【0044】
材質や環境条件が同一である場合、sは試験時間によらず一定になると考えられている。したがって、加速因子となる物質の添加濃度が、工程Aにおいて適正と判定されるような条件下で試験時間t
TのSCC発生加速試験(CBB試験)を行い、試験後の試験片Sに発生したSCCき裂の空間分布解析結果から、(7)式を用いて基準化変数yを求める。こうして得られたt
Tとyを式8に代入することにより、SCCき裂発生寿命の下限値a
estを算出する(工程B)。SCCき裂発生寿命の下限値a
estは、SCCき裂が発生する確率がゼロである期間を表すため、当該の加速条件下で、試験片Sと同じ材料にSCCき裂が発生しない期間を定量的に定めることができる。さらに、この下限値a
estに、SCC発生加速試験の加速倍率を掛け合わせることにより、実際の設備にSCCき裂が発生しない期間を定量的に定めることができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0047】
上述した実施形態に沿って、加速因子の物質として酸素と硫酸塩を用い、原子炉の構成材料のSCC発生過程を加速させる実験を行った。
【0048】
まず、原子炉の構成材料の一例として、下記の化学成分を含む、市販のSUS304(60×150×300mm
3)を供試材として準備した。
[化学成分(mass%)]
C:0.049、Si:0.41、Mn:0.83、P:0.029、
S:0.005、Ni:8.11、Cr:18.12
【0049】
上記供試材から、60×15×65mm
3のブロックを、複数個切り出した。切り出したブロックに対して、1100℃で1時間加熱した後に水冷する固溶化熱処理を行い、続いて、620℃で24時間加熱した後に空冷する鋭敏化処理を行った。
【0050】
次に、機械加工により、2×10×50mm
3の平板状の試験片Sを採取し、SiC耐水研磨紙600番まで湿式研磨した。任意の試験片Sの3枚について、JISG0580:2003に規定される電気化学的再活性化率を測定したところ、測定値(Rm=100×i
r/i
a)の平均値は27.5%であった。ここで、i
rとi
aは、それぞれ復路と往路の活性態における最大アノード電流密度である。また、JIS G0551:2013にしたがって評価したところ、試験片Sの断面の結晶粒度番号はG=6.2であり、平均結晶粒径はd=0.0412mmであった。
【0051】
図1に示す試験治具を用いて、試験片Sに1%のひずみと人工すきまを付与した。すきま形成材に用いたグラファイト・ファイバー・ウール(GFW)は、SGL社製SIGRATHERM Type GFA3で、製品厚さが3mm、目付け量が300g・m
−2、炭素含有率が99.9%以上であった。間隙維持材によりすきま間隙を0.2mmに調整したため、試験中のすきま形成材の見かけの密度(=目付け量/間隙維持材厚さ)は1.5g・cm
−3であった。なお、GFWとしては、288℃の高温高純度水中に24時間予備浸漬したものを用いた。
【0052】
1条件あたり7つの試験片Sを、容積60Lのオートクレーブ内に静置し、溶存酸素濃度と硫酸塩濃度を調整した288℃の試験水を、流速60L/hで通水した。溶存酸素濃度は、窒素―酸素混合ガス吹き込みにより、8ppm(常温)となるように調整した。試験水中の硫酸塩濃度の調整は、硫酸ナトリウム(Na
2SO
4)溶液を試験水に添加することにより実施した。具体的には次の手順で行った。
【0053】
まず、試験水中のSO
42−濃度設定値[SO
42−]
0を、それぞれ0ppb(純水)、30ppb、100ppb、300ppb、500ppbの5種類とした。次に、試験水溶液をH
+、OH
−、Na
+、SO
42−のみからなるpH=7の希薄溶液と仮定し、各イオンの当量と極限当量電気伝導率から、各試験水の電気伝導率設定値κ
estを計算した。CBB試験中のオートクレーブ入口側の電気伝導率測定値κ
obsが、常に設定値κ
estに維持されるように、Na
2SO
4溶液の添加量を継続的に調整した。
【0054】
試験水の通水から240時間が経過したら、CBB試験治具100を取り出し、解体して試験片Sを取り出した。取り出した試験片Sを、より曲率の大きな治具(1.5%ひずみ)で曲げ加工することにより、この試験片Sに発生したSCCき裂の開口処理を行った。これは、SCCき裂を観察しやすくするための措置である。続いて、試験片の長手方向の中央断面のうち、両端部各5mmを除外した長さ40mmの部分を5mm幅の8区画に分割し、光学顕微鏡により深さ50μm以上のき裂の個数および位置(分布)を計測した。ここで、試験1回あたりの試験片数は7枚であるため、7枚×8区画=56区画に対して、各区画におけるSCCき裂発生数を調べたことになる。
【0055】
240時間の試験時間中、5分おきに計測したκ
obsの最頻値を表1に示す。また、このκ
obs値から極限当量電気伝導率を用いて逆算したSO
42−濃度の推定値[SO
42−]
estも表中に併記する。κ
obsおよび[SO
42−]
estは、それぞれ設定値であるκ
estおよび[SO
42−]
0とよく一致しており、電気伝導率が目標どおり制御できていることを確認した。以後の解析では、特に断らない限り,電気伝導率とSO
42−濃度として、κ
obsおよび[SO
42−]
estの値を用いた。
【0056】
【表1】
【0057】
図2(a)、(b)、
図3(a)、(b)は、それぞれ、SO
42−の添加濃度を30ppb、100ppb、300ppb、500ppbとした場合の、測定対象56区画におけるSCCき裂発生数の度数分布(ヒストグラム)と、ポアソン確率過程の確率密度関数から計算される理論度数分布曲線A(m)と、を比較するグラフである。横軸は深さ50μm以上の進展性き裂数M
50を示し、縦軸は各進展性き裂数の発生度数を示している。例えば、
図2(a)のヒストグラムは、56区画のうち、き裂発生数ゼロ個が48区画、1個が5区画、2個が2区画、3個が1区画であったことを示している。一方、理論度数分布曲線A(m)は、上記の式(1)で示されるp(m)に対し、測定対象区画の数56を乗じて計算されるものである。
【0058】
図2(a)、(b)では、SCCき裂発生数のヒストグラムが、理論度数分布曲線A(m)の概形とほぼ一致しており、ポアソン分布に従っていることから、SO
42−の添加濃度を30ppb、100ppbとした場合のSCCは、実際の設備で起こるSCCを模擬できていると考えられる。したがって、加速因子となる材料の添加濃度30ppb、100ppbは適正であると判定することができる。
【0059】
図3(a)、(b)では、SCCき裂発生数のヒストグラムが、理論度数分布曲線A(m)の概形と明らかに異なっており、ポアソン分布に従っていないことから、SO
42−の添加濃度を300ppb、500ppbとした場合のSCCは、実際の設備で起こるSCCを模擬できていないと考えられる。したがって、加速因子となる材料の添加濃度300ppb、500ppbは不適正であると判定することができる。
【0060】
上記の式(5)を用いて、SO
42−の添加濃度[SO
42−]を0ppb、30ppb、100ppbとした場合の累積故障率λ
50を表1に示されるように算出し、さらに、それぞれの累積故障率λ
50の数値を、式(8)に代入してき裂発生寿命分布下界値a
estを算出した。この際、両分布母数比のsは、同じ鋭敏化304ステンレス鋼の、高温高純度水中でのき裂発生寿命分布解析例における報告値であるs=2.69を引用した。
【0061】
図4は、SO
42−の添加濃度[SO
42−]とSCCき裂発生寿命分布下界値a
estの関係を示すグラフである。図中の曲線は、a
estが[SO
42−]の逆数に比例すると仮定して、最小二乗法近似により求めたものである。グラフから、[SO
42−]=0(ppb)(無添加)の場合の寿命分布下界値a
estが173時間であるのに対して、[SO
42−]=100ppbの場合の寿命分布下界値a
estは、約9時間と推定される、すなわち、き裂発生寿命を約1/20まで短縮できている。
【0062】
米国のBWR配管系における鋭敏化304ステンレス鋼のSCC解析事例において、き裂発生寿命分布下界値として5825.4時間(0.665年)という値が報告されている。原子力発電所の運転期間最大値としての60年間にSCCが発生しないことを保証する場合、代替材料には鋭敏化304ステンレス鋼の100倍程度のき裂発生寿命分布下界値が求められる。一方、
図4では、[SO
42−]=0(ppb)における鋭敏化304ステンレス鋼の寿命分布下界値173時間を評価するために、240時間のCBB試験を要している。したがって、上述の代替材料に対しては、100倍×240時間=24000時間のCBB試験が必要となるが、法令上の理由で1年(8760時間)以上の実験が困難な我が国においては容易ではない。しかし、本発明である硫酸塩の添加によりき裂発生寿命を1/20まで短縮できるとすれば、必要なCBB試験時間は1200時間となり、十分に実現可能な水準となる。
【0063】
上述したように、[SO
42−]=0〜100(ppb)の範囲でのCBB試験で発生するSCCは、実際の設備で起こるSCCを模擬できている。すなわち、従来の純水条件でのCBB試験に対して、適切な濃度の酸素と硫酸塩を添加することで、SCCが発生するまでに60年かかるような高耐食性材料のき裂発生寿命分布下界値を、1200時間程度の実験室試験で評価できるようになる。