(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む電極(触媒層)及びガス拡散層が接合された膜−電極−ガス拡散層接合体(Membrane Electrode Gas Diffusion Layer Assembly,MEGA)を備えている。MEGAの両面には、さらに、ガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEGAと集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
燃料電池スタック内の各単セルは、電気的に直列に接続されている。このような燃料電池スタックを用いて発電する場合において、一部の単セルのみが、燃料供給が途絶えた状態(燃料欠状態)になることがある。例えば、低温始動時において燃料ガス流路の一部が凍結により閉塞していると、一部の単セルのみが燃料欠状態となる(以下、燃料欠状態にある単セルを「燃料欠セル」ともいう)。この状態で発電を続けると、残りの単セルが電源となる形で燃料欠セルにも電流が流れる。その結果、燃料欠セルのアノード電位が上昇し、燃料以外のアノードの成分(例えば、触媒を担持するための担体カーボン、単セル内に保持されている水など)の酸化反応が進行する。燃料欠セルにおいて担体カーボンの酸化が起こると、触媒層構造が破壊され、セル性能が著しく低下する。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、燃料を電気化学的に酸化させるための第1の触媒組成物と、水から酸素を発生させるための第2の触媒組成物(いわゆる、水電解触媒)とを備えたアノードが開示されている。
同文献には、アノードに水電解触媒を添加すると、水の電気分解が促進され、アノード成分の劣化が抑制される点が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、アノード基材/アノード触媒層からなるアノードを備えた固体高分子形燃料電池において、アノード触媒層内における疎水性添加物の量を増加させる方法が開示されている。
同文献には、
(a)疎水性添加物の量を増加させることにより、アノード触媒層からアノード基材への水の流れが減少する点、及び、
(b)これによって、アノード触媒層内の含水量が増加し、アノード成分の酸化を抑制することができる点
が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、
(a)カソード側触媒層が、プロトン伝導性物質と、カーボン担体を有さない白金粉末又は白金合金粉末とを含み、
(b)カソード側拡散層が炭素基材からなり、かつ、
(c)カソード側触媒層とカソード側拡散層との間に、高結晶性のカーボンナノファイバー又はTi
4O
7を含むカソード隔離層を設けた
固体高分子形燃料電池用膜電極構造体が開示されている。
同文献には、
(A)カソード側触媒層にカーボン担体を使用しないことによって、カーボン担体の腐食による触媒作用の低下が起こらない点、及び、
(B)隔離層によって、拡散層の腐食が抑制される点
が記載されている。
【0007】
さらに、特許文献4には、
(a)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)分散液にIrO
2/TiO
2を加えてバリア層インクを調製し、
(b)バリア層インクをガス拡散層(GDL)のマイクロポーラス層で覆われた側にスクリーン印刷し、塗膜を乾燥させることにより、GDL表面に約2.5〜3μmの厚さのバリア層(BL)を形成し、
(c)バリア層で被覆されたGDLを340℃で熱処理する
バリア層の製造方法が開示されている。
同文献には、
(A)触媒層とガス拡散層との間にバリア層を導入すると、加速腐食試験において非常に良好な性能を示す点、及び、
(B)乾燥後のバリア層の厚さは、1〜100μmが好ましい点、
が記載されている。
【0008】
特許文献1、2に記載されているように、アノードに酸素生成反応(OER)を促進する触媒(いわゆる、水電解触媒)を添加すると、水素欠時でもカーボン酸化の代わりにOERが優先的に起こり、アノードの劣化をある程度抑制することができる。しかし、OER触媒として、酸化イリジウムなどの資源量の少ない材料を使用する必要がある。
【0009】
また、特許文献3に記載されているように、カソード側触媒層とカソード側拡散層との間に隔離層を導入すると、カソード側拡散層の劣化をある程度抑制することができる。しかし、隔離層の分だけ空気中の酸素の拡散による物質移動の抵抗が増大する。そのため、初期の性能低下を抑制するためには、隔離層を非常に薄くする、ガス拡散性の高い部材を使用する、などの工夫が必要である。
【0010】
さらに、特許文献4に記載されているように、バリア層インクを用いてガス拡散層の表面にバリア層を形成すると、ガス拡散層の劣化をある程度抑制することができる。しかし、バリア層インクを調製し、100μm以下の厚さに制御された層を形成するプロセスを含むため、生産工程が煩雑となる。
さらに、資源量の少ない材料やインクプロセスを用いることなく、アノード側拡散層の劣化を抑制することが可能な方法が提案された例は、従来にはない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池]
本発明に係る燃料電池は、以下の構成を備えている。
(1)前記燃料電池は、
固体高分子電解質を含む電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に設けられたアノード側触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に設けられたカソード側触媒層と、
前記アノード側触媒層の外側に設けられたアノード側拡散層と、
前記カソード側触媒層の外側に設けられたカソード側拡散層と、
前記アノード側触媒層と前記アノード側拡散層との間のみに設けられた隔離層と
を備えている。
(2)前記アノード側拡散層は、カーボンを含む。
(3)前記隔離層は、電子伝導抵抗が0.5Ωcm
2以下であり、プロトン伝導抵抗が500Ωcm
2以上である。
前記隔離層がカーボンを含む場合、気孔率は50%未満である必要がある。
【0017】
[1.1. 電解質膜]
本発明において、電解質膜の材料は、特に限定されない。電解質膜は、フッ素系電解質又は炭化水素系電解質のいずれであっても良い。また、電解質膜の酸基の種類についても、特に限定されない。酸基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基等がある。電解質膜には、これらの酸基のいずれか1種類のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
さらに、電解質膜は、固体高分子電解質のみからなるものでも良く、あるいは、固体高分子電解質と補強層との複合体であっても良い。
【0018】
[1.2. 触媒層]
アノード側触媒層及びカソード側触媒層は、それぞれ、電極反応の反応場となる部分であり、電解質膜の両面に接合される。触媒層は、電極触媒又は担体に担持された電極触媒と、その周囲を被覆する触媒層アイオノマとを備えている。本発明において、電極触媒、触媒層アイオノマ及び担体の材料は、特に限定されない。電極触媒としては、例えば、白金、白金合金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム等又はこれらの合金などがある。
【0019】
[1.3. 拡散層]
アノード側拡散層及びカソード側拡散層は、それぞれ、アノード側触媒層及びカソード側触媒層の外側に接合される。拡散層は、電極との間で電子の授受を行うと同時に、反応ガスを電極に供給するためのものである。拡散層には、一般に、カーボンペーパ、カーボンクロス等が用いられる。また、撥水性を高めるために、カーボンペーパ等の表面に、ポリテトラフルオロエチレン等の撥水性高分子の粉末とカーボンの粉末との混合物(撥水層)をコーティングしたものをガス拡散層として用いても良い。
本発明において、少なくともアノード側拡散層は、カーボンを含む材料からなる。カソード側拡散層の材料は、特に限定されない。
【0020】
[1.4. 隔離層]
[1.4.1. 定義]
「隔離層」とは、アノード側拡散層を触媒層アイオノマから隔離するために、アノード側拡散層とアノード側触媒層との間に挿入される層をいう。水素欠運転時におけるアノード側拡散層の劣化は、アノード側拡散層と触媒層アイオノマが接触し、アノード側拡散層が高電位になることによって生じる。そのため、アノード側拡散層とアノード側触媒層との間に隔離層を挿入すると、水素欠運転時にアノード側拡散層が高電位になることを防ぐことができる。
なお、本発明において、隔離層は、カソード側拡散層とカソード側触媒層との間には挿入されない。これは、カソード側においても拡散層の劣化は起こりうるが、カソードの異常電位は1.5V程度であり、この電位では拡散層の劣化は顕著ではないためである。
【0021】
[1.4.2. 隔離層の特性]
[A. 電子伝導抵抗]
燃料電池の運転中においては、アノード側触媒層とアノード側拡散層との間で電子の授受を行う必要がある。そのため、隔離層は、電子伝導抵抗が低いものである必要がある。電池性能の低下を抑制するためには、隔離層の電子伝導抵抗は、0.5Ωcm
2以下である必要がある。電子伝導抵抗は、好ましくは、0.3Ωcm
2以下、さらに好ましくは、0.1Ωcm
2以下である。
【0022】
[B. プロトン伝導抵抗]
アノード側拡散層の劣化は、水素欠運転時にアノード側触媒層と触媒層アイオノマが接触することにより生じる。そのため、隔離層は、プロトン伝導抵抗が高いものである必要がある。アノード側拡散層の劣化を抑制するためには、隔離層のプロトン伝導抵抗は、500Ωcm
2以上である必要がある。プロトン伝導抵抗は、好ましくは、750Ωcm
2以上、さらに好ましくは、1000Ωcm
2以上である。
【0023】
[C. ガス透過性]
燃料電池の運転中においては、アノード流路に供給された水素ガスは、アノード側拡散層からアノード側触媒層に向かって移動する。そのため、隔離層は、少なくとも水素ガスを透過させるものであれば良い。アノードに導入される燃料は水素濃度が100%のガスであることから、拡散ではなく対流(マス移動)により水素が触媒近傍に供給される。そのため、隔離層を厚くしたり、あるいは、隔離層として拡散性の低い部材を用いても、物質移動抵抗はほとんど増大しない。
[D. 気孔率]
隔離層がカーボンを含む場合、隔離層自身も高電位により酸化劣化しうる。但し、隔離層自身の気孔率が50%未満の場合、酸化劣化の性能への影響は少ない。
【0024】
[1.4.3. 隔離層の具体例]
本発明において、隔離層としては、具体的には、
(a)アノード側触媒層とアノード側拡散層との間に挿入された多孔質金属層、
(b)アノード側触媒層のアノード側拡散層側の表層部分に形成されたイオン交換層
などがある。
隔離層は、多孔質金属層又はイオン交換層のいずれか一方であっても良く、あるいは、双方であっても良い。
その他の具体例として、
(c)イオン交換の代わりに、アノード側触媒層の拡散層側の表層部分に含まれるアイオノマのスルホン酸基を90%以上脱離させる方法、
(d)多孔質金属の代わりに、不定比酸化チタンなどの導電性酸化物多孔体を用いる方法
などが考えられる。
隔離層は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、物理的に可能な限りにおいて、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0025】
[A. 多孔質金属層]
「多孔質金属層」とは、アノード側触媒層とアノード側拡散層との間に挿入された多孔質層であって、金属を含み、かつ、プロトン伝導体を含まない層をいう。
【0026】
[A.1. 厚さ]
多孔質金属層の厚さは、アノード側拡散層の耐久性に影響を与える。多孔質金属層の厚さが薄くなりすぎると、プロトンが電子伝導体層を透過しやすくなる。水素欠運転時において、プロトンがアノード側拡散層に到達すると、アノード側拡散層が劣化しやすくなる。従って、多孔質金属層の厚さは、100μm以上が好ましい。多孔質金属層の厚さは、好ましくは、125μm以上、さらに好ましくは、150μm以上である。
一方、多孔質金属層の厚さを必要以上に厚くしても、効果に差がなく、実益がない。従って、多孔質金属層の厚さは、500μm以下が好ましい。多孔質金属層の厚さは、好ましくは、475μm以下、さらに好ましくは、450μm以下である。
【0027】
[A.2. 材料及び構造]
多孔質金属層は、アノード側触媒層とアノード側拡散層の間に挿入される。そのため、多孔質金属層は、燃料電池環境下(すなわち、強酸性環境下)における高い耐食性と、適度なガス透過性とを備えているものが好ましい。多孔質金属層の材料及び構造は、このような機能を奏する限りにおいて、特に限定されない。
多孔質金属層の材料としては、例えば、
(a)貴金属(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)Ti、又は、
(c)貴金属若しくはTiを含む合金(例えば、PtTi合金、PtSn合金、IrRu合金)
などがある。
また、多孔質金属層の構造としては、例えば、金属メッシュ、金属発泡体、ナノ粒子あるいはサブミクロン粒子の集合体などがあある。
【0028】
[B. イオン交換層]
「イオン交換層」とは、アノード側触媒層に含まれる触媒層アイオノマの酸基のプロトンを、プロトン以外のカチオンでイオン交換することにより得られる層をいう。イオン交換層は、アノード側触媒層のアノード側拡散層側の表層部分にのみ形成される。
【0029】
[B.1. イオン交換率]
「イオン交換率」とは、イオン交換層に含まれる酸基の総モル数に対する、カチオンでイオン交換された酸基のモル数の割合をいう。
イオン交換層のイオン交換率は、アノード側拡散層の耐久性に影響を与える。イオン交換率が低すぎると、プロトンがアノード側拡散層に伝導しやすくなる。従って、イオン交換率は、90%以上が好ましい。イオン交換率は、好ましくは、92%以上、さらに好ましくは、94%以上である。
【0030】
[B.2. 厚さ]
イオン交換層の厚さは、アノード側拡散層の耐久性及び電池性能に影響を与える。イオン交換層の厚さが薄すぎると、プロトンの拡散を十分に抑制できない。従って、イオン交換層の厚さは、アノード側触媒層の厚さの10%以上が好ましい。イオン交換層の厚さは、好ましくは、アノード側触媒層の厚さの15%以上、さらに好ましくは、20%以上である。
一方、イオン交換層の厚さが厚くなりすぎると、電池性能が低下する。従って、イオン交換層の厚さは、アノード側触媒層の厚さの50%以下が好ましい。イオン交換層の厚さは、好ましくは、アノード側触媒層の厚さの45%以下、さらに好ましくは、40%以下である。
【0031】
[B.3. カチオン]
アノード側触媒層からアノード側拡散層へのプロトンの拡散を抑制するためには、イオン交換層の撥水性は、高いほど良い。そのためには、イオン交換層に含まれるカチオンの撥水性もまた、高いほど良い。
また、アノード側拡散層の耐久性を長期間に渡って維持するためには、カチオンは、イオン交換層から溶出しにくいものが好ましい。そのためには、イオン交換層に含まれるカチオンの分子量は、大きいほど良い。
【0032】
このような条件を満たすカチオンとしては、例えば、
(a)炭素数が3以上のアルキル基を含むテトラアルキルアンモニウムイオン(例えば、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラプロピルアンモニウムイオンなど)、
(b)錯イオン(例えば、ヘキサアンミンコバルトイオン、ヘキサアンミンルテニウムイオンなど)
などがある。
イオン交換層は、これらのいずれか1種のカチオンを含むものでも良く、あるいは、2種以上のカチオンを含むものでも良い。
【0033】
[2. 燃料電池の製造方法]
膜−電極−ガス拡散層接合体(MEGA)は、固体高分子電解質の両面に、それぞれ、触媒層及び拡散層を重ね合わせ、ホットプレスすることにより製造することができる。燃料電池は、通常、このようなMEGAを複数個積層したスタックの状態で使用される。
隔離層が多孔質金属層からなるMEGAは、例えば、アノード側触媒層とアノード側拡散層との間に多孔質金属層を挿入し、ホットプレスすることにより製造することができる。
【0034】
また、隔離層がイオン交換層からなるMEGAは、
図1に示すように、拡散層を含まない膜−電極接合体(MEA)を製造した後、MEAのアノード側をイオン交換溶液(例えば、テトラブチルアンモニウム水溶液)に接触させ、その後拡散層を接合することにより製造することができる。イオン交換の際、溶液の温度、処理時間等を最適化すると、イオン交換層の厚さ及びイオン交換率を制御することができる。
【0035】
[3. 作用]
水素欠運転時にアノード側拡散層が触媒層アイオノマに接触していると、その接触部分での拡散層の電位が約2V以上まで上昇する。その結果、アノード側拡散層の劣化が進行する。これに対し、アノード側触媒層とアノード側拡散層の間に、プロトン伝導性を持たない隔離層を導入すると、拡散層の電位上昇が抑制される。その結果、水素欠運転時におけるアノード側拡散層の劣化を抑制することができる。
なお、触媒層中の担体にカーボンを使用している場合、この方法を用いても担体カーボンが劣化してしまう可能性はあるが、拡散層の劣化を抑制することで、水素欠運転によるセル性能の劣化はかなり抑制される。
【0036】
起動停止時に部分水素欠が生じた場合、異常高電位はカソード側でも起こる。そのため、カソード側の触媒層と拡散層との間に隔離層を導入する手段も有効と考えられる。しかし、カソード側に隔離層を導入しても、アノード側に導入した場合ほど効果はない。これは、カソードの異常電位は1.5V程度であり、元々拡散層の劣化はこの電位では顕著では無いためであると考えられる。
【0037】
また、触媒層と拡散層との間に隔離層を導入した場合、反応物質の移動距離が長くなる。そのため、カソード側に隔離層を導入した場合には、空気中の酸素の拡散による物質移動の抵抗が増大してしまう。従って、初期の性能の低下を防ぐためには、隔離層を非常に薄くし、拡散性の高い部材を使用するなどの工夫が必要である。
他方、アノード側に隔離層を導入する場合は、反応物質である水素の濃度は100%であることから、拡散ではなく対流(マス移動)により水素が触媒近傍に供給される。そのため、隔離層を厚くしたり、あるいは、隔離層として拡散性の低い部材を用いた場合であっても、物質移動抵抗はほとんど増大しない。従って、隔離層の導入をアノード側のみとすることで、特別な工夫を施さなくても、初期の性能低下を抑制しつつ、拡散層の劣化を抑制することが可能となる。
【実施例】
【0038】
(実施例1〜3、比較例1〜3)
[1. 試料の作製]
燃料電池スタックの一部のセルにおいて、燃料(主に水素)の供給が途絶えた状態で発電を続けると、残りのセルが電源となる形で、燃料欠セルのアノードにおいて構成材料の1つであるカーボンの酸化(COR)が起こり、セル性能が著しく劣化するという課題がある。この劣化モードの1つに、アイオノマと接触している部分での拡散層の劣化がある。
これに対し、触媒層と拡散層との間に、アイオノマを含まず、高電位に曝露しても性能を大きく劣化させない電子伝導層(隔離層)を設けるアノード構造とすることが考えられる。但し、参考文献1には、アイオノマが存在しなくても、200〜300nm程度はプロトンが伝導する可能性が示唆されている。そのため、隔離層は、それより十分厚いか、あるいは疎水的であることが重要である。そこで、以下のサンプルを準備した。
[参考文献1] Electrochimica Acta, 146(2014)194
【0039】
[1.1. 実施例1〜2]
アノード側の触媒層と拡散層との間に、Ptメッシュ(厚さ150μm、実施例1)、又は、Tiメッシュ(厚さ350μm、実施例2)が挿入されたMEGAを作製した。
【0040】
[1.2. 実施例3]
図1に示すように、テトラブチルアンモニウム水溶液にMEAのアノード側を接触させることで、アノード側触媒層の外側(拡散層側)にある触媒層アイオノマ中のプロトンをテトラブチルアンモニウムイオンで交換した。なお、イオン交換によって放出されるプロトンにより、水溶液中のpHが変化する。それを測定することで、イオン交換層の厚さを見積もることができる。その結果、触媒層の厚さの30%の厚さの領域でイオン交換がなされていることがわかった。但し、テトラブチルアンモニウムイオンは、酸基に束縛された後、移動しないものと仮定して、厚さを見積もった。
イオン交換後、触媒層の両面に拡散層を接合し、MEGAを得た。
【0041】
[1.3. 比較例1〜2]
カソード側の触媒層と拡散層との間に、Ptメッシュ(厚さ150μm、比較例1)、又は、Tiメッシュ(厚さ350μm、比較例2)が挿入されたMEGAを作製した。
[1.4. 比較例3]
金属メッシュの挿入及びイオン交換処理のいずれも行わないMEGAを作製した。
【0042】
[2. 試験方法]
[2.1. 水素欠運転模擬試験]
水素欠運転が断続的に起こることを模擬した以下の耐久試験を課した。アノードに窒素、カソードに水素を流し、カソードを基準電極として、アノードの電位を0Vで10s、2.35Vで10s保持する電位サイクルを450回行った。なお、セル温度は5℃、供給ガスの露点は35℃とした。この上限電位は、水素欠環境下で0.2〜1.2A/cm
2で電流を制御した際のアノードの到達電位を想定している(参考文献2参照)。
[参考文献2] ECS Transactions, 80(8)535-542(2017)
【0043】
[2.2. 起動停止時の部分水素欠模擬試験]
起動停止時の逆電流発生によるカソード異常電位上昇(参考文献3参照)を模擬した以下の耐久試験を課した。アノードに水素、カソードに窒素を流し、アノードを基準電極として、カソードの電位を0Vで10s、1.5Vで10s保持する電位サイクルを450回行った。なお、セル温度は33℃、供給ガスの露点は32℃とした。この上限電位は、起動停止時のカソード最高到達電位を想定している(参考文献3参照)。
[参考文献3] Electrochimical and Solid-State Letters, 8(6)A273-A276(2005)
【0044】
[2.3. 初期性能]
MEGAの初期のIV性能を評価した。
【0045】
[3. 結果]
[3.1. 水素欠運転模擬試験、及び起動停止時の部分水素欠模擬試験]
表1に、各サンプルについて、水素欠運転及び起動停止を模擬した耐久試験後のセルの性能維持率を示す。「性能維持率」とは、IV性能における0.6V以上の所定の電圧での電流値の耐久試験前後の比をいう。表1より、以下のことが分かる。
【0046】
【表1】
【0047】
(1)水素欠運転模擬試験の場合、処理を行っていない比較例3(ブランク)に対し、いずれの実施例もセル性能維持率が向上している。これは、触媒層と拡散層との間に隔離層を導入することで、拡散層の劣化が抑制されたためである。なお、本試験のように、低温(5℃)の場合は、触媒層中の担体カーボンの劣化は元々少ない。そのため、拡散層を保護することにより、飛躍的にセルの性能維持率が向上する。以上から、本発明により水素欠運転時の性能劣化を抑制することが可能である。
(2)他方、起動停止模擬試験の場合、比較例1及び比較例2に示すように、高電位に曝されるカソード側に隔離層を設けても、比較例3(ブランク)に比べて、性能維持率が向上していない。これは、温度33℃、電位1.5Vという条件下では、拡散層の劣化は元々顕著ではなく、性能劣化は主に触媒層中の担体劣化によるものであり、この劣化は隔離層を設けても抑制できないためである。
【0048】
[3.2. 初期性能]
図2に、隔離層を導入したMEGAの初期のIV性能を示す。
図2より、初期の性能は、アノード側に隔離層を設けた場合(実施例1)よりも、カソード側に隔離層を設けた場合(比較例1)の方が著しく低いことが分かる。これは、カソードに隔離層を設けると、供給ガス(空気)中の酸素の拡散による物質移動の抵抗が増大してしまうためである。以上から、隔離層は、アノード側にのみ挿入するのが望ましいことがわかった。
【0049】
(実施例4〜6、比較例4)
[1. 試験方法]
イオン交換層の場合、隔離層が薄くなることが多い。そのため、拡散層へのプロトン伝導を確実に抑制するためには、イオン交換に用いるカチオンは、撥水性の高いイオンが好ましい。そこで、カチオンの撥水性を評価するために、電解質膜を種々のカチオンでイオン交換し、含水率を評価した。
【0050】
電解質膜には、プロトン型のナフィオン(登録商標)膜を用いた。カチオンには、テトラブチルアンモニウムイオン(実施例4)、テトラプロピルアンモニウムイオン(実施例5)、又は、ヘキサアンミンコバルトイオン(実施例6)を用いた。また、比較として、未処理の電解質膜(比較例4)を試験に供した。
【0051】
[2. 結果]
表2に、各種電解質膜の含水率を示す。表2より、実施例4〜6のイオン交換処理膜は、いずれも、未処理の膜に比べて含水率が低いことが分かる。含水率とプロトン伝導度とは相関があり、含水率が低いほど、プロトン伝導しにくいことを表す。実施例4〜6で用いたカチオンは、いずれも撥水性が高く、イオン交換層を構成するカチオンとして好適であることが分かった。
【0052】
【表2】
【0053】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。