(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
植物の生長には16種類の必須元素がある。その中でもリン・カリウム・窒素は最も不足しがちな3要素と言われている。現代の食糧生産は肥料としてこれら必須元素を土壌に投入し続けることによって維持されている。中でもリンは人類の生命活動はもちろん、地球上の生命の存続に不可欠な重要な元素である。さらにリンは難燃剤・金属の表面処理剤や洗浄剤・工業用触媒・食品添加物・農薬・殺虫剤・乾燥剤・半導体などにも使用され、工業的にも非常に重要な元素である。
【0003】
リン酸は現在乾式法と湿式法の2種類の方法によって製造されている。
乾式法は、リン鉱石とケイ石・コークスを混合し、電気炉において1300〜1500℃まで加熱し溶融還元された黄リン(P
4)のガスを冷却捕集する。その後黄リンを酸素と反応させP
2O
5とし、さらに水(H
2O)と反応させてリン酸(H
3PO
4)を得る方法である。乾式法では高純度なリン酸が得られるが大量のエネルギーを要する。現在、リンの生産国はアメリカ・中国・ベトナム・カザフスタンの4カ国に限られ、日本は毎年1.5〜2万トンの黄リンを輸入している。
【0004】
湿式法はリン鉱石と硫酸を反応槽に入れ、加熱反応させることによりリン酸を溶出させ石膏と分離して直接リン酸を製造する方法である。湿式法では、金属成分が多く含まれるとリン酸の生成及び濃縮が難しくなる。リン酸の純度や濃縮率は原料リン鉱石の品位に依存し、さらにリン酸製造量の約5倍の石膏が副産物として発生する。さらに低品位のリン鉱石には有害重金属や天然放射性物質が含まれ環境汚染を引き起こす恐れがある。環境汚染を起こさず高純度のリン酸を生産することが可能な高品位リン鉱石はすでに枯渇が進行しつつある。
以上のように、リンは代替性がない非常に重要な元素であり、そのリサイクルによる循環サイクルもないため、石油・天然ガス等の化石燃料と並ぶ有限な資源としてその枯渇に対しては真剣に考慮しなければならない。
リンの国内生産及び資源の安定供給のためには黄リン(P
4)の生産技術の革新は急務である。
【0005】
そこで、従来のリン鉱石から黄リン(P
4)を製錬しリン酸にしてから利用するという流れに対し、リン酸(H
3PO
4、H
3PO
3)からの黄リン(P
4)への変換が注目される。リン酸から黄リンへの還元であれば不純物の多い鉱石を溶融する必要がなく、より低温での還元が可能と考えられ、必要な電力エネルギーを大幅に削減できる。このリン酸(H
3PO
4、H
3PO
3)からの黄リン(P
4)への変換による新たな黄リン生成プロセスが確立されれば、製錬コストの大幅な削減が見込め、また国内での製造が実現する可能性がある。さらに、下水汚泥中や鉄鋼スラグ中のリン成分を回収し還元・回収することが可能になれば国内でのリン成分の循環サイクルが発生し、国内での一定量の自給、リン鉱石の枯渇対策にもつながる。
【0006】
米国特許第6207024号公報(特許文献1)には、下記反応式(1)に従うリン酸を炭素還元するリンの製造法が提案されている。
4H
3PO
4+16C→6H
2+16CO+P
4 (1)
特許文献1では、リン酸と炭素の混合物にマイクロ波を当てて430〜650℃の温度で加熱することにより還元が可能としているが、具体的開示はリン酸と還元剤である炭素の混合物の質量減少分を示すにとどまり生成物の分析はされておらず、還元で黄リンが得られた証拠は記載されていない。
【0007】
特開2000−247616号公報(特許文献2)は、廃棄物中に含まれる燐化合物と炭素源とを含む粒状物を形成する造粒手段、前記造粒手段から供給される前記粒状物を還元性雰囲気下で加熱して気化されたリンを含む高温ガスを発生させる加熱炉、及び前記高温ガスから前記気化されたリンを黄リン或いはリン酸として回収するリン回収手段を備えた廃棄物からリンを回収する設備と方法を開示するが、原料中のリン酸を気化させて炭素源で還元することについては記載されていない。
【0008】
WO2010/029570号公報(特許文献3)は、黒鉛製の円筒状反応器を用い、まずリン酸と炭素粉末との混合物を反応器に入れ、混合物の上にさらに反応温度まで予熱した炭素粉末を添加し、加熱を反応器の上部から下方向に行うことにより、炭素とリン酸の反応効率を上げ、生成したリンを水中に導き回収する方法が提案されている。反応は850℃で開始し、85%リン酸68gと炭素粉末100gから8.7gのリンを回収している。特許文献3にも原料中のリン酸を気化させて炭素源で還元することについての記載はない。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のリンの製造方法は、非酸化雰囲気下でリン酸を加熱してリンを含む高温ガスを発生させ、リンを含む高温ガスを炭素材と接触させ反応させることを特徴とする。ここで、リン酸を加熱する温度は、200℃以上、好ましくは200〜500℃の範囲がよく、また、リンを含む高温ガスを炭素材と接触させる温度は、630℃以上、好ましくは730℃以上であり、さらに好ましくは630℃〜1000℃の範囲(P
CO=0.1atm条件下)または730℃〜1000℃(P
CO=1atm)の範囲であり、望ましくは800〜1000℃の範囲がよい。リン酸を加熱する温度が200℃未満だと、リン酸がガス化せず、本発明のリンの製造方法では好ましくない。また、リンを含む高温ガスを炭素材と接触させる温度が630℃未満だと生成物のリンが生成しにくくなる。
本発明のリンの製造方法において使用されるリン酸(次式の誘導体を総称して指すことがある。)は、H
n+2P
nO
3n+1の示性式で表される化合物が使用できる。式H
n+2P
nO
3n+1を例示すると、n=1のオルトリン酸、n=2のピロリン酸(二リン酸)、n=3のトリポリリン酸(三リン酸)またはcyclo−三リン酸、n=4のテトラポリリン酸(四リン酸)が挙げられる。nがさらに大きなリン酸化合物はリン酸ポリマーと俗称され、学術的にはメタリン酸(またはポリリン酸)とも呼ばれる。nが2以上のリン酸は、複数のオルトリン酸が縮合してH
2Oを脱水して生成する。詳細な脱水反応は後述する。
【0016】
また、本発明で使用されるリン酸は、リン酸と水以外の不純物を含んでいてもよい。例えば、本発明のリンの製造方法では、鉄鋼業から得られる製鋼スラグから酸で浸出して得られる粗リン酸及び/または粗亜リン酸が使用できる。例えば、粗リン酸及び/または粗亜リン酸の浸出液Aとしては、CaO−SiO
2−Fe
2O
3−8%P
2O
5−MgO系スラグをK
2O改質しpH=6でクエン酸浸出したもの、浸出液Bとしては、CaO−SiO
2−Fe
2O
3−8%P
2O
5−MgO系スラグをNa
2O改質しpH=6でクエン酸浸出したもの、浸出液CとしてはCaO−SiO
2−Fe
2O
3−3%P
2O
5−MgO−MnO−Al
2O
3系スラグをpH=3で硝酸浸出したものを例示できる。
一方、本発明において使用される炭素材は、リン酸を還元できる炭素材なら何でもよく、例えば公知の黒鉛(グラファイト)、無定形炭素、ダイヤモンドから選ばれる。無定形炭素には、カーボンブラック、ダイヤモンドライクカーボン、石炭、コークス、すす等が挙げられる。また炭素材の形態としては、粉末または多孔質の炭素材成形物が使用される。
【0017】
ところで、リン酸と炭素との反応からリンを工業的に製造するにはプロセス的に多くの固有な問題があり、例えばリン酸が加熱されるとピロリン酸が生成し次いでメタリン酸に転化され、そのメタリン酸が高温では昇華性が高いので、炭素とリン酸を反応させるのが難しいとされる(特許文献3、2頁、第2パラグラフ)。また、リン酸は典型的にいくつかの水を含んでいるためにリン酸と炭素と反応させると、H
2O+C→H
2+COに従い、水が減少して水素とCOが生成してしまう(特許文献1、カラム2欄、47〜52行)。そこで、発明者らはリン酸からポリリン酸(明細書中リン酸ポリマーともいう。)の複雑な熱挙動を以下のように調べた。
【0018】
[1]リン酸の熱挙動実験
リン酸はH
2Oを含んでおり、最も純度の高い物でも85wt%程度である。さらにリン酸H
3PO
4は加熱によって容易に脱水やポリマー化(メタリン酸)を起こし、リン酸はH
n+2P
nO
3n+1に準じたポリマーとなる。n=1のものはポリマー化した時に他と別するため、オルトリン酸とも呼ばれる。加熱されたリン酸はH
2Oを分離して以下のような反応を生じ、より高次のポリマーになっていくと考えられる。
n=2 2H
3PO
4=H
4P
2O
7+H
2O (2)
n=3 3H
3PO
4=H
5P
3O
10+2H
2O (3)
n=4 4H
3PO
4=H
6P
4O
13+3H
2O (4)
n=5 5H
3PO
4=H
7P
5O
16+4H
2O (5)
さらに、ポリマー化したリン酸は以下式の様にP
2O
5とH
2Oに分離し、その質量比でその重合度を表すことができる。例えば重合度1(n=1)であるオルトリン酸の単体ではP
2O
5とH
2Oは1:2で、その分子量を考慮するとH
2O=20.2wt%、P
2O
5=79.8wt%と表せる。
n=1 H
3PO
4=P
2O
5+2H
2O (6)
n=2 H
4P
2O
7=P
2O
5+2H
2O (7)
n=3 H
5P
3O
10=3/2P
2O
5+5/2H
2O (8)
n=4 H
6P
4O
13=2P
2O
5+3H
2O (9)
n=5 H
7P
5O
16=5/2P
2O
5+ 7/2H
2O (10)
ただし、各リン酸ポリマーの蒸気圧等の諸物性は現状では不明である。
【0019】
図1はCanadian Journal of Chemistry, 1956, 34, 785-793から引用した図である。リン酸(H
3PO
4)は加熱脱水されると、一部はn=2のピロリン酸(pyro体)、n=3のトリポリリン酸(tripoly体)に脱水されて存在する。
図1は、そのリン酸の加熱脱水時に存在する各種リン酸の存在比とその時のP
2O
5の質量%を示す。すなわち、式H
n+2P
nO
3n+1においてn=1〜7とそれ以上のリン酸ポリマーの存在比(縦軸)をP
2O
5の質量%で表したものである。リン酸は加熱によりH
2Oを分離し縮合してnの値を高めて存在する。これよりリン酸のポリマーはH
2OとP
2O
5の質量比から加熱しH
2Oを分離していくことでP
2O
5の比重が高まっていくことを意味し、
図1において右に移動していくことを意味する。したがって
図1よりリン酸を加熱するとよりnの値の大きいリン酸ポリマーの値が増えていくことを示す。
図1の横軸に記載の「pyro」はn=2のpyro体、「tripoly」はn=3のtripoly体、「meta」はn=10以上のHigh-poly体を表す。また、
図1の曲線上、「1」は式H
n+2P
nO
3n+1におけるn=1、「2」はn=2、「3」はn=3と順次nの高次のリン酸を表す。これよりリン酸は加熱によってその重合度を上げ、ポリマー化が進行して存在することがわかる。しかし同時にリン酸は加熱によって重合してH
2Oは放出するが、リンを含む成分は気化しない可能性があり、気化させたリン酸(もしくはリンを含む成分)を炭素還元し黄リンを得るためにはリン成分の挙動を調べる必要がある。そこで、加熱時のリン酸の挙動をリン酸もしくはP
2O
5などリンを含む物質の揮発をリン酸の加熱時の質量変化で調べた。
【0020】
1−1 リン酸の加熱時の質量変化を調べる実験と装置
図2に熱天秤による実験装置を示す。この装置を用いてリン酸サンプルの加熱による質量変化を調べた。
使用器具:熱天秤、石英管、K型熱電対、Ni線、アルミホイル、Ni容器、
サンプル:85wt%H
3PO
4 0.3ml(0.54g)
Ni容器にリン酸を入れ、アルミホイルで固定して電子天秤から吊るした。
【0021】
1−2 実験結果
図3はリン酸の重量(質量)変化を示す。リン酸は加熱温度上昇と反比例して質量が減少することがわかる。前記式(10)の様にすべてリン酸からH
2Oが蒸発しP
2O
5のみになったと仮定した場合、質量比にして初期質量の48%が減少する。
図3においてはサンプルの初期質量より質量変化ΔW=0.21gがこれに相当する。しかし実験結果より、サンプルのリン酸の質量はこの値を超えて減少し続けていることからサンプル中P
2O
5成分、もしくはリン酸のポリマーも蒸発していることが予測される。なおP
2O
5は昇華性の物質であり350℃で昇華するためΔW=−0.12あたりからP
2O
5も昇華していると考えられる。以上より、リン酸は加熱するとH
2Oを分離して様々なポリマーの混合体となるが、加熱を続けるとリンを含む成分(P
2O
5、ポリマー)の混合体も気化するという知見が得られた。
【0022】
1−3 P
4O
10-H
2O系の状態図
図4にリン酸2元系状態図を示す(Industrial and Engineering Chemistry, 1952, 44(3), 615-618))。ここで
図4において縦軸は温度を、横軸はP
4O
10(P
2O
5と同等)の重量%を示し、右端が100wt%P
2O
5、左端が100wt%H
2Oに相当する。左から順に気相・液相・固相であり、気相はP
2O
5とH
2Oのガスの混合体、液相はP
2O
5とH
2Oの液体の混合体、固相はP
2O
5単体の領域を表す。リン酸は重合して様々なポリマーの混合体となり、重合度は前記式(6)〜(10)のようにP
2O
5とH
2Oに分けられることから、P
2O
5とH
2Oのwt%で表すことができる。
図4より、リン酸を300℃以上に加熱することでリン酸やP
2O
5やその他ポリマーなどの形でリン元素(P)を含むガスが発生し炉内還元環境に供給することが可能であることがわかる。
【0023】
[2]リン酸の熱炭素還元反応実験
リン酸からの還元反応による黄リン製造は現行の高純度黄リンの製造法である乾式製錬法とは全く異なる方法である。本発明においては黄リン製造に必要なエネルギーは乾式製錬法と比べて大幅に削減でき、本実験においては、第一に黄リン製造が可能かどうかの確認、第二に黄リンが還元可能な温度CO分圧等の条件の特定を目的とし様々な条件下で還元実験を行った。
【0024】
2−1実験方法と装置
本実験においては
図5に示す装置を使用し、横型電気炉内で様々な条件において式(1)の反応を起こしリン酸の還元を行った。
横型電気炉の内部に2種類の径の石英管を2重にして通し、内部の石英管内は外界とは遮断してAr雰囲気もしくはCO雰囲気とした。内部の石英管は穴をあけてガスの入口・出口用の管を刺したゴム栓で蓋をした。横型電気炉よりも上流側にリン酸を入れたグラファイトるつぼを設置し、グラファイトロッドはちょうど横型電気炉内にあって加熱されるように設置した。黄リンは非水溶性であるため、水中での黄リン回収のためにガスの出口はイオン交換水で満たした水槽中を通り冷却・回収されるようにした。最後に2重になっている石英管の外側にリボンヒーターを巻きグラファイトるつぼに入ったリン酸を加熱した。
【0025】
グラファイトるつぼに入ったリン酸は横型電気炉の外側でリボンヒーターによって300℃程度まで加熱され、るつぼ内のリン酸をリン酸もしくはポリマーやP
2O
5等の物質として気化させる。気化されたこれらの物質は石英管内を流れるガスによって横型電気炉内へ運ばれ、中で加熱されていたグラファイトロッドと接触することで還元される。るつぼにグラファイトロッドを使用した理由はリン酸が別な反応を起こさないためであり、横型電気炉内に設置したグラファイトロッドは還元剤として使用した。
使用器具:横型電気炉、石英管(φ22×1000mm、φ32×1200mm)、ゴム栓、リボンヒーター、グラファイトるつぼ、グラファイトロッド(φ15×250mm)、イオン交換水、メスフラスコ
実験雰囲気:Ar100cm
3/min(ccm)もしくはCO100ccm
サンプル:85wt%H
3PO
4 1.0ml(1.8g)
実際に行った7種類の実験条件をまとめたものを表1に示す。
【0027】
2−2実験結果
すべての温度設定において水槽内に変化はなく、黄リンの生成は見られなかったが、一定温度以上において石英管内にオレンジ色及び白色の生成物の付着が確認された。実験No.7(825℃)において生成した付着物の写真を
図6(A)及び(B)に示す(Aがオレンジ色、Bが白色の生成物である)。さらに水槽内はICP分光分析にて、生成物はラマンススペクトル分光分析にてそれぞれ分析を行った。これらはそれぞれ実験No.7(825℃)の生成物を分析した。
オレンジ色の付着物の有無にかかわらず、すべての反応において白い付着物が石英管内全部分において発生した。白い付着物は特にグラファイトるつぼの周辺において多く、次いでグラファイトロッドと石英管の接触部分に多く見られた。黄リンと考えられるオレンジ色の付着物はわずかではあるが回収することができたが、白い付着物についてはこそぎ取ることは困難で、水につけても溶け出すことはなく変化は見られなかった。
【0028】
2−3 生成物の分析
表2及び3における生成物のラマンスペクトル分光分析結果を
図7に示す。
図7において上のスペクトル変化は一般的な黄リンのスペクトル変化を、下のスペクトル変化は実験での生成物を分析した結果である。これより生成物のスペクトル分光は公知の黄リンのものとほぼ一致し、生成物は黄リンであることが確認され、本発明の方法による黄リン生産が可能であることが確認された。黄リンの回収量は、反応前後の物質収支から概算すると、反応物質であるリン酸中の全リンに対して約50%であった。ポリリン酸ガスと炭素との接触面積を拡大すれば、収率は向上すると思われる。
【0029】
2−4 黄リン生成条件
アルゴン(Ar)雰囲気においてリン生成温度をまとめたものを表2に、一酸化炭素(CO)雰囲気において黄リン生成がされた温度をまとめたものを表3に示す。これよりAr雰囲気においては850℃以上の温度において、CO雰囲気においては825℃以上の温度において黄リンの還元が可能であることがわかった。
【0032】
2−5 リン酸の反応についての熱力学的考察
図8は黄リン(P
4)、酸化リン、リン酸などの温度(T(K))とCO分圧(対数値)に応じた安定相を示している。
図8より、純CO雰囲気(P
CO=1atm)であるとき、約1000Kにおいて式(1)の反応が生じ、黄リン(P
4)が生成することがわかる
さらに
図9は
図8をO
2分圧にして計算し直した結果である。
図9中、点線はCO分圧1atm(P
CO=1atm)、一点破線はCO分圧0.1atm(P
CO=0.1atm)とした時の(20)式の反応を、実線は式(1)と式(20)を合わせて式(21)としたものの計算結果をそれぞれ示した。
C+1/2O
2=CO(g) (20)
H
3PO
4(l)=P
4(g)+O
2(g)+6H
2O(g) (21)
P
CO=1atm条件下においては実線と点線の交点で、P
CO=0.1atm条件下においては実線と一点破線の交点で式(21)は右に移動する。したがって、交点の温度が計算上黄リンの還元反応の生じる温度ということになり、これよりP
CO=1atmにおいては1000K(727℃)、P
CO=0.1atmにおいては900K(627℃)で黄リンは還元できることがわかった。
【0033】
2−6 実験結果と計算結果の比較
次に実験結果と計算結果について考察する。まず実験結果より、Ar雰囲気において850℃以上で、CO雰囲気では825℃以上で黄リンの還元が確認された。計算結果と対応させるためにCO雰囲気においてはP
CO=1atmであるとすると、前項より計算上727℃で還元可能であり、約100℃の差異が見られた。原因としてはまず、実験における還元環境が十分でなかったことが考えられる。例えば、活性炭や炭素粒子充填層等を用いれば、還元反応の効率を大幅に向上させることができる。
【0034】
2−7 リン酸と活性炭とを用いたリンの製造実験
炭素源として活性炭を用い、その他の反応条件として表4に記載の予備温度条件及び最終加熱温度、加熱時間を用いたリンの生成実験を実施した。表4には、活性炭10gとリン酸10gの混合物を、載置距離を離して20gの活性炭を加熱反応管に挿入した原料を記載した。その結果、リンが約35%の収率で得られた。
【表4】
【0035】
2−7 製鋼スラグから酸で浸出して得た粗リン酸及び/または粗亜リン酸からリンを製造する実験
本発明で使用されるリン酸の代わりに、リン酸と水以外の不純物を多く含んでいる粗リン酸及び/または粗亜リン酸が使用できる。例えば、本実験を容易に試験するために、鉄鋼業から得られる製鋼スラグから酸で浸出して得られる浸出液Aとして、CaO−SiO
2−Fe
2O
3−8%P
2O
5−MgO系スラグをK
2O改質しpH=6でクエン酸浸出したもの、浸出液Bとして、CaO−SiO
2−Fe
2O
3−8%P
2O
5−MgO系スラグをNa
2O改質しpH=6でクエン酸浸出したもの、浸出液Cとして、CaO−SiO
2−Fe
2O
3−3%P
2O
5−MgO−MnO−Al
2O
3系スラグをpH=3で硝酸浸出したものを試薬ベースで合成した当該系スラグから、発明のリンの製造実験を行った。なお、本リンの製造実験では、前述のリン酸からのリンの製造実験の条件を適合した、また、本各スラグ系の浸出液には、表5に記載の不純物(単位はmg/L)がそれぞれ含有されていた。
【0036】
【表5】
その結果、本発明のリンの製造実験では、不純物を多く含む粗リン酸原料でもリンの生成が確認された。
【0037】
以上の実験を通し、リン酸は容易に重合して様々なポリマーの混合体となりやすく、非常に扱いが難しい物質であるが、200℃以上に加熱することで気化させて還元環境に供給することが可能である。本発明のリンの製造方法によると、リン酸の黄リンへの還元は630℃(理論値)以上の温度にて可能である。将来の工業的スケールによる実用化までには、エネルギーを含めた還元反応コストの観点から還元温度は可能な限り低い方が好ましく、理論値と同程度の低い温度でも還元可能な還元環境を実現する必要がある。