(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
鉄道車両に搭載されたデータ収集システムによって収集されたコンプレッサの稼働情報、ブレーキ装置の稼働情報、蓄圧系の圧力情報、空気バネの圧力情報、車両重量に関する情報、車両の走行速度情報および外気温度情報を受信し記憶する第1ステップと、
記憶された情報の中から、ブレーキ装置の操作のない時間における蓄圧系の圧力情報を、コンプレッサごとに抽出する第2ステップと、
抽出された蓄圧系の圧力情報に基づいて、所定時間内における蓄圧系の圧力上昇量を、コンプレッサごとに算出する第3ステップと、
算出された圧力上昇量のうち所定期間の中でコンプレッサ動作1回当たり最大のものを選択する第4ステップと、
前記所定時間内における空気バネの圧力変位を算出する第5ステップと、
前記車両重量に関する情報に基づいて前記所定時間中における乗車率を算出する第6ステップと、
少なくとも前記空気バネの圧力変位と、乗車率と、外気温度と、車両速度とを説明変数とし、かつ蓄圧系の圧力上昇量を従属変数として重回帰分析により回帰モデル式を立て、当該回帰モデル式と前記第1ステップで収集した蓄圧系の圧力情報、前記第5ステップで算出した空気バネの圧力変位、車両重量に関する情報および車両の走行速度情報とを用いてコンプレッサの状態を判断する処理を行う第7ステップと、
を含むことを特徴とするコンプレッサの異常検知方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に開示されているコンプレッサの制御技術は、電気自動車の空気調和装置に用いられるコンプレッサに関するものであり、負荷の大きさや消費電力、冷媒温度等を監視して、これらの値が所定の範囲から外れた場合には、コンプレッサに異常が生じたと判断してコンプレッサのモータを停止して、再起動を禁止するというものである。しかし、電気自動車の空気調和装置であれば、コンプレッサを停止してもそれほど問題はないが、鉄道車両においては、圧縮空気をエアブレーキに使用しており圧縮空気がないと車両の走行に支障を来たすため、コンプレッサを停止させることはできないという課題がある。
【0006】
また、鉄道車両用のコンプレッサは、蓄圧管の圧力が所定値以下に下がると稼働させ、蓄圧管の圧力が所定値以上に上がると稼働を停止するという制御を行なっており、走行中における稼働タイミングがばらばらである。つまり、車両の走行停止中にコンプレッサが稼働することもあれば、走行中にコンプレッサが稼働することもある。また、コンプレッサは外気温度の影響も受ける。そのため、単純にコンプレッサのモータの温度を監視するだけでは異常の発生を早期に検知することができないという課題がある。
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、鉄道車両の機器モニタリングデータを利用して、外気温度や乗車率、車両の走行速度等の条件の差異に影響されずに、コンプレッサ(蓄圧系を含む)の異常の発生を高い精度で検知することができる鉄道車両用コンプレッサの異常検知方法を提供することを目的とする。
【0007】
なお、上記特許文献2に開示されている発明は、実車データを取得し蓄積する点、取得したデータを統計的に分析する点で本発明と類似するものの、コンプレッサではなく電車制御装置の異常を検知するものであるとともに、シミュレーションデータを使用するため事前にシミュレーションを行う必要がある点や、分析の際にマハラノビス距離を用いて判定している点で、本発明とは異なる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る鉄道車両用コンプレッサの異常検知方法は、
鉄道車両に搭載されたデータ収集システムによって収集されたコンプレッサの稼働情報、ブレーキ装置の稼働情報、蓄圧系の圧力情報、空気バネの圧力情報、車両重量に関する情報、車両の走行速度情報および外気温度情報を受信し記憶する第1ステップと、
記憶された情報の中から、ブレーキ装置の操作のない時間における蓄圧系の圧力情報を、コンプレッサごとに抽出する第2ステップと、
抽出された蓄圧系の圧力情報に基づいて、所定時間内における蓄圧系の圧力上昇量を、コンプレッサごとに算出する第3ステップと、
算出された圧力上昇量のうち所定期間の中でコンプレッサ動作1回当たり最大のものを選択する第4ステップと、
前記所定時間内における空気バネの圧力変位を算出する第5ステップと、
前記車両重量に関する情報に基づいて前記所定時間中における乗車率を算出する
第6ステップと、
少なくとも前記空気バネの圧力変位と、乗車率と、外気温度と、車両速度とを説明変数とし、かつ蓄圧系の圧力上昇量を従属変数として重回帰分析により回帰モデル式を立て、当該回帰モデル式と前記第1ステップで収集した蓄圧系の圧力情報、前記第5ステップで算出した空気バネの圧力変位、車両重量に関する情報および車両の走行速度情報とを用いてコンプレッサの状態を判断する処理を行う
第7ステップと、
を含むようにしたものである。
【0009】
上記方法によれば、蓄圧系(空気タンク)の圧力、空気バネの圧力、車両重量、車両速度、外気温度等の情報を収集して、乗車率および空気バネの圧力変位量を算出し、外気温度、乗車率および車両速度と空気バネの圧力変位量を説明変数として重回帰分析の手法によって回帰モデル式を立て、該回帰モデル式と収集した外気温度、乗車率および車両速度の各情報と空気バネの圧力変位量とを用いて蓄圧系の圧力上昇量を推定し、コンプレッサもしくはコンプレッサに接続された蓄圧系の状態を判断するため、乗車率や車両の走行速度等の条件の差異に影響されずにコンプレッサ(蓄圧系を含む)の異常の発生を高い精度で検知することができる。
【0010】
ここで、望ましくは、前記
第7ステップにおいては、前記回帰モデル式を用いて算出した蓄圧系の圧力上昇量の予測値と、前記第3ステップで算出された圧力上昇量の実績値との差分を求め、該差分をプロットしたグラフにおける集団を内包する位置に境界線を設定して、コンプレッサの状態を判断するようにする。
上記のように、算出した蓄圧系の圧力上昇量の予測値と圧力上昇量の実績値との差分を求め、差分をプロットしたグラフにおける集団を内包する位置に境界線を設定し、設定された境界線を用いてコンプレッサ(蓄圧系を含む)の状態を判断するため、コンプレッサ(蓄圧系を含む)の異常の発生を高い精度でかつ比較的簡単な演算処理によって検知することができる。
【0011】
また、望ましくは、前記
第7ステップにおいては、前記回帰モデル式を用いて算出した圧力上昇量の予測値と実績値との差分が前記境界線を越えた回数を計数し、その計数値が予め設定した所定回数よりも大きいか否か判定し、計数値が予め設定した所定回数よりも大きい場合に異常を知らせる情報を出力するようにする。
このように、蓄圧系の圧力上昇量の予測値と実績値との差分が境界線を越えた回数を計数し、当該計数値が予め設定した前記所定回数よりも大きいか否か判定して異常を知らせる情報を出力することにより、比較的簡単な処理により異常の発生の有無の判定を行うことができるとともに、判定結果および異常報知の信頼性を高めることができる。
【0012】
さらに、望ましくは、前記
第7ステップの前記コンプレッサの状態を判断する処理においては、前記境界線を越えた回数の変化率を算出し、当該変化率が予め設定した所定値よりも大きいか否か判定し、変化率が予め設定した
所定値よりも大きい場合に異常を知らせる情報を出力するようにする。
このように、蓄圧系の圧力上昇量の予測値と実績値との差分が境界線を越えた回数の変化率を算出し、変化率が予め設定した所定値よりも大きいか否か判定して異常を知らせる情報を出力することにより、回数のみに基づいて判定する場合に比べていち早く異常の発生を検知して報知することができる。
【0013】
また、望ましくは、前記
第7ステップにおいて設定する前記回帰モデル式の説明変数には前記空気バネの圧力変位として、1車両につき左右の複数の前記空気バネのうち左右一つずつの変位を用いるようにする。
1車両につき左右それぞれ複数の前記空気バネが設けられている場合に、回帰モデル式の説明変数の空気バネの圧力変位として、すべての空気バネの圧力変位を用いても良いが、上記のように、1車両につき左右複数の前記空気バネのうち左右一つずつの圧力変位を用いることによって、少ない計算量で比較的精度の高い異常検知を行うことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鉄道車両の機器モニタリングデータを利用して、外気温度や乗車率、車両の走行速度等の条件の差異に影響されずに、コンプレッサ(蓄圧系を含む)の異常の発生を高い精度で検知することができるという効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係るコンプレッサの異常検知方法の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
本発明に係るコンプレッサの異常検知方法は、走行中の列車において取集した蓄圧系(空気タンク)の圧力、空気バネの圧力、車両重量、車両速度等のデータに基づいて、各コンプレッサの状態を把握し、コンプレッサが異常を起こす早い段階で異常の発生を検知するものである。そこで、異常検知に必要なデータの収集システムおよび該システムにより収集されたデータに基づいてコンプレッサの状態を判定し報知するコンプレッサの異常検知システムの構成について、
図1を用いて先ず説明する。
【0017】
図1には、走行中の列車からデータを収集するシステム10および収集されたデータに基づいてコンプレッサの異常を検知する異常検知システム20の概要が示されている。
図1に示されているように、1編成の列車の各車両A,B,C……には、数両に1台の割合でコンプレッサ11および空気タンク12とブレーキコントローラ13が搭載された車両(図では車両B)が連結されているとともに、各車両には前後左右計4か所に空気バネ14が設けられている。なお、
図1においては、図示の都合で、車両Cの空気バネ14のみを示している。
【0018】
そして、上記空気タンク12には圧力センサが、または空気バネ14には圧力センサおよび車両の重量(上下変位量)を検出する重量計(変位計)が設けられているとともに、いずれかの車両(例えば先頭車両)の車軸端には速度発電機のような速度計TGおよび外気温度を検出する温度センサTSが設けられている。また、複数の車両に設けられている空気タンク12同士は図示しないパイプで接続されており、該パイプに各車両の空気バネ14が接続されている。ブレーキコントローラ13は、空気タンク12の圧力が所定値以下に下がるとコンプレッサの稼働を開始させ、空気タンクの圧力が上がって所定値に達するとコンプレッサの稼働を停止させる制御を実行するように構成されている。
【0019】
本実施形態におけるデータ収集システム10は、列車に設けられているデータ伝送路15を利用して、速度計TGと温度センサTSと各車両の空気バネ14の圧力センサおよび変位計からデータを収集可能に構成されている。この場合、データのサンプリング周期としては、例えば0.2秒とすることが考えられる。
中央端末装置17は、データ伝送路15を介して収集したデータを、電動車識別情報(号車情報)と共に例えばハードディスクや半導体メモリのような記憶装置を備えた記録装置18に格納し、無線通信機能を有する送信ユニット19が地上側装置(20)へ収集データを定期的に送信するように構成されている。
【0020】
また、中央端末装置17は、速度計TGにより検出された情報(車軸の回転速度)に基づいて車両の走行速度および走行距離データを算出し、記録装置18に格納する。
記録装置18には、当該列車の識別情報(編成番号)および始発駅情報が格納されており、中央端末装置17が収集データを送信する際には、収集した温度データ、空気圧データ、車両走行速度データおよび走行距離データと共に列車の識別情報および始発駅情報を送信する。なお、記録装置18は、サーバーであっても良い。
【0021】
コンプレッサの異常検知システム20は、車上側のデータ収集システム10の送信ユニット19から送信された収集データ等を受信するデータ受信部21と、受信したデータを記憶するハードディスクや半導体メモリのようなデータ格納部22を備える。また、コンプレッサの異常検知システム20は、受信したデータを列車識別情報および電動車識別情報ごとに分析して異常検知の判断の目安となる境界線を算出する境界線算出部23と、算出された境界線と収集されたデータとを比較してコンプレッサの異常状態を判定する判定処理部24と、判定結果を記憶する結果格納部25と、アラート(警報)情報を外部の携帯情報端末30等へ送信するアラート発信部26を備える。
【0022】
なお、上記境界線算出部23および判定処理部24の機能は、CPU(マイクロプロセッサ)のような演算装置、ROMやRAMなどの記憶装置、キーボードのような入力装置および表示装置のような出力装置を備えたパーソナルコンピュータと、その記憶装置に記憶されるプログラムとによって実現することができる。かかるパーソナルコンピュータのハードウェア構成自体は自明であるのでその図示は省略する。
次に、コンプレッサの異常検知システム20における境界線算出処理とモータ異常検知判定処理の詳細を、本発明を開発するに至った経緯とともに説明する。
【0023】
先ず、本発明者らは、コンプレッサや蓄圧系の部品が劣化すると、コンプレッサが空気タンク内の空気を所定の圧力まで上昇させるのに要する時間(以下、蓄圧時間と称する)すなわち1回当たりのコンプレッサ稼働時間が長くなるだろうと予測して、約半年にわたって営業運転中の車両においてコンプレッサの駆動開始時刻と停止時刻を記録し、記録した時刻データから1回当たりのコンプレッサ稼働時間(蓄圧時間)を計算によって求めた。その結果を
図2に示す。
図2は、縦軸にコンプレッサの稼働時間(蓄圧時間)、横軸に日付をとって約半年間の値をプロットしたものである。
【0024】
図2より、コンプレッサの稼働時間(蓄圧時間)は大きくばらついていることが分かる。そのため、稼働時間(蓄圧時間)に関してしきい値を設け、稼働時間(蓄圧時間)がこのしきい値を超えたらコンプレッサが異常と判定するのは難しいと予想された。そこで、次に、稼働時間(蓄圧時間)が大きくばらつく原因について考察した。
【0025】
ばらつき原因を知るため、先ず、空気タンクに圧力計を取り付けて圧力の変化を測定し、稼働時間(蓄圧時間)の比較的長いケースと短いケースについて、空気タンクの圧力の変化の仕方を調べた。また、空気タンク内の圧力は、圧縮空気の消費と関連すると考え、エアブレーキのノッチの状態も取得した。
図3は、縦軸に空気タンク内の圧力とブレーキノッチ位置、横軸に時間をとってコンプレッサの動作1回当たりにおける圧力の変化を示したもので、(A)は稼働時間(蓄圧時間)が比較的長い場合のもの、(B)は稼働時間(蓄圧時間)が比較的短い場合のものである。
【0026】
図3(A),(B)において、緩やかに右上がりしている線は空気タンク内の圧力の変化を示す。
図3(A)において、上下に大きく振れているのはブレーキノッチの位置変化を示す。
図3(B)においては、ブレーキノッチの位置は変化していない。
また、左側の縦軸におけるP1は空気タンク内の圧力が下がってコンプレッサの稼働を開始する時の圧力、P2は空気タンク内の圧力が上がってコンプレッサの稼働を停止する時の圧力である。このような制御が、ブレーキコントローラ13によって実施されている。
図3(A),(B)において、Ta,Tbはそれぞれコンプレッサの稼働時間を表わしている。
【0027】
なお、
図3の(A)と(B)とでは、横軸のスケールが異なっており、(A)の場合の稼働時間(蓄圧時間)Taは約80秒、(B)の場合の稼働時間(蓄圧時間)Tbは約18秒であった。また、ブレーキノッチ位置に関しては、ノッチの値が大きいほど強い制動を掛けていることを意味している。
図3(A)の場合、ブレーキノッチ位置が頻繁に変化しているので、ブレーキ操作がされていたことが分かる。一方、
図3(B)の場合、ブレーキノッチ位置は、連続して「0」であるので、ブレーキ操作がされていなかったことが分かる。
図3より、走行中にブレーキ操作をしている時にコンプレッサが稼働すると、所定の圧力に達するまでの時間が長くなり、ブレーキ操作をしていない時にコンプレッサが稼働すると、所定の圧力に達するまでの時間が短くなることが確認された。
【0028】
次に、本発明者らは、ブレーキ操作をしていない状態でコンプレッサが稼働している時のデータを抽出してコンプレッサの稼働時間の大小を調べた。すると、まだコンプレッサの稼働時間にかなりのばらつきがあった。そこで、エアブレーキ以外に圧縮エアを消費している装置としての空気バネが関係しているのではないかと考え、ブレーキ操作をしていない状態でコンプレッサが稼働している時のデータの中から、比較的コンプレッサの稼働時間が長いものと短いものとを抽出した。
図4に、その結果を示す。
図4は、縦軸に空気タンクの圧力、横軸に時間をとってコンプレッサの動作1回当たりにおける圧力の変化を示したもので、◆印は稼働時間(蓄圧時間)の比較的短かった際の圧力測定値をプロットしたもの、□印は稼働時間(蓄圧時間)の比較的長かった際の圧力測定値をプロットしたものである。
【0029】
次に、
図4の圧力変化のうちコンプレッサの稼働時間(蓄圧時間)の比較的短かった場合と稼働時間(蓄圧時間)の比較的長かった場合のそれぞれにおける列車の走行区間を調べてみた。すると、稼働時間が短いのは駅出発直後に直線が長く続いている区間で、稼働時間が長いのは駅出発直後にカーブが存在する区間であることが分かった。これは、車両がカーブを走行する際には、車体がローリングし易く、空気バネが車体のローリングを抑制すべく動作することが多いので、空気バネの動作/非動作がコンプレッサの稼働時間のばらつきに影響しているためであると考えた。
【0030】
上記の知見から、コンプレッサの稼働時間の差異の影響を受けずにコンプレッサおよび蓄圧系の劣化状態を、データ分析で検出するには、ブレーキ操作の有無や車体のローリングの有無(空気バネの動作)を考慮するのが望ましいとの結論に達した。また、コンプレッサの稼働中に圧縮空気の消費量が少ないほど稼働中の圧力上昇が大きく、コンプレッサの本来の蓄圧能力を見極めるのに有効であるとの結論に達した。
そこで、収集した測定データの中から、走行中にブレーキ操作がなかったときの測定データ(空気タンクの圧力)を抽出して、分析を行うこととした。
【0031】
ところで、コンプレッサの蓄圧能力は、空気タンク内の圧力MRをP1からP2まで高めるのに要した時間幅Tの大小、あるいは所定の時間内に上昇した空気タンク内の圧力△MRから判断することができる。つまり、コンプレッサの動作開始後のある時点t1の空気タンク内の圧力をMR1、t1からT時間後の時点t2での空気タンク内の圧力をMR2とおくと、(MR2−MR1)/Tを指標としてコンプレッサの蓄圧能力を判断することができる。なお、時間幅Tを長くすればするほどその間にエアブレーキや空気バネが動作する可能性が高くなるので、あまり長い時間幅を設定するのは望ましくない。
【0032】
そこで、本発明者らは、t1をコンプレッサの動作開始時点に設定したときの最適な時間幅Tについて検討した。
具体的には、同一区間(直線区間)の走行中に取得した空気タンク内の圧力データを用いて、時間幅Tをそれぞれ1秒、3秒、5秒、10秒、13秒、15秒に変えて、空気タンク内の圧力MRの上昇量を計算した。その結果を
図5に示す。
図5より、5秒以下ではときどき平均から外れた値が見られるが、10秒以上になるとほぼ安定した値が得られることが分かった。そこで、コンプレッサの蓄圧能力を判断する指標として、次のモデル式
a=(MR2−MR1)/T
を用い、評価することとした。そして、適切な時間幅Tとして10秒を選択することとした。なお、この10秒は、適用する列車の車種に応じて変わることもある。
【0033】
次に、本発明者らは、上記評価方法を検証するため、定置状態(速度0km/h)でコンプレッサを稼働させて空気タンク内の圧力MRを測定し、動作開始後10秒間における空気タンク内の圧力MRの上昇量を算出してみた。その結果、定置状態でのMR上昇量は、走行中のものと大きく異なることが明らかとなった。
このことから、MR上昇量は車両速度等も関係していると予想されるので、MR上昇量と車両速度との関係について調べた。その結果を
図6に示す。
図6より、MR上昇量と車両速度との間に相関(右肩上がりの傾向)がみられるものの、同一の車両速度でもMR上昇量に大きなバラツキがみられることから、車両速度以外の要因もあるとの結論に達した。
【0034】
そこで、次に、走行中は車両がローリングを起こし、該ローリングを抑えるため空気バネが作動するので、空気バネが圧縮空気を消費していることに着目して、車両速度と共に、各車両の前後左右に設けられている空気バネの圧力を走行中の列車から取得することとし、さらに影響因子として考えられる外気温度、乗車率を取得して統計的分析を実施するため、これらの値を測定する試験を行なった。なお、乗車率は、従来から空気バネに設けられている車両重量を測定する重量計の測定値から換算することができるので、それを利用して取得した。
【0035】
次に、本発明者らは、前記試験で得られたデータに対して、MR上昇量を従属変数(目的変数)とし、空気バネの圧力変位(10秒間における最大値と最小値との差)と、乗車率と、外気温度と、車両速度とを説明変数として、重回帰分析を実施した。なお、空気バネは1車両当たり4個(AS1〜AS4)あるが、左側の2個(AS1とAS3)と右側の2個(AS2とAS4)はそれぞれ似たような挙動を示すと予想されたので、左右から1個ずつ(AS1とAS2)を選択して、それらの変位を説明変数とした。
【0036】
また、当初、上記5つの説明変数の他に、速度の2乗や他の車両の乗車率等も説明変数として用いた重回帰分析によるスクリーニングを行なった結果、上記5つの説明変数とすれば充分であると判断した。
上記5つの説明変数を用いた重回帰式は、次式
従属変数(MR上昇量)=a+b×(AS1変位)+c×(AS2変位)
+d×(乗車率)+e×(外気温度)+f×(車両速度) ……(1)
で示される。なお、AS1とAS2の代わりに、AS3とAS4の値(変位)を使用するようにしても良い。
【0037】
次に、前記試験により0.2秒周期で取得した約半年分の実測値の10秒平均を用いて、重回帰分析による統計的処理を実施することによって、上記式(1)における定数aおよび係数b,c,d,e,fを決定した。その結果、次のモデル式
MR上昇量=4.683−0.047×(AS1変位)−0.061×(AS2変位)
+0.18×(乗車率)−0.023×(外気温度)+0.037×(車両速度) ……(2)
が得られた。なお、上記式(1)における定数aおよび係数b,c,d,e,fの値は、重回帰分析機能を有する種々のソフトウェアが市販されているので、それを利用して得ることができる。
【0038】
図7は、上記モデル式(2)から予測されたMR上昇量の予測値と実測値との相関を示したもので、相関係数R
2は、0.624であった。これより、予測値と実測値との相関は良好であり、上記モデル式(2)の予測精度は充分に満足できるものであることが分かる。
【0039】
次に、上記モデル式(2)の予測値と実測値との差分をとってその時間的な変化について調べた。
図8に、その結果を、横軸に日をとって示す。
図8より、日数が経過するほどつまりコンプレッサの劣化が進むほど、予測値と実測値との差分のばらつきが大きくなることを見出した。このことから、予測値と実測値との差分をプロットした
図8のグラフにおいて、標本の集団を包含する位置に境界線Eを設け、該境界線を用いて異常検知の判定を行なえば、コンプレッサの異常を検知することができるとの結論に達した。
【0040】
そして、本発明者らは、前記分析結果から、以下に説明するようなコンプレッサの異常検知方法を開発した。
図9は、
図1に示すコンプレッサの異常検知システム20の境界線算出部23および判定処理部24によって実行される処理の手順を示すフローチャートである。なお、以下に説明する処理は、検知対象の列車が複数のコンプレッサおよび蓄圧系を備える場合、コンプレッサおよび蓄圧系ごとに実行してもよいし、車種や線区毎にまとめて実施してもよい。
【0041】
図9に示すように、コンプレッサの異常検知システム20は、先ず、監視対象のコンプレッサ(CMP)が稼働中であるか否か判定する(ステップS1)ここで、コンプレッサが稼働中でない(No)と判定すると境界線の算出のための計算をしないで当該処理を終了する。また、コンプレッサが稼働中である(Yes)と判定すると、ステップS2へ移行して、コンプレッサが10秒間稼働中であるか否か判定する。ここで、コンプレッサが10秒間稼働中でない(No)と判定すると境界線の算出のための計算をしないで当該処理を終了する。
【0042】
また、ステップS2で、コンプレッサが10秒間稼働中である(Yes)と判定すると、ステップS3へ移行して、ブレーキが10秒間操作されたか否か判定する。そして、ブレーキが10秒間操作された(No)と判定すると境界線の算出のための計算をしないで当該処理を終了する。また、ブレーキが10秒間操作されていない(Yes)と判定すると、ステップS4へ移行して、10秒間の空気タンク内圧力(MR圧)の上昇量およびそのときの当該車両の乗車率を算出する。続いて、ステップS5へ進み、算出されたMR圧の上昇量が1日または1回の稼働中の最大値であるか否か判定する。ここで、最大値でない(No)と判定すると境界線の算出のための計算をしないで当該処理を終了する。一方、ステップS5で、最大値である(Yes)と判定すると、ステップS6へ移行する。
【0043】
ステップS6では、評価対象の車両(列車)が営業開始から1年以内のものであるか否か判定する。営業開始から1年以内の判定を行うのは、正常な状態のコンプレッサの稼動による実績データを判断の基礎データとして取得するとともに、通年(全季節)のデータを取得しておくのが望ましいためである。なお、本実施例の異常検知方法は、コンプレッサの劣化による異常の発生を早期に検知するためのものであるので、通年のデータを取得できれば、営業開始から1年以内の車両についてのデータ取得に限定されるものでない。
【0044】
上記ステップS6で、営業開始から1年以内のものである(Yes)と判定すると、しきい値となる境界線の算出処理を開始し、ステップS7において、空気バネの圧力変位(AS変位)、乗車率、外気温度、車両速度を用いて重回帰分析の手法により、前述したモデル式を使用して空気タンク内圧力MRの上昇量の予測値を算出し、その予測値と実測値の差分を取り、その差分をプロットした
図8に示すグラフにおける標本の集団を内包する境界線Eを決定する。そして、ステップS7で決定した境界線情報を記憶装置に格納して処理を終了する(ステップS8)。
【0045】
一方、上記ステップS6で、評価対象車両が営業開始から1年以内でない(No)と判定すると、ステップS9へ進んで、前記回帰モデル式を用いて算出したMR上昇量とステップS9で記憶装置に格納した境界線情報とを比較して、境界線を越えた回数をカウントする(ステップS10)。そして、境界線を越えた回数(カウント値)が所定の回数以上であるか否か判定する(ステップS11)。ここで、境界線を越えた回数(カウント値)が所定の回数以上である(Yes)と判定すると、ステップS12へ移行してアラートを発信(もしくはアラームを発報)してから、ステップS16へ進んで判定結果を記憶装置に格納して当該処理を終了する。
【0046】
また、ステップS11で、境界線を越えた回数(カウント値)が所定の回数以上でない(No)と判定すると、ステップS13へ進んでカウント値の変化率(前日比)を算出し、算出された変化率が所定値以上であるか否か判定する(ステップS14)。そして、算出された変化率が所定値以上である(Yes)と判定すると、ステップS15へ移行して、アラートを発信してから、ステップS16へ進んで判定結果を記憶装置に格納して当該処理を終了する。変化率が所定値以上であるか否かの判定(ステップS15)を行うことで、境界線を越える回数が少なくても急に回数の変化率が大きくなった場合にはアラートを発信して注意を促すことができる。
【0047】
図10(A)にステップS11の判定のイメージを、
図10(B)にステップS14の判定のイメージを、横軸に日付をとって示す。
コンプレッサが故障する前であっても、コンプレッサの劣化が進むと稼働開始後所定圧力に達するまでの時間が長くなり、境界線を越える回数が次第に多くなる。また、コンプレッサの劣化が進むと、境界線を越える回数の変化率が次第に高くなると予想される。
図9に示すコンプレッサの異常検知処理のフローチャートでは、
図10(A)に示すように境界線を越える回数が次第に多くなって所定回数をオーバーするか、
図10(B)に示すように回数の変化率が急に高くなって所定値をオーバーすると、アラートを発信するため、コンプレッサの故障の予兆を的確に捉えて異常の発生を報知することができる。
【0048】
以上本発明者によってなされた発明を実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではない。例えば、
図9のフローチャートでは、ステップS11で境界線を越えた回数(カウント値)が所定の回数以上であると判定したとき、またはステップS14で回数の変化率が所定値以上であると判定したときにアラートを発信しているが、ステップS11で境界線を越えた回数が所定の回数以上であると判定しかつステップS14で回数の変化率が所定値以上であると判定したとき(論理積条件成立時)にアラートを発信するようにしてもよい。
【0049】
また、上記実施例のコンプレッサの異常検知方法では、
図9のステップS7で異常判定の目安となる境界線を算出する際に、重回帰分析の手法により作成したモデル式を使用して算出したMR上昇量の予測値と実測値の差分を取り、その差分をプロットした
図8に示すグラフにおける標本の集団を内包する境界線Eを決定するとしたが、MR上昇量とAS変位、乗車率、外気温度、車両速度とをパラメータとする多次元空間における標本の集団を内包する境界を決定し、該境界を用いて異常判定を行うようにしても良い。また、実施例の重回帰分析においては、AS変位、乗車率、外気温度、車両速度を説明変数に含んだモデル式を立てているが、対象の車両の車種あるいは走行する路線によっては、上記説明変数のうち影響の少ない乗車率や外気温度については省略することが可能な場合もある。