特許第6917046号(P6917046)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6917046
(24)【登録日】2021年7月21日
(45)【発行日】2021年8月11日
(54)【発明の名称】植物の耐塩性向上剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/06 20060101AFI20210729BHJP
   A01P 21/00 20060101ALI20210729BHJP
   A01N 25/02 20060101ALI20210729BHJP
【FI】
   A01N37/06
   A01P21/00
   A01N25/02
【請求項の数】4
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2017-3961(P2017-3961)
(22)【出願日】2017年1月13日
(65)【公開番号】特開2017-128564(P2017-128564A)
(43)【公開日】2017年7月27日
【審査請求日】2019年12月24日
(31)【優先権主張番号】特願2016-7190(P2016-7190)
(32)【優先日】2016年1月18日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究事業「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100180862
【弁理士】
【氏名又は名称】花井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】関 原明
(72)【発明者】
【氏名】上田 実
(72)【発明者】
【氏名】佐古 香織
(72)【発明者】
【氏名】グエン マイ フォン
(72)【発明者】
【氏名】吉田 稔
【審査官】 早乙女 智美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−151304(JP,A)
【文献】 特開2013−075881(JP,A)
【文献】 特開2013−237668(JP,A)
【文献】 特表2013−523795(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N37/06
A01P21/00
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Japio−GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する、植物の耐塩性向上剤。
【請求項2】
請求項1に記載の植物の耐塩性向上剤を有効成分として含有する、植物の耐塩性を向上させるための農業化学製剤。
【請求項3】
請求項1に記載の植物の耐塩性向上剤と、1種以上の農業上許容される成分とを含有する、植物の耐塩性を向上させるための農業化学組成物。
【請求項4】
農業上有効な量の請求項1に記載の植物の耐塩性向上剤を、植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、該植物の耐塩性を向上する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の環境ストレス耐性向上剤に関する。具体的には、本発明は、ファルネソール酸メチルを有効成分として含有する、植物の耐塩性向上剤に関する。
【背景技術】
【0002】
塩ストレス、乾燥ストレス及び低温ストレスのような環境ストレスは、植物の成長及び生命維持に重大な制約を与える。環境ストレスは、光合成及び呼吸等にも影響を及ぼすため、作物の品質低下及び収穫量減少等、農業において重大な被害をもたらす。環境ストレス応答に関する研究から、植物においては、様々な環境ストレス応答性遺伝子群が存在し、環境ストレスに対する抵抗性の獲得に関与していることが示唆されている。
【0003】
塩ストレスは、土壌中の塩類集積によって引き起こされる環境ストレスの一種である。灌漑技術の発達による圃場面積の増大、或いは津波又は高潮による圃場の海水浸漬に伴い、塩ストレスに起因する農業上の被害も増大している。植物における塩ストレスの影響は、浸透圧ストレス及びイオンストレスに分類することができる。浸透圧ストレスは、土壌中の塩類集積によって土壌の浸透圧が上昇し、根における吸水が制限され、結果として細胞レベルで水が欠乏する現象を意味する。イオンストレスは、最も豊富に存在する塩であるNaClによって引き起こされる、酵素活性の低下、及びK+等の無機イオンの吸収阻害等の現象を意味する(非特許文献1)。
【0004】
植物に対する環境ストレスは、原因となる環境要因を取り除くことが困難であるか、又は多額の費用を要するため、回避することが困難な場合がある。特に、塩ストレスの場合、塩類集積した圃場の除塩が必要となるが、灌漑による除塩を行うためには、対象圃場に用排水設備を準備する必要がある。また、土壌成分によっては、灌漑による除塩を行っても、土壌中の塩濃度が十分に低下しない場合がある。
【0005】
このような場合、植物自体の環境ストレス耐性を向上させることにより、該環境ストレスによる影響を回避できる可能性がある。植物自体の環境ストレス耐性を向上させる手段として、環境ストレス応答性遺伝子を改変した遺伝子組み換え植物の作出、及び環境ストレス耐性を向上させる化学的又は生物学的調節剤の施用を挙げることができる。
【0006】
例えば、特許文献1は、5-アミノレブリン酸、その誘導体及びそれらの塩、並びにヘミン類から選ばれる1種又は2種以上の化合物を有効成分とする植物の耐塩性向上剤を記載する。
【0007】
特許文献2は、一般式(I)で表されるヘテロ環化合物を有効成分として含有することを特徴とする栽培植物用の植物成長調節剤を記載する。当該文献は、前記化合物が植物の耐塩性の増加に使用し得ることを記載する。
【0008】
特許文献3は、パエニバチルス属に属する細菌若しくはその培養上清を含有してなる、植物の生長促進及び/又は耐塩性向上剤を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2896963号公報
【特許文献2】特開2014-88322号公報
【特許文献3】特開2013-75881号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】小柴共一ら編, 「植物ホルモンの分子細胞生物学」, 講談社, 2006年, p. 233-246
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記のように、塩ストレスのような環境ストレス耐性を向上させる化学的又は生物学的調節剤が知られている。しかしながら、これら公知の化学的又は生物学的調節剤は、効果及び/又はコストの観点から改良の余地が存在した。
【0012】
それ故、本発明は、植物における塩ストレスのような環境ストレス耐性を向上させる農業化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した。本発明者らは、耐塩性向上効果を有する特定のヒストンデアセチラーゼ阻害剤を植物に添加することによって上方制御される植物の遺伝子群の中に、セスキテルペンの一種であるファルネソール酸のメチル化に関与する1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子が存在することを見出した。さらに、本発明者らは、特定のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼによって産生されるファルネソール酸メチルを植物に施用すると、植物の耐塩性を向上し得ることを見出した。また、本発明者らは、ゲラニル酸メチルを植物に施用すると、同様に植物の耐塩性を向上し得ることを見出した。本発明者らは、前記知見に基づき本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) 式(I):
【化1】
[式中、
nは、1以上の整数であり、
R1は、置換若しくは非置換のアルキル、置換若しくは非置換のアルケニル、置換若しくは非置換のアルキニル、置換若しくは非置換のシクロアルキル、置換若しくは非置換のシクロアルケニル、置換若しくは非置換のシクロアルキニル、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のシクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換のアリール、置換若しくは非置換のアリールアルキル、置換若しくは非置換のヘテロアリール、又は置換若しくは非置換のヘテロアリールアルキルである。]
で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する、植物の耐塩性向上剤。
(2) nが、1又は2である、前記(1)に記載の植物の耐塩性向上剤。
(3) R1が、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキルである、前記(1)に記載の植物の耐塩性向上剤。
(4) ファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する、植物の耐塩性向上剤。
(5) 前記(1)〜(4)のいずれかに記載の植物の耐塩性向上剤を有効成分として含有する、植物の耐塩性を向上させるための農業化学製剤。
(6) 前記(1)〜(4)のいずれかに記載の植物の耐塩性向上剤と、1種以上の農業上許容される成分とを含有する、植物の耐塩性を向上させるための農業化学組成物。
(7) 農業上有効な量の前記(1)〜(4)のいずれかに記載の植物の耐塩性向上剤を、植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、該植物の耐塩性を向上する方法。
(8) 1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現が増加されている、耐塩性が向上した植物。
(9) 1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子が、ファルネソール酸カルボキシル-O-メチルトランスフェラーゼ遺伝子である、前記(8)に記載の耐塩性が向上した植物。
(10) 1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子が、以下の(a)〜(c):
(a)配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチド、及び
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列の第34〜348位の領域に相当するポリペプチド断片に対して92%以上の同一性を有し、且つS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチド
のいずれかのポリペプチドをコードする遺伝子である、前記(8)又は(9)に記載の耐塩性が向上した植物。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、植物における塩ストレスのような環境ストレス耐性を向上させる農業化合物を提供することが可能となる。
前記以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、ファルネソール酸カルボキシル-O-メチルトランスフェラーゼ(FAMT1)(AT3G44860)及びファルネソール酸カルボキシル-O-メチルトランスフェラーゼ(FAMT2)(AT3G44870)のアミノ酸配列の多重配列アライメントを示す図である。
図2図2は、1 μMの試験化合物(Ky-72)処理後、NaCl存在下で4日間、野生型のシロイヌナズナ(Col-0)及びfamt2(SALK_144710)変異体を生育させた結果を示す図である。A:試験化合物処理後、NaCl存在下で4日間生育させたCol-0体及びfamt2変異体の生存率(%);B:試験化合物処理後、NaCl存在下で4日間生育させたCol-0体及びfamt2変異体の表現型。
図3図3は、野生型のシロイヌナズナ(Col-0)にファルネソール酸メチルを添加した場合のファルネソール酸メチル濃度と塩ストレス条件下における生存率との関係を示す図である。A:NaCl存在下で3日間生育後の結果;B:NaCl存在下で4日間生育後の結果;C:NaCl存在下で5日間生育後の結果。
図4図4は、50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で3日間、野生型のシロイヌナズナ植物体を生育させた結果を示す図である。A:シロイヌナズナに50 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSOを添加した場合の塩ストレス条件下における生存率(%);B:シロイヌナズナに100、200若しくは300 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSOを添加した場合の塩ストレス条件下における生存率(%)。
図5図5は、50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で3日間、野生型のシロイヌナズナ植物体を生育させた結果を示す図である。A:50 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSO存在下で生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型;B:100、200若しくは300 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSO存在下で生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型。
図6図6は、50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で4日間、野生型のシロイヌナズナ植物体を生育させた結果を示す図である。A:シロイヌナズナに50 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSOを添加した場合の塩ストレス条件下における生存率(%);B:シロイヌナズナに100、200若しくは300 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSOを添加した場合の塩ストレス条件下における生存率(%)。
図7図7は、50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で4日間、野生型のシロイヌナズナ植物体を生育させた結果を示す図である。A:50 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSO存在下で生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型;B:100、200若しくは300 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSO存在下で生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型。
図8図8は、50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で5日間、野生型のシロイヌナズナ植物体を生育させた結果を示す図である。A:シロイヌナズナに50 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSOを添加した場合の塩ストレス条件下における生存率(%);B:シロイヌナズナに100、200若しくは300 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSOを添加した場合の塩ストレス条件下における生存率(%)。
図9図9は、50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で5日間、野生型のシロイヌナズナ植物体を生育させた結果を示す図である。A:50 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSO存在下で生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型;B:100、200若しくは300 μg/mlのファルネソール酸メチル又は対照として同量のDMSO存在下で生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型。
図10図10は、ゲラニル酸メチル又は対照としてDMSOで処理したシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下で生育させた期間と生存率との関係を示す図である。白抜き四角:DMSOで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl非存在下で生育させた結果;黒塗り四角:DMSOで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl存在下で生育させた結果;白抜き丸:ゲラニル酸メチルで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl非存在下で生育させた結果;黒塗り丸:ゲラニル酸メチルで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl存在下で生育させた結果。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
<1:環境ストレス耐性向上剤>
本発明において、「環境ストレス」は、対象となる植物の外部環境に起因して、植物が被るストレスを意味する。本発明において、環境ストレスは、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼの活性を向上させることにより、それに対する耐性が増強される任意の環境ストレスを包含する。本発明の対象となる環境ストレスとしては、限定するものではないが、例えば、塩ストレス、乾燥ストレス及び低温ストレスを挙げることができる。環境ストレスは、対象となる植物の好適な生育条件に依存して、様々な外部環境がその要因となる。当業者であれば、対象となる植物に基づき、環境ストレスの要因となる外部環境の具体的な条件を容易に決定することができる。
【0018】
本発明において、「環境ストレス耐性」は、環境ストレスを被る生育条件下であっても、生育不能(枯死)、生育不良(例えば、植物体の白化若しくは黄化、根長の減少若しくは葉数の減少)、生育速度の低下、又は植物体重量若しくは作物収量の減少のような望ましくない影響を実質的に受けることなく、正常に生育できる形質を意味する。本明細書において、「塩ストレス耐性」を「耐塩性」と記載する場合がある。本発明により、植物の環境ストレス耐性を向上させることにより、通常の植物では生育に望ましくない影響を受ける外部環境においても、植物を正常に生育させることができる。
【0019】
これまでに、本発明者らは、ヒストンデアセチラーゼ阻害活性を有する特定の化合物(以下、「ヒストンデアセチラーゼ阻害剤」とも記載する)が、植物の耐塩性を向上し得ることを見出した(特開2016-69380号公報)。本発明者らは、耐塩性向上効果を有する特定のヒストンデアセチラーゼ阻害剤である、シクロ[-L-2-アミノ-7-(2-オキソプロピルチオ)ヘプタノイル-アミノイソブチリル-L-フェニルアラニル-D-プロリル-](以下、「Ky-72」とも記載する):
【化2】
を植物に施用することによって上方制御される植物の遺伝子群の中に、セスキテルペンの一種であるファルネソール酸のメチル化に関与する1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子が存在することを見出した。さらに、本発明者らは、特定のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼによって産生されるファルネソール酸メチルを植物に施用すると、植物の耐塩性を顕著に向上し得ることを見出した。また、本発明者らは、ファルネソール酸メチルよりイソプレン単位が1個少ないゲラニル酸メチルを植物に施用すると、同様に植物の耐塩性を向上し得ることを見出した。
【0020】
本発明において、「S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ」又は「S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチル基転移酵素」は、S-アデノシル-L-メチオニンをメチル基供与体として、基質化合物のカルボキシル基にメチル基を転移する反応を触媒する酵素を意味する。
【0021】
本発明の一態様は、式(I):
【化3】
で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する、植物の耐塩性向上剤に関する。本態様の一実施形態は、ファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する、植物の環境ストレス耐性向上剤に関する。本態様の植物の環境ストレス耐性向上剤の有効成分である式(I)で表される化合物は、ファルネソール酸メチル及びゲラニル酸メチルを包含する。前記環境ストレスは、塩ストレス、乾燥ストレス又は低温ストレスであることが好ましく、塩ストレスであることがより好ましい。本態様の植物の環境ストレス耐性向上剤を植物に施用することにより、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。
【0022】
本発明において、「植物の環境ストレス耐性を向上させる」とは、前記で説明した環境ストレスを被る生育条件下の植物集団に本発明を適用することにより、該処理植物集団の60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは100%が、環境ストレスに耐性を示すことを意味する。植物の環境ストレス耐性は、以下で説明する手段によって評価することができる。
【0023】
本発明による植物の環境ストレス耐性向上効果は、植物の生育自体に対する効果、例えば、茎葉部若しくは根部の伸張、葉数の増加、植物体重量若しくは作物収量の増加、緑化、又は分蘖の促進のような生育の促進効果を包含してもよく、包含しなくてもよい。例えば、本発明による植物の環境ストレス耐性向上効果は、植物の生育を実質的に促進しつつ、塩ストレスのような環境ストレスに対する植物の耐性を特異的に向上させることを包含する。或いは、本発明による植物の環境ストレス耐性向上効果は、植物の生育を実質的に促進することなく、塩ストレスのような環境ストレスに対する植物の耐性を特異的に向上させることを包含する。いずれの場合も本発明の実施形態に包含される。
【0024】
式(I)において、nは、1以上の整数である。nは、1〜4の範囲であることが好ましく、1又は2であることがより好ましい。nが前記で例示した基である場合、本態様の植物の環境ストレス耐性向上剤を植物に施用することにより、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。
【0025】
式(I)において、R1は、置換若しくは非置換のアルキル、置換若しくは非置換のアルケニル、置換若しくは非置換のアルキニル、置換若しくは非置換のシクロアルキル、置換若しくは非置換のシクロアルケニル、置換若しくは非置換のシクロアルキニル、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のシクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換のアリール、置換若しくは非置換のアリールアルキル、置換若しくは非置換のヘテロアリール、又は置換若しくは非置換のヘテロアリールアルキルである。R1は、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルケニル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルキニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルケニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキニル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のC7〜C11シクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC6〜C15アリール、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキル、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール、又は置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキルであることが好ましく、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキルであることがより好ましく、メチル、エチル、プロピル、ブチル又はペンチルであることがさらに好ましく、メチルであることが特に好ましい。R1が前記で例示した基である場合、本態様の植物の環境ストレス耐性向上剤を植物に施用することにより、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。
【0026】
式(I)において、前記基が置換されている場合、該置換基は、それぞれ独立して、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、カルボキシル、シアノ、ニトロ、ヒドロキシル、置換若しくは非置換のアルキル、置換若しくは非置換のアルケニル、置換若しくは非置換のアルキニル、置換若しくは非置換のシクロアルキル、置換若しくは非置換のシクロアルケニル、置換若しくは非置換のシクロアルキニル、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のシクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換のアリール、置換若しくは非置換のアリールアルキル、置換若しくは非置換のヘテロアリール、置換若しくは非置換のヘテロアリールアルキル、置換若しくは非置換のアルコキシ、置換若しくは非置換のシクロアルコキシ、置換若しくは非置換のヘテロシクロアルコキシ、置換若しくは非置換のアリールオキシ、置換若しくは非置換のアリールアルキルオキシ、置換若しくは非置換のヘテロアリールオキシ、置換若しくは非置換のヘテロアリールアルキルオキシ、置換若しくは非置換のアルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のシクロアルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のアシル、置換若しくは非置換のアシルオキシ、及び置換若しくは非置換のアミノからなる群より選択される少なくとも1個の1価基であることが好ましく、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、カルボキシル、シアノ、ニトロ、ヒドロキシル、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルケニル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルキニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルケニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキニル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のC7〜C11シクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC6〜C15アリール、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキル、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシ、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシ、置換若しくは非置換の3〜6員ヘテロシクロアルコキシ、置換若しくは非置換のC6〜C15アリールオキシ、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキルオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリールオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキルオキシ、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシルオキシ、及び置換若しくは非置換のアミノからなる群より選択される少なくとも1個の1価基であることがより好ましい。前記1価基が置換されている場合、該置換基は、前記1価基からさらに選択されることができる。
【0027】
好ましくは、式(I)で表される化合物は、
nが、1〜4の範囲であり、
R1が、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルケニル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルキニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルケニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキニル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のC7〜C11シクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC6〜C15アリール、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキル、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール、又は置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキルであり、
前記基が置換されている場合、該置換基は、それぞれ独立して、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、カルボキシル、シアノ、ニトロ、ヒドロキシル、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルケニル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルキニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルケニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキニル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のC7〜C11シクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC6〜C15アリール、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキル、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシ、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシ、置換若しくは非置換の3〜6員ヘテロシクロアルコキシ、置換若しくは非置換のC6〜C15アリールオキシ、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキルオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリールオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキルオキシ、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシルオキシ、及び置換若しくは非置換のアミノからなる群より選択される少なくとも1個の1価基である。
【0028】
より好ましくは、式(I)で表される化合物は、
nが、1〜4の範囲であり、
R1が、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキルであり、
前記基が置換されている場合、該置換基は、それぞれ独立して、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、カルボキシル、シアノ、ニトロ、ヒドロキシル、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルケニル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルキニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルケニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキニル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のC7〜C11シクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC6〜C15アリール、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキル、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシ、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシ、置換若しくは非置換の3〜6員ヘテロシクロアルコキシ、置換若しくは非置換のC6〜C15アリールオキシ、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキルオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリールオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキルオキシ、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシルオキシ、及び置換若しくは非置換のアミノからなる群より選択される少なくとも1個の1価基である。
【0029】
さらに好ましくは、式(I)で表される化合物は、
nが、1又は2であり、
R1が、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキルであり、
前記基が置換されている場合、該置換基は、それぞれ独立して、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、カルボキシル、シアノ、ニトロ、ヒドロキシル、置換若しくは非置換のC1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルケニル、置換若しくは非置換のC2〜C5アルキニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルケニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルキニル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル、置換若しくは非置換のC7〜C11シクロアルキルアルキル、置換若しくは非置換の3〜6員のヘテロシクロアルキル-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC6〜C15アリール、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキル、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキル、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシ、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシ、置換若しくは非置換の3〜6員ヘテロシクロアルコキシ、置換若しくは非置換のC6〜C15アリールオキシ、置換若しくは非置換のC7〜C20アリールアルキルオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリールオキシ、置換若しくは非置換の5〜15員のヘテロアリール-C1〜C5アルキルオキシ、置換若しくは非置換のC1〜C6アルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC3〜C6シクロアルコキシカルボニル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシル、置換若しくは非置換のC1〜C20アシルオキシ、及び置換若しくは非置換のアミノからなる群より選択される少なくとも1個の1価基である。
【0030】
特に好ましくは、式(I)で表される化合物は、
nが、1又は2であり、
R1が、メチル、エチル、プロピル、ブチル又はペンチルである。
【0031】
とりわけ特に好ましくは、式(I)で表される化合物は、
(1)nが、1であり、且つ
R1が、メチルである、或いは;
(2)nが、2であり、且つ
R1が、メチルである。
【0032】
前記(1)のn及びR1の組み合わせを有する場合、式(I)で表される化合物は、ゲラニル酸メチルである。また、前記(2)のn及びR1の組み合わせを有する場合、式(I)で表される化合物は、ファルネソール酸メチルである。
【0033】
本態様の植物の環境ストレス耐性向上剤において、有効成分であるファルネソール酸メチルは、昆虫の幼若ホルモンとして知られている公知の化合物である。ファルネソール酸メチルはまた、抗微生物化合物としても知られている(Kim, S.及びOH, K., J. Microbiol. Biotechnol., 2002年, 第12(6)巻, p.1006-1009)。しかしながら、植物におけるファルネソール酸メチルの生理作用は、これまでに明らかにされていなかった。
【0034】
ファルネソール酸メチルは、特定のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼによって、セスキテルペンの一種であるファルネソール酸から産生される化合物である。ファルネソール酸メチルの生合成に関与するS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼとしては、ファルネソール酸メチルトランスフェラーゼ(FAMT)を挙げることができる(FAMT:Yang, Y.ら, Arch. Biochem. Biophys., 2006年, 第448巻, p. 123-132)。FAMTは、メチルトランスフェラーゼ酵素の新規群である、SABATHファミリーに属する。「SABATH」は、3個の最初に同定された酵素である、SAMT(サリチル酸カルボキシルメチルトランスフェラーゼ)、BAMT(安息香酸カルボキシルメチルトランスフェラーゼ)及びtheobromine synthase(テオブロミンシンターゼ)を表す。SABATHファミリーに属する酵素タンパク質は、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼスーパーファミリータンパク質である。SABATHファミリーに属する酵素タンパク質の分子は、約357〜389アミノ酸残基を有し、40〜49 kDaの分子量である。また、SABATHファミリーに属する酵素タンパク質は、23〜95%の同一性を示す。シロイヌナズナには、24個のSABATH遺伝子が存在することが知られている(D’Auria, J.C.ら, Phytochem., 2003年, 第37巻, p. 253-283、及びZhao, N.ら, Plant Physiol., 2008年, 第146巻, p. 455-467)。植物において、FAMT遺伝子は、耐塩性向上効果を有するヒストンデアセチラーゼ阻害剤である化合物Ky-72によって発現が誘導される。また、ファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを植物に施用することにより、塩ストレスのような環境ストレスに対する該植物の耐性を向上させることができる。それ故、式(I)で表される化合物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する本態様の環境ストレス耐性向上剤を植物に施用することにより、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性を顕著に向上させることができる。
【0035】
【化4】
【0036】
本発明において、式(I)で表される化合物、或いはファルネソール酸及びゲラニル酸は、該化合物自体だけでなく、その塩も包含する。本発明において使用されるファルネソール酸の塩としては、限定するものではないが、例えば、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、又は置換若しくは非置換のアンモニウムイオンのようなカチオンが好ましい。
【0037】
本発明において、式(I)で表される化合物、特にファルネソール酸メチル及びゲラニル酸メチル、或いはファルネソール酸及びゲラニル酸は、該化合物自体だけでなく、該化合物又はその塩の溶媒和物も包含する。前記化合物又はその塩と溶媒和物を形成し得る溶媒としては、限定するものではないが、例えば、低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール若しくは2-プロパノール(イソプロピルアルコール)のような1〜6の炭素原子数を有するアルコール)、高級アルコール(例えば、1-ヘプタノール若しくは1-オクタノールのような7以上の炭素原子数を有するアルコール)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、酢酸、エタノールアミン若しくは酢酸エチルのような有機溶媒、又は水が好ましい。本発明において使用される式(I)で表される化合物、特にファルネソール酸メチル及びゲラニル酸メチル又はそれらの塩が前記の溶媒との溶媒和物の形態である場合、植物の環境ストレス耐性の向上効果を実質的に低下させることなく、該化合物を使用することができる。
【0038】
本発明において、式(I)で表される化合物、或いはファルネソール酸及びゲラニル酸は、該化合物自体だけでなく、その保護形態も包含する。本明細書において、「保護形態」は、1個又は複数の官能基(例えばカルボン酸基)に保護基が導入された形態を意味する。また、本明細書において、「保護基」は、望ましくない反応の進行を防止するために、特定の官能基に導入される基であって、特定の反応条件において定量的に除去され、且つそれ以外の反応条件においては実質的に安定、即ち反応不活性である基を意味する。前記化合物の保護形態を形成し得る保護基としては、限定するものではないが、例えば、カルボン酸基の保護基の場合、アルキルエステル(例えばメチル、エチル若しくはイソプロピルエステル)、又はアリールアルキルエステル(例えばベンジルエステル)が好ましい。前記保護基による保護化及び脱保護化は、公知の反応条件に基づき実施することができる。
【0039】
本発明において使用される式(I)で表される化合物、特にファルネソール酸メチル及びゲラニル酸メチル、或いはファルネソール酸及びゲラニル酸が1又は複数の幾何異性体又は互変異性体を有する場合、前記化合物は、該化合物の個々の幾何異性体又は互変異性体、並びにそれらの混合物も包含する。
【0040】
前記特徴を有することにより、本発明において使用される式(I)で表される化合物、特にファルネソール酸メチル及びゲラニル酸メチルは、植物の環境ストレス耐性の向上効果を発現することができる。
【0041】
<2:環境ストレス耐性向上剤の農業用途>
前記で説明したように、本発明の一態様の式(I)で表される化合物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する植物の環境ストレス耐性向上剤を植物に施用することにより、該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。それ故、本発明の別の一態様は、式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する農業化学製剤又は農薬に関する。本態様の一実施形態は、本発明の環境ストレス耐性向上剤を有効成分として含有する農業化学製剤又は農薬である。本発明の別の一態様はまた、農業上有効な量の前記で説明した式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを、植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、該植物の環境ストレス耐性を向上する方法に関する。本態様の一実施形態は、農業上有効な量の本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤を、植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、該植物の環境ストレス耐性を向上する方法である。
【0042】
本態様の農業化学製剤は、植物の環境ストレス耐性を向上させるために使用することができる。前記環境ストレスは、塩ストレス、乾燥ストレス又は低温ストレスであることが好ましく、塩ストレスであることがより好ましい。本態様の農業化学製剤を植物に施用することにより、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。
【0043】
本発明において、植物の環境ストレス耐性は、限定するものではないが、以下の手段によって評価することができる。例えば、塩ストレス耐性は、対象となる植物を、適当な濃度で塩を添加した培地又は土壌中で、該植物にとって好適な状態の生育温度及び生育期間(例えば、シロイヌナズナの場合、気温22℃、2〜3週間)の条件で生育させ、その表現型を評価することにより、決定すればよい。乾燥ストレス耐性は、対象となる植物を、該植物にとって乾燥状態の生育温度、生育湿度及び生育期間(例えば、シロイヌナズナの場合、気温22℃、湿度50%以下、2〜3週間)の条件で生育させ、その表現型を評価することにより、決定すればよい。また、凍結ストレス耐性は、対象となる植物を、凍らない程度の低温で馴化させた後、-2℃以下の温度条件下で凍結処理を施し、その後、該植物にとって好適な状態の生育温度及び生育期間(例えば、シロイヌナズナの場合、気温22℃、1〜2週間)の条件で生育させ、その表現型を評価することにより、決定すればよい。
【0044】
本態様の農業化学製剤において、本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤、例えば前記で説明した式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを単独で使用してもよく、1種以上の農業上許容される成分と組み合わせて使用してもよい。本態様の農業化学製剤は、所望の施用方法に応じて、当該技術分野で通常使用される様々な剤形に製剤されることができる。それ故、本態様の農業化学製剤はまた、本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤、例えば前記で説明した式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルと、1種以上の農業上許容される成分とを含有する農業化学組成物の形態で提供されることもできる。本態様の農業化学組成物に使用される農業上許容される成分としては、担体、賦形剤、結合剤、溶解補助剤、安定剤、増粘剤、膨化剤、潤滑剤、界面活性剤、油性液、緩衝剤、殺菌剤、不凍剤、消泡剤、着色剤、酸化防止剤、及びさらなる活性成分等を挙げることができる。農業上許容される担体としては、水、ケロセン若しくはディーゼル油のような鉱油画分、植物若しくは動物由来の油、環状若しくは芳香族炭化水素(例えばパラフィン、テトラヒドロナフタレン、アルキル化ナフタレン類若しくはそれらの誘導体、又はアルキル化ベンゼン類若しくはそれらの誘導体)、アルコール(例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール又はシクロヘキサノール)、ケトン(例えばシクロヘキサノン)、若しくはアミン(例えばN-メチルピロリドン)、又はこれらの混合物のような農業上許容される液体担体が好ましい。
【0045】
本態様の農業化学組成物が1種以上のさらなる活性成分を含有する場合、該さらなる活性成分としては、当該技術分野で公知の様々な環境ストレス耐性向上活性を有する化合物を適用することができる。本態様の農業化学組成物が前記のような1種以上のさらなる活性成分を含有することにより、耐塩性のような植物の環境ストレス耐性をさらに向上させることができる。
【0046】
ファルネソール酸メチルの産生を制御するFAMT等のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼは、植物を含む真核生物に広く存在する酵素である。それ故、本発明の対象となる植物は、特に限定されない。被子植物及び裸子植物を含む様々な植物に対して、本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤又は農業化学製剤を施用することができる。本発明の施用対象となる植物としては、限定するものではないが、例えば、シロイヌナズナ及びアブラナのようなアブラナ科植物、ダイズのようなマメ科植物、イネ、トウモロコシ、コムギ及びオオムギのようなイネ科植物、アサガオのようなヒルガオ科植物、ポプラのようなヤナギ科植物、トウゴマ、キャッサバ及びジャトロファのようなトウダイグサ科植物、ブドウのようなブドウ科植物、並びにトマトのようなナス科植物を挙げることができる。前記植物は、該植物自体だけでなく、組織、器官(例えば、根茎、塊根、球茎若しくはランナー等の栄養繁殖器官)、培養細胞及び/又はカルス等の該植物の部分であってもよい。前記のような植物に本発明の一態様の植物の環境ストレス耐性向上剤又は農業化学製剤を施用することにより、該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。
【0047】
本発明の一態様の植物の環境ストレス耐性向上剤又は農業化学製剤は、発芽前又は発芽後を含む任意の生育段階にある前記植物又はその部分(例えば、種子、幼苗又は成熟植物体)に施用することができる。また、本発明の一態様の植物の環境ストレス耐性向上剤又は農業化学製剤は、前記植物自体だけでなく、そこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することができる。前記のような生育段階にある植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に本発明の一態様の植物の環境ストレス耐性向上剤又は農業化学製剤を施用することにより、該植物の環境ストレス耐性を向上させることができる。
【0048】
一態様において、本発明の方法は、所望により、本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤、例えば前記で説明した式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルに加えて、さらなる薬剤を植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することをさらに含んでもよい。さらなる薬剤としては、前記で説明した農業化学組成物のさらなる活性成分であることが好ましい。この場合、式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤と、さらなる薬剤とを、植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用する順序は特に限定されない。例えば、本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤とさらなる薬剤とを同時に(単一の若しくは別々の製剤として)植物又はそこから該植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用してもよく、又は逐次的に施用してもよい。式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルを有効成分として含有する本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤に加えて、さらなる薬剤を植物等に施用することにより、該植物の環境ストレス耐性をより顕著に向上させることができる。
【0049】
本態様において、農業化学製剤の剤形は、特に限定されない。当該技術分野で通常使用される、乳剤、水和剤、液剤、水溶剤、粉剤、粉末剤、ペースト剤又は粒剤等の剤形に製剤することができる。本発明の一態様の環境ストレス耐性向上剤において、有効成分として含有される式(I)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物、特にファルネソール酸メチル又はゲラニル酸メチルの含有量は、例えば、施用時の体積1 Lあたり0.01〜500 mgの範囲であり、通常は、施用時の体積1 Lあたり1〜500 mgの範囲であり、典型的には、施用時の体積1 Lあたり10〜300 mgの範囲であり、特に、施用時の体積1 Lあたり50〜300 mgの範囲である。
【0050】
<3:環境ストレス耐性が向上した植物>
本発明の特定の一実施形態における環境ストレス耐性向上剤の有効成分であるファルネソール酸メチルは、特定のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼによって、セスキテルペンの一種であるファルネソール酸から産生される化合物である。それ故、本発明の別の一態様は、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現が増加されている、環境ストレス耐性が向上した植物に関する。前記環境ストレスは、塩ストレス、乾燥ストレス又は低温ストレスであることが好ましく、塩ストレスであることがより好ましい。本態様により、植物において産生されるファルネソール酸メチルを増加させることによって、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性が向上した植物を得ることができる。
【0051】
ファルネソール酸メチルの産生を制御するFAMT等のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼは、植物を含む真核生物に広く存在する酵素である。それ故、本態様において、対象となる植物は、特に限定されない。本発明の植物の環境ストレス耐性向上剤又は農業化学製剤の対象となる植物として前記で例示した様々な植物を対象とすることができる。
【0052】
本態様において、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子は、ファルネソール酸カルボキシル-O-メチルトランスフェラーゼ(FAMT)遺伝子であることが好ましい。FAMTは、配列番号1及び2で示されるアミノ酸配列からなるシロイヌナズナ由来のFAMT1及び2(以下、「シロイヌナズナFAMT1及び2」とも記載する)のみならず、シロイヌナズナ及び他の生物種由来のシロイヌナズナFAMTホモログを包含する。本態様において、「シロイヌナズナFAMTホモログ」は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるシロイヌナズナFAMT1ポリペプチドに対して60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、若しくは98%以上、又は99%以上の同一性を有し、且つファルネソール酸カルボキシル-O-メチルトランスフェラーゼ活性を有するシロイヌナズナ及び他の生物種由来のポリペプチド(シロイヌナズナFAMTを除く)を意味する。それ故、本態様において、シロイヌナズナFAMTホモログには、シロイヌナズナ由来のFAMT遺伝子ファミリーだけでなく、他の植物種由来のFAMTオルソログも含む。FAMT1ポリペプチド及びFAMT2ポリペプチドは、高い同一性を有することから、FAMTホモログは、FAMT2を包含する。シロイヌナズナFAMTホモログは、配列番号1で示されるシロイヌナズナFAMT1のアミノ酸配列の第34〜348位の領域(以下、「methyltransf_7ドメイン」とも記載する)に相当するポリペプチド断片に対して65%以上、好ましくは、70%以上、より好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、92%以上、95%以上、若しくは98%以上、又は99%以上の同一性を有することが好ましい。前記のホモログ及びオルソログを含む1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を用いることにより、様々な植物の環境ストレス耐性、特に耐塩性を向上させることができる。
【0053】
本明細書において、アミノ酸配列の「同一性」は、2個のアミノ酸配列にギャップを導入して又は導入しないでアライメントさせたときに、一方のアミノ酸配列の全アミノ酸残基数に対する、他方のアミノ酸配列の同一アミノ酸残基数の割合(%)を意味する。また、塩基配列の「同一性」は、2個の塩基配列にギャップを導入して又は導入しないでアライメントさせたときに、一方の塩基配列の全塩基数に対する、他方の塩基配列の同一塩基数の割合(%)を意味する。同一性は、例えばBLAST等の当該技術分野で公知のプログラムを使用して決定することができる。
【0054】
本態様において、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子は、前記で説明したS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼの野生型ポリペプチドをコードする遺伝子(以下、「野生型遺伝子」とも記載する)だけでなく、その変異型ポリペプチドをコードする遺伝子(以下、「変異型遺伝子」とも記載する)も包含する。本態様において、「変異型ポリペプチド」は、前記で説明したS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼの野生型ポリペプチドのアミノ酸配列において、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性に実質的に影響を与えない範囲で1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドを意味する。或いは、野生型ポリペプチドに含まれるアミノ酸残基の側鎖官能基が、メチル化、エステル化及び/又はファルネシル化等の翻訳後修飾を受けたポリペプチドも、変異型ポリペプチドに包含される。変異型ポリペプチドは、部位特異的突然変異誘発法等の当該技術分野で公知の手段によって人為的に作成されてもよく、天然に存在する同様の変異型ポリペプチドを用いてもよい。いずれの場合も本態様の植物に包含される。
【0055】
変異型ポリペプチドに含まれる変異が生じたアミノ酸の数は、通常は、1又は数個の範囲である。「数個」の範囲は、環境ストレス耐性を増強する活性に実質的に影響を与えない範囲の2以上の整数であればよい。例えば、2〜10個の範囲であることが好ましく、2〜8個の範囲であることがより好ましく、2〜5、2〜4、2〜3又は2個の範囲であることが特に好ましい。
【0056】
本態様において、「S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子」は、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子だけでなく、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するその断片をコードする遺伝子も包含する。本態様において、「S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するその断片」は、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼタンパク質のポリペプチド断片であって、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼタンパク質が有する酵素活性を実質的に保持しているポリペプチド断片を意味する。当業者には明らかなように、このようなポリペプチド断片の長さ及び/又は全長ポリペプチドにおける領域は、元となるS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼタンパク質の構造及び/又は機能等に依存して様々である。それ故、本態様において、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼの断片は、前記で説明したS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼタンパク質の構造及び/又は機能等に基づき、methyltransf_7ドメインのようなS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性の発現に不可欠な領域を破壊しない範囲で適宜設計すればよい。例えば、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼとして配列番号1で示されるシロイヌナズナFAMT1を用いる場合、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するその断片は、そのアミノ酸配列の第34〜348位の領域を破壊しない範囲で保持するポリペプチド断片であることが好ましい。
【0057】
S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼタンパク質をコードする遺伝子としては、前記で例示した該酵素の野生型遺伝子、又はその変異型遺伝子を挙げることができる。S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼの変異型遺伝子としては、例えば、該酵素の野生型ポリペプチドをコードする核酸の塩基配列において、1若しくは数個のヌクレオチドが欠失、置換又は付加された核酸、前記塩基配列と60%以上、好ましくは、70%以上、より好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、及び99%以上の同一性を有する核酸、並びに野生型遺伝子の部分塩基配列に相補的な塩基配列からなる核酸断片とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸であって、それがコードするポリペプチドがS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有する核酸を挙げることができる。ここで、「数個のヌクレオチド」は、2〜20個、2〜10個、2〜9個、2〜8個、又は2〜7個を意味する。2〜6個、2〜5個、2〜4個、2〜3個又は2個のヌクレオチドであることが好ましい。また、「ストリンジェントな条件」は、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を意味する。通常は、低ストリンジェント〜高ストリンジェントな条件が挙げられるが、高ストリンジェントな条件が好ましい。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、5×SSC、0.1% SDSで洗浄する条件であり、好ましくは50℃、5×SSC及び0.1% SDSで洗浄する条件である。高ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば65℃、0.1×SSC及び0.1% SDSで洗浄する条件である。このような変異型遺伝子としては、一塩基多型(SNP)等の多型に基づく変異体、スプライス変異体、及び遺伝暗号の縮重に基づく変異体等を挙げることができる。
【0058】
S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼの断片をコードする遺伝子としては、野生型又は変異型の該酵素ポリペプチドをコードする核酸の断片であって、それがコードするポリペプチドがS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有する核酸を挙げることができる。
【0059】
好ましくは、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子は、以下の(a)〜(c):
(a)配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチド、及び
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列の第34〜348位の領域に相当するポリペプチド断片に対して92%以上の同一性を有し、且つS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチド
のいずれかのポリペプチドをコードする遺伝子である。
【0060】
(a)のポリペプチドは、シロイヌナズナのFAMT1又は2タンパク質に相当するポリペプチドを意味する。
【0061】
(b)のポリペプチドは、(a)のポリペプチドにおいて、S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性に実質的に影響を与えない範囲で変異が生じた変異型ポリペプチドを意味する。変異が生じたアミノ酸の数は、通常、1又は数個の範囲である。「数個」の範囲は、例えば、2〜10個の範囲であることが好ましく、2〜8個の範囲であることがより好ましく、2〜5、2〜4、2〜3又は2個の範囲であることが特に好ましい。
【0062】
(c)は、(a)のポリペプチド断片に対して通常60%以上、好ましくは、70%以上、より好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、92%以上、95%以上、若しくは98%以上、又は99%以上の同一性を有し、且つS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するポリペプチドを意味する。前記ポリペプチドは、methyltransf_7ドメインに相当するポリペプチド断片に対して通常65%以上、好ましくは、70%以上、より好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、92%以上、95%以上、若しくは98%以上、又は99%以上の同一性を有することが好ましい。
【0063】
(a)のポリペプチドをコードする遺伝子としては、シロイヌナズナの野生型S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼタンパク質をコードする核酸、及びその変異型タンパク質であってS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする核酸を挙げることができる。シロイヌナズナの野生型S-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼであるFAMT1タンパク質をコードする核酸の具体的な塩基配列は、配列番号3で、FAMT2タンパク質をコードする核酸の具体的な塩基配列は、配列番号4で、それぞれ示される。それ故、(a)の配列番号1又は2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子は、それぞれ配列番号3又は4で表される塩基配列を含む核酸を含む遺伝子であることが好ましい。
【0064】
本態様の環境ストレス耐性が向上した植物において、発現が増加されているS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子は、通常は1個以上であり、1〜2個の範囲であることが好ましく、1又は2個であることがより好ましく、2個であることが特に好ましい。前記個数のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させることにより、植物において産生されるファルネソール酸メチルを増加させて、耐塩性のような該植物の環境ストレス耐性が向上した植物を得ることができる。
【0065】
本発明において、「遺伝子の発現が増加されている」は、対象となる遺伝子の転写産物の量、翻訳産物の量及び翻訳産物の有する活性の少なくともいずれかの遺伝子発現の指標の上昇を意味する。本態様において、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の増加の程度は、限定するものではないが、例えば、対象となる野生型の植物における該遺伝子発現の指標の値に対して、例えば2倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上である。
【0066】
本態様の環境ストレス耐性が向上した植物において、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させる手段としては、限定するものではないが、例えば、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を発現可能な状態で包含する1個以上の遺伝子発現系の導入、及び対象の植物において1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を過剰発現させる変異処理等を挙げることができる。
【0067】
本発明において、「遺伝子発現系」は、対象の植物において包含する遺伝子を所定の条件下で発現させることのできる単位を意味する。遺伝子発現系は、通常は、包含する遺伝子に対応する領域の他に、発現調節領域を有する。発現調節領域は、通常は、プロモーター及びターミネーターを含み、さらに場合によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、5'-UTR(非翻訳領域)配列、標識若しくは選抜マーカー遺伝子、マルチクローニング部位及び複製開始点等を含む。本態様において使用する遺伝子発現系は、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を発現可能な状態で包含していれば、他の構成は特に限定されない。
【0068】
本態様において使用する遺伝子発現系は、1個の遺伝子発現系に1個のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を包含することが好ましい。すなわち、本態様において、発現が増加されているS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子が複数の場合、該複数のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を別々に包含する複数の遺伝子発現系を使用することが好ましい。このような実施形態により、複数のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を別々に制御することができる。
【0069】
本態様において使用する遺伝子発現系は、対象の植物細胞内で複数のコピー(以下、「多コピー」とも記載する)を一定の期間維持できる性質を有することが好ましい。多コピー型の遺伝子発現系を用いる場合、それぞれの遺伝子発現系からの1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現量が低くとも、全体としての該遺伝子の発現量を増加させることができる。
【0070】
本態様において使用する遺伝子発現系は、発現時期及び発現部位の少なくともいずれかが制御されていてもよく、制御されていなくともよい。後者の場合、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子を、対象の植物において構成的に発現させることができる。
【0071】
本態様において使用する遺伝子発現系としては、限定するものではないが、当該技術分野で通常使用されるプラスミド又はウイルスを利用した発現ベクターを挙げることができる。プラスミド発現ベクターとしては、例えば、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript系(stratagene社)、pTriEXTM系(TaKaRa社)、及びpBI系、pRI系又はpGW系のバイナリーベクター等を挙げることができる。ウイルス発現ベクターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメゴールデンモザイクウイルス(BGMV)及びタバコモザイクウイルス(TMV)等を挙げることができる。発現ベクターは、対象となる植物の種類、発現時期及び/又は発現部位等に基づき、適宜選択することができる。
【0072】
発現ベクターで使用されるプロモーターとしては、所望の発現パターンに応じて、例えば、過剰発現型プロモーター、構成的プロモーター、部位特異的プロモーター、段階特異的プロモーター、及び誘導性プロモーター等に分類することができる。過剰発現型で且つ構成的プロモーターの例としては、例えば、CaMV由来の35Sプロモーター、Tiプラスミド由来のノパリン合成酵素遺伝子のプロモーターPnos、トウモロコシ由来のユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、及びタバコ由来PRタンパク質プロモーター等を挙げることができる。
【0073】
発現ベクターで使用されるターミネーターは、前記で例示したプロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であれば、特に限定されない。発現ベクターで使用されるターミネーターとしては、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35Sターミネーター、大腸菌リポポリプロテインlppの3’ターミネーター、trpオペロンターミネーター、amyBターミネーター、及びADH1遺伝子のターミネーター等を挙げることができる。
【0074】
発現ベクターで使用されるエンハンサーとしては、例えば、CaMV 35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域を挙げることができる。
【0075】
発現ベクターで使用される標識又は選抜マーカー遺伝子としては、例えば、薬剤耐性遺伝子(例えば、テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子又はネオマイシン耐性遺伝子)、蛍光又は発光レポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、β-グルクロニターゼ(GUS)又は緑色蛍光タンパク質(GFP))、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)、ジヒドロ葉酸還元酵素、及びブラストサイジンS耐性遺伝子等の酵素遺伝子を挙げることができる。
【0076】
本態様において、前記で説明した遺伝子発現系を対象の植物に導入する手段としては、当該技術分野で通常使用される各種の形質転換方法を適用することができる。遺伝子発現系がプラスミド発現ベクターの場合、プロトプラスト法、パーティクルガン法又はアグロバクテリウム法等を用いることができる。また、遺伝子発現系がウイルス発現ベクターの場合、植物病害抵抗性遺伝子等を組み込んだウイルス発現ベクターを対象の植物細胞に感染させる方法を用いることができる。これらの形質転換方法の詳細については、「植物代謝工学ハンドブック」(2002年、NTS社)、「新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001年秀潤社)、Molecular Biology of Plant Tumors(Academic Press、New York)1982、pp549)、及び米国特許第4,407,956号明細書等に記載の公知のプロトコルを参照することができる。
【0077】
前記の導入手段で形質転換した植物細胞は、公知の方法に基づいて遺伝子組換え植物体に再生させることができる。遺伝子組換え植物体の再生手段としては、例えば、未分化増殖細胞からなるカルス形成を経て植物体に再生させるインビトロ再生方法を挙げることができる。本方法の詳細については、「植物代謝工学ハンドブック」(2002年、NTS社)及び「新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001年秀潤社)等に記載の公知のプロトコルを参照することができる。或いは、カルス又は細胞培養のステップを経ることなく、目的の植物個体の細胞に直接、遺伝子発現系を導入するin planta法を用いることもできる。形質転換細胞の増殖及び/又は分裂を促進するために、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシジン酸、ブラシノステロイド及び/又はフィトスルホカインのような植物ホルモンを使用することができる。
【0078】
前記特徴を有する遺伝子発現系を用いることにより、対象の植物において、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させることができる。
【0079】
本態様の環境ストレス耐性が向上した植物において、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させる手段として変異処理を適用する場合、該変異処理は、通常は、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を制御する転写因子等の発現パターンを改変するために使用される。本工程において使用される変異処理としては、限定するものではないが、例えば、点変異導入法、トランスポゾン挿入変異法、T-DNA挿入変異法、γ線若しくは重イオンビームのような放射線照射法、及びメタンスルホン酸エチル(EMS)のような化学変異剤処理法を挙げることができる。これらの方法の詳細については、「植物代謝工学ハンドブック」(2002年、NTS社)及び「新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001年秀潤社)等に記載の公知のプロトコルを参照することができる。前記変異処理を用いることにより、対象の植物において、1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させることができる。
【0080】
本態様の環境ストレス耐性が向上した植物は、前記手段によって1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させた第一世代の植物自体だけでなく、第一世代の植物と同一の遺伝情報を有するそのクローン体も包含する。前記クローン体としては、例えば、本態様の第一世代の植物から採取した植物体の一部を挿し木、接木若しくは取り木した植物、細胞培養した後、カルス形成を介して植物体を再生させた植物、及び一世代の植物から無性生殖で得られる栄養繁殖器官(例えば、根茎、塊根、球茎又はランナー等)より形成させた新たな栄養体を挙げることができる。
【0081】
本態様の環境ストレス耐性が向上した植物は、前記手段によって1個以上のS-アデノシル-L-メチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ遺伝子の発現を増加させた第一世代の植物自体だけでなく、その後代も包含する。環境ストレス耐性が向上した植物の後代は、前記手段によって得られた第一世代の植物の有性生殖を介した子孫であって、且つ環境ストレス耐性が向上した形質を保持するものを意味する。環境ストレス耐性が向上した植物の後代としては、例えば、本態様の第一世代の植物の実生を挙げることができる。本態様の環境ストレス耐性が向上した植物の後代は、当該技術分野で通常使用される手段で取得することができる。本態様の環境ストレス耐性が向上した植物の後代は、例えば、本態様の第一世代の植物を結実させることにより、後代第一世代で、且つ本態様の植物第二世代の種子を得ることができる。また、本態様の後代第一世代の種子を適当な培地上で発芽させ、得られた幼植物体を適当な栽培条件下で植物体まで生育させた後、結実させることにより、後代第二世代を得ることができる。本態様の環境ストレス耐性が向上した植物は、環境ストレス耐性が増強された形質を保持する限りにおいて、その世代を問わない。したがって、後代第二世代取得の方法と同様の方法を繰り返して交配することにより、後代第三世代以降を得ることができる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0083】
<I:マイクロアレイ解析>
野生型のシロイヌナズナ(Col-0)の種子を滅菌した。滅菌処理されたシロイヌナズナ種子を、5 mlの1/2 MS液体培地(2.15 g/LのMS粉末、1質量%スクロース、1/1000濃度のB5ビタミン、0.5 g/L MES、及び0.1質量%寒天、1N KOHでpH5.7に調整)に浮かべるように播種した。播種後の種子を、4℃、暗所にて2日間低温処理した。低温処理した種子を22℃に設定されたインキュベーター内に移動し、シロイヌナズナを22℃で4日間生育させた。5 μLの1 μMの試験化合物(シクロ[-L-2-アミノ-7-(2-オキソプロピルチオ)ヘプタノイル-アミノイソブチリル-L-フェニルアラニル-D-プロリル-]、Ky-72)溶液又は5 μLのDMSOを培地に添加して、シロイヌナズナをさらに22℃で24時間生育させた。その後、100 μLの5 M NaCl水溶液(最終濃度100 mM)を培地に添加した。以下の5種類の植物体試料を得た:試料I-1 4日間生育させた植物体(試験化合物非処理);試料I-2 試験化合物存在下で24時間生育させた植物体;試料I-3 試験化合物存在下で24時間生育させた後、100 mM NaCl存在下で2時間生育させた植物体;試料I-4 DMSO存在下で24時間生育させた植物体;試料I-5 DMSO存在下で24時間生育させた後、100 mM NaCl存在下で2時間生育させた植物体。植物RNA試薬(Invitrogen)を用いて各植物体試料から全RNAを抽出し、クイックAmpラベリングキット(Agilent Technologies)を用いて標識した。標識したcRNAを、Arabidopsis custom 60KオリゴDNAマイクロアレイ(Agilent Technologies)を用いてハイブリダイズした。二元配置の分散分析(2-way ANOVA)法によって得られたデータを解析した。ratio≧0.4(log2値)及びfalse discovery rate (FDR)<0.05。
【0084】
マイクロアレイ解析の結果、化合物Ky-72処理(試料I-2又はI-3に対して試料I-4又はI-5)で上方制御された遺伝子を112個、100 mM NaClの塩ストレス処理(試料I-3又はI-5に対して試料I-2又はI-4)で上方制御された遺伝子を1268個、同定した。いずれの処理でも上方制御された遺伝子は、53個であった。マイクロアレイ解析の結果から、塩ストレス条件下で化合物Ky-72処理に特異的に応答する候補遺伝子を特定した。結果を表1に示す。
【0085】
【表1】
【0086】
表1に示す遺伝子のうち、AT3G44860及びAT3G44870遺伝子は、メチルトランスフェラーゼ酵素の新規群である、SABATHファミリーに属する。AT3G44860遺伝子は、ファルネソール酸カルボキシル-O-メチルトランスフェラーゼ (FAMT)をコードすることが同定されている(Yang, Y.ら, Arch. Biochem. Biophys., 2006年, 第448巻, p. 123-132)。FAMTは、ファルネソール酸のカルボキシル基にS-アデノシル-L-メチオニンからメチル基を転移する反応を触媒する酵素である。また、AT3G44870遺伝子は、前記FAMTと高い同一性であることから同様の機能を有していることが推定されるため、AT3G44860及びAT3G44870遺伝子を、それぞれFAMT1及びFAMT2とした。AT3G44860遺伝子は、100 mM NaCl存在下で発現が誘導される。また、AT3G44860及びAT3G44870遺伝子は、液体培地中で生育させたシロイヌナズナ幼植物体で発現する。
【0087】
FAMT1(AT3G44860)及びFAMT2(AT3G44870)のアミノ酸配列の多重配列アライメントを図1に示す。図中、黒塗り部分は、同一/類似アミノ酸残基を示す。アライメント上方に線を付した部分は、methyltransf_7ドメインを示す。また、FAMT1配列中の点で表す残基は、FAMT2配列の対応するアミノ酸残基と同一のアミノ酸残基であることを示す。
【0088】
図1に示すように、シロイヌナズナFAMT1タンパク質及びFAMT2タンパク質は、全体として87%の同一性を示した。また、シロイヌナズナFAMT1タンパク質のアミノ酸配列の第34〜348位の領域に相当するmethyltransf_7ドメインにおいては、両タンパク質は92%の同一性を示した。
【0089】
<II:定量的RT-PCR解析>
定量的RT-PCR解析により、マイクロアレイ解析の結果を確認した。前記Iと同様の手順により、試料I-1〜I-5の5種類の植物体試料を得た。表1に示す遺伝子のうち、ERF1、VQ29、bHLH、並びにFAMT1及び2遺伝子のNaCl処理前後における相対的発現量を定量的RT-PCR解析(3生物学的反復、N=30、平均±SD)によって得た。ERF1、VQ29、bHLH、並びにFAMT1及び2遺伝子のいずれも、試験化合物処理によってNaCl処理前後における相対的発現量が増加した。この結果から、マイクロアレイ解析の結果と同様に、ERF1、VQ29、bHLH、並びにFAMT1及び2遺伝子の発現が、100 mM NaCl存在下で植物体を2時間生育させた場合、DMSO処理植物体と比較して試験化合物処理植物体で誘導されたことが確認された。
【0090】
<III:シロイヌナズナ変異体の耐塩性比較>
野生型のシロイヌナズナ(Col-0)及び欠損変異体(ddf1(SALK_127759C及びSALK_137015)、cyp715(SALK_072265及びSALK_076001)、bhlh(GABI_461E05)、erf1(GABI_850A03)、vq29(SALK_061586)及びfamt2(SALK_144710)、これらの変異体は、Arabidopsis Biological Resource Center(ABRC)より入手した)の種子を滅菌した。滅菌処理された24穴マイクロプレートの各ウェルに、1 mlの1/2 MS液体培地を添加した。滅菌処理されたシロイヌナズナ種子を、1ウェルあたり3粒ずつ、ウェル中の1/2 MS液体培地に浮かべるように播種した。播種後の種子を、4℃、暗所にて2日間低温処理した。その後、マイクロプレートを、22℃に設定されたインキュベーター内に移動し、シロイヌナズナを22℃で4日間生育させた。所定のウェルに、1 μMの試験化合物(Ky-72)を添加して、シロイヌナズナをさらに22℃で24時間生育させた。その後、所定のウェルに、100 mM NaClを添加して、シロイヌナズナを22℃で4日間生育させた。肉眼又は実体顕微鏡で、生育させたシロイヌナズナの表現型を観察した。NaCl非添加区のシロイヌナズナ植物体と比較して、子葉若しくは本葉の黄化又は白化が観察された植物体を、塩ストレスによる影響を受けた植物体と判定した。各試験区において、植物体の総数(3×4ウェル=12植物体)に対する塩ストレスによる影響を受けた植物体の数の百分率を、塩ストレス条件下における生存率(%)として算出した。Col-0体及び各変異体における各試験区について、それぞれ2回反復試験を行い、その平均値及び標準誤差を算出した。その結果、試験した変異体のうちfamt2変異体のみが、生存率が低下することが明らかとなった。1 μMの試験化合物(Ky-72)処理後、NaCl存在下で4日間生育させたCol-0体及びfamt2変異体の表現型を図2に示す。
【0091】
図2に示すように、FAMT2欠損変異体であるfamt2変異体は、試験化合物で処理した場合であってもNaCl存在下で生存率が有意に低下した。この結果から、耐塩性向上効果の発現経路において、化合物Ky-72は、SAMT2の上流側で作用することが示唆された。
【0092】
<IV:ファルネソール酸メチルによるシロイヌナズナの耐塩性向上>
野生型のシロイヌナズナ(Col-0)の種子を滅菌した。滅菌処理された24穴マイクロプレートの各ウェルに、1 mlの1/2 MS液体培地を添加した。滅菌処理されたシロイヌナズナ種子を、1ウェルあたり3粒ずつ、ウェル中の1/2 MS液体培地に浮かべるように播種した。播種後の種子を、4℃、暗所にて2日間低温処理した。その後、マイクロプレートを、22℃に設定されたインキュベーター内に移動し、シロイヌナズナを22℃で4日間生育させた。所定のウェルに、所定量のファルネソール酸メチル(MeFA)を添加して、シロイヌナズナをさらに22℃で24時間生育させた。その後、所定のウェルに、100 mM NaClを添加して、シロイヌナズナを22℃で所定の期間生育させた。肉眼又は実体顕微鏡で、生育させたシロイヌナズナの表現型を観察した。前記IIIと同様の手順により、各試験区における塩ストレス条件下におけるシロイヌナズナ植物体の生存率(%)を算出した。各試験区について、それぞれ2回反復試験を行い、その平均値及び標準誤差を算出した。ファルネソール酸メチル濃度と生存率との関係を図3に示す。図中、Aは、NaCl存在下で3日間生育後の結果を、Bは、NaCl存在下で4日間生育後の結果を、Cは、NaCl存在下で5日間生育後の結果を、それぞれ示す。また、所定量のファルネソール酸メチル処理後、NaCl存在下で3〜5日間生育後のシロイヌナズナ植物体の表現型を図4〜9に示す。
【0093】
ファルネソール酸メチル非処理のシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下で生育させると、2日目までは生存率の低下は観察されなかった(データは示していない)。しかしながら、図3に示すように、ファルネソール酸メチル非処理のシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下で3日間以上生育させると、生存率は10%以下に低下した。この場合において、10 μg/ml以上、特に50〜300 μg/mlのファルネソール酸メチルで処理したシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下で3日間以上生育させると、生存率は20%以上、特に50〜80%の範囲まで向上した(図4、6及び8)。図5、7及び9に示すように、3〜5日間の塩ストレス条件下での生育において、ファルネソール酸メチルは、50 μg/mlの濃度で、塩ストレスによる子葉若しくは本葉の白化又は黄化を部分的に抑制し、200 μg/mlの濃度で、塩ストレスによる子葉若しくは本葉の白化又は黄化を略完全に抑制した。また、NaCl非添加の場合、いずれの濃度でファルネソール酸メチルを添加した処理区のシロイヌナズナ植物体も、対照区(すなわちファルネソール酸メチルの非添加区)の植物体と実質的に同一の正常な表現型を示した。それ故、ファルネソール酸メチルは、シロイヌナズナの生育自体に影響を与えたのではなく、シロイヌナズナの耐塩性を特異的に向上させたと推測される。
【0094】
<V:ゲラニル酸メチルによるシロイヌナズナの耐塩性向上>
前記IVにおいて、添加する化合物を30 μg/mlのゲラニル酸メチル(MeGe)に変更した他は、前記と同様の手順により、塩ストレス条件下におけるシロイヌナズナ植物体の生存率(%)を算出した。ゲラニル酸メチル又は対照としてDMSOで処理したシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下で生育させた期間と生存率との関係を図10に示す。図中、白抜き四角は、DMSOで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl非存在下で生育させた結果を、黒塗り四角は、DMSOで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl存在下で生育させた結果を、白抜き丸は、ゲラニル酸メチルで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl非存在下で生育させた結果を、黒塗り丸は、ゲラニル酸メチルで処理したシロイヌナズナ植物体をNaCl存在下で生育させた結果を、それぞれ示す。
【0095】
図10に示すように、ゲラニル酸メチル非処理のシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下、すなわちNaCl存在下で3日間以上生育させると、生存率は20%以下に低下した。この場合において、30 μg/mlのゲラニル酸メチルで処理したシロイヌナズナ植物体を塩ストレス条件下で3日間以上生育させると、生存率は70%以上、特に70〜80%の範囲まで向上した。また、NaCl非添加の場合、ゲラニル酸メチルを添加した処理区のシロイヌナズナ植物体も、対照区(すなわちゲラニル酸メチルの非添加区)の植物体と実質的に同一の正常な表現型を示した。それ故、ゲラニル酸メチルは、シロイヌナズナの生育自体に影響を与えたのではなく、シロイヌナズナの耐塩性を特異的に向上させたと推測される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]