特許第6911510号(P6911510)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6911510
(24)【登録日】2021年7月12日
(45)【発行日】2021年7月28日
(54)【発明の名称】加速試験方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20210715BHJP
   G01N 3/20 20060101ALI20210715BHJP
【FI】
   G01N17/00
   G01N3/20
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-95670(P2017-95670)
(22)【出願日】2017年5月12日
(65)【公開番号】特開2018-194317(P2018-194317A)
(43)【公開日】2018年12月6日
【審査請求日】2020年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003687
【氏名又は名称】東京電力ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100179833
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 将尚
(74)【代理人】
【識別番号】100114937
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 裕幸
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(72)【発明者】
【氏名】深谷 祐一
【審査官】 外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−020873(JP,A)
【文献】 特開2007−147375(JP,A)
【文献】 特開昭62−240838(JP,A)
【文献】 特開2007−101461(JP,A)
【文献】 明石正恒,応力腐食き裂発生過程を近似するためのPoissonランダム過程モデル,材料と環境,日本,腐食防食学会,2010年 9月15日,Vol. 59,312-319
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00
G01N 3/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
応力腐食割れ(SCC)の発生加速試験において、
加速因子となる物質の添加濃度を所定の値に設定した場合に、SCCき裂発生数の空間分布が、ポアソン分布に従うかどうかを判定する工程Aを有することを特徴とする加速試験方法。
【請求項2】
前記SCCの発生加速試験を、すきま付き定ひずみ曲げ試験法を用いて行うことを特徴とする請求項1に記載の加速試験方法。
【請求項3】
前記SCCの発生加速試験の加速因子として、硫酸塩を用いることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の加速試験方法。
【請求項4】
前記工程Aにおいて適正と判定された場合に、ポアソン分布近似法によって推定したき裂発生の累積確率を用いて、SCCき裂発生寿命分布の下界値を算出する工程Bをさらに有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の加速試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力腐食割れを加速させて行う加速試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
沸騰水型原子炉(BWR)の一次冷却水系は、約288℃の純水環境であるが、原子炉の構成材料の種類によっては、応力腐食割れ(SCC)と呼ばれる腐食劣化を起こす場合がある。したがって、このSCCの発生時期や進展速度を正確に予測し、設備の健全性に支障をきたす前に部品の補修や交換をすることが、重要課題の一つとなっている。
【0003】
SCCは、確率的に起こる事象であるため、ある潜伏期間の後に発生する。この潜伏期間は発生寿命と呼ばれている。実際の原子炉におけるSCCの発生寿命は数年から数十年のオーダーであるが、このような長期間にわたる実験を行うことは困難であるため、発生寿命を実験的に評価しようとする場合、加速試験を行わざるを得ない。
【0004】
SCCは、材料因子、応力因子、環境因子が複合的に影響して起こる現象であるため、これらの条件を厳しくすることによって、その発生までの過程を加速することができる。ただし、単に加速すればよいというものではない。条件を厳しくし過ぎると、SCCのメカニズムや確率的性格などが変化するため、実際の原子炉で起こるSCCの発生寿命評価に用いることができない。したがって、SCC発生加速試験においては、SCC発生のメカニズムや確率的性格を変えずに、発生寿命のみを短縮することが求められる。そして、実際の原子炉で起こるSCCの発生寿命が、加速試験によってどの程度短縮しているかについて、加速倍率のような数値で定量的に示される必要がある。
【0005】
SCC発生加速試験法には様々なものがあるが、それらの大半は、加速倍率が不明確であるため、発生寿命の評価に用いる段階に至っていない。ところが、わが国で考案された「すきま付き定ひずみ曲げ試験(CBB試験)法」は、加速倍率に関する検討が進んでおり、発生寿命の評価に適用できる可能性がある。CBB試験法は、試験片に一定のひずみを与えるとともに、グラファイトウールを押し付けることで「人工すきま」を形成させた後、BWRの一次冷却水を模擬した288℃の純水中に一定期間浸漬する方法である。「人工すきま」が形成されていることにより、腐食性が高められた水が試験片に接することとなり、実際の原子炉で起こるSCCと同じメカニズム、かつ同じ確率的性格で、発生寿命を加速できることが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】明石正恒、「材料と環境」、Vol.59、pp.312-319、(2010)
【非特許文献2】M. Akashi、"Localized Corrosion-Current Japanese Materials Research,"、Vol.4、Soc. Mat. Sci. Jap., Elsevier Applied Science、pp.175-196(1988)
【非特許文献3】M. Akashi, G. Nakayama、ASTM STP-1298、pp.150-164(1997)
【非特許文献4】明石正恒、第150回腐食防食シンポジウム資料、腐食防食協会、pp.54-73 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
1960〜70年代に製造された原子炉の構成材料の一つとして使用されていたSUS304ステンレス鋼材の場合、上記CBB試験法を用いて、数時間〜数百時間でSCCを発生させ、SCC発生寿命予測が行われた例がある。
【0008】
しかしながら、現代の原子炉の構成材料に使用されているニッケル基合金等の高耐食性材料の場合、上述のCBB試験をもってしても、SCC発生までに数年から数十年かかる。さらに、現代の原子炉は、水素注入や貴金属注入などの水化学法によるSCC抑制処理が行われる場合が多いため、構成材料によらず、SCC発生寿命が長期化しており、既往の加速試験を利用した発生寿命評価が難しい状況となっている。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、実際の原子炉で発生するSCCのメカニズムや確率的性格を変えずに、SCCを実際よりも短い時間で発生させ、SCC発生寿命を正しく評価する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
一般的には、材料因子、応力因子、環境因子などの加速因子を高めるほど、SCCの発生過程を加速する効果が高まると考えられているが、加速されたSCCのメカニズムや確率的性格が変化する状況は想定されていなかった。そのため、加速試験によるSCCの確率的性格が、実際の設備で起こるSCCの確率的性格と整合しているかどうかを判定する動機は生じ得ない状況であった。
【0011】
そうした状況下において、本発明者が鋭意検討を重ねた結果、特定の加速試験条件で得られたSCCの確率分布は、実際の設備で起こるSCCの確率分布として知られるポアソン分布(非特許文献1)と整合しないことが明らかとなった。すなわち、加速試験による結果が、ポアソン分布に従うかどうかを判定することにより、実際の設備のSCC発生寿命に関する正しい評価を行えることが分かった。本発明は、以下の手段を提供する。
【0012】
(1)本発明の一態様に係る加速試験方法は、SCCの発生加速試験において、SCCき裂発生数の分布が、ポアソン分布に従うかどうかを判定する工程Aを有する。
【0013】
(2)前記(1)に記載の加速試験方法において、前記SCCの発生加速試験を、すきま付き定ひずみ曲げ試験法を用いて行うことが好ましい。
【0014】
(3)前記(1)または(2)のいずれかに記載の加速試験方法において、前記SCCの発生加速試験の加速因子として、硫酸塩を用いることが好ましい。
【0015】
(4)前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の加速試験方法において、前記工程Aにおいて適正と判定された場合に、ポアソン分布近似法によって推定したSCCき裂発生の累積確率を用いて、SCCき裂発生寿命分布の下界値を算出する工程Bをさらに有することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の加速試験方法は、加速試験により発生したSCCが実際の設備で起こるSCCを模擬し得るものであるかどうかについて、判定する工程を有している。したがって、この工程での判定結果に基づいて、加速因子に関する適正な条件を見出すことができ、その条件で加速試験を行うことができる。すなわち、実際の設備で発生するSCCとメカニズムや確率的性格が同じSCCを発生させることになるため、実際の設備のSCC発生寿命について正確に評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の加速試験に用いる試験治具の側面図である。
図2】(a)、(b)本発明の実施例に係る、SCCき裂発生数の度数分布と理論度数曲線とを比較するグラフである。
図3】(a)、(b)本発明の実施例に係る、SCCき裂発生数の度数分布と理論度数曲線とを比較するグラフである。
図4】本発明の実施例に係る、硫酸塩の添加濃度とSCCき裂発生寿命との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を適用した実施形態に係る加速試験方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0019】
本発明の一実施形態に係る加速試験方法は、一例として、原子炉の構成材料のSCC発生までの過程を加速させて行う加速試験に関するものであり、加速試験により発生したSCCが実際の設備で起こるSCCを模擬し得るものであるかどうかについて、判定する工程を有することを特徴としている。SCC発生過程の加速は、例えば、すきま付き定ひずみ曲げ試験(Creviced bent-beam test:以下ではCBB試験という)法を用いて行う。
【0020】
まず、CBB試験法について説明する。図1は、試験片Sをセットした状態のCBB試験治具100の構成を模式的に示す側面図である。CBB試験治具100は、平板状の試験片Sを挟む一対の固定部材101、102からなる。試験片Sとしては、例えば、ステンレス鋼、ニッケル基合金、低合金鋼等からなるものが挙げられる。いずれも、原子炉の構成材料として用いられており、原子炉のSCCの加速試験として用いることができる。
【0021】
一方(図1では上方)の固定部材101は、試験片Sと対向する部分が内側に窪んでいる。他方(図1では下方)の固定部材102は、試験片Sと対向する部分が外側に突出している。したがって、試験片Sは、一方の固定部材101側に凸になるように沿った状態で挟まれ、曲げ応力が加わった状態となる。
【0022】
試験片Sと固定部材101との間には、グラファイトファイバーウール(GFW)等からなる多孔部材103と間隙維持部材(スペーサ)104が挟まれており、所定の間隙の人工すきまが形成されている。この人工すきまは、すきま内部への不純物濃縮を促進し、材料に接する水の腐食性を高めるという作用を有している。
【0023】
2つの固定部材101、102は、ねじ105で固く締結される。
【0024】
CBB試験は、試験片Sをセットした状態のCBB試験治具100を、オートクレーブ内に静置し、純水に対して腐食の加速因子となる物質を所定の濃度となるように調製した、高温(288℃程度)の試験水を通水して行う。加速因子となる物質としては、例えば、酸素、硫酸塩、塩化物等を用いることができる。
【0025】
加速因子となる物質として酸素を用いる場合、例えば窒素と酸素の混合ガスを吹き込む。また、加速因子となる物質として硫酸塩を用いる場合、例えば硫酸ナトリウム(NaSO)溶液等を試験水に添加する。
【0026】
次に、当該加速試験により発生したSCCが、ポアソン分布に従っているかどうかの判定方法について説明する。所定時間の通水を行った後に、CBB試験治具100から試験片Sを取り出し、より曲率の大きな治具で曲げ加工を行うことにより、発生したSCCき裂(クラック)の開口処理を行い、き裂の位置や個数などの空間的な分布を計測する。
【0027】
ポアソン分布に従って単位時間当たり平均λ回発生する事象が、単位時間にm回発生する確率p(m)は、下記の式(1)で与えられる。例えば非特許文献2〜4において報告されているように、高温高純度水や海水などの様々な環境におけるSCCき裂発生数の空間分布のヒストグラムの概形が、この式(1)のp(m)に区画数を乗じて計算される度数分布曲線(ポアソン分布)の概形と略一致することが知られている。
【0028】
【数1】
【0029】
このことを踏まえ、SCCの発生加速試験を行った後に、発生したSCCが実際の設備で起こるSCCを模擬できているかどうかの判定を、ポアソン分布を利用して行う。具体的には、試験片SにおけるSCCき裂発生数の空間分布がポアソン分布に従うかどうかで判定する(工程A)。つまり、実測によるSCCき裂発生数の度数分布の形状とポアソン分布の度数分布の形状とが、略一致する場合に「従う」と判定し、明らかに異なる場合に「従わない」と判定する。
【0030】
つまり、加速試験によるSCCき裂発生数分布がポアソン分布に従う場合には、実際の設備で起こるSCCを模擬できており、加速因子となる物質の添加濃度が適正であると判定する。反対に、加速試験によるSCCき裂発生数分布がポアソン分布に従わない場合には、実際の設備で起こるSCCを模擬できておらず、加速因子となる物質の添加濃度が適正でないと判定する。
【0031】
次に、SCCき裂発生寿命の算出方法について説明する。SCCき裂発生の空間分布がポアソン分布に近似できる場合、SCCき裂発生の時間分布もポアソン確率過程に近似できる。この場合、SCCき裂発生寿命の分布は、指数分布に近似できることがわかっている。誘導期間を導入した一般化指数分布の累積分布関数は下記の式(2)で与えられる。
【0032】
【数2】
【0033】
ここで、位置母数aは分布の下界値を表し、尺度母数θは分布の標準偏差を表す。規準化変数yを下記の式(3)で定義すると、累積確率との関係は下記の式(4)で与えられる。
【0034】
【数3】
【0035】
【数4】
【0036】
一般に、ポアソン分布によるSCCき裂の空間分布解析は、深さ50μm以上のSCCき裂に対して行われている。これは、深さ50μm未満のSCCき裂は進展性をもたないと考えられているためである。試験時間tのCBB試験において、N枚の試験片Sにおける深さ50μm以上の進展性き裂発生総数をM50とすると、試験片Sの1枚あたりの累積故障率λ50は下記の式(5)で与えられる。
【0037】
【数5】
【0038】
(1)式でm=0の場合の確率p(0)は試験時間tにおける信頼度R(t)に相当し、これを用いると、試験時間tにおける当該事象生起の累積確率F(t)は、下記の式(6)で与えられる。
【0039】
【数6】
【0040】
したがって、(4)式と(6)式の対比から、SCCき裂発生寿命の指数分布における規準化変数yを、SCCき裂発生分布における試験片1枚あたりの累積故障率λ50から推定することができる。すなわち、下記の式(7)の関係が成り立つ。
【0041】
【数7】
【0042】
上記の式(3)において、SCCき裂発生寿命の指数分布近似における両分布母数比をs=θ/a、試験時間をtとすると、寿命分布下界値aestは下記の式(8)で推定される。
【0043】
【数8】
【0044】
材質や環境条件が同一である場合、sは試験時間によらず一定になると考えられている。したがって、加速因子となる物質の添加濃度が、工程Aにおいて適正と判定されるような条件下で試験時間tTのSCC発生加速試験(CBB試験)を行い、試験後の試験片Sに発生したSCCき裂の空間分布解析結果から、(7)式を用いて基準化変数yを求める。こうして得られたtTとyを式8に代入することにより、SCCき裂発生寿命の下限値aestを算出する(工程B)。SCCき裂発生寿命の下限値aestは、SCCき裂が発生する確率がゼロである期間を表すため、当該の加速条件下で、試験片Sと同じ材料にSCCき裂が発生しない期間を定量的に定めることができる。さらに、この下限値aestに、SCC発生加速試験の加速倍率を掛け合わせることにより、実際の設備にSCCき裂が発生しない期間を定量的に定めることができる。
【0045】
以上のように、本実施形態に係る加速試験方法は、加速試験により発生したSCCが実際の設備で起こるSCCを模擬し得るものであるかどうかについて、判定する工程Aを有している。したがって、この工程Aでの判定結果に基づいて、加速因子に関する適正な条件を見出すことができ、その条件で加速試験を行うことができる。すなわち、実際の設備で発生するSCCとメカニズムや確率的性格が同じSCCを発生させることになるため、工程Bとして、実際の設備のSCC発生寿命について正確に評価することが可能となる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0047】
上述した実施形態に沿って、加速因子の物質として酸素と硫酸塩を用い、原子炉の構成材料のSCC発生過程を加速させる実験を行った。
【0048】
まず、原子炉の構成材料の一例として、下記の化学成分を含む、市販のSUS304(60×150×300mm)を供試材として準備した。
[化学成分(mass%)]
C:0.049、Si:0.41、Mn:0.83、P:0.029、
S:0.005、Ni:8.11、Cr:18.12
【0049】
上記供試材から、60×15×65mmのブロックを、複数個切り出した。切り出したブロックに対して、1100℃で1時間加熱した後に水冷する固溶化熱処理を行い、続いて、620℃で24時間加熱した後に空冷する鋭敏化処理を行った。
【0050】
次に、機械加工により、2×10×50mmの平板状の試験片Sを採取し、SiC耐水研磨紙600番まで湿式研磨した。任意の試験片Sの3枚について、JISG0580:2003に規定される電気化学的再活性化率を測定したところ、測定値(Rm=100×i/i)の平均値は27.5%であった。ここで、iとiは、それぞれ復路と往路の活性態における最大アノード電流密度である。また、JIS G0551:2013にしたがって評価したところ、試験片Sの断面の結晶粒度番号はG=6.2であり、平均結晶粒径はd=0.0412mmであった。
【0051】
図1に示す試験治具を用いて、試験片Sに1%のひずみと人工すきまを付与した。すきま形成材に用いたグラファイト・ファイバー・ウール(GFW)は、SGL社製SIGRATHERM Type GFA3で、製品厚さが3mm、目付け量が300g・m−2、炭素含有率が99.9%以上であった。間隙維持材によりすきま間隙を0.2mmに調整したため、試験中のすきま形成材の見かけの密度(=目付け量/間隙維持材厚さ)は1.5g・cm−3であった。なお、GFWとしては、288℃の高温高純度水中に24時間予備浸漬したものを用いた。
【0052】
1条件あたり7つの試験片Sを、容積60Lのオートクレーブ内に静置し、溶存酸素濃度と硫酸塩濃度を調整した288℃の試験水を、流速60L/hで通水した。溶存酸素濃度は、窒素―酸素混合ガス吹き込みにより、8ppm(常温)となるように調整した。試験水中の硫酸塩濃度の調整は、硫酸ナトリウム(NaSO)溶液を試験水に添加することにより実施した。具体的には次の手順で行った。
【0053】
まず、試験水中のSO2−濃度設定値[SO2−を、それぞれ0ppb(純水)、30ppb、100ppb、300ppb、500ppbの5種類とした。次に、試験水溶液をH、OH、Na、SO2−のみからなるpH=7の希薄溶液と仮定し、各イオンの当量と極限当量電気伝導率から、各試験水の電気伝導率設定値κestを計算した。CBB試験中のオートクレーブ入口側の電気伝導率測定値κobsが、常に設定値κestに維持されるように、NaSO溶液の添加量を継続的に調整した。
【0054】
試験水の通水から240時間が経過したら、CBB試験治具100を取り出し、解体して試験片Sを取り出した。取り出した試験片Sを、より曲率の大きな治具(1.5%ひずみ)で曲げ加工することにより、この試験片Sに発生したSCCき裂の開口処理を行った。これは、SCCき裂を観察しやすくするための措置である。続いて、試験片の長手方向の中央断面のうち、両端部各5mmを除外した長さ40mmの部分を5mm幅の8区画に分割し、光学顕微鏡により深さ50μm以上のき裂の個数および位置(分布)を計測した。ここで、試験1回あたりの試験片数は7枚であるため、7枚×8区画=56区画に対して、各区画におけるSCCき裂発生数を調べたことになる。
【0055】
240時間の試験時間中、5分おきに計測したκobsの最頻値を表1に示す。また、このκobs値から極限当量電気伝導率を用いて逆算したSO2−濃度の推定値[SO2−estも表中に併記する。κobsおよび[SO2−estは、それぞれ設定値であるκestおよび[SO2−とよく一致しており、電気伝導率が目標どおり制御できていることを確認した。以後の解析では、特に断らない限り,電気伝導率とSO2−濃度として、κobsおよび[SO2−estの値を用いた。
【0056】
【表1】
【0057】
図2(a)、(b)、図3(a)、(b)は、それぞれ、SO2−の添加濃度を30ppb、100ppb、300ppb、500ppbとした場合の、測定対象56区画におけるSCCき裂発生数の度数分布(ヒストグラム)と、ポアソン確率過程の確率密度関数から計算される理論度数分布曲線A(m)と、を比較するグラフである。横軸は深さ50μm以上の進展性き裂数M50を示し、縦軸は各進展性き裂数の発生度数を示している。例えば、図2(a)のヒストグラムは、56区画のうち、き裂発生数ゼロ個が48区画、1個が5区画、2個が2区画、3個が1区画であったことを示している。一方、理論度数分布曲線A(m)は、上記の式(1)で示されるp(m)に対し、測定対象区画の数56を乗じて計算されるものである。
【0058】
図2(a)、(b)では、SCCき裂発生数のヒストグラムが、理論度数分布曲線A(m)の概形とほぼ一致しており、ポアソン分布に従っていることから、SO2−の添加濃度を30ppb、100ppbとした場合のSCCは、実際の設備で起こるSCCを模擬できていると考えられる。したがって、加速因子となる材料の添加濃度30ppb、100ppbは適正であると判定することができる。
【0059】
図3(a)、(b)では、SCCき裂発生数のヒストグラムが、理論度数分布曲線A(m)の概形と明らかに異なっており、ポアソン分布に従っていないことから、SO2−の添加濃度を300ppb、500ppbとした場合のSCCは、実際の設備で起こるSCCを模擬できていないと考えられる。したがって、加速因子となる材料の添加濃度300ppb、500ppbは不適正であると判定することができる。
【0060】
上記の式(5)を用いて、SO2−の添加濃度[SO2−]を0ppb、30ppb、100ppbとした場合の累積故障率λ50を表1に示されるように算出し、さらに、それぞれの累積故障率λ50の数値を、式(8)に代入してき裂発生寿命分布下界値aestを算出した。この際、両分布母数比のsは、同じ鋭敏化304ステンレス鋼の、高温高純度水中でのき裂発生寿命分布解析例における報告値であるs=2.69を引用した。
【0061】
図4は、SO2−の添加濃度[SO2−]とSCCき裂発生寿命分布下界値aestの関係を示すグラフである。図中の曲線は、aestが[SO2−]の逆数に比例すると仮定して、最小二乗法近似により求めたものである。グラフから、[SO2−]=0(ppb)(無添加)の場合の寿命分布下界値aestが173時間であるのに対して、[SO2−]=100ppbの場合の寿命分布下界値aestは、約9時間と推定される、すなわち、き裂発生寿命を約1/20まで短縮できている。
【0062】
米国のBWR配管系における鋭敏化304ステンレス鋼のSCC解析事例において、き裂発生寿命分布下界値として5825.4時間(0.665年)という値が報告されている。原子力発電所の運転期間最大値としての60年間にSCCが発生しないことを保証する場合、代替材料には鋭敏化304ステンレス鋼の100倍程度のき裂発生寿命分布下界値が求められる。一方、図4では、[SO2−]=0(ppb)における鋭敏化304ステンレス鋼の寿命分布下界値173時間を評価するために、240時間のCBB試験を要している。したがって、上述の代替材料に対しては、100倍×240時間=24000時間のCBB試験が必要となるが、法令上の理由で1年(8760時間)以上の実験が困難な我が国においては容易ではない。しかし、本発明である硫酸塩の添加によりき裂発生寿命を1/20まで短縮できるとすれば、必要なCBB試験時間は1200時間となり、十分に実現可能な水準となる。
【0063】
上述したように、[SO2−]=0〜100(ppb)の範囲でのCBB試験で発生するSCCは、実際の設備で起こるSCCを模擬できている。すなわち、従来の純水条件でのCBB試験に対して、適切な濃度の酸素と硫酸塩を添加することで、SCCが発生するまでに60年かかるような高耐食性材料のき裂発生寿命分布下界値を、1200時間程度の実験室試験で評価できるようになる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
所定の構造物が水に接する環境において、その構造物の応力腐食割れの発生時期、進展速度を予想する場合に、広く活用することができる。
【符号の説明】
【0065】
100・・・CBB試験治具
101、102・・・固定部材
103・・・多孔部材
104・・・間隙維持部材
105・・・ねじ
S・・・試験片
図1
図2
図3
図4