酸はRNA分子、例えばmRNAまたはmiRNAである。
【実施例】
【0072】
本発明の作業態様の特定の特徴を例示するため、以下の実施例を提供する。当業者は本発明の範囲がこれらの実施例に言及する特徴に限定されないことを認識するであろう。
実施例1:低温保護帯域
浸漬温度を取り巻く9パネルマトリックスを形成するため、7、10または15℃で、それぞれ2、4または6時間、4mm Calu3異種移植片腫瘍コアを冷却ホルマリンに入れた。低温浸漬が完了した後、腫瘍を直ちに、45℃の温かいホルマリンに2時間浸漬した。次いで、一晩サイクルにセットされた標準的組織プロセッサ中で、試料をさらにプロセシングした。組織を半分にスライスし、そして組織の端および中央が現れるように、切断面を下にして包埋した。対照組織は、2温度プロトコル(2時間4℃+2時間45℃)で固定された同じ腫瘍の比較片およびRTで24時間固定された腫瘍片からなった。次いで、組織を、Ventana DISCOVERY XT自動化染色装置上、OptiView DAB染色キット(Ventana Medical Systems, Inc.)を用い、1:50希釈の抗pAKT(CST#4060)で染色した。結果を
図1に示す。見て取れるように、4℃および7℃の間にはわずかな相違しかないが、10℃および15℃では明らかな変化が見られた。これは、4℃から数℃高いかまたは低いプロトコルが最適な結果を与えることを示唆する。
【0073】
実施例2:リン酸化タンパク質の保存
Calu3異種移植片腫瘍を採取し、そして10分間未満の低温虚血時間で、実験に使用した。使い捨て生検デバイスを用いて、腫瘍中心を4mm取り、すべての腫瘍がほぼ同サイズであることを確実にした。試料をどのくらい長く低温ホルマリンに入れておけるかを試験するため、Calu3腫瘍片(4mm厚を超えない)を4℃ホルマリンに最長14日間入れた。低温浸漬が完了した後、腫瘍を直ちに45℃で2時間、温かいホルマリンに浸漬した。次いで、一晩サイクルにセットされた標準的組織プロセッサ中で、試料をさらにプロセシングした。組織を半分にスライスし、そして組織の端および中央が現れるように、切断面を下にして包埋した。
【0074】
組織を、DISCOVERY XT自動化染色装置上、OptiView DAB染色キット(Ventana Medical Systems, Inc.)を用い、1:50希釈の抗pAKT(CST#4060)で染色した。この希釈は、Calu3腫瘍およびこの同じ抗体を利用した、いくつかの類似の実験に基づいて、以前選択された。マウス組織由来のバックグラウンド染色を減少させるため、商業的キットにおいて、ウサギのみの型のリンカーで置き換えることによって染色を行った。
【0075】
図2は、ホスホAKTレベルに対する14日間の期間に渡るCalu3異種移植片の4℃プレ浸漬プロセシングを用いた効果を例示する。見て取れるように、すべての試料は、4℃の低温ホルマリン中に最長14日間浸漬した試料において、ロバストな染色を示した。これは、pAKT染色の有意な損失を伴わずに、最長少なくとも14日間、組織を低温ホルマリン中に置き、そして輸送するかまたは保管することが可能であることを示唆する。
【0076】
実施例3:輸送検証
本固定プロセスの実社会適用を立証するため、輸送研究を行った。総数20のCalu−3異種移植片腫瘍および20のヒト扁桃腺腫瘍を収集した。5つのCalu−3腫瘍および5つの扁桃腺試料を1週間で輸送するように、試料は、交互に配置した。試験した輸送スケジュールを、以下の表2に再現する:
【0077】
【表2】
表2
スタイロフォーム遮蔽輸送容器にデータロガーを据え付け、輸送中のパッケージ温度を追跡し、そして凍結挿入物を据え付け、低温を維持した。
【0078】
輸送1
5つのCalu−3腫瘍を各々2試料に分けた。腫瘍の半分を、制御された固定に関する陽性対照として、2+2法によって固定した。腫瘍のもう半分を組織学カセット内に入れ、そしてカセットにラベルして、そしてこれを標本容器内に装填した。午後に到着したヒト扁桃腺試料に関して、その午後にこの処置を反復した。標本容器にデータロガーを付け、そしてより優れた絶縁のため、上部および下部に含有されるスタイロフォームグリッドに入れた。組み立てた後、スタイロフォームブロックを、凍結挿入物を有する、小さいまたはより大きい輸送容器のいずれかに入れた。試料を輸送し、そして受け取った後、組織をさらに2時間、加熱したホルマリンに入れ、一晩でワックスブロックにプロセシングし、そして多様なIHCマーカーに関して染色した。
【0079】
輸送中の標本容器の温度を
図3Aおよび3Bに提示する。温度はパッケージング後に14℃に急上昇し(おそらくデータロガーの温度のため)、そして次の2 1/2時間の間に7℃にゆっくりと低下した(右のグラフ)。ひとたび5℃まで下がると、箱は、温度を安全な範囲で数日維持し、その後、ゆっくりと15℃へドリフトし、この時点で試料を取り除いた。
【0080】
輸送2
輸送2のセットアップは、データロガーを一晩冷蔵庫に入れて冷やすことを除いて、輸送1と本質的に同じであった。試料を輸送1と同一の方式で採取し、そしてデータロガーを冷蔵庫からおよそ10分間取り出した。輸送中の標本容器の温度を
図4に提示する。温度プロファイルからわかるように、2つの温度スパイクが観察され、この時点で試料を採取し、そして輸送容器内に入れた。第一のスパイクは異種移植片採取に相当し、そして第二のスパイクは、扁桃腺試料を採取した数時間後であった。しかし、温度スパイクは7℃の少し上であった。
【0081】
輸送3および4
輸送2および3の間で、収集処置をわずかに修飾して、全収集処置に関して、温度を7℃未満に維持しうるかどうかを決定した。この輸送のため、データロガーは決して冷蔵庫から取り出さず、標本容器のみを出した。例えば、Calu−3腫瘍を小さいバッチで受け取った(一度に2〜3)。対応する数の標本容器を、化学フード下に入れ、そして腫瘍切片を作製し、カセットにラベル付けし、容器の蓋にクリップし、そして5分以内に冷蔵庫に戻した。標本容器を冷却したデータロガー内に直接入れ、そしてデータロガーを開始した。すべての試料をこの方式でプロセシングした際、対応する標本容器を含むデータロガーをフォームパッキングに入れ、そして輸送ボックスに入れた。輸送ボックスは、あらかじめ条件付けされており、そして試料を待っていた。見て取れるように、すべてのデータロガーは、5.5℃未満の温度を記録した。輸送4は、輸送3と本質的に同一であった。
【0082】
輸送試料の染色
ヒト扁桃腺−ヒト扁桃腺試料をヘマトキシリンおよびエオジンで染色して、輸送プロセス全体で何らかの組織形態問題が存在するかどうかを決定した。試料を、2+2固定プロトコルで固定した対照組織に比較した。輸送したすべての扁桃腺試料は、試験したいかなる条件でも、視覚的な欠損を伴わず、優れた形態を有した(上部H&Eパネルを参照されたい)。ヒト扁桃腺組織を、検証データにしたがって、PD−L1、FoxP3およびCD68でもまた染色した。すべての組織を、すべての輸送シナリオで、2+2プロトコルで固定した対象組織と同一に染色した。
図7は、試験した組織サブセットから代表的な染色を示す。さらに、24時間固定と比較した際、輸送試料は、FoxP3陽性細胞の有意により優れた保存を示した。
図8および9を参照されたい。
【0083】
Calu−3 − Calu−3試料をPR、Ki−67、およびリン酸化AKTタンパク質を認識する抗体(CST4060)で染色した。総IHCタンパク質染色(PRおよびKi−67)に関して、結果は、2+2プロトコルで固定した対照試料の間で区別不能であった。輸送条件に関わらず、7℃ゾーンを越える温度を有する輸送1であっても、ロバストな染色は明らかであった。これらの2つのタンパク質は、Calu−3細胞モデルでは高レベルに発現され、そしてわずかに上昇した温度に対して安定であるようである。pAKTに関して染色した際、異なる結果を得た。この不安定なエピトープのレベルは、2+2固定プロトコルを伴う対照に比較して、輸送および温度条件に応じて変化した。輸送1は、最高14℃の初期温度を有し、これは、輸送試料および2+2対照間で多様な染色を導いた。7℃の少し上でピークとなる温度を有する輸送2では、多様であるが、より優れた一貫性が観察された。輸送3および4では、対照に比較してほぼ同一の染色で、より優れた染色一貫性が観察された。
図10は、試験した組織サブセットからの代表的な染色を示す。
図11は、多様な輸送試料および24時間の室温固定対照の間の染色強度の相違を立証する棒グラフである。
【0084】
実施例4:長期の温かい浸漬
Calu3異種移植片を、表3に示すような多様な条件下で、10%NBF中で固定し、そしてH&E染色によって形態に関して評価した。表3において「熱」は、45℃1時間を示す。「冷」は4℃を示す。試料を、+、++、または+++スケールでスコア付けし、この場合、+は劣った形態であり、そして+++は最高の形態である。
【0085】
【表3】
表3
さらに、試料をpAktに関して免疫組織化学的に染色した。結果を
図12A〜12Kに示す。これらの結果は、短時間の低温浸漬であっても、形態または不安定マーカーの許容されない損失を伴わずに、長期間室温保存を可能にすることを立証する。
【0086】
実施例5:核酸の保存(予言的)
核酸(例えばmRNAおよびmiRNA)は、標準的な24時間室温固定に感受性でありうることが以前、立証されてきている。例えばUS 2012−0214195を参照されたい。これを例示するため、2つのmiRNA、miR−21およびmiR−200cの保存を、標準的な24時間室温固定および低温浸漬後、45℃での1時間の固定を用いて評価した。同じヒト扁桃腺臓器の4mm厚片を、室温(21〜24℃)10%中性緩衝ホルマリンに24時間、またはそうでなければ4℃ホルマリンに2時間、その後45℃ホルマリンに1時間(冷/熱)のいずれかに入れた。扁桃腺試料を、各ターゲットに特異的なDNAプローブ配列を用いて、miR−21またはmiR−200cの発現に関して探査した。プローブ配列の適用後、銀検出キットを用いて、VENTANA DISCOVERY XT自動化染色装置上に存在する、結合プローブの検出を行った。冷/熱固定は、試料中の特異的シグナルの量の増加を生じ、miRNA種がよりよく保存されたことが示された。結果を
図13に示す。これらの結果は、RNA分子(例えばmRNAおよびmiRNA)の保存が、組織試料内への固定溶液の拡散を可能にするために十分な期間、低温固定溶液に組織試料を曝露することによって、改善可能であることを示す。したがって、核酸分析が望まれる組織試料を保存するため、上に概略するような固定プロトコルを用いることが提唱される。これを行うための予言的実施例を以下に提供する。
【0087】
組織試料を低温で(例えば固定溶液の凍結点より高いが、10℃未満、例えば2〜7℃、2〜5℃の範囲、または約4℃を含む)、アルデヒドに基づく固定溶液中に浸漬する。アルデヒドに基づく固定溶液の温度を、少なくとも、固定液が組織試料全体に拡散することを確実にするために十分に長く、低温で維持する。拡散を可能にするための時間の最小量は、低温固定液中、多様な時間および温度の組み合わせを用い、そしてin situハイブリダイゼーション法を用いてターゲット核酸の保存に関して生じた組織試料を評価して、実験的に決定可能である。あるいは、拡散を可能にする時間の最小量を、例えばBauerら, 超正確拡散監視およびバイオマーカー保存の最適化のための動的サブナノ秒時間飛行検出(Dynamic Subnanosecond Time-of-Flight Detection for Ultra-precise Diffusion Monitoring and Optimization of Biomarker Preservation), Proceedings of SPIE, Vol. 9040, 90400B−1(2014年3月20日)に概略されるような方法を用いて、拡散を監視することによって、決定可能である。
【0088】
低温固定溶液が組織試料全体に十分に拡散されたら、低温保存(例えば冷蔵庫または氷のバケツ)または周囲温度(すなわち18℃〜28℃の温度)のいずれかで、少なくとも72時間の累積時間の間、保存される。この関連において、「累積時間」は、拡散時間および続く低温または周囲温度の長期間の保存の合計である。試料を低温で保存する場合、固定を可能にするために十分な時間、温かい温度処理(すなわち18℃から最大55℃の温度)に供する。長期間の保存が周囲温度である場合、さらなる温かい温度の処理は不要である。
【0089】
長期保存期間後、組織試料を固定後プロセシングに供して、ターゲット核酸を検出するためのin situハイブリダイゼーションに備える。組織試料を洗浄し(用いた固定液が洗浄工程を要する場合)、アルコール脱水、透明化溶液に供し、そして次いで、標準的な技術にしたがってパラフィンに包埋する。次いで、マイクロトーム上で、包埋した組織の切片を作製し、スライド上に乗せ、そして例えば、自動化IHC/ISHスライド染色装置、例えばVENTANA BENCHMARKまたはVENTANA DISCOVERY自動化染色装置を用い、in situハイブリダイゼーション技術を用いて、ターゲット・メッセンジャーRNA(mRNA)、マイクロRNA(miRNA)、またはDNA分子に関して染色した。